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イヴァンの過去、そして未来へ

 イヴァンは指定された樹林の中に向かって歩く。雪道にも大分慣れたとはいえ、未だに足を取られることがある。今も油断をすれば転んでしまうだろう。


「チッ、こんなことで梃子摺(てこず)っている場合ではないというのに!」


 思うように体を動かせないことに……いや、ユリクスのように上手くいかない自分自身にイヴァンは舌打ちする。


「俺は、強くならねばならんのだ……奴を……ネグルを殺すために……!」


 仲間たちと共に行動し、賑やかさという楽しみを知った今となってもこの怨恨が消えることはない。幼馴染を殺された恨みは奴を殺すまで晴れることはないのだ。


 漸く目的地に辿り着いたイヴァンは今でも鮮明に思い出せる幼馴染との思い出を、強い憎しみが生まれたあの日を、脳裏に甦らせた――。




 ◇◇◇




 十一年前――。




「勝負はそこまで! 優勝者はイヴァン!」


 審判役を務めていた男の大音声に、会場にいる人々は一斉に歓声を上げた。


 ここは円形闘技場。観客席が多くの人で埋め尽くされる中、鷲獅子の国ルシファルタ王国各地で毎年行われる大会が開催されていた。


 この大会は単純な魔法戦闘形式だ。殺生は厳罰、相手に膝をつかせた方の勝ち。参加者はもちろん魔法を使用できる鷲獅子の一族に限られる。


 二十歳以上の部と二十歳未満の部があり、二十歳未満の部において、十一歳であるイヴァンが二度目の優勝を飾った。去年に引き続きの二連覇である。


 拍手喝采に包まれながらイヴァンが闘技場を後にすることによって、大会は閉幕を迎えた。


 闘技場を出たイヴァンに、一人の少女が走り寄ってくる。


「すごいよイヴァン! 年上の人たちを差し置いてまた優勝だね!」

「差し置くとはなんだ。もう少しマシな言い方をしろサキ」


 サキ・グリファス。イヴァンの幼馴染で同い年の少女だ。


 イヴァンはサキの言い様に腕を組んで溜め息をつきつつ、少し離れたところから聞こえてくる声を拾った。


「二回も優勝したからってほんと偉そうだよなアイツ」

「どうせなんかズルしたんだろ」

「じゃなきゃ年上相手に勝てるわけねぇよな」


 イヴァンよりも年上の少年たちがイヴァンを見て話している。確か大会の参加者だ。本人に聞こえるように話しているあたり実に卑しい。


 よくある光景なのでイヴァンは特に気にしていなかったのだが、サキがその少年たちを指さして口を開いた。


「イヴァンのことよく知りもしないでそんなこと言わないでよね! 悔しかったら血反吐吐く努力して来年の大会でイヴァンに勝ってみせなさいよ!」


 大声で反発するものだから周囲の人々の視線が集まる。


 今回非があるのは少年たちの方なので、まずいと思った少年たちはそそくさと退散していった。


 少年たちを見送ったサキは両腰に手を当てて嘆息した。


「どいつもこいつも好き勝手言っちゃってさ。やんなっちゃう」

「別に俺は気にしていない」

「私が気にするの! だってイヴァンすっごく努力してるのにさ!」


 確かに、全く努力をしていないとは思わない。できる限りのことはしていると思っている。だからこそこの歳で優勝できたのだと。だが、その努力を万人に見せびらかそうとは思っていなかった。そんなことは……。


「……サキが知っていれば、それでいい」

「え? 今なんて?」

「いや、なんでもない」


 ぽつりと呟いた言葉に反応したサキに、イヴァンは小さく笑みを作った。サキの手を取って歩き出す。


「いつものところに行くぞ」

「うん!」


 二人は仲良く手を繋いで歩き出す。幼い頃から兄妹のように、あるいは姉弟のように育ってきた二人にはこの距離が心地よかった。


 優勝を祝ってくれる人々から声を掛けられながら歩いて、辿り着いたのは二人の秘密基地。そこは小さな空地で、町道から外れた場所にあり且つ入口にバリケードを作っているため人が入ってくることはまずない。昔からの二人の遊び場だった。とはいえ数年前からイヴァンの修行場にもなっているため、空地というより荒地と化している。大人が見たらあまりの荒れようにさぞ驚くことだろう。だがそれだけイヴァンが特訓に励んでいるということである。


