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蕾はようやく開く

 ユリクスたちの前にいるのは少年。ライトと同じくらいの歳だろうか。癖のないライトブラウンの髪と同色の瞳をしている。だが大きな特徴は別のもの。その少年はまだ成人もしていないだろうに、しかしその表情は嗜虐性に満ちていた。年齢にそぐわない。そんな少年がユリクスを真っ直ぐに見据えてきた。


「テメェが〝異端な獣(デスペラード)〟か。漸く会えて嬉しいぜ?」

「……〝異端な獣(デスペラード)〟?」

「そ。アウシディス様がそう呼んでるからよ」

「……アウシディス?」


 少年――ジークハルトは残忍な表情を崩して不思議そうに目をぱちくりと瞬かせた。


「あれ? 知らねぇの?」

「……あぁ」

「ふぅん。まぁでも教えちゃいけないとは言われてねぇし、いいか。〝あの方〟の名前だよ」

「っ……!」


 アウシディス。自分が殺すべき相手。ユリクスはその名を胸に刻んだ。しかしすぐにこの状況に意識を向け直した。


「……お前がその魔獣に人間を喰わせ続けたのか?」

「そうだぜ。面白くなりそうだったからな。仕込みをするついでに」

「……仕込み?」


 ジークハルトは再び表情を歪めて笑う。


「アウシディス様がおもしれぇもんを作ってくれたから、それでちょっと遊んでみようと思ったんだよ。解放者(リベレイター)たちに設置させて。まぁ途中からはただ確認させてただけだけど」

「……面白いもの……」

「鈍色の神核を弄ってみたやつのことさ」

「……道に落ちていたものか」

「お、やっぱテメェなら見つけると思ったぜ。そうそれ」

「……鈍色の神核とは一体なんだ」

「知りてぇなら教えてやるよ」


 ジークハルトは鈍色の神核が埋め込まれた指輪を誇るように見せてくる。


「これはアウシディス様が創ったものさ」

「……創った?」

「そ。んで、魔獣を従えることのできる力を持ってる。それからあの方への忠誠を確認する物でもあるな」

「……忠誠?」

「ほら、さっきもアイツらの神核が壊れただろ? 戦意を失ったり死んだりしてあの方に見限られたら壊れる。んで、それが従えてた魔獣への『主を殺せ』っていう合図になるのさ」

「……なるほどな。それで、弄ったものとは何だ?」


 ジークハルトは悦楽を抑えきれないというように小さく声を漏らして笑う。


「あれな、魔獣を詰めてんだよ」

「……詰めてる?」

「そ。んで、時間になったら一気に壊れる。町中にある、魔獣が詰まった神核の外殻だけが壊れたらどうなると思う?」

「……悪趣味だな」

「自覚はあるが、楽しいんだから仕方ないだろ? ちなみに壊れるのは今日の夜な。昼の間になんとかしてみろよ。自分のせいで悲劇を起こしたくないだろ?」

「……俺のせい?」


 笑いを抑えていたジークハルトはとうとう声を上げて笑った。ユリクスは不吉な予感を感じ取る。


「そうそうテメェのせいだよ! これから起きる悲劇も! これから起こす予定の戦争も! テメェ一人のためのものさ! テメェが大人しくこっちに来るなら悲劇は起こらねぇのによ!」

「……」


 ユリクスは自身の胸の奥がジクリと疼いたのを感じ取った。そうか、これが〝傷つく〟ということか。


 大切なもののために自分を犠牲にする。それは考えるべきことなのかもしれない。


 ……いいや、違う。ティアは言った。己が独りになることを誰も望んでいないと。仲間たちは穏やかに笑った。己の内に奴らが狙う物があると知ってなお。なら、大切なものと、そして自分自身を守ることに身命を賭すべきだ。犠牲になるのではなく、戦うべきなのだ。


「……俺のせいで大切なものが害されるのなら、害するものがあるのなら、俺はそれら全てを斬り伏せる。それだけだ」


 ジークハルトから目を逸らさず決然と言い切る。そんなユリクスを見て少しだけ目を見張ったジークハルトは鼻で笑った。それから初めてユリクスから視線を外した。その先はユリクスの横。一歩後ろにいるライトが息を呑んだのがわかった。


