総長と師匠と愛弟子と、その他観客
ユリクスはげんなりしながら歩いていると、少し離れたところに他の家々よりも大きな建物があることに気がついた。恐らくあれがギルドだろう。その証拠に、ガルダが未だぎゃいぎゃい騒いでいる連中の方へ顔を振り向かせた。
「おーい、そろそろ着くからなー。しっかりついてこいよー」
「「「はーい」」」
そうか、これは遠足だったのか。なら騒いでいても仕方ないな。子どもにとっての遠足はとても楽しい行事なのだから。それにしては随分大きな子どもだが。そういえばこの遠足の輪の中に自分も入っているのか。ユリクスは虚脱した。
ギルドからは少し離れた路地裏へと入っていく。ギルドの真横から入っていくよりは離れたところから裏へ回るのが安全だからだろう。路地裏の突き当たりは左右の道に分かれていた。片側の道幅はやや広い。もう片側は狭くて薄暗い。一般人ならば間違いなく広い道を選ぶだろう。
狭い方の道に入っていき、進んでいく。途中で何度か分かれ道があったがガルダは迷いなく歩いている。その後ろでティアが唸った。
「これじゃあ私一人で来られないなぁ。道わかんないし暗いからよく見えないし……」
「あたしたちの誰かが一緒なら大丈夫でしょ。みんな道覚えただろうし」
「すみません、私も無理ですー」
「レージェ……」
ティアとついでにレージェが脱落したが、他の者は大丈夫そうだ。他に脱落者がでないとも限らなかったが、その前にギルドへと辿り着いた。
ガルダがひっそりと存在している扉を開く。ガルダを先頭に一人ずつ入っていくと、そこは正面に扉だけがある廊下だった。廊下は短くすぐに扉に辿り着く。その扉を開けると広い部屋に入った。
「ようハワードの爺さん、連れてきたぞー」
全員が入室を終えると、座り心地の良さそうなソファに座っている老齢の男がいた。長くて白い髭が特徴的だ。
「ふぉっふぉっふぉっ、よく来たのぉ」
「あれ、あの時のお爺さん」
ティアだけでなく他の者も気づいた。自分たちが入国してすぐにコートをくれた男だ。
「……一般人でないことはわかっていたが、支部長だったか」
「まぁそうなるのぉ。ほれ、座って寛いでおくれ」
促され、ローテーブルを挟んで設置されたロングソファに分かれて座る。テーブルの短辺側にはそれぞれハワードと呼ばれた支部長とガルダが座った。テーブルの上には一風変わった水晶玉が置かれている。ユリクスには見覚えのあるものだ。
「挨拶が遅れてすまんのぉ。儂はハワード・フェネディ。ここの支部長をしておる」
好々爺然とした雰囲気のハワード。とてもじゃないが強そうには見えない。だがそれが逆に強さを証明しているとユリクスは判断する。相手の力量を察知するユリクスの能力は正確なのだ。……入国時は寒さのせいで鈍っていただけで。
ユリクスは腕と足を組んで傲岸不遜に問いかけた。
「……で、俺たちを呼び出して何が目的だ?」
礼儀の欠片もない態度を気にした様子はなく、ハワードは「ふぉっふぉっふぉっ」と穏やかに笑った。そして穏やかな表情のまま……。
「指名依頼じゃ」
「……は?」
聞き慣れた言葉にユリクスは面食らい、そして顔を歪めた。しかしいきなり突っぱねるのを堪えて一応確認してみる。
「……俺たちは指名手配されているんだが?」
「総長にはこき使っていいと言われておる」
「……ゲオルグ……」
ユリクスは今この場にいないゲオルグへと殺意を向ける。
「……断る。こんな状況で指名依頼なんてするか」
「それは困ったのぉ。それでは総長の相棒に――」
「……ゲオルグも支部長共も全員斬り伏せてやる……」
「兄貴待ってステイ! 殺気しまって黒刀も出さないでステイッ!!」
「あっはっはっ! いつもこんな感じなのかよ! 笑えるっ!」
「ガルダさんも煽らないでくださいっス!!」
暴走しそうになるユリクスとそれに爆笑するガルダ。そんな二人を止めようと必死になっているライトの構図がしばらく続いた。ちなみに他の者たちは一切気にもとめずに閑談していた。
やっと事態が落ち着くと、一連のやり取りを微笑ましげに眺めていたハワードが徐に水晶玉に触れた。何をしようとしているのかは明白だ。
「……俺たち全員にそれを見せてもいいのか?」
「兄さんはこれが何か知ってるの?」
「……スパイダリアでアランに見せられたからな」
「総長はお前さんたちを信頼しておる。だから隠す必要はないのじゃ」
