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ユリクスと〝神の宝玉〟

 ユリクスは樹林の中で凛と立ち、前を見据える。そして考えていた。己の内にある〝神の宝玉〟との向き合い方を。


 だが、一旦その思考を止めた。


「……ガルダか」

「相変わらず化け物じみた気配感知能力だねぇ。アタシがここに向かい始めた時点でわかってただろう」

「……あぁ」


 ユリクスはゆったりとした所作で背後にいるガルダへ振り返る。ガルダは腕を組んで立っていた。


 ユリクスはガルダを正視して問う。


「……ガルダ、俺はどうしたらいい。どうしたら宝玉と向き合える。先程から意識しているが、特に何も応えてこない」


 ユリクスからの問いにガルダは目を鋭く細める。ユリクスは悟った。恐らく己にとって容易くはない方法が教えられるだろうと。


 ガルダは重そうに口を開いた。


「過去を取り戻せ、ユリクス」

「……過去?」

「そうだ。アンタが無意識に封じ込めている過去だ」

「……封じ込めている? 記憶を失ったわけじゃないのか」

「あぁ。アンタが自衛のために封じているだけだ。正確には、宝玉を暴走させないためにな」

「……記憶を取り戻したら、暴走するのか」

「昔のアンタはそうだったが、今はわからない。だが、宝玉と向き合うならその方法が一番だろう」

「……そうか」


 ユリクスが納得したように頷くと、ガルダは魔法で地面に炎を生み出した。周囲の雪が解けて消えていき、反対に炎は大きく燃え盛る。


「ッ……は……」


 ガルダが生み出した攻撃的な炎にユリクスの息が詰まる。この感覚は久しぶりだ。


「目を逸らすな」


 ガルダの鋭い声音にユリクスは咄嗟に逸らそうとした目を炎に戻す。


 自然と思い出される過去の光景。心がそれ以上は思い出すなと警鐘を鳴らす。しかしここで目を背けるわけにはいかない。


 ユリクスはじっと、十年前の光景を連想させる炎を見つめ続けた。




 ◇◇◇




 十年前――。




 決して大きくはない家の中。けれど居間に広がる平穏な空気は大きく広がっていた。


 食卓を囲む父と母、そしてまだ幼い妹のシオン。その輪の中に十歳のユリクスもいて、皆朗らかに笑っていた。


 食事をしながら、いつものように和気藹々とたわいない話をするごく普通の一家団欒。その中で、いつも両親に言い聞かせられている言葉があった。


「いいかユリクス、シオン。龍の一族は強き一族だ。その中でも強い神核を授かったお前たちは誰よりも強く、そして正しく力を使わなければならない」


 ユリクスの父は厳格で他人にも己にも厳しい人だった。だが他者を思いやる心も忘れない、心も力も強い質実剛健(しつじつごうけん)な人。


「ユリクス、シオン。あなたたちは神様に愛されたのよ。だからこそ、大切なものを守れる人になりなさい」


 ユリクスの母は愛に溢れた人だった。優しく、あたたかく、他者を包み込む余裕と心を持った兼愛無私(けんあいむし)な人。


 そんな両親をユリクスは誇りに思い、愛していた。だからいつも決まって、笑って答えるのだ。


「うん! わかったよ父さん! 母さん!」


 元気に答えるユリクスの頭を母が優しく撫でる。華奢(きゃしゃ)であたたかい手がユリクスは大好きだった。


 シオンはいつも、話が難しくてよくわからないという顔をしている。そんなシオンが微笑ましくて、ユリクスはシオンの手を握って言う。


「シオンのことは俺が守るよ!」


 父母の言葉は難しくてわからなかったシオンもユリクスの言葉ははっきりとわかったようで、笑顔で頷く。


「うん! お兄ちゃん大好き!」


 素直なシオンを前に、ユリクスはこの子のことは自分が守るという使命感を抱いていた。シオンだけではない。自分が強い力を授かったというのならば、大切な父母のことも自分が守れるように強くなるのだと決心していた。だからこそユリクスは日頃から真面目に鍛錬に励んでいた。仕事の合間を縫って魔法を教えてくれる父の言葉を素直に聞き、母の手伝いとシオンの遊び相手をする以外の時間はずっと魔法の練習。努力の成果は日々芽吹いていき、ユリクスは大人にも追随するほどの力を有するようになった。