「あーあ、イヴァンを妬んでる連中にここを見せてやりたい。こんなに努力してるんだぞーって」

「見せびらかすつもりはない」

「謙虚だなぁ。でもなんで態度は偉そうなんだろうねイヴァンは」

「む」


 偉そうと言われて顰め面になるイヴァン。


「別に偉そうじゃない」

「えー」


 くすくすと笑われて余計に顰め面になるイヴァン。


「でも、それだけ自信があるってことなんだろうね」

「ふんっ、魔法なら大人にも負けん」

「ふふっ、謙虚なのかそうじゃないのかわからないなぁ」


 からかい混じりの言葉に何か言い返そうかと思ったが、楽しそうなサキにイヴァンは何も言えなくなる。そうして、穏やかな気持ちのままいつものように特訓を始めた。その特訓の様子を傍らで静かに見守るサキ。これが二人の日常だった。


 それから数日後。


 イヴァンとサキが並んで町を歩いている時だった。


「いいから早く財布出せよ」

「痛い目に遭いたくないだろ?」

「……やめてくだ……さい」


 大男二人が誰かを恐喝しているようだった。壁に追い込まれて脅されている人物の姿は小さくてよく見えないが、聞こえてくる声音から少年であることはわかった。


 イヴァンとサキが近づいていく。


「おい貴様ら、そこで何をしている」

「恐喝なんてだめだよ!」

「あぁ? なんだてめぇら……ッ!」

「お前は……!」


 男二人が邪魔者を威圧しようと振り返るが、イヴァンの姿を見た瞬間瞠目した。


「お前はまさか大会で優勝した……!?」

「イヴァン・グリファスか……!」

「そう――」

「そうだよ! だから痛い目みる前に逃げた方がいいよ!」

「……」


 サキにセリフを取られたイヴァンが渋面になっている間に、男たちが「やべぇ!」「逃げるぞ!」と走り去っていった。


「……おいサキ、俺のセリフを――」

「今はそんなことより! 大丈夫ですか!?」


 イヴァンの言葉を再び遮り、恐喝されていた少年にサキが声を掛ける。すると、立て続けにサキが「あ!」と声を上げた。


「ネグル君!?」

「サキ……さん」


 猫背気味の少年、ネグルとサキは顔見知りのようだった。


「サキ、知り合いか?」

「知り合いって……寧ろイヴァンはどうして同い年のご近所さんを知らないのかな」


 呆れたように溜め息をついたサキ。すると、ネグルが顔を逸らしておどおどした声音で言葉を紡いだ。


「いいよ。イヴァンみたいな強い人は僕のことなんて眼中にないんだ……から」

「む、そういうわけでは……」

「ごめんねネグル君。イヴァンも悪気があるわけじゃないんだよ。ちょっと頭悪いだけで」

「おいサキ」


 サキとイヴァンのやり取りに笑うことなく、ネグルは俯いて呟く。


「どうせ僕は一族の落ちこぼれ……だよ。そんな僕のことなんて、誰も気にし……ない」


 その言葉を聞いて、イヴァンは眉をひそめた。


「一族の者か。随分卑屈だな。鷲獅子の一族の者なら高潔であるべきだ。自身の無力を嘆く暇があったら己を鍛えるべきだろう」

「ちょっとイヴァン!」

「……無力?」


 サキがイヴァンを制止した直後、どこか仄暗さを孕んだ声音がネグルから発せられた。俯いているネグルの表情は長い前髪に隠されていて窺い知れない。だが、纏う空気が重く暗いものに変わったような気がした。