「いいかいアンタら、この魔道具のことは絶対に口外するなよ?」
ガルダの厳しい口調で六人はこの魔道具の重要性を理解した。故にしっかり頷く。
ハワードが魔力を練ったらしく、水晶玉が淡く光りだした。
『ハワードか』
「ゲオルグさんの声だ!」
ティアが驚きで声を上げた。同じく魔道具の存在を知らなかった他の者たちは息を呑む。
『お、その声はティアだな。そろそろチベトーナに着くと思ってたんだ』
なんで知ってるんだこのストーカーが。と思ったが口に出すのはぎりぎり堪えたユリクスである。さて、なんて文句を言ってやろうかと思っていると。
「おうゲオルグ! 今日も元気にしてるかい!」
『よぉガルダ! お前はいつも以上に元気そうだな!』
「可愛い愛弟子と再会したんだ、そりゃテンションも上がるさね!」
『あのユリクスが誰かの愛弟子なんて、面白いこともあるもんだ!』
「はっはっはっ! 今度酒でも酌み交わしながらユリクスの可愛い話聞かせてやんよ!」
『お! そりゃ楽しみだな! 近いうちに飲もうぜ!』
「……お前らふざけるのも大概にしろ。斬るぞ」
「お! いいね! 三人でやりあうか!」
『面白そうだな! それまでに鍛えておくぜ!』
「……斬り伏せてやるこの奸物共……」
三人のやり取りを聞いている六人は呆れながら見守る。自分たちは何を聞かされているんだ?
「ユリィとガルダさんのせいでギルド総長との会話とは思えないんだけど……」
「まぁお二人の態度は……師弟ですし……似ますよね……」
師弟揃って大胆不敵というか図々しいというか。他の者たちは溜め息をつくことしかできない。そんな中でライトが代表して空気を変えるために動いた。
「……あー、兄貴? ゲオルグさんと何か話すことがあるんじゃ……」
「……あぁ、そういえばそうだったな。おいゲオルグ、俺をこき使うように伝えたそうだな? 斬られたいのか?」
「そういうことじゃないっス……」
ここで連絡を取った以上何か理由があるはずなのに、ユリクスは完全に我が道を行っている。主に斬り伏せてしまえ思考をむき出す方向で。
水晶玉から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
『悪い悪い。お前ほど安心して依頼を任せられる奴がいないからな。どうしても指名したくなっちまうんだよ』
「……知るか。というより、今俺たちは冒険者として動けないはずなんだが?」
『それについては大変なことになったな。一体何があった? それが聞きたくてハワードに連絡を頼んでたんだ』
ギルドが味方である以上、話すことは吝かではない。ユリクスはスズメラでの出来事を話した。自分たちと〝神の六使徒〟とのそれぞれの関係を話すかは悩んだが、全員の意思を確認した結果話すことにした。
『……なるほど。確かに嵌められたな。それに、全員が奴らとの因縁がある、か』
「……こうなった以上、俺も関わらないとは言えない。〝あの方〟とやらを殺すつもりだ」
『そうか。俺たちも〝決別の日〟の真相を掴みたい。だからお前たちが奴らと戦う以上、全力で支援する。何かあれば遠慮なく言ってくれ』
「……わかった」
『だが何故奴らはお前たちを嵌めた? 神人族だからって理由だけには思えないんだが……』
「それについてはアタシから話すよ」
会話に口を挟んでいなかったガルダが話に加わった。ユリクスは話すであろう内容を察する。
『何か知っているのか?』
「あぁ。奴らが探している物についてだ」
『なに……?』
ガルダが話したのは〝神の宝玉〟についてだ。〝神の宝玉〟がどのようなものなのか。そして、探している宝玉がユリクスの内にあることも。
話を聞き終えたゲオルグの驚愕が伝わってきた。
『つまり、奴らの狙いはユリクスか』
「そうなるね。きっと、奴らとの戦いは近いうちに始まるだろうな」
『なら俺たちも戦う準備をしておかないとな。ユリクスを守る必要は……ないな』
「ないね」
「……ない」
ユリクスが万が一捕まれば奴らの目的が達成されてしまうというのに、本人を含めてこの判断である。標的にされた人間でここまで心配されない者などいるのだろうか。ユリクスの実力を信頼して、というのはもちろんあるのだが、実を言うとユリクスに付いて回ることになった護衛が鬱陶しがられて斬られる可能性があるから、というのもゲオルグとガルダの考えにはあった。ユリクス本人は想像しただけで鬱陶しいと思っているのであながちその考えは当たっているのかもしれない。
