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天降る龍王

 轟然と音を立てながら激しい勢いで雪が流れていく。非常事態に約二名を除いて呆然とする一同。除かれた二名は顔を見合わせてあっけらかんとしていた。


「どうするかねぇ」

「……放っておくのは?」

「そうだねぇ……。丘っていってもそれなりに高さあるからなぁ。積雪量も多いし。雪崩危険箇所にある町にも里にも被害がでそうだな」

「……埋まるくらいか?」

「まぁ、ほとんどは埋まるだろうな」

「……なるほど」


 そんな軽い会話に今度は唖然とする一同。非常事態の際はどんな反応をするのが正しいのだったか。わからない。いや落ち着けばわかるだろう。落ち着けないのが正解だと。


「なんでそんな平然としてるんスか!?」

「町と里が危ないのよね!?」


 ライトとリアナが叫騒(きょうそう)を飛ばす。それを柳に風と受け流し、ユリクスとガルダは慌てふためく仲間たちを見て嘆息した。


「そんなこと言われてもなぁ。戦闘の余波でこうなって当然だろう」

「……起こってしまったなら仕方ない」

「仕方ないなんて言ってる場合じゃないっスよね!?」


 ならどうしろと? と思えば、六人は取り乱しながらも輪を作って策を講じ始めた。ユリクスとガルダは当てにならないと判断したようだ。ガルダの横でユリクスは我関せずと輪の様子を一歩引いて見守る。仕方ないのに何をそんなに焦っているのだろうか……。ここにきて薄情な部分が顔を出したユリクスである。


 戦闘は問題なくとも流石に自然現象には上手く対応できないようで、仲間たちは上策を思いつかないようだ。まぁ上策も何もここまで大きな自然現象を解決できるわけな……いこともないかもしれない。ふむ、とユリクスは一つだけ解決策を見出したので仲間たちに声を掛けようとして、やめた。はぁ、と一つ溜め息をつく。仲間たちは天を仰いでいた。


「「「丘を破壊しよう」」」


 全員考えることを放棄したらしい。どうしてそうなった? お前たちは破壊神にでもなるつもりか? と、今までの自身の奇行を棚に上げてユリクスは呆れ果てる。もう何もしなくていいんじゃないだろうか。勝手に破壊してろ。


「……ガルダ」

「なんだい? 諦めたような顔して」

「……もう何もしなくていいか?」

「思いついたなら教えてやれよ。アイツらが可哀想だろ」

「……どうでもよくなった」

「いや、ああなる気持ちもわからなくもないだろ。……まぁ脳筋がここまで極まってるとは思わなかったが」

「……だから言ったんだ。頭の方は手遅れだと」

「どうせアンタの影響だろ」

「……それは……違う……と思う……」

「自信なくなってんじゃないか」


 うぐっ、とユリクスは言葉に詰まる。最初は誰に言われたのだったか。言われ始めた頃ははしっかり否定してきたが、今までに何度も言われてしまえば自信もなくなるというものである。一体自分の何が影響を与えてしまったのだろうか……。きっと今後もユリクスが自身の奇行に気づくことはないだろう。


 空虚な瞳で空を見上げていると、横からガルダの長嘆息が聞こえてきた。大きな溜め息にユリクスを含め全員の意識がガルダに向く。


「とりあえず下りるよ。ここじゃ結局何もできないからね」

「何もって……何か解決する手立てがあるのかしら?」

「ユリクスにはあるらしいぞ」

「そうなのかユリィ!?」

「……まぁ、あるにはある……かもしれない」

「はっきりしないではないか」

「……試してみたいだけだからな」

「何をですか?」

「……魔法」


 ユリクスの言葉に首を傾げる仲間たちだが、この場合魔法以外に何があると思ったのだろうかとユリクスは疑問に思う。自分とて魔法がなければ無力だというのに。地力すら異常であることになど気づかないまま、まぁどうでもいいかとユリクスは思考するのをやめた。


