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その結びつきが絶たれぬ限り

 朝、いつも通りガルダ邸にて。バンッ! とテーブルが叩かれた。


「明日だ明日!! 明日出発するぞ!!」

「落ち着けやイヴ」

「まぁそろそろ我慢の限界かなとは思ってましたけど」

「数日後、なんて言ってはっきり決めてなかったからね」


 そろそろ出発しようと決めてから二日が経ったが、イヴァンの堪忍袋の緒が切れた。このまま一人で出発しそうな勢いである。一同ははぁ、と溜め息をついた。


「なら明日出発しましょう。確かにこのままじゃ日を長引かせそうだし」


 他の者は同意し頷いた。


「そうだ! 出発だ!」

「ちゃんと決まったんだからいい加減落ち着きなさいよ」

「それでは明日に備えて今日はゆっくり過ごしますね」

「俺もそうすっかな!」


 今日は修行をせずに英気を養うことに決めた。しかし一人だけそうしない者が。


「ボクはちょっとやりたいことがあるっス。兄貴、よかったら付き合ってくれないっスか?」

「……別に構わない」

「ありがとうっス!」


 嬉しそうにライトは笑う。ユリクスにはライトが何をしたいのかわからなかったが、暇だからいいか、と軽く返事をした。するとライトが立ち上がって玄関へと向かおうとする。ユリクスは首を傾げた。


「……今からか?」

「善は急げっス!」

「……そうか」


 丁度コーヒーも飲み終わったことだし、ユリクスは立ち上がった。その横でガルダがニヤニヤと笑っている。ユリクスは仏頂面になった。


「……なんだ」

「仲間のことになると面倒くさがらないねぇ」

「……」

「良いことなんだからそんな顔すんなよ」


 ガルダはいちいちユリクスが変わったことを指摘してくるのでうざい。不機嫌を抱えながら、ライトを追うようにユリクスも玄関に向かった。


 目的地はわからないが、とりあえずてくてくとライトに合わせて歩く。連れられてやってきたのは樹林だ。とはいえそこまで里から離れていない。ちょうど木々が密集していない、少しだけ広い空間ができているところでライトは足を止めた。


「ここでいいっスかね」

「……それで、何をするんだ?」

「少し前まで兄貴の魔法を銃身でガードするやつやってたじゃないっスか。あれっス!」

「……なるほど」


 つまり修行。ライトの強くなりたい気持ちがよく伝わってくる。だが無理はよくない。


「……あまり疲れると明日に響くぞ」

「昼からは休むから大丈夫!」

「……そうか」


 ライトは急いた足取りでユリクスと距離を取った。ユリクスと向き合うと二丁拳銃を顕現させる。


「さぁ来いっス!」


 元気に大呼したライトだが、銃を構えるとすぐに真剣な顔つきに変わった。まるで本当に敵と戦うような鋭い表情。相手を射殺さんとギラつく双眸。圧さえ感じられる。


(……随分変わったな)


 その変化にはユリクスも少しだけ驚く。これはこちらも真剣に付き合ってやらなければ失礼だろう。表情には出ないが、ユリクスも気を引き締めた。


 右手を前にゆるりと上げる。人差し指を伸ばしてまずは正面に一発。それをライトは訳無く弾いた。まぁ今のライトには当然だろう。ユリクスはそれから右手を滑らかに動かして次々と紫電を飛ばした。腕、足、胴体、頭と不規則に飛ばしていくが、ライトは一つも漏らさずに弾いていく。必死ではなさそうなので多少は余裕ができているのかもしれない。以前に比べたら、いや、比べるまでもなく強くなっている。


 ふむ、とユリクスは考える。もう少し難易度を上げてやろう。


「……ライト、変えるぞ」


 不思議そうな表情を見せたライトだが、その表情はすぐに引き締められた。腕を下げたユリクスの意図に気づいたのだろう。ユリクスはただ立ったままの状態で紫電を飛ばした。同時ではないが、そこまで間隔は空けずに。


