解ける心
朝食を終えて、一行はユリクスが探知した人間二人の元へ向かうことにした。地元の者なら現在地を知ることができるかもしれないと考えたからだ。魔獣を流れ作業のように始末しながら気配に近づいていく。
気配の元に辿り着くと、少し開けた場所に出た。テントもあり、どうやらこちらも野営をしていた者たちだったようだ。壮齢の男二人組で、男たちはユリクスたちが現れたことに気づく。
「お? どちらさんだ?」
少し声音に警戒を孕ませて誰何される。代表でライトが男たちの誰何に答えた。
「実はボクたち迷っちゃって、近くの町の場所を知ってたら教えてほしいんスけど」
「なんだ、そういうことか」
ライトの言葉に警戒が解かれる。どうやら盗賊のような悪い人間ではないらしい。
男たちが答える。
「近くにはスズメラっていう町があるぜ」
「俺たちはその町に住んでる冒険者さ。これから帰るところなんだが、なんなら一緒に行くかい?」
「それは有り難いっス!」
スズメラはベルファリナ王国にある町の一つだ。
ライトが喜んでお願いしているが、後ろでリアナが「スズメラ……」と小さく呟いた。その表情は険しい。
男二人がテントなどの片付けをしている間、ユリクスたちは少し離れたところで集まって待つ。リアナが忍び声で言った。
「スズメラはベルファリナの町の中でも特に神人族に対して否定的なところよ。奴隷に対してもかなり過激な扱いをしていたと聞いているわ」
「……そうか」
ユリクスたちも表情を険しくする。決して神人族だとばれないように。そう認識を共有した。
「でも、シーガラスの一件で考え方が変わったりしてないかな?」
「どうかしらね。少し探ってみようかしら」
「探るってどうするんスか?」
「ちょっと聞くだけよ」
ユリクスたちがひそひそと会話している間に男たちの準備が整ったようだ。
「待たせたな。んじゃ、出発しようぜ」
男二人を先頭にしてユリクスたちは歩き出した。少しだけ距離を取っている。歩き出してすぐ、リアナが綺麗な笑みを作って男二人に近づいた。
「ねぇお兄さんたち、ベルファリナではシーガラスで神人族についての演説があったって聞いたことがあるのだけれど、スズメラでも何か変わったことがあったのかしら?」
リアナからの問いを振り返って聞いていた男二人は苦笑して答えた。
「演説って、神人族に罪はないっていうあれだろ? 馬鹿馬鹿しいったらないよな」
「まったくだぜ。獣族を庇うなんてどうかしてるとしか思えねぇ。スズメラでも奴隷はほとんどいなくなっちまったが、獣族に対するスタンスは変わってねぇよ」
「そうなのね。どうもありがとう」
リアナがユリクスたちの元に戻ってくる。質問をしていた時のにこやかな表情は完全に消えている。
「だ、そうよ。みんな、気をつけましょうね」
ユリクスたちは揃って頷いた。それを見てから、リアナは険しかった表情を緩めた。
「スズメラは神人族に対しては問題があるけど、お菓子の店が盛んな楽しい町らしいわ。あまり気張り過ぎないで行きましょうね」
「お菓子!」
ティアの瞳が輝く。その様子を見てユリクス以外の他の者たちも表情を緩めた。
森を二十分ほど歩けば森を抜け、大道へと出た。
「案外すぐ森を抜けられたな!」
「そうですね」
男二人がこちらに振り返る。
「あとは道に沿って真っ直ぐ行けばスズメラに着くぜ」
「歩いても昼には着く距離だ」
「ありがとうっス!」
ライトが代表でお礼を言うと、男二人は先にスズメラへ向かって歩いていった。十分距離を取ってからユリクスたちもゆっくりと歩き出す。
「なんか、獣族って言われたの久しぶりな気がするっス」
「そうだなぁ。俺ぁアクアトラスにいた時には聞いてなかったから数年ぶりだな」
「私はたまに聞いてましたけど、あそこまで嫌悪を向けられたのは久しぶりです」
「うーん、ばれないようにって緊張しちゃうな」
「……普通にしていればばれないだろう」
「そうだな。余程のへまをしなければ問題なかろう」
「ちゃちゃっとお菓子だけ堪能してシーガラスに向かっちゃいましょう」
「ガウッ!」
