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ガルダの回想 ガルダと神を宿した少年

「ほら、食事だ」

「……」


 食べやすいように作った料理を少年の口元へ持っていくと、少年の口がゆっくりと小さく開かれた。ガルダはそこへ一匙入れる。少年の口が閉じられ、時間をかけて咀嚼する。


 少年の食べる量は少ないが、食べないことはないので衰弱していた状態から改善されつつあった。だが健康と言えるには程遠い。


 そして、まだこの少年の名前すらガルダは知らなかった。ガルダは小さく息を吐く。


「そろそろ名前くらい言えないもんかねぇ」

「……」


 少年は答えない。


 〝決別の日〟と呼ばれるようになった事件からもう数ヶ月が経つ。それでも少年の心は戻ってこない。


 ずっと一人で行動してきたガルダにはどうすれば少年の心を呼び覚ますことができるのかがわからなかった。だが一つだけ、もしかしたらと思える手段がある。しかしそれは余計に少年の心を傷つけることになるかもしれない。


(それでも、可能性があるのなら……)


 数日かけて悩み、とうとうガルダは腹を括った。だがすぐには行動しない。準備があるからだ。


 食事を終えた少年を布団に横たえさせて寝かせたガルダは外に出た。


 体の力を抜いて立ち、まずは右耳に付けたピアスに魔力を込める。正確には、ピアスとして付けている()()()()()()へ。


 すると、全身に纏うように雷が発生した。それを確認してから魔力を霧散させる。


 次に、左耳にピアスとして付けている()()()()()へ魔力を込める。


 全身に今度は淡く白い光が発生した。


 それを確認してから霧散させ、次に首飾りに付けた()()()へ。次に右手人差し指の指輪に付けた()()()()()。中指の指輪に付けた()()()()()()。左手人差し指の指輪に付けた()()()()()。中指の指輪に付けた()()()()


 順に魔力を込めて魔法を発生させれば霧散させるを繰り返す。


 これはガルダがサダン王国を出てから続けている特訓。解放者(リベレイター)たちから奪った神核をアクセサリーに加工し身につけた神核を使いこなすため。そして新たに身につけた力で、〝決別の日〟を起こしたであろう者に対抗するため。きっとあの不自然な事件の裏にはきっかけとなった何者かの影があるはずだから。


 現在、各国では神核が売り捌かれ、人間族たちが神核を使用するようになった。


 神人族よりも人間族の方が数が多いため全ての人間族が所持することはない。それでも多くの人間族が神核を所持するその現実をガルダは不快に思っていた。解放者(リベレイター)たちから奪ったものとはいえ、実質同じことをしている己のことも。


 だが不快だからといって力を得ることを拒めば、それは現実からの逃避になるとガルダは考えた。〝決別の日〟に納得できないのであれば闘うしかない。そのための力を身につけなければ。


 そして今は、あの少年のために。


 ガルダは毎日特訓を続けた。慣れない魔法という物を使いこなし、七つの神核を暴走させないほどに熟達するよう。


 幸いガルダには才能があった。本気で特訓をすれば約一ヶ月で使いこなせるようになったのだ。その途中で神器を顕現(けんげん)させることもできた。


 ここまでの力を得たならば、とうとう行動に移す時だ。少年の心を起こすために。


 とある日、いつものように少年と朝食を済ませたガルダは少年の手を引いて外に出た。小屋から離れ、広い場所に向かう。辿り着くと、ガルダは少年の手を離した。少年は手を離された場所で立ち止まって虚ろな瞳をガルダに向けている。


 ガルダは少年から少し離れた場所で立ち止まり、振り返った。少年と向かい合う。そしてゆっくりと口を開いて言った。資料に書かれていた、龍の宝玉を呼び起こすであろう言葉(キーワード)を。


