回復魔法
テントのすぐ近く、橋に乗ってすぐの欄干にユリクスは寄りかかって立っていた。よく晴れた空の下で、湖の中を覗き込む。映っているのは己の顔だ。湖に映る自身の顔は五日前ほど暗くはない。しっかり前を見据えている顔だ。無表情ではあるが。
テントの方で影が動いた。
「いやー、前の湖畔ほどじゃないっスけど、ここも案外居心地よかったっスねぇ」
ライトを筆頭に続々と仲間たちがテントから出てくる。朝食を終え各々支度をしていたが、どうやらそれが終わったようだ。
ユリクスたちの傷はティアの涙のおかげですっかり完治した。昨日一日体の様子を見て、湖畔に辿り着いてから五日経った今日が出発の日だ。
ユリクスが魔道袋にテントをしまう。周囲を見渡すが、しまい忘れた物はなさそうだ。
全員でシーガラスの方角を見る。
「……行くぞ」
ユリクスの号令に皆頷き、森の中を歩きだした。歩き出してすぐ、ライトがリアナに問い掛ける。
「リアナの姐さん、シーガラスに着くまではあとどのくらいかかるんスかね?」
「そうね……正規ルートを通ってるわけじゃないから正確にはわからないけど、歩いて行ったらあと十日くらいかしら」
「あと十日で無事に着けるといいね」
「ティアの姉御、怖いこと言わないでくださいっス……」
そんな話をしていると、正面から気配。
グルルルル……
威嚇しながら炎虎種の魔獣が現れた。ユリクスが斬り伏せようと一歩踏み出すが、待ったを掛けられる。
「兄貴、倒さないで少しだけ時間を稼いでほしいんスけど、いいっスか?」
「……わかった」
ユリクスが黒刀を顕現する。同時に魔獣が飛びかかってきた。
ユリクスは黒刀を魔獣の正面に持っていき噛ませる。魔獣が黒刀ごとユリクスを振り回そうとするが、身体強化を施したユリクスはその場から動かない。膠着状態が暫く続くと、痺れを切らしたようで魔獣が口内で炎を発生させる。ユリクスは目を細めると次の攻撃に移ろうとするが、背後から魔法の気配がした。
ドバンッ!
グルァンッ!
発砲音の後、ユリクスの背後から青い炎の弾丸が迫り、魔獣の体を貫いた。魔獣が口を開いて黒刀を離し、よろける。
ドバンッ!
再び発砲音。今度は赤い炎の弾丸が放たれ、魔獣の頭部を撃ち抜き絶命させた。
「兄貴、ありがとうっス」
「……あぁ」
ユリクスの背後ではライトが銃を一丁顕現させていた。先程の二色の炎の弾丸はもちろんライトが放ったものだ。ライトが眉間に皺を寄せて銃を見つめる。
「やっぱり青い炎を撃つには時間がかかるっス……」
「でも魔法として放てるようになったことを考えれば大分成長しましたよね」
「うーん、まぁ、そうなんスけど……」
湖畔にいた五日間、療養しながら特訓は続けていた。その間、ライトの成長が著しく青い炎を弾丸として放てるところまで成長した。とはいえまだ使いこなせていると言うには程遠いが。
青い炎を数秒しか保持できていなかったライトが何故急速に成長したのか、理由はわからないが喜ばしいことに変わりはない。
「焦ったって仕方ねぇよ。今は成長を喜ぼうぜ!」
「……そうっスね。今は喜ぶことにするっス」
そう言って銃の顕現を解いたライトの頭をリューズが豪快に撫でる。
一行は再び歩き出す。魔獣をユリクスが黒刀で斬り伏せながら一時間ほど歩いて、森を抜けた。森を抜けた先は大道。ユリクス以外は溜め息をついた。
「これはあれか? 真っ直ぐ向かうためには大道を通れということか?」
「そうなりますねぇ」
「人には遭遇するだろうな!」
「回り道する?」
「正確な道もわからないし、面倒よねぇ」
「……そもそも大道を避ける必要があるのか?」
「え、どういうことっスか?」
なるべく人目に付かないように森や荒野を歩いていたのだが、ユリクスは今更そのことに疑問を呈した。なんだか嫌な予感がしている仲間たちを尻目に、ユリクスは魔道袋に手を掛けた。
「……馬車で向かえばいいだろう」
「めちゃくちゃ目立つっスよ?」
「……害する者は斬り伏せる。それだけだ」
「「「あー」」」
即ち、敵対する者は片っ端から始末すればいいと。ユリクスの大胆かつシンプルな考えに仲間たちは遠い目になる。まぁだが、反対する理由もなかった。
ユリクスが馬車を取り出したので、そこにメラを繋ぐ。いつもとは違い、ライトとユリクスを御者台に、他の者は荷台に乗り込んで出発する。
