魅惑的な不快感
あれからすぐ後、ギルドにてユリクスたちはローテーブルを囲んでいた。会話の内容は歓談ではなく丘で起こった一件の報告。吹雪の原因であった魔獣を発見し、討伐したことだ。依頼達成という単純な報告で終わることなく、そこから話は広がっていた。
「魔獣を喰らう魔獣は喰らった数だけ強くなるということかのぉ」
「今回は丘一つ分の魔獣を喰らっていたからね。その考えが正しければ相当強化されていても当然だとは思うが……」
ユリクスたちの前に二度出現した強大な魔獣。十年経ってから初めて確認された変異体。異様な特徴を持った魔獣が現れたのはただごとではない。……のだが、全員お菓子をぼりぼりと食べながら話しているのでこの場の深刻さは皆無。口調も世間話をする際と何ら変わらない。
とはいえ会話はしっかり成立させている。ハワードとガルダの会話は暗に一つの事柄について匂わせていることをユリクスたちは正しく悟った。
「……知能か」
ユリクスの言葉にハワードを除く一同は戦った魔獣を思い返した。ほんの少しではあったが、確実に他の魔獣よりも賢い個体。もしも強化が力だけでなく知能にまで影響するのであれば、あの魔獣よりも多くの魔獣を喰らっている個体がいた場合は今回以上に厄介だろう。
「発見された変異種は二体だけ。また現れるとは断言できないし、あの魔獣よりも強い個体がいるのかもわからないが用心しておいて損はないだろう。気をつけろよ」
「……何故他人事のように言うんだ」
「そんなの、厄介事に遭遇するのはアンタたちだからに決まってるだろ」
「……」
お前たちだってわからないだろう。と言いたいところだが、今までそういったことに全て遭遇してきたのは自分たちだけなので反論もしづらい。そもそも、他人事のように言ってはいるがガルダたちとて楽観視はしていないだろうことはわかっている。ユリクスは口を開きかけたのを止めた。
代わりにライトが口を開く。
「用心するっていっても、戦うだけならまだしも今回みたいに町まで巻き込むような大事になったら対処が難しいっスよね」
難しい顔で言われた言葉にユリクスとガルダは同時に首を傾けた。
「なる前に刎ねればいいだろう」
「……斬り伏せればいいだろう」
「「「……」」」
この二人、やはり師弟。なんとも物騒な脳筋コンビである。
呆れ果てた空気の中、ハワードは「ふぉっふぉっふぉっ」といつものように笑った。
「頼もしいのぉ」
「頼もしいって言うのかしら……」
「簡単に対処できるって言っているあたりは頼もしいのではないかと……」
「俺もそれくらい言えるようになりてぇな!」
「ふんっ、すぐになってやるさ」
各々が自らの思いを口にしている中、ユリクスはそれらを軽く聞き流してお茶を飲む。すると、会話が途切れたのを見計らっていたらしいティアがくいくいとコートを引っ張ってきた。
「ねぇ兄さん」
「……なんだ」
「里の人たちは大丈夫かな? 突然雪崩が起こってびっくりしたんじゃないかと思って」
「そうじゃのぉ。お前さんたちも疲れたじゃろうし、里に戻るとよかろう。何か問題が起こっていたなら報告しておくれ」
「わかった。報告することがあればユリクスを寄越すよ」
「……ふざけるな。お前が行け」
からかうように言っているガルダだが、ユリクスにはわかっていた。こいつ本当に行かせるつもりだと。睨みつけてもどこ吹く風なのが余計に腹立たしい。
さてどうしてやろうかと思案していれば、再びコートが引っ張られる。
「帰ろう?」
「……」
「そうね、ミサたちが心配だわ」
「んじゃ、帰るとするかね」
どうにかする前に帰ることが決まってしまった。全員が帰る気になってしまったのでユリクスも渋々頷き立ち上がる。手を振るハワードに見送られてユリクスたちは里に帰るためにギルドを出た。
町を闊歩して人々を戦々恐々とさせてから丘に辿り着く。初めて来た時には苦労していた丘も今では楽々歩けるようになった。山に相似している丘ですら登れたのだから当然だ。だからこそ周囲に意識を向ける余裕がある。故に、この丘で魔獣が増えていることに気づく。
