幕間 瞳
青空の下。奴隷解放軍の拠点において、大人数が集まれるようにと作られた広場の中で、心地いい日の光を浴びながら人が集まっていた。ほとんどが奴隷解放軍の者、その正面に向かい合うようにライトとリューズが立っている。
「だからこう、魔獣が来たら、シュバって動いてドンッってやるんスよ!」
「いや、魔獣が来たらバッて動いてバコンっだろ!」
「いやいや、こうシュババってやってズドンっスよ!」
「「「……」」」
二人の説明に奴隷解放軍の者たちは苦笑いを浮かべている。天気が良いので戦闘のレクチャーを、という話になったのだが、この二人、説明力が壊滅的だった。何も伝わらない。
「はぁ、ほんとあんたたち教えるの下手過ぎね」
その光景を少し離れたところで見守っていたリアナが頭を抱えて割り込んでいく。ライトとリューズは広場から追い出され、結局リアナが指導を始めた。
追い出されたライトとリューズは唇を尖らせながらユリクスたちの元へとやってくる。ティア、イヴァン、レージェはいつものように魔力を極限まで練る特訓をしていた。ユリクスは正面でアイサとメラと共に三人を見守っている。
「兄貴ー、追い出されたっスー」
「ちぇ、折角良い感じで教えられたと思ったのによぉ」
「……あれで良い感じだと思っていたのか?」
ユリクスの言葉を柳に風と受け流し、二人も特訓に混ざる。ライトとリューズが加わったことで、ユリクスたちの周囲の魔力の圧はより一層高まった。
「すごいな……こんなに圧が伝わってくるなんて……。ユリクスさんの教えで五人共魔力量が増えたのかい?」
「……増えたのは確かだが、リアナを含め、元々こいつらにはポテンシャルがあった。俺はそれを引き出す方法を教えただけだ」
「その方法を知っているだけですごいと思うが……」
「……俺は師匠から教わったことをこいつらにも教えただけだ」
「〝ギルド総長の懐刀〟を育てた師匠か。その師匠さんが余程すごいんだろうな」
「……」
ユリクスは否定しなかった。ユリクスは人間族であるにもかかわらず、規格外な力を持った人間を二人知っている。一人はゲオルグ。そしてもう一人が、師匠であるガルダだ。今でこそ負ける気はしないが、昔は何度こてんぱんにされたことか……。
「さて、もう少し見ていたいところだが、私もそろそろリアナのサポートに行ってやらないとな」
アイサの言葉で思考が現在に戻ってくる。アイサはユリクスに軽く会釈すると、リアナと奴隷解放軍たちのもとへと歩いていった。
ユリクスは目の前の五人へ視線をやる。
イヴァンは暴風の塊を数秒維持しては霧散させ、リューズの鉄化という変化は掌でとどまっている。ティアは光を長いこと維持し、レージェは小さな氷の塊をいくつか生成している。氷のサイズはどうやら今の小さなものが限界らしい。
そしてライトはというと、数秒が限界だった青い炎をずっと発生させ続けている。そこまで大きなものは無理らしいが、炎を掌よりも大きくしてみたり、反対に小さく圧縮させてみたりと自在に操っている。成長が著しいのは気になるところだが、ユリクスにはもう一つ気になることがあった。
(……やはり、静かだな)
地下遺跡に辿り着く前にいた湖畔では、特訓の最中それはもう喧しかった。魔法の発動時には叫ぶし、魔法が消えれば「何秒だった!?」と聞きに来る。だが、シオンたちと出会った後からは静かに特訓をしている。叫ぶこともなく、必要以上に人と話すこともなく、ただじっと、炎の向こう側にある何かを見通すかのように炎を見つめている。
特訓の最中の瞳に、以前の特訓の際にあった子どもらしさはなく、静かに何かを燃え上がらせている。それが何なのか、ユリクスは気になっていた。
「……ライト」
「ん?」
特訓中のライトに声を掛けて呼ぶ。魔法の発動を一旦やめたライトはユリクスの元に駆け寄ってきた。特訓中の静かな瞳はなく、子どもらしい溌剌とした瞳に戻っている。
ユリクスはライトの瞳を注意深く見つめながら、問い掛けた。
「……お前、特訓中に何を考えている?」
「え?」
突然の問いに、ライトは困惑したような表情になる。だが考え込むように俯いて、ぽつりと話し出した。
「……ジークハルト」
「……」
「アイツが〝神の六使徒〟だって知って、近いうちに必ず戦うことになるって確信してから、強くならなきゃって。もっともっと力が欲しいって思うようになった」
「……それでか」
「え?」
「……いや、なんでもない。だがその気持ち、忘れるなよ」
「忘れられるわけないっスよ」
ユリクスの言葉に苦笑してから、ライトは元の位置に戻って特訓を再開した。
(……『もっともっと力が欲しい』か)
確証はないが、恐らくその感情の変化が、もっと力が欲しいと願う感情の強さが、ライトの成長のきっかけだろうとユリクスは考えた。だが、そうなると疑問もある。他の者たちもその思いはあるはずだ。だが何故ライトだけ顕著に成長として現れたのか。
(……恐らく、その理由もガルダが知ってるな)
――ユリクス、その怒りを忘れるな。シオンを、大切な人を奪われた怒りを。弱い自分に対する怒りを。
ユリクスが特訓していた際、ガルダは事あるごとにそう言って聞かせた。結果、自分は力を得た。別に確証があるわけじゃないが、ガルダは何か成長の鍵を知っていてそう言っていたのではないか。そう思えてならないのだ。
(……〝怒り〟か)
ユリクスは思い出す。シオンと再会したあの日を。己の未熟さを。
(……俺も、もっと強くならなくては)
ユリクスは弱い己に苛立つ。そして十年前にシオンを連れ去った者へ怒る。すると、聞こえてくるのはあの声。
――人間を赦すな。
暗く淀んだ声。いつもユリクスの心を闇へと誘う声。
(……お前は一体何だ? 何故そこまで人間を憎む?)