 十歳の子どもが持つには強大な力だが、正道を歩む父母のおかげでユリクスには私欲のために力を使う気持ちは一切なかった。


 ただ大切な人のために力を使いたい。強く正しくありたい。


 ユリクスもまた、正道を歩もうとしていた。


 だが、その運命を大きく捻じ曲げる事態が起こる。


 食事を終え、片付けをしていた四人の耳に悲鳴が聞こえてきた。外からだ。


「なにかしら今の……」


 不安そうな母の声。


 父が表情を険しくし、身なりを整えてから三人を(かえり)みた。


「魔獣が出たのかもしれない。様子を見てくるから、お前たちは暫く家にいなさい。ただ、もしも危険を感じたらすぐに逃げるんだ。いいな?」

「はい、あなた」


 母の返事に頷いた父がユリクスに歩み寄り、屈んで目線を合わせてきた。


「母さんとシオンを頼んだぞ」

「うん、任せて父さん」


 ユリクスにももちろん不安はあった。だが、それでも父のように強くありたくて、そして大切な二人を守りたくて、震える体を抑え込んで大きく頷いた。


 きっとユリクスの心情は父にも伝わっていただろう。父はユリクスを褒めるように頭に手を置いてから家を出ていった。


 父が出ていってから暫くの間居間で寄り添っていた三人。外から聞こえてくる悲鳴は徐々に大きくなっていった。


 いつまでも止まない悲鳴。それどころか増えていくそれに流石に異常を感じていたユリクス。母を仰ぎ見ると、母も険しい顔をしていた。


 母は(おもむろ)に窓に向かった。カーテンを少しだけ開けて、母は大きく目を見張る。


 母とカーテンの隙間から見えた外は赤に染まっていた。


 ユリクスは息を呑み、シオンを強く抱きしめる。


 母がユリクスとシオンの元に戻ってくると、屈んで自分たちの肩に手を置いた。


「逃げましょう」

「父さんは……?」

「お父さんはきっと大丈夫よ」


 まだ子どもであるユリクスは微笑んで言う母の言葉を信じるしかなかった。


 母に手を引かれるまま外に出ると、想像を絶する光景が広がっていた。至る所で燃え盛る炎。所々に広がる血だまり。点々と倒れている血を流した人々。見た事のない光景にユリクスの足が竦む。だが、横でシオンが泣き出してしまった。泣きだしたシオンに我に返ったユリクスはシオンの右手を左手で強く握った。


「大丈夫だよシオン。兄ちゃんがいるから」


 少し声音は震えた。それでもシオンを守りたい。その思いで体を奮い立たせた。


 シオンの左手を握る母がユリクスに頷いた。


「頼もしいわね。シオンと手を離さないでね」

「うん」


 シオンを真ん中に、三人は走り出した。多くの逃げ惑う人々に混ざって走っているため足が縺れそうになる。


(あれ、あの人……)


 途中で見知った人間族の男を見かけた。その男は逃げてはいなかった。それどころか、逃げていた龍の一族の男を刃物で切り裂いた。


「ッ!」


 信じられない光景にユリクスは言葉を失う。よく見れば同じような光景がそこかしこで起こっている。


 ユリクスは察した。この事態は魔獣が起こしたものではなく、人間族が引き起こしたものだと。


(どうして、どうして、どうして!?)


 ユリクスは激しい混乱と恐怖に見舞われた。同時に、シオンの手を握る力を緩めてしまった。


「わっ!」


 逃げ惑う人々の波にのまれ、シオンの手を離してしまう。


 転ばないようになんとか体勢は立て直したものの、母とシオンの姿が見当たらない。


「母さん! シオン!」


 走りながら叫んだ。しかしその声は多くの悲鳴に掻き消されてしまう。


 一人になってしまった不安で目に涙が滲む。


 人の波で足を止めることもできず、辺りを見回しながら必死に探す。しかし目に飛び込んでくるのは炎と血ばかり。視界は赤で埋め尽くされ、耳は数々の悲鳴と断末魔に支配される。


