指名手配
広場一帯に響くたくさんの悲鳴。一人の少女が頭を撃ち抜かれて死んだことで周囲は騒然とする。だが、事態はそれだけに収まらなかった。
ユリクスが急いで駆け寄って屈み、死んだティアを抱き起こす。ライトたちも続々と近づいてきた頃になって、ティアの体を淡い光が包み込んだ。体が縮み、十歳ほどの姿になってから目を覚ました。
周囲の人間のざわつきが大きくなる。
「獣族だ……」
「なんでこんなところに獣族がいるんだ……」
至る方向から刺さる侮蔑の視線。だが、ユリクスにはその不快さよりも、ティアを狙い撃った人間に対しての怒りの方が格段に大きかった。
弾丸が飛んできた方向を鋭く睨め付けるユリクスからは、周囲を感化するほどの憤怒が漏れ出ている。辺り一帯を強く染め上げるその憤怒は、周りの人間たちを怯えさせるには十分過ぎた。
「ひっ……殺される……!」
「お、俺知ってる……! 龍の一族を怒らせた時こんな感じだった!」
「あ、あいつ龍王だ……! そ、そうだ、龍王が最強なのは、龍王が龍の一族だからだ……!」
「一緒にいる奴らも獣族に決まってる!」
「そうだ! 違うっていうなら胸元を見せてみろ!」
「「「そうだそうだ!!」」」
怯えを敵意に変えて、民衆たちはユリクスたちを言葉で攻撃する。中には物を投げてくる者もいた。
ティアを抱えるユリクスを庇うように、あるいは隠すようにライトたちが立ち塞がる。
「これもう収拾つかないっスよね」
「えぇ。もう何を言っても無駄よ。あたしたちが神人族であることは完全にばれた」
ライトとリアナが忍び声で話すが、その様子を見て民衆たちは更に敵意を向けてくる。
「やっぱり見せられないんだ!」
「こいつらは獣族だ! 捕まえろ!」
「俺たちじゃ殺される! 冒険者たちに早く伝えるんだ!」
リューズがティアを抱えるユリクスを立ち上がらせた。
「ユリィ、今はこの場から逃げるのが先だ。抑えてくれ」
「……わかっている」
ユリクスは今すぐにでもティアを殺した者を追えないことに歯噛みして答える。そしてその怒りは民衆たちにも向く。何が獣族だ。俺たちが何をした。何故ここまで否定されなければならない。何故。なぜ。なぜ!
――人間を赦すな。
脳裏を過る声。その声に同調する。こんな人間たちなど、殺しても構わないだろう、と。
その強い怒りが伝わり、更に民衆たちが怯えだす。
「ユリィ抑えて!!」
リアナが叫んでもユリクスの怒りは収まらず、膨れ上がり続ける。広場が怒り、憎しみ、恐怖に包まれ、壊乱する。
ユリクスの怒気が際限なく強まっていくが、それが不意に崩れた。
「……ティア?」
ユリクスの頬をティアが包み込んだ。小さくなってしまった手でユリクスの頬が優しく撫でられ、その優しさに感化されたように、ユリクスの怒気も少し弱まった。
ティアがユリクスの腕の中で悲しげに微笑む。
「兄さん、ごめんね。私は大丈夫だから、今は逃げよう?」
「……」
今、一番傷ついているのはティアだ。殺された時、痛かったろう。今は動くのも億劫だろう。それでも、ユリクスを止めようと動いた。悲しげな表情は、自分のせいで神人族だと明らかになってしまったことを自責しているのだろう。
ティアの意思を無視して、逃げることを選択しなければきっとこの表情はもっと悲しみに歪んでしまう。
ユリクスは懸命に怒気を抑え、思考を落ち着かせる。
「……お前たち」
「わかってるっスよ兄貴」
「遅いってのよ」
「いつでもいいぜ」
「行きましょう」
「魔法の準備もできている」
全員で頷き合い、そして、人垣を抜けるために全力で走りだした。身体強化を施した脚力で跳躍し、人垣を飛び越える。無理矢理広場を突破し、町を出るために走る。全員の体にはユリクスの雷魔法とイヴァンの風魔法が付与され、迅雷も疾風も超える速さで町中を駆け抜ける。通行人からユリクスたちの姿は速過ぎて見えない。全員が身体能力を活かしきり、人の往来に邪魔されることなく進む。関所までの距離を走破し、そのまま森へ。町中に広がる騒ぎはもう小さくて聞こえない。
森のやや深い場所まで辿り着いて、漸く全員足を止めた。
「ここまでくれば一先ず安心っスかねぇ」
「流石に息切れたわ」
「緊張しました……」
「ユリィとイヴの魔法に感謝だな」
