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レージェの後悔

 レージェの言葉に、場は沈黙した。誰が一族を滅ぼしたのか。それを知っているということは、それはレージェ自身がその男に深く傷つけられたということを表しているから。


 沈黙を破ったのはイヴァンだ。


「〝決別の日〟には多くの解放者(リベレイター)が関わっているはずだが、その男が滅ぼしたと断言するのだな」

「はい。解放者(リベレイター)たちをわかりやすく煽っていましたから」


 清楚なレージェが初めて吐き捨てるように言う。声音に怒りはもちろん感じるが、どうにもレージェからはそれ以上の他の感情が感じられた。それは悲しみか、悔しさか。レージェの性格上、恐らく両方だろう。


「同胞たちを殺されて、そりゃ許せねぇよな」


 リューズの言葉に、レージェは膝の上で両拳を握りしめた。


「確かに、殺されたことはもちろん許せないです。でも、人魚の一族はそれだけじゃ……殺されただけじゃないんです」

「どういうことっスか?」

「人魚の一族はゼス・バリアスを筆頭に、解放者(リベレイター)たちに……陵辱された上で殺されたのです」


 レージェの言葉に一同は再び口を(つぐ)んだ。あまりに残酷な内容に、何も言葉が出てこない。


「……人魚の一族は美人が多い一族っスけど……だからって……そんな……」


 暫くの沈黙の後、ライトが悲痛な声で呟く。


「一族のみんなを殺したことを……陵辱したことを許すことは断じてできません。でも……私が一番許せないのは……私自身です……」

「レージェ……?」


 レージェの吐露した言葉を聞いて、ティアが不安そうに呼び掛ける。レージェはティアを見て微笑むと、耐え切れなくなったように涙をほろりと零した。


「ティアさんにはもう話しましたが、私は母を目の前で殺されました。家にあの男が入ってきて、母は咄嗟に私を物陰に隠しました。そしてあの男が私たちの居る部屋に入ってきて……目の前で……母に乱暴を……それで……それで……っ」

「レージェ、無理に話すことないわ」


 リアナの制止にレージェはすすり泣きながら首を振った。


「私、とても怖くて……死にたくなくて……そこで初めて神器が顕現(けんげん)したんです……。だから、神器を使って母を助ければよかったのに、怖くて、体は動かなくて、ずっと羽衣に(くる)まって震えていただけなんです……。母が殺されるまで……ずっと……っ」


 泣きながら、懺悔するようにレージェは続ける。


「皆さんは私を神器が顕現できるほどの実力者だと言ってくださいましたが、そんなことは全然ないんです。私は、ただ自分が死ぬのが怖かっただけの……臆病者なんです……っ」


 激しい痛悔(つうかい)で涙が止まらないレージェに、ティアが席を立って歩み寄る。


「ずっとそんな思いを抱えて生きてきたんだね。レージェは優しいから、きっと何年経っても、何をしても、何を言われても、その思いは消えないんだと思う」


 ティアがレージェの手を握って正視する。


「でもね、レージェはあの鉱山で間違いなく一歩を踏み出した。だから、十年前からずっと何も変わらないなんてことはないよ。ずっとただの臆病者なんてことはないよ。これから先、レージェが勇気を出す度に少しずつレージェは変わっていけるよ」

「ティア……さん……」

「その手伝いを、私たちにさせてよ。例え十年前の後悔が消えなくても、これから先の人生をレージェが誇れるようになる手伝いを」


 ティアの言葉に一瞬目を見張ったレージェはすぐにまた俯いてしまう。


「……私は、皆さんの側には相応しくないです。自分が生き残ることしか考えられない私なんて。……でも、そう思いながらも、まるで本当の家族のように寄り添う皆さんが羨ましくて、嫉妬して……私は、最低です」