胸元の神核さえ見られなければ神人族だと明らかになることはない。故に大丈夫だろうと安心して、スズメラにあるお菓子に思いを馳せる一行であった。
◇◇◇
関所に着くと、ユリクスたちは長蛇の列の横を通って役人の元へ向かった。スパイダリアの一件で列に並ぶのは無駄だと学んだからである。
役人の男にユリクスが金色の魔力証を提示する。役人の瞳が輝く。
「ようこそいらっしゃいました〝ギルド総長の懐刀〟様! どうぞお通りください!」
役人たちに挨拶されながら入国する。列の方では「〝ギルド総長の懐刀〟だ!」と騒ぐ声が聞こえてくるが、一顧だにしなかった。
シーガラスは猥雑な町だったが、スズメラはパステルカラーの洒落た町だった。建物の色が統一されていないように見えて、よく見れば明るい色ですべて統一されている。
ティアとライトがその可愛らしい町並みに感嘆の声を漏らす。それからすぐに二人してユリクスのコートを引っ張った。
「「散策!!」」
「……落ち着け」
子ども全開の二人に、ユリクスが落ち着かせるように二人の頭に手を置いた。二人から「えー」という不満の声が上がるが、その直後、ぐるぎゅぎゅぎゅ~と化け物の鳴き声のようなライトの腹の虫が鳴った。
「……まずは昼だな」
ユリクスの一言に全員が頷いた。
明るい町並みを歩いていると、どこの店もはじけるような色彩と装飾をしているのが目に留まった。良く言えば楽しいが、悪く言えば落ち着かない。それにどこもお菓子を大々的に宣伝していて、どの店で昼食を取ればいいのかよくわからなかった。だが、それでユリクスとイヴァン以外の面々は十分楽しめているらしい。
「見て、この店、こんなにたくさんのケーキがある」
「こっちはクレープがいっぱい売ってるっス!」
「あらこれ可愛い。マカロン? っていうのね」
「こちらのお店は焼き菓子がいっぱい売ってるみたいです」
「こっちには色んなアイスが売ってるぜ!」
「ガーウ! ガウ!」
店を見つける度に止まるので、これではいつまでたっても昼食を取る店が決まらない。
五人と一匹の奔放さにユリクスとイヴァンは揃って「はぁ」と溜め息をついた。
「おい貴様ら、早く店を決めろ」
「……菓子なら後でもいいだろう。今は昼食だ」
「そんなこと言われても、色んなところ気になっちゃうわよ」
「初めて見るものばかりだからね」
きゃいきゃいしながら手当たり次第に店を見ている連中を止められない。ユリクスとイヴァンは再び溜め息をついた。
暫くは各々があっちの店へこっちの店へと行ったり来たりしていた。だがふと、ティアが足を止めてじっと一点を見つめ始めた。とある店の看板だ。その看板は小さく書かれた「ランチ」の文字を押しのけて、大きく「パフェ」と書かれていた。クオリティの高いイラストも描かれていて、随分豪華なお菓子であることがわかる。ティアが引き寄せられるようにその看板に近づいていく。そんなティアに、ユリクスも歩み寄る。
「……気になるのか」
「うん」
「……そうか」
ユリクスは未だきゃいきゃいしている連中を顧みる。
「……昼はここで決まりだ。他の菓子は後にしろ」
「ユリィの奴、結局ティアで決めたわね」
「まぁユリィさんですから」
「ユリィだもんな」
「兄貴っスもんね」
「ふんっ、俺は決まればどこでもいい」
呆れた視線が刺さるが、ユリクスは無視した。七人と一匹で店に入る。大所帯なので店の奥にある大きな席に通された。テーブルを挟んで向かい合う形の席で、テーブルの短辺の片側は窓に面しており、その反対側に一人掛けの席が用意されている。
向かい合う席に、ユリクス、ティア、レージェ、反対側にライト、リアナ、イヴァン、一人掛けの席にリューズが座っている。メラはティアの膝の上だ。
まずは各々昼食を注文する。ハンバーグにパスタ、グラタンなどがテーブルに並ぶ。熱々の料理を食べながら閑談が始まった。
「お菓子の町なだけあって料理はまぁまぁってところね」
「ライト君の料理に慣れちゃってますから……」
「ライトの有難みがわかるな!」
「完全に胃袋を掴まれてしまったか……」