「……面倒な」
げんなりしたユリクスとその仲間たちを複数の魔獣が取り囲んだ。ざっと数えて二十ほど。こんな雑魚を相手に進んでいかなければならないなど面倒この上ない。ユリクスは溜め息をつきながら神器を顕現させ、他の者もそれに続いた。
ユリクスたちが神器を顕現させたと同時に魔獣が一斉に襲いかかってきた。愚かにもユリクスとガルダに襲いかかってしまった魔獣は虫を払うように軽々とその生命を奪われる。その他の者に襲いかかった魔獣はほんの少しだけ長生きできたが、それでも結果は変わらない。今更一体二体の魔獣を相手取るのに苦労なんてしないのだ。
周囲に魔獣の死骸が転がったところで、ライトが首を傾げた。
「なんでここにあそこの魔獣がいるんスかね?」
「あそこって?」
「魔獣がうじゃうじゃいた区画のことっス。そこの魔獣はその辺の奴より強いんスよ。まぁこの程度の数じゃ苦労しないっスけど」
「……強い魔獣がいる区画?」
「ボクが行ってたところっスけど……兄貴でも魔獣を感知できなかったんスか?」
嬉しさがほのかに滲んだ声音でライトが問い掛けるが、その期待はへし折られた。
「……あれは強い魔獣だったのか」
「……ボクはどんな反応をすればいいんスかね?」
「泣いていいんじゃない?」
「うわぁぁぁん!! ティアの姉御ぉぉぉ!!」
「よしよし」
ライトよ。哀れな。
強くなるための修行として行き戦ってきたというのに、これでは泣いて然るべきだろう。皆同情の目をライトに向けた。そして咎める視線をユリクスへ。
「……なんだ」
「人の心がないわね」
「無情な奴め」
「血も涙もねぇなぁ」
「無慈悲ですね」
「……」
突然責め立てられても意味がわからない。多少は鍛えられたとはいえ、まだまだ人の気持ちを理解できないユリクスであった。だがすぐ横で腹を抱えて震えているガルダが馬鹿にしているのはわかる。斬り伏せてやろうか。
苛ついていると、ガルダが目元を指で拭ってからユリクスに向き合った。
「アンタ……ほんと馬鹿だな!」
「……斬り伏せてやる」
ユリクスの意思は固まった。……が、刀を構える寸前に聞こえてきたティアの声で動きを止める。
「どうして違う場所にいるはずの魔獣がいるんだろうね?」
「そうだな。なんだか嫌な予感がする。早めに里へ向かった方がよさそうだ」
ガルダの言葉に頷いた一同は歩調を早めて進んでいく。ユリクスも不完全燃焼な気持ちを抱えながら歩き出した。
度々現れる魔獣を始末しながら丘を進み、問題なく里に辿り着いた。しかし里の方で問題が発生していた。
「……これまた厄介なことになったようだね」
ガルダが苛立ちを声音に滲ませて呟いた。
目の前で広がる光景。里の至るところで血を流した人々が倒れ、呻いていた。軽傷を負っている者たちがそんな人々の治療にあたっている。ここには不死鳥の一族が多くいるので応急手当以上のことができているのが不幸中の幸いのようだ。
状況の把握に努めていたユリクスたちに歩み寄ってくる者がいた。
「みんな……おかえりなさい……」
震える声で迎え入れてくれたのはミサだ。ミサも傷を負っているが軽傷らしい。リアナがミサに寄り添う。
「ミサ、一体何があったの?」
リアナからの問いにミサは顔を俯かせた。暗い表情で口を開く。
「魔獣が来たの。それもたくさん」
「魔獣?」
ミサが頷く。それからとある方角を見た。ライトが修行で行っていた場所の方角だ。
「あそこから強い魔獣がなだれ込んできたの。さっき雪崩があったでしょう? それで逃げてきたんじゃないかってみんな言ってる。魔獣たちはすぐに里から出ていったから」
ミサの言葉に表情を歪める一同。自分たちの行いが思わぬ形で里に被害を及ぼしてしまったのか。
「不死鳥の一族のみんなが魔法で癒やしてるけど、怪我人が多すぎてみんな魔力切れを起こし始めちゃって……もうどうしたらいいのか……」
