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神子の本質

 買い出しチームのティア、メラ、イヴァン、リューズはユリクスたちと同様町を歩いていた。興味津々といった様子で周囲をきょろきょろと見回すティアを見守るように、その後ろをイヴァンとリューズは歩いている。


「まったく、本当に奴は過保護だな。買い出しに保護者など二人もいらんだろう」

「がっはっはっ! ユリィは兄ちゃんだからな! 過保護になっても仕方ねぇさ!」

「それに、依頼をライトと二人でこなせると思っているところも気に食わん」

「そりゃあまぁユリィだしな。大丈夫だろ?」

「……まぁ、そうだろうな」


 苦々しい表情をしているイヴァンと呵々と笑っているリューズ。正反対だがなかなか相性のいい二人である。


 ティアは楽しそうに、イヴァンとリューズはたわいない話をしながら適当に歩いていて誰も足を止めない。食材を売っている店を通り過ぎている。それも一つ二つではなくたくさん。その理由は一つ。


「ねぇ、何を買えばいいの?」

「なんだろうな」

「誰かメモとかもらってねぇのか?」

「「……」」


 誰一人として買い出しに必要な知識を持っていなかった。イヴァンとリューズは一人で生活していた頃は問題なかったのだが、仲間の分も含めた買い出しとなると何を買えばいいのかわからない。手の込んだ料理に使う材料となると尚更。ティアは論外である。ついでにここにはいないユリクスも必要ない人材であった。このチームにはライトかリアナ、レージェが必要だったと気づいても後の祭りである。


「どうしようね」

「適当に買えばいいのではないか?」

「変なの買ったら怒られそう」

「所持金はたんまりあるし大丈夫だろ!」

「それ兄さんのお金」


 どうしよっかね〜、とどうしようもない三人はぶらぶらとただの散歩を続ける。それを見かねたらしいメラがティアの腕の中で「ハフッ」と呆れたように鳴いた。


「ガウ、ガーウ」

「なに?」


 問い掛ければ、メラが食材を売っている店を順にいくつか指差し……もとい足差した。


「ガウ」

「あれと?」

「ガウ」

「あの店のあれと?」

「ガウガウ」

「あれとあれ?」

「ガウ!」

「そっか、ありがとうメラ」

「では行くか」

「そうだな!」


 獣に買い物を教えられる三人。しかもそれに違和感を覚えないあたり手遅れである。とはいえメラの指示に従ったことで無事に食材を購入することに成功した。購入したものはティアが持っている魔導袋にしまい、無事に任務を完遂する。あとはすることがないのでギルドに戻るだけだ。


「うし! んじゃ帰ろうぜ!」

「うん」


 ギルドに向かって踵を返そうとした時だった。


「ガウガウガウ!!」

「ッ! 避けろリューズ!!」


 イヴァンの声に反応したリューズが遅れて危険を察知し素早くその場から退避。イヴァンはティアを抱きかかえて素早くその場から飛び退く。三人が自分たちのいた場所を確認すると、地に複数のダガーナイフが刺さっていた。それはすぐに霧散して消える。神器だ。


「これは一体……。ッ! またか!」


 移動した場所に向かって再びダガーナイフが飛んでくる。イヴァンとリューズはそれを回避。それと同時に周囲が現在の状況を認識したらしい。一気にこの場は悲鳴と逃げ惑う人々で騒然となった。


「まずいな」

「あぁ。このままじゃ被害者が出てもおかしくねぇ。移動するぞ」

「わかっている」


 二人は駆け出す。人のいない広い場所を探して。その間にもどこからともなくダガーナイフは飛んでくる。二人はそれを確実に回避しながら走り続け、(ようや)く適した場所を見つけた。恐らく普段は子どもたちが遊んでいるだろう広場。騒ぎに気づいて避難したのか、幸いなことに人気はない。


 止まったイヴァンはティアとメラを下ろしリューズと共に気配を探る。しかし再びダガーナイフが飛んでくることはなかった。だが油断はできない。警戒を続けていると、近づいてきた一つの気配に気づく。二人がその方向へと素早く体の向きを変えると、そこには一人の男がいた。四十代後半くらいの長身の男。白髪混じりの髪をオールバックにし、かっちりした黒服を着ている。その男は恭しく一礼した。


