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ガルダの回想 ガルダと心の壊れた少年

 ガルダの目の前では過去の記憶を取り戻したであろうユリクスが、胸を押さえて前かがみになり呼吸を乱していた。


 多量の汗を流し、呻き声を上げるその姿から重苦に(さいな)まれていることは容易に想像できる。恐らく己の意識を呑み込もうとしてくる〝神の宝玉〟と闘っているのだろう。


 必死に抗うユリクスの姿を見てもガルダは動かない。声もかけず、ただ見守り続ける。しかしガルダは気を張り詰めていた。気を緩めず、ユリクスの一挙手一投足を見逃さないように。


「ッ……う、ぁ……『憎い……』」


 ユリクスの口から言葉が発せられる。吐き出される怨恨。それがユリクスの意思で発せられたものではないとガルダは理解していた。だからこそ、ガルダは更に警戒を強めた。


 俯いていたユリクスの顔が緩慢にガルダに向けられる。


 瑠璃色から琥珀へと色を変えた双眸は強い憎しみを宿していた。憎くて、憎くて、堪らない。そんな激情が隠されることなくガルダに向けられている。


 流石のガルダも背筋に冷や汗が伝う。僅かな油断も命取りになると本能が訴えかけてくる。


「『……憎い……人間が……憎い……』ッ……!」


 ユリクスの口から漏れ出る憎しみの色が濃くなった。それでもまだユリクスは抗っている。だがそれも時間の問題だろう。


 必死に闘うユリクスを支配しようと〝神の宝玉〟が魔力を高めたことがわかった。何故ならば、ユリクスの全身に可視化されるほどの魔力が纏われたからだ。実のところ、面倒くさがって滅多に行わないだけでユリクスにはある程度魔力を可視化できる程の力がある。しかしそれとは桁外れの魔力。明らかに宝玉の力。こうなってしまえばユリクスの限界も近いだろう。ガルダは臨戦態勢に入った。


(……来る)


 ガルダの警戒が最大限高まった時だった。


「『人間は……赦さぬ……!』」


 吐き出される言葉からユリクスの意思が完全に消えたと同時に、ユリクスがガルダに向かって急接近する。その速さは身体強化と雷魔法の両方を付与したユリクスと同等か、あるいはそれ以上だ。しかし今はそのどちらもユリクスは行使していない。膨大な魔力を纏っているだけ。