何故ユリクスが御者台にいるのか。その理由は一つだけだ。
一台の馬車が前から現れたと思うと停車した。中から冒険者たちがぞろぞろ出てくる。
「変な生き物が引く馬車。龍王の馬車だな」
「懸賞金は俺たちがもらうぜ」
「いくら〝ギルド総長の懐刀〟だろうと二十人相手にするのはきついだろ」
目の前に立ち塞がる冒険者たちを前にして、ユリクスは。
「……邪魔だ」
腕を組んだまま不機嫌そうに一言。馬車の横に《雷槍》を冒険者の数だけ展開し、発射。その辺の虫を払うように躊躇いなどなく、一斉に貫かれ吹き飛ばされた冒険者たちは体に風穴を開けられて地に転がった。大地が赤く染まるが、運良くまだ息がある者も数人いるらしい。だが容赦はしない。
「……メラ、轢け」
「ガウ!」
進行方向に冒険者たちが転がっているのも構わず、ユリクスの指示でメラは馬車を止めることなく進める。馬車が大きく揺れ、何かが潰れる生々しい音と冒険者たちを乗せてきた御者の悲鳴が響くが構わず進んでいった。
二十人の冒険者が立ち塞がっても、一瞬でもユリクスたちの馬車を止められなかった。何事もなかったかのように馬車が進んでいく。
「えげつねぇっス……」
隣でライトが顔を引きつらせているが、ユリクスは知らん顔で腕と足を組んだまま座っている。
「ちょっと、馬車揺れ過ぎよぉ」
「寝てたら頭打った」
「大丈夫ですかティアさん」
「危ねぇ、火のついた煙草落とすところだったぜ」
「馬車は後で誰が掃除するんだ?」
荷台で寛いでいる連中も何があったのかわかっていてこの反応。指名手配犯が板についてきているようにライトは感じるのであった。
時々遭遇する馬車は、懸賞金目当てで向かってくるものと急いで逃げていくものが半々といったところであった。逃げていくものは放っておき、向かってくるものはユリクスの魔法と馬車で轢く。血肉で赤く染まり、暴走馬車として恥じない姿を見せつけながら順調に進んでいった。
歩けば十日の距離を、メラがスピードを上げて馬車を引いてくれたおかげで、僅か二日でシーガラス付近に辿り着く。
シーガラスの町外れにある森の手前で馬車を降り、想像したくない方法で赤く染まった馬車をライトが泣く泣く掃除している。ちなみに初日からライトが掃除担当だ。こびりついた血肉が嫌、というよりは大事にしている馬車が汚れるのが悲しいらしい。ライトも大概である。
馬車はライトに任せて、ユリクスたちは町に入るための関所を遠目に話し出す。
「さて、シーガラスでももちろんあたしたちのことは広まってるでしょうから入れないわね」
「……町に入る必要はあるのか?」
「……奴隷解放軍のみんなに会えれば問題ないし、入る必要はないわね」
あっさり町に入るのは諦めたユリクスたちである。
ライトが掃除を終えてから馬車を魔道袋にしまい、町外れの森を歩き始めたユリクスたち。リアナが目を細めて景色を見つめた。
「懐かしいわね……みんな元気にしてるかしら……」
「奴隷解放軍のみんなは強いから、きっと元気にしてるよ」
「ガウッ!」
「復興もすごいスピードで進めてそうっス!」
「そうね」
「……」
ティア、ライト、リアナが穏やかに話す中、ユリクスが急に足を止めた。前方に鋭い視線を送っている。
「どうしたのよユリィ」
「……前方から人と魔獣の気配がする。人が追われているな」
「ちょっとそれ早く言いなさいよっ」
ユリクスの言葉を聞いて、リアナを先頭に走り出す。すると、すぐに魔獣に追われている人間に遭遇した。
「あ! 姐さん! お久しぶりです! ユリクスさんたちも!」
「挨拶してる場合かっ! サギリあんた早くこっちに来なさい!」
逃げている人間は奴隷解放軍のサギリだった。すぐ後ろに蠍種の魔獣を引き連れながらにこやかに挨拶してくる。何があったと言いたくなるほど肝が据わったようだ。
リアナはツッコミを入れながら神器を顕現。毒針を向けてくる魔獣に向かって大鎌を振り、魔獣を両断した。
リアナは神器の顕現を解くと、息を切らしているサギリと向かい合う。仁王立ちになり、笑顔のまま怒気を放っている。
「サギリあんた、何危険なことしてんのよ。魔獣の避け方、戦い方は教えてあったわよね?」
「い、いやぁ、姐さんたちがシーガラスに来たかもしれないっていう情報を入手したら居ても立っても居られなくなっちゃってつい……あはは……」