「お初にお目にかかります。(わたくし)はアルマ・トルンと申します。以後お見知りおきを」

「俺たちに何の用だ?」

(わたくし)はジークハルト様の従者(ヴァレット)でございますれば、皆様方に御挨拶をと」

「……随分物騒な挨拶だな」

「おいそれより、ジークハルトってぇと」

「おや、やはりお聞きになっておりましたか。現在ジークハルト様があの方の元へ御挨拶に向かっております。さぞ面白い場となることでしょう」


 三人はライトがジークハルトと対面することを知るが特に心配はしていない。ライトも強いが、何よりユリクスがいてどうにかなるなどまったく思っていないからだ。ならば自分たちは目の前のこの男に意識を向けるべきだろう。


「それで、貴様のいう挨拶というのは、これから死ぬ俺たちへの別れの挨拶という意味でいいのか?」

「そうですね。皆様方の強さが及第点に及ばなければそうなります。生かしておいてもつまらない存在ということですから。ですがそうでなければ去ることを御約束しましょう」

()められたものだな。敵である以上、俺たちは貴様を殺すつもりなんだがな」

「構いませんよ。できるのであれば、ですが」

「……どこまでも癇に障る態度だな」

「挑発に乗るんじゃねぇぞ?」

「わかっている」


 イヴァンとリューズは神器を顕現する。その後ろではティアを守るようにメラが本来の姿に戻った。対峙する三人。張り裂けそうなほどの緊迫感漂う一触即発な双方。その空気は長くは続かず、イヴァンによって戦端が開かれた。


 三つのチャクラムがアルマに迫る。まずは小手調べだ。とはいえ殺すつもりで放ったもの。敵を切り裂くために生み出された三つの鋭い疾風。しかし。


「小手調べだとしてもあまりにも児戯ですね」


 急迫したチャクラムがアルマを切り裂くかと思えば、ぎりぎりのタイミングで三度半身になることで危なげなく回避された。迫る速度がずれていたチャクラムを完璧に見切られた。イヴァンは空振ったチャクラムたちを戻す。


「身体強化も施さずにその身のこなしか。〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟に仕えるだけのことはあるな」

「お褒めに預かり恐悦至極でございます」

「だがやはり癇に障る態度だな。リューズ」

「おう! どっせいりゃっ!」


 ガンッ! と強烈な音を響かせてリューズが大鎚でチャクラムを弾いた。今度は五つ。剛力が加わり、その速さは先程の比にならない。本来なら認識もできずに切り裂かれるだろうが、さて、どう対処してくるか。様子を窺うと、アルマはダガーナイフを使い最小限の力で全て往なした。イヴァンは再び空振ったチャクラムを戻す。


「おいおい、今の速度を身体強化なしで見切んのかよ」

「たとえ目で追えずとも、気配で位置を把握できますゆえ」

「ユリクス並みの気配感知ができるのか?」

「まさか。あの方には遠く及びませんよ。貴方様もよくおわかりでしょうに」

「まぁそうだな。……さて、そろそろ殺すか」

「では(わたくし)もそうさせていただきましょう。どうぞ抗って下さいませ。でなければジークハルト様からの命令を果たすことができませんので」

「命令?」

「はい。その命令があるからこそ(わたくし)が死ぬことはないのです。反対に、その命令が皆様方を窮地に立たせることとなるでしょう」

「よくわかんねぇが、とにかく本気でやりゃあいいんだな!」


 三人同時に身体強化を施す。最初にリューズが駆けた。アルマへと一直線に迫る。そして大鎚を大きく振りかぶり頭から潰しにかかる。胴体に大きな隙ができ、そこをダガーナイフが迫った。しかしそれは固いものにぶつかったように弾かれる。リューズが胴体を鉄化したのだ。大鎚が振り下ろされる。同時にアルマの左右、背後にチャクラムが迫り退路を断つ。このまま仕留める。そう思ったのも束の間、アルマの全身を炎が包み込んだ。それはアルマの胴体へと収束し、全方位に放射される。凝縮され、一気に放たれた炎を至近距離で受けたためにチャクラムは後退させられ、危険を察知したリューズは飛び退る。アルマに包囲を突破されイヴァンは舌打ちした。