「レージェ……」


 どうしても前を向けないレージェに、ティアも俯く。


「……それで、結局お前はどうしたいんだ」


 腕と足を組み、ユリクスはすげなく言う。


「……このまま後悔の念に押し潰されたいならそのままでいればいい。俺はお前がその道を選択しようと別に構わない」

「ちょっとユリィ!」


 リアナが慌てたように制止するが、ユリクスはレージェを鋭く見据えたまま口を閉じない。


「……これからの生き方については自分で決めろ。お前の人生だ。俺はお前の選択に関与するつもりはない。勝手にするといい」

「ユリィ、言い過ぎよ」

「……だが」


 ユリクスは一拍置いて続ける。


「……生き残ることしか考えていなくて何が悪い。生きていたいと思うのは人間として当然の感情だ」

「でも私は……母を……」

「……母親を守れなかったのは、その時のお前に誰かを守る力がなかったからだ。だから失った。……だが、苦汁を()めて、足掻き苦しんで、その後どうするのかを決められるのは生きている者だけの権利だ」

「生きている者の……権利……」

「……今、お前はここに生きている。死んだ者に対して思うことがあるのなら、生きて生きて、探し続けて、そして見つければいい。自分で納得できる在り方を。死んだ者に誇れる生き様を」


 言い終えて、ユリクスは瞼を閉じた。


 レージェに言った言葉は、ユリクスにとって自分への言葉でもあった。ユリクスも、失った。今でもあの日の光景は夢に見る。自分が生き残った意味もまだわからない。――だから、見つけたい。生きていなければ見つからない。


 ユリクスは組んだ腕に力を込めた。先程の自分の言葉を留めるように。己に生への執着を刻み込むように。それからゆっくりと閉じていた瞼を開く。


 すすり泣いていたレージェは呼吸を懸命に整えると、零れる涙をそのままにユリクスを正視した。


「……見つかるでしょうか」

「……それはお前次第だ」

「私は……皆さんの側にいるのに相応しくなれるでしょうか」

「……それを決めるのもお前だ。俺たちは相応しいかなど考えていない。……ただ、他者との距離の取り方は人それぞれだ。お前が相応しくないと思うのなら、一線引けばいい。寄り添いたいなら、近づけばいい。そうやって、お前に合った距離を見つければいいだろう」


 一瞬感極まったように表情を歪めたレージェは目を閉じて深呼吸をする。目を開くと、顔を涙で濡らしながらも華やかに微笑んだ。憑き物が落ちたように。前へと歩き出すように。


「……ユリィさん、私、もう誰かを失うのは嫌なんです。震えていたくないんです。強く……なりたいんです」

「……ならそうすればいい」

「手伝ってくださるんですか?」

「……ティアがそう言ったからな」

「ユリィさんの意思も、そこにはあるんですか?」

「……どうだろうな」

「ふふっ」


 否定しない時点で、ユリクスの意思は明白だった。レージェが口元を手で押さえて上品な笑みを零す。


 レージェに言ったユリクスの言葉と、レージェの晴れやかになった表情に、この場にいる者たちは表情を柔らかなものにする。……ただ一人を除いて。


「……あのユリィが長く喋ってるわ……」


 リアナだけは心底驚愕したように呟いた。隣にいたライトが盛大にずっこける。


「兄貴が良いこと言って良い雰囲気になってたのになんで壊すんスかっ!! 空気読んでくださいっス!」


 ライトがまともなことを言うが、悪ノリするのがこの連中。


「まぁ確かに珍しいよな! ユリィ、お前ぇさんこんなに喋れたのか! 偉いな!」

「明日は雪でも降るんじゃないか?」

「兄さん……成長したね……」

「ガウー!」

「……俺をなんだと思っているんだ」

「あぁ! ほらぁ兄貴がしょげちゃった! ほんとのことだからってみんな言い過ぎなんスよ!」

「……」

「あーあ、ライトのせいで兄さん余計しょげちゃった」

「え、あっ、ちがっ!」

「ライトがとどめ刺しちゃったわね」

「「「あーあ」」」

「兄貴ー! ごめんっスー!」

「……」

「……ふふ……あはっ……あはは!」


 口々にユリクスを弄り、しょげさせるというコントのようなやり取りに、レージェは大口を開けて笑い出す。普段の淑やかな彼女とは打って変わったその様子に、ユリクスたちは目を見張って驚く。だが、まるで萎んでしまっていた花が再び華やかに咲き誇ったかのような彼女に、一同は揃って微笑むのだった。もちろんユリクスは無表情だが。