「『あはは』じゃないわよっ! あたしたちがいなかったらどうなってたかわかってんの!?」
「すんませんっ」
リアナの一喝にサギリは華麗な土下座を決めた。暫く離れていてもリアナの姐さんという立場は揺るがないらしい。
このままじゃ話が進まないと判断したユリクスは一つ溜め息をつくと腕を組んで言った。
「……それで、何故俺たちを探しに来た?」
「それはもちろん、我ら奴隷解放軍、皆さんの力になれたらと思って!」
土下座の姿勢から立ち上がり、サギリが胸を張って言った。
「皆さんが指名手配されたことは知っています。でもそんなの俺たちには関係ありません。できる限りの手助けはします」
「ありがとう、サギリ」
「いえ! 仲間として当然のことです! では、拠点に行きましょうか」
サギリを先頭に奴隷解放軍の拠点へと向かう。どうやら場所を変えたようで、辿り着いた場所は以前とは異なっていた。恐らく、以前解放者に拠点をずたぼろにされたために変えたのだろう。新しい場所も広さは十分にあり、所々にテントが設置されている光景は変わっていない。
「リアナ! ユリクスさんたちも!」
拠点に入ると、リーダーのアイサを先頭に続々と人が集まってきた。皆リアナが帰ってきたことに感極まっている。興奮しているメンバーたちの相手をリアナとサギリがして、ユリクスたちがアイサと向き合った。
「ユリクスさん、ティア君、ライト君、メラ君、久しぶりだな。そしてそちらがリューズさんにイヴァン君にレージェ君か。私が奴隷解放軍リーダーのアイサだ。よろしく頼む」
「おい待て、リューズはわかるが何故ユリクスまでさん付けなんだ」
「それはもちろん、〝ギルド総長の懐刀〟を君付けするわけにはいかないだろう」
「ふんっ」
拗ねたイヴァンは放っておいて話を再開する。
「よろしく頼むな!」
「私たちの名前を知っているのは指名手配書からでしょうか?」
「あぁそうだ。こんなに仲間が増えているとは驚いたよ。それにしても、大変なことになったな」
アイサはにこやかな表情から真剣な面持ちになる。
「一体何があったんだ?」
「……俺たちを神人族だと知っているものに嵌められた」
「神人族だと知っている者? 〝神の六使徒〟か」
「……恐らくな」
「そうか……」
アイサは悔しげに顔を歪めると、すぐに顰めていた表情を緩めてユリクスたちを拠点の中に促した。
「まずは一息入れるといいだろう。ずっと追われていたんだ、ゆっくり休んでくれ」
「……感謝する」
「ユリクスさんたちには返しきれない恩があるからな、気にしないでくれ」
拠点の中央に通され、食事の席に案内されたユリクスたち。奴隷解放軍のメンバーたちを落ち着かせたリアナも合流し、ユリクスたちとアイサで昼食を取り始めた。
「そういえばどうして奴隷解放軍は今でも拠点で生活してるんスか? 奴隷の考え方も変わって、風当たりも強くなくなったと思うんスけど」
「確かに我々への態度は軟化した。だが、やはり仲間同士で一緒に生活するのは何かと都合が良くてね。それに、奴隷から解放されて行く先がなくなった人の保護もしているから、町よりも拠点の方がいいのさ」
「……なるほどな」
「それでアイサ、あれから奴隷への考え方は悪化していない? 復興作業は順調なのかしら?」
リアナが少し不安げに問い掛ける。答えを待つティアとライトも不安げだ。三人を安心させるようにアイサが微笑んだ。
「奴隷の解放も復興作業も順調さ。君たちが心配することは何一つないよ」
「そう……よかった……」
三人がほっと息をつく。
だが、アイサは表情を引き締めた。その顔にユリクスたちも少し襟を正す。
「だが一つ、復興作業中に疑問に思ったことがあってね。リアナたちが戻ってきたら聞こうと思っていたことがあるんだ」
「何かしら?」
「正確には、ティア君に聞きたいんだ」
「私に?」
アイサは頷く。
「ティア君、君は〝回復魔法〟を知っているかい?」
「回復魔法?」
聞き慣れない言葉にティアは首を傾げた。
「その様子だと知らないようだな……」
アイサは呟くと、一拍置いてから話を続けた。
「復興作業中に不死鳥の一族の女性に聞いたんだが、不死鳥の一族は誰でも回復魔法が使えるらしい。だが以前ティア君は涙しか使用していなかった。それが疑問でね。もしかしてティア君は回復魔法の存在を知らないんじゃないかと思って聞いたんだ」