回復魔法が使えなければあとは応急手当しかできることはない。けれど治療ができなければ亡くなる者が出てもおかしくはないだろう。だがしないよりはマシだ。ガルダたちはすぐに動きだそうとした。しかしそれは可憐且つ力強い声によって止められた。
「私なら協力できるかもしれない」
「……ティア?」
ユリクスが問うように呼べばティアはユリクスに頷き、今度はメラと視線を合わせた。心得た、というように元の姿だったメラも頷く。ティアは片手でメラに触れ、もう片方の手は自身の胸の前で緩く拳を作る。
「お願い……」
ティアのとても小さな呟き。それと同時にティアとメラの体を白く淡い光が包み込んだ。次いで、その光はミサ、そして里にいる全ての者たちを包み込む。
「なんだ、これ……」
「魔力が……」
至るところで驚きの声が上がっている。ユリクスたちには何が起こっているのかわからなかったが、ミサが自身の両手を見つめて目を見張った。
「すごい、傷が少しずつ治ってく……それに魔力も……」
光に包まれた者たちに起こっている現象は身体の回復力上昇と魔力回復と増幅。里の人々には現象の理由がわからなかったが、それよりも今すべきこと、治療を再開していった。魔力の増幅により回復魔法も強化されているらしく先程よりも治療が早く進んでいる。その様子をユリクスたちは眺めた。
「……神子の力か」
ユリクスの言葉の通り、これはティアが修行によって使えるようになった神子の力だ。ティアを見れば祈るように目を瞑っている。どうやらかなり集中しているらしい。
ユリクスが様子を見守っていると、ティアがゆっくりと目を開いて深く息を吐いた。疲労が見える。
「ごめんなさい、これ以上は……」
「いや、アンタはよくやってくれたよ。これで状況はかなり変わってくるだろう」
「なら、状況がもっと変わるようにボクらも協力してくるっスよ!」
ライトを筆頭に他の者たちも動き出す。ティアも疲労を感じながらもじっとしていられないようで走っていった。それをユリクスとガルダの二人は見送る。
「おかしいねぇ」
「……何がだ」
「考えてもみな。不死鳥の神子創造計画にメラの存在はなかった。なのに何故力を使うのにメラが必要になる?」
「……研究の段階で必要性に気づいていなかった可能性は……」
「それもあるけどね。でもやっぱりメラの存在は気になる」
「……メラの瞳も琥珀だ。気になるのはそこだな」
「そうだね。ならメラは神に関係があることになるんだが……」
ガルダが自身の頭に手を置いてわしゃわしゃと髪をかき乱した。
「あぁ、もう、わからないことがあると気持ちが悪いよ」
「……最早病気だな」
「自覚はある」
はぁぁぁとガルダは長嘆息する。
「旅の間で何かわかったら支部長を通してすぐ連絡しな。早くこのぞわぞわした感覚をなくしたい」
「……面倒」
「連絡しろ。でないとあまりの気持ち悪さにうっかりアンタの首を刎ねかねない」
「……迷惑」
こいつは首を刎ねることしか考えてないのか。ユリクスは自身にも重度の斬り伏せてしまえ思考があることに気づかずそんなことを思う。迷惑者なのはお互い様だというのに。
ガルダが自身の腰に手を当てて「さて」と言い始めたので、ユリクスは面倒事の臭いを感じ取った。離れようとして腕を掴まれる。
「アタシたちはアタシたちのやるべきことをするよ」
「……そんなものはない」
「あるだろうが。まだ周囲に魔獣がいることはわかってんだろ? 雪崩が収まって元の場所に戻ろうとする魔獣がまた里を襲ってきたら大変だからね、アタシたちである程度始末するよ」
「……面倒な」
「それにアンタはこれからハワードの爺さんのところへ報告に行く必要があるんだから、ついでに始末していけばいいだろ」
「……なんで俺が行かなきゃならないんだ」
「頑張れよ〝ギルド総長の懐刀〟!」
「……斬り伏せてやる」
