師弟の絆
魔獣が里を襲った日から数日。人々の傷はすっかり癒え、里全体が元の落ち着きを取り戻していた。
ユリクス以外の六人と一匹が早朝の修行を終えてから、ガルダを含めた一行はいつものようにガルダ邸にて集まっていた。お菓子をつまんだりコーヒーを飲んだりと寛いでいる。
椅子に座りながら体をぐでっとさせているライトが口を開いた。
「なーんか、ここにいるのが当たり前みたいになってきちゃったっスねぇ」
「修行もあるから今までで一番長く滞在してるもんね」
この里に慣れ、居心地の良さを感じてしまっているのは他の者も同様であった。まぁ、会話を聞きながらコーヒーを飲んでいるユリクス的には、毎日のように行われるガルダとのだるいやり取りが面倒なので解放されたい気持ちがあるのだが。……思い出しただけでげんなりしてきた。だが移動もぶっちゃけ面倒……。
仏頂面になったユリクスの横でガルダが口をつけていたカップを置く。
「いつまでいようとアタシは構わないが、アンタたちはそれでいいのかい?」
「……どっちでもいい」
「アンタには聞いてないよ」
発した一言はばっさりと切り捨てられたのでユリクスは二度と口を開かないことに決めた。
リアナがテーブルに肘を付いて横に垂れた髪を弄る。
「修行はいくらしてもいいとは思うけど、このままここに居続けても状況は何も変わらなさそうなのよねぇ」
「変わるとしても、ここが敵に狙われるのは嫌ですよね」
「どこで戦うことになろうと俺は構わん。だが俺は一刻も早く奴を見つけねばならんのだ。状況を変えるために次の国へ行く必要があるのなら俺はそうする」
「そうは言うけどよ、どのタイミングで行くんだ?」
「修行を中途半端にするのは嫌だよね」
うーんと唸る六人。それを見ていたガルダがやれやれと首を振った。
「馬鹿だねぇ。修行っつぅのは日々の積み重ねさ。ユリクスだって、ほっぽった時よりも再会した今のほうが強くなってんだからよ」
視線が集まるが、ユリクスは構わずカップに口をつける。日々の積み重ねとは言うが、こいつは獅子の子落としをしただけでは? というのが本音である。こちとら常識内で暮らしていたのに非常識の日々を突然押し付けられたのだ。愛弟子なんて言っているが、愛する弟子のために大変な日々を押し付けました、など迷惑な話である。
イヴァンがふんっ、と鼻を鳴らした。
「ならば出立だな。準備を整え、数日後には出るぞ」
「そうね。あたしたちはあたしたちの目的を果たしましょう」
目的。それぞれの因縁の相手と戦うこと。あるいは殺すこと。どんなに平和な日々を得ようとも、その目的を果たさない限り真の意味での平穏は手に入らないのだ。ユリクスとガルダを除く一同は力強く頷きあう。しかし不意にティアがリアナへと気遣う視線を向けた。
「でもリアナは大丈夫? ミサさんと一緒にいたい気持ちもあるんじゃない?」
「確かにミサは大切な友達で、一緒にいられたらとても嬉しいわ。でもミサは安全な場所で暮らしているし、会いたければまたここに会いに来ればいいのよ。だから大丈夫」
「そっか」
必ずまた会える。そう確信して柔らかに笑むリアナにティアも笑んだ。今でもこの世界は神人族にとって生きづらいものであるし、これから戦いも待っている。けれどここにいる誰もが〝望む未来〟を掴み取る気でいるのだ。迷いのある者などいない。ただただ真っ直ぐに突き進むのみ。
そんな思いが共通している一同は自然と次の話へ。
「行くとしたらベルゼヴィスかサダンか?」
「ユリィさんが行っていないのはその二カ国ですね」
「……何故俺が基準?」
「そりゃああんたが〝神の六使徒〟を引き寄せるからに決まってるじゃない。あんたが行きそうな国にあいつらは来るはずよ」
「……意味がわからない」