「ッ!」


 ライトから完全に余裕が消えた。弾き方がぎりぎりになり、不安定になっていく。それでもなんとかいくつかの紫電を捌いたが、二桁ほどに到達するとその体に紫電を受けた。ユリクスは魔法を止める。


「いてててて……」


 強い静電気のような痛みを受けたはずのライトが体を擦りながら歩み寄ってくる。とても悔しそうな表情で溜め息をついた。


「相手の動きがないと反応できなくなるなんて、ボクもまだまだっス……」

「……そうだな。強者であれば動きがなくとも魔法を使える者などざらにいる」

「そうっスよね。捌けないのもそうっスけど、動きを付けないと魔法を安定して使えないのもまだまだっス」

「……お前の場合、銃と合わせて魔法を使う機会が多いこともあって余計にそうだろう。だがその修行はいつだってできる」

「いつだって?」

「……いつも炎を浮かせていればいいだけだろう」

「確かに」


 納得したライトはすぐに小さな炎を自分の横に発生させた。ふよふよと炎が揺れる。それを操作していろんなところに移動させる。


「こんな感じっスよね」

「……あぁ」


 ちょっと楽しくなってきたらしいライトがいくつか炎を生み出してふよふよさせている。しかしはっとしたかと思うと炎を消した。


「ならやっぱり今は捌く修行が優先じゃないっスか! お願いするっス兄貴!」


 ライトがバタバタと走っていき、先程の位置まで戻った。


 動きのないユリクスから放たれる魔法を捌き、失敗して受けて、また捌く練習を始めてまた受けて。その繰り返しを何度も行った。そして昼を過ぎた頃。


「……そろそろ終わりだ」

「え!?」

「……かなり疲れているだろう。見ればわかる」


 ライトは大きく息を乱し、雪の地でコートを脱いでいながらも大量の汗をかいている。疲労していることは明白だ。ユリクスは脱ぎ捨ててあったコートを拾ってライトへ投げた。ついでに魔導袋に入っていたタオルもだ。


「……汗が冷えたら風邪を引く」

「ありがとうっス」


 気を緩めたらしいライトがほっと息をついた。タオルで体を拭いてコートを着る。ふぅ、と息を吐いたライトが空を仰ぎ見た。


「ベルゼヴィスかぁ……」


 翳りを帯びたその瞳は空を見ているようで、実際は過去を見ているようにユリクスは感じた。ユリクスとてサダンのことを考えれば自然と過去を思い出す。ライトもそうなのだろう。


「ねぇ、兄貴」


 ライトが空を見上げながら呼び掛けてきた。ユリクスは次の言葉を待つ。


「ボクが嘘をついていて、明るくなんてなくて、頼りなくて、弱虫で泣き虫だったら……どうする?」


 独白するような呟き。しかし確かにユリクスへと向けられている。ユリクスはその問いに対して何も考えない。考える必要がなかった。だから考えるまでもなく思っていることをそのまま口にした。


