穏やかな野営の時間
階段を上ると、日の光が視界に差し込んだ。久しぶりの光に全員が目を眇める。
遺跡の出口の外に広がっていたのは、遺跡に入る前と同様に森だった。だがよく見るともちろんだが景色が異なる。現在国境のどのあたりにいるのかは残念ながら誰にもわからなかった。だがそんなことは二の次のようだ。
「日の光っスー! 眩しいー!」
「やっと外の空気が吸えたわ」
「空気がうめぇー!」
「太陽が気持ちいいです」
ライト、リアナ、リューズ、レージェが揃って両腕を天に伸ばし喜びを噛みしめている。
「ここは一体どこだ?」
「さぁ?」
「ガウ……」
イヴァンとティアが現在位置に首を傾げていると、メラが名残惜しそうに鳴いた。階段をじっと見つめている。その横でユリクスも階段を見つめていた。
「二人共、気になるの?」
「ガウー」
「……」
メラは水路の奥が未だに気になっているのだろう。だがユリクスが気になっているのは別のことだ。
(……明らかに、水路の奥に何かがある。ならばここが出口のはずだ。だがこれでは……)
階段がここにあれば、この階段を入口にすることができる。そうなれば相当のショートカットになる。侵入者を試すようなトラップがいくつも仕掛けられていたにもかかわらず、ショートカットが許されるのか? それがユリクスには疑問だった。
しかしその疑問はすぐに払拭された。
突如、階段の端からスライドするように地面が伸びてきて、階段に蓋をしたのだ。ティアが目を見張って、階段があった場所の上に乗る。何も起こらない。
「閉じちゃったね」
「……つまり入口は一か所というわけだ」
「そうなるな」
「三人共何してるんスか? ってあれ!? 階段が消えてるっス!」
光合成でもしているかのように全身で光を浴びていた四人が寄ってくる。そこでようやく階段が消えたことに気がついたようだ。
「階段が勝手に消えたり、あと途中で扉が勝手に閉まったこともあったわよね? どういう仕掛けなのかしら」
「……さぁな」
「考えても答えは出ないだろう。まず現在地を知ることが先決だと思うが?」
「それもそうですね」
イヴァンの言葉で、とりあえず森を出ようと一行は歩き出す。遺跡を出たのは昼過ぎ、それから日暮れまで歩き続けたが森から抜け出すことはできなかった。
「これ方角も全くわからない状況っスよね……一生出られなかったらどうするんスか」
「怖いこと言わないでくださいよ」
「……流石にずっと出られないなんてことはないだろう」
「でもボクたち、食料もそろそろ尽きるし……」
「……狩りでもすればいいだろう」
「あー、確かに」
「深そうな森だ。狩りも容易いだろう」
「狩りなら得意だぜ!」
「……お前は失敗して行き倒れていなかったか?」
「狩りなんて久しぶりねぇ。一人で旅してた時以来してないわ」
「皆さん狩り経験者なんです?」
「レージェの姉さんは経験なさそうっス」
「ないですね」
「そろそろ野営の準備をした方がいいんじゃない? 夜になっちゃうよ」
「……そうだな」
森が夕焼けに染まりきった頃になり、少し広さのある場所を探してテントを張った。
「で、誰が狩りに行くのかしら?」
「ティアの姉御とレージェの姉さん、メラはお留守番がいいっスよね。そしたら他のみんなで行くんじゃないんスか?」
「見張りが二人とメラだけじゃ心許ないでしょうに。と、いうわけであたしはパス」
「自分が行きたくないだけではないか」
「レディーファーストってことで男たちで行ってきてちょうだいよ」
「理不尽っス!」
ティアがはいっと手を挙げる。
「はい、ティアの姉御、どうぞ」
「メラにも狩りをお願いした方がいいと思うよ。上手だから」
「そうなんスか?」
「うん。ね、兄さん?」
「…………………………そうだな」
「何よ今の間は」
ティアは話した。ユリクスと初めて会った日、ユリクスよりもメラの方が狩りが上手かったことを。
「……ユリィ、あんたメラに負けたの?」
「流石にメラに負けんのはなぁ……」
「情けない奴だ」
「兄貴にもそんな不得手なことが……」
「……俺が不得手なんじゃない。メラが上手すぎるだけだ」
ユリクスにしてみれば全力で否定したいことだ。少し前まで一人で生きていた身で、狩りが下手などとは思われたくない!
