レージェの力
坑道に足を踏み入れたユリクスたち。少し離れた前方でモテナと取り巻きA、B、Cが歩いている。ユリクスたち七人と一匹は流石に横一列では狭いため、自然と緩い列を作って歩いていた。先頭をユリクス、ライト、イヴァン、真ん中にティア、メラ、レージェ、最後尾にリアナとリューズだ。
坑道内にはランプが点々と設置されているため多少仄暗くとも視界には困らない。地面も凸凹してはいるが歩きにくいほどでもない。名家らしいイデスバーン家の所有する鉱山なだけあって管理がよく行き届いていることがわかる。
こんな場所に魔獣がいるなどとは考えにくいが、鉱山の中を漂う肌がひりつくような不快な空気が、鉱山に起こった異常を伝えてくる。
まぁ、だからといってそれで緊張するようなユリクスたちではないのだが。
「魔獣出てこないっスね~」
「まだ入ったばかりだろう」
「だって、魔獣が出てこないと依頼が終わらないんスよ?」
「……それは困る」
「そもそも、今回の依頼は鉱山内の魔獣の討伐と魔獣が増えた原因の調査だ。奥まで行かねばならんことなど想像がつくだろう」
「あ、そっか」
「……面倒な」
「……周りが見づらくて歩きにくい」
「あらあら、ティアさんは鳥目なんですね。転ばないように手を繋ぎますか?」
「うん、お願いレージェ」
「はい」
「レージェさんがお姉さんっス……レージェの姉さんっス……」
「がっはっはっ! レージェは優しいな!」
「ちょっとリューズ、鉱山内で大声出さないで。響いてうるさいでしょうが」
「すまねぇ!」
「変わってないわよ……」
こんな緩い会話をしていると、不意に前方を歩いていたモテナが振り返る。その表情は少し苛立っていた。
「まったく、お前たちには緊張感というものがないのか?」
「ふんっ、緊張したところで何になるというのだ。体が動かしづらくなり、戦いに支障が出るだけだろう」
「もう少し気を引き締めろと言っているのだ。お前たちの態度は油断を招きかねん」
「油断しなければいいだけだろう。この程度の会話で油断するなら、そいつはその程度だというだけだ。貴様は〝ギルド総長の懐刀〟であるにも関わらずこの程度で油断するのか」
「そんなわけないだろう。私はお前たちの態度が不謹慎だと言っているだけだ」
「魔獣を討伐するだけの依頼で不謹慎も何もない」
「討伐するだけだと? どんな不測の事態が起こるかわからない状況でそんな発言ができるなど、それこそ油断の表れだ」
「ほう? 不測の事態に柔軟に対処できる自信が貴様にはないのか?」
「なんだと……?」
イヴァンとモテナの間で火花が散る。
「あれま、高飛車な性格同士がぶつかるとこうなるのね」
「喧嘩にしかならないね」
「……魔獣の討伐にだけ専念したい」
「だからって一人で進んじゃダメっスからね兄貴」
「……こいつらを入口に置いておくのは……」
「支部長に協力しろって言われてるからだめだろうな!」
「……」
非常にげんなりした顔をするユリクス。魔獣を討伐するだけならなんてことないのに、こんなにも面倒なやり取りに巻き込まれなければならないとは面倒極まりない。ユリクスは嘆息をもらした。
睨み合いの終わったらしいモテナがビシッとユリクスたちに向かって指を指してくる。
「魔獣の相手は基本我々がする。お前たちは群れが出てきた時の対処だけでいい。決して邪魔はしてくれるなよ」
ふんっと鼻を鳴らしてモテナは再び歩き出す。
魔獣の相手をしてくれるというのなら面倒事が減っていいな、とユリクスたちは誰も異論を唱えなかった。
暫く歩いていると、魔獣の気配が近づいてきた。
クォォォォォン!
妖狐種の魔獣だ。一度吠えて威嚇してきた後、先頭にいるモテナに向かって突進してくる。突進しながら魔獣の尾が伸び、モテナに迫る。どうやら伸び縮みできる魔法を使うらしい。
モテナは神器の大振りの両刃剣を顕現すると、柄を両手で握って右に引くように構える。身体強化を施し、足裏に炎を放出して一気に前方に駆けた。
「《火炎の昇輪》!」
迫りくる尾をサイドステップで避け、横を通り過ぎる尾を掛け声と共に炎を纏わせた剣で下から斬り上げる。両断された尾の切断面から血飛沫が舞う。
キュォォォォォォン!!
