ティアの過去
ユリクスは全力で走った。頭を抱えて悲鳴を上げているティアを抱えながら。身体強化と雷魔法を施して。
一般人が目で追えないようなスピードで、人目のないところを探して迅雷の如く走る。
振り返る通行人たちを振り切って走り続け、やっと暗い路地裏を見つけた。そこに躊躇うことなく入っていく。
ティアを降ろして屈み、肩を揺さぶった。
「……ティア」
「あぁぁ……ああぁぁぁ!」
揺さぶってもティアの目の焦点は合わず、瞳は揺れ続けている。ユリクスはより強くなる焦りを感じながらティアの頬を軽く叩いた。
「ティア! しっかりしろティア!」
「うぁ、ぁぁぁぁ……!」
切迫した声音で強く呼びかけるが、ティアはユリクスを見ないで悲痛な声を発し続ける。
なんとかティアの意識を自分に向けたくて、ユリクスはティアを掻き抱いた。そして耳元で圧するように、しかし優しさも孕ませて言った。
「ティア、俺のことだけ考えろ。俺のことがわかるか」
「ッ! ……に、いさ……!」
「そうだ、俺だ。俺はここにいる。お前の側にいる」
「っ、ふ、うっ、にいさっ……! にぃさんっ! にいさんっ……!」
ようやくティアの意識がユリクスに向いた。ユリクスにしがみつき、嗚咽を漏らして泣きじゃくる。
「にいさん……! おねが……っ! ひとりにしないでっ……! おいて、いかないでぇ……っ!」
必死な懇願に、ユリクスは抱きしめる力を強くする。そして言い聞かせるように言った。
「……俺はどこにも行かない。お前を置いて行かない。……大丈夫だ。俺を、信じろ」
ユリクスは決して離してなるものかというようにティアを強く抱きしめた。安心させるように頬を寄せてやる。ユリクスなりに、精一杯の慈愛を込めて。
ティアもまた、ユリクスをぎゅっと抱きしめ返した。顔をぐしゃぐしゃにして子どものようにわんわん泣く。
ティアが落ち着くまでずっと、ユリクスはティアを抱きしめながら背を撫でてやるのだった。
どれくらい経ったのか。お互い必死でどれだけ時間が経ったのかはわからない。だがようやくティアが落ち着いたのでユリクスはほっと胸を撫で下ろした。
最後にぽんぽんと背を軽く叩いてから抱擁を解いて向き合う。ティアの目元は可哀想なくらいに腫れてしまっていた。目尻に溜まった涙をそっと拭ってやる。
「……もう、大丈夫か?」
「うっ、ひぐっ……う、ん。だいじょぶ……。ごめんね、兄さん……」
申し訳なさそうに眉をハの字にして俯くティアの頭を撫でてやる。
「……謝ることはない」
「……うん」
まだ表情の晴れないティアの頬を撫でる。ティアは縋るようにユリクスの手に両手を添えた。
「……怖いよ……兄さん……」
「……俺はどこにも行かない」
「……本当?」
「……約束する」
「うん……約束、ね」
約束を交わして、やっとティアの口元がほころんだ。いつものような明るい笑みには程遠いが、それでも少しでも笑顔を取り戻せたのならよかったと、ユリクスはほっと息をついた。
だが、落ち着けば思い出されるのはあの青年。ティアを追い詰めたことは断じて許せない。ユリクスの胸で怒りが募る。そして、あの男の言葉の意味は一体……。
ユリクスが視線を少し下げて考えていると、添えられたティアの手にぎゅっと力が篭った。顔を上げてティアを見る。不安げに瞳が揺れていた。
「話すよ……さっきの人が言ってたこと」
「……無理に話すことはない」
「うん……でも、みんなに隠し事はしたくないから……」
「……そうか。無理はするなよ」
「ありがとう、兄さん」
ティアの意思を尊重したが、やはり心配ではある。余程嫌なことを思い出したのだろうことは想像に難くない。
