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科学との出会い

「えー、それで依頼内容じゃが――」

「……待て、何故承諾もしていないのに間も空けずに話し始めてるんだ」

「総長の相棒になりたくないなら断る選択肢などなかろう?」

「……相棒になりたくないならと言われてもこき使われていたら同じようなものだろう。もう何度目だと思っている」

「五度目っスね」

「……そういえば指名依頼は滅多にこないと言っていたのはお前だったな」

「飛び火したっス!!」

「ライト、どんまい」

「見捨てられたっス!!」

「そんなことより早く話進めましょうよ」

「些事にされたっス!!」


 うわぁぁぁん! と泣きながら顔を手で覆っているライト。しかしそんなライトが構われることなく話は進む。


「ねぇ兄さん、話聞こ?」

「……面倒」

「だって兄さんにしかできないことだからお願いされてるんだよ?」

「……他にできる奴だっているはずだ」

「それが、いないんじゃなぁ」

「……探せ」

「そうは言われても実力のある者でないと犠牲が増えるだけなのじゃよ」

「……増える? 既に犠牲が出ていると?」

「そうなのじゃ。誰一人として帰ってきておらぬからの」


 どうやら今回も厄介そうな依頼が来たようだ。皆襟を正してリルクの次の言葉を待つ。リルクは難しい顔で話しだした。


「始めはただの依頼としてギルドで掲示しておいたのじゃ」

「……ランクは?」

「Cランクじゃ」

「……C? 冒険者の依頼としては最低ランクじゃないか」

「そうじゃ」


 依頼のランクはSからDランクまで。Dランクは一般人でもこなせる町中での雑用。次の仕事を探す間の繋ぎのようなものだ。他は戦闘の可能性があるものなので冒険者と呼ばれるのはCランク依頼をこなせる者から。Cランク依頼しかこなせないような弱い者なら死んでもおかしくはないだろうが、弱い者でなくとも小遣い稼ぎや暇つぶしで手を出す者はいるはず。それでもこなせなかったということだろうか。そもそもCランク依頼なら魔獣との戦闘があったとしてもすぐ逃げられるような相手や魔獣が近寄れない安全地帯の近くだったりするのだが……。


「……依頼内容は?」

「尾行じゃよ」

「……尾行? 戦闘ですらないのか?」

「そうだと思っていたのじゃが……もしかしたら戦う状況になったのかもしれぬ。それでも途中から依頼を受け始めたのはそう簡単に死ぬような冒険者たちではなかったのじゃ。何せ、犠牲者が出る度にランクを上げていったからの。最終的にはSランクじゃ」

「Sランクまで上げたのにダメだったんスか!?」

「そうじゃ。実力者たちが大人数でパーティーを組んでも帰ってくることはなかった」

「……尾行対象の詳細は?」

「男二人組じゃ。それ以上の特徴はわからん」

「……わからないのに見つけられるのか?」

「随分わかりやすい不審者なのじゃろうなぁ。何せここ最近町中で怪しい動きをしている奴らがいるとの情報が何度も入ってきているのは確かじゃからな。じゃが何をしているのかがわからん。じゃからその動向を探ってほしかったのじゃ」

