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複合魔法

 魔獣が咆哮をあげる。まるで王に逆らう反逆者たちを弾劾しようとするかのように。


 だが、人間たちはそいつを王として崇め奉った覚えなどないし、それどころか害獣として駆除する対象としてしか見ていない。


 駆除の第一段階として、まずこの二人が動く。


「さて、いっちょかましてやるっス!」

「おうよ!」


 ライトは全身に炎を宿し、リューズは腕を魔法と身体強化の二つを使って強化する。二人が魔獣に向かって駆けだした。


「リューズの旦那!」

「おう! タイミング合わせていくぞ!」


 ライトが足裏で炎を放出させて超加速し、魔獣の側面に回り込んで跳躍。タイミングを合わせるようにリューズが魔獣の側面に向かって柄を長くした大鎚を振りかぶる。


 魔獣が動き出した二人の方向へ向きを変えようとする。だが、そこに十のチャクラムが煽るように周囲を飛び回り、魔獣の動きを止めた。


「あら、気が利くじゃない」

「ふんっ」


 イヴァンの援護を受けて、二人が魔獣に一発ぶちかます。


「おらぁっ!」

「どっせいりゃ!」


 ドゴンッ!!


 炎魔法の爆発力を十分に乗せた蹴りと、馬鹿力で振られた大鎚が魔獣の側面を襲った。巨体が大きくよろける。多少端に寄ったがまだまだ足りない。


「もう一発いくぜぇ!」

「オーケーッス!」


 ライトが一旦魔獣から距離を取り、助走をつけて再び駆ける。リューズも自身の魔法と身体強化が弱まっていないかを確認して大鎚を振りかぶる。


 先程の火力では、何度も繰り返さなければ魔獣を端に飛ばせないことが二人にはわかっていた。故に、先程よりも魔力を上げて、意志を乗せて、魔獣にぶちかます。二人の意志と息は、完璧に合致した。


「うおおおおりゃぁぁ!!」

「どっせいりゃぁぁぁ!!」


 ドゴォォォォン!!


 鈍くくぐもった重低音が魔獣の腹で響く。同時に、魔獣の体が少しだけ宙に浮いた。魔獣が立っていた位置からずれる。恐らく宙に浮かされた経験などないであろう魔獣が、着地時に体勢を上手く立て直すことができずに大きくよろめいた。採掘場の端に移動し、ドゴンという音を立てて壁に体を打ち付けた。


「やったっス!」

「やればできるもんだなぁ!」


 魔力と膂力を振り絞った二人が息を切らしてハイタッチする。その微笑ましい光景を見てリアナが笑み、そして表情を凛々しいものに変えた。


「イヴ、あたしたちの番よ」

「わかっている」


 次の二人の役目は魔獣をその位置から動かさないこと。二人は自分のやるべきことがわかっていた。


 リアナが魔獣の背後にある頑丈そうな岩塊(がんかい)に向かって鎖を伸ばした。岩塊に鎖を何重にも巻き、そのまま魔獣の尾羽へ。尾羽の付け根の部分に鎖を巻いた。


 グギャンッ!


 流石に付け根は痛かったのか、魔獣が鳴く。岩塊に固定された魔獣は無理矢理鎖を引っ張ることもできずに一瞬慌てた様子を見せたが、すぐに岩塊を破壊しようと動く。だが、それをチャクラムが邪魔をした。


 十のチャクラムが魔獣の進行を妨げようと飛び回り、魔獣を翻弄する。その内の二つが、魔獣の隙をついて目を切り裂いた。


 グルォォォォォ!


 視界を奪われた魔獣が暴れる。時折闇雲に振り回された後ろ足が岩塊を破壊しそうになれば、チャクラムが行く手を阻み足を切り裂く。痛みに足が引っ込み岩塊を破壊することは叶わない。


 魔獣に意識を向けていたリアナとイヴァンの足元を一瞬熱が通り過ぎた。驚いた二人だったが火傷はしておらず痛みもない。


「まったく、こんな地味な役目を私にやらせるとは」


 モテナが一同の立ち位置とその周辺に炎の波を発生させていた。炎と言っても、濡れた地面を蒸発させて乾燥させるために必要な熱量しか宿っていないため、火傷には至らない。だが、人に火傷を負わさず、且つ地面を乾燥させるその適度な温度の炎を発生させるには、高等な魔力操作が必要になる。本人は地味と言っているが、〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟であるモテナだからこそ安定してできる(わざ)だ。