「んなこと言っても、ソイツは悲劇に巻き込まれたくねぇんじゃねぇの? なぁ?」

「っ! 違う! ボクは!」

「『ボク』?」


 ジークハルトは緩く首を傾げる。それから酷薄な笑みを浮かべた。


「へぇ、一人称変えたの? 自分を変えてまで過去と決別したかったのか? 弱い自分を受け入れられなかったのか? 今でもそうやって人の陰に隠れてることしかできないのに? ほんと、弱ぇ奴。なぁ、()()()()()()?」


 ユリクスには一瞬最後の言葉の意味がわからなかった。どうやらそれが伝わってしまったらしい。ジークハルトが心底可笑しそうに声を上げて笑った。


「あっはは! テメェ仲間にすら自分のこと話してなかったのかよ!」

「ぅ……ぁ……」


 ライトから意味のない小さな声が漏れる。これはまずい。


「……ライト、大丈夫だ。落ち着け」

「いやいやダメだろ! 仲間すら騙してたんだからよ! それに、この様子じゃ自分の身分すら話してないんだろ! 自分が、()()()だって!!」


 これには流石にユリクスも驚愕を隠せなかった。それがライトにも伝わってしまったらしい。ライトが泣きそうに表情を大きく歪めた。ユリクスは内心で舌打ちした。こんなにも復活し始めている自身の表情筋を恨んだことはない。


 ライトが震える手を縋るように伸ばしてきたが、それはすぐに引っ込められた。


「……ぁ……ごめ……なさ……」

「……ライト、気にしなくていい。大丈夫だ」

「ははっ! 情けねぇの! こんな奴が自分の()()()()なんて恥ずかしいったらねぇよ! なぁ! ラインハルト・T・ベルゼヴィス!」

「……お前は黙ってろ」


 ユリクスがジークハルトを威圧するが、それでもジークハルトは面白そうにこちらを見ている。ユリクスの後ろでライトが動く。自身の耳を塞いで頭を緩く横に振る。


「……もう……やめ……こんな……かたちで……」

「……ライト……」


 ライトは(いず)れ話すと言った。けれど望まぬ形で自身の秘密をユリクスに(さら)された。怖いと言っていたのに、恐怖を乗り越える準備をしていたのに、それを突然壊された。精神的ダメージは大きいだろう。まずはライトをどうにかしなければ。ライトに手を伸ばそうとして、しかしそれは無情にも邪魔される。


「殺すなよ。行け」

「ッ!」


 大人しく待機していた魔獣がユリクスに迫った。速い。ユリクスは咄嗟に黒刀を盾にした。突進してきた魔獣。黒刀を挟んでユリクスに激突する。その威力は大きく、その衝撃は重い。不意打ちだったとはいえ、ユリクスもその場に踏み止まることができなかった。魔獣に押され、そのまま魔獣ごと勢いよく後方に飛ぶ。


「兄貴ッ!」

「『兄貴』?」

「っ……」

「へぇ、オレのことも忘れたかったのか? 上書きしたかったのか?」

「そういう、わけじゃ……」


 ジークハルトは嗜虐的な笑みを浮かべながらライトに歩み寄っていく。ライトは一歩後ろに下がる。それから近づかれる度に少しずつ下がっていく。完全に気圧されている。


 ユリクスは身体強化に多くの魔力を使ってなんとか止まった。しかしユリクスでさえも押し返すことができない。拮抗状態が続く。このままだとライトが危ない。


「ッ……ライト! 一旦退け!」

「ぁ……でも……」

「おいおい。またあの日みたいに逃げんのか? 情けなく尻尾巻いてよぉ」

「っ……」


 ライトの体は震えている。今の状態ではどうしたって逃げられないだろう。ならばこの厄介な魔獣の相手をしながら守ってやらなければ。


 ユリクスは魔獣の力をなんとか往なして拮抗状態を崩した。ライトたちに介入するには魔獣を早く倒してしまえばいい。


 ユリクスは魔獣の背後をとり斬りつけようとする。しかし。


「ッ!!」


 人の姿に近い魔獣の首らしき場所から氷柱が飛び出してきた。顔面めがけて突き出されたそれをユリクスは間一髪回避する。高い反射神経がなければ死んでいただろう。殺すなと指示されていたのはどうしたと文句を言ってやりたいがそんな余裕はない。回避した際にそのまま黒刀で流すように斬ろうとしたが、今度はその部位を鉄化される。固すぎる体に黒刀が弾かれた。その硬度は神器でなければ折れていただろう。この反応速度。対処方法。やはり知能がある分強い。ユリクスは一旦距離を取った。魔獣が振り返る。