「引き寄せるあたりはアンタが狙われてる以上間違っちゃいないだろ」
本当に面倒。過去の自分はなんて面倒なものを取り込んでくれたんだ。
神との対話で「若気の至り」と言い放ったユリクスは、過去の行為を重いものと考えることもせず単純に機嫌を降下させた。そんなユリクスの横でティアが無邪気に笑う。
「兄さんが行くところに来るとは思うけど、どうせならいろんなところに行って旅を楽しみたいよね」
皆うんうんと頷く。なんとも大物発言であるが、誰も否定しないどころか同意しているあたり他の者も大概である。ユリクス的にはどこに行こうがどうでもいい。狙われているならどこに行ったって同じだろうと臍を曲げている。
「それで次に行く国だけど、距離でいったらベルゼヴィスになるわね」
「ライトはそれで問題ねぇか?」
全員の視線はライトへ。以前ベルゼヴィスに向かおうとした際に表情を翳らせたのを覚えているのだ。それを理解しているライトは毅然たる表情で頷いた。
「問題ないっスよ。ボクはもう過去に怯えてるだけではいたくないんス」
確実に一歩を踏み出したライトを見て、他の者たちも改めて覚悟を自身に刻みつけたのだろう。ライトと同じ表情で頷いた。
「それでは次はベルゼヴィスに決まりだな。最後にサダンになるが……」
「サダンといえば、私たちを指名手配したのはサダン王国の国王でしたね」
「サダンの王か……」
ガルダが顎に手を当てて考えるように下を向いた。
「……何か心当たりがあるのか?」
「まぁ、かなり怪しいとは思ってるよ」
「……怪しい?」
ユリクスの言葉に頷いてガルダは続けた。
「各国の王たちは〝決別の日〟の後、大々的に戴冠式と凱旋パレードを行っていた。なんせ人間族で初めての王だしね。だから誰しもが国王を知っている。だが、サダンの王だけは一度たりとも姿を見せていない」
「……姿を見せていないのに王になったのか?」
「そうだ。誰も姿を知らない。なのにそいつが王になったことを誰もが受け入れている。かなり不可解だろう?」
ユリクスたちの表情が険しくなる。大きなきな臭さに敵の影が見えてならない。その予感が正しければ言えることは一つ。
「……敵の拠点はサダンか……」
「その可能性は高いだろうな。王のこともあるが、奴らは龍の宝玉を探してたんだ。ならまずはサダンの中を徹底的に探すだろうからな」
敵の拠点がサダンの可能性が高いのならば目的を果たすためにサダンへ向かうのが妥当。それは明確なのだが、ユリクスたちの思考を遮るようにガルダが再び口を開いた。
「だがまずアンタたちはベルゼヴィスに向かいな」
「どうしてっスか?」
「相手は強敵。無鉄砲に敵地に突っ込んだって死ぬだけさ。何れ辿り着くことになるんだ。わざわざ間にある国をすっ飛ばして経験を積める時間を手放すこともない。さっきも言ったろ? 修行は日々の積み重ねだって」
正直、早く憎き相手と決着をつけたい。しかしガルダの言うことは尤もだ。確実に勝つためにはもっと強くならなければ。サダンに着くまでに通るのは残り一国。それを最後の修行の地と定めれば決着の時までの時間が多少延びようが踏ん切りがつく。
ユリクスたちは目的地を決した。
ライトがぱんっと手を打ち鳴らす。
「出発が数日後なら後悔しないように今から目一杯修行してくるっス!」
「そうだね。私もできる限りのことしたい。行こう、メラ」
「ガウッ!」
そうと決まればじっとなんてしていられないと、ライトとティア、メラは家を飛び出していった。
「なら、便乗してあたしも行こうかしら」
「そうですね」
他の四人も続々と家を出ていった。残されたのはユリクスとガルダの二人。ユリクスは六人を見送った後も変わらず寛いでいる。ガルダがテーブルに肘を付いて顔を覗き込んできた。
