鉱山の魔獣討伐依頼
次の日。レージェを仲間に加えたユリクスたちは朝食を済ませた後、ギルドに向かって茶色い町を闊歩していた。
茶色は人の心を落ち着かせる効果があるという。その効果が発揮されているのか、長閑さを感じさせる町並みはユリクスの心も穏やかにさせた。
だがその道中、今までにはなかった光景があり、一行の中には困惑する者もいた。
「ねぇ見て! 龍王様よ!」
「かっこいいわぁ~」
「かっこいいし美しいわよねぇ」
「目の保養ねっ」
「お近づきになりたいわ〜」
「でもあの銀髪の人もかっこよくない?」
「ね! とってもイケメン!」
ユリクスと、ついでにイヴァンがすれ違う女性たちにキャーキャー黄色い歓声を上げられていた。
そんな初めての経験に困惑するのはリアナとリューズだ。ティアとライトはまるで自分のことのように誇らしげで、レージェは感心したようにユリクスとイヴァンを見る。当の本人たちは我関せずといった様子だ。
「ユリィとイヴはモテモテだなぁ」
「どうして急に騒がれるようになったのかしら? 顔が良くても今まで騒がれたことないわよね? やっぱり昨日の決闘が原因?」
「それだけじゃないと思う」
「そうっスね。イヴの兄ちゃんはともかく、兄貴は近づいてくれるなっていうオーラが緩んだからそれで親しみやすくなったんだと思うっス」
「……そうか?」
「前のユリィさんはわかりませんが、確かに昨日は近寄り難いとは思いませんでした」
「よかったね、兄さん」
よかったのか? とユリクスには疑問に思えてならない。何故ならば、騒がれても面倒だしうるさいだけだから。
「……よくない。うるさい」
「まったくだな。騒がしくてかなわん」
「あんたたち、世の中のモテない男たちに刺されるわよ」
モテない男、と聞いた一同の頭に浮かぶのはもちろんあの男だ。できればもう関わりたくないものである。
多くの人々、主に女性たちの視線に晒されながら歩き、ギルドに到着する。
この町は大きな建物ほど一般的な木造建築ではなくログハウスのような外観になる。ギルドもまた、大きな丸太が積み上げられたような建物となっていた。
木製の扉を開いて中に入る。内観もほぼ全てが木造。今までのギルドも木製の物は多かったが、スパイダリアのギルドは椅子やテーブル、カウンターなども丸太が使われていたり、隅にいくつかハンモックがかけられていたりと遊び心がある。
「見ろ、龍王だ」
「若いが貫禄あるなぁ」
「連れの連中も強いんだろうな……」
ギルドに入った途端に冒険者たちからの視線が集まる。その視線に不快な妬み嫉みはなく、純粋な羨望や尊敬だけがあることをユリクスたちは感じ取った。故に気にすることなくギルドカウンターへ向かう。
「皆さんはすごいですね。冒険者さんたちにこんなに注目されても動じないなんて」
「兄貴と一緒にいたら慣れたっス」
「そういうあんただって一切動じてないじゃない?」
「私はその……慣れてるので……」
「「「あー」」」
まぁレージェほどの美人ならすれ違う度に二度見三度見されるだろうなとユリクス以外は察する。ユリクスは彼我の顔になど一切興味がないので察することはできなかった。
「慣れてるとはいっても、一切動じていないわけじゃないです。本当なら、こんな私のことなんて見ないでほしい……そう思います」
「そんなに卑下することねぇと思うがなぁ」
「……それに、見られること自体好きじゃないです。……私、臆病ですから」
悲しげに笑んだレージェの心境は如何なるものなのか。自分たちが神人族であり、それぞれが心に傷を負ったからか、レージェもまた、何か大きなものを抱えているような気がしてならなかった。