 一頻(ひとしき)り笑ったレージェは笑い過ぎて滲んでいた涙を拭うと、神器の羽衣を顕現(けんげん)させた。


「ずっと、自分の身を守るためだけに生まれたようなこの羽衣が嫌いでした。自分の臆病さが形になったようで。でも、ユリィさんの、皆さんのおかげで少しずつ、好きになれそうです」

「……その羽衣は、お前の生きたい意志が強かったから生まれたものだろう。何も悪いことはない」

「はい、今では悪くないのかもなって思えます」

「すごく綺麗な羽衣だよね。きっとレージェの綺麗な心が具現化したんだと私は思うの」

「ふふ、ありがとうございますティアさん」


 羽衣の顕現を解くと、レージェは襟を正して全員に向き合った。柔和に、しかし芯のある表情で口を開く。


「改めまして、人魚の一族のレージェ・マーメントと申します。これからよろしくお願いしますね」

「うん、よろしくねレージェ」

「レージェの姉さんが仲間になったっスー!」

「ガウガーウ!」

「がっはっはっ! これで神人族揃ったな!」

「……どうしてこうなった」

「自分で後押ししておいて何言ってんのよ」

「ふんっ、自業自得だ、馬鹿め」


 溜め息をつくユリクスを余所にして、ライトを筆頭に今日は宴会だー! という流れが出来上がる。ライトがテキパキと夜食を作り、リアナとリューズ、レージェで酒とジュースを用意する。ティアの指示の元ユリクスとイヴァンの二人が渋々テーブルをセッティングしていく。


 レージェ歓迎会の名のもとに、どんちゃん騒ぎの宴会は明け方近くまで続いたのだった。




 ◇◇◇




 ユリクスが朝、仮眠から目覚めると、周囲は酷い有様だった。皿や食べかす、空きボトル、グラスが散乱するテーブル。床を含めそこら中で死んだように眠っている者たち。羽目を外しすぎだろうとユリクスは嘆息した。だが、平和な光景であるともいえるので悪い気はそんなにしない。


 恐らく起きないだろうが、念のため音を立てないように注意しながらシャワールームに向かう。


 シャワーを浴びながら、ユリクスの思考を支配するのは昨夜のあの青年。対面した際の衝撃。感じたことのない圧迫感。そして、自分の身に起こった異変。昨夜だけではない。度々自分に起こる異変を感じて、自分の中にある〝何か〟に、流石にユリクスも気づいている。何があるのかはわからない。ただ、その答えに繋がるものが十年前の()()()()()にあるような気がしてならない。


(……ガルダに、会う必要があるか……)


 自分を拾い、育てた師匠を思う。もう三年以上会っていない。どこにいるかもわからない。だが、十年前の自分をよく知っているのは師匠しかいない。何か知っているとしたら師匠だけだろう。……まぁ、面倒なのでわざわざ探すことはしないが。


 自分に関わることなのに、面倒くささには勝てないユリクスである。


 酒の臭いを落としてからシャワールームを出て、身支度を整える。


「……ガウ……?」


 物音に目を覚ましたメラが寝ぼけ眼でユリクスに「どこか行くの?」というように鳴く。


 ユリクスはメラの頭を優しく撫でながら忍び声で言った。


「……ギルドに行ってくる。お前ももう少し眠るといい」

「……クゥ」


 頭を撫でられる感覚に気持ちよさそうに目を閉じたメラは再び横になり、眠りについた。


 ユリクスは借家を出てギルドに向かう。早朝という時間ではないので人の往来はまあまあ多い。すれ違う女性たちがユリクスを見て頬を染めながらひそひそ話している。もう慣れたので動じない。しかし予想外の事が起こる。ひそひそ話していた内の女二人が近づいてきたのだ。