ユリクスはティアを抱き上げた。腫れぼったくなってしまった顔を隠すように抱えてやる。依頼をこなした後のティアは恥ずかしがったが、今は不安のせいか大人しく抱かれている。
ユリクスの首に腕を回して動かなくなってしまったティアを抱き、ユリクスは借家への帰路についた。
ティアの心が落ち着くように、できるだけゆったりと歩く。背中をぽんぽんと叩いてやりながら。頭を撫でてやりながら。
夜だからか人の往来は少なく、閑静な道をユリクスは歩く。時折すれ違う人々がユリクスを避けていく。目を合わさないように。ユリクスの視界に入らないように。
今のユリクスが歩くだけで非日常となったスパイダリアの道を、何も気にせず闊歩する。
そして借家に辿り着いた。扉を誤って壊さないように慎重に開ける。中に入って感じたのは人工的な光と、日常に引き戻そうとしてくれる夕食の香り。だが引き戻すには、弱い。
自分たちが帰ってきたことに気づいて近づいてくる気配。
「おかえりなさい! ……どうしたんスか」
出迎えてくれたのはライトだ。いつもの明るい表情が一変し、殺気立ったものに変わる。何故なら、ティアの様子が普段の彼女ではありえないものだったから。そして、周りの人間をも感化してしまう程の怒気を放つユリクスがそこにはいたから。
片や傷つき、片や普段ではありえない程の怒りを湛えているただならぬ二人の様子は、何者かからの敵対行為があったことを如実に表している。故に、ライトも殺気立った。大切な二人を悲しませ、怒らせたから。
奥から更にリアナやリューズ、メラ、イヴァン、レージェも続々と出迎えに来る。
「……何があったの、ユリィ」
「敵はどこにいる」
「グルゥゥゥゥ……」
リアナとイヴァン、メラもユリクスの怒気に感化されて殺気立つ。ライトもリアナもイヴァンも、今にも神器を顕現させそうなほど猛り立っていた。
「待ちなお前ぇさんたち。まずは中入ろうぜ。話はそれからだ」
「そうですね、先にティアさんを休ませてあげましょう」
リューズとレージェもその声音に怒りを滲ませているが、冷静に他の者たちを制止した。二人の制止のおかげでとりあえずはリビングに入ったユリクスたち。綺麗に並べられた夕食は、普段ならば和気藹々とした雰囲気を作り出し、食欲をそそる。だが皆の怒りが、特にユリクスから漏れ出る憤怒が収まらない。ユリクスに引っ張られるように他の者もピリピリと殺気立ち、とてもじゃないが夕食を取れる空気ではなかった。
しかしそんな空気を変化させる鈴を転がすような声が響いた。
「ねぇみんな、そんなに怒らないで。私はもう大丈夫だから」
ユリクスの腕の中にいるティアが泣き腫らした顔で困ったように笑った。その澄んだ声に、肌を刺すような空気が揺れる。
「兄さん、兄さんが約束してくれたから私はもう大丈夫だよ。だからみんなでご飯食べようよ。折角ライトが作ってくれたご飯が冷めちゃう」
険しい顔をしたユリクスに臆することなく、ユリクスの強張った頬を優しく叩くティア。その軽い刺激とティアの言葉にユリクスは我に返ったように元の無表情に戻ると、少しずつ怒気を収めていった。同時に、周りの者たちも気持ちが落ち着いていく。そしてようやく、空気は穏やかに凪いでいった。
ユリクスはティアに促されてティアを優しく下ろした。
「ごめんねみんな、心配かけて。でも本当にもう大丈夫だよ」
「うぅ、何があったんスかティアの姉御ぉ……!」
「グルゥ」
「とりあえず濡れタオルを用意しますね」
ティアにライトが抱き着き、メラが心配そうに寄り添う。そのすぐそばでレージェがテキパキとタオルを用意するために動いた。
「あぁもう! 一体誰よあたしたちに喧嘩を売ってきたのは! むかつくわね!」
「まったくだな。会った時は容赦せん」
「ま、何があったにせよ二人が帰ってきてよかったぜ!」