「んで? アンタは行かないのかい?」
「……別にいい」
「相変わらずマイペースだねぇ」
「……そういうお前はあいつらの様子を見に行かないのか?」
「今日は行かないよ」
「……そうか」
「なんせ今日はアンタの相手をすることにしたからね」
「……俺の?」
「そう。ってことで、ちょっとツラ貸しな」
「……」
面倒、と言いたいところだが、口元を釣り上げてにやりと笑っているガルダの瞳は真剣だった。これは断るわけにはいかないだろうし、断る気もない。ユリクスはカップをテーブルに置いた。
◇◇◇
樹林を抜けたこの場所は木々のない広い土地。戦闘にはお誂え向きの自然でできた闘技場。そこにユリクスとガルダは距離を取りながら向かい合って立っていた。コートを脱ぎ捨てて身体強化を施している。互いが纏うのは隙のない闘志。二人は闘志を燃え上がらせて同時に神器を顕現する。
ユリクスへとカットラスが真っ直ぐに向けられた。
「久しぶりにやろうか、ユリクス」
「……あぁ」
二人は戦いの構えをとる。全身の力を抜いて、姿勢は真っ直ぐに。武器は力まず軽く握って横に下ろす。全く同じ構え。ガルダが身につけ、それを教わったユリクスだからこそ。とてもじゃないが戦う前の構えではないのに、今の二人は誰が見ても本気であることがわかるだろう。
二人は互いを見据える。どこまでも真剣に。どこまでも真摯に。どこまでも一心に。
もう互いのことしか意識にない。互いのことしか考えない。
空気が張り詰める。誰もこの空間に踏み入ることができないほどに。そんな空気を壊すことなく沈黙が破られる。
「来な」
開戦の合図。ユリクスは動いた。ガルダに向かって一直線に駆ける。
ガキンッ!! と高い金属音を響かせて黒刀とカットラスが打ち合わされる。互いに引かない鍔迫り合い。暫く続いたそれは同時に武器を強く押し合わせたために離れた。二人は飛び退る。着地の瞬間に二人同時に地を蹴り急迫。再び武器が打ち合わされるが今度はユリクスの膂力がガルダに勝った。ガルダが離れ素早く後退する。
均衡が崩れたためユリクスは肉薄するが、ガルダは自身が押し負けることを予期していたらしく隙がない。ユリクスの右薙ぎは簡単にガードされる。それどころか剣筋に合わせて体を流されたために衝撃も和らげられた。ガルダは流した体とユリクスから受けた衝撃を使って回転し、ユリクスの背に斬りかかる。それをユリクスは後方宙返りで躱した。距離ができると今度はガルダがユリクスに急迫。ユリクスは自身を穿ちにきた突きを往なし横を通り過ぎようとするガルダへと逆袈裟を仕掛ける。しかしそれは素早く横に飛ばれたことで回避される。
ガルダが後退するならば次はユリクスが急迫。容赦ない力を乗せた唐竹割り。それをガルダはカットラスを横に構えることで真正面から受け止めた。ギリギリと金属の擦れ合う音が鳴る。ユリクスは押し潰さんと更に力を加えるが、ガルダがその力を利用して斜め下へと受け流した。受け流した角度からそのままガルダの右斬り上げが迫る。ユリクスはバックステップでそれを回避。だが鋭く乱れのない剣筋はユリクスの髪を掠める。
ガルダが追うように迫ってくるが、ユリクスもバックステップから着地したその足で前へ。一瞬で距離を詰めた二人の黒刀とカットラスが激しく衝突する。大地が揺れたように錯覚するほどのインパクトを響かせても怯まず、互いに譲らない鍔迫り合い。しかし徐々にガルダが押され始め、それにとどめを刺すようにユリクスが一気に薙ぎ払う。飛び退ったガルダを追撃。先程の仕返しとして鋭い右斬り上げ。回避したはずのガルダの髪を黒刀が掠めた。