「……町中……外に誘い出されて消されたか……?」

「そうかもしれぬ。もしそうなら、恐らく町の中では何をしているのかわからなかったのじゃろう。それで外まで尾行を続けていたら罠に嵌められた。とも考えられる」

「……なるほどな。尾行に気づけるような相手か」


 実力のある冒険者の尾行に気づけたのなら気配感知の能力が高いと考えられる。ならばそれ以上に気配を消す能力が高くなければならないのだが……。


「そういえば、貴様は気配を消すのは得意なのか?」

「……まぁ、できる」

「流石ユリィだな!」

「……だが……」

「「「だが?」」」

「……こっそり動くのは面倒でやったことがない」

「「「……」」」


 宝の持ち腐れである。


「……あー、どうするんスか?」

「そうねぇ。気配を消すのが得意なのってこの中にはいないわよね?」

「スズメラに一度戻ったお二人はどうなんですか?」

「ボクらは気配を消したんじゃなくて、上手く旅人を装ってただけなんスよ。こそこそ動いてたわけじゃないっス」

「そうですか……」


 いきなり詰んだことに諦めたような面持ちになる一同。しかし宝の持ち腐れ男が心底意味がわからないという様子で首を傾げた。


「……何故気配を消す必要がある?」

「どういうこと?」


 ティアからの問い返しにユリクスは怪訝な顔で答えた。


「……罠にかかればいいだろう」

「「「……」」」


 つまり尾行なんざ端からしない、と。ユリクスを除く一行は薄笑いを浮かべた。そういえばこういう奴だわ、と。


 ユリクスの言葉を聞いて唯一薄笑いを浮かべていなかったリルクは腹を抱えた。


「はっはっはっ! 大物じゃのぉ! やり方は任せるぞい! ……じゃが」


 リルクは表情を一瞬で鋭いものに変えた。


「油断して死ぬなよ」


 低い声で言われた言葉に、ユリクスを除いた一同は息を呑んだ。油断。戦闘中はしていないつもりだが、それ以外の時間ではそうでないことが多くなっているかもしれない。ユリクスと共にいる以上、自分たちは敵に狙われる立場にあるのだ。していないつもりでも今後はもう少し意識しようと気を引き締めたのだった。とはいえユリクスだけは。


「……俺は、俺たちを害するものを斬り伏せる。それだけだ」


 ユリクスは自分を曲げない。相手を敵と認識したのなら斬り伏せるのみ。ただそれだけの話だ。そのために油断が邪魔になるのなら油断など自分の内にはいらない。


 リルクは表情を緩めた。


「なるほど。ただ相手を確実に斬り伏せることしか考えていない、と。そういうことじゃな。ならば心配は無用か。では、任せたぞ」

「……やらなきゃだめか?」

「往生際が悪いな……折角かっこいいことを言っておったのに締まらんではないか……」


 ユリクスは自分を曲げない。嫌なものは嫌なのだと。


 やれやれと全員から呆れられるが嫌なものは嫌なのだ。……嫌だ……。


 しかし残念ながら依頼を受ける方向で決まってしまったらしい。話は終わったとばかりにリルクが立ち上がる。


「さて、じゃあワシはそろそろ研究に戻るとしよう」

「研究っスか?」

「そうじゃ。ワシは科学者じゃからな!!」

「「「カガク?」」」


 リルクが両腰に手を当てて胸を張った。


「そうじゃ! 科学とは、あらゆる方法を用いて種々の事象を研究し、真理を明らかにすることじゃ!」

「なんかすごそう!」

「……どうでもいいな」


 ユリクスたちの反応など一切気にしていないらしいリルクは部屋の本棚の本を数冊押し込み、隠し階段を出現させる。そして階段をビシッと指さした。


「さぁ研究室に来るのじゃ! ワシが科学というものを教えてやろう!」

「……興味ない」

「でもこの感じ、ついていかないといつまでも終わらない気がするっスよ」

「……」


 続々とリルクについて階段を下りていく仲間たち。ユリクスは心底面倒だったが、ライトの『終わらない』という言葉が尾を引き、げんなりしながらついていった。


 階段を下りればまずはいくつか同じような扉があった。リルクによるとこれらが部屋のようなのでここで過ごすことになるらしい。いくつもの部屋を通り過ぎ、最奥へ。最も大きく、厳重に閉ざされた扉がそこにあった。


「如何にも大切な部屋って感じね」

「実際そうじゃからな。ここにはワシの大切なものが詰まっておるのじゃ、何かあってはたまらん」

「そんなところに私たちを入れてもいいの?」

「構わんよ。ただ、壊してはくれるなよ?」

「そう言われると緊張するっス……」


 リルクが大きめの鍵を使って解錠し、扉を開いた。扉の先にあった部屋はとても広い。控えめな明かりがつけられていて薄暗くもある。とはいえ鳥目のティアでも問題なく過ごせる程度の暗さだ。全員で部屋に足を踏み入れる。


 部屋を見回すと見たことのないものが大きな棚にずらっと並べられていた。数多の珍品に皆思わずきょろきょろと忙しなく顔を動かしてしまう。しかし見たところでそれらが何か全くわからない。


 先頭を歩いていたリルクが振り返る。


「さ、好きに見て回ってよいぞ。ただし触るのはダメじゃからな」


 注意に頷き各々散っていく。ユリクスは全く興味がないのでティアについていくことにした。小さいサイズのメラと共にティアを見守る。ティアはとりあえず部屋全体を見て回るらしい。口を開けて興味津々といった様子を隠さずにゆっくり歩いている。ティアをただ見ているのもどうかと思うので、ユリクスもなんとなくその辺に置いてあるものを見てみた。しかし本当にどうでもいい。これはなんだろう、などとは思わないのでなんか置いてあるな、くらいの感想だ。


 ぼーっと歩いていると、いつの間にか最奥に来ていた。ユリクスは立ち止まる。そこにあった物に初めて興味が湧いた。他の物と比べるとあまりにも異質過ぎて。ティアも同じらしい。足を止めてそれを見上げている。


