その呼び声は震えていた
「……疲れた……」
研究室内をじっくり見て回り、やっと全員が満足した頃にはすっかり夕方になっていた。地下から上がってきたというのにこの時間ではまた地下に逆戻りだ。地下にはダイニングルームもあったため、全員でテーブルを囲んで食事をしている。皆満足そうな表情をしているのにユリクスだけはくたびれていた。
「もう、ユリィったら何でそんなに疲れてるのよ」
「暇疲れでしょうね」
「面白かったのに」
「興味深くはあったな」
「さっぱりだったけど面白かったぜ!」
「勉強になったっス!」
意味のわからないものを見続けて何が面白かったというのか。理解できない。だがやっと解放されたことにユリクスは息をつく。
「ワシの研究を楽しんでもらえてなによりじゃ!」
何故か一緒に食事を取っているリルクも上機嫌だ。楽しんでもらえたからでもあるが、ライトの料理が美味しいからという理由もあるらしい。リルクとはできるだけ一緒にいたくないので早く食べ終えて部屋に行こう。そう思ったユリクスはいつもより少しだけ食事のペースを上げた。
話もしたくなかったのだが、そんなユリクスの思いには気づいていないリルクが口を開く。
「さて、オマエたちには一つ決めてもらわんとならないことがある」
「決めることって?」
ティアと同様、他の者も首を傾げた。
「明日、どの組み合わせで動くかじゃな」
「組み合わせっスか?」
「そうじゃ。たとえ特徴が知られているのがリューオーだけであったとしても、七人で動くのはリスクがある。じゃから何人かずつで分かれて動いてもらいたいのじゃよ」
手配書によってユリクス一行が七人と一匹であることは周知されている。故に納得のいく理由だ。皆顔を見合わせる。
「分かれて動くなら役割で決めたいところだけど……申し訳ないけどあたしはもう少し研究室で見たいものがあるのよ」
「私もです」
「なら二人はギルドに残るってことでいいんじゃねぇか?」
「別に構わん。あとするべきことといえば依頼と買い出しくらいか?」
「そうですね。それと、何があるかわからないので単独行動は控えた方がいいと思います」
「兄貴は依頼で決定っスから、ボクもそっちについていくっス! 兄貴は目を離すとすぐに健康を損ねるっスからね」
「いや、いつものことだけどあんたはユリィの何なのよ」
「私は買い出しかな。私じゃ依頼の役には立てないから」
「……役に立つかは気にしていない。だが危ないからイヴァンとリューズと一緒に町にいろ」
「ティアのことは任せな!」
「む? 俺もか」
「……リューズと一緒にティアとメラを守れ」
「「「過保護」」」
「……違う」
ということでグループは決定した。依頼にはユリクス、ライト。買い出しはティア、メラ、イヴァン、リューズ。ギルドにリアナ、レージェだ。
「決まりじゃな。なら明日に備えて――」
「……部屋にいく」
「……よっぽど疲れたのかワシが嫌なのか……」
「……どっちもだ」
「……そうか……流石に悲しくなってきたの……」
「リルクさん、元気出して?」
完食したユリクスはリルクにダメージを与えてから部屋に向かう。他の者も片付けを終えてから続々とダイニングルームを出て部屋に向かっていった。
◇◇◇
「さっ、張り切っていくっスよー!」
「……張り切るならお前がやれ」
「そりゃないっスよ……」
依頼チームのユリクスとライトは早速町を歩いていた。寄せられる情報によると件の二人組は徐々に行動範囲をずらしているらしい。現時点でどの辺りに現れるのかは予測できるらしく、それを事前に聞いた二人はその範囲内にある通りにいる。大体の位置を聞いていても実際にどこに現れるのかはわからないのでとりあえず歩くことにした。人の往来は少ないわけではなかったが、道を歩くのには十分なゆとりがあるほどで見通しはそこそこいい。ユリクスは興味がないのでただ歩いているが、隣を歩くライトはちらちらと視線を至るところへ巡らせている。
「綺麗なつくりをしてる町っスね」