後ろに重心が傾いたガルダは後方宙返りで距離を取った。それを追うことなく、距離ができた状態でユリクスは再び構えをつくった。それに合わせてガルダも再び構える。戦闘中とは思えない、二人だけの構え。互いを鋭く見据えているが、その瞳に宿るは殺意ではなく純粋な熱。相手に勝ちたい。けれどこの勝負を続けたい。昂る思いを全てその瞳に乗せている。しかしどんなに昂ぶろうと、続きを望もうと、終わりは必ず訪れる。本気で戦っているからこそ、終わらせなければならないのだ。
構えを取る二人を一層強い緊張感が包み込む。次で決着が着く。その予感は当たるだろう。何せ、ユリクスがそのつもりなのだから。きっとガルダも同じだろう。
張り詰めたまま静止した世界。そんな世界に満ちている肌を刺すような空気が、揺れた。二人の姿が同時に掻き消える。
これで――終――。
ガキンッ!! 高い金属音。姿を現し、動きを止めた二人。ガルダのカットラスはユリクスから軌道を逸らし、ユリクスの黒刀はガルダの首に添えられていた。
短い沈黙の後、息を吐く音が響いた。
「あーあ、参った参った」
ガルダがカットラスの顕現を解いて乱れていた姿勢を直す。真っ直ぐに立ってユリクスに向き合った。そんなガルダに対して、首に添えていた黒刀の鋒を改めて首に突き付けた。己に教えを授ける師匠へ、敬意を込めて。
ガルダが穏やかに笑んだ。
「これでアンタは確かにアタシを超えた。もう教えることは何もないね」
ユリクスは何も言わない。ただ真っ直ぐにガルダを見つめ続ける。
ガルダは穏やかだった表情を引き締めた。
「でもなユリクス。アンタがアタシより強くなろうと、アタシがアンタの師匠であることに変わりはない。アンタがアタシの弟子であることに変わりはない。だから、何かあれば頼れ。アタシにできることならしてやるからよ。それとも、アタシはもう必要ないかい?」
「……まさか」
ユリクスは刀を下ろした。
「……お前は七年かけて、俺に力を与えた。……だが、力が全てじゃないことも、お前は教えてくれていた。俺が気づいていなかっただけだ。だがもう違う。旅を通して気づいた。お前との生活は力だけじゃなかった。お前が側にいて共に過ごしてくれていたこと自体が、一度大切なものを全て失った俺にとって必要な教えだった。その教えがなければ、また誰かと共に過ごしている今の俺はいない。……だから、一度縁のできた人間が……ましてや強い繋がりのできた人間が必要なくなることなど、絶対にない」
今ならばそう断言できる。彼女が自分を独りにしないでいてくれたことが、何よりも大切なことだった。独りにしないでいてくれたから、自分はまた人と関わることができた。一度全てを失ったから、そして彼女や仲間たちと出逢ったから、人との繋がりが尊いものなのだと知った。だからそれを切り捨てることは愚かなことなのだと、今ならば断言できるのだ。
ユリクスの言葉を聞いたガルダは目を見張った。それから、初めて見るくしゃりとした笑みを浮かべた。
「アンタはほんと、変わったな」
「……自覚はある」
また性分に合わないことを言ってしまったか、と居た堪れなくなったユリクス。どうにもガルダといると調子が狂う。……でもまぁ、いいか。
ユリクスが黒刀の顕現を解くと、ガルダがいつものように自信に満ちた笑みを浮かべた。
「ま、力はともかく経験はアンタよりあるからね。遠慮なんかしないで、困ったら頼れよ?」
「……あぁ、頼む」
そう一言答えれば、ガルダは先程以上に大きく目を見張った。そして笑んだ。その笑みはとても優しく、あたたかな笑みだった。
そんな笑みを向けられたユリクスもまた、いつも固まっている自身の口元が柔らかいものになっていることに気づいていた。
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