「みんなしてボクを褒めても何も出ないっスよ」
そう言いつつ嬉しさを隠せない様子のライト。笑みをこらえようとしているのか口元が気持ち悪く歪んでいる。
ライトの料理よりはと言いつつ、空腹には逆らえないようで食べるスピードは速い。二十分もしないうちに全員が完食した。何故か三人前食べているライトも完食している。
さぁメインディッシュだ! とでもいうように勢いよく三冊のメニュー本を広げ、三人で一冊のメニュー本を覗き込む。一人掛けのリューズは一人で一冊を見ている。もちろん目的はこの店の売りであるパフェだ。
「ボクこれにしよー!」
「あたしはこれね」
「俺はこれだな」
「俺も決まったぜ!」
「じゃあ私はこれですかね」
続々と決まったという声が聞こえてきて、慌てているのはティアだ。えっと、うんと、と悩んでいる。パフェに興味がなく注文する気のなかったユリクスがメニュー本を覗き込んだ。
「……どれで悩んでいる」
「えっと……これとこれ」
「……なら俺がこれを注文するからお前はこっちを注文しろ。分けてやる」
「いいの?」
「……構わない」
「えへへ、ありがとう兄さん」
一連のやり取りを見てにやにやしている連中を無視して、ユリクスは横にある窓の外に視線を転じた。人の往来はまぁまぁ激しいが、特に何も思わず無心で眺める。その間にリューズが店員を呼んで注文していた。
「兄貴がティアの姉御に甘々っス~」
「甘々ねぇ」
「……」
向かい側に座っているのはただの喋る人形だと言い聞かせて、ユリクスは無視を貫き通した。
暫くして全員分のパフェが運ばれてきた。皆種類が違うのでテーブルの上が色とりどりに飾られる。ユリクスを除く面々はすぐに夢中になって食べ進めた。
ユリクスの前にはチョコレートがメインのパフェが置かれ、ティアの前にはイチゴがメインのパフェが置かれている。ユリクスがチョコレートを選んだのは色が黒かったから。それだけだ。
ユリクスは目の前のパフェを一口だけ口に運ぶ。甘い。食べられないことはないが、そこまで進まない。ユリクスがのんびり食べていると、横でイチゴのパフェに夢中になっていたティアがちらちらとこちらを見てくるようになった。ユリクスは自分のパフェをティアの方へ移動させる。ティアが瞳を輝かせてチョコレートのパフェを食べ始めた。
ティアの口の端にパフェのクリームが少しついている。本人は気づいていないらしい。夢中で食べる姿も、クリームを口の端につけている様も、ユリクスにはなんとも愛おしくて、気づけばティアの口元を拭ってやっていた。こちらを見たティアの瞳が大きく開かれる。
カランッとスプーンがテーブルに落ちる音がした。
「……兄貴、今、笑った……?」
ライトの思わず零れたという声に、顔を上げたユリクス。全員の呆然とした表情がこちらを向いている。
ユリクスは咄嗟に口元を片手で覆った。言われて初めて気がついたのだ。今確かに、自分の口元がほころんでいたことに。
「兄さんの笑った顔、初めて見た……」
「そうね……衝撃だったわ……」
じっと全員から顔を覗き込まれ、感想を零され、ユリクスの手で覆われていない顔の部分が赤くなった。
「兄貴が……赤面した……」
「っ……見るな」
「いや見ちゃうわよこれは」
「貴重映像だな」
「ユリィの表情も動くんだなぁ。俺ぁ安心したぜ」
「素敵ですよ、ユリィさん」
「……」
ユリクスは全力でそっぽを向いた。若干パニックになっている。だが、横でティアがふふっと笑ったので、そちらを見てしまった。
ティアは心底嬉しそうに破顔していた。
「兄さんが笑ってくれて、嬉しい」
「ガーウ!」
ティアと膝の上のメラが幸せそうに笑うから、ユリクスは何も言えなくなった。
◇◇◇
パフェを食べ終え、ユリクスの心境も落ち着いた頃、店を出て散策を再開した。しかし昼食を取る前とは違うことが。
「兄さんこっち!」
「兄貴次はこっちっス!」
ティアとライトがユリクスの手を片方ずつ掴んでぐいぐい色んな店に連れていくのである。
「兄さん見て、あのお店可愛いよ」
「……そうか」
「「……」」