ライトが言っているのは町道の景観ではなく、町全体のつくりのことだ。ギルドを出て暫く歩いてから気づいたが、道がほぼ規則的につくられている。曲道はほとんどなくどこも直角。歪みのない十字路ばかり。曲道がない点で迷いそうにないようにみえるが、方向感覚は狂うため逆に迷う。また、道に特徴がないためにどの道に何があったのかも覚えづらい。
「地図が欲しいっス……」
「……そうか」
「兄貴は道覚えられるんスか?」
「……歩いていれば何れ着く」
「そもそも覚える気がないと」
これは依頼とは違う意味で無事に帰れるのだろうか……。なくていいはずのくだらない不安を増やされたライトである。
不安のためあれこれ考えているライトとは対象的にユリクスは何も考えていない。帰り道も、依頼についても何も。面倒なので件の二人組が現れなくても別にいいか、とは思っているが。しかしそうもいかないらしい。あっちにふらふら、こっちにふらふら。などというわかりやすく怪しい動きをしている男二人組が少し離れた前方にいる。……帰りたい。
「ねぇ兄貴、あれ」
ライトも気づいたらしい。が、だからどうした。ユリクスが歩調を変えることはない。
「本当に尾行するつもりないんスね……」
隣から呆れた声が聞こえてくるが、ユリクスは構わず真っ直ぐに男たちを見据えている。見つけたからには依頼をこなさなければ解放されないから。
普通に歩きながらついていくと、ふらふらしていた男たちが急に立ち止まって曲がり角へと顔を向けた。そして自身の耳に触れる。いや、正確には耳に付けているピアスに。ユリクスはピアスに魔力が宿っていることを感じ取った。
「……神核だな」
「神核……。でも何して……」
立ち止まっていた男たちが再び歩き出す。ユリクスたちも歩調を変えぬまま歩き、男たちが立ち止まっていた場所へと辿り着いた。男たちが顔を向けていた道を見てみるが特に変わったことはなく、自分たちがいるような町道があるだけだ。
「何を見ていたんスかね……」
「……」
「兄貴?」
ユリクスは曲がってすぐの道端を見る。民家によってできた陰。その中に隠れながら壁に沿うようにそれはひっそりとそこにあった。ユリクスに遅れて気づいたライトがそれを拾い上げる。
「これ……鈍色の神核っスよね……」
「……そうだな」
「でも何でここに……」
何故道端に落ちているのか。立ち止まって男たちが見ていたのはこれのことではないか。もしやふらふら歩いていたのはこれを探していたのではないか。では何故見ていて、そのままにしているのか。まだわかることはない。
「とりあえず回収しておいた方がいいっスよね。はい、兄貴」
「……お前が持ってろ」
「え、嫌っスよこんな気味悪いの」
「……俺だって嫌だ。持ち物は面倒」
「えぇ……気持ち的に大丈夫ならポケットにでも入れておいてほしいんスけど……。あ、ちょっと先行かないでほしいっス!」
ユリクスはライトの言うことなど聞かずに歩き出す。どうやらライトは泣く泣くポケットに神核を入れたらしい。魔導袋は買い出しチームに貸しているためユリクスたちは持っていない。それ故にライトに降り掛かった災難である。
その後も男たちは何度か立ち止まった。立ち止まって見ていた道を確認していくと、全ての道に鈍色の神核が落ちていた。それを一つずつ回収していく。そして今また回収したライトが口を開いた。
「昨日話してた通り、尾行していた人たちがターゲットの動向を探れずに外まで行っちゃったのなら、まぁ納得の行動っスよね」
「……そうか?」
「そうっスよ。だってこんな小さな神核、普通は見つけられないっス。兄貴だから見つけられるんスよ。誰も帰ってこないって言われてる依頼ならこれさえ見つかれば一度報告に戻ったかもしれないのに、それすら一度もなかったなら誰も見つけられなかったんだと思う」
神核は元より小さく、ましてや潜むように置かれていたら普通は気づかない。魔力を感知する能力の高いユリクスだからこそ確実に見つけられるのである。
「でもこれで解放者が関わってることは確実っスね。どうするんスか? 一度報告に戻る?」