「ほえ~、凄いっス。ボクもこのくらい魔力操作できるようになりたいっス」

「ふっ、私を手本にすることは良いことだ。存分に見るといい」

「あ、はいっス」


 性格だけは見習わないようにしようと思うライトであった。


 リアナとイヴァンが魔獣を足止めし、モテナの魔法によりユリクスたちの周囲は乾燥した。残る仕上げはユリクスとレージェだ。


「ユリィさん、私は何をしたらいいのでしょう?」

「……魔獣の下とその周辺にだけ水を発生させることはできるか? 足が少し水に浸かるくらいでいい」

「……なるほど、乾燥させた私たちの周辺は決して濡らしてはならない、というわけですね?」

「……そうだ。もしこちらにも水がくれば、全員を巻き込みかねない」


 水を限られた範囲にだけ発生させる。しかも自分が触れているところから発生させてはならない。即ち、高等な技術が必要とされる。


 レージェは普段から自信がない。だが、ユリクスはあえてレージェにプレッシャーをかけることを言った。何故ならば、失敗は許されないから。そして、レージェがこの戦いに何かしらの覚悟を持って臨んでいることがわかっていたから。ユリクスは甘やかすことをしなかった。それを理解してか、レージェは瞳に覚悟を宿して頷いた。


「わかりました。やってみせます」


 初めて出会った時、レージェは自身の華を覆い隠していた。だが今は美しくも芯のある華を咲かせた。別人のように強く逞しくなったレージェを頼もしいと思ったユリクスは、思わず自分より低い位置にあるレージェの頭を撫でた。ちょっとした応援のつもりだったのだが……。


 驚いた表情を見せたレージェはすぐに口元をほころばせ、頬を染めた。


「龍王貴様! 状況をわかっているのか! うらやま……じゃない、不謹慎だぞ!」

「これに関しては同意するわ。いちゃつくなら余所(よそ)でやってちょうだい」

「……そんなつもりはない」

「あら、違うんですかあなた?」

「……レージェ……」

「がっはっはっ! 新婚は熱いな!」

「ダメっスー! 兄貴の健康はボクが守るんスからー!」

「いいからさっさとあの魔獣を片付けろ」


 唯一魔獣を真面目に足止めしていたイヴァンが額に青筋を立てる。ちなみにリアナは鎖を固定しておくだけなのではっきり言って楽だった。


 イヴァンの言葉で気持ちを切り替えたレージェは、両手を前に伸ばして目を閉じ、集中した。邪魔をしないように誰も喋らない。


 イメージは海。いいや、それでは範囲が広がってしまう。では湖。これも同じ。ならば容器に入った水。円形の少し大きな器。透明だから器は見えない。見えない器の中に魔獣が入っている。その中に、水を入れていく。足が浸かる程度の量。


 レージェは目を開けた。そして今のイメージのまま魔法を発動する。結果は……成功した。円形に水が張られ、魔獣を囲むように展開されている。


「できた……」


 レージェがほっと息をつく。だが集中は切らさない。


「……そのまま維持していろ」

「はい」

「……リアナは俺の魔法の発動と同時に神器の顕現(けんげん)を解け」

「了解したわ」


 二人に指示を出して、ユリクスは水の張られた範囲に歩み寄る。


 魔獣はチャクラムが邪魔し続けているため近づいてくるユリクスを感知できていない。ユリクスが近づけば近づく程、死へのタイムリミットが迫っているというのに。


 ただ、何か獣の本能が働いたのか、魔獣が炎を放射しようと口内で炎の渦を発生させた。


「させません!」


 レージェが魔獣の口に向かって手から水を放射した。綺麗に入り込んだそれは口内の炎を消火する。


「水を展開しながら他の魔法を放つなんて、やるじゃない」

「私もできる限りのことはしたいと思って。……私にも、()()()としての矜持(プライド)はありますから」

「「「神人族!?」」」

「レージェ! それを言っては!」

「いいんですモテナさん。もう隠すのはやめました。それにユリィさんたちはみんな神人族なのでしょう? なら、私も対等でありたいんです」


 そう言い切ったレージェの表情は凛々しかった。憑き物が落ちたような彼女は実に美しいと、この場にいる誰もが思った。


「そういうわけですから、ユリィさん、お願いします!」


 ユリクスはレージェに振り返り、頷いた。


 水の張られたギリギリの位置まで来たユリクスは黒刀を水の張られた場所に突き立てる。そして、魔法を発動。水の張られた範囲一杯に紫電が広がり、紫電と水が混ざり合い、渦を巻いた龍が水の中から複数体姿を現した。