ギルドカウンターに向かい、ユリクスが魔力証を提示したことで職員が奥の部屋へと入っていく。そして戻ってきた職員に奥の部屋へと通された。
入った途端に大きくて喧しい声が掛けられ、ユリクスは顔を顰めた。
「おう! 待ってたぜ龍王!」
顎髭が特徴的な強面のギルド支部長、アランが厳つい笑顔でユリクスたちを歓迎する。この態度は苦手だ。ユリクスは早々に帰りたくなった。
長テーブルの短辺側に置かれた一人掛けソファにアランが座り、長辺の両側に置かれたロングソファーにユリクスたちが分かれて座る。支部長の執務室であるこの部屋は流石に木造ばかりではなく、ソファーは本革張りだった。弾力があり座り心地は良好だ。
職員によってお茶とお菓子が用意されてからアランが口火を切った。
「改めて、俺がスパイダリア支部長のアラン・ホタルギアだ。お前たちの活躍は総長や他の支部長たちからよく聞いてるぜ。……で、お前がモテナがよく振り向いてくれないと嘆いてるレージェだな?」
「はい」
「龍王と一緒に行動することにしたのか?」
「婚約者ですから」
「ふはっ! スパイダリアにいる間はその設定を頑張って通すんだな!」
どうやら支部長には仮の婚約だとお見通しらしい。ユリクス的にはその方が楽である。だがそれはともかく。
「……アラン、その龍王呼びをやめろ」
「かっこよくていいじゃねぇか! 龍王様よ!」
「……」
やはりこの男は苦手だ、とユリクスは顔を顰めた。早く退出するためにユリクスは口を開く。
「……挨拶はもう済んだな。これで失礼させてもらう」
「待て待て。話は終わってねぇぞ」
「……」
まさかまた指名依頼じゃないだろうな、とアランを睥睨する。アランはその鋭い視線を柳に風と受け流し、にやりと笑って言った。
「指名依頼だ」
「……帰る」
「兄貴ストーップ!」
「そうだぞ龍王、断ったら総長の相棒行きだからな!」
「……お前たちはそれを出しに俺を扱き使いたいだけじゃないのか?」
「ふはっ! そうだぜ!」
「……」
「兄貴殺気しまって! ステイ!」
思わず殺気が漏れ出たユリクスである。殺さずともせめてこの憎たらしい顔を思いきりぶん殴ってやりたいと、ユリクスは組んでいた腕を解いて膝の上で拳に力を入れた。だが、その拳の上に温かな温度。ティアの手だ。
「兄さん、深呼吸」
「……」
ティアの笑みに毒気を抜かれ、言われた通りに深呼吸をする。体の力が抜けたところでティアに拳をほどかれた。
「ティアさんすごいです」
「ユリィの扱いはやっぱりティアが一番ね」
「尻に敷かれているな」
「ティアは良い嫁さんになるな!」
「アランさん、あんまり兄貴をからかわないでほしいっス」
「いやー、面白くてついな!」
外野の会話を無視して、ユリクスは足と腕を組みなおして再びアランに向き合う。多少怒気は収まったとはいえ、まだ眉間には皺が寄っている。
「……で、指名依頼とはなんだ」
「鉱山にいる魔獣の討伐と、魔獣が増えた原因の調査だ」
「鉱山があるの?」
首を傾げたティアに答えたのはアウデス王国出身のリアナだ。
「アウデス王国は鉱山の多い国なの。数に違いはあれど、ほぼすべての町が鉱山を所有しているわ」
「中でもスパイダリアの鉱山は質のいい鉱石が取れる。お前らの持ってる白金貨や白銀貨はほとんどがスパイダリア産だぜ?」
ユリクスには貨幣が何処産とか心底どうでもいい。故に早々に話を戻す。
「……それで、魔獣が増えているというのは?」
「あぁ。そもそも頻繁に採掘を行う鉱山に魔獣が現れることも珍しいんだが、ここ最近では魔獣が溢れかえっていてな。きな臭いだろ? だからお前たちは共に調査する冒険者と合流して調査にあたってほしいのさ」
「他にも冒険者が来るんだね」
「あぁ、一組だけな」