 不安と恐怖と地獄絵図のような光景に、ぎりぎりのところで保たれていたユリクスの心にひびが入る。


「なんで……どうして……!?」


 突然起こった惨劇に惑乱する。乱れた心のまま、目的地もわからずただ足を動かし続ける。


「母さん! シオン! どこにいるの! なんでこんなことに!」


 冷静な判断力を保てず、無我夢中で走り続けたユリクスは気づかない。いつのまにか人の波から抜けてしまっていたことに。町の外れまで来ていたことに。


「うあ……あああああああ!」


 ただこの地獄から逃れたくて、耳を塞いで目を閉じて、叫びながら足だけ動かす。


 不意に、片足を置いた地面が不自然に沈んだ。直後に浮遊感。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 咄嗟に目を開けて、何故か自分が落下していることに気がついた。そして全身に衝撃。地面に体が叩きつけられた。神人族の強靭な肉体のおかげで重傷は免れたが、まだ子どもであるユリクスには相当の痛みだった。


「つぅ……いたい……」


 なんとか体を起こして辺りを見回すと、そこは石壁に囲まれた空間だった。


「どこ……ここ……」


 正面以外に道はなく、本能に従うようにユリクスは前へ歩き始めた。薄暗い通路をユリクスはよろよろと進む。ただただ無心で。誘われるように。導かれるように。


 どれくらい歩いたか。気づけば広い空間へと出た。三方の石壁と天井に龍の彫刻がある。


 空間の中央に光が見えた。厳かな台座の上に、人の頭ほどの大きさの丸い何かが燦然と輝いている。ユリクスは導かれるようにその前まで歩いていき、力尽きたように地面に両膝をついた。見上げて、台座の上の何かを見つめていたユリクスの心に大きな激情が渦巻き始める。


「……どうして……こんなことに……」


 自然と零れた言葉。それに呼応するように丸い何かの放つ光が強くなった。




 ――〝憎いか、人の子〟




 頭の中に直接響いてきた重厚な声。その声に呼応して、ユリクスの中でこの惨劇を引き起こした人間族たちが脳裏を過る。


「……憎い」


 ユリクスは一言、答えた。そして流れる涙。それは悲しみ故か、悔しさ故か、それとも怒り故か。それはユリクス本人にもわからない。




 ――〝何を求める〟




 再び聞こえてきた声。


 己は何を求めるのか。ユリクスの心で多くの感情が渦を巻いてまとまらない。


 すると、脳裏で甦ったのは。




 ――誰よりも強く正しくありなさい。




 遠くで父の声が響く。




 ――大切なものを守れる人になりなさい。




 遠くで母の声が響く。




 己は強く正しくありたいのか? ……何のために? 一族は蹂躙されたのに?


 己は大切なもののために力を使いたいのか? ……手を離してしまったのに? 大切な人たちはどこにもいないのに?




 ――〝怒れ、人の子〟




 ……怒っているさ。この感情のままに全てを破壊したいくらいには。




 ――〝怒りに身を委ねろ〟




 ……委ねていいのか? 教えを破ってまで。


 脳裏を過る父と母の声は、ユリクスを思い止まらせる枷になることなく遠ざかっていく。反して、ユリクスの内では怒りが膨れ上がっていく。


 目の前の何かがユリクスに教えてくれる。


 己に教えを授けてくれた父はもういないのだと。


 己の心を静めてくれる母はもういないのだと。


 ユリクスの中で、(たが)が外れた。俯き、全身で魔力を放出させる。


「……憎い。憎い。憎い。……俺から全てを奪った奴らが憎い」


 ユリクスの声に呼応して目の前の球体が浮き上がり、ユリクスにゆっくりと近づいてくる。


「……ゆるさない。俺はゆるさない」


 怒りに身を委ねたユリクスの中に、球体がとけ込むように入っていった。


「……俺は……」


 ユリクスの心と、ユリクスの内に入った球体が交わり、重なった。


「『……裏切った人間を赦さない……!』」


 ユリクスの神核が輝き、力が与えられる。瑠璃色の双眸が琥珀へと変わった。


 目の前の壁が大きな音を立てて開かれる。赤い景色が見えた。ユリクスは立ち上がり、開かれた先に向かってゆっくりと歩いてゆく。


 外に放たれたユリクスは人間では持ち得ない魔力を放っていた。まさに、神の化身の如く。


 遺跡を出たユリクスの前に広がっているのは赤に染まった町。どうやら町の端に出口は続いていたらしい。そこでは丁度三人の人間族が一族の者から神核を奪い、愉悦に浸っているところだった。その光景を見たユリクスの怒りは更に高まる。