 仲間たちと違ってガルダはどことなく堅い表情をしているのでユリクスが何をしようとしているのか恐らく見当がついている。表情を緩ませることなくガルダが口を開いた。


「策はユリクスに任せるとして、まずは雪崩より先に下りなきゃならないね。アタシとイヴァンの風魔法、それからユリクスの雷魔法を付与すれば間に合うだろう」

「流石に舌噛みそうな速さになる気がするっス……」


 ライトがぼやいたが決行しなければならないので全員腹を括った。身体強化に加えて三重に魔法が付与される。付与されたと同時に頷き合い走りだした。その速度はまさに疾風迅雷。いや、三重に魔法が付与されていることで実際の疾風や迅雷を超えているかもしれない。そうでなくても本来人間が成せる走力でないことは確かだ。山よりは傾斜が緩やかなのが幸いしたこともあり、あっという間に雪崩を追い越す。常人はもちろん、そこそこ力のある冒険者ですら目で追えない速さで走破した。


 下りきった場所には冒険者たちが集まっていた。轟音の正体を知るためにやってきたのだろうが、そのせいで絶望を味わっているらしい。誰もが顔を青くして立ち尽くし、諦念の眼差しで雪崩を見つめている。可哀想な状態ではあるが、しかしそんな彼らに構ってやる連中ではない。


「うぅ……やっぱり舌が危なかったっス……」

「内臓にダメージ入ったわ……」

「もう経験したくないですね……」


 何故ならこちらも顔面蒼白だからだ。まぁそうでなくてもきっと構わなかっただろうが。このままぼーっとしていてくれたら楽だなぁとは思ったものの、残念ながらユリクスたちを見て、諦めによって薄れていた冒険者たちの意識は戻ってきてしまったらしい。


「〝異端な(アグリー・)る獣たち(デスペラーズ)〟だ……」

「なんでここに……」


 冒険者たちが震える声で呟く。未だ絶望感に苛まれているようだが、それが狂乱に変わってこれから行うことを邪魔されたら面倒だ。ユリクスは仲間たちに視線を巡らせた。


「……邪魔が入らないようにしろ」


 六人と一匹はしっかりと頷いた。それにユリクスも頷き返す。その様子を見ていたガルダが厳粛な表情で問い掛けてきた。


「それで、どうするんだい?」

「……少し待て。集中する」


 仲間たちは息を呑んだ。ユリクスが魔法を行使する際に集中すると言ったのは初めてだ。故に大魔法を発動させるつもりだと容易に想像がつく。ただでさえ常軌を逸する力を持つユリクスが行使する大魔法。威力、規模、効果、何もかもが計り知れない。期待と共に恐れすら感じられる。決して失敗は許されないだろう。暴発などすれば被害は雪崩以上かもしれないからだ。仲間たちはユリクスの集中を妨げるものがあれば必ず排除することをそれぞれが固く誓った。


 ユリクスはゆっくりと目を閉じる。外に向ける意識全てを遮断した。意識を向けるのは己の内にだけ。意識を少しずつ、しかし確実に奥へと落としていく。神と対話した際と同じ漆黒の空間に入り込む。暗闇の中を深い場所へ進んでいけば圧するような感覚を得る場所があった。その場所が歪んでいるのはわかるが範囲はぼやけていて判然としない。だがこの感覚は知っている。自身を拒むような力を感じるが、そんなもの知ったことではない。自分のものにすると決めたのだから、勝手に使わせてもらうだけだ。ユリクスは向けられる圧など歯牙にもかけず、必要な分だけ掴み取るように圧してくるそれを引き寄せる。自身の意識に馴染ませて一つにしていく。堂々と自分の所有物にしてユリクスは意識を浮上させた。


 目を開ければ自身の状態が手に取るようにわかった。自分では見えないはずなのに、自身の身体には()()()()()()()()()()()が纏われ、そして()()()()()()()()()()()()のだと。