はぁ、とゲオルグの深い溜め息が聞こえてきた。
『……それよりガルダ、お前なんでそんな大事なこと今まで黙ってたんだよ……』
「最重要人物のユリクスがいる時に話した方がいいと思ってな!」
『お前、俺が調査のためにどれだけ走り回ってたか知ってんだろっ! 知ってるなら知ってるとだけでも教えろよなっ!!』
「あっはっはっ! 今までお疲れさん!」
『てめぇ……』
きっとゲオルグの額には青筋が立っていることだろう。それが分かっていてガルダはけらけらと笑っている。
「ゲオルグさんに対してこの対応って……兄貴よりすごい気がしてきたっス……」
「……こいつを知ったら俺が常識人だとわかるだろう」
「比較対象が悪いな。貴様は間違いなく常識人ではないから安心しろ」
「……斬られたいのか?」
「ユリィ、そろそろその思考はやめとこうな? 巻き込まれる俺たちがあぶねぇからよ」
相変わらずユリクスは不機嫌なままであり、他の者たちは呆れを通り越して最早ただの観客でいる気分になっている。観たくもない舞台なので早く帰りたい。
笑いが収まると、少しだけ口調を引き締めて再びガルダが話しだした。
「それからもう一つ、琥珀の瞳についても教えてやるよ」
『お前それも知ってたのかよ』
「琥珀の瞳……私も知りたい」
静観していたティアが不安げにガルダを見つめる。ガルダは安心させるように小さく微笑むと琥珀の瞳について説明を始めた。
琥珀の瞳についてはガルダの他にはユリクスしか知らない。故に、神と神に近しい存在の象徴と聞いて皆表情を険しいものにした。
『……そうか。〝神の宝玉〟を宿したユリクスの瞳が変わったって言うならそれは納得できる。不死鳥の神子っていうティアのこともな。だが……スパイダリアでユリクスに接触してきた男は……』
「……それは俺も気になっている。〝神の宝玉〟について知った今、奴も所持している可能性があるだろう。だがそうなると……」
『……おいまさか』
「〝神の宝玉〟を〝あの方〟とやらが集めている。なら、所持する奴は決まっているだろうな」
この場にいる者たちは三人が何を言いたいのか的確に理解している。ティアはユリクスの手に自らの両手を重ねてユリクスを仰ぎ見た。ユリクスはティアの頭に手を置いて撫でてやる。
「兄さん……」
「……問題ない。例えどんな相手であっても、俺のすることは変わらない。……お前たちもそれぞれの敵のことだけ考えていろ」
ユリクスが得体のしれない強敵と戦うことを心配しない仲間たちではない。だからこそ、ユリクスはきっぱりとそう言った。仲間たちはユリクスを信じている。故に、決然と頷いた。
『……ま、ここまで情報を得られたのは助かった。また何か掴んだら教えてくれ。いいな、ガルダ、ユリクス。絶対だぞ』
「根に持つねぇ」
『ったりまえだろ! 俺の努力を水の泡にしやがって!』
「悪かったよ。今度はちゃんと連絡してやる」
『そうしてくれ。じゃあまたな』
「……待て」
ユリクスの制止に全員が疑問符を浮かべる。ユリクスは顰め面で口を開いた。
「……指名依頼を撤回しろ」
「「「……」」」
あんなに真剣な話をしていたのにまだ覚えてるなんてどれだけ嫌なんだよ……。全員の思いは合致した。
『……あー、まぁ頑張ってくれや』
「……ふざけるな。どいつもこいつもこき使いやがって。何度指名依頼をこなしたと思っている。指名手配されている時くらい自由にさせろ」
『指名手配されてるのに自由とか言えるお前すげぇな。ま、ギルドはお前らの味方だし、いつだって冒険者だと認めるさ。というわけで頼んだぞ。じゃあな』
通信は切れた。逃げやがったなあいつ。ユリクスの額に青筋が立った。
ユリクスはハワードを睨めつけた。
「ふぉっふぉっふぉっ、そういうことじゃ。断ったら総長の相棒になるという特命もそのままじゃな」
「……チッ」
「諦めなユリクス。楽になれるぞ」
「……なるわけないだろ。少しでも楽にさせたいならお前も協力しろ」
「仕方ないねぇ」
というわけで、依頼についての話に移行した。ずっと観客になっていた者たちは「やっとか……」と当事者へと戻る。
ハワードは柔らかな表情のまま話し始めた。
「最近、すぐ近くの丘で頻繁に吹雪が起こっておる」