四人が地面に座り込む。イヴァンが風魔法を解除してから辺りの様子を窺う。ユリクスは抱いていたティアとメラを降ろしてやった。
「ありがとう兄さん」
「ガウ」
「……いや、いい」
ユリクスはティアの頭を撫でてやるが、ティアの表情は晴れない。ティアは表情を曇らせたまま俯いた。
「みんな、ごめんなさい。私のせいで、ばれちゃった……」
今にも泣きだしそうな顔で謝罪するティア。そんなティアの言葉を聞いて、六人は。
「え、ティアの姉御が謝ることなんてあるんスか?」
「……ない」
「ないな」
「そうよぉ。別にティアのせいとか全く思ってないわよ」
「ティアさんが責任を感じることは一切ありませんよ」
「まぁ、どんまいだ!」
あっけらかんとティアの責任を否定した。ティアは瞠目する。
「みんな、怒ってないの?」
「「「全く」」」
五人がまたもあっけらかんと否定し、六人の視線は一番怒っていたユリクスへ。
「……俺が怒っていたのはティアを撃った奴とあの町の連中にだ。別にばれたことは気にしていない」
腕を組んで否定したユリクス。ティアは目をぱちくりさせた後、ほっとしたように息をついた。
「……そっか。ありがとう、みんな……」
「本当はお礼を言われることでもないんスけどねぇ」
ライトの言葉にうんうんと頷く五人と一匹。その様子を見て、ティアはやっと朗らかに笑った。
「やっぱりティアさんは笑っている顔が一番ですね。……それにしても、こんなに小さく可愛らしくなってしまって……」
レージェがティアを抱きしめて頬ずりする。それにティアはくすぐったそうに笑った。
その微笑ましい光景を暫く見ていたユリクスたちだったが、不意にリアナが深刻な面持ちになる。
「どうしたんスかリアナの姐さん?」
「一つ、今すぐに解決しなければならないことがあるわ」
「なんスか?」
「食料よ」
「「「あ」」」
全員がしまった、という顔をする。自分たちが湖畔を出たのは食料がそろそろ尽きるからだったではないか。
「誰か買い出し実はしてましたーっていう人は……いないっスよねぇ……」
「……お前たちは菓子に夢中だったからな」
「「「……」」」
やっちまったという沈黙が降りる。
リアナが顎に手を当ててぽつりと呟いた。
「食料は狩りをすればいいとしても、水まではどうにもならな……いこともないわね」
リアナの視線がティアを抱きしめているレージェに向けられた。
「あ、私水魔法使うじゃないですか」
「自分でも気づいてなかったのね……」
「んじゃ、食料は狩り、水はレージェの魔法で解決だな!」
「いつでも狩りをする時間があるとは限らんことが心配ではあるがな」
「……途中で見つける動物を手当たり次第に狩ればいいんじゃないか?」
「ユリィ、それ採用」
と、いうわけで食料と水問題は解決した。これで問題なくシーガラスに向けて出発できそうだ、とユリクスたちがシーガラスのある方角を見た時だった。
「そんな……」
ティアの小さな呟きが全員の耳に入った。ティアに視線を転じると、胸のあたりを見て泣きそうな顔をしていた。
「……どうした」
「……ないの」
「何がないんですか?」
ティアが顔を勢いよく上げて悲痛な声で言った。
「アクアトラスで兄さんに買ってもらった貝殻の首飾りがないのっ」
言われてみれば、いつも首にかけてあった首飾りがなくなっている。
ティアはよく首飾りを弄っては嬉しそうに笑っていた。故に、ティアにとってそれがどんなに大切なものかを誰もが知っている。
「逃げてきた時に落としてきてしまったのね……」
リアナの言葉に他の者たちも俯く。
ユリクスがティアの頭に手を置いた。
「……また買ってやる」
「……でもあれは……アクアトラスでの大切な思い出で……」
思い出。ユリクスもアクアトラスでの出来事で、それが如何に大切で尊いものなのかわかるようになったつもりだ。だから、できることならどうにかしてやりたい。
「……ごめんなさい。困らせるようなことを言って。やっぱりシーガラスに行こう?」
「ティアの姉御……」
「……」
「どこ行くんだユリィ?」
歩き出したユリクスをリューズが呼び止めた。ユリクスが足を止めて振り返る。
「……首飾りを探しに行く」
「探しに行くって……町の中をですか……?」
「……そうだ」
「それは無謀というものだろう」