「少年、人間が〝憎い〟か?」


 少年の目が少しだけ見開かれた。


 ガルダは続ける。


「自分の大切な人たちを殺した人間が憎くて仕方ないか?」

「……ぅ……ぁ……」


 少年の口から掠れた声が漏れ、瞳が揺れる。


 ガルダは厳しい口調で続けた。


「〝怒れ〟。大切な人たちを守れなかった無力な自分に!」

「ぁ……あああああ!!」


 少年が頭を抱えて絶叫した。


「『憎い……憎い憎い憎い……! 神を……我を裏切った人間が……憎い!』」


 瑠璃色から琥珀へと色を変えた瞳を憤怒に染めた少年が、尋常ではない速さでガルダに急迫する。ガルダは身体強化を自身に施して相対した。


 少年が両手でガルダに掴み掛かろうとしてくる。ガルダはその両手を真っ向から受け止めた。子どもとは思えない力で両手を掴まれ、握り潰されそうな痛みが走る。


 ガルダは歯を食いしばってから叩きつけるように言った。


「っ……少年! 神ではなく、お前自身の怒りはなんだ!!」

「『黙れ……この人間の怒りは我の怒りだ!』」

「神だかなんだか知らないがアンタは黙ってな! アタシはこの子に聞いてんだ! はぁっ!」

「ッ……がはっ……!」


 ガルダは炎を足裏に発生させ、その爆発力で少年の腹に膝蹴りを見舞った。少年の軽い体が宙を舞う。


 少年が空中で体勢を立て直して着地しようとしたところで、ガルダは竜巻を水平に発生させて少年にぶつけた。少年が吹き飛ばされて近くに立っていた木に激突する。


 少年は一瞬怯んだが、立ち上がるとすぐにガルダに急迫した。


 身体強化も魔法も使わず、傷ついた体で殺意を抱き、ただ真っ直ぐに向かってくる様はまるで獣のようだとガルダは思う。


 ガルダは接近してきた少年の顔に向かって腕を突き出した。思惑通り、少年がガルダの腕に噛みつこうとしてきたので腕を鉄化させる。


 ガキンッと金属音が鳴ったが、神の力で強化されているためか少年の歯は無事らしい。自分で誘導しておいて内心ほっとする。


 獲物を喰い千切ろうとしているかのように少年が腕に噛みついたまま力を込めるので、ガルダも魔力を高める。そのまま少年に言葉を放った。


「少年。アタシはアンタの思いを知りたい。アンタにも大切な人がいたんだろう? あの惨劇の中、あらゆる激情がアンタの中で沸き起こったんだろう? なんでもいい。上手く言えなくてもいい。今のアンタは……アンタ自身は、何を思う? 何を悔やんでいる? 何に怒っている?」

「……」

「神に自分の体を、意思を許すな。アンタはアンタの意思で行動しろ。アンタの思いを自らの意思で口にしろ」

「っ……うぅ……!」


 少年が獣のような呻き声を漏らす。


 その声を聞いて、ガルダは己の見出した予測が当たったことを悟った。


 ガルダは〝神の宝玉〟を呼び起こすことで同時に少年の心も呼び起こせるのではないかと考えたのだ。だが、このままでは少年の心は神に乗っ取られたままだ。


 この先はまた可能性でしかないが、ここまできたらやるしかない。この少年をなんとしてでも気絶させる。次に目が覚めた時に少年の心が戻っているようにと。


 ガルダは少年の首に手刀を落とした。しかし気づいた少年が素早く後退し距離を取られる。


「チッ、すばしっこい奴だね」


 ガルダは紫電を発生させて少年に放つ。少年は避けなかった。それを不審に思っていると、なんと少年に直撃した紫電が胸元に収束され、吸収されたのだ。


「……雷の神に雷魔法は無駄ってことかい」


 ガルダは使用する魔法の中から雷魔法の選択肢を消す。すると直後、少年の全身で紫電が発生し始めた。ガルダは危険を察知する。少年が先程よりも早いスピードで向かってきた。その速度は迅雷を超える。一瞬でガルダの懐に入った少年は鳩尾に向かって拳を突き出してきた。ガルダは咄嗟に全身を鉄化させる。


「ッ! ぐぅっ……!」


 鉄化したはずの体に重い衝撃が走る。体重が増したはずの体が宙に打ち上げられた。


 体から痛みが引く前に、少年が宙にいるガルダに追撃するため迫ってくる。ガルダは鉄化を解いて少年に竜巻を放った。少年に直撃するが、その勢いは止まらずに体に切り傷を刻みながら追いかけてくる。


 ガルダはカットラスを顕現(けんげん)させ、再び迫り来る拳を受け止めた。衝撃に耐えながらガルダはカットラスに毒を多量に纏わせる。拳の力で更に打ち上げられたが、カットラスから毒が滴り落ちて少年の体に降り注ぐ。無数の傷口から毒が少年の体内へと入り込んだ。