「すぐ近く? そのわりにこの町に入ってからそんなに雪に降られてないわよ? それともそういうものなのかしら?」
「高山なら麓と天気が違うことはあるが、丘となるとそんなに変わることはねぇと思うぞ? すぐ近くなら尚更だな」
「この町の周囲にはいくつもあるようだが、どの丘だ?」
「隠れ里とこの町の間、三角形で結べる場所に位置しておる丘じゃ。窓から見えるじゃろう?」
窓の外を見てみると、すぐそこに一つの丘があった。最も近くにある丘を指しているようだが、その丘は他のものよりも大分高さがある。低い山とも言われても納得できるほどだ。
ティアが窓から目を離してガルダを見遣る。
「ガルダさんは吹雪のこと知ってたの?」
「あぁ。だからこの依頼の内容は想像できるよ」
「……それで、何が言いたい」
ハワードは微笑みを崩さずにゆったりと頷いた。
「不自然にも吹雪はその丘でしか起こっておらんでなぁ。加えて頻度が異常なのじゃ。だからその原因を調査し、可及的速やかに解決してほしいのじゃよ」
「……」
ユリクスは渋面になる。
「……自然現象の解決なんてできるわけないだろ」
「そうじゃなぁ」
「……」
「そんな射殺すような目すんなよ。自然現象ならそれはどうしようもない。だが他に原因がある可能性があるからそれを調査しろって話だろ?」
「……面倒な」
ユリクスは長嘆息をした。他の者たちも少し戸惑った顔をしている。
「自然現象以外の原因を探るって、どうすればいいんでしょう」
「今までで一番難しい依頼な気がするっス」
「まぁとにかく行ってみようぜ! じゃなきゃ何もわかんねぇだろ!」
「……お前一人で行ってこい」
「貴様は鬼だな」
「ユリィへの指名依頼なんだから、あんたが行かなきゃ依頼破棄になるんじゃないの?」
「私はゲオルグさんの相棒もいいと思うよ?」
「……それは絶対にない」
「とにかく今日は里に帰って明日向かえばいいだろう。ユリクス、いい加減腹括りな」
「……………………はぁ」
「気をつけて行くんじゃぞ」
ユリクスは心底げんなりして肩に重さを感じながらギルドを後にした。里に戻ってから各々修行にいった仲間たちを見送ったあと、何もする気が起きずにガルダの家でだらだらしながら溜め息を吐き続ける。その様子を一服しながら眺めていたガルダがくすりと笑った。
「ほんと、変わったねぇ」
「……何がだ」
「アンタがそんなに感情を表に出すようになるとはな。以前のアンタだったら全てを一蹴するか、淡々とこなすかのどちらかだったろうに」
「……そうかもな」
「どうして変わったのか、流石にわかってるだろ。アイツらを大事にしろよ」
「……」
「言うまでもなかったか」
言うまでもないなど、ガルダがどうしてそんなことを言ったのかユリクスにはわからない。自分は一体どんな表情をしていたのだろうか。表に出るくらい、仲間たちを大切に思っているのだろうか。仲間たちと一緒にいて、自分は何を思っている? 何を感じている? 様々な感情を思い出してきたが、仲間たちと過ごす日々のことをどう思っているのか、はっきりとした名前が出てこない。けれど、この感情も以前の自分が抱いていたもののような気がする。
思い出せそうで、思い出せない。でも、何かが引っ掛かるのだ。十年前の自分ではなく、つい最近の自分が何らかの形で触れた感情のような気がする。確か、誰かが言っていたような。
わからない。けれど焦る必要もないと思うのだ。ガルダは心が凍っていたと言っていた。だがその心は解けつつある。流石にそれくらいの自覚はある。だからこそ、きっといつかこの感情も思い出すのだろう。ならその日が来るのを待てばいい。あの騒がしい仲間たちの輪の中にいれば必ずその日は来る。そんな確信があるのだ。
もう心を解かすことに抵抗はない。だから自然に訪れる変化に身を任せる。ただそれだけでいい。
ユリクスは未来を見つめるように視線を上げた。自分が無意識に、その日が来るのを心待ちにしていることには気づかずに。
お読みいただきありがとうございます。
山と丘に厳密な定義はないそうです。ですので、高さは山に限りなく近いものだと想像していただければと思います。色々と調べたつもりではありますが、丘についての知識は乏しいので書いてあることは間違いかもしれません。もしそうであれば申し訳ありません。雰囲気でお願いします。