確かに無謀。それはユリクスにもわかっている。だが、ティアの大切な思い出を取り戻してやりたかった。
他の者たちも、ティアの大切なものを取り戻してやりたいという気持ちはある。だからこそ、ユリクスの行動を強く止める気にはなれずにいた。そんな中。
「はいっ!」
ライトが勢いよく挙手した。表情は決然としている。
「兄貴は一番目立つと思うんで、ボクが行ってくるっス!」
少し緊張したようにライトが言った。
「確かにユリィよりは目立たないと思うが……ライトもばれちまうんじゃねぇか? あの場にいたしよ」
ライトはうんうんと頷く面々の前を通り過ぎ、ユリクスに近づく。そして魔道袋の中を探り出した。
「あった!」
声と同時にライトが魔道袋から何かを取り出す。それは焦げ茶色のローブだった。
「こんな時のためにローブを買っておいたんス! これで姿を隠せば問題ないっスね!」
「いやこんな時って……よくそんな想定ができてたわね……。それ、もう一枚あるかしら?」
「あるっス」
リアナがローブを受け取り、身に着ける。そして全員に言った。
「町にはあたしとライトで行くわ。ついでに町の様子も見てくるから、みんなは待っていてちょうだい」
「リアナの姐さんも来てくれるんスか?」
「一人じゃ何かあった時の対処に困るでしょう。あたしは奴隷解放軍として裏で動いていた経験もあるし、役に立てると思うわよ」
「頼もしいっス!」
「二人だけで大丈夫か? 俺も行ってもいいんだぜ?」
リューズが心配そうに問い掛けるが、リアナは首を横に振った。
「リューズほど大柄な人も珍しいから目立つと思うわ。さっきのこともあってユリィとティアは正直言って論外。イヴも演技は苦手だろうし、あたしとライトの二人が最適だと判断するわ。異論はないわね?」
「リアナさん、私は行かなくて大丈夫ですか?」
「レージェは……」
リアナは一瞬ティアに視線を投げ、レージェに戻す。その視線の意図を察して、レージェは頷いた。つまりティアの精神的なケアをしてほしい、というわけだ。
「……気をつけろよ」
「わかってるわ」
「任せてほしいっス!」
「二人共……ごめんなさい、私のせいで……」
ティアが二人に近づき、見上げて言った。その瞳には自責が見える。
「首飾りだけじゃなくて、町の様子も把握しておく必要があると思って行くのよ。ティアが謝ることじゃないわ」
「でも……」
「ティアの姉御は心配性過ぎるっス! 大丈夫っスよ、演技は得意だし、旅人のふりして行ってくるっス」
「……うん、わかった。気をつけてね」
ライトとリアナは頷き、ローブについたフードをしっかり被って町に向かっていった。
二人を見送った後も、ティアは心配そうに町の方角を見ている。そこにレージェが歩み寄った。
「大丈夫ですよ。二人の強さはティアさんもよく知っているはずです」
「……うん。二人なら、大丈夫だよね?」
「はい」
レージェがティアを促し、寄り添うように一緒に座って閑談を始めた。その間、ユリクス、イヴァン、リューズ、メラは周囲を警戒しつつ、近くに動物がいれば狩っておく。
数日はもつくらいの動物を狩り終えてから、ユリクスたちも腰を落ち着けた。
「なぁ、ちょっといいか」
リューズが俯き気味の体勢で自身に注目を集める。彼にしては珍しく声音が重い。表情も険しかった。
「……どうした」
ユリクスが問い掛けると、リューズは顔を上げることなく話し始めた。
「前に言ったよな。俺の息子を殺したのは同じ妖狐の一族の友人だった男だって」
「……言っていたな」
「……実は、ソイツの神器は……ライフルなんだ」
その言葉にユリクスは目を細め、他の者は目を見張った。リューズは続ける。
「確証はねぇ。だが、もしかしたらティアを撃ったのはアイツなんじゃねぇかって思うんだ」
「「「……」」」
「それだけじゃねぇ。リアナとイヴの大切な人を殺した奴が〝神の六使徒〟なら、アイツもそうなんじゃねぇかって考えが頭から離れねぇんだ」
リューズは血が滲むほど拳を握りしめている。
リューズの中で渦巻く憎悪が、怒りが、この場にいる者たちに伝わってくる。だからこそ何も言えなかった。ユリクス以外は。
「……それは会ってみればわかることだろう。リアナが言うには、何れ奴らとは相まみえることになるらしいからな。焦る必要はない」
「ユリィ……」