 ネグルが暗い声音のまま続けた。


「僕は無力じゃ……ない。僕の異質な力を周りが認めない……だけ」


 同い年の少年にしては尋常でない様子を訝しがりながら、イヴァンは腕を組んで言った。


「そう思うなら卑屈になる必要はないだろう。貴様は貴様の力を周囲に見せつけてやればいいだけだ」

「本当に、随分上から目線……だね。助けてくれたことは感謝するけど、もう行……くよ」


 猫背のまま歩き出し、ネグルは去っていった。


 イヴァンがネグルからサキに視線を転じる。


「俺はそんなに上から目線だったか?」

「んー、まぁ高圧的ではあるよね」

「……」


 そうは言われても、自分の何がいけないのかイヴァンにはよくわからない。そんなイヴァンの様子を見たサキがくすりと笑った。


「でも、私はそれでもいいと思うよ?」

「そうか?」

「だって案外思いやりはあるし」

「……このままでいいのか?」


 サキが後ろで手を組んでにこりと笑って言った。


「だってそれがイヴァンでしょ!」


 サキの言葉にイヴァンは目を見張る。ありのままの自分を認められて嬉しくないわけがなかった。イヴァンはふっと笑う。


「俺は高潔な鷲獅子の一族だ。俺は俺自身を貫く」

「その意気だ! でもほどほどにね!」

「……ほどほどってどれくらいだ?」

「ほどほどはほどほどだよ」


 ほどほど加減について至極真面目に考え、それをサキに笑われながら、イヴァンはサキと共にいつもの秘密基地に向かった。


 それから約一年が経った。イヴァンたちは十二歳になる。


 次の大会に向けて特訓の量を増やしていたイヴァンは朝早くから秘密基地に向かっていた。簡単なバリケードを突破し、秘密基地の中へ。すると、そこには先客がいた。


「あ、イヴァンおはよう」

「サキ……それからネグルか?」

「お邪魔して……るよ」


 二人だけの秘密基地に他者がいることで明確な不快感を覚えたイヴァンは、事情を問いただすようにサキを見遣る。


 すると、サキは両手を合わせて言った。


「ごめんイヴァン、ネグル君にこの場所ばれちゃった」

「ばれただと?」

「うん。でもネグル君とは最近よく遊んでるし、良い人だから大丈夫だと思ってそのまま入ってもらっちゃった」

「遊んでる……?」


 サキがネグルと遊んでいるのは初耳だった。ネグルに視線を転じると、こちらを見ているものの、長い前髪から覗く表情からは何も感じ取ることができない。イヴァンはそれを少し不気味に思った。


 不意に、ネグルがサキに視線を転じた。


「サキ、今日はこれから予定があるって言ってなかっ……た?」

「あっ、そうだった! じゃあ私は先に帰るね! またね!」


 元気に手を振って秘密基地を出ていくサキを見送る。この場にはイヴァンとネグルの二人が残った。明るいサキがいなくなったことで空気が重くなったように感じられる。


 ……いや、実際に重くなったのだろう。イヴァンは忘れていなかった。一年前、チンピラから助けた後に感じたネグルのあの仄暗い声音を。纏われた重い空気を。


 故に、サキに近づいたことに何か裏があるような気がしてならない。


 イヴァンはネグルと向き合い、問い詰めた。


「ネグル、何故サキに近づいた?」

「近づいた? 近所の友人として一緒に遊んでいるだけじゃな……いか」

「本当にそれだけか?」

「なに? 嫉妬でもして……るの?」

「そういうわけでは……」

「なら変な言いがかりはやめ……てよ。気分が悪……いよ」

「……」


 確かに裏があるという根拠はないし、全ては自分が感じ取った違和感でしかない。気のせいと言われてしまえばそれまでだ。


 それ以上何も言えずに黙り込むと、ネグルの口元が三日月型に歪んだ。


「君、本当に自分中心……だね」

「なに?」

「自分にとって都合の悪いものは許せ……ない。そう……でしょ?」

「そんなことは……」

「ならどうして僕がサキに近づくのが嫌……なの?」

「……」

「それに、どうして君は力を求め……るの? 空地をこんなに荒らして……まで」

「それは、高潔な鷲獅子の一族として当然だからだ」

「なら、弱い者は否定され……るの?」

「そんなことはない」

「自分で矛盾したことを言っているのに気づかな……いの?」

「……」


 鷲獅子の一族は誇り高く、強くあるべき。そう思って疑っていなかった。だが、ネグルの言葉にイヴァンの中で迷いが生まれる。


(俺は己の強さしか考えていなかったが……俺の考え方は弱き者を否定することになるのか……?)