 地面に着地した少年がガルダへと追撃を試みたがその動きが止まる。


「ぁ……ぅ……」


 少年が体を動かそうとするがその体は震えるだけだ。ガルダが発生させた毒は麻痺毒だった。


 少年が動きを止めている間にガルダは体勢を立て直して着地し、カットラスの顕現を解いた。カットラスでは誤って少年に深手を負わせかねないからだ。


 正直、そんな手加減をする余裕はないのだが。


 ガルダが少年を気絶させるために動こうとするが、その前に少年の体が少しずつ動き始めた。毒に侵された体を無理に動かしているのだ。


 ガルダは氷魔法を発動し、少年の足元から徐々に凍らせていく。


 これでもう動かないでくれればと思った矢先に、少年に纏われた紫電が更に激しさを増した。


「ぅ、がぁぁぁあああ!!」


 獣のような咆哮を上げた少年が紫電を放出して氷を破壊していく。ガルダは魔力を上げて対抗するが、それでも少年の……神の魔力の方がずっと強かった。氷が完全に破壊されると、毒をものともしなくなった少年が一瞬でガルダに迫った。反応することができなかったガルダは腹に拳の直撃を食らう。


「が、は……ッ!」


 思いきり後方へ殴り飛ばされ、木を数本薙ぎ倒してやっと止まったガルダ。喀血(かっけつ)し、倒れ込んだまま立ち上がることができない。


「……こりゃ、骨と内臓をやられたかね……」


 回復魔法を行使して応急処置をする。本来ならすぐにでも骨と内臓を修復しないといけないが、もちろんそんな時間は与えてもらえない。


 少年が呻き声を上げながらガルダに向かって手を突き出し、紫電を放出した。直撃すれば跡形も残らないことは容易に想像がつく威力のものだ。


 ガルダは痛む体に鞭打って横に転がることで回避する。


 すぐに立ち上がりたいが、足に力が入らずまだ立ち上がることができない。


「たった一撃でここまで重傷を負わされるとは……流石神ってとこかい」


 ガルダは不敵に笑むが、実際は大分焦っていた。満身創痍の状態で神に対抗する手段が思いつかない。が、一つだけ勝機はあった。けれどそれはいつ訪れるかわからない。それに、できればそれが訪れる前に決着をつけたかった。


(もうそれに賭けるしかないか……)


 ガルダはなんとか地に膝をついて体を起こし、再び氷魔法を発動。少年の足元を凍らせていく。


「うがぁぁぁ!」


 少年が咆哮を上げて紫電を放出する。氷にひびが入ってゆく。ガルダは残りの魔力全てを注ぎ込むつもりで魔力を練った。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 氷の生成と破壊。神との綱引き。もちろんガルダに勝ち目はない。――単純な綱引きでは。


「ぁ……が……?」


 突如、少年の体が傾き始めた。そのタイミングでガルダは氷魔法を解除し、氷が崩壊する。体を支えていた氷が消えたことで少年は地に倒れ伏した。ガルダは吐血しながらも緩慢に立ち上がり、少年に歩み寄る。