 後方の様子も把握できる。圧倒的な魔力の圧によろめく冒険者たち。しっかりと立ってはいるし怯えてもいないが、それでも圧されて息を詰めている仲間たち。今の自分は余程人間離れした力を放出しているのだろう。それもそうだ。宝玉の力を()()()()()()のだから。そう、利用するために初めて起こしてみたのだ。ユリクスとて、この力を無闇矢鱈に使ってはいけないことくらいわかっている。あまりにも強力過ぎるから。だから修行でも試しに使ってみるなんてことはしなかった。魔法として形にし、放出できる今だからこそ起こすことを許されたのだ。


 ……と、思っていたのだが。


(……簡単だったな)


 ユリクスはあっさり力を制御できたことに拍子抜けした。これからは今回ほど集中する必要はないだろうし、宝玉の魔力をどれだけ使えばいいのか、その調節も問題なくできるだろう。ただ、疲弊はかなりするようなので結局のところ無闇矢鱈に使うことはできなさそうだ。というより疲れたくないので使いたくない。


 ユリクスの適応力も異常だが、そんなことより。制御できるか全くわからない力を非常事態のぶっつけ本番でやろうとしたことが明らかにおかしい。もしできなかったら万事休すだったのだという考えを一切持っていなかった。そしてそれに本人は気づいていない。仲間たちがそれを知れば確実に怒られるだろう。余裕のあった戦闘中に使えと。


 さて、必要な魔力量は問題ない。イメージも同様。ならば後は発動させればいいだけ。ユリクスは形ある魔力を天に立ち上らせた。皆がそれを目で追っているのがわかる。


 ユリクスの魔力を受けた雪雲は渦を巻き、雷雲へと姿を変えていく。一本の柱のような魔力を中心に渦を巻き続ける雲がゴロゴロと低い音を響かせ始める。すると、雷鳴を轟かせて雲の表面で雷が走り始めた。最初は一条ずつであった雷は徐々に発生する間隔を短くし、数を増やして重なっていく。幾重にも重なってわかる。その雷は紫。即ち紫電であり、雷魔法そのものであると。雲が刺激されて発生した自然の雷ではなく、ユリクスの魔法そのものであるのだと。


「なん……だ……あれは……」


 そう呟いたのは一体誰か。わからなくとも間違いなくその言葉はこの場にいる全ての者が抱くものであった。それほどまでの現象が目の前で起こり始めていた。


 際限なく重なっていった紫電は一本の大きな束となる。真一文字でないためわかりにくいが、全長は丘一つ囲ってしまうかもしれない。束は形を維持しながら雷雲を出たり入ったりとうねるように動く。まるで生き物のように。まるで、蛇の胴体のように。突如、一層大きな雷鳴が響き渡り、一瞬だけ辺りを強い光が包み込んだ。その眩しさに皆が目を眇める。そして、誰もが息を呑んだ。信じられない光景に。雷雲の中から()()()それに。全てを見下ろすように顔を出したのは、うねっているものよりも大きな紫電の束。――否、束ではなく明確な形を持ったそれ。その形は紛れもなく、()()()()であった。


 龍の頭部にうねる胴体。所々が見え隠れしていて全貌を視認できずともその存在を認識できる。そして理解できる。雷雲が覆いし天空は今やあれの領域なのだと。天に生み出されしあれの領域なのだと。即ち、あれを世に生み出した〝この男(ユリクス)〟の領域なのだと。


 少しずつ降りてくる巨大な雷龍。威光を放つその存在の姿が大きくなるにつれ、卑小な人間など無条件で拝跪(はいき)しなければならないと思わされる。その証拠に冒険者たちは地に膝をついてただただその存在を見上げている。雪崩などもう意識から消えているだろう。


 そんな冒険者たちとは違う思いを抱きながら、仲間たちもそれを見上げる。ユリクスが魔法を発動させる前に抱いた思い。自分たちとは格が違う力を持つユリクスが行使する大魔法への畏怖。前代未聞の魔法に息が詰まる。だがそれ以上に、()()()()()()()()()()。ユリクスが集中する必要があるまでの強力な魔法。今までユリクスが見せてくれていた魔法よりも圧倒的な力を感じる魔法。今度は何を見せてくれるのだろう。あの魔法で何をしてくれるのだろう。自分たちではまだまだ追いつけないことを突き付けられるのは悔しいが、次は自分たちにとってのどんな()()になってくれるのだろう。ユリクスはすごい。追いつきたい。並びたい。ユリクスと一緒にいるとわくわくする。どきどきする。心が弾んで仕方ない。


