一歩を踏み出す勇気
最奥の採掘場。魔獣たちの死骸があちらこちらに散らばっている光景が広がる中。血に染まっていない場所で、彼女たちは仲睦まじく寄り添うように座っていた。縛られた男三人と取り巻きたちとは少し距離を取り、ティアとレージェ、メラは話に花を咲かせる。
「――それでね、リアナに弄られて気分が沈んじゃった兄さんをライトとリューズが一生懸命慰めようとするんだけど、イヴがうっかり追い打ちをかけちゃって、兄さんが表情に出なくてもわかるくらいしょげちゃったの」
「ふふ、あらあら」
「でもその後はみんなでライトの作った夕飯を食べてね、兄さんの機嫌も直ったの。その後アクアトラスのお酒とジュースを飲みながらみんなで朝までどんちゃん騒ぎしたんだよ」
「とても楽しそうですね」
「うん、楽しかった」
「……皆さんは本当の家族のように仲が良いですよね」
「そう見える?」
「はい。とても」
「そっか、そう見えるなら嬉しいな」
家族のようだと言われて、ティアは心底嬉しそうに頬を染めてはにかんで笑む。対してレージェは、眉をハの字にして俯いた。予想外の態度にティアとメラは首を傾げる。
「レージェ?」
「ガウゥ?」
「……いえ、なんでもないんです」
とてもじゃないが、なんでもないようには見えなかった。その表情は悲しそうで、寂しそうで、苦しそうで。しかしあまり踏み込むのも良くないような気がして、ティアは詮索を避けた。
代わりに話の内容を現在に戻す。
「レージェはやっぱり戦うのが怖い? だから兄さんたちと一緒に行かなかったの?」
「……ついていったとしても、結局私は何もできないと思います。ただ震えていることしか、きっとできない」
「レージェ……」
レージェは悲しげな笑みを浮かべながら続ける。
「私は、目の前で母を失いました。私を守ってくれた母が殺されるのがわかっていて、物陰で震えていることしかできなかった。……もう何年も経ちましたが、私は何も変わっていない。……私は臆病者です」
「……それは……それなら……」
ティアが言葉を返そうとした時。
「なんだと!?」
「何故それを早く言わなかった!」
「早くモテナ様に伝えなくては!」
取り巻きたちが大声で焦りを露わにしている。事態が急迫していることはすぐに察せられた。ティアたちは立ち上がり、取り巻きたちに問い掛ける。
「おじさんたち、どうしたの?」
「何かあったのですか?」
二人からの問いに取り巻きAが答える。
「一刻を争う事態だ。確認するが、龍王の仲間に人魚種の神核を持っている者はいないか?」
「いないよ」
「それは非常にまずいぞ……」
「あぁ……一体どうすれば……」
取り巻きB、Cも顔を見合わせる。そしてティアたちに告げた。
「どうやらこの男たちを追ってきた魔獣は炎虎種の混ざった複合種らしい」
「それがどうかしたの?」
「この狭い鉱山の中で強力な炎虎種の魔獣が炎魔法なんて使ったら……」
「……すぐに焼け死んでしまう……」
「「っ!」」
ティアとレージェは同時に息を呑んだ。
その辺の炎虎種の魔獣くらいならどうということはない。だが、この男たちが言うにはその魔獣は相当強い。そんな魔獣の放つ炎だ、一瞬で火の海になるだろう。そうなれば……。
「だから消火できる者が必要なんだ」
「それでなんだが……」
「……レージェ様、あなたは確か、人魚種の神核をお持ちでしたね?」
「そ、それは……」
レージェが言い淀む。答えは明白だった。
ティアが縋るようにレージェの服を掴む。
「レージェ、お願い! 兄さんたちを助けて!」
「で、でも、私は……」
「我々からもよろしくお願いします」