「回復魔法……。私、知らなかった……」
「そうか。なら伝えられてよかった」
「うん、ありがとうアイサさん」
「いや、役に立ってよかったよ」
「……ティア」
暫く考え込むように俯き気味になって聞いていたユリクスが、隣に座るティアに声を掛ける。同時に黒刀を顕現させた。
「兄さん? 何をするの?」
「……」
ユリクスは自身の左腕の袖をまくり黒刀の刃を左腕の肌に持っていくと、そのまま一線に斬り裂いた。浅くはあるが血が滴る程度の傷だ。ユリクスの行動に全員が驚愕の声を漏らす。
「兄さん!?」
「……ティア、お前が特訓の際に手の中で発生させていた光を当ててみろ。イメージは、わかるな?」
「……うん、わかる」
ティアが魔力を練り、掌中に淡くて白い光を発生させる。それを血が滴るユリクスの腕に持っていった。イメージはもちろん、治癒だ。ユリクスの傷が塞がるイメージを、ティアは頭の中で強くイメージする。すると、すぐに変化は起こった。ユリクスの腕の傷がみるみるうちに塞がっていき、完全に塞がった。
「できた……!」
ティアの表情が輝く。ユリクスも頷いた。
「あー、兄貴、そういうのはちゃんと言ってからやってほしいんスけど……」
「心臓に悪いわよ……」
「大胆にもほどがあるな」
「流石に笑えなかったぜ……」
「まったくです……」
「ユリクスさんは相変わらずみたいだなぁ」
周囲からのジトッとした視線が刺さる。何故そんな視線を寄越されるのかわからなくて、ユリクスは首を傾げた。すると、正面のティアが人差し指をユリクスの前にピシッと出してきっぱり言った。
「兄さん、痛いことはだめ、絶対」
「……別にこのくらいなんともない」
「だめ、絶対」
「……………………わかった」
ティアからのお説教にユリクスは渋々頷いた。
やれやれという雰囲気が漂う中、レージェが「それにしても」と空気を変えた。
「回復魔法と聞いてその場で成功させてしまうなんて、ティアさんはすごいですね」
「なんか、できたね」
「普通魔法って『なんかできた』、じゃ最初はできないはずなんスけどねぇ……」
今度は簡単に初めての魔法をやってのけたティアに呆れた視線が飛ぶが、それはユリクスの言葉ですぐになくなった。
「……ティアには元々、魔法を十分に発動させられるだけの魔力が備わっていた。特訓の中で魔力の操作精度も鍛えていたから、足りないのはイメージだけだった。それだけの話だ」
「ユリクスさんは相手の魔力量や魔力操作の技量がわかるのか。すごいな」
「……普通わかるだろう?」
「いや、断定できるほどはわからないのが普通っスよ兄貴」
「なんとなく、が関の山よね」
うんうんと頷く一同。
結局呆れた視線はユリクスへと帰るのであった。
他者の魔力量や操作精度をほぼ完璧に把握できるのは規格外だけなのだが、それに気づかないユリクスは呆れた視線を向けられて解せぬ、と仏頂面をする。仏頂面のままふて腐ったように黙々と食事を始めたユリクスを放っておいて、話は次の話題へ。
「これから君たちはどうするんだ?」
「とりあえず、次は北国のマモンディーノ王国に向かうつもりっス」
「妖狐の一族が治めていた国だな。そこには奴隷にされた人を送ることもあるし、君たちも我々の馬車に乗っていくといい」
「いいのアイサ? あたしたちを乗せてるなんてばれたら……」
「問題ないさ。今まで神人族を乗せていてもばれたことはないし、わざわざ人の馬車を丁寧に調べるなんてことはされないだろうからな」
「でも……」
「それに、万が一ばれても我々が君たちの味方であることに変わりはない。奴隷解放軍は逃げ足の速い連中が多いからな。見つかってもなんとかなるさ」
「ありがとう、アイサ」
「礼を言われるほどのことじゃない」
リアナはアイサがこう言い出したら考えを変えないことがわかっていた。故にお言葉に甘えることにした。他の面々も礼を言ってから、暫くは奴隷解放軍の拠点で寛ぐこととなった。
拠点で特訓をし、奴隷解放軍にもちょっとした魔法と戦闘のレクチャーをしながら数日過ごし、次に向かうはかつて妖狐の一族が治めた国、マモンディーノ王国である。
お読みいただきありがとうございます。
回復魔法については、「幕間 不死鳥の魔法」で登場しています。
次回更新は21日です。
次回の幕間と用語集で章が変わります。