 ガルダは素早くカットラスを顕現(けんげん)させ身体強化を施した。


 ユリクスが――否、ユリクスの中にいる〝神の宝玉〟が黒刀を顕現する。


 並の人間では目で追うことなど不可能な速度で黒刀がガルダに迫る。ガルダは怯まず、鍛え上げた反射神経をフル稼働させてカットラスで受け止めた。


「ッ……ぐぅ……!」


 上段から打ち込まれた重すぎる一撃にガルダから苦悶の声が漏れる。


「はぁっ!」


 炎魔法の瞬間的な爆発力を使って弾き返し、ユリクスを後退させた。


「チッ、やっぱり一筋縄ではいかないか……!」


 予想していたとはいえ、暴走したことにガルダが舌打ちする。


 再び迫ってくるユリクス。回避不可能な速度にカットラスで黒刀を受け止めることを余儀なくされる。


 互いに押し合う鍔迫り合い。その状態は拮抗することなくすぐにガルダが押され始めた。徐々に後退させられる。


 力を振り絞りながらガルダは叫んだ。


「ッ……ユリクス! 神なんぞに呑まれてんじゃないよッ!」


 訴えかけてもユリクスに反応はない。憤怒に染まりきった双眸でガルダを鋭く見据えているだけだ。


 ユリクスが黒刀に更に力を加えたことで後方へ思いきり突き飛ばされる。ガルダは空中で体勢を立て直して上手く着地した。


 現状ではなんとか対処できているが、身体強化か魔法どちらかでも行使されてしまえばガルダに為す術はない。それをよく理解しているからこそ必死にユリクスに訴えかけた。


「ユリクス! 今のアンタは独りじゃないはずだ! 過去じゃなく現在(いま)と向き合え! アンタが今度こそ守りたいものはなんだッ!!」

「……」


 昔のユリクスにはなかったもの。その大切なものこそが暴走を止める鍵になると踏んだのだ。


 その予想は的中し、ユリクスの動きが止まる。


 その隙を逃さずガルダはユリクスとの距離を詰めた。ガルダが迫りユリクスが反応するが、明らかにユリクスの動きが鈍い。まるで止めてくれというように。


 ガルダはユリクスの背後を取り首に手刀を打ち込んだ。ユリクスの体が傾き、それを抱きとめる。どうやら意識を刈り取ることに成功したらしい。ほっと安堵の息をつく。


 ガルダは座り込んでユリクスの体を抱きながら、ユリクスの髪を梳いた。


「よく抗ったな」


 神の力に抗うのは生半可な意志では不可能だろう。しかしそれをやり遂げた弟子を称賛する。


 思惑通りならユリクスは〝神の宝玉〟と向き合う機会を得たはずだ。ガルダはただ、愛弟子が難関を乗り越えることを祈る。


 十年前、出会った頃のユリクスは〝神の宝玉〟に抗うことなどできなかった。だが今回は抗ってみせた。それはユリクスが出逢った仲間たちの存在が大きいからだろう。それによって得た成長も。


 ガルダはそれを素直に嬉しく思う。


「ほんと、強くなったなユリクス」


 成長したユリクスに口元をほころばせながら、ガルダは十年前に思いを馳せる。こうしてユリクスが成長してくれたからこそ、十年前の己の行いは間違いではなかったのだと、そう思えるのだ――。




 ◇◇◇




 十年前――。




 ガルダは旅人だった。人間族でありながら身体強化のみで魔獣を圧倒する力を持ち、たった一人で危険な旅をしている奇人。ガルダにとって七つの国を一人で渡り歩くのは容易だった。


 旅をしていた理由は神核や言い伝えにある神について知るためだ。謎を謎のままにしておくのが嫌だったから。ただそれだけの理由。


 これは推測だが、神核や神についての資料を所有しているのは神王族だろうとガルダは考えていた。理由は二つ。一つは、神人族も人間族も誰も情報を所有していなかったから。そしてもう一つの理由。こちらの方が理由として強い。それは、なんとか神王族に接触して神核と神について知りたいと申し出てみれば、険しい顔で追い返されたからだ。あの反応は間違いなく知っている。


 さて、どう神王族から情報を引き出すか。旅をしながら手段を練り、未だその手段を見出せていない状況での出来事だった。


 鷲獅子の国ルシファルタ王国に滞在していた時だ。


 酒場で酒を飲んでいると、不意に何か重いものがドサッと床に落ちた音がした。そちらへ目を向けると、血を流した男が倒れていた。すぐ近くにいる男が血の滴るナイフを手にしている。同じテーブルで酒を飲んでいた男を隠し持っていたのであろうナイフで殺したと思われる。


 直後は呆然としたが、自分が動かずともすぐに酒場は騒然となり、殺した男は取り押さえられることになるだろうと判断した。故に特に気にしなかったが、そうはならなかった。


 酒場は驚くほど静まりかえっていた。そして殺した男は酒場の外へと出ていき、それに続くように他の人間たちも外へ出ていった。


 ガルダは状況を理解することに時間がかかった。あまりにも異様だったからだ。人を殺したというのに平然とした行動を取ったこともそうだが、まるで示し合わせたように全員が外へ出ていったことが。そして何より、人々の()()が。人が殺された直後とは思えないほどに全員が陶然(とうぜん)としていたのだ。


 何かがおかしい。何かが起こった。


 ガルダはそう判断し、すぐに行動に移した。


 まずは殺された男の確認。ただナイフで刺殺されたのかと思えば、そうではなかった。的確に心臓が狙われており、穴がぽっかりと()いていた。そこにあった何かが抉り取られたように。そこにあるものは一つしかない。神核だ。この男は神人族だったのだ。


 確認が終わった直後、酒場の外から大きな悲鳴が聞こえてきた。ガルダは急いで外に出る。そこでは信じられない光景が広がっていた。


 あらゆる場所で人が人を殺している。


 ガルダは最も近くにいた男に叫んだ。


「一体何をしている!?」


 男は平然と殺人を犯し、神核を抉り取った後に言った。


「何って、神人族の奴らを殺して神核を奪ってんだよ」


 それだけ答えると、男は次の標的を探して走り去っていった。とても楽しそうに。


 何故神核を奪っているのか。何故そこかしこで殺人が行われているのか。何故皆これが当然だと言うように同じ表情で躊躇いなく人を……神人族を殺しているのか。


 一斉に行われた殺戮。浮かされたような人々。神人族だけを的確に狙った凶行。


 現状に対して強い違和感がガルダを襲う。だが今は理由を探っている場合ではない。ガルダは動いた。


 殺人が行われている現場に急行し、今まさに神人族であろう女を殺そうとしている男の腕を掴んで止めた。


「おいやめろ!」


 制止するが、男は自らの腕を掴む手を振りほどこうとしただけでガルダには目もくれない。それにも強い違和感を覚えた。普通なら妨害しようとする者がいれば、先にそちらを排除しようとするだろう。しかし男はガルダへ攻撃しようとは一切しなかった。