ティアと取り巻きたちに頼まれるが、レージェは不安げに俯くだけだ。
「私なんて……きっと何もできない……」
表情を歪め、震えるレージェ。自らの体を抱きしめ、動かない。
そんなレージェを見て、ティアはレージェの服をぐっと引っ張り視線を合わせさせた。その瞳は強く、レージェは射竦められる。
「レージェ」
「っ……はい……」
「『失いたくないから戦う。一度失ったのなら、同じ過ちを繰り返さないよう強くなる。……震えているだけでは、また失うだけだ』」
「ッ!」
「前に兄さんがそう言ってた。レージェは目の前で大切な人を亡くしたんでしょう? 震えていただけだったんでしょう? 今回もレージェは、同じように何もしないの? 変わらないままでいるの? もしも兄さんたちを失ったら、レージェは震えていただけの今日の自分を赦せる?」
「それ……は……」
呼吸を浅くし、瞳を揺らすレージェにティアは続ける。
「レージェ、人は何かのきっかけで変われるよ。私は兄さんに会って、世界に一歩を踏み出して変わった。道具から人間になった。もちろん、最初は怖かったよ。知らない事ばかりだったもの。好奇心の中に、恐怖はあったよ。……でも、私は変わりたかった。だから一歩踏み出したの」
「……」
「レージェ、変わりたいんでしょう? このままでいたくないんでしょう? なら、変わろうよ。今、この時をきっかけにして」
「……今からでも、いいんでしょうか……もう既に母を、失ってしまったのに……」
「きっと、変わることに遅いなんてことはないよ。必要なのは時間でも時期でもない。一歩を踏み出す勇気だよ」
「勇気……」
「うん。誰だって変わるのは怖い。だから勇気が必要なの。怖いなら、私が手伝ってあげる。私も一緒にいてあげる。だから、レージェ……一緒に行こう」
ティアは手を差し伸べた。小さな手だ。だがひどく頼もしい。
その手を見て、レージェは一瞬泣きそうな顔をしてから、瞼を閉じて天を仰いだ。胸の服を掴む手に力を込め、深呼吸をする。
まだ怖い。無力な自分に体が震える。母を失った光景が頭を過る。また何もできなかったら、きっと今度こそ心が折れてしまう。――でも、変わりたい。もう無力な自分でいたくない。もしも今この瞬間が、変わるために用意された奇跡なのだとしたら、無駄にしたくない。
レージェは目を開く。その瞳には覚悟と勇気が宿っていた。
「……私、行きます。どれくらい力になれるのかはわかりませんが、自分の力を尽くします」
「レージェ……!」
「ティアさん、ありがとうございます。おかげで勇気が湧いてきました」
「もう、大丈夫?」
「まだ自信はありませんが、それでも、私も一歩を踏み出したいので」
「そっか」
ティアは安心したように笑む。その笑みにレージェは頷いて応えた。
「ティアさんはここに居て下さい。私はもう大丈夫ですから」
「……うん。信じるね、レージェ」
「はい、お任せを」
「我々からもどうか、モテナ様をよろしくお願いします」
「はい!」
レージェは迷いのない足取りで手前の採掘場に繋がる道を走り出した。間に合えと祈りながら。
◇◇◇
炎虎種と不死鳥種にしては前代未聞の巨体を持つ魔獣。牙を剥き出し、涎を垂れ流し、目を血走らせて威嚇してくる様は実に暴悪。放たれている悍ましくて歪んだ魔力は不快で、こちらの殺意を煽る。このままこいつを生かしておいてはいけないと思う程の威圧感は龍種と並び、魔獣の王と言っても過言ではない。
しかしそんな魔獣を前にして、相対する小さな人間たちは誰も退かない。神器を手にして、王の首を取る方法だけを考えている。
戦端を開いたのはライトだ。
ドバンッ! ドバンッ!