『……ク……ワ……セロ…………エ、サ……』


 魔力同様歪んだ声音に吐き気がする。ユリクスは黒刀で紫電を踊らせた。そのまま《雷刃(ライトニングブレード)》を放つ。それは体を両断するかと思えば、魔獣は腹の辺りで体をのけぞらせた。ぐにゃりと曲げられた体の上を魔法が通っていく。


「……面倒な……」


 曲がっていた体が元に戻ると、今度は魔獣が肉薄してくる。先程同様かなりの速さだ。ユリクスはそれを横に飛んで回避し、そのまま距離を取ろうとする。しかし横を通り過ぎた魔獣が直角ともいえる角度で方向を変え、再び高速で迫ってきた。予想外にも距離を取る時間ができなかったため、やむなく魔獣の正拳突きを黒刀で受け止める。重い一撃に再び拮抗状態になるかと思いきや、魔獣が拳をぐるりと回した。そのまま下から突き上げるように力を込めて黒刀を弾いてきた。黒刀と共に腕を上に弾かれたため、ユリクスの腹部に隙が生まれる。その隙を逃すことなく魔獣の蹴撃が迫る。ユリクスは咄嗟に後ろに重心を移動させると背後に倒れるように体を傾けた。そのままこちらも蹴撃を仕掛ける。互いの足が衝突する。


「っ……!」


 強過ぎる力同士がぶつかり合い、ユリクスの片足に痛みが走った。しかし反動のおかげでなんとか距離を取ることに成功する。


 ユリクスは自身の足の状態を確認する。強力な身体強化を施していたために骨は無事のようだ。相手の予想外な動きが続き、流石のユリクスも肝を冷やした。


 ふぅ、と息を吐いて再び集中し直すと、魔獣だけでなくライトたちの状況もクリアに感知できる。少し離れた後方にいる二人。ライトとジークハルトの距離が詰められている。すると、不意にジークハルトがライトに一気に接近しようとした。ユリクスは反射で紫電を後方に飛ばす。二人の間を紫電が鋭く横切った。ジークハルトが飛び退ったために二人の距離が離れたことを感知すると、ユリクスは少しだけ背後に顔を向けた。そのまま視線だけでジークハルトを見据える。心からの、〝殺意〟を込めて。


 ジークハルトが初めて表情を強張らせて固い笑みを浮かべた。


「……おー、こわ。流石にあの殺気はビビるわ」


 牽制には成功したらしい。が、やはりこのまま魔獣の相手を続けるわけにはいかない。ユリクスは全力で魔獣を殺しにかかることにした。疲れるからという理由でユリクスが滅多に行わない絶技。自身の膨大な魔力を黒刀に一気に収束する。それだけならいつも通り。しかし異なるのは魔法にはせず魔力そのものを維持するということ。いつものように魔法を放つためではなく、黒刀を魔力で固めるようにだ。膨大な魔力そのものを黒刀のみに圧縮し続けるのは相当集中力を使う。仲間たちに伝授した修行法では、ただ掌中で圧縮すればよかっただけなので両手で潰すようなイメージでよかった。しかし手に持つ物であれば難易度が違う。集中し、黒刀全体に纏わせ、一切の魔力を逃さず、できる限り圧縮する。まるで魔力を纏わせることによって黒刀そのものを拡大するように。同時に身体強化を弱めることなく、そして鞘も顕現させる。鞘にも魔力を圧縮するので、計三ヶ所で魔力コントロールを行う。


 精妙な魔力操作に多量の魔力消費。慣れない疲労を感じながらユリクスは魔獣と向き合った。先に動いた魔獣が急迫してくる。ユリクスは鋭く目を細めた。相手の一挙手一投足を見逃さないように。魔獣が正拳突きを放ってきたのでそれを低い姿勢を作ってすれ違うように躱す。直後、魔獣の脇から氷柱が突き出てくる。予想通り。ユリクスはそれを左手で持った鞘で受け止めた。押し込まれそうな強い力の衝撃に左腕で痛みが走るが、それを無視して受け止め続ける。そして右手の黒刀を高速で薙いだ。これにも反応した魔獣が体を鉄化させるが、無駄だ。ユリクスは一度弾かれた際に魔獣の硬度を把握している。だからそれを上回る魔力量で黒刀を強化したのだ。故に、黒刀は鉄化された体を力尽くで両断する。ズシャッ! と血肉の裂ける音を響かせて魔獣を真っ二つにした。