「……メラも狩りに参加させろ。そうすれば俺が下手なわけではないとわかる」
「必死か」
リアナからツッコミが入るがユリクスも引く気はない。
再び、ティアがはいっと手を挙げる。
「はい、ティアの姉御、どうぞ」
「暗くなる前に狩りに行った方がいいと思う」
「それもそうっスね」
「なら、じゃんけんで決めるわよ。異論はないわね?」
リアナの言葉に男たちは頷く。
「はいじゃあいくわよ。じゃーんけーん」
「「「ぽん」」」
グー、グー、グー、グー、パー。勝者はリアナだ。
「あたしの一人勝ちね。さっ、行った行った」
「リアナの姐さん強過ぎじゃないっスか!?」
「あんたたち脳筋の考えることなんてお見通しなのよ」
「脳筋ってなんスか!」
こうして、男四人とメラはそれぞれが麻袋を持って狩りに向かった。全員方角はバラバラ。個人戦である。
◇◇◇
日が沈み、辺りが暗くなった頃に四人と一匹が野営地に戻ってきた。全員麻袋には何かが入っているようで、失敗した者はいなさそうだ。
「みんな、おかえりなさい」
「薪は集めておきました」
「だからライト、先に火をお願いするわ」
「了解っス!」
ライトが薪に火をつけたため、野営地は明るくなった。テント周辺は視界に困らない。
リアナが手を打ち鳴らす。
「さ、じゃあ結果発表しましょうか。もちろん血抜きは済ませてあるわよね?」
「もちろんだぜ!」
「血抜きしてなかったら麻袋が真っ赤になってるっスよ」
「ふんっ、事前に渡されていた水が足りなくなるかと思ったぞ」
「あら、それだけ言えるなら成果に期待できるわね」
「じゃあボクから」
ライトが麻袋から獲物を取り出す。
「ボクはウサギと鳥を五羽ずつっスね」
「まぁまぁいいんじゃないかしら」
「次は俺だな」
イヴァンが麻袋から獲物を取り出す。
「ウサギが三羽で鳥が七羽だ」
「数的にはボクと同じっスね」
「次は俺だな!」
リューズが麻袋から獲物を取り出す。
「ウサギ四羽っスか?」
「いや、まだあるぜ!」
リューズが少し取り出しづらそうに麻袋から獲物を取り出した。
「すごい、鹿だ」
ティアが感嘆の声を漏らす。他の者も「お~」と拍手した。
「これじゃ今のところリューズの旦那が一番っスかねぇ」
「ユリクス、早く貴様も出せ」
「……あぁ」
ユリクスが麻袋から取り出したのは……。
「ウサギ二羽っスね」
「ユリィ、他の獲物は?」
「……ない」
「「「……」」」
場が一瞬沈黙し、ジト目がユリクスに送られる。
「あんたやっぱり狩り下手なんじゃない」
「……下手じゃない」
「いや、この人数でウサギ二羽は少なすぎるっスよ」
「……一人の時は十分だったんだ」
「今は七人と一匹だっつぅの!!」
渾身のリアナのツッコミに、ユリクスはそっぽを向く。ふて腐れた。
ティアが頑張って慰めているが、暫くは立ち直れそうになかった。
他の者はユリクスを無視して、メラに視線を転じる。
「じゃあメラ、成果を出してちょうだい」
「ガウッ!」
メラが麻袋を差し出してくるのでリアナが代わりに中身を取り出す。中から出てきたのはウサギ八羽だ。
「メラさんもすごいですね」
「でもボクとイヴの兄ちゃんの方が数は上っス!」
「ふんっ」
「あんたたち大人げないというかなんというか……」
メラに勝って誇らしげにしているライトとイヴァンを冷めた目でリアナが見遣る。すると、メラが近くの茂みに向かった。
「どうしたんだメラ?」
リューズの問い掛けにメラは一度振り返って「ガウッ」と鳴くと、茂みに頭を突っ込んだ。何かを引っ張り出している。すると出てきたのは――熊だった。
「ちょっ!? それ熊っスか!?」
「まさか熊を狩ったというのか……」
「メラすげぇや」
敗北が確定した男三人が愕然とした様子でメラを見遣る。メラは胸を張って誇らしげに「ガウッ!」と鳴いた。
「勝者はメラさんですね」
「そうね。まったく、男たちが揃って情けない」
「いやいやいや! これは仕方なくないっスか!?」
「……だから言ったろう。メラは狩りが上手いんだと」
「あんたは勝負の土俵に乗ってないわよユリィ」
「……」
「もうリアナ、折角兄さん立ち直ったのにまたしょげちゃった」
「放っておきなさい」
隅っこでしょもんとしているユリクスを放置して、他の者たちで夕飯の準備に取り掛かった。ライトによって新鮮な肉が豪華な料理へと姿を変えていく。ローストチキンやハンバーグ、ビーフシチュー、ステーキなどなど肉ばかりだが、料理のレパートリーが多いので飽きることはないだろう。丸焼きばかりにならないのは流石ライトである。