手始めに《銃炎弾》を二発。相手が巨体なため狙いを定める必要はない。太い前足に撃ち込んだ。
「うえっ!?」
手始めとはいえ手加減したつもりはない。しかし、炎の弾丸は魔獣の皮膚を少し焼いただけにとどまった。しかも不死鳥種の回復魔法により、すぐに無傷の状態へと戻る。
痒いんだよっ! とでも言いたげに魔獣がライトに向かって前足を振り払う。
「えぇ!? ボク戦力外!? うわっと!」
炎を足裏で放出して超加速し、前足を躱す。
魔獣がライトに注意を向けた隙に、リアナが毒を滴らせた鎖の先端を魔獣に刺し込もうとする。だがそれは硬過ぎる体に弾かれて刺さらない。
「随分硬い体ね……なら」
リアナに顔を向けた魔獣。それをいいことに魔獣の顔の前に鎖を伸ばした。魔獣が反射的に鎖に噛みつく。鎖は先端のみならず全体で毒が滴っている。咥えたことで毒が魔獣の体内に流れ込む。だが。
「ちょっ! きゃっ!」
鎖に纏わせたのは麻痺毒。だがそんなものお構いなしに魔獣は鎖を咥えたまま自身の側にぐいっと引っ張った。そのパワーは身体強化を施したリアナを軽々と引き寄せる。
リアナが口元まで引き寄せられ、魔獣が口を開く。鋭い牙がリアナを食い殺さんと怪しく光る。
「ッ! このっ!」
リアナは咄嗟に鎌を噛ませて牙から逃れる。神器の顕現を解き、退避した。
「毒が効かないなんて、これも不死鳥種の力かしらね。だとしたらなんて回復力……」
再び神器を顕現させ構えるが、さてどうするか。すると横から魔獣に大鎚が迫った。
「どっせいりゃ!」
ゴンッと鈍い音を立てて魔獣の側面に大鎚が打ち付けられる。だが、リューズのパワーをもってしてもほんの少しよろめかせただけでダメージにならない。リューズに尾羽が迫った。大鎚でガードしながら目一杯身体強化を施してそれを受ける。体が浮き、軽く吹っ飛ばされる。上手く受け身を取ったため大したダメージにはならなかった。
「コイツめちゃくちゃ硬ぇし重ぇぞ!」
ライト、リアナ、リューズは初手が全く効かなかったことに顔を顰めた。
すると、一か所から強い魔力反応。大振りの両刃剣に炎を纏わせたモテナだ。三人が魔獣の意識を逸らしている間に魔力を練っていた。
足で炎を放出して超加速。その勢いのまま跳躍し、魔獣の側面に迫る。剣を上段に構えた。
「《炎の一太刀》!」
グルォォォォォォン!!
魔獣に深手とまでは言えないが傷を負わせ、血が迸った。魔獣の巨体が反対側に傾く。そしてその傾いた側でも、膨大な魔力。
「……」
ユリクスが黒刀の表面で紫電を躍らせ、鋭く薙ぐ《雷刃》。
グギャォォォォォォン!!
モテナよりも深く傷を負わせ、血が迸る。両側からの攻撃に魔獣が吠えた。
「流石〝ギルド総長の懐刀〟の二人っスね」
「そうね」
「だがよ、アイツも凄そうだぜ?」
リューズの指さす方向には魔力を練るイヴァンの姿。〝ギルド総長の懐刀〟の二人には及ばずとも、相当の魔力量と圧縮度だ。
イヴァンの周囲に展開されていた十のチャクラムが魔獣に迫り、体中に切り傷を刻んでいく。大したダメージにはなっていないとはいえ、小さな切り傷が無数に刻まれていくのは鬱陶しいらしく、魔獣が迎撃しようとする。だが、風を纏い、あちらこちらへと素早く移動するチャクラムに翻弄され、上手く迎撃できていない。
たまたまイヴァンの近くにいたユリクスがイヴァンの方に顔を向ける。
「……ティアが言っていたのはこういうことか」
「何のことだ」
「……アクアトラスの山で会った時に、前の方が強かったと言っていただろう。確かに、魔力操作と魔力量があの時よりも高度だ」
「そんなはずは……」
「……自覚がないのか」
「……」
イヴァンが腑に落ちない様子で黙る。ティアだけでなくユリクスにまで言われてしまえば突っぱねて終わりにすることもできない。故に黙った。
「……だが、今は話よりもこいつを倒すのが先だな」
「そうだな」
イヴァンは自身に起こっている不可解な事象について考えるのを一旦やめた。
同時に、チャクラムに苛立った魔獣が吠え、尾羽を振り回した。チャクラムが弾かれる。
「チッ、尾羽も随分な硬度だな」
チャクラムで切り裂けなかったことにイヴァンが舌打ちする。
「これならボクらで意識を逸らして、その間に兄貴とモテナさんで削ってもらった方が良さそうっスね」
ライトがそう提案した時だった。
グルォォォォォォン!!