 考え、迷うイヴァンにネグルは近づく。


「君はそうやって無自覚に人を見下すような人間なん……だよ。チンピラたちを追い払った時、気持ちよかったんじゃな……いの? 大会で優勝を目指すのは、自分の力を見せつけるためじゃな……いの?」


 人を見下している。それに関しては納得できなかった。己はそんな醜悪な人間ではない。己は、ただ。


 イヴァンはネグルを正視した。その瞳を受けてネグルが長い前髪の奥で目を見張る。


「俺はただ、己に流れる一族の血を、己の力を誇りに思っているだけだ。力のある者として、成すべきことを成しているだけ。決して快楽のためにこの力を振るっているわけではない」


 イヴァンの言葉を聞き、ネグルは顔を歪めた。


「そうやって自分の力を誇示することが、自分の欲を満たす行為だってなんで気づかない……かな。それで周りが救われるとでも思ってい……るの?」

「人間族を守る神人族として、力を得て、それを振るうことは当然だと思うが」


 ネグルは大袈裟に溜め息をつき、秘密基地の出口に向かって歩き出す。


「君には何を言っても無駄みた……いだ。君みたいなのがいるから、この国は傲慢な奴が多いん……だよ」

「傲慢? 俺はただ神人族としての誇りは大切だと言っているだけだ」


 イヴァンはネグルの背中にそう言い放つが、ネグルは足を止めることなく秘密基地を出ていった。


「……傲慢、か」


 己の血と力を誇ることを悪いことだとは思わない。人々を守るべき一族の者として貪欲に力を得ようとすることも。……だが、ネグルの言葉の数々によって、イヴァンの心は間違いなく揺さぶられた。


 ……それから数日後。とうとうこの日はやってきた。


 この日は丁度大会が開催される日だった。神人族たちが闘技場に集まったところで、観客席にいた人間族たちが押し寄せて神人族を包囲し、殺戮を始めたのだ。


 イヴァンは何が起こっているのか頭が理解する前に、サキの安否を気に掛けた。そのおかげで体は動く。人々の包囲を突破し、サキの家へ。しかしサキは家にいなかった。ならばいるであろう場所は一つだ。