「あのぉ、お兄さん今時間ありますかぁ?」

「これから一緒にお茶でもどうかなぁ~って~」


 ユリクスの頭に疑問符が飛ぶ。何故見ず知らずの他人である自分に声を掛けたんだ? と。


 しかも女たちの話し方が不自然だ。体もくねくねしている。所謂(いわゆる)甘い猫撫で声で逆ナンされているのだが、初体験且つ世間一般事情に疎いユリクスにはわからなかった。とりあえず今はギルドに行かないといけないので断る。


「……これからギルドに行く。だから時間はない」

「もしかして冒険者なんですかぁ?」

「すごぉい! お兄さん強いんですね~!」


 時間がないと言っているのに女たちは引かない。言葉の通じない相手にユリクスは首を捻る。さて、どうしたものか。考えていると、背後から気配。


「悪いがその男はギルド支部長に呼ばれている。事の重大さは君たちもわかるな?」


 モテナだ。相手を怯えさせない程度の少しの厳しさを孕ませた声音で介入した。


 支部長からの呼び出しというのは一般人であってもただ事でないことくらいわかる。女たちはそそくさと退散した。


「……アランには呼ばれていない」

「嘘に決まっているだろう。まったく、逆ナンの対処もできないのか」

「……逆ナン?」

「……おいまさか、その顔で今まで逆ナンされたことないなんて言わないよな?」


 モテナからの問いにユリクスは首を傾げた。それにモテナは口を開けて唖然とする。


「それはされても気づかなかったということか? それとも今まで人を寄り付かせなかったということか? ……どちらにせよお前はもう少し常識を身に着けた方がいいな」


 頭を抱えて首を振るモテナの言葉にユリクスはまた首を傾げるが、とりあえず助けてもらったことだけは認識した。


「……対処してくれたことは助かった。感謝する」

「別にいい。……私も昨夜は迷惑をかけたらしいからな」


 そういえばそうだったな、とユリクスはモテナの泥酔っぷりを思い出す。その後の出来事の衝撃が強過ぎて忘れていた。


 モテナはばつが悪そうな表情をしてギルドの方向へ歩き出す。


「ギルドに向かうんだろう。私も向かっていたところだ。行くぞ」


 何故一緒に……? とユリクスの中で疑問符が飛ぶが、まぁ目的地が同じなら仕方ないかと思いなおして歩き出した。


 ギルドに着けば、昨日同様〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟が二人同時に現れたことで冒険者たちが沸いた。その騒ぎにギルド職員たちが大慌てで二人を奥の部屋へと押し込んだ。奥の部屋にはもちろんアランがいた。


「おはようございます、支部長」

「おう、二人共おはようさん」


 対面のロングソファーに昨日と同じように、片側にアラン、反対側にユリクスとモテナが座る。お茶とお茶菓子が用意され、ギルド職員が部屋を出てから話が始まった。


「んで、今日はどうしたよ?」

「私は昨日の謝罪に。大変ご迷惑をおかけしました」

「そんなの気にしなくていいって! 誘ったのは俺だしな!」


「龍王も気にしてねぇよな?」というアランからの問い掛けにユリクスは無言で答える。それをアランは肯定ととらえたらしく、いつものように「ふはっ!」と笑った。


「んで、龍王はどうしたよ? お前なら挨拶のためにわざわざ来ねぇだろ」


 アランとモテナからの視線を受け止め、ユリクスは口を開いた。


「……昨日お前たちが帰った後に、ある男に会った」

「ある男?」

「……あぁ」


 ユリクスは昨夜接触してきた青年について説明した。纏った威圧感と異常性について。説明を聞き、二人の表情が険しくなる。


「まさか、お前にそこまで言わせるのか」

「こりゃ、総長に報告だな」


 アランは険しい表情のまま(おもむろ)に立ち上がると、執務机に向かっていった。鍵のかかった引き出しを開け、何かを取り出して戻ってくる。ソファーに座り直してテーブルに取り出した物を置く。それは人の頭より一回り小さいくらいの大きさの水晶玉だった。水晶の中では空気が渦を巻き、小さな竜巻のようなものができている。