「やはり炎魔法は瞬間的な爆発力が厄介だな。一瞬のパワー勝負では風魔法に勝ち目はない」

「至近距離だと俺も燃やされちまうな。さて、どうすっか」


 構えたまま話していると、アルマが悠々たる態度で口を開いた。


「もう終わりですか? ならばこちらからいきますよ」


 そう言ったアルマの両手に複数のダガーナイフが顕現する。人差し指から小指。指の間に一本ずつ。計六本。


 どんな攻撃にも反応できるように二人は気を引き締める。同時にアルマが右腕、左腕と順にこちらへ払うように動かした。


「「っ!」」


 三本ずつ飛んできたダガーナイフ。それは放たれる瞬間に炎魔法の爆発が加わったことで一瞬で迫ってきた。二人は大きく左右に散ることで回避する。


「チッ、ライトの魔法で知っていたが本当に面倒な速さだな」

「お? ユリィの面倒くさがりが感染(うつ)ったか?」

「そんなことを言っている場合か!」


 案外余裕な二人である。


 回避の後、イヴァンは魔法を使い宙に浮いた。


「俺は上から攻める。貴様は勝手にやれ」

「そこは正面から攻めろって言えよな! だが了解だ!」


 イヴァンはアルマの頭上を取り、リューズは正面から迫った。今度は全てのチャクラムが四方八方に舞い、アルマの周囲を翻弄するように飛び回る。俯瞰しているイヴァンはアルマの死角を正確に把握し狙い違わず不規則に攻める。それら一つ一つに対応しているアルマに余裕は見えない。そこにリューズの大鎚が迫る。横に振られた大鎚はチャクラムに邪魔されることなくアルマに届いた。アルマはダガーナイフを使ってガードするもリューズの剛力に弾き飛ばされる。飛ばされた先にあるのは待ち伏せていたチャクラム。それらがアルマの背後から容赦なく迫る。しかしアルマは自身の片手で炎を爆発させその勢いを利用して回転し、チャクラムを迎撃した。三人に距離ができる。するとアルマが神器の顕現を解いてゆったりと拍手をした。


「宙に浮いたことも驚きですが、風魔法の速度の利点を殺さず複数のチャクラムを同時に操作するイヴァン様のその技術、お見事です。流石に全力で対処せざるを得ませんでした。そしてリューズ様の他を寄せ付けない剛力。目一杯身体強化を施しても簡単に飛ばされてしまいました。感服です」

「ほう? もう満足したのか? 俺たちはまだまだやれるんだが、貴様は言うほど大したことはなかったようだな」

「そうでしょうね。(わたくし)は前座にすぎませんので」

「前座?」

「先程申し上げた通り、(わたくし)は命令を果たすために参ったのです。あまり目立っては真打が際立たないでしょう」


 命令。それを聞く度に不吉な予感がティアを含めた三人を襲う。イヴァンとリューズは一層気を引き締めた。


「ではここに呼び寄せましょう。すぐに到着しますのでご安心を」


 アルマがそう言った直後。状況の変化はすぐに訪れた。


「「「ッ!!」」」


 三人は一斉に総毛立った。声も出せないほどに。息が詰まるほどの重圧。襲い来る危機感に体が硬直する。冷や汗が流れ、体の芯が冷えていく。その理由は心胆寒からしめる感覚の後すぐに理解することになった。


「なに……あれ……」


 やっとのこと絞り出したように小さく呟いたのは今まで静観していたティアだ。その言葉は三人共通の思い。


 目の前に現れたのは()()()魔獣。いや、放たれる歪んだ魔力から魔獣ではあるのだとわかっている。わかっているはずだが、それを否定するように脳が混乱している。何せ、目に映るそれはあまりにも異質だから。あれを見たら混乱しても仕方ないだろう。今までに()()()のある形貌をした魔獣など見たことがないのだから。加えてこの圧倒的な魔力。物理的に押し潰されそうなほどの圧。なんだ、あれは。


 三人は知る由もないが、この魔獣はユリクスたちの前に現れたものと同様に作られた別個体。故にこいつの知能は。


「そろそろお腹が空いたでしょう」

『……スイ……タ……』

「食べていいですよ」

『……タ……べ、ル……』


 三人は呼吸を忘れそうになるほどの驚愕を抱き惑乱に陥る。何故人の言葉を放っている? あれは本当に魔獣なのか? 魔獣に似た何かなのか?