 仲間たちのそんな心情をユリクスは感じ取る。きっといい表情をしているのだろう。どうやらこの力を使っている時は感覚が強化されて人の機微を察しやすくなっているらしい。だがそれだけじゃない。六人と一緒に過ごして、賢すぎるメラと接して、自分は相手にほんの少しだけ興味を持つようになった。そのため相手の感情を感じ取る力が鍛えられた。感じ取る感覚を思い出してきた。だから気づいている。共に過ごしてきた仲間たちのことだから気づけた。からかい呆れつつも、仲間たちが己の力を……いや、己という存在を目標としてくれていることに。だからこそ、ユリクスは勿体ぶるなんてことはしない。わざわざ力を見せびらかすこともないが、必要ならば全力で見せつけてやる。それで彼らが強くなるための道標になってやれるのならば。力しか無い自分にできることだから。


 ユリクスは魔法を危なげなく佳麗に操る。少しずつ降ろしていた雷龍の威風堂々たるその姿を完全に出現させて旋回させた。雪崩の起こっている丘をぐるりと回していると、前触れなく急降下させる。そのまま止めることなく、威容を誇る龍の頭部を躊躇いなく丘の下部に喰らいつくように衝突させた。轟音を響かせ大きな穴を開けさせるとそのまま龍を横に動かし地を喰らわせる。横、正確には丘を一周させるように操っていく。巨大な龍が通った後には谷が出来上がっていた。


 ユリクスの背後からガルダの溜め息が聞こえてきた。どうやら意図がわかったらしい。


「あー、なるほどねぇ……」

「ガルダさん、兄さんが何してるかわかったの?」

「まぁね。つまり一番の脳筋はユリクスだったというわけさ」


 ガルダが説明してくれるようなので手間が省けたな、と思ったところでなんだその言い草は。ユリクスはイラッとしたが、それを意識してしまうと魔法をガルダに向けてしまいそうなので耐えた。


「脳筋って、どういうことですか?」

「順に説明してやるよ。まず、アンタたちは雪崩が起こっている区域で名称があるのを知っているかい?」

「区域っスか?」

「発生区、走路、堆積区のことだな!」

「そうさ」

「それが何だと言うのだ?」

「雪崩が起こった時に被害が出るのは下方、雪が積み重なる堆積区なわけだが……そこに谷が作られたらどうなると思う?」

「谷ができたら……そこに雪が落ちるってことかしら……?」

「そうだね。つまり、その谷に本来堆積するはずの雪が流れ込むわけだ。で、そこになだれ込むと……」

「……谷が埋まって元の状態に戻る……?」

「ま、そういうことだね」

「……なるほど、つまり雪崩を回避するには谷を作ればいいってことなんだね!」

「ボケるなティア。んなことできんのはアイツだけに決まってんだろ」

「まさに破壊神っスね!」

「「「同感」」」


 声を揃えて言われた言葉に、ユリクスはすんっと無表情を更に無にさせた。


 先程こいつらに破壊神にでもなるつもりかと思ったのは誰だったか……はて……誰だったか……。


 丁度一周谷を作り終わったので魔法のやり場がなくなった。……丁度いいのかもしれないな……。


「……丘を……破壊するか……」

「アホか。拗ねてないでとっとと魔法を消しな」


 本当に丘を破壊したいところだったのだが、ここは素直に魔法を霧散させた。無念。


 自らが問題を解決したとは思えないほど肩に暗い雲を背負ったユリクスは、視線の先で雪崩が轟然と谷に流れ込んでいく光景をぼーっと眺める。雪崩という災害がよくある現象であるかのように見つめるユリクスにはこの大事は完全に小事であった。谷が埋まり、何事もなかったかのような姿になった丘はまるでユリクスの心境のようである。