魔獣が悲鳴を上げ、悶えている間に再び超加速で接近し、首を刎ねた。〝ギルド総長の懐刀〟というだけあって戦いぶりに無駄がない。そこは称賛できるのだが……。
「ほんとあの技名を叫ぶのなんとかならないのかしら」
「若ぇよなぁ」
「ふんっ、恥ずかしい奴だ」
「えっ!? かっこよくないスか!?」
「ライト、同レベル」
「そんなぁ……」
「ライト君はまだ若いですからいいと思いますよ」
「……甘やかすなレージェ」
もう三十近いだろうに、いい歳した男が恥ずかしげもなく技名を叫ぶのはどうにかならないものかとライト以外は頭を抱える。一緒にいて恥ずかしい。
「貴様らっ! モテナ様に助けていただいておいてなんだその言い草は!」
取り巻きAがそんなことを言っているが、ユリクスたちは「助けてもらったのか?」と首を傾げるだけである。
「そう噛みつくなエーレ。あの程度の魔獣、奴らが相手にしても瞬殺だったろうよ」
「あら? 奴らって、あたしたちも入れてくれてるの?」
「お前たちが纏っている空気は弱者のそれではないからな」
「やっぱ〝ギルド総長の懐刀〟っつうのは伊達じゃねぇなぁ」
「ふっ、当然だ。なんせこの私だからな!」
「「「流石モテナ様です!!」」」
「あ、そうっスか」
モテナへの評価が上がったり下がったりと忙しい。とりあえず一緒にいて疲れるのは確かだ。
機嫌が浮上したモテナを先頭に再び奥へと進む。すると、暫くして再び魔獣の気配。
ピュォォォォォ!
「ほう、純粋な不死鳥種の魔獣とは珍しいな」
思わずモテナがそう呟いてしまうくらいには複合していない不死鳥種の魔獣は珍しい。珍しいが、回復力が高いだけなので脅威ではない。
「回復が追い付かない程の私の連撃を見せてやろう」
そう意気込んで先程と同じように剣を構えたモテナだったが。
ズパンッ!!
モテナの背後から一条の紫電。魔獣の腹に穴が空き、魔力操作によって傷口から体内に広がった紫電によって内部破壊され、魔獣の体が木っ端微塵に吹き飛んだ。モテナが唖然としたまま振り返ると、ユリクスが手を前に突き出した状態で立っていた。
「……龍王、お前は一体何をしている」
「……この方が早いだろう」
効率を考えての行動なので、ユリクスは何が悪かったのかわからず首を傾げる。モテナの方は自分の出番を奪われたことで苛立ちはするが、効率がいいことは確かなので否定もできずにわなわなと震えることしかできない。暫く無言で見つめ合うユリクスとモテナ。
そんな二人の様子を見てユリクスパーティーの面々はモテナとは違う意味で体を震わせることしかできない。〝ギルド総長の懐刀〟同士の二人がかみ合わなさ過ぎていっそ笑えてくる、と。
笑いをこらえきれずに漏れ出る声だけが響く中で、盛大にその空気を破ったのは取り巻きたちだ。
「龍王、貴様こんなせこいことをして恥ずかしいとは思わないのか!」
「正々堂々と戦えないのか!」
「恥を知れ!」
魔獣相手に正々堂々である必要があるのか……? とユリクスが取り巻きたちの面倒くさい絡みに嘆息する。そもそもこの三人何もしていないのだから居る必要なくないか?