「魔獣をな。んじゃ、アンタは町の方角、アタシはその反対に行くからちゃんと仕事しろよな。里がまた襲われてアイツらが悲しむのは嫌だろ?」
「……チッ」
ユリクスの舌打ちを聞いてガルダがくすりと笑う。再会してから何度も変わったと言われているので今回も何かしらそう思ったのだろう。ユリクスには複雑である。そんなユリクスを置いてガルダは目的の場所へと歩き去っていった。それを見送ってから、仕方なくユリクスも町に向かって歩き出す。
丘を歩いている途中、餌に釣られたように魔獣たちが寄ってきた。数は三十近い。囲まれるが、ユリクスは動揺することなく佇む。グルォォォ!! と一斉に咆哮をあげた魔獣たちが襲いかかってきた。ユリクスは魔法を爆散させて一気に始末しようとしたが、衝撃を起こすとまた雪崩が起こる危険性が頭を過ぎったので思いとどまり、神器を顕現させる。
面倒だなぁと思いつつ、まずは強靭な脚力を使って一気に正面の魔獣に迫った。一瞬のうちに一体が逆袈裟で一刀両断される。斜め後ろから迫ってきている魔獣は腰と後ろに引いていた腕をしなやかに動かしてくるりと振り返りながら両断。上から飛びかかるように向かってきた複数体はとんとんとステップを踏んで躱し、軽やかに斬り伏せる。背後から襲ってきた魔獣に気づかないユリクスではなく、黒刀を逆手持ちに変えて一顧だにせず突き殺す。飛んでいる何体かは面倒なので斬り上げで生み出した剣圧で。その直後、至るところから魔力の高まりを感知。一瞥することも、手を向けることもせずに全ての方向へと細く鋭い紫電を飛ばした。それらは魔獣たちの頭部を小さくとも正確に穿つ。一つたりとも魔法が飛んでくることはなかった。
魔獣が現れてからほんの僅かな時間。複数で迫った魔獣たちはユリクスに傷一つ付けられず、魔法すら使うことも許されずに鏖殺された。戦闘を訳無く終わらせたユリクスは神器の顕現を解いて何事もなかったかのように再び歩き出す。ライトが今の戦闘を見ていたとしたら、改めて格の違いを見せつけられて悔し泣くことだろう。
魔獣をちょこちょこと片付けながら歩いていると、ふと、ユリクスは気づいた。自分が歩いている方角が町から少しだけずれている。魔獣で意識が削がれたわけではない。方角がわからなくなったわけでもない。普通に歩いていたはずだった。なのに、何故かずれている。理由はわからないが、とりあえず歩く方角を修正しようとした。したのだが、それを体が、あるいは心が、嫌がっていることに気がついた。
意味がわからずにユリクスは混乱する。混乱したまま勝手に生まれた意思に逆らわないでいてみると、とある方角が気になって顔を向けた。すぐ近くではなく、ずっと遠く。そこが何故か気になった。惹かれるように体ごと向けてしまう。
「……なんだ……?」
自らが向いている先に何があるのかはわからない。わからないし、自分ではどうでもいいと思っているはずなのに、何故か気になってしまっている。何故か惹かれてしまっている。ぼーっとしていれば一歩踏み出してしまいそうだ。
意味のわからない感覚。それが起こる原因など、きっと。
「……お前が、気になっているのか……?」
自分の内に宿る神。強大な存在である神が意識を向けてしまうものがこの先にある。ろくでもないものに違いない。そんなものに意識を向けたくはないので、ユリクスは今後一人になる時は気をつけることを胸に刻んだ。恐らく一人でなければあの強烈な連中に意識を向けざるを得ないので大丈夫だろう。
ユリクスは自身の意思ではないはずの後ろ髪引かれる思いで町の方角へと体を向けた。そのまま重い足取りで歩き出す。町に着くまでの間、ユリクスは強い不快感を抱いていた。
お読みいただきありがとうございます。
回復魔法はティアが自身で行使するもの。神子の力は相手の神核に作用するもの。その違いがあるので、神子の力は神核所有者の身体能力の向上、魔力回復・増幅、増幅による魔法強化に限り、治癒はできません。ただ、身体の回復力は上がるので傷は早く癒えます。