 あー、終わった終わった面倒だった。と億劫さを隠さずに振り返ると、ガルダを含め仲間たちはやれやれと呆れた表情をしていた。非常事態を解決してやったというのに、なんなんだその顔は。ユリクスは仏頂面になった。


「まぁ兄貴のおかげでなんとかなったし、流石兄貴っス!」

「うん、兄さん最強」


 ライトとティアが嬉しそうに笑い、他の者たちは安心したように笑んだ。


 さて、これからどうするか、と思っていると。


「あいつらが守ってくれたのか……?」

「そういや龍王って今までいろんな事件を解決してきたらしいよな……」

「でもあいつらは……」


 冒険者たちが戸惑いを隠せない様子で話している。今回の件で神人族に対する認識が揺らいだならばいいのだが。ガルダたちがそう期待して静かに成り行きを見守っていたが、自分たちが思っているほど現実は甘くないらしい。


「騙されるな!」

「どうせこいつらの自作自演に決まってる!」

「あんな力を持ってるなんて人間じゃない! 化物だ!」


 戸惑ったのは一部の冒険者だけで、ほとんどの冒険者には脅威にしか思えなかったらしい。ユリクスの人間離れした力を見れば恐れるのも当然だろう。とはいえ、そんな煽るような事を言えば本当にユリクスたちが悪人だった場合すぐに殺されるはずなのだから、そこまで考えが至っていないあたり狂乱しているようだ。そんな冒険者たちからの罵倒に傷つくことなく、バカだなぁ、と思っているあたりユリクスたちも善人とは言えないが。


 冒険者たちの人数はなかなか多い。ここを突破するのは面倒だな、とユリクスはげんなりする。はぁ、と嘆息した時だった。




「やめよ」




 一瞬で騒ぎが収まった。たった一言で冒険者たちを畏縮させるほどの威厳に満ちた声。ユリクスとガルダ以外の六人ですら少しだけびくりとしたほどだ。声のした方向にいる冒険者たちが左右に捌けていき、道ができる。道の先にいたのはハワードだった。好々爺とした表情は影を潜め、鋭い眼光で冒険者たちに視線を巡らせている。前に会った時とは別人……高潔なる支部長としての姿だった。


「……あ、の……支部長……でも……」

「黙れ」


 怯えている冒険者たちの中で一人が恐る恐る反論しようとするが、それも一言で抑圧される。誰も何も言えない中、ハワードは貫禄を見せつけたまま口を開いた。


「お前たちは自身と町を救ってくれた者たちを指弾することしかできんのか。見苦しいぞ」


 (いかめ)しく放たれた言葉に臆する冒険者たち。怯えがありありと窺える表情だが、どこか納得し難い雰囲気も感じられる。それほどまでに神人族への悪感情は強いということだろう。そしてそれを察することのできないハワードではないようだ。一層鋭く冒険者たちを見据えると明確な怒りを露わにした。冒険者たちが恐怖で(おのの)く。


 戦々恐々とした場。ハワードの溢れんばかりの威厳と怒りに誰もが畏怖を抱いている中、この状況を悠然と眺めている者がいた。ユリクスである。ユリクスが眺めているのは正確にはハワードだ。強者しか纏うことのできない圧にこの男も支部長の一人であるのだとユリクスは改めて認識する。ガルダが対等に接しているわけだ。そう納得したところで、この状況はどう転ぼうとどうでもいいので黙って成り行きを見守ることにした。


 ハワードは厳然たる表情で再び口を開く。


「神人族が人間族を欺いてきたのか、それとも無実なのか。それはどちらも証明できん。この者たちの行為が自作自演なのかも同様じゃ。故に、神人族と彼らの善悪を断定することはできん。するべきではない」


 どうやらハワードは神人族を信じてはいるものの、絶対と断定はしていないらしい。〝決別の日〟は異様な事件ではあれど、真相に辿り着く証拠がまだないからだろう。実に理知的。では何故ここまで怒りを露わにしているのか。ハワードは「だが……」と続ける。


