ライトの欲心、ティアの心願
今回は短めです。
ライトは一人、樹林の中で静かに目を閉じていた。
脳裏に浮かぶは過去の光景。
燃え盛る炎の中で倒れ伏した父母。呆然と泣く己の前には、残虐な光景を生み出した男二人。その内の片方に己の無力さを罵られても何も言い返せなかった。地獄の中で泣くことしかできなかった自分には言い返せるわけもない。
相手の気まぐれか、逃がしてもらえたことにも情けなさを感じた十年前。
しかし今はどうだ。十年経った今では、ただ泣いて這々の体で逃げることしかできなかった己ではない。今は戦う力がある。
……だが、まだ足りない。
ライトは魔力を高めて全身に炎を生み出す。その炎の色は青かった。全身に青い炎を生み出せるようになったことは大きな進歩だ。けれどライトは満足していない。
「こんなんじゃ全然足りない。もっと力が欲しい。もっと……もっと……」
ライトが力を求めるほどルビーの神核は光を放ち、魔力が高まっていく。
「力がないと兄貴に並べない。奴らを殺すこともできない。もっと力が欲しい……!」
炎に包まれたライトによって周囲の雪と氷が解けていく。まるでライト自身が炎の化身になったかのようだ。
その光景を、少し離れたところで見守る人物がいた。
「どうやら、アイツに助言は必要なさそうだな」
ガルダだ。ライトの姿を面白そうに眺めながら誰に言うともなく呟く。
「そうだ。アンタはそれでいい。もっと貪欲に力を求めろ。……っ」
そう呟いた直後、ガルダは気づいた。ライトの目が開かれこちらを向いている。
気配遮断は得意だが、まさか気づかれるとは。
暴食に喰らうように、貪欲に力を求めている炎虎の一族のなんと恐ろしいことか。
ガルダは好戦的に舌なめずりするとライトに歩み寄った。ライトは炎を消してガルダに真っ直ぐ向き合う。
「邪魔したかい?」
「問題ないっスよ。ただ、一つお願いがあるんスけど」
「できる範囲のことはしてやるよ」
ライトは一つ頷くと言った。
「このあたりで魔獣が溢れかえってる場所を教えてほしいんスけど」
「そりゃまた何故だい?」
「ボクが戦わなきゃいけない相手は二人いる。だから複数相手との戦闘に慣れておきたいんスよ」
「なるほどね」
ライトの物言いは静かだ。だが、ガルダに向ける瞳は飢えた獣のようにギラついている。今のライトの内には強くなりたいという欲しかない。それがありありとわかる様相だ。
(コイツは昔のユリクスに似てるな)
かつて、ただただ力を求めていたユリクスと同じ。成長の可能性を大いに秘めた原石。
それを目の前にしてガルダの高揚は収まらない。しかしそれは舌なめずりするにとどめて、ガルダは樹林の奥へと体を向けた。
「ついてきな」
「はいっス」
ガルダを先頭に二人は樹林の奥へと進む。稀に遭遇する魔獣は二人で適当にあしらって奥へ。神人族たちの集落からずっと離れたところで樹林を抜けた。樹林を抜けたとはいっても、目の前では少し低地になったところでまた樹林が広がっているだけだった。
「ここは?」
「同じ樹林に見えるだろうが、今アタシたちがいるところとこの低地の樹林じゃ手の入り方が全く違う。この先は誰も寄り付かない未開拓の樹林。人が踏み入れない故に魔獣も大量にいる」
「……」
「この先に進めば助けは来ない。それでも行くかい?」
ガルダがライトの表情を見ると、そこには一切怯えの色はなかった。ただじっと、瞳に炎を宿して好戦的に先を見据えている。どうやら迷いはないようだ。
「行ってくるっス」
「あぁ、行ってきな」
ライトは迷いのない足取りで一歩を踏み出す。急な坂を下って低地に入った。
ガルダを振り返ることなくライトは樹林の中を進む。入ってすぐにわかった。魔獣が溢れていることによって周囲一帯の空気が淀んでいることに。
それでもライトは歩みを止めない。真っ直ぐ歩き続けて、気づく。
「大量っていうのは嘘じゃないみたいっスねぇ……」
気配感知の能力はユリクスに遠く及ばない。それでもわかる。四方八方から己に刺さる殺意の籠った視線。数分歩いただけで魔獣たちに包囲された。ライトは二丁の拳銃を顕現させる。そして、仕掛けた。
ドバンッ! ドバンッ!