苛立ちと心配は残っているものの、なんとかいつもの雰囲気が戻ってきた。レージェがティアの目元にタオルを当ててあげているのを見守りながらテーブルの席につく。
遅れて、お腹が空いたと主張したティアとそれを了承したレージェも席につく。
腹が減っては戦はできん! というように勢いよく「いただきます!」と挨拶をした一同はガツガツと夕食に手をつけた。ユリクスだけは顰め面で考え込むように黙々と食べているが。
「兄さん、私は大丈夫だし、ちゃんと話すって言ったでしょ? 美味しく食べよ?」
「……そうだな」
ユリクスも表情を元の無表情にして食べ進める。勢いのある食事はいつもより早く終わったのだった。食器を片付けた後はライトが用意したコーヒーと御茶菓子を用意して会議の時間である。
「それで、何があったの?」
リアナが話を切り出す。ユリクスは持っていたコーヒーカップを置いて答えた。
「……異様な男と会った」
「異様な男っスか……」
「その人、私の過去を知ってたの。その人に言われて、私、過去を思い出して……それで……」
俯いたティアの言葉の先は聞かなくても理解した。つまりその男のせいで目を腫らすほど傷つけられたということ。全員の胸の内で苛立ちが募る。
リューズが年長者らしくティアを気遣うように言った。
「無理に話すことはねぇんだぞ?」
「うん。でもね、聞いてほしいの、私のこと。聞いてくれる……?」
全員で頷く。無理に聞き出そうとは思わないが、ティア本人が話したいというのならば、真摯に聞くだけだ。
ティアはユリクスたちの意思を感じ取り、安心したようにゆっくりと話出した。己の過去を。
◇◇◇
足の裏が痛い。手首が痛い。疲れた。お腹が空いた。寒い。怖い。
そんな感情が歩き続ける二十代程の女の心を支配していた。あらゆる負の感情で足が縺れそうになる。しかし両手首を一括りに縄できつく縛られ、縄の先端を一人の男が持っているため、足を止めようとすれば無理矢理引かれて歩かされる。
一歩進む毎に足の裏に石が食い込んで激痛が走る。だが歩調を緩めれば問答無用で縄を引かれてしまうので歩くしかない。せめて靴があればよかったのだが、残念なことに女は裸足だった。
女は三人の男たちに囲まれて山を登っていた。だが、何故自分が手首を縛られてこんな場所を歩かされているのかはわからない。わからないのはそれだけではなかった。自分の正確な年齢も、親がいるのかも、友達がいるのかもわからない。
ただ、わかることもあった。自分が不死鳥の一族であること。名前がティア・フェニシスであるということ。女――ティアにはそれしかわからなかった。せめてこの名前が誰によって付けられたのかがわかれば、少しは人との繋がりを感じられてよかったのかもしれないが。
わからないことが多過ぎて、これから自分の身に何が起こるのかもわからなくて、ティアは怖くて仕方がなかった。
だが今は恐怖や空腹、寒さで震える足を叱咤して歩き続けるしかない。
痛みに耐えながら歩き続けて、ようやく男たちにとっての目的の場所に辿り着いたようだった。
ティアが俯いていた顔を上げる。目の前にあったのは鉄でできた縦に長い建物。表面には何もついていなくてのっぺりしている。その建物の入り口だけが網目状の扉になっていて、まるで牢獄のようだとティアは思った。扉の横に上下に動かせるレバーのようなものがあるが、ティアにはそれが何のためにあるのかわからない。
「ッ!」
ただじっと建物を見ていたティアが突然長い髪を引っ張られて一人の男に引き寄せられる。痛みで怯んでいた間に手首を縛っていた縄が刃物で切られた。
解放されたことに驚いていると、建物の扉が開かれてティアは中に押し入れられた。