「神人族がどうであろうと、この者たちの目的がどうであろうと、今この時、この者たちによって町と人々が救われたのは事実。何故それに感謝することができないのか」


 冒険者たちが息を呑む。


「神人族に対して抱く感情はお前たちの自由だ。だが、その時自身へともたらされた篤行(とっこう)に感謝できないのは愚者である。感情ばかりに支配されて理性を失うな。その瞬間を見据えよ。お前たちが〝今〟抱くべきものはなんだ」


 冒険者たちは静かにハワードの言葉に耳を傾けていた。彼らの神人族に対する感情を変えることはできないだろう。しかし、今だけならば。


 冒険者たちはユリクスたちに向き合った。その表情はユリクスたちを信じたものではない。悪感情が消えたものではない。そこには間違いなく嫌悪がある。けれど、それだけではなかった。冒険者たちは確かな理性を持ってしっかりとユリクスたちに向き合っている。向き合ったまま、彼らなりに決然とした態度で言葉を投げかけてきた。


「お前たちのことは信じられない。……でも、今回助けてくれたことだけは感謝する。ありがとう」


 一人がそう言って、他の者たちも感謝の言葉を続けた。


 きっとこれは彼らにとってのけじめとなるのだろう。これからはまた今までのように神人族を(そし)りながら生きていくのだろう。それでも、彼らには理性が宿った。感情のままに、聞く耳を持たずに神人族に接することはなくなったはずだ。こちらの行動は相手に届く。こちらの行動次第で相手も変わる。理性を介した関係への変化は世界を変える大きな一歩となるかもしれない。いや、なってほしいとガルダや仲間たちは思うのだ。そしてそれはギルド総長や支部長も同じだろう。


 少しずつ、少しずつ、世界は変わっていく。ユリクスは全てを見限っていた。けれど旅を通して何度も変化の瞬間を垣間見てきて、少しずつ感化されている。世界と同じようにゆっくりと変わっている。正直今でも、どう世界が変わっても自分は受け入れてしまうだろうと思うほどに関心は抱けていない。でも、変化することに関心がなくとも、どう変わってほしいのかという願望がなくとも、()()()()()には少しだけ〝興味〟がある。そんな気がするのだ。


 ハワードがゆったりと近づいてきた。元の好々爺然とした雰囲気に戻っている。


「救ってくれたこと、ありがとう。心から感謝しておるよ」

「……そうか」

「お前さんたちのおかげで彼らは愚者にならずに済んだ。これで感情に流されずに生きていけるじゃろうて」

「……お前は冒険者たちのことを気にかけていたのか」


 支部長たちは神人族のことを考えている印象が強かったが、ハワードはそうではなかった。故に気まぐれに問い掛けてみた。


 ハワードは鷹揚(おうよう)に頷く。


「神人族たちは確かに大切な存在じゃ。だがそれは人間族も同じ。この世界にはどちらも欠けてはならぬのじゃよ」


 どうやらこのハワードという男はどこまでも先を見据えているらしい。これは見習うべきものなのだろうと思いつつ、自分には必要ないなとユリクスはばっさりと切り捨てた。どこまでも自分を貫くのがユリクスなのである。


「ふぉっふぉっふぉっ、お前さんはお前さんのまま、生きたいように生きなさい」


 ……なんだか見透かされたようで居た堪れない気持ちになるが、自分がどうにかする前にハワードの方が離れていった。なんだかとても疲れた。何故こうも支部長というのは疲れる奴らばかりなのか。


 げんなりしていると、すぐ近くでティアとライトが顔を寄せ合っているのに気づいた。


「ボクらが雪崩を起こしたのは事実だから複雑っスよね」

「それは言わぬが花だよ」


 そんな会話が聞こえてしまった。おや、自分たちは尻拭いをしたのではなかったか? 顎に手を当てて自分たちの行いを省みてみる。結果、ユリクスはなんともいえない気持ちになった。






お読みいただきありがとうございます。


自分でも「こんな解決法はいいのか?」と思いつつ強行しました。理不尽の権化、それがユリクスさんなのです。

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