その問いに答える声はない。ただ、怨嗟を孕んだ声だけをユリクスに返してくる。
その声にも苛立ってくる。ユリクスはその苛立ちをそのまま魔力に変えた。掌中で魔力を練る。怒りに任せて、己の限界まで魔力を高め続ける。何故か、己の中にある何かがユリクスの限界を押し上げるように魔力を底上げしようとしてくる。こんな感覚は初めてだった。どこまでも魔力が高まっていく。
――人間に裁きを。
暗い声が大きくなり、ユリクスを呑み込もうとしてくる。これ以上は危険だとユリクスの頭で警鐘が鳴る。だが、構わず続けた。これを乗り越えた先に、何かがある気がしたから。
心臓が強く脈打ち、呼吸が浅くなる。意識が暗い場所へ引きずり込まれそうになる。危険だ。わかっていても、止められない。だが。
「兄貴ストーップッ!!」
「ッ!!」
ライトの大声が響き、ユリクスは魔力を霧散させた。呼吸が乱れている。息を整えながら周りを見渡すと、この場にいる全ての者たちが自分を見ていた。驚愕に目を見開き、中には腰を抜かしている者もいる。
「兄貴ちょっとやり過ぎっス! こっちまですごい圧が飛んできて息できなかったんスからね!」
「ちょっとユリィ何事!? 離れてても魔力をはっきり感じたわよっ」
「途中無理矢理にでも魔法で介入してやめさせようかと思ったぞ」
「いやいや、あの圧の中魔力練るの無理だったじゃねぇかよイヴ」
「ユリィさん大丈夫ですか? すごい汗です……」
「兄さん、無理しちゃだめだよ……」
仲間たちが走り寄ってきて気遣いを宿した瞳を向けてくる。どうやら周囲にも異常だと感じさせるほどのことをしていたらしい。全く周囲への影響を考えていなかったのは反省すべきことだ。
ユリクスの魔道袋からタオルを取り出して汗を拭いてくれるレージェに礼を言い、心配そうに見上げてくるティアの頭を撫でてやる。
周りにいた奴隷解放軍たちも安堵の息をついている。
少しやり過ぎたな……と反省していると。
「ガウ」
足元にいたメラがじっとユリクスを見上げている。琥珀の双眸と目が合った。
(……メラの瞳は、前から琥珀だったか……?)
琥珀だ。確か、琥珀だった。メラは人ではないから失念していた。何故今まで気づかなかったのか。
だが、気づいたから何だというのか。琥珀の瞳の意味は未だわからない。メラがどういう存在なのかもわかっていない。しかしメラがどういう存在なのかがわかれば、もしかしたら琥珀の意味もわかるのかもしれない。
(……わかれば、だがな)
元の位置に戻っていく仲間たちを見送りながら、ユリクスは溜め息をつく。あまり考え込むのは性に合わない。旅をしているうちにわかればまぁいいか、くらいの気持ちでいよう。
未だにじっと見つめ続けてくるメラの瞳に居心地の悪さを感じながら、ユリクスは仲間たちの特訓の様子を見守るのに徹したのだった。
お読みいただきありがとうございます。
これにて五章終了です。
暫くの間書き溜めの時間を頂きたいと思います。次回更新は未定です。
気長にお待ち頂けると幸いです。