「『殺してやる……』」


 人間たちの元にユリクスは臆することなく近づいていく。人間たちが近づいてくるユリクスの存在に気がついた。


「お? なんだ、まだ生き残りがいたのか」

「すげぇ魔力だな。こりゃいい神核が取れそうだ」


 愉悦に浸っている人間たちは気づかない。目の前にいるそれが最早人間ではないことに。


 歩いてくる人間たちの横を一瞬で紫電が通り過ぎた。直後、体を傾けて倒れ伏す人間たち。体に大穴を開けて絶命していた。


 いつの間にか人間たちの背後に移動していたユリクスの腕は真っ赤に染まっている。紫電を纏った腕で人間たちの体を貫いたのだ。


 一気に三つの命を奪ったというのに、ユリクスとユリクスの内に宿った何かの怒りが収まることはない。


「『……どこだ……どこにいる人間共……』」


 ユリクスはゆっくりと歩を進めていく。前だけを見据え、気配を頼りに人間を探す。途中で神人族の死体を見つければより心火を燃え上がらせ、力を高めていく。


 人間の気配を辿って歩き続けると、反対側の町の外れへとやってきた。町中で燃え盛る炎から逃れた人間族たちが互いに成果(神核)を見せ合っている。人を殺したとは思えないほど恍惚とし、まるでお祭り騒ぎな様子の人間たちにユリクスは近づく。


 ユリクスから溢れ出る魔力は強大過ぎて誰にでも簡単に感知できる。人間族たちも例外ではなく、ユリクスの接近に気がついた。とはいえ、ユリクスの人間離れした魔力故に察知できたということには気づかない。


「神人族の子どもか」

「神人族は全員殺したはずだったんだがな」


 〝全員〟。その単語に、ユリクスの内で燃え盛る心火は最大限に高まった。殺意で視界が真っ赤に染まる。全身が目の前の人間たちを殺すためだけの兵器と化す。


「『あぁぁぁぁぁぁぁ!!!』」


 獣のような雄叫びを上げたユリクスは全身に紫電を迸らせ、人間たちに迫る。その迅雷をも超える速さにただの人間が反応できるはずがなく、千人近くもの人間たちの体が次々赤く染まっていく。


 一瞬で全員の命を刈り取ったユリクスだが、その怒りは収まらない。ただの肉塊になったものを感情のままに木っ端微塵にしていく。


 武器はない。故に手を真っ赤に染め上げながら肉を抉り、裂き、引き千切る。派手に血飛沫が飛び、血の臭いが充満していく。誰もが地獄だと錯覚する世界がそこに生まれて……。




 ……長い時間が経った。




 千人近くの体が粉々になったところで、(ようや)くユリクスの怒りは静まっていく。まるで辺りを燃やし尽くしたために燃料がなくなった炎のように。


 もう一族を滅ぼした人間はいない。


 周囲一帯が血と肉で埋め尽くされたその中心で、ユリクスは膝をついて天を仰ぐ。そして糸の切れたマリオネットのように動かなくなった。


 人間をやめ、復讐を果たした少年の内に残ったものは――〝無〟。それだけだった。




 ◇◇◇




「……はっ……はっ……」


 息が乱れ、痛いくらいに心臓が脈を打つ。


 ユリクスは胸を押さえて前かがみになり、必死に闘っていた。己の中で急速に溢れ出てきた〝怒り〟と。だが、怒りの奔流に自我が押し流されていき、視界が赤く染まっていく。


「ッ……う、ぁ……『憎い……』」


 次第にユリクスと〝神の宝玉〟の意思が重なり始める。人間への憎悪が、ユリクスの意識を掻き消そうとする。


 荒れ狂う憎悪の中、人間の気配に意識が向いていく。近くに佇むガルダへと。ユリクスの意思に関係なく体が動き、ガルダへ緩慢に顔を向ける。


「『……憎い……人間が……憎い……』ッ……!」


 ユリクスの口から抑えきれない憎悪が吐き出される。しかしユリクスは今にもガルダへ襲い掛かろうとする体を抑え込んだ。


 だが、抑え込もうと必死に抗っても、己の中で荒れ狂う憎悪が魔力へと変わり、己の心を支配しようと侵食が進んでいく。ユリクスの全身から可視化されるほどの魔力が漏れ出す。


 赤く染まっていた視界が黒く塗りつぶされていき、全身の感覚が希薄になる。そして……。




 ――ユリクスの意識は、呑まれた。






お読みいただきありがとうございます。

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