全員でテーブルを囲み、挨拶をしてから食事を始めた。
「そういえば、馬車で寝ることはしょっちゅうっスけど、テントで寝るのって初めてじゃないっスか?」
「確かにそうね」
「俺ぁ一人の時はテント張ってたぜ?」
「そうなんだ。私と兄さんとメラだけの時はテントも張ってなかったね」
「え、ユリィさんテント張らなかったんです?」
「……別に必要なかった」
「あんたは野生児かなんかか。それじゃあティアとメラが可哀そうじゃない」
「そんなことないよ。兄さんが上着貸してくれてたの」
「「「ほ~ん」」」
ユリクスににやにやした視線が至る所から飛んでくる。ユリクスはげんなりした。
「……なんだその顔は」
「やっぱ兄貴はティアの姉御に甘いっス」
「甘すぎて砂糖でも吐きそうだな」
「恥ずかしげもなくやるから余計に見てて口の中甘くなっちゃうわよねぇ」
「兄さんは優しいってことだよ」
「はいはい、相思相愛乙乙」
「リアナさんの二人の扱いが雑過ぎて笑です」
「二人共流行りに乗ろうとしてて草っス」
「貴様も乗っているではないかライト」
「イヴで止めたからイヴの負けだな!」
「む」
「……そういう勝負だったのか?」
迷子状態での野営とは思えないほど和気藹々とした雰囲気で時間が経っていく。ボリュームのある肉料理でしっかり英気を養った一行は次の日に備えて眠りについた。
◇◇◇
早朝、ユリクスは目を覚ました。
全員入れる大きなテントを買っていたため、そこら中で仲間たちが眠っている。綺麗にではなくそこら中なのは、寝相が悪い者が約二名いるからだ。ティアとリューズである。リューズは隣で眠っているライトをダイナミックな体勢で蹴り飛ばしてライトに唸り声を上げさせていた。ユリクスの隣で眠っていたはずのティアは遠くまですっ飛んでいる。途中目を覚ます度に体勢を直してやるのだが、どうしてこうもすぐに寝相が大変なことになるのか甚だ理解できない。
ユリクスは溜め息をつきながらティアの姿勢を直してやった。
黒コートと黒レザーの手袋、ダークグレーのシャツを脱いでテントに置いておき、タオルと水を持って外に出る。水を勢いよく頭にかけて、濡れた髪と顔、上半身をタオルで拭く。寝起きにシャワーを浴びているユリクスは野営中もこうしないとなんとなく落ち着かない。つまりいつものことである。
拭いていると、テントから気配がした。珍しく起きた者がいるようだ。
「もう起きてたんスね」
目を擦りながら出てきたのはライトだ。大きなあくびをする。
「……もう少し寝ていてもよかったんだぞ」
「あれだけ蹴られてちゃ起きるっス」
確かに、とユリクスは納得した。
ふと、ユリクスはライトがユリクスのシャツを持っていることに気がついた。ユリクスの視線がシャツにいったことにライトも気づいたようで、シャツを差し出してくる。
「誰に見られるかわからないっスから、シャツは着てた方がいいっスよ」
神核のことだろう。現在、ユリクスの胸のラピスラズリは神秘的に輝いている。ユリクスはシャツを受け取り、誇らしげに輝く神核を隠した。
シャツを受け取った際に、ライトの視線がユリクスの手に向いた。
「よく見たことなかったっスけど、すごい手っスよね」
ユリクスの手は激しい訓練を積んだことがわかるくらいにはぼろぼろだった。ユリクスが自身の手をじっと見つめているのに気づいて、ライトは慌てて言った。
「別に悪い手とは全然思わないっス。ただ、相当訓練したんだろうなって思って……」
「……そうだな」
訓練だけをした、怒涛の七年間。今思い返しても、苦しくはあっても後悔は一切ない時間だった。
ライトがユリクスの手をじっと見つめながらぽつりと零した。
「ボクも、そのくらいやらなきゃ強くなれないっスよね、きっと」
ライトの瞳に決然とした炎がちらついたのをユリクスは見逃さなかった。
「……お前の成し遂げたいこととは何だ」
出会った時から言っている、ライトの成し遂げたいこと。未だ、その内容を聞いたことがなかった。恐らくは〝決別の日〟でのことが関わっているのだろうが。
ライトの瞳が揺れる。
「……ボクは、兄貴に、みんなに隠し事をしてる。成し遂げたいこともそうだし、その他にも」
「……」
ライトが顔を上げた。真っ直ぐにユリクスの目を見つめている。
「でも、いつか必ず話すから。このままにはしないから。だからどうか、その時まで待っててくれないっスか?」