魔獣が天を仰ぎ吠える。魔獣からは目を逸らさずに、咄嗟に耳を塞ぐユリクスたち。すると、驚愕の光景が目に映った。
魔獣の体が淡く光る。すると、イヴァンが無数につけた切り傷、そしてモテナとユリクスの負わせた傷までもがみるみるうちに塞がっていく。
「この戦い、いつ終わるのかしら」
「この回復力は参ったなぁ」
リアナが短くため息をつき、リューズが後ろ頭を掻く。ここまで回復力の高い魔獣とは初めて遭遇するので流石に嘆息する。だが絶望感はない。ダメージを与え続け、回復させ続ければいずれ魔力切れを起こすことがわかっているからだ。とはいえどちらが先に魔力切れを起こすかが大事な点なのだが。
どう魔力を節約しながら相手の魔力を削るか……。そうモテナたちが千思万考していると、またも一か所から膨大な魔力反応。視線を向けると、そこには黒刀を引き絞り絶大な魔力と紫電を迸らせているユリクスの姿。
高密度な魔力の圧縮により周囲の重力が増したと錯覚する頃になって、ユリクスは黒刀を鋭く魔獣に向かって突き出した。放たれる紫電の光線。《雷龍の咆哮》だ。
瞬く間に魔獣に接近した《雷龍の咆哮》は魔獣の硬い体を突き破り、反対側の壁に衝突した。ちなみに威力は考えてあるので鉱山が崩壊するほどではない。
グギャッ……! ガフッ!
流石に体に孔を開けられては咆哮を上げることもできずに吐血する魔獣。だがそんな深手も、魔獣の体が光を纏ったかと思えば塞がってしまう。
「おい龍王! 鉱山に傷をつけるな! それから魔力を使い過ぎるな!」
反対側にいるモテナから注意を受けるが、ユリクスはいけしゃあしゃあと返答した。
「……鉱山が崩れないように調節はしている。……それから、魔獣に関しては深手を負わせた方が魔力を多く消耗させられる。何も問題はないと思うが」
「お前が先に魔力切れを起こすぞ!」
「……そうなったら後はお前たちでなんとかしろ。回復ができなくなるくらいには削っておく」
「……それならまぁ戦法的にはありか」
一人が魔獣の回復能力を奪い、後はみんなでタコ殴り。時間はかかるが勝てる戦法ではあるので一先ずはユリクスに任せることにした。
「なら魔獣の気を引いておかないといけないっスね」
ライトが二丁の銃を構えて魔獣に発砲する。
ドバンッ! ドバンッ! ドバンッ! ドバンッ!
魔獣がライトに意識を向け、前足をライトに向かって振り下ろす。ライトは炎を足に纏わせて素早く回避。
「ほら、こっちよ」
「俺もいくぜぇ!」
「ふんっ、翻弄するなど容易いな」
ライトとは違う方向からリアナが鎖を伸ばし、リューズが大鎚を振りかぶり、イヴァンがチャクラムで切り傷を刻む。四方八方からちょっかいをかけられて魔獣があっちこっちへ頭を揺らす。前足や後ろ足、尾羽で振り払おうとするが、一人一人の瞬発力がずば抜けているため当たらない。
魔獣の意識がライトたちに逸れている間に、ユリクスは左手を前に伸ばし、瞼を閉じて集中する。魔力を削るとは言ったが、ユリクスは魔獣を仕留める気でいた。故に、膨大な魔力で、魔獣の全身にダメージを与えられる魔法をイメージする。
(……これだけでかい魔獣の全身にダメージを与えるには……)
ユリクスの中で魔法のイメージが決まる。自分の体内にある魔力の残量は十分。あと必要なのは、いつも以上に精密な魔力操作。