「……別にどうもしない」


 ライトが少しだけ目を見張ってユリクスへと視線を移した。ユリクスはライトを正視する。


「……お前が嘘をついているのなら、何か理由があるんだろう」

「理由なんて……」

「……ないと思っているのなら意図じゃなくて気持ちの問題か。なら俺たちを害そうと思ってついているわけじゃないんだろう?」

「それは……そうっスけど……」

「……なら何故無理に真実を話す必要がある? それともお前は、相手が全てを曝け出さないと許さないのか?」

「そんなことは……!」

「……なら他の奴だって同じだろう。全ての人間が、とは言わないが、少なくとも俺はお前が嘘をついていようが隠していようが、別に何も思わない。害するなら斬り伏せるが」

「それは勘弁してほしいっスね……」


 ライトが顔を引き攣らせた。それに構わずユリクスは続ける。


「……話したいなら話せばいい。そうじゃないなら黙っていればいい。お前がしたいようにしろ」

「兄貴……」

「……それと、明るくなくて頼りなくて弱虫で泣き虫だったか?」

「……」

「……そんなものはお前が思っているだけだと思うがな」

「でも……」

「……お前が本来どんな性格であろうが、俺は、今まで一緒に過ごしてきたお前の全てが嘘だとは思わない」

「っ!」


 ライトが表情を歪めた。泣きそうに。対してユリクスは表情を変えずに続けた。


「……それに、毎日完璧に演技ができる技量がお前にあるとは思えない」


 ライトがその場でずっこけそうになる。


「それ馬鹿にしてるっスよね!?」

「……事実を言っただけだ」

「余計ひどいっスよ!! 今までの空気返してほしいっス!!」


 もぉ! とライトはわざとらしく頬を膨らませるが、すぐにくすくすと笑った。


「あーあ、これだから兄貴には甘えちゃうんスよね」

「……そうなのか?」

「うん。すごく安心する」


 ライトは目を閉じてゆっくりと息を吐くと、目を開いて朗らかな笑みを浮かべた。


「ボクは隠し事してるし嘘もついてる。怖いから。でもこのままにもしたくない。だから、待ってて」


 穏やかな声だ。話すのが怖いと言ったライトだが、必ずいつか話すと言う。それは本人にとっては勇気のいることなのだろう。ユリクスにはその気持ちを真に理解してやることはできないが、待ってやることならできる。だから頷いた。


「……いつでも聞いてやる」

「……ありがとう」


 真っ直ぐユリクスに向かい合っていたライトが空に向かって両腕を伸ばした。


「よし! 次の目的地はベルゼヴィス王国! 張り切っていくっスよー!」

「……面倒なことだけは起こってほしくない」

「でも今まで何も起こらずに済んだ国ってないっスよね」

「……チッ」

「まぁ、そういう運命なんスよ兄貴は」

「……そんな運命はいらない」

「そんなこと言っても仕方ないっスよ。諦めるっス」


 不機嫌顔になったユリクスにライトが笑う。さて帰るか、と二人は里に向かって歩き出した。名残惜しそうに銀世界を眺めるライトの瞳にはもう翳りはなかった。




 ◇◇◇




 次の日。出発の時がやってきた。ユリクスたちは馬車を見てげんなりする。


「さ、この馬車に乗っていきな。そうすりゃ国外に出られんだろ」

「……またすし詰めになるのか……」

「悪夢っス……」

「もう経験したくなかったのですが……」

「しかも今度はいくつか町を通過しないといけないから長いわよ……」

「なんで俺ぁ小さくなる魔法使えねぇんだろうな……」

「今習得しろ……」

「無茶言うんじゃねぇよ……」

「私はちょっとわくわくする」

「……お前は強いな……」

「ガウ……」


 乗りたくねぇ……と全員なかなか馬車に乗ろうとしない。それを見てガルダは腹を抱えて震えている。あはは……と同情の籠もった笑みを浮かべながらミサが歩み寄ってきた。


「皆さん、どうかお元気で」

「ミサもね。また会いに来るわ」

「うん! また来てね!」


 リアナとミサは一度ハグをして離れる。その様子を見ていたガルダが目元を指で拭って笑いを収めた。


「アンタたちには何があるかわからないからね、気をつけるんだよ」

「……わかっている」

「んじゃ、早く行きな。すし詰めになる未来は変わらないんだから潔くな」

「「「……」」」


 全員で顰め面をして渋々一人ずつ乗り込んでいく。最後にユリクスが馬車に乗ろうとした時だった。


「ユリクス」


 ガルダの呼び掛けにユリクスは振り返る。ガルダは真剣味を帯びた表情でこちらを見ていた。ユリクスはガルダに向き直る。ガルダが口を開いた。


「アタシはアンタにした行いを後悔していない。悪いとも思っていない。……だが、アンタに伝えた教えの全てが無駄になっていないことについては嬉しく思っている。だからどうか、これからも今の自分を曲げないでくれよ?」