そんなことを考えていると背後からひそひそ声。
「ユリィったらとうとう味方にせこいって言われちゃったわね」
「まぁシーガラスでも同じようなことして敵に責められてたし、今までボクらが言わなかっただけっていうか……今回言われても仕方ないっていうか……」
リアナとライトが忍び声で話しているが、丸聞こえである。ユリクスがジト目を送れば二人は何事もなかったかのようにそっぽを向いた。
ふと、ティアがレージェと繋いでいた手を放して取り巻きたちに近づく。
「そんなに怒らないでおじさんたち。兄さんは早く先に進めるように協力しただけなの。だからあんまり責めないで」
ティアは冷静にユリクスを擁護した。だが、それは火に油を注いだだけだった。
「卑怯な真似をしておいて何が協力だ!」
「こんな男がモテナ様と同じ〝ギルド総長の懐刀〟など許されることではない!」
「そもそも戦えない者は引っ込んでいろ!」
取り巻きCが苛立ちのままにティアを突き飛ばそうと手を伸ばす。だが、それはユリクスが素早く腕を掴むことで阻止された。ユリクスが取り巻きCの腕を掴んだまま三人を威圧する。
「「「ひっ」」」
今まで目の当たりにしたことのない、圧迫感を感じる程の威圧感に取り巻き三人が尻込みする。まるで猛獣と対面しているような錯覚を覚え、自分がただ食われるだけの獲物になったような無力感。魔獣を前にするよりも恐ろしい。冷や汗と震えが止まらず、呼吸が浅くなる。
「そこまでにしてやってくれ」
取り巻きCの腕を掴んでいたユリクスの腕にモテナがそっと手を添え、介入する。モテナの瞳に苛立ちはなく、落ち着いていた。
その瞳を見て、ユリクスは掴んでいた手を離した。
「……別に俺が何を言われてもいいがな、ティアに当たるな」
「あぁ。私の連れが申し訳なかった」
「文句ばかりの連れがいて、貴様も苦労するな」
イヴァンの呆れ返った言葉に、モテナは噛みつかなかった。代わりに落ち着いた声音で言葉を返す。
「確かに、この者たちは私程強くはないし、私を強く渇仰しているがために空回っていることはよくわかっている。だが、それでも私にとって大事な仲間であることに変わりはない」
「「「モテナ様……」」」
モテナの言葉に取り巻きたちが感極まったような表情で呟く。仲間思いの美しい言葉であるが、それを聞いて、背後でひそひそ声。
「取り巻きたちが空回っている自覚はあったのね……」
「その割にはノリノリで持ち上げられてるっスよね」
「お前ぇさんたち、良い話なんだからあんまツッコまないでやれよな……」
坑道では声が響くので忍び声でも丸聞こえだ。だが、感極まっている取り巻きたちには聞こえなかったようで突っ掛かっては来なかった。
モテナが一つ息を吐く。
「私も少し目的を履き違えていたようだ。此度の依頼は魔獣の殲滅。効率よく魔獣を討伐してくれたことには感謝しよう」
「……あぁ」
初めて〝ギルド総長の懐刀〟の二人がかみ合った瞬間である。ライトとリアナから「お~」と感嘆の声が上がる。
和解したところで再び坑道を進む。
遭遇するほとんどの魔獣をモテナが討伐し、時折現れる面倒そうな魔獣をユリクスが紫電で瞬殺しながら順調に進んでいく。
大分進んだところで開けた場所に出た。円形に広がった空間に天井も高い。壁は何層もの段になっており、所々に大きな穴がある、恐らく他の坑道と繋がっているのだろう。ユリクスたちのいる最下段の地面には何かを入れるような箱が点々と置かれている。
「ここは採掘を行う場所の一つだ」
モテナの説明でこの空間のつくりの理由に得心がいく。
「さて、そろそろ昼時だし、ここで昼食に――」
ゴゴゴゴゴゴ……
モテナの言葉を遮るように、重低音が響いてくる。いくつもある他の坑道へと繋がる穴から響いてきているようだ。
「これは……足音か……?」
「……魔獣の群れだ」
イヴァンの呟きに気配探知をしたユリクスが答える。その言葉に全員が気を引き締めた。ティア、メラ、レージェをもと来た道付近に居させ、他の者でもと来た道と二人と一匹を守るように陣を組む。
徐々に音と地面の揺れが大きくなる。誰もが数多の気配を感知できるようになる。そして。
キシャァァァアア!!
グルゥァァァアア!!
クォォォォォォン!!