「支部長、これは?」

「これは総長との連絡手段だ」

「それは総長と支部長だけが知るものでは!?」

「まぁそうだな」

「……何故これを出した」

「お前がそこまで危険だと感じた男がいるのなら、お前が自分で総長に伝えた方が良いと思ってな。俺はお前たち二人を信頼している。お前たちだけなら連絡手段を教えても大丈夫だと判断した。ま、怒られるとしたら俺だから気にするな」

「支部長……」


 アランからの全幅の信頼にモテナが表情を引き締める。責任感のある男だ。恐らく絶対に他言しないと自身の中で誓ったのだろう。ユリクスも他の人間に話すつもりはなかった。


 アランが厳粛に話し出す。


「この水晶は総長の魔力だけでできている」

「なっ、魔力で水晶ができるというのですか!?」

「本来はできねぇよ。これは、総長が三日三晩魔力を練り続けて作られたものだ。睡眠も取らず、食事もほとんど取らずにな」

「「……」」

「一つ作るだけで総長の命を削るようなもんだからな。だからこの魔道具は貴重で秘匿されてんだ」

「そうだったのですね……」

「……で、どうやって連絡が取れる?」

「おいおいもっと有難みを感じろよ」


 ぶれないユリクスにアランが呆れる。


「これは総長と総長の神核の超膨大且つ超高密度の魔力だからな、総長の神核と共鳴するんだよ」

「……共鳴?」

「一つ作ってみてわかったことだが、具現化する程の魔力なら、離れていても神核が共鳴するらしいんだよ。詳しい原理はわかってねぇが……まぁ神核自体が神から授けられたっつう謎の多いもんだからな」

「本人でなく神核が共鳴するのですね」

「そもそもランクの高い神核を持ってる奴じゃないと三日三晩魔力を練り続けるのが不可能だからな。本人より神核から与えられる魔力の方が多いんだろ」

「……共鳴……神器もか」

「お、良い所に目を付けたな龍王」


 ユリクスの呟きにアランが称賛する。


「神器もまた魔力が具現化したものだ。神器の顕現(けんげん)も神核が持ち主の魔力に共鳴して起こる現象だと俺たちは考えてる。今度神器を顕現させたままほっぽって遠くまで離れてみな。どこまで離れても神器の場所を感じ取れるからよ。それが共鳴だ」

「なるほど……ですが神器は強い意志に反応して顕現するものでは?」

「魔力は体中に流れてるもんだ。魔力に強い意志が宿ることで顕現されると考えている」

「……何故神器と水晶で必要な魔力量が違う?」

「さぁな。ただ、水晶は無理矢理作ったもんで、神器は神核に元から備えられた機能として考えている。まだ謎は多いからな、それで一先(ひとま)ずは納得してくれや」


 まだまだ神核についての謎は多いが、今はギルド総長ゲオルグとの連絡が最優先だ。ユリクスとモテナはこれ以上の質問を止めた。


「その水晶に触れて軽く魔力を練ってみろ。そうすれば総長の方が気づいて反応してくれる」

「……つまり連絡はゲオルグからの一方通行というわけか」

「そういうこった。この水晶に込められた魔力に気づいて繋いでくれるのは総長だけだからな。だから総長に何かあれば俺たちは連絡手段の一切を失うのさ」


 これまた問題の多い連絡手段だな、と内心でぼやきながら水晶に触れる。魔力を軽く練った。すると水晶が淡く光る。同時に水晶から声が聞こえてきた。


『お、この魔力はユリクスか?』

「……そうだ」

「お久しぶりです、総長」

『おー、モテナもいるのか、久しぶりだな』

「悪いな総長、二人には魔道具について話した。説教なら今度聞くぜ」

『いや、いい。何か事情があるんだろう。それにユリクスとモテナなら大丈夫だろうからな』


 ユリクスの横でモテナが「総長に信頼されているっ!」と感極まったように気持ち悪く悶えている。ユリクスは無視した。


『魔力を込めたのがユリクスってことは、ユリクスから何か話があるのか?』

「流石総長、話が早ぇ」

「……ゲオルグ、昨夜、異質な男に遭遇した」

『異質な男?』

「……あぁ。相対しただけで俺たちとは根本的に違うと思わせる何かが、その男にはあった。威圧感も、今までに会った〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟とは比にならない。油断をすれば死ぬ。そう思わせるものだった」