「では、(わたくし)は御約束した通り去るといたしましょう」


 抑揚のないアルマの言葉に、かき乱されていた思考が落ち着きを取り戻す。去っていくアルマをすぐに意識から外し、目の前の異形に全神経を集中させる。油断すれば死ぬことなど十二分に理解しているから。


「……リューズ」

「……おう」


 構える二人。それを後ろから固唾を呑んで見守るティア。そんなティアを守るメラ。


 すぐに戦闘は始まった。


 魔獣が正面から二人に迫る。ただそれだけ。だが。


「「ッ!」」


 あまりの速さに二人は驚く暇もなかった。咄嗟にイヴァンが風魔法を発動し、二人の体を左右に飛ばしてぎりぎりで回避する。イヴァンは弾かれるように飛んだ体を立て直そうとして、もうそこに魔獣が迫っていることに気がついた。魔獣が懐に入る。


「か、はっ……!!」


 腹に重い衝撃。めり込んだ拳によって呼吸が止まり、代わりに血が吐き出される。そして後方に飛ばされた。抗えない速度に身を任せることしかできず、数十メートル飛ばされたところで地面に叩きつけられてやっと止まる。しかし体がいうことを聞かず指一本動かせない。


「イヴッ!!」


 叫ぶリューズ。だがイヴァンの心配をする余裕はすぐになくなった。ぐにゃりと斜めに体を曲げた魔獣がリューズを見る。それだけでリューズの脳内で激しい警鐘が鳴った。再び一瞬とも言える速度で迫ってきた魔獣にリューズは全身を鉄化させる。魔獣はイヴァンの時と同様ボディーブローを繰り出してきた。リューズは鉄化していたために呻きながらもなんとか重い衝撃に耐えきる。そして両手で魔獣の手首らしき部位を掴むことに成功した。


「うらぁぁぁぁぁ!!」


 身体強化と変容魔法による腕の強化で拳を腹から離そうとする。だが全く離れない。徐々に体が後退させられる。力勝負にのみ意識が向いてしまったリューズは相手が魔獣であることを失念した。魔獣の体に紫電が走り、放出された。


「がぁぁぁぁぁぁ!!」


 全身を駆け巡る電流に内側から焼かれる感覚を叩きつけられる。身体強化で耐えようとするも膨大な魔力によって発動された魔法に抗うことは不可能だった。リューズの体が崩れ落ち、力が弱まったところで重い衝撃と共に蹴り飛ばされる。リューズもまた、イヴァン同様立ち上がることができなかった。


「そんな……」


 一連の出来事を見ていたティアの力ない声が漏れた。


「……ぁ……そうだ、神子の、力を……」


 ティアは力を発動させるためにメラに触れようとした。だがその前に魔獣がティアに体を向ける。標的にされたティアは射竦められたように一瞬手を止めてしまった。しかしその一瞬で動いた者がいた。


「ガルゥゥゥア!!」

「メラ!」


 メラがティアを守るために魔獣に向かって駆ける。そのまま口から炎を放出した。だがその炎を魔獣は腕を一振りしただけでかき消す。メラは諦めずに今度は紫電を放出する。それは魔獣に直撃したもののダメージが入った様子はなく平然と立ったままだ。ならばと、メラは牙に毒を付与した。そして魔獣に飛びかかる。だが、魔獣が拳を作って腕を横に振るった。


「ギャ、ゥ……ッ!!」


 低く重い音がして、メラは殴り飛ばされた。地面に叩きつけられたメラはぴくりとも動かない。


「ぁ……あ、ぁ……」


 ティアが意味のない声を漏らす。魔獣がこちらを向いた。イヴァンたちの時と違い自身へとゆっくり近づいてくる魔獣。その様はティアにとって自分が無力であることを突き付けられたかのようだった。実際そうだ。自分は守られるだけで何もできないのだから。今だって硬直した体は動かない。みんなと違って傷一つ負っていないというのに。ただただ近づいてくる魔獣を見ていることしかできない。思考が止まっていく。どうしたらいいのか考えることすらできなくなって、ただ呆然と魔獣を見ていた、その時だった。


 魔獣のすぐ頭上に現れた者と、しがみついた者がいた。


「ユリクスに任されたんでな、ティアを傷つけさせるわけにはいかんのだッ!!」

「妹思いの兄ちゃん怒らせたら怖いだろうからなッ!!」


 イヴァンとリューズだった。イヴァンは魔獣の頭のすぐ上から風魔法を使って重圧を与え、リューズは魔力と膂力を振り絞って魔獣の動きを阻害している。目の前で戦う二人はどうみても満身創痍だった。それでも体と心を奮い立たせて目の前で戦い続けている。自分を守るために。