この空間にあるほぼ全ての穴から魔獣が溢れ出てきた。壁や各段の地を埋め尽くすほど現れた魔獣の数はおよそ二百。複合種を含め、龍種以外の全ての種が混在しているため、前方、壁、天井を魔獣が覆いつくした。
「そんな……こんなことって……!」
「逃げましょうモテナ様!」
「こんな数相手は無理です!」
「……」
浮き足立つ取り巻きたちの言葉に、モテナは魔獣を見据えながら沈黙する。恐らくこの状況を打破する方法を考えているのだろうが、そんな思考を遮る緩い声が。
「なんか、アクアトラスの時のこと考えたらこんな数なんとも思えなくなったっスねぇ」
「そうねぇ。なんというか、しょぼいわね」
「数百ぽっちじゃ張り合いねぇなぁ」
「鬱陶しいだけだな」
「……早く終わらせて先に進むぞ」
「「「お~」」」
四万の魔獣を経験した面々のなんと緩いことか。その様子にモテナたちやレージェは目を見張る。
「皆さん、怖くはないのですか?」
「ボクらはアクアトラスで四万を相手にしたっスからね。このくらいの数じゃもう驚かないっス」
「四万……だと……? あの噂は本当だったというのか」
「本当だぜ! ま、ほとんど倒したのはユリィだけどな!」
「四万のほとんどを……一人で……」
モテナが畏怖の孕んだ瞳でユリクスを見遣る。その瞳を受けて、ユリクスは先頭に立つ。
「……怖ければ下がっていろ」
ユリクスの言葉を合図にライト、リアナ、リューズ、イヴァンもユリクスの横に並ぶ。怖気づくどころか、凛と背筋を伸ばして威風堂々と立つその姿はまさに歴戦の猛者。瞳をギラつかせるその表情は魔獣以上に獣の如く。勇士としての格の違いを見せつける。
見せつけられて、モテナは。
「……ふっ、私も〝ギルド総長の懐刀〟だ。この程度のことで怖気づくわけがない」
こめかみに一つ汗を流しながら、ユリクスたちに並ぶ。ユリクスたちの勇姿を見て、〝ギルド総長の懐刀〟としての矜持がモテナの心を奮い立たせた。
「モテナ様……」
「……我々も戦います」
「我々にも、従者としての矜持がありますから」
「お前たち……」
体を震わせながらも魔道具の片手剣を構える三人。だが、その瞳に迷いはなかった。
「無理はするなよ」
「「「はっ」」」
ティア、メラ、レージェを後ろに下がらせて、残る者たちで前に出る。
モテナが両刃剣を顕現し、一拍遅れてユリクスたちも神器を顕現する。
「全員が神器持ちとは……お前たちは一体何者だ?」
「……今は魔獣の殲滅が先だろう」
「それもそうだな」
ユリクスとモテナの会話が終わり、二人が魔獣を見据えたところで魔獣たちが一斉に襲い来る。
「はぁっ!」
目の前に迫ってきた魔獣たちをモテナが炎を纏わせた剣で次々両断する。
「リューズの旦那、援護お願いするっス」
「おう! 任せな!」
「んじゃま、よっと」
ドバンッ! ドバンッ! ドバンッ! ドバンッ!
ライトは天井近くを飛ぶ鷲獅子種の魔獣を狙撃。翼を撃ち抜かれた魔獣たちが錐揉み落下してくる。
「みんな~、頭上注意っス~」
「はいよっと。どっせいりゃ!」
大鎚の柄を長くしたリューズが落ちてきた魔獣たちをまとめて横に吹っ飛ばす。
天井に向かって狙撃するライトが地上の魔獣に襲われないようリューズが援護し、落ちてきた魔獣をリューズが一掃する戦法だ。
「ふんっ、たわいないな」
上層から飛び降りてくる炎虎種や人魚種の魔獣をイヴァンが十のチャクラムで待ち伏せ、切り裂く。その場から一切動かずとも、その討伐数は死骸の山ができるほどだ。実に華麗。決して地味なわけではない。
「うわっ!」
「くそっ!」
取り巻きたちが魔獣に包囲されている。混戦で包囲されるのは致命的だというのに、三人がかりでも包囲を突破することができないでいる。
「お前たち! 待っていろ、すぐに行く!」
気づいたモテナが取り巻きたちを助けようと動くが、モテナも複数の魔獣の相手をしているために辿り着くのに時間がかかる。そのことにモテナが舌打ちした時だった。
「まったく、世話が焼けるわね」
取り巻きたちを包囲していた一体の炎虎種の魔獣を鎖が巻き取り、後方へ引き寄せる。不意を突かれたことであっけなく体勢を崩して引き寄せられた魔獣は為す術もなく鎌の餌食となった。
一体が倒されたことで魔獣たちの包囲が崩れる。その隙に取り巻きたちは態勢を立て直した。
「すまない! 感謝する!」
「いいのよ~」
モテナからの謝礼にリアナは綽然と答えた。そのまま流れるように毒の滴る鎖を自在に操り、魔獣たちを毒で侵していく。
「……」
ユリクスは目前に迫る魔獣たちを斬り伏せながら、同時進行で壁で蠢動している蠍種の魔獣を《雷刃》で始末していく。壁に被害が出ないように精密に魔力操作をして、だ。