様子を窺っていた魔獣たちを挑発するようにまずは二体を確実に仕留める。
ガァァァァァアアア!!
それを合図に一斉に魔獣たちがライトに襲い掛かる。
ドバンッ! ドバンッ! ドバンッ! ドバンッ!
まずは正面と左。
魔獣を仕留めたことでできた道を全力で駆けて右と後ろから迫る魔獣を回避する。すぐに振り返り、残っている魔獣に銃を構える。
「ッ!」
発砲しようとしたところで背後から気配。首と上半身だけで振り返ると新たな魔獣が迫っていた。咄嗟に回避しようとするが不意を衝かれたために雪に足を取られて体勢が崩れる。
「くそっ!」
仕方なく銃を盾にして、迫ってきていた炎虎種の魔獣の爪を受け止める。その後すぐにバックステップで距離を取る。
そして、気づいた。
「……こりゃ、何体いるんスかね……」
先程二方向の魔獣を仕留めたというのに、もう全方位を魔獣で囲まれていた。
ライトは悟る。この数の魔獣を相手にするには、全ての魔獣の動きを察知する気配感知能力が必要だと。
容易なことではない。なにせそれは、己が尊敬してやまないユリクスに確実に近づかなければならないということなのだから。
だが、できなければあるのは死だ。
こんなところで死んではいられない。できないと諦めるわけにはいかない。何れ自分が相手にする二人は、魔獣とは比べ物にならないくらいの強者なのだから。
殺されていった同族たちの無念を晴らすため、そして、十年前ただ泣きじゃくることしかできなかった己を救うため、ライトは銃を握る。
「……ボクは、強くなるんだ……必ず……!」
多数の魔獣を前に怯まずただ力を欲するライトに呼応するように、胸元のルビーの神核が眩く光り輝いた。
◇◇◇
「私たち、ここで何をすればいいんだろうね、メラ」
「ガウ……」
ティアと元の大きさのメラは樹林の中でぽつんと立っていた。
指示を受けた通りの場所に来たものの、何をしろという指示はもらっていないため何もすることがなく手持ち無沙汰だった。恐らく仲間たちは修行に勤しんでいることだろう。では自分たちには何ができるか。それがわからない。
「回復魔法の特訓……は回復させる相手がいないとだし。神器の顕現……ってどうやるのかそもそもわからないし……」
「ガウウ」
「うーん、神器って、確か強い意志によって顕現されるんだよね」
ティアは両手を天に掲げた。
「神器よ顕現しろー!」
「……」
「……」
当然、何も起こることはなく。
ティアは両手を下ろして頬を膨らませた。
「そもそも強い意志って抽象的過ぎるよね」
「ガウ……」
「くくく……あはははは!」
突然笑い声が聞こえてきて、ティアとメラは弾かれたように声のする方向を見た。するとそこには腹を抱えて笑っているガルダがいた。
「ガルダさん?」
「随分可愛らしいことをしてるじゃないか。そんなんで神器が顕現するわけがないのに」
「だって、顕現させる方法がわからなくて……」
俯くティアに、ガルダは笑いを収めて言った。
「神器は顕現させようと思ってできるもんじゃない。アンタもわかってんだろう」
「それは……そうだけど……。でも、自分だけ戦わないまま……怠惰なままでいたくないから」
「戦えないからって怠惰とは言わないだろう。それに神器もそうだが、アンタにはもう一つ向き合わなきゃいけないことがあるんじゃないかい?」
「え?」
目をぱちくりさせるティアに、ガルダはやれやれとした表情を作る。
「神子の力はどうするんだい」
「あ」
「アンタね……そんな大事なことを忘れるなんて、抜けているにもほどがあるだろう……」
抜けていると言われ、ティアは照れ隠しに頬を膨らませながらそっぽを向いた。