 ぼやけていたティアの意識は覚醒した。二人の姿を見て涙が零れ落ちる。何故自分は諦めたのだろうか。二人は諦めていないのに。二人は体がつらいのに。それでも戦う二人は強いのに。ただ自身の無力を突きつけられただけでなんだこの体たらくは。ティアは情けない自分を叱咤するように涙を乱暴に拭った。思考を無理矢理動かす。


「どうしたら……私にできること……神子の力……でも、メラがいないと……」


 メラを見る。倒れ伏したメラ。自分を守るために命懸けで戦ってくれた。ティアは首を強く横に振る。


「だめ。メラに、また誰かに頼ってる。それじゃだめ……」


 ティアは拳を強く握った。前を強く見据える。


「わからないけど……私に何ができるかわからないけど……でも……っ」


 ティアは助けを求めることを、誰かに頼ることをやめた。今、心は立ち上がった。


「誰かに頼るんじゃない! 私がっ! 私がみんなを助けるのッ!!」


 ティアは叫んだ。祈った。願った。〝助けて〟なんかじゃない。〝助ける〟のだと!


 ティアの全身を強い光が包み込んだ。その光の中でティアは()()()()()で前を見る。その瞳に戦意を宿して。


「みんなに……力を……っ!!」


 胸の前で手を組んで必死に祈った。自分の思いを魔力に乗せて、みんなに届くように。そして、それは届いた。イヴァン、リューズ、メラを強い光が包み込む。


「これは……!」

「力が……!」


 イヴァンとリューズが驚きの声を上げるが、すぐに二人は魔獣へと意識を戻した。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「おらぁぁぁぁぁぁ!!」


 強力な風圧と剛力を合わせ、魔獣を地に叩きつける。魔獣の下で地面が陥没していくが、その圧に抗う魔獣が立ち上がろうと動き出す。


「チッ! まだ動くか!」

「このままじゃ反撃がくる! 一旦離れるぞ!」


 イヴァンとリューズが同時に飛び退る。その直後に魔獣の背から複数の氷柱が飛び出した。もう少し離れるのが遅ければ刺し殺されていたかもしれない。


 イヴァンが魔獣を囲むようにチャクラムを展開した。チャクラムたちが輪を描くように高速で回転する。すると大きな竜巻が発生し魔獣を閉じ込めた。


「これで木っ端微塵になってくれればいいんだがな……」

「そういうわけにもいかねぇみてぇだぜ……」


 魔獣が竜巻を掻き分けるようにして姿を現した。多少の傷は負っているが致命傷には程遠い。チャクラムを止めて竜巻を消す。


「ならば一つ試すか」


 チャクラムを展開したままのイヴァンが一つ一つのチャクラムを回転させる。するとチャクラム一つにつき一つ。計十本の竜巻が発生する。だがイヴァンは舌打ちする。


「これではまだ威力が足りんか……!」

「任せて!」

「ティア……!」


 二人の後ろにいたティアが更に強く祈る。すると二人の魔力が増幅し、それに比例してイヴァンの魔法は強化された。チャクラムたちの回転速度が限界を知らぬように上がっていく。細くとも極めて鋭い竜巻が荒れ狂う。イヴァンはそれらを同時に操作して魔獣に向かわせた。しかし魔獣はこれを危険と察知したらしい。竜巻の動きを見定め、素早く回避していく。だがそれを妨害する者が。


「逃してやるかよっ!」


 リューズが勇ましく魔獣へと肉薄する。自身を壁として魔獣の進行方向を塞ぐ。


『……ジャ……マ……』


 魔獣がリューズに向かって紫電を放った。リューズは身体強化を強める。加えて目の前に風の壁が発生した。暴風でできた壁により紫電の威力が弱まり、増幅された魔力で施した身体強化によってリューズは紫電を耐えきる。