 魔獣が確実に死んだことを確認するとユリクスは深く息を吐いた。鞘の顕現を解く。左腕が痺れるように痛む。けれどその痛みは他人事で意識はそこにない。


「マジ? あれをあっさり倒すのかよ。傑作だったのに」


 ユリクスの意識はそこ。地を蹴ったユリクスは一瞬でジークハルトに迫った。


「ッ……!」


 ジークハルトは息を呑んで瞬時に顕現した神器で黒刀を受け止めた。その神器は細剣。だが神器の形状などどうでもいい。ユリクスは力に物を言わせてジークハルトを弾き飛ばした。ライトから十分に距離をとらせる。すぐに体勢を立て直したジークハルトにユリクスは急迫。ジークハルトは自身の危機を自覚したらしく、本気の表情でユリクスと対峙する。本気になって当然だ。ユリクスの瞳には殺意しか宿っていない。ユリクスの意思は一つ。この男は仲間を、ライトを傷つけた。ならば殺す。


 ユリクスは慈悲なく敵を仕留めに迫る。ジークハルトが舌打ちした時だった。


「まって! 殺さないで!!」

「ッ!!」


 ジークハルトに刃が届く。その直前。聞こえた叫び。ユリクスはそれに反応してぎりぎり飛び退ることに成功した。


「……ライト?」


 叫んだのは後方にいたライト。ジークハルトは怪訝な表情を作り、ユリクスは振り返る。


「テメェ、どういうつもりだ? 折角〝異端な獣(デスペラード)〟がテメェのためにオレを殺そうとしてたのに、なんで止めてんだよ?」


 ジークハルトが心底理解できないとライトに言葉を投げる。しかしそんなジークハルトと違い、ユリクスにはライトが自分を止めた理由がわかった。ライトのその瞳を見て。


「兄貴、ごめん。でも、ソイツと戦わないといけないのはボクだから。だから……殺さないで」


 ライトの瞳はまだ諦めていなかった。未だ完全に立ち直れていなくても、それでもこちらを真っ直ぐに見据えている。


 ユリクスはジークハルトに向き合った。


「……退け」

「あん?」

「……ライトに免じて今は見逃してやる。……だが、そうしないのであればライトが何を言おうと確実にお前を殺す。……退け」


 ユリクスは本気の殺気を放つ。辺り一面が底冷えするような殺意。今のユリクスは悪鬼羅刹の如く。


 対面しているジークハルトは表情を強張らせながらもユリクスを睨み返してきた。だがすぐに深く息を吐く。


「わぁったよ。オレじゃテメェに勝てねぇことくらいわかってるからな。けど、ソイツがオレと戦うことを望む以上、その時はソイツを殺してやる」

「……できるといいな?」

「はぁ?」

「……もう退け」

「チッ、腹立つけどそうするよ。そんじゃ、サダンで会おうぜ。じゃあな」


 ジークハルトは大人しく歩き去っていった。それを見送ったユリクスはライトに歩み寄る。


「……無事か?」

「……うん。ありがとう」


 ライトが不安げにユリクスを見てくる。すると顔に手を伸ばしてきてユリクスの汗を拭った。


「汗、かいてる。初めて見た」

「……魔力を一気に三割以上使わされたからな」

「え、三割以上……? あれで……? 大抵の人は魔力切れ起こす魔力量だったのに……?」

「……まぁ……そうかもしれない」

「いや、かもしれないって……。ていうか四割も使ってないのになんでこんなに疲れてるの……」

「……疲れることに慣れてない」

「えぇ……」


 心底呆れたような表情になるライト。しかしその表情はすぐに翳りを帯びた。


「何も、聞かないの……?」


 震える声で言われた言葉にユリクスは表情を変えない。いつもの調子を崩さぬまま、答える。


「……前にも言っただろう。話すのも、黙っているのも、お前がしたいようにしろと。俺はいつでも聞いてやると」


 ユリクスの言葉を聞いたライトは視線を下げた。そして小さく笑む。それからユリクスへと視線を戻し、眉を下げて困ったように、けれどどこか嬉しそうに笑った。


「ほんと、甘やかしすぎ」

「……そうか?」

「うん。そうだよ。……ねぇ」

「……なんだ?」


 ライトは柔和に微笑んだ。まるで憑物が落ちたように。固く閉ざされていた蕾が開くように。


 穏やかに、静かに、ライトは言った。


「聞いてくれる? ()()の話」


 一切迷いのない表情と言葉に、ユリクスも少しだけ自身の口元が和らいだような気がした。






お読みいただきありがとうございます。

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