 ガルダの言葉をユリクスは真摯に受け取った。そして、その返事は確然たる態度で。


「……俺を育てた奴は憎たらしいほど自分を曲げない奴だ。そんな奴に育てられた俺が自分を曲げるわけがないだろう。なぁ、〝師匠〟?」


 ガルダは目を見張った。しかしすぐに自信に満ちた表情になると口角を釣り上げる。


「アタシが育てた奴は憎たらしいほど自分のペースを崩さない生意気な奴だよ。そんな奴が自分を曲げるわけないか。なぁ、〝弟子〟?」


 二人は同時に拳を突き出した。とんっと合わせるとすぐにユリクスは背を向ける。さよならとは言わない。〝師弟〟という二人の繋がりが絶たれぬ限り、必要のない言葉だから。


 柔らかい表情で見守っていたらしい仲間たちの輪の中へとユリクスは入っていく。


 再会と一時の別れを経て、これから向かうはベルゼヴィス王国。かつて炎虎の一族が治めた国である。




 ◇◇◇




 少し広さのある窓台に片膝を立てて座っている者がいた。外からは日の光が差し込み、逆光でその者の姿は判然としない。ただじっと外を眺めていることだけはわかる。


 部屋の扉が控えめに開かれる音がした。


「……アルマか」


 外へ向けた顔を動かすことなく発した声で、座っている者が男であることがわかる。とても若い声だ。


 部屋に入ってきたのは四十代後半ほどの長身の男。白髪混じりの髪をオールバックにし、かっちりとした黒服に身を包んでいる。堅苦しい服装だが、アルマと呼ばれた男自身も隙のない容儀(ようぎ)をしているせいか完璧に着こなしている。


 アルマが恭しく一礼した。


「お茶をお持ちしました」

「あぁ、置いておいてくれ」


 アルマは運んできていたティートローリーの上でカップへと紅茶を注ぎ、テーブルに置く。欠点のない所作だ。


 一連の動作を終えたアルマは見本のような姿勢で立つ。何をするでもなく無表情で、ただじっと。窓台に座っている男はその姿を気にもとめていないようだ。当たり前のように受け入れている。上下関係のはっきりした解け合わない仲かと思えば、しかし多少は気心の知れた間柄だったらしい。アルマが己の意思で口を開いた。


「待ち遠しいのですね」

「まぁな。早く来ねぇかな、アイツら」


 男が楽しみで仕方ないというような声音で言葉を返す。


「丁度仕込みも終わりそうだし、楽しませてくれるといいんだけど」

「……彼のことも気になりますか?」


 〝彼〟という単語がアルマから発せられた途端、男の雰囲気が急につまらなさそうなものに変わった。想定済みだったのか、アルマは顔色一つ変えずに言葉を待っている。男がはぁ、と大きく息を吐いた。


「アイツなぁ……どうでもいいわ。てかまだ生きてたのかよって感じ。勝手にくたばると思ってたんだけどな」

「それどころか、情報では多少力をつけているご様子」

「らしいな。ほんと、目障りだよなぁ」

(わたくし)が始末して参りましょうか?」

「んー、いや、別にいい。だって……」


 男が外から視線を外してアルマへと顔を向けた。逆光で表情はわからないが、再び楽しそうに変わった声音から笑っているであろうことがわかる。男が弾む声で言った。


「また絶望させてみたら面白そうじゃないか?」


 それはそれは心底楽しそうに。そんな残酷な言葉を聞いてアルマも初めて表情を変えた。同意するようにほんの少しだけ口角を上げて。


「えぇ。あの方がまた楽しませてくださるといいですね。()()()()()()様」


 ジークハルトと呼ばれた男は再び窓へと顔を向け、その日が来るのを心待ちにするように空を見上げる。一瞬だけ窺うことのできた口元は残忍さを隠さぬ笑みを浮かべていた。






お読みいただきありがとうございます。


次話より第七章が始まります。今後も彼らの旅路を見守っていただけると幸いです。

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