「兄貴あの店のお菓子とかどうスか? 美味しそうだと思うんスけど!」
「……そうか」
「「……」」
二人がユリクスの返事を聞く度に、少し顰めた顔を見合わせている。その表情も謎だが、どうして二人が己に様々なものを見せたがるのかがわからない。ユリクスは困惑したまま、引かれる手に逆らわないで連れていかれ続けた。
その様子を少し離れた場所で見守っていた四人は。
「あの子たちったら、ユリィをもう一回笑わせたくて必死ねぇ」
「可愛らしいですね」
「そもそも今まで一度も笑ったことがなかったのが異常だろう」
「まぁユリィも色々あったんだろ。でもやっと笑えるようになって俺ぁ嬉しいぜ」
子どもたちを見守る親のような気持ちで年少者の三人と一匹の後をゆったりと追っていった。
手を繋いで固まっている三人と一匹を先頭にして一行は大きめの広場に到着する。広場にはワゴン車が多く止められていた。どうやらワゴン車すべてがお菓子を売っているもののようだ。
「あっちにクレープがある!」
「あっちにドーナツがあるっス!」
「……おい、腕が千切れる」
先程まで息を合わせてユリクスを引っ張っていた二人だが、広場の様子に状況をすっかり忘れて自分たちの行きたい方向に進もうとする。しかし、ユリクスの手を離さないので進めないで引き戻される。そんな幼い子どものような二人がなんだか可笑しくて、ユリクスは口元を少しだけほころばせた。
「兄さん笑ってくれた!」
「なんで今なんスか!? でもよかったっス!」
「……」
「あ、また仏頂面になった」
よみがえりかけている表情筋を少し恨めしく思うユリクスである。
ライトが大袈裟に嘆息した。
「もう、なんですぐ仏頂面になっちゃうんスかぁ」
「……知らん。俺の顔で遊ぶな」
「遊んでないっス!」
「そうだよ。私たちは兄さんの変化を喜んでいるだけ」
「ガウッ!」
「……喜んでる?」
聞き返すと、二人は表情をほころばせて頷いた。
「兄さんが笑ってくれると、私たちも嬉しいんだよ」
「……何故、嬉しい?」
「そりゃあ、大事な人が笑ってくれたら嬉しいもんじゃないっスか。兄貴だって、ティアの姉御とかが笑ってたら嬉しいでしょ?」
ティアが笑ってたら、いや、ティアだけではない。仲間たちには、傷ついているより笑っていてくれた方がいい。確かにそれは、ユリクスも思っている。他のみんなもそうだというのか。己の変化を嬉しいと思うのか。
長いこと独りでいて自分のことだけを考えてきたユリクスには、誰かを思い、思われるということがなんだか不思議で、でも嫌な気はしなくて。ユリクスの中で考えはまとまらない。けれど、この二人は良いことだと言う。
――ならば、受け入れよう。
「……そうだな」
ユリクスは意識せずとも動いた口元をそのままにして二人に頷いた。
二人はユリクスの言葉と表情に目を見張って、それから満面の笑みで頷き返した。
「いい感じの雰囲気のところ悪いけど、お金はあんたが持ってるんだからちゃんとあたしたちが食べたいお菓子買ってよね」
「ユリィさん、私はあれがいいです」
「俺はあれだな!」
「早く金を寄越せ」
「あー! ずるいっス! ボクらまだ何も買ってもらってないんスからね!」
「順番守って」
「ガウ―」
三人と一匹の輪の中に続々と仲間たちが入ってくる。自分の要望を押し通そうとする我の強い連中に嘆息しながら、ユリクスは順にお金を渡していく。もちろん最初はティアだ。お小遣いを受け取ったティアが、小走りで自分が食べたいお菓子が売っているワゴン車に向かっていく。
それから順にライト、レージェとお金を渡している時だった。
一瞬感じた――殺意。
ユリクスの表情が強張り、肌がぴりついたのと同時に気配探知をする。それを捉えた。殺意の塊。向かっていく先は……ティア。
ユリクスは瞬時に振り返り、ティアに向かって走り出した。
「ティアッ!」
ティアがこちらへ振り返る。だが、間に合わない。殺意の塊たる一発の弾丸が、ティアの頭を撃ち抜いた。
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