一人だけ中に入れられたことにティアは困惑を強くする。隔離されたことで恐怖も増し、全身が震えた。震えながら辺りを見回せば、驚くほど中には何もない。
ふと、建物の外で男たちが何かを話している声が聞こえてきた。だが内容までは聞き取れない。ただ震えながらじっとしていると、一人の男が扉の横に設置されていたレバーに近づき、それを下ろした。
その直後に感じたのは、激しい金属音。己の下で広がっていく影。そして、全身を駆け巡った一瞬の激痛。
ティアの視界は暗転し、光が戻ってきた時に感じたのは、先程よりも小さい金属音。己の下で小さくなっていく影。そして、己の真下に広がる大量の血。
「ッ!!」
ティアはいつの間にか倒れていた体勢から、動揺を露わに体を跳ね起こした。どうして己の下で血だまりができているのか。一体何が起こったのか。先程の激痛は何だったのか。
心臓が痛いほど早鐘を打っている。胸の痛みと血の臭いで吐き気が込み上げてくる。
ふと気づいた。いつもより目線が低くなっている。急いで自分の手を見た。血に濡れた手は明らかに小さくなっている。
ポタッ、と、上から水が降ってきた。頬に付着したそれを咄嗟に拭うと、それは赤い水だった。反射で天井を仰ぎ見る。天井には赤いシミのようなものが広がっていた。
「ぁ……あぁ……」
ティアは理解してしまった。先程聞こえてきた金属音は、鎖か何かで支えられた天井が落ちてくる音。己の下で広がった影は近づく天井。そして、一瞬感じた激痛は――己が圧死したもの。
「あぁ……あぁぁぁ!」
山を登っていた時の比にならない恐怖がティアの心を支配した。網目状の扉に走り寄り、網目を掴んで必死に叫んだ。
「お願い! ここから出してっ!!」
ティアの悲痛な叫びを聞いても男たちは何の反応も示さない。それどころか。
「装置は正常に機能したな」
「あぁ。不死の魔法の方も大丈夫そうだ」
「これを五年毎に行えば問題ないな。何年で不死鳥の神子が出来上がるか楽しみだ」
ティアは絶望した。男たちは自分の死を見ても気にした様子はなく、それどころか嬉しそうだ。それに五年毎と言った。つまり、自分は五年毎に殺され続ける? 何かしらの目的が達成されるまで?
大きな絶望感に、足の感覚が希薄になる。両目から自然と涙が零れ続ける。男たちが自分に背を向けて山を下りていく。
「……いや……いやぁ……おねがい……出して……ここから出してよぉ……」
男たちの姿が完全に見えなくなり、何も音は聞こえなくなった。独りになり、心に穴が空いた感覚がした。まるでこの部屋のような、空虚感。足から力が抜け、その場に崩れ落ちる。〝死〟への恐怖が、〝独り〟の恐怖が、穴の開いた心から溢れ出した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
ティアの絶叫は、誰にも届かずに空しくも消えていった。
それからの生活は実に空っぽだった。壁にある極々小さな扉から三食食事が提供されるが、持ってきた人物は姿を現さずに去っていく。ただそれだけ。食事を除けば、ただそこにいるだけ。網目状の扉から時間の流れはわかるが、途中で何日経ったのか数えるのをやめた。
そして、恐らく五年が経った時に、複数の人間が現れる。レバーを下ろし、天井を落とす装置を起動させ、ティアを殺して去っていく。
最初の何回かは何度も懇願した。どうか殺さないでほしい。怖い。ここから出して。独りにしないで。
しかし聞き届けられたことは一度もない。
最初は同じ人間が来ていたが、途中から人が変わった。それに少しの希望を見出して懇願してみても、やはり聞き届けられなかった。
何度も何度も懇願して、人が変わる度に希望を見出して。だが、無駄だった。全てが無駄だった。自分は何をしてもここから出ることは許されない。〝死〟からは逃れられない。〝独り〟から脱することもできない。