 いつもの秘密基地に向かって、身体強化だけでなく風魔法も使って疾風の如き速さで駆ける。バリケードを突破し、中へ。


「サキ!」


 名を呼びながら入ると、目に映ったのは――。


「あぁ、遅かっ……たね」

「サ、キ……?」


 ネグルの足元で、体中を切り裂かれて倒れ伏すサキの姿だった。


 イヴァンは呆然と立ち尽くしていたが、すぐにネグルへの憎悪によって意識を引き戻す。


「ネグル、貴様サキを何故!?」

「さて、どうしてだろ……うね」

「ふざけるなぁっ!!」


 イヴァンはネグルに向かって風の刃を放った。だがそれは突如ネグルの手に出現した盾によって防がれる。


「なっ、神器か!?」

「そう……だよ。物は使い様なのに、みんな僕の神器が盾だと知ると〝臆病者〟、〝役立たず〟と罵っ……た。だから僕は偉そうな一族の人間が、大嫌……いさ!」


 ネグルが身体強化と風魔法を体に付与して接近してくる。予想以上の速さと動揺によってイヴァンは反応することができなかった。盾で思いきり殴り飛ばされる。


「ぐぅっ!」


 なんとか受け身を取ったイヴァン。膝をついた状態のイヴァンをネグルが見下ろす。


「はは、大会だったら勝負あり……だね。どう? 自分の弱さを実感する気分……は」

「弱さ……だと……」

「そう。大切な人を守れず、その敵討ちすら満足にでき……ない」

「っ……」

「君はただ自分の力を自慢していただけの、弱い奴なん……だよ」

「違うッ!!」


 イヴァンはネグルに向かって風魔法を放とうと構えた。しかし突如自身の身に起こる倦怠感。上手く魔力を練ることができない。


「なぜ……」

「あれ? 自慢の魔法すら使えなくなっちゃっ……たの? ほんと、弱いなぁ」


 ネグルが口元を三日月型に歪めて、魔法を放つ。刃として放たれた風は無防備なイヴァンを簡単に切り裂き、深い傷を負わせるだろう。


 イヴァンは真っ白になった頭でただ魔法が接近する様を見ていた。


 だが。


 ズシャン!!


 人体が切り裂かれ、血が迸る音がした。しかしイヴァンに痛みはない。目の前に、見慣れた背中が現れたのだ。自分よりも小さな、サキの後ろ姿。


「サキッ!!」


 後ろに倒れてくるサキの体を抱きとめる。


 サキの右肩から左腰にかけて深く刻まれた切り傷。止まらない血。サキの口から洩れるか細い息。明らかに致命傷。


「サキ! サキッ!」

「あーあ」


 サキに呼び掛けることで必死だったイヴァンの耳がネグルの声を拾う。


 咄嗟にネグルを見ると、にやにやとこちらを見下ろしていた。


「まさかまだ動けるとは思ってなかったけど、結局君が弱いせいで大事な幼馴染、死んじゃ……うね」

「俺が……弱いせいで……」

「ふふ、君のことも殺そうかと思ったけど、君が守るべきと思ってた人間族たちに殺させるのも面白そう……だね。ちょっと人間族たちを呼んでこよう……かな」


 楽しげにそう言い残して、ネグルは秘密基地を出ていった。


「に……げて、イヴァン……」

「っ、サキ!」


 呼吸をするのも苦しそうなサキ。もう長くはもたないことはすぐにわかった。


 イヴァンはサキの手を強く握る。


「すまない……俺が、弱いせいで……!」

「よわい……?」


 サキが柔らかく笑った。その表情にイヴァンは目を見張る。


「らしく……ないね……。自信満々なイヴァンは……どこ、行っちゃったのさ……」

「だが、俺はサキを守れなかった……」

「今回のことは、仕方ない、よ……ネグル君に、この場所教え、ちゃったの……私だし……」

「だが!!」

「ねぇ……イヴァン……」


 サキの口調で、サキが何か大切なことを言おうとしていることを察した。イヴァンは耳を傾ける。


「私、ね……自信に満ち溢れてて……誇りをちゃんと持ってるイヴァンのこと……好き、だよ……。それが、イヴァンの、強さ……なんだよ……。だから、弱いなんて……言わない、で……」

「……だが、それが人を傷つけることもあると、俺は気づいてしまった……」

「でも、救われる人も……いるよ……。何より、イヴァンには……イヴァンらしくいて、ほしいよ……」

「……俺は、このままでいいのか……?」


 最後の力を振り絞り、サキがいつものような元気な笑みを作って、言った。


「だってそれが、イヴァン……でしょ……!」


 その言葉を最後に、サキを目を閉じた。もう呼吸の音も聞こえない。


「サキ……? サキ! サキっ!」


 サキが死んだことはすぐにわかってしまった。認めたくない。だが、溢れ出して止まらない憎悪で現実を認めざるを得ない。


 赦せない。サキを殺したネグルが。何よりも、大切な人を守れなかった弱い自分が……!