 横一列に三つ並べられた透明の大きなパイプ。それは天井近くまで高さがあり、太さも人一人入っても余裕があるほど。先端を閉ざすように何かの機械が天井と床に取り付けられている。中は液体で満たされていた。一体何が異質なのか。それは、パイプの中に()()()()()()()()()()が入っているのである。それぞれの魔獣の種は異なるようだ。


「なに……これ……」

「……」


 思わず漏れたというティアの呟きにユリクスは答えてやることができない。パイプの中に浮かんだ魔獣の一部たちをただ見ていることしかできない。そんな時、メラがパイプへと近づいていった。三つのパイプを一つずつ見て、耳を下げる。


「クゥ……」

「メラ?」


 とても悲しそうな声。何故そんな声で鳴くのかはわからない。けれどこれに関してはユリクスも考えてしまうものがある。これは予感でしかないが、何か大きな謎に繋がっているような気がするのだ。


 後ろから人が近づいてきた。


「これは……」


 リアナだった。リアナも呟きを漏らす。その後ろから更に近づいてくる者が。


「やはりこれが気になるか」


 リルクだ。その声音は真剣味を帯びている。リルクもユリクスたちと同様にパイプに入っている魔獣の部位を仰ぎ見た。


「魔獣とは何か。その謎は未だに明らかにされてはおらん。じゃからこうして魔獣の生体を調べておるのじゃ」

「……生体に何かヒントがあると?」

「わからぬ。じゃが、魔獣の謎、特に個体ごとに異なる姿を持つ複合種の魔獣には何かがあるような気がしての。じゃからこうして魔獣の種が変わる境目で体を切断したのじゃ」

「……それで、何がわかった?」


 リルクは目を鋭く細める。何かしら成果を掴んだようだ。


「魔獣が歪んだ(おぞま)しい魔力を有していることは知っているな? では魔獣たちの魔力の違いに気づいたことはあるか?」

「あたしはわからないけど、ユリィはどうなの?」

「……種ごとに極僅かな違いはある」

「……研究もしていないのに魔力の違いに気づいておったのか……研究してもなんとなくわかった程度だったのじゃが……」

「まぁ兄さんだから」

「聞いていた通りの化け物っぷりじゃの……。それは置いておいて、確かに種ごとに異なる。では複合種同士の違いはどうじゃ?」

「……複合種同士? 複合種なら複合種の魔力のはずだが……」

「その通り。複合種同士で違いはない。じゃがの、複合種の体を種が変わる境目で切断してみると、魔力がその部位の魔獣種のものに変化したのじゃ」

「……なに?」

「つまりどういうこと?」

「つまり、複合種とはその名の通り複合されたもの。複合種として生まれたのではなく、七種の魔獣が後に合成されて生まれた種である可能性が高いということじゃ。継ぎ接ぎで作られたのだとしたら、他の種と切り離されたことで魔力が本来の種のものに戻ったと考えられるからの」


 説明を聞いた三人は表情を険しくした。魔獣は八種存在していることが常識であり、複合種は合成されて後天的に生まれたものだとは考えたことがなかった。だが何故合成された? 誰によって合成された? どうやって合成された? 一つ明らかになれば更なる謎が生まれた。


「魔獣は本来七種だった。ってことになるのね」

「あくまで可能性じゃがの。それと、もう一つ実験してみたことがある」

「……なんだ」

「ちょいと魔獣の魔力を弄くりまわしてみたのじゃ」

「そんなことができるの?」

「やり方などわからんから魔法で適当にの。目的としては、魔力がどうして歪んでいるのか調べるためじゃ」

「……考えたこともなかったな」

「当たり前過ぎて人が考えないようなことを調べるのが科学者じゃからの」

「それで、上手くいったのかしら?」


 リルクは(かぶり)を振る。


「結論から言えば、何故歪んでいるのかはわからんかった。じゃが、回復魔法や涙を使って少しだけその歪みを弱めることはできた。すると、この実験でも変化が表れたのじゃ」

「何が変わったの?」

「魔獣の瞳をよく見てみぃ」

「……瞳……? っ!」


 頭部だけが浮いている魔獣の瞳を見ると、完全にではないが色が()()に近づいていた。


「魔獣の目は血走っているから瞳の色はわかりにくい。けれど琥珀でないのは確かじゃ。じゃが、魔力の歪みを弱めれば琥珀色に近づいた。つまり」

「……魔獣は神に関わる存在……」

「そうじゃの。まぁ、元々が神に関わるものだったのか、それとも歪みがなくなったものが神に関わるものになるのか、それがどちらなのかはわからん」


 リルクが深い溜め息をついた。


「現在明らかになっているのはここまでじゃ。こんな半端な状態では総長に報告もできん」

「……ゲオルグなら、少しでもわかっていることがあれば教えろと言いそうだがな」

「そうじゃろうが、それは科学者としてのプライドが許さん。総長には悪いと思っておるがの……」


 申し訳なさそうにリルクは俯く。だが薄情なユリクスはその様子を気にすることなく顎に手を当てて考えた。一つだけ引っ掛かったことがあるからだ。ユリクスはメラを見た。メラの琥珀の瞳と目が合う。