 その理由もわからないが、今は神人族の女を助けることが優先だ。ガルダは男を殴り飛ばし、神人族の女を解放した。


 神人族の女はガルダに礼を言い、走って逃げていった。殴り飛ばされた男はというと、攻撃を加えたガルダを見向きもせずに次の標的を探して走り去っていった。


「一体何が起こってるんだ……」


 困惑したままガルダは町を駆けた。神人族を手当たり次第に助け、神人族を殺した人間がいれば神核を奪った。神核を奪ったところで殺された人間が生き返ることはないが、このまま神核を奪われたままでいるのは耐え難かったからだ。


 この異常な殺戮が終わるまで、ガルダは動き続けた。


 殺戮は数時間で終わった。だが積み重なる死体と血の海からどれだけの神人族が犠牲になったのかは想像するに容易い。


 ガルダは暫く立ち尽くして真っ赤な光景を見ていた。


 何故このようなことが起こったのか。わからない。何もわからない。ただ、その謎に近づく方法はあるかもしれない。それは神核と神について知ること。寧ろ、それしか今回の出来事に繋がる可能性がある当てがなかった。


 ガルダは王宮に向かった。幸い、自分がいる場所は王都だ。


 辿り着いた王宮も酷い惨状だった。見張りは殺され、中に入るのは容易。王宮の中でも多くの死体が点々と放置されており、神王族も殺されていた。


 ガルダは表情を歪めながら王宮を散策する。そして、見つけた。


 王の執務室。その奥に鍵がかけられた扉。ガルダの直感が告げていた。ここに自分の求めているものがあると。


 部屋を物色して鍵を見つけ、扉を開く。そこには資料と思われる紙の束が置かれていた。ただそれだけが置かれた、閉ざされていた小さな部屋。それはこの紙の束が重要なものである証左。


 目を通すのは後にしてガルダは部屋を出る。


(これと同じくらい重要な資料が各国にあるはずだ)


 そう確信したガルダはすぐに出発した。


 資料の入手が困難であることはわかっている。だが諦めるわけにはいかない。そう思い出発したのだが、辿り着いた先でも異常が起こっていた。


 他の町でも、同じように殺戮が行われていたのだ。


 これは鷲獅子の国のみで起こった異常なのか? いや、そう決めつけてはいけない。もしも他国でも起こっているのであれば、急がなければ。


 時間が無い。もしこれが人間族に回収されてしまったら。燃えてしまったら。永遠に謎が明らかにされることがなくなってしまう。解明されなければ、神人族たちの死が意味のないものになってしまう。


 そうはさせない。ガルダは早急に各国を回った。


 残酷なことに、各国でも殺戮は行われていた。人間族たちは家々が燃え尽き崩壊してしまった町の復興作業を進めている。復興するならなんで燃やしたんだと言いたくなるが、好都合だ。人間族たちの意識が復興に向いている間に王宮に侵入し、資料を探す。その繰り返し。


 ルシファルタ王国の次はベルファリナ王国。次にレヴィータ王国。アウデス王国。マモンディーノ王国。ベルゼヴィス王国。そして最後に龍の国、サダン王国へと辿り着いた。


 サダン王国でも無事に資料を手に入れた後、ガルダは今後の行動について考えていた。どこを拠点にするか。全ての資料に目を通したら何をするか。そう考えを巡らせた。


 ある時、サダン王国の王都であるバハムヴィアを歩いていると、不意に二人の男の会話が耳に入った。ガルダは足を止める。


「なぁ聞いたかよヒュドルの町の話」

「あぁ。人間族が誰一人として町から出てこなかったってあれだろ?」

「町の中探しても姿がないから神隠しにあったんじゃないかって噂もあるよな」

「まさかそんなわけ……。でも理由は何にせよ近づきたくねぇよなぁ」

「あぁ。もう誰も近づこうなんて思わねぇよ」


 会話を聞いたガルダは顎に手を当て、思案する。


(ヒュドル……行ってみるか)