ユリクスにはこの程度の魔力操作などできて当然。だが、それを見ていたモテナは格の違いを痛感していた。モテナとて、炎魔法をそのまま攻撃魔法として使用することは可能だ。だが、鉱山に一切の被害を出さずに、という条件下では不可能だった。
(これが、龍王と呼ばれる男か……)
総長に認められておきながら〝ギルド総長の懐刀〟としての志の弱い所は気に食わない。持っている力に嫉妬だってする。だが、それでも認めざるを得なかった。その技量に。自身も戦いながら、仲間たちの様子を確然と見守っているその慈心に。
「まったく、嫌になるが、同じ〝ギルド総長の懐刀〟としては頼もしいと思っておくべきか……すらっ!」
想念しながらも、モテナは魔獣を斬り伏せる手を止めない。
〝ギルド総長の懐刀〟二人とライト、リアナ、リューズ、イヴァンが一瀉千里に魔獣を屠り、そして取り巻きたちも十数体の魔獣を相手にしたことで早々に魔獣の殲滅は終わった。
「いやー、いい運動になったっスね~」
「昼飯がより美味くなるな!」
死骸の海の中で昼食が美味くなるのかは謎だが、ユリクスたちにとっていい運動になったのは確かだ。モテナも流石〝ギルド総長の懐刀〟というだけあって怪我はしていない。今は取り巻きたちの手当てを行い、主君にそんなことはさせられないと取り巻きたちをあたふたさせているところだ。
ユリクスたちに、今まで見守っていたティアたちが歩み寄ろうとしている。
「……」
「どうしたのユリィ?」
ユリクスがティアたちに鋭い視線を送っている。――否、正確にはその頭上。
グルゥァァァア!
「っ!」
「ガウッ!」
自分たちが通ってきた道の頭上にも穴があり、そこから一体の炎虎種の魔獣が出てきたのだ。
突然の奇襲にティアが屈みこみ、メラが庇うようにティアに覆いかぶさる。メラに魔獣の爪が迫ろうとしたその時。
ガキンッ!
メラの前にレージェが立ち塞がり、その目の前で爪が透明な何かに弾き返された。いや、弾いたそれはよく見れば薄青色をしている。
「突然の奇襲はやめてください。私、臆病ですから」
レージェの姿を薄青色に儚く輝く何かが覆っている。それは羽衣だった。羽衣がなめらかに動き魔獣に近づいたかと思えば、突如レージェによって鋭く横薙ぎにされ、魔獣を両断した。
魔獣を屠った羽衣はすぐに硬度を失い、柔らかにレージェの体に纏われた。
「レージェの姉さん……それって、神器……?」
ライトの問いに、レージェは眉をハの字にしながら悲しげに微笑んで頷いた。
「すげぇ! その羽衣ってどうなってんだい!」
「この羽衣は普段はなめらかですが、私の意思で硬くすることができるんです。硬くしなくても破れることはありませんが」
「なるほどな」
「羽衣の神器なんておしゃれねぇ」
「レージェ、守ってくれてありがとう」
「ガウッ!」
「いえ、怪我がなくてよかったです」
ティアたちが話している様子をユリクスは少し離れた場所で見守っていた。そこにモテナが歩み寄る。
「龍王、どうして魔獣の接近に気づいたのに真っ先に動かなかった?」
「……お前は鉱山の前でティアを連れていくことを非難したが、レージェには触れなかった。戦えることを知っていたんだろう」
「……まさかあれだけの会話で気づくとは。だが、万が一レージェが戦えなかったらどうするつもりだったんだ」
「……鉱山に魔獣がいるとわかっていても動じないレージェの様子で万が一はないと思っていたが、もしも戦えなかったのなら、魔獣がティアを攻撃する前に斬り伏せていただけだ」
「なるほどな。……まったく、お前の慧眼と実力には恐れ入る」
モテナが取り巻きたちの元へと戻っていく。
ユリクスはティアたちの様子を眺めながら黙考していた。神器を顕現した後のレージェのあの表情は一体なんだったのだろうかと。
レージェはよく悲しげな表情をする。その表情の意味を、ユリクスは考えていた。
……そういえば、自分が誰かの、仲間でもない人間の表情の意味を考えることなど初めてのような気がする。その変化を、ユリクスは静かに受け止めた。
きっとティアたちはその変化もまた、良いものだと言って笑うのだろう。ならば、否定することなくそれを受け入れる。それで仲間たちが、ティアが笑ってくれるのであれば、自分もその変化を甘受しようと、そう思えた。
ユリクスは己に起こった変化を受け入れ刻み込むように、ゆっくりと瞼を閉じた。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11日です。