声が、瞳が、切実に訴えていた。そして、その中には不安も。ユリクスは全てを受け取って、ライトの頭に手を置いた。
「……お前の好きにするといい。お前が何を隠していようと、誰もお前を責めはしないだろう」
「兄貴……」
「……少なくとも、俺はするつもりがない」
「……」
ユリクスの言葉にはいつも嘘がない。だから、その言葉を受けて、ライトは心底安心したように微笑んだ。
「ありがとう……」
「……礼を言われるようなことじゃない」
暫く穏やかな時間が流れて、ライトは照れ隠しをするようにテントの方を向いた。
「そろそろみんなを起こしてくるっス」
「……あぁ」
ライトがテントに入っていった。ユリクスも後に続く。
ライトがみんなを懸命に起こしている様子を一瞥しながら、ユリクスは黒コートと黒レザーの手袋を持って外に出て、身につけていく。最後にシャツのボタンを適当に留めて、念のために周囲の気配探知をした。すると、離れたところに二人の人間の気配を感じ取った。距離的に朝食を取る時間くらいはあるだろう。
「……」
目を細めてからテントに戻る。寝起きの仲間たちに声を掛けた。
「……離れたところに人がいる。まだ遭遇することはないが、準備を進めておけ」
「「「はーい」」」
人がいるというのにこの緊張感の無さ。遠足かなんかかと錯覚する。
だがとりあえず準備は進めているらしい。ユリクスが外で待っていると、身支度を整えて続々とテントから出てきた。
リアナとレージェが揃って早朝の日の光に向かって腕を伸ばし、イヴァンが光に目を眇める。ライトが朝食の準備を始め、リューズは煙草を吹かし始めた。
「……またティアが最後か」
「まぁいつものことよね」
ユリクスがテントに入る。そこにはまたすっ飛んでいるティアと、ティアを起こそうと奮闘しているメラがいた。
メラはユリクスの姿を捉えると、泣き縋るように走り寄ってきた。
「ガウガウガーウ……!」
「……ティアが起きないんだな?」
「ガウッ」
よしよしと頭を撫でて宥めると、ユリクスはティアに歩み寄った。屈んで体を揺する。
「……ティア、起きろ」
「う……ん。あと五分……」
「……お前起きてるな?」
「……何故わかったし。いてっ」
ボケをかましてくるティアの頭に手刀を落とす。ユリクスは立ち上がろうとしたが、ティアがズボンの裾を掴んで止めた。その顔は若干ふて腐れている。
「……なんだ」
「……兄さんに起こしてもらいたかったんだもん」
いつからティアはこんなにも甘えん坊になってしまったのか。そうユリクスは内心で嘆息する。だが、責める気は一切ないあたり、ユリクスも絆されている。
「……そうだったとしても、メラに迷惑をかけてはいけないだろう」
「……だって」
「……だってじゃない。反省しろ」
「……はぁい」
そう返事をして、ティアはメラに謝りながら首をもふりにいった。
「……兄ちゃんだな」
「……兄だな」
「……お兄ちゃんね」
「……お兄ちゃんですね」
テントの出入り口から団子のように頭を並べながら四人が覗いていた。
「……お前たちは朝食の準備をしてろ」
「「「はぁい」」」
ティアと同じように返事をして帰っていく四人に、ユリクスは頭を抱えて溜め息をついた。ほんとに疲れる連中だな、と。だが、それを悪いとも思っていない自分がいた。少し前まで、旅がうるさくなるからと嫌がっていた自分がだ。己の心境が変わってきていることに、ユリクスは驚いた。
「兄さんも、みんなとの旅、楽しい?」
メラに抱き着いたままのティアが問い掛けてくる。その表情は確信めいたものを感じているように見えた。ユリクスは視線を下げる。
「……わからない」
「ふふ、兄さんはもうほとんど自分でわかっていると思うよ」
ユリクスの言葉に、ティアは穏やかに笑いながら答えた。ユリクスはなんだかいたたまれなくなる。
「……早く支度をしろ」
「はぁい」
ティアもメラと共にテントを出ていった。テントには、自分の感情の変化に戸惑うユリクスだけが残る。
戸惑うが、悪い気も起きない。ならそれでいいのではないか。ユリクスは深く考えるのが面倒になった。
「兄貴ー! 朝食できたっスー!」
テントの外からライトの呼び声が聞こえてくる。ユリクスは胸の奥が少しあたたかくなったのを感じながら仲間たちの輪の中に戻っていった。
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