「……いや、またあいつらを探すのは面倒だ」
「そう言うと思ったっス」
ユリクスとライトは再び歩きだす。そろそろ町外れが近い。このまま後をつけていったら二十分もせずに町の外に出るだろう。それでも歩みに迷いはない。
「やっぱり町の外に誘き出されてる? ここに来るまでの間、あの二人後ろ見てたっスか?」
「……いや、一度も見ていない」
「見てないのに気づいたってことっスかね。まぁ気配消してないっスけど」
「……気づいてるのか?」
「え? どういうことっスか?」
ユリクスには違和感があった。後をつけられていることに気づいているのなら多少なりともこちらに意識が向くはず。しかしユリクスには意識が向けられているように思えなかった。それを隠す能力が高いと言われればそれまでだが、前を歩く男たちがそこまでの強者だとは感じられない。違和感を覚えながらもついていく。ついていかなければ何もわからないのだから。
歩き続けてとうとう町を出る。それからも暫く歩いて広やかな平地へと辿り着いた。自分たちのいる場所から見える町が小さくなる程の道のりだった。
男たちから十分距離を取っていたが、平地に辿り着く前から男たちが向かっている先に魔獣がいることを感知していた。わかっていた通り、人魚種、蠍種の二体の魔獣が待機している。魔獣のいる場所に辿り着いた男たちが振り向いた。
「うわ、マジでついてきてる奴いるじゃん」
一人が驚いたように言った。その言葉は大分違和感がある。ライトが怪訝な表情を作った。
「気づいてなかったんスか?」
「あぁ。俺たちは神核を探しながら振り向かずにここまで来るように言われてただけだからな」
「そうすればついて来てる奴がいるだろうって」
くつくつと可笑しそうに男たちは笑う。そのまま剣の柄を取り出して刃を顕現させた。魔道具だ。
「さてと、あとはお前らを殺せばいいだけらしいからな。簡単な仕事だぜ」
「頂いた神核のおかげで魔獣も従えられたしな」
「あぁ。試すには丁度よさそうな相手だしよ」
その会話にユリクスは鋭く目を細める。なんとなくこの件の全容が見えた。
「……一つ聞きたい」
「あぁ? んだよ」
「……お前たちは、後をつけられたのは初めてか?」
「兄貴……?」
ライトも、そして男二人も意味がわからないという表情をする。問い掛けに対する答えは。
「あ? つけられたことなんてねぇよ」
「……そういうことか」
なんとも悪質な手口だ。
「兄貴、これってどういう……」
「……罠だ。そして、その罠にかかったのは相手も同様ということだ」
「え……?」
「……いい。まずは奴らを斬り伏せるのが先だ」
「いや、殺すのはダメっスからね?」
訳がわからない二人の会話が不快だったらしい。男二人が眦を決した。
「何ごちゃごちゃ言ってやがる」
「余裕かましやがって。こっちには魔獣もいるんだ。楽には死なせてやらねぇからな」
ユリクスは身構える。これから起こるであろうことに。
そんなユリクスの隣でライトが複雑そうな表情をしている。
「なんか、言ってることもあれだし、魔道具と単種族の使役された魔獣とか久しぶり過ぎて小物感がすごいっス」
「……実際そうだからな」
「っスよね〜」
二人で神器を顕現する。男たちがのけぞった。
「な!? 神器!?」
「マジかよ! チッ、いけ魔獣共!」
二人が神器を顕現できると知った途端、早々に魔獣に戦闘を託した男たち。本当に小物である。真っ直ぐ迫ってきた蠍種の魔獣をユリクスは剣圧で両断。ライトは人魚種の魔獣の急所を一発で撃ち抜いた。
「ひっ!」
「こ、殺される!」
戦意を喪失した男たち。砕ける鈍色の神核。ユリクスたちから這々の体で逃げていく。ライトが追走しようとするが、それをユリクスは一歩前に出て手で制した。
「追わないんスか?」
「……ライト」
「なに?」
「……もう奴らは完全に罠にかかった。俺たちもこれ以上深追いすると何があるかわからない」
「さっきから何かわかってるみたいっスけど……一体何を……」