「でも、それこそどうしたらいいのかわからないよ」
「一度神子の力を使っているじゃないか」
「あの時は夢中で、何がなんだかわからなくて……」
「なら、その時のことを振り返ってみることだね」
「ガルダさんは神子の力の引き出し方を知っているの?」
ガルダは鷹揚に頭を振る。
「詳しいことは知らないよ。だが不死鳥の一族ならではの力ってんなら、大体想像はつく。だから、アンタは力を発動した時の自分自身を振り返ってみることだ。アタシから言えるのはそれだけさね」
「風邪ひくんじゃないよ」とだけ言い残してガルダは歩き去っていった。
メラと二人残されたティアは自身の胸に手を当てて考える。
「あの時の……私は……」
あの時、シオンによってライトとレージェが殺されるかもしれないと思って無我夢中で叫んだ。その時己は何を考えたか。
「ライトとレージェとそれから兄さんに、死んでほしくなくて……死なないでって思って……それで……」
細い糸を手繰るように、少しずつ思い返していく。
「シオンに、やめてほしいって思った? ……ううん、違う。シオンのことは考えてなかった」
目を閉じて、あの時の気持ちを呼び起こす。
「三人に生きていてほしかった。それで……誰か助けてって……そうだ、助けを必死に求めてた……そうしたらメラが……」
ティアがメラを見遣る。
「メラが光ったってことは……メラが助けてくれたの?」
「ガウ?」
ティアに問い掛けられても、メラは困ったように首を傾げるだけだった。どうやらメラもよくわかっていないらしい。
それでもティアはメラに向き合った。
「メラ、少し私に付き合って」
「ガウ!」
真剣なティアにメラも応える。ティアはメラの首元に手を当てて目を閉じる。そして、祈った。
「お願い……私たちを助けて……私たちに力を……」
すると仄かだがティアの体が光始め、続いてメラも光だした。以前力を引き出した時には程遠いがそれでも確かに神子の力は発動していた。目を開けると、光に包まれた自身とメラの姿が映る。ティアは目を見張ってからメラに抱き着いた。
「成功だね、メラ」
「ガウウ!」
「まぁでも、これでどれくらい兄さんたちの神核の力を引き出せるのかはわからないけど」
それでも少しでも戦力として成長できたことは嬉しくて、ティアはメラの首元に抱き着いたまま頬ずりをする。暫くの間喜びを分かち合ったティアとメラは再び神子の力を引き出すべく祈りを始めた。
……それを、遠くから見守る人物がいた。
「おかしいねぇ」
ガルダだ。
気配感知の能力のないティアはもちろん、メラも気づかない距離から二人の様子を見守っていた。そんなガルダは顎に手を当てて考える仕草をしながら呟く。
「資料に書かれていることが正しければ、本来神子の力にメラは必要ないんだが……」
ガルダは一人と一匹を……正確にはメラを見る目を険しくする。
「そもそもメラは一体なんなんだろうねぇ……」
魔獣のようで魔獣とは違う存在。それが一体なんなのか。記憶した資料をどんなに呼び起こしても情報は何もない。
ただ、神子の力に関わっているということは、すなわちメラも神と何らかの関わりがある存在である可能性が高い。とはいえ結局なんなのかは全くわからないが。
ガルダは謎をそのままにしておく不快感を覚えながら踵を返して歩き出した。歩きながら気持ちを切り替えてにやりと口元を吊り上げる。
「さて、最後に一番厄介な奴のところに行くとするかね」
そうは言いつつも楽しそうな表情のまま、ガルダはその厄介な奴に事前に指定しておいた樹林の方角へ向かったのだった。
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