 これに近い光景を、ライト、リアナ、リューズ、イヴァンは見たことがある。アクアトラスでの蹂躙劇。その時の《支配者の園(ドラゴンズフィールド)》。しかしこの魔法はその更に上位魔法。雷と水が融合し、威力の増した〝複合魔法(フュージョンマジック)〟。ライトは後にこの魔法をこう命名する。《水魔法付与・(ハイドログラント・)支配者の園(ドラゴンズフィールド)》。


 水雷の龍たちは次々に魔獣に襲い掛かり、食らいついていく。水に濡れ、同時に電撃を受けて起こるのは強力な感電。先程のユリクスの《雷龍支配の監獄(ブリッツジェイル)》とは比べものにならない威力の電流が魔獣を襲う。


 グギャォォォォォォォォォォォ!!


 体内から焼かれている感覚が魔獣を襲っていることだろう。その威力が今まで受けた攻撃の比にならないことは、魔獣の断末魔から容易に想像できる。


 体中を龍たちに噛みつかれ、姿が覆い隠されてから初めて、魔獣は体を大きく傾け、やがて倒れ伏した。


 巨体が倒れたことで、ドゴォォォォォォォォ!! と轟音と大きな振動が響く。


「……勝ったんスね……」


 ライトの確認の声で、成り行きを見守っていた者たちは一斉に脱力した。


「やっと終わったわねぇ」

「いやー、達成感あるなぁ!」

「ふんっ、たわいない」

「まったくだな」

「そこの二人、そういうのは倒したユリィが言っていいセリフよ」

「緊張しました……まだ震えが止まりません」


 自分の手を見つめて呟くレージェをリアナがそっと抱擁する。


「あんたはよくやったわ。あんたがいなければ勝てなかった。もっと自信を持ちなさい」

「……はい。ありがとうございます」


 安堵からか、それとも喜びからか、レージェはふにゃりと普段上品な彼女にしては珍しく大分緩んだ笑みを浮かべた。そこにユリクスが歩み寄る。


「……よくやった」

「ありがとうございます、ユリィさん」

「……だが魔法発動の直前に神人族であることを告白するのはやめてほしい」

「あ、すみません」

「あらなに? ユリィったら珍しくびっくりしちゃったの?」

「ほう、あの程度の告白で手元が狂いそうだったのか龍王?」

「……それはない」


 先程とは一転、和やかになった一同に穏やかな笑みが戻ってくる。もちろんユリクスは無表情だが。


 一頻(ひとしき)り笑い合った後、ユリクスたちは倒れ伏して絶命している魔獣を(かえり)みた。


「それにしても異質な魔獣だったな」


 イヴァンの言葉に頷く一同。


「魔獣が魔獣を食らっているなんて……」

「他の魔獣の魔力ででかくなったのかもな」

「他にも同じような魔獣がいるんスかね?」

「……わからない」

「だが一先(ひとま)ずは支部長に報告だ」

「それも大事ですが、まずは奥の採掘場に戻りませんか? ティアさんたちが心配しています」

「……そうだな」

「待て、魔獣の部位だけは回収しておかねば鑑定もできん」


 モテナが魔獣に歩み寄り、部位の回収を行いに行った。その間にユリクスたちはモテナを置いて最奥の採掘場に向かって歩き出す。


「私を置いて行くなぁぁぁああ!」


 後ろからモテナの声が聞こえてくるが、無視した。




 ◇◇◇




「みんなおかえりなさい! 怪我は!?」

「ガウゥ!」


 最奥の採掘場に戻ると、ティアとメラが走り寄ってきた。ユリクスは勢いよく飛び込んできたティアを抱きとめてやる。


「……怪我人はいない」

「そっか……よかった……」


 ティアが胸を撫で下ろし、レージェに向き合う。そして微笑んだ。


「レージェは変わったね」

「そう見えますか?」

「うん、とても」

「なら嬉しいです」


 ふふっと笑い合う二人。二人にだけ通じ合う何かがあることを察して、他の者は首を傾げたが詮索はしなかった。


 すると、取り巻きたちが走り寄ってきた。


「おいお前たち! モテナ様はどうした!」

「……あいつなら魔獣の部位を回収している。すぐに来るだろう」

「……そうか、無事ならよかった」