「この程度の壁に影響されるとは! 悪いがもっと強い雷魔法を知っているんでなっ!」

「それに比べりゃこんなの静電気みたいなもんだぜっ!」


 リューズの妨害により魔獣の動きが阻害される。その間に竜巻が周囲を囲んでいく。リューズを突破しようと魔獣が動こうとしたその時。


「グルゥゥゥア!!」


 ティアの力によって回復力が上がり動けるようになったメラが背後から魔獣に噛み付いた。剥き出された牙から毒が滴っている。


「ナイスだぜメラ!」


 牙が十分に食い込むとメラはすぐに竜巻の輪の外へと離脱した。


 毒により動きの鈍った魔獣を妨害しきり、包囲網を完成させる。竜巻が迫る直前、リューズの体が宙に浮いた。リューズがイヴァンの魔法によって離脱した直後に竜巻が魔獣に直撃する。強化された竜巻は魔獣の体を切り刻んでいく。


『イ……タ、イ………』

「ならもっと痛ぇのくれてやるぜ!」


 痛みで動けなくなっている魔獣の頭上。上昇していたリューズが竜巻の消滅と同時に降下を始める。リューズは全身を魔法で鉄化した。しかしその重量、硬度は先程の比ではない。その重量はまさにオスミウム。その硬度はまさにダイヤモンド。落下する速度は増し、リューズが魔獣に到達するまでの時間はほぼ一瞬であった。


「どっせいりゃぁぁぁ!!」


 ドガァァァァァァァァァァン!!


 強烈な破壊音を響かせて地面が大きく陥没する。土埃が舞い、視界が悪くなる。少し離れた場所にいたイヴァンとティア、メラが様子を窺っていると徐々に土埃が落ち着いてきた。そして陥没した地面からリューズが姿を現す。


「もう大丈夫そうだぜ」


 リューズの言葉に二人と一匹が駆け寄ると、陥没した地面の中心で魔獣が潰されていた。切り刻まれた傷口からも血が吹き出している。どうやら完全に息絶えたらしい。


「「「……はぁ」」」


 三人同時に深く息を吐くと、イヴァン、リューズ、メラはその場で倒れ伏した。


「みんなっ!」

「問題ない……」

「少し疲れただけだぜ……」

「ガウ……」


 ティアが二人と一匹のすぐ近くに座って回復魔法を行使し始める。すると。


「なんスかこれ!? 大丈夫っスか!?」


 ユリクスとライトが駆けつけてきた。ライトが二人と一匹の状態を見て慌てている。そしてユリクスは二人と一匹を見下ろすと。


「……間に合わなかったか……」

「貴様……死んだように言うな……」

「俺たちゃ生きてるぜぇ……」

「ガウー……」


 重傷を負う前に駆けつけたかったが故に言ったのだが、言葉のチョイスを間違えたユリクスである。まぁそんなことより。


「……ティア、瞳が……」

「瞳?」

「……両目とも琥珀になっている」

「え?」


 ユリクスの言うように、本来オッドアイであったティアの両目は琥珀になっていた。神子の力を使っていない状態であるにもかかわらず。これにはユリクスも心配になる。しかしティアは微笑んだ。


「大丈夫だよ兄さん。私、ちゃんと戦えたの。これからみんなの役に立てるかもしれないの。だからとっても嬉しいんだよ」

「……そうか」


 ユリクスはティアの頭を撫でてやる。ティアは心底嬉しそうにそれを甘受した。すると、陥没した地面を覗き込んでいたライトが「あー!」と声を上げた。


「こいつ、さっき兄貴がスパッと倒してた奴と同じじゃないっスか!?」

「……スパッと……?」

「……倒した……?」


 何やら倒れている二人が反応した。


「……おいリューズ。俺はこいつに殺意が湧いたんだが」

「……俺ぁノーコメントで」


 とても不穏な声音でこれまた不穏な言葉が聞こえてきたが、意味がわからずにユリクスは首を傾げた。その近くで二人の心境を察してしまったライトが自身の失言に頭を抱え、ティアも苦い顔をする。メラも獣らしい鋭い眼光でユリクスを見据えている。この場でわかっていないのはユリクスだけであった。


「あー、えっと、とりあえずギルドに戻った方がいいっスよね。イヴの(あん)ちゃんたちを治療しないといけないし……」

「……そうだな。立て」

「兄貴、それは流石に鬼っス」


 ライトに促され、ユリクスは身体強化を施して仕方なくでかいリューズを支える。イヴァンはライトが支え、メラは小さくなりティアに抱かれてギルドへの帰路についた。






お読みいただきありがとうございます。

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