もう何度殺されたのかわからない。何度人が変わったのかもわからない。
懇願に、死に、独りに、希望を見出すことに、ティアの心は疲れ果てた。
そしてある時、自分の中で何かが切れる音がした。プツンと、静かに。
何も、感じなくなった。訪れる死への恐怖が消えた。独りであることを寂しいと思わなくなった。全てが、どうでもよくなった。
ティアは懇願をやめた。する必要がなくなったから。ただ作業的に食べて、死ぬ。それだけをする存在に成り果てた。
それからまた時間が経っていった。もう何年の時が過ぎたのかはわからない。そんなことはどうでもいい。自分はただ食べて死ぬだけの存在なのだから。
何も感じない。ただ、作業のようにそこにいるだけ。ティアはただ、そこにいた。
しかしある日、訪れた複数の人間たちがレバーを下げた後に帰らなかった。扉の向こうでざわついている。だが、ティアは死んで倒れた体勢から緩慢に座り直しただけで特に関心は抱かなかった。空虚な瞳を外に向けるだけ。外から興奮した声が聞こえてくる。
「素晴らしい! まさか自分の代で変化を見届けることができるなんて!」
「あぁ! 完成には程遠いが、大きな一歩だ!」
「これで『不死鳥の神子、ティア・フェニシス』についての記録を進めることができる!」
(……ティア……フェニシス……)
随分長いこと動いていなかったティアの心が揺れた。
(……そうだ……わたしはティア・フェニシス……にんげん……だ……)
ただの食べて死ぬだけの存在だったティアが自分の名を聞いて、人間だということを思い出す。
「……ぁ……あぁ……」
久しぶりに動かした声帯は上手く動かず言葉にならない。けれど声を出せることを思い出して、より人間としての尊厳を己に刻み付ける。
「……わた、し、は……にん、げん……」
未だ本来あるはずの死への恐怖は戻ってこない。一度壊れた心は完全に修復されない。この状況で、したいとも思わない。ただ、自分が人間だということを思い出せたのならそれでいい。ティアは自分の名前と、自分が人間だということだけを残して、心を凍らせた。
それからも食べて死ぬ生活が続いた。全てが作業で、凍った心には刻まれない。故に、ティアにとってはどれだけの時間が経っていても昨日今日この檻に入れられたことと何ら変わりなかった。ティアの知らぬところで時間が過ぎていく。
ある日、いつもと様相の異なる人間たちが檻の前に現れた。全員白い服を着ている。そして、この檻に入れられてから初めて、扉が開かれた。
「これが不死鳥の神子か」
その言葉と共に全員が中に入ってくる。一人の男にティアは横抱きにされた。突然のことだが、心の凍ったティアはされるがままだ。
外に連れ出されて、日の光を浴びる。忘れていた刺激とあたたかさに、凍っていたティアの心が溶かされていく。
(……あたたかい……)
心が動き出す。慣れ過ぎた〝死〟への恐怖は戻ってこない。だが、感情はほんの少しだけ戻ってくる。
思考が動き出す。自分の状況の変化にやっと気づく。
「……どこに……連れていくの……」
質問の答えは返ってこない。それに寂しさを感じた。〝寂しい〟という感情が戻ってきたことに驚き、〝驚き〟が戻ってきたことに更に驚く。
急に感情が動き出したことでずっと静かだった心臓が早く動き出し、気分が悪くなる。そして視界は暗転し、目が覚めた時には研究所にいた。研究所に着く前の記憶は無くなっていた。
◇◇◇
「うぅ……うわぁぁぁぁん!」
ティアが過去を話し終え、号泣しているのはティアではなくライトだ。
「ちょっとライト、あんたが泣いててどうすんのよ」
「だってぇ……だってぇ! うわぁぁぁぁん!」