 少年は完全に意識を失っていた。


「やっぱり神の力に体の方が耐えられなかったか」


 ガルダに残されていた勝機は少年の体の限界だった。未成熟な体は強大過ぎる神の力に耐え切れないはず。そう見越していた。


 ガルダは少年を抱え上げる。体が悲鳴を上げたが、回復魔法を行使することなく小屋へと向かった。


 辿り着くと、少年の体を布団に横たえさせる。その脇にガルダは座り込んだ。そして僅かに残った魔力で回復魔法を己ではなく少年に行使した。


「少年、戻ってこい。アンタはアンタのまま生きろ」


 少年が目覚めるまでの数日間、ガルダは休み休みに回復魔法をかけながら少年に語り掛け続けたのだった。


 完治とまではいかないがガルダの傷もある程度癒えた頃、(ようや)く少年が目を覚ました。ゆっくりと持ち上げられた瞼から見えた瞳は、弱い光を宿した瑠璃色をしていた。


「起きたかい?」


 ガルダの声に反応して、少年の顔がガルダへと向けられる。


「だ……れ……? ここ……は……?」


 初めて聞く少年自身の言葉にガルダは内心でほっと息をついた。なんとか神の意識は眠ったようだ。油断はできないが。


「アタシはガルダ。ここはルシファルタ王国の辺境にある山の中さ」

「るし……ふぁるた……」


 状況をゆっくりと呑み込んだ少年が目を大きく開いて弾かれるように体を起こした。


「町は!? みんなは!?」


 ガルダは宥めるように少年の肩に手を置いた。


「落ち着きな。アンタは覚えているはずだ。それは夢じゃない」


 厳しくもガルダは現実を突きつけた。すると少年は瞳に涙を湛えてゆるゆると首を横に振った。


「まも……れなかった……。母さんも……シオンも……。それに、たくさん殺した……この手で……!」


 少年は箍が外れたように吐露し続ける。


「憎い……! 何も守れなかった自分が!!」


 少年は自らの首に両手を持っていった。そして締め上げようとする。ガルダはその手を掴んでやめさせた。


「離せ! もう俺は生きていたくない! 何も守れなかった俺なんか生きるべきじゃないっ!」

「アンタは母親とそのシオンって奴が死んだのを見たのかい?」

「父さんと母さんが死んだのはわかってる! きっとシオンだってもう……! っ!」


 ガルダは少年の手を離して両肩を掴んだ。自分の方を強引に向かせる。厳しく()め付けた。


「生きるべきじゃないだって? シオンが死んだのかもわからないのにか!?」

「っ……だって、あんな状況で……!」

「簡単に諦めてんじゃないよ! 生きる理由がわからないってんならどこかで生きてるかもしれないシオンを探すことを理由にしろ! 見つかるまで永遠に探し続けろ!」


 少年が瞳から涙を一粒溢して首を横に振った。


「見つかるわけない……それに、神人族は殺されるんだろ……? 人間族はみんな敵なんだろ……? そんなんで探せるわけないじゃないか……!」

「なら力をつけろ。自分を守れるだけの力を。シオンを取り戻すための力を。今後大切なものができた時に、今度こそ守れるだけの力を」

「……いやだ。もう大切なものなんてつくりたくない。もうこんな思いはしたくない……! つらい……! 生きているのがつらい……!!」


 涙を流し始めた少年の胸をガルダは押さえた。そして、少年にとって救いでも、酷でもあることを言った。


「そんなにつらいなら心を凍らせろ。何も考えるな。何も感じるな。己を鍛えることだけを考えろ」

「……心を……凍らせる……?」

「そうだ。一度心を封じ込められたアンタならできるはずだ。心がもう目覚めることがないように、深く落として、凍らせて、蓋をしろ」

「……そうしたら、つらくなくなる……?」

「あぁ」


 ガルダは少年の体を横たえさせた。そして少年の目を手で覆う。


「次に起きた時、アンタは何も感じなくなってる。今は眠れ、少年」


 これは一種の暗示。傷ついた少年の、穴の空いた心につけこむような。だがそれが少年の一時の救いになるのであれば。


 最後にガルダは静かに問い掛けた。


「少年、アンタの名前は?」


 微睡み始めているであろう少年は、小さく、呟いた。――ユリクス、と。




 ◇◇◇




 その後、目が覚めたユリクスは心を凍らせ、同時に一部の記憶も失っていた。虚ろな瞳で、修行だけに励んだ。


 まるで機械のようになったユリクスの姿に心が痛まなかったといえば嘘になる。だがそうなるよう仕向けたのはガルダ自身だ。本心を口にする資格などない。抱いてはならない罪悪感はすぐに殺した。


 ガルダは眠っているユリクスの髪を梳く。


 三年ぶりに再会したユリクスは瞳に光を取り戻して表情豊かになっていた。豊かと言っても、修行時代のユリクスに比べれば、だが。


 ガルダは思い起こす。




 ――ユリクス、その怒りを忘れるな。シオンを、大切な人を奪われた怒りを。弱い自分に対する怒りを。




 そう何度も言い聞かせて、力をつけるために龍の一族にとって大切な〝怒り〟のみを意識させ続けた。


 七年間修行をしたが、ユリクスが心を解かすことはなかった。それはユリクスの心の傷が癒えていない証左だった。己では癒やすことなどできない。傷を意識させないようにしてやることしかできない。


 ……けれど、もしもユリクスを救ってくれる存在が現れてくれるのであれば。


 そんな期待を胸に、修行を終えたユリクスをイグレットの町にほっぽった。その選択が正しいのかはわからなかったが。


 だが、今のユリクスを見ればわかる。己の行いは正しかったのだと。


 あんなにも大切なものをつくるのに怯えていたユリクスが仲間をつくり、共に旅をし、凍らせた心を解かしていった。停滞した心を進ませた。


 嬉しくないわけがない。


 しかしそんなユリクスの前に脅威が迫っている。ユリクスたちを標的とした何か大きな闇が(うごめ)いている。


 それを看過することはできない。愛弟子(ユリクス)の敵は師匠(ガルダ)の敵だ。ユリクスが更なる力を求めるのであれば、惜しむことなく協力しよう。助けを求めるのであれば、限界を超えて力を尽くそう。


 しかし今できることはない。今はユリクスが己の力で壁を乗り越えなければ。


「気張れよ、ユリクス」


 ガルダは強くユリクスの体を抱きしめた。






お読みいただきありがとうございます。

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