ユリクスの言葉で少しだけ頭が冷えたようだ。リューズは大袈裟に深呼吸をして「よしっ!」と己の怒りを振り払った。
「ユリィの言う通りだ。考えてたってわかんねぇよな!」
「……そうだな。特にお前は考えるのが苦手だろう」
「お? 言ってくれんじゃねぇか」
立ち上がったリューズがユリクスをうりうりと肘でつつく。それをユリクスがはたき落とす一連の流れを見て、場には明るさが戻ってきた。
日暮れ前になって、ユリクスが二つの気配を感知した。
「……戻ってきたな」
ユリクスの言葉に全員立ち上がって町の方角を見る。すると、小走りで駆け寄ってくるローブ姿の二人を捉えた。二人の他に気配は感じないので、どうやら上手くやったらしい。
「ただいまっスー!」
「ただいま」
「おかえりなさい!」
ライトとリアナの帰りに、ティアが二人に抱き着いて迎え入れる。信頼はしていても、やはり心配だったのだろう。その表情は二人を待っていた時の比にならないほど明るい。
ライトが懐を探る。
「はい、ティアの姉御」
「首飾り! よかった……あったんだ……」
「ぼろぼろになってなくてよかったっス」
「うん! 見つけてくれてありがとう!」
ティアが心底嬉しそうに首飾りを胸元で握る。ユリクスは三人に歩み寄り、ティアの頭を撫でてやりながら二人に問う。
「……町はどうだった」
「とんでもないことになってたわよ」
「……そうか」
「はい、これ」
「……これは?」
リアナが一枚の紙をユリクスに差し出した。ユリクスが手に取ったそれを他の者たちも覗き込む。
「これ、指名手配って書いてます? 見間違い?」
「あってるわよレージェ」
「まじか! 俺たち指名手配犯かよ!」
「……何故俺だけ生け捕り……?」
「そこも謎の一つね」
指名手配書にはいくつか謎があった。一つは、六人と一匹は殺すように、ユリクスだけは生け捕りにするようにと記載されていること。
「それからおかしいのは、この指名手配を出した奴よ」
「……サダン王国国王」
「そう」
自分たちはベルファリナのスズメラの町で正体が明らかになった。にもかかわらず指名手配を出したのはサダン王国の国王だった。
「そして何より一番不可解なのは、指名手配にするのが早過ぎることよ」
自分たちの正体が明らかになったのは今日の昼過ぎ。今は夕暮れ。であるのにもうサダン王国から提示された指名手配書が外国に出回っている。
「まるで謀られたようなタイミングよね」
「……ティアを撃ったところから計略は始まっていた……」
「そう考えるのが妥当ね」
「それから、ベルファリナに指名手配書があるってことは、他の国にも回ってるってことっスよねぇ」
場が暫く沈黙する。
鋭い視線を指名手配書に送りながら、沈黙を破ったのはユリクスだ。
「……少なくとも、リアナとイヴァンが神人族だと知っているのは、〝神の六使徒〟だ。だが、ティアが不死鳥の一族だと何故知っていた?」
「そもそも知っててティアさんを撃ったのでしょうか……」
「……わからない」
「だが、〝神の六使徒〟とサダン王国国王が繋がっている可能性が高いのはわかったな」
「あくまで可能性っスけどね」
ティアを撃った人間の正体。あまりにも早い指名手配。ユリクスのみ生け捕り。サダン王国国王と〝神の六使徒〟の関係。わからないことが多過ぎて、ユリクスたちは頭を悩ませる。
不意に、ユリクスが指名手配書を魔道袋にしまって町の方角を鋭く見遣った。
「どうしたの、兄さん」
「……大人数が徐々に向かってきている。俺たちを探しているんだろう」
「あー、やっぱり怪しまれたってことっスかねぇ」
「ローブ着てる時点で怪しいものね。とりあえずシーガラスに向かって歩きましょう。迎撃するならスズメラから離れている方がいいでしょうから」
「……関係なくないか?」
「むやみやたらに殺してたらあたしたちの印象が悪くなるだけでしょ」
「……」
ユリクスはむすっとしているが、とりあえずシーガラスに向かって一行は森を歩き出した。
お読みいただきありがとうございます。
本当は買い出しのために町に向かわせるはずが簡単に解決されてしまって、私としても困ったものでした。みんな適応力ありすぎ。と、いうわけで、私もよく忘れるあれに一時的に犠牲になっていただきました。
次回更新は9日です。