 聞こえてくるたくさんの足音。ネグルが差し向けた人間族たちだろう。


 秘密基地に入ってきた人間族たちがイヴァンを見て何か言っているのが聞こえるが、会話の内容は入ってこない。イヴァンの中にあるのは、ただただ強い憎悪。ネグルが憎い。そして、人間族たちが憎い。


「……俺は、真に強くなってみせる……奴を、殺すために……サキが言ってくれた、俺の強さを証明するために……ッ!!」


 イヴァンの意志に、神核が応えた。周囲に十のチャクラムが舞う。


「……手始めに貴様らだ。貴様らを血の海に沈めてくれる……!」


 それからどれだけの人間を殺したのか。気づいた時には、全てが終わっていた――。




 ◇◇◇




「俺は強くならなければならんのだ。だから、その方法を早く教えろ」

「おや、憎しみに囚われていても、アタシの接近には気づいたのかい」

「当然だ」


 振り返らずとも、ガルダがそこにいることにはすぐに気がついた。


 気に食わない。何も言わず、ただ己を見ていただけのガルダが。


 ガルダに向き合い睨め付ける。


「先程も言った通り、俺は強くならなければならん。その方法を教えろ。何もする気がないならすぐにこの場から消えろ」

「随分殺気立ってるねぇ。まぁ、多少助言はしてやるが……その前に教えな。何故そこまで力が欲しい?」


 イヴァンは拳を握りしめて答えた。


「俺は、俺の大切な幼馴染を殺した奴を殺す。だから弱いままではいられん!」

「なるほどねぇ」


 ガルダは腰に手を当ててイヴァンを正視した。射竦めるような視線にイヴァンは身構える。


「つまりアンタは、今の自分は弱いと思っているわけだ。自信がないってな」

「そんなことは――」

「あるさ。今の自分に自信がない。アンタの様子を見るに、アンタは目的を達成するまで自分を弱いと思い続けるだろう。良く言えば向上心があるってことだが……アンタの場合、それはただの足枷にしかならない」

「足枷……」

「ユリクスから聞いたが、六人の中で一番強いのはアンタなんだろう? なら、上ばかり見ていないで自分自身も見てやんな」

「自分……自身……」


 自分は大切なものを守れなかった。ずっと、弱い自分を責め続けてきた。自分は……まだ……。


 ――いや、まて。


 本当に自分は弱いだけなのか? 自分に強みはないのか? いや、ある。それを示してくれていた人がいたのだから。




 ――私、ね……自信に満ち溢れてて……誇りをちゃんと持ってるイヴァンのこと……好き、だよ……。それが、イヴァンの、強さ……なんだよ……。




 自信と誇り。〝決別の日〟の前、確かに自分の中にあったもの。それが、自分らしさ。己の強さ。


「なんだ、わかってたのか」


 イヴァンの表情から悟ったのか、ガルダがにやりと笑う。


「俺は、俺らしく、高潔な鷲獅子の一族として生きればいいと……そういうことか……?」

「さぁね。その答えは自分で見つけな。それから、復讐という目的を果たした後のこともね」

「復讐の、後……」


 ネグルを殺した後どうするのか、何も決めていなかったことに気づく。


 少し、怖いと思った。今の自分はネグルへの怨恨を糧に生きていると言っても過言ではない。それがなくなった時、自分はどうなるのか。


 ふと、仲間たちの顔が過った。


 何故、今過る……?


 〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟たちとの戦いが終わった後、自分は彼らと共に生きたいと思っているのだろうか。わからない。ただ少なくとも言えることは、戦いが終わった後、誰一人として欠けずに笑い合いたいこと。またあの賑やかな連中を見ていたいこと。


 これは、理想の未来だ。大切な人を失った自分が、今度こそ誰一人失わずにいる未来。


 そんな未来が、掴み取れたら……いや、掴み取ってみせる。鷲獅子の一族の名に懸けて。そして自分には、それができるだけの力があるはずだ……!


 イヴァンはサキが思い出させてくれた己の強さである〝自信〟を魔力に変えた。


 辺りを膨大な魔力が立ち込める。


「サキ、お前が認めてくれた俺自身を、俺は貫く」


 ――俺は高潔な鷲獅子の一族! 俺はサキが信じてくれた俺自身の力を信じる……!


「今度こそ、俺自身の力で奴に勝ってみせる……!」


 イヴァンの己の力を信じるその自信に、エメラルドの神核は光を灯した。






お読みいただきありがとうございます。

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