「よくないわぁぁぁ!」


 ほっとする取り巻きたちを一喝するように怒号が飛んでくる。走って追いかけてきたモテナだ。息を切らし、目に(かど)を立てる。


「まったく、私を置いていくとはどういう了見だ!」

「なっ!? 貴様ら、モテナ様を置いてきたのか!」

「なんて奴らだ!」

「モテナ様を置いてくるとは何様なんだ!」


 息を切らしたモテナを介抱しながらユリクスたちをキッと()め付けてくる取り巻きたち。なんだかこの感じ久しぶりだなぁと、戦闘の後だからかライトたちはほのぼのする。もちろんユリクスは面倒な奴らだ、としか思っていない。


 そんなユリクスたちを余所(よそ)にして、モテナは長い前髪をかき上げた。


「まぁいい。問題が片付いて気が緩んだということで許してやろう。なんせ私は、懐が深い男だからなっ!」

「「「流石モテナ様です!!」」」


 ライトたちは再びほのぼのした。もううざいとは思わない。イタイとは思うが。


 決めポーズをするモテナを取り巻きたちが囃し立てるというイタイ空間を隔離して、ユリクスたちはティアとメラに何があったのかを簡潔に話した。


「そんなに強い魔獣だったんだね」

「そうなんスよ! 兄貴の大魔法でも回復されちゃうし、火の海にされるしでどうなることかと思ったっスけど、レージェの姉さんが来てくれたおかげで何とかなったんス!」

「レージェ様様だな!」

「その後のユリィとレージェの複合魔法も凄かったわねぇ」

「まぁ、あれは評価に値するな」

「そっか、見たかったなぁ」

「ガウー」

「借家に帰ったら詳しく話すっスよ!」

「うん、よろしくねライト」

「ガーウッ!」

「任されたっス!」


 和気藹々と話をする中で、不意にレージェがティアと目線を合わせるように屈んだ。ティアは目をぱちくりさせてレージェを見る。


 レージェは穏やかな表情で口を開いた。


「実はもう皆さんには言ったのですが、私、神人族なんです」

「……じゃあ、さっき言ってたのって……」

「はい。〝決別の日〟での出来事です」

「そうだったんだ……」

「さっきってなんスか?」

「借家に帰ったらゆっくりお話しますね」

「……別に無理に話すこともないが」

「お気遣いありがとうございます。でも皆さんには聞いていただきたいので」

「……ならいい」

「ふふ、ユリィさんってやっぱり優しいですね」

「そこっ!! 私の前で見せつけるようにイチャイチャするんじゃない!!」


 ずっと取り巻きたちと戯れていたというのに、ユリクスとレージェが絡むと目敏く妨害してくるモテナは流石というべきか鬱陶しいというべきか。


 レージェが腰に左手を当て、右手の人差し指を立てて諭すように言った。


「モテナさん、婚約している者同士が仲良くするのは当然のことです。あんまり邪魔をしないでください」

「私はまだ龍王との婚約を認めていないぞ!」

「モテナさんが認めていなくてももう決まっていることです。しつこい男は嫌われるので気をつけた方がいいですよ?」

「き、嫌われる……だと……」

「「「モテナ様! 気を確かに!」」」


 モテナがこの世の終わりのような顔をする。魔獣と戦っている時でもそんな顔はしなかったというのに、言葉だけでそんな顔をさせたレージェは強かった。


 ふふっと口元に手を当てて上品に笑っているレージェに、ユリクスが近づく。


「……お前は、やはりとても変わったように見える」

「そう見えるなら嬉しいです。……私が変われたのは、ティアさんと、一緒に戦ってくれた皆さんのおかげです」

「……そうか」

「はい」


 ユリクスには、自分たちの何がレージェをそこまで変えたのかがわからない。だが、自分たちが、自分が、誰かの助けになれたのならば、()()()と思った。


 ……嬉しい? ユリクスは自然に生じたその感情に驚いた。自身の胸の中で込み上げたあたたかい感情。そういえば、シーガラスでティアに指摘された時とよく似た感情だ。これは、〝嬉しい〟という感情なのか。