「……メラも関係があるかもな」

「メラも?」

「……メラの瞳も琥珀だろう?」


 ティアがメラを見る。そしてはっと息を呑んだ。


「そういえばメラが生まれた時、合成に使われてたのは魔獣じゃないけど魔獣と同じ種類の獣だった! もしかして……!」

「……メラの合成に使われた獣と魔獣は魔力の質が違うだけの近い存在かもしれないな。それと、複合種はメラのように合成されて生まれた存在であるという可能性も高まる」

「でも複合種なんてそこら中にいるのよ? ティアがいた施設では合成していたみたいだけど、そんな施設がたくさんあるとは思えないわ」

「施設もそうじゃが、誰が行っていたのかも重要じゃな。龍種に至っては合成するにも大分苦労するじゃろうし。あの種は大抵の者には手に負えん」


 どうやって合成されるのか。誰が合成しているのか。魔力が歪む理由は何か。神とどういう関係があるのか。


 明らかになることがあれば更なる謎が生まれる。もどかしい。何も前に進まない。それどころか余計に混乱してくる。


 ユリクスは嘆息して……。


「……もういい。面倒。この話はやめだ」


 考えることを放棄した。


「ちょっとユリィ、結構大事な話よ?」

「……話していたって結局わからないだろう。そもそも魔獣がどういう存在なのかなどどうでもいい」

「ワシの努力が全否定されたんじゃが……」

「リルクさん、元気出して?」


 肩を落としたリルクをティアが慰めているが、知らん。考えるのは面倒だからわかったら教えてくれ。というのがユリクスの思いである。面倒なことは人に任せるに限る。


「ほんとユリィったらどうしようもないわね。じゃああたしは別のところに……あら?」


 リアナは踵を返そうとして止まった。近くにあった台に視線を止める。そこには七種の魔獣の模型があった。腰を曲げてまじまじと見ている。


「それは切断する時に参考にしたものじゃが……気になるのか?」

「魔獣の姿なんてじっくり見たことなかったからちょっと気になったの。触って見てみたいんだけど、だめかしら?」

「ふむ、気をつけてくれるならよいぞ」

「ありがとう」


 許可をもらったリアナは模型をそっと手に取って熟視し始めた。暫くはこの場から動かないだろう。ユリクス、ティア、メラ、リルクは他の場所に向かって歩き出した。


 部屋を見回すと未だに各々が興味のある物をじっと眺めている光景がある。飽きないのだろうか? ユリクスには皆の気持ちが甚だ理解できない。


 早く出たいなぁ、と歩いていると、すぐ近くにレージェがいた。


「あ、リルクさん。少しお聞きしてもいいですか?」

「なんじゃ?」

「この器、水が入っているのですが、これも何か意味のあるものなのですか?」

「ふふん、よくぞ聞いてくれた! これはただの水ではないのだ!」


 これは長くなりそうだ。ユリクスはその場を離れた。ティアは未だにきょろきょろと周りを見ているが、ユリクスはついていくのも疲れたのでその辺に置いてあった椅子に座る。暇だ。しかしここから出ても依頼が待っている。……依頼。実力者たちが誰一人として戻ってこなかったもの。どうにもきな臭い。が、ただの依頼として終わってほしいものだ。ほんと、面倒くさい。


 きな臭いとは思ってもユリクスは特に深く考えることはしない。考えるのは性に合わないしする必要もない。たとえ何が待ち受けていようとも斬り伏せる。それだけなのだから。






お読みいただきありがとうございます。


魔獣についての話はよくわからない、わかりにくいと思った方が多いのではないでしょうか。ユリクスさんたちもそうです。皆様ももやもやしてユリクスさんたちと同じ立場になってくださると私としては嬉しいです。私に高い文才はないですが、できるだけ彼らと共に旅をしているように書けたらいいのにな、と常に思っておりますので。(とはいえそう書けない場面も普通にあるのですが)


(所々矛盾点やこれもう書いてたよ? という箇所が非常にありそうでとても怖いと震えております)

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