 神人族については何も触れていないため、恐らく神人族は他の国や町と同様、殺戮に遭ったのだろう。にもかかわらず人間族が見つからない。


 ガルダはその謎に惹かれた。準備を整えてからその足でガルダはヒュドルへと向かった。


 辿り着いたヒュドルは小さな町だ。一周するのにそこまで時間はかからなかった。


 噂のせいか人がいないため復興作業は行われておらず、燃やされた家々、そして神人族の腐敗あるいは焼かれた遺体はそのままだ。凄惨な光景を見ながら歩くのはガルダとて辛いものがあったが、ここで立ち止まるわけにはいかない。ガルダは散策を続ける。


 散策の途中、町外れに隠されていた遺跡を発見した。


(龍の宝玉はこの町にあったのか……)


 各国を回っている途中に先に手に入れていた資料には目を通しておいた。そこに共通して書かれていたものが〝神の宝玉〟だ。手に入れたばかりのサダン王国の資料はまだ読んでいないが、恐らくこの国にもあるだろうとは思っていた。


 遺跡に入り奥へ進んでみると、やはり〝神の宝玉〟は他国と同様そこにはなかった。いつ、誰が持ち去ったのかはわからない。だが資料を見る限り〝神の宝玉〟がかなり重要なものであることはわかっている。確証はないが、各国で行われたこの殺戮には〝神の宝玉〟が関わっているのではないか。いや、持ち去られている時点でほぼ確実にそうだろう。


 遺跡を出たガルダは再び町を歩く。町中を歩き回っても手がかりがない。


 さてどうしたものかと思案していた時、ふと、遺跡があった場所の反対側にある町外れに意識が向いた。意識が向いたのは本当にただの偶然だった。何か少しでも手がかりがあれば御の字。その程度だ。


 だが進めば進むほど、肌がぴりつくような感覚を覚えた。胸騒ぎがする。


 それでも歩を進めて町外れへとやってきたガルダはそこで息を呑んだ。何も言葉が出てこなかった。


 辺り一面に、〝赤〟が広がっていた。ガルダはその〝赤〟をよく知っている。それは、血と、肉だった。大量の血と、粉々にされた人肉と思われるもの。筆舌に尽くしがたいほどの惨事がここで行われたことは想像に難くない。そして何より驚いたのは、その赤い光景の中心で一人の少年が座り込んでいることだ。信じ難いが、まさかこの少年が作り出した光景なのか。


 ガルダは警戒しながら少年にゆっくりと近づいた。


 少年の状態を確認する。少年は生気のない表情をしており、衰弱していた。殺戮が行われた日からはかなり日が経っている。その間ずっとここにいたのであれば衰弱していてもおかしくはない。寧ろまだ生きていることが信じられない。


 しかしその理由をガルダは察した。少年から魔力が漏れ出ているのだ。決してこの歳の少年が宿せない量の魔力だ。


(もしも、この少年が〝神の宝玉〟を手に入れたのだとしたら……)


 〝神の宝玉〟はその身に宿すことで、神に等しい膨大な力を手に入れることができると資料に記載されていた。その力が宿っているのならば衰弱が遅れた理由として納得できる。だが今はそんなことより。


 ガルダは静かに声を掛けた。


「少年、アンタはずっとここにいたのかい?」

「……」


 少年は反応を一切示さない。ただ虚ろな瑠璃色の瞳でじっとしている。


 ガルダは少年の前に屈み、再び問い掛ける。


「アンタは神人族だね?」

「……」


 少年はまだ反応しない。


 ガルダはこの少年を放っておくことができなかった。心が壊れてしまう程の傷を負ったのであろうこの少年を。だから、言った。


「アタシと一緒においで」

「……」


 少年が反応することはなかったが、ガルダがその手を取って引くと立ち上がった。己の意思で動くことはないが、促せば動くことはできるらしい。それに少し安堵する。


 だがこの少年をこのままサダン王国に留まらせるわけにはいかない。一先(ひとま)ずガルダは他国へと向かうことに決めた。旅をしている間に、少年の心が戻ってくるかもしれないという僅かな可能性にも賭けて。


 資料を求めて回ったのとは反対の順で各国を渡った。少年の魔力量を他者に気づかれることがないように町を避けながら。


 そして最後にルシファルタ王国へやってきても少年の心が戻ってくることはなかった。


 少年は神人族だ。漏れ出る魔力量を含め、町で暮らすにはリスクがある。ガルダは少年を連れて山を登った。運よく古びた山小屋を見つけたので掃除をして住める状態にした。そうして、人とは一切関わらない、ガルダと心の壊れた少年だけの生活が始まった。






お読みいただきありがとうございます。

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