ユリクスは魔力を遠くに伸ばす。正確な位置へ、適度な量を。
ポウ……と魔獣の頭上に小さな紫電の球体が発生する。続けて、少し離れた位置に一つ、二つと増えていく。
「何をするつもりかは知らんが、あれだけ距離のある位置に複数の魔法を発生させるか……」
モテナがユリクスの業に畏怖したように呟く。
魔法は自身の体から直接発動させるのは容易だ。だからこそ、アクアトラスで《支配者の園》を発動する際にユリクスは地面に黒刀を突き立てた。そうすれば、手で魔法を発動させ、黒刀を通して地面に紫電を流し、周囲に展開することができるから。
逆に言えば、自身から離れた位置であればあるほど発動は困難になる。《登龍の絶壁》や《雷槍の群雨》、《雷槍》もユリクスの体から離れた位置に発生させる高難度の魔法だが、豪快に発生させるだけの魔法より、今現在ユリクスが行っている小さな魔法を複数箇所で同時に発生させることの方が余程難しい。ほんの少しでも魔力操作を誤れば、離れた位置にある小さな球体などすぐに霧散してしまうし、形を統一することも同じ位置に留まらせておくことも不可能。まさに、離れた位置にある針の穴に糸を通すようなものなのである。
モテナが畏怖している間にも、紫電の小さな球体はどんどんその数を増やしていく。魔獣の頭上のみならず、背後、側面、そして最後には正面にも。紫電の球体が魔獣を包囲する。
ライトたちを追い回していた魔獣も、自身の置かれている状況にやっと気づいた。どこを見ても球体が浮いており、身動きがとれない。
「これは……奴は一体何をするつもりだ?」
イヴァンの言葉と共にライトたちも首を傾げると、球体に変化が起こった。全てが同時にバチバチと紫電を弾けさせると、四方八方へ……否、球体同士を線で繋ぐように紫電が伸びたのである。紫電で作られた檻の完成だ。
グギャッ!?
これには魔獣も驚きの声を漏らす。
「凄いっス! 檻に魔獣を閉じ込めちゃったっス!」
「あいつの魔力量と精度はほんと化け物ね」
ライトが瞳を輝かせ、リアナが呆れたように言うが、魔法はまだ終わりではなかった。
ユリクスが伸ばしていた左手を握り潰すように閉じる。すると、それに呼応したように球体から紫電が再び伸ばされ、魔獣に向かった。
グルゥゥァァァァアアア!!
全方位からの電撃に、魔獣が全身を痺れさせる。逃げ場もなく、ただ体に電流が流され続ける。
「え、えげつねぇ」
「魔獣に同情するわね」
「兄貴の新しい大魔法っス! 《雷龍支配の監獄》って名前にするっス!」
「龍王め……どうしたらあれだけ精密に魔力を操作できるというのだ……」
「まったくだな」
リューズとリアナがドン引き、ライトが跳ねて喜び、モテナとイヴァンが歯噛みする中で、魔獣の体がどんどん焦げていく。そして全身が黒ずんでやっと魔法は解除された。
檻から解放された魔獣は煙を立ち昇らせて硬直している。その体が傾き、ライトたちが勝利を確信した時だった。ユリクスが魔獣に鋭い視線を送ったと同時に、魔獣が前足を踏み出してその巨体を支えた。
グルォォォォォォ!!
魔獣が吠える。そして再び体が修復されていく。
「あれだけの攻撃を受けてまだ死なんというのか!?」
モテナが驚愕の声を上げると、修復を終えた魔獣の怒りに満ちた目がユリクスたちに向けられる。ぞっとするほどの殺意に満ちた目だ。
グルゥゥゥゥゥゥアッ!