わんわん泣いているライトにリアナが呆れながらタオルを差し出す。ライトが泣き止むにはもう少し時間がかかりそうだ。
腕を組んでいたイヴァンが呟く。
「不死鳥の一族……まさか裏でそのようなことをしていたとは」
「非道……ですね……」
イヴァンとレージェが顔を顰める。
リューズが顎を摩って首を傾げた。
「神子檻ってぇのがその悪質な建物のことなのはわかったが、結局不死鳥の神子っつうのは何なんだ?」
「ごめんなさい、私にもそれはわからないの」
「……確かなのは、死を繰り返すこと、あるいは長く生きることで不死鳥の神子が生まれる、ということか」
ユリクスの放った言葉の残酷な内容に、一同は悲痛な顔で沈黙する。そんな目にティアが遭っていたとは、と。
その重い沈黙に耐えきれなくなったのはティアだ。
「あの、本当に私はもう大丈夫だから。研究所でメラに会って、それから兄さんに出会って私は解放された。今とっても幸せなの。だからあまり私のことは心配しなくていいから。ね?」
困ったように微笑むティアの頭をユリクスが撫でる。心底嬉しそうな表情をするティアは、本当にもう大丈夫なのだろうと思わせるには十分だった。
リアナが穏やかに声を掛ける。
「ティア、話してくれてありがとう。話すのも辛かったでしょう」
「ちょっとね。今でも思い出すと辛いし、独りになるのはすごく怖い」
ティアは震える手を胸元で握る。今でも独りになるというのが相当の恐怖であることが窺える。だが、ふっと表情を緩めると、隣に座っているユリクスを仰ぎ見て言った。
「でも、兄さんが独りにしないって約束してくれたから。だから、大丈夫。みんなも、聞いてくれてありがとう」
不安を取り払って、晴れやかにティアは笑った。その表情に他の者たちの表情も緩む。
「うぅ、ティアの姉御ぉ……!」
「で、あんたはいつまで泣いてんのよ」
未だに泣き続けるライトの酷い顔とリアナのツッコミに、場はいつもの和気藹々としたものに戻った。
ライトが落ち着いてからおかわりのコーヒーを全員分用意して、再び話題は青年の方へ。
「それにしても、ティアさんの過去を知っているということは、その男性は不死鳥の一族だったのでしょうか?」
「……わからない。だが、あまりにも異質だった。すぐにでもあの場を離れなければならないと思うくらいには。……あんな人間には会ったことがない」
「兄貴にそこまで言わせるなんて……」
ユリクスの評価に、全員の表情が強張る。
「〝神の六使徒〟なのかしら……」
「〝ディーオ・アポストロ〟?」
「〝決別の日〟で解放者たちを扇動した六人のことよ」
「〝決別の日〟で扇動を……」
レージェが考え込むように険しい顔で俯いた。小さな声で「まさか……」と呟いているが、誰の耳にも届かなかった。
「ユリクス、貴様はネグルの正体を気配で見破ったが、その男はどう見当をつける?」
イヴァンからの問いにユリクスは暫し考え込むと、緩く首を横に振った。
「……正直、わからない。ネグル・グリファスやゼス・バリアスとはまた違う」
「……ゼス・バリアス……?」
ガタンッと大きな音を立ててレージェが席を立ち、ユリクスに向かって身を乗り出した。
「会ったのですか!? あの男に!!」
普段の落ち着いた彼女からはかけ離れたただならぬ様子に、ユリクスたちは目を見張った。
「……知っているのか」
「知っているも何もその男は……ッ!」
レージェは我に返ったように言葉を詰まらせると、ゆっくりと席に座り直した。その表情は悲しげに、あるいは悔しげに歪んでいる。
「……その男は……人魚の一族を滅ぼした男です……」
泣き出しそうな声音で絞り出された言葉を聞いて、一同は揃って口を噤んだ。
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