『……お前にそこまで言わせるか。外見は?』

「……白銀の髪に、琥珀の双眸だ」

『琥珀の瞳っていうのは珍しいな。俺は長いこと旅をしているが、琥珀の瞳を持った人間には会ったことがない。……いや、ティアの片目がそうか』

「……あぁ」


 相対している時には存在感ばかりに意識が向いていて気がつかなかったが、後で思い返してみればティアの琥珀によく似ていた。それが何を意味しているのかはわからないが。


 暫し思考に耽ったユリクスの意識をゲオルグの声が引き戻す。


『そいつは接触してきただけだったのか?』

「……あぁ。圧はあったが、敵意はなかった。俺がどんなものか見に来ただけだと言っていた」

『そうか。……情報感謝する。なんにせよ、そんな相手と遭遇したお前が無事でよかった』

「……別に、害そうとしてきたのであれば斬り伏せる。それだけだ」

『ははっ、やばそうな奴に遭遇してなおそんだけ言えりゃ大丈夫だな! このことは他の支部長にも共有しておく。お前たちも気をつけろよ』


 その言葉を最後に通信は切れた。雑談を交えず用件だけで終わらせた点、総長らしく公私をわきまえているということか。


 アランが再び席を立ち、水晶を鍵のかかった引き出しに戻す。


「一体何者なんだろうな、その男は」


 悶えていたモテナが我に返ったらしく、顎に手を当てて考え込む。


「まぁ今は情報が少な過ぎる。考えたって仕方ねぇよ」

「それもそうですが……」

解放者(リベレイター)に吐かせるくらいしか調べようもねぇし、要注意人物として気をつけるしかねぇだろ?」

「そう……ですね……」

「……昨日捕まえた三人は何か情報を持っていたのか?」

「いいや、〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟に鈍色の神核をもらったってことくらいしか聞き出せなかったな」

「……そうか」


 末端の解放者(リベレイター)だということは一目見てわかっていた。そんな相手に情報を期待するだけ無駄だろう。


 モテナ同様、顎に手を当てて考え込み始めたアランがユリクスに視線を送る。ユリクスはその視線を受け止めた。


「だがどうしてその男はお前に接触したんだろうな」

「……わからない」


 実際のところ、あの青年がユリクスに接触した理由はユリクスに起こった異変に関係があるのだろう。あの瞬間に青年は確かに「みつけた」と言ったのだから。だがユリクスはティアの件を含め、それを話さなかった。


 ティアの件――〝不死鳥の神子〟について話さなかったのは、今後〝不死鳥の神子〟が何かわかった際に、内容によってはティアがより生きづらくなるかもしれないと危惧したから。


 そして、自分のことを話さなかったのは、ユリクスの中の〝何か〟がユリクスの無意識の部分で邪魔をしたから。ゲオルグや支部長たちのことをユリクスはほとんど信頼している。だが、ユリクスの中の〝何か〟がゲオルグたち人間族に対する猜疑心を生み出した。残念ながら、人間族へ疑念を抱くことに慣れ過ぎてユリクスは気づくことができなかったが。


 ユリクスは(おもむろ)に席を立ち、扉へと向かう。


「もう帰んのかい?」

「……用は済んだからな」

「報告ありがとよ。ところで龍王、レージェはこれからどうすんだ?」

「そうだ龍王! 早くレージェを解放しろ!」


 面白そうににやにや問い掛けてくるアランと、切歯して噛みついてくるモテナに、顔だけで軽く振り返ったユリクスは無表情でしれっと答えた。


「……旅についてくるらしい」

「おっ」

「はぁ!?」


 それだけ言い残して執務室の外に出る。後ろから「どういうことだりゅうおぉぉぉぉぉ!!」と叫び声が聞こえてきたが、ユリクスは華麗に無視した。






お読みいただきありがとうございます。


人魚の一族名は「マーメント」です。


次回更新は1日です。

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