「……今まで尾行されていた奴らは毎回違う人間だ」
「え?」
「……尾行していた人間も、尾行されていた人間も、全員殺されている」
「殺されてるって……」
「……もう少ししたらお前もわかる」
「わかるって何を……。ッ!!」
一歩後ろにいるライトが総毛立ったのがわかる。当然だ。先程からずっとユリクスが警戒していた、強大な悍ましい魔力が近づいてきたのだから。
「あ、兄貴……これって……」
「……あぁ。今までここに誘き寄せられていた人間は全員、餌だ」
ユリクスがこの件の真相を察することができたのはこの気配があったからだ。
平地から林の中へと逃げていった男たち。その直後、大きな悲鳴がここまで響いてきた。暫くして林から何かが姿を現す。
「……な、に……あれ……」
ライトが震える声を溢した。ライトとて弱くない。強敵との戦闘もたくさん経験してきた。それでも体は震え、強い警戒が解けないようだ。あれの強さなど容易に想像がつくのだから当然だ。それほどまでの、異形。
ユリクスもそれを注視する。怯えることはないが、その初めて見る存在に対して警戒を解いてはいけない。何をしてくる存在なのかがわからないから。
一歩一歩そいつは近づいてくる。この歪んだ魔力は魔獣のもの。しかしその魔力の悍ましさが今までの魔獣の比ではない。そしてその姿も、知らない。知らないというより、わからない。龍? 不死鳥? 炎虎? 鷲獅子? 蠍? 妖狐? 人魚? 所々そのどれかの特徴が見えはするが、最も理解できないのが、その魔獣は二足歩行をしていた。そんな魔獣が今までいたか? 七つの獣に該当するか? そして、あらゆる部位が獣というより、人間味があるのは何故だ?
平地を一歩一歩進んでくる魔獣。ユリクスたちから離れたところにある魔獣の亡骸に近づいていく。亡骸の元へ辿り着くと両手で持って貪り始めた。ぐちゃぐちゃと耳に残るような音を響かせながら喰らい尽くし、それが終わった魔獣が今度はユリクスたちの方へ顔を向ける。大きく裂けたような口元は血濡れていた。赤が染み込んだようなその口で、一体どれだけのものを喰らったのだろうか。
ユリクスとライトは全力で警戒する。魔獣の次の動きに反応できるように。だが次の行動は予想外過ぎてまともな反応などできなかった。
『…………エ……サ……』
「「ッ!!」」
二人同時に息を呑む。
「しゃべっ……た……」
「……」
姿も、人の言葉を話すことも、異常過ぎて困惑することしかできない。しかしユリクスが冷静さを取り戻すのは早かった。
「……多くの魔獣を喰っていた個体は知能も多少強化されていた。なら、知能の高い人間を多く喰らえばその結果は比べるまでもないか……」
完全に落ち着きを取り戻したユリクス。だがライトはそうでもないらしい。恐怖というよりも混乱があまりにも大きいようだ。この状態で戦うのは危険だろう。あの魔獣と戦うとなると知能が高い分かなり厄介である可能性が高い。まぁライト一人なら守れるか。そう判断したユリクス。それと同時に魔獣がこちらに重心を移動させた。
(……来る)
ユリクスも構える。同時に動き出そうとして……ユリクスは意識をずらした。
「はい待った待った。ほら、言うこと聞け」
緊張感のない声が聞こえてきたかと思うと、動きだそうとしていた魔獣がぴたりと止まる。ユリクスもその声を聞いて動きだす体勢を解いた。目の前の魔獣の存在感が強過ぎていつもよりかは気づくのが遅れたが、それでもユリクスはその声の主の接近を感知していた。まさか戦闘を止めに来るとは思わなかったが。
横から歩み寄ってきて魔獣の隣に立つ男。どうやら魔獣を従えているらしい。この魔獣を従えるとなるとかなりの強者だろう。ユリクスは警戒する。そんなユリクスの一歩後ろで、掠れた声が聞こえてきた。
「……ジーク……ハルト……」
ライトの呟きは相手にも届いたらしい。目の前の男は残忍さを隠さずに笑った。
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