魔獣が大きな口を開け、ユリクスに向かって炎を放射した。巨体に見合った無量の猛火にユリクスは全力の回避を余儀なくされる。体に目一杯の身体強化と紫電を付与して横に退避する。だが炎はユリクスを追い、更に周囲に広がっていく。
ようやく吐き出される炎が止んだと思えば、採掘場の半面が火の海になった。
「ぐっ、げほっ、ごほっ、息がしづらいっス」
「……まずいな」
「あぁ。もう一発食らっても、このまま炎を放置しても終わりだろうな」
全員の流す汗は暑さ故か、それとも冷や汗か。恐らくどちらもだろう。魔獣の怒りの一撃で容易に窮地に陥らされたユリクスたちは思考をフル回転させてこの状況を打破する方法を考えるが、一向に思い浮かばない。
魔獣が嘲笑うようにもう一度大口を開け、その中で炎が渦を巻く。
「……チッ」
「兄貴!」
なんとか二発目を阻止しようとユリクスが駆けだした。間に合わなければユリクスを筆頭に全員が焼け死ぬ。
全員の命運はユリクスに託されたが、先程回避したため魔獣とは距離ができてしまった。間に合わない。万事休すか……。最後まで魔獣に屈してたまるかと、全員が歯を食いしばった時だった。
ビシャンッと魔獣の頭部に水がかかる。驚いた魔獣は魔法を解除し、水の飛んできた方向へ顔を向けた。ユリクスたちもそちらへ意識を向けようとして、その前に、広がっていた火の海に大量の水が波のように押し寄せて消火されていく。
「よかった、間に合ったみたいですね」
水が飛んできた方向――声のする方向を向くと、そこには息を切らしたレージェが右手を前に突き出して立っていた。
「レージェ! どうして君がここに!」
「魔獣が炎虎種の混ざった複合種だと聞いたものですから、少しでも力になれればと」
「少しどころじゃないっス! 助かったっス!」
それはよかった、と微笑むレージェの表情はどこか晴れ晴れとしていた。
「確かに助かったが、こんなところにいたら危険だ!」
「心配して下さるのはありがたいのですが、私は大丈夫です」
「だがっ!」
食い下がるモテナを戻ってきたユリクスが手で制した。
「……何か戦いたい理由があるんだろう。戦わせてやれ」
「理由だと?」
「あら、ユリィにしては察しがいいじゃない?」
「おっ、リアナは何かわかったのか?」
「女の勘よ」
「女の勘など、そんな当てにならないものを」
「イヴの兄ちゃん、残念ながらリアナの姐さんの勘は当たるんス」
「なんだと……」
危地を脱し、少し気が緩んだところで魔獣が動いた。邪魔をされたことに怒ったようにレージェに前足を振るう。
レージェは素早く神器の羽衣を顕現した。硬化させた羽衣でしっかりガードする。羽衣の硬さに前足が弾かれたことを確認すると、レージェはユリクスたちの元へと走り寄ってくる。
「どうやってあの魔獣を倒すのですか?」
「そうね……ユリィの大魔法も回復されちゃったし……」
「やっぱり少しずつ魔力を削っていくしかねぇのか?」
「……いや」
魔獣を警戒しつつ戦法を考える会話をユリクスが止めた。全員の視線がユリクスに集まる。
「何か案があるのか、龍王」
「……あぁ」
ユリクスはライト、リューズを見遣った。
「……二人がかりなら魔獣を端に飛ばせるか?」
ライトとリューズは顔を見合わせる。先程リューズのパワーだけでは少しよろめかせただけだった。だが、二人がかりならもしかしたら移動させることができるかもしれない。……いや、やらねばならないのなら、やるだけだ。二人は頷き合った。
「おう、やってやるぜ」
「任せて、兄貴」
「……頼んだぞ」
ユリクスは次にモテナに視線を転じる。
「……濡れた地面を炎で乾かせ。俺たちが立つ場所とその周辺だけでいい」
「なんと地味な……だが、加減を間違えれば再び火の海か。わかった。精密な魔力操作をしてみせよう」
「……あぁ」
次に、リアナとイヴァンへ。
「……ライトとリューズが魔獣を追いやったら、その場から動かすな」
「任せなさいな」
「ふんっ、貴様の指示に従うのは気に食わんが、仕方あるまい」
「……任せた」
レージェがユリクスの服を軽く引っ張る。
「ユリィさん、私は何をすればいいんでしょうか?」
「……お前は最後に俺を手伝ってもらう」
「はい喜んで、あなた」
まるで新婚夫婦のような雰囲気を醸し出した二人――主にレージェ――を見て呆れたように笑う一同と歯噛みするモテナ。ユリクスは〝あなた〟の意味がわからなくて一瞬首を傾げたが、すぐに頭を切り替えた。
「……これで終わりにする。行くぞ」
ユリクスの号令で、それぞれが自分の役目を果たすために動き出す。
勝利する手立ては見えた。さぁ、王の首を取りにいくとしよう。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は20日です。