 そうか、確かに、そうだった。幼い頃の自分も自然と抱いていた感情。それを、思い出した。


 …… 〝嬉しい〟とは別に、よく似た感覚を前にもどこかで感じていたような気がする。あれは確か、ライオーネの前の洞窟で……ティアがアドラの言葉を否定した時だ。ティアが、生きている理由があると示してくれた、微笑んでくれた、あの時だ。……あの時は、〝嬉しい〟よりももっとあたたかい何かがあったような気がする。


「兄さん、どうしたの? 疲れちゃった?」


 ユリクスの機微を察したティアが、精一杯背伸びをしてユリクスの頬へ手を伸ばしてくる。ユリクスが屈んでやると、頬を優しく撫でられる。


 自分を労わる、ティアの手の温度。慈愛の籠った、柔らかな笑み。心から大切に思われていることが伝わってくる。戦場から戻ってきた後だからかひどく安心するし、自分に惜しむことなく与えられる温度が嬉しいと思う。


 いや、これも〝嬉しい〟とはまた少し違う。嬉しいだけじゃなくて、この存在を守りたいと思う。大切にしたいと思う。今回、守ることができて良かったと思う。これからも守りたい。〝あの子〟の代わりではなく、〝ティア〟を、守りたい。そう、この――〝愛おしい〟存在を。


 ユリクスは、思い出した。〝嬉しい〟と〝愛おしい〟を。


 ユリクスは感情のままにティアの頬を撫でた。


「に、兄さん? どうしたの?」


 珍しいユリクスからの明確な慈しみの籠った行動にティアが戸惑うが、それでも喜びを隠しきれない様で甘受している。それもまたユリクスには愛おしくて、頬を撫で続けた。


「これは……嫉妬しちゃいますね」

「珍しいものが見れたわぁ」

「ユリィも兄ちゃんだなぁ」

「まぁいずれ兄貴がティアの姉御に盛大にデレるのはわかってたっスけどね」

「ふんっ、よくも人前で堂々とできるものだ」


 五人から視線が集まっていることに気づいて、ティアが照れたようにユリクスの胸に飛び込んできた。確かに正面から顔を見られることはなくなったが、耳が赤くなっているのがよくわかるので実に微笑ましい。ユリクスは胸にしがみついて離れなくなったティアをどうしていいかわからず、両手が宙を彷徨う。


「……これは……どうすればいいんだ」

「さぁね。自業自得なんだからそのままじっとしてなさいよ」


 呆れた声音で、しかし表情はにやにやしているリアナにそう突き放され、ユリクスはじっとしていることしかできなくなった。


「おい龍王、お前はレージェというものがありながら堂々と浮気をするのか……?」

「……浮気じゃない」

「まぁティアさんならいいとします」

「いいのかレージェ!?」

「ティアさんですから」


 レージェ公認ということでモテナはそれ以上何も言えなくなった。いや、そもそもティアともレージェともそういう関係じゃないのだが……というのがユリクスの心境である。


 不意に、モテナの取り巻きたちが「あの……」とおずおずと声を掛けてきた。


「どうしたお前たち」

「あの、モテナ様、そろそろあの者たちをギルドに連行した方がいいのでは……」

「一応重傷者ですし……」

「それにこの大量の魔獣の死骸も何とかしないと……」

「ふっ、すっかり忘れていた。許せ」

「「「も、モテナ様……」」」


 ユリクスたちも解放者(リベレイター)たちのことなどすっかり忘れていた。早くこの薄暗く血生臭い鉱山から出ようと、ユリクスは未だ胸にしがみついているティアを抱き上げる。


「に、兄さん!?」

「……そのままじっとしていろ」

「う、うん……」


 こうして、未だにやにやしているライトたちを伴ってユリクスは坑道を歩き出した。


 鉱山の指名依頼、完遂である。






お読みいただきありがとうございます。


次回更新は23日です。

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