「強い魔獣はいるのか?」
「いや、強い魔獣の目撃情報はねぇ。ただ只管に数が多い」
なるほど、と頷く一同。だが、ライトが「ん?」と首を捻った。
「数が多いだけで魔獣は強くないんスよね? それって〝ギルド総長の懐刀〟がやるべき仕事なんスか? 普通の冒険者を集めれば十分な気がするんスけど……」
「そうだろうな」
「じゃあどうして?」
「龍王を向かわせた方が面白そうだからだ!」
「……」
「兄貴黒刀しまって!! ステイッ!!」
「あっはっはっ!」
無言で黒刀を顕現させたユリクスをライトが取り押さえる。殺意を向けられて豪快に笑うアラン。それらの様子を見て呆れたように笑う他の面々。何とも騒がしい挨拶の場となった。
◇◇◇
支部長に今にも斬りかからんとしていたユリクスをなんとか宥め、一行は目的地の鉱山へと向かった。苛立っているために剣呑さを隠さず町中を歩くユリクスだが、何故かそんなユリクスにも黄色い歓声が飛んでくる。ライトとリアナ、リューズはスパイダリアの女性たちの肝が太過ぎるように感じ、顔を引きつらせた。
黄色い歓声を取り合わずに真っ直ぐ向かったユリクスたちは、鉱山に入るための一本の坑道前に辿り着いた。町からは出たとはいえ、かなり近い。こんな町の近くにある鉱山に魔獣が溢れているとなれば、早急に対処する必要があるだろう。
メラを抱えたティアが鉱山の入り口を見て瞳を輝かせている。
「これが鉱山……初めて見た」
「ガウ―」
「鉱山の中でも大きい方ね」
リアナの言う通り、眼前にある鉱山は非常に大きかった。現在ユリクスたちは七人と一匹だが、そこに合流予定の冒険者たちが加わっても恐らく窮屈さは感じなさそうだ。入口からして整備もしっかり行き届いていそうなため、歩くのにも不自由はしないだろう。
「確か他にも冒険者が来るんスよね?」
「アランさんがそう言っていましたね」
「……そいつらに任せればいいだろう」
「いいのユリィ? 龍王の名に傷がつくわよ?」
「……別にいい」
「傷がつくかどうかは別として、任せっぱなしじゃ申し訳ねぇよな。なぁユリィ?」
「……別に」
「指名依頼を放棄したと見做されて相棒行きだろうな」
「……」
「頑張ってね、兄さん」
「……」
ユリクスが「……はぁぁぁ」と長嘆息をすると、自分たちが歩いてきた道から複数の気配。一同が気配のする方向を向くと、歩いてやってきたのは。
「何故お前たちがここにっ!?」
モテナとその取り巻き三人だった。
「……お前たちこそ何故ここに」
「ここがイデスバーン家所有の鉱山だからだ!」
「あら、そうだったのね」
切歯しながらこちらを……主にユリクスを睨め付けていたモテナだが、レージェの前だからか一度深呼吸をして多少落ち着きを取り戻してから再び向き直ってくる。
「で、何故ここにいる」
「……指名依頼だ」
「……支部長め……ある程度実力のある冒険者の手配を頼んだが、まさかこいつらを寄越すとは……」
「支部長さんの言ってた面白そうってこういうことだったんスね……」
まぁ確かに、不俱戴天の敵のように噛みついてくるモテナと面倒くさがりで愛想のないユリクスを引き合わせたら、他者から見たらそれは面白いだろうな……と、ティアたちは支部長の居る方角へ呆れた視線を飛ばす。迷惑なことこの上ない。ティアたちは揃って今回の依頼は一悶着も二悶着もあることを悟った。
不意に、モテナがティアに視線を転じる。その瞳は真剣だ。
「その少女は戦えるのか」
「ごめんなさい、私は戦えない」
ティアの答えに、モテナは再びユリクスを鋭く睨め付ける。
「戦えないか弱き少女を魔獣の前に連れていくなど、何を考えている」
「私が一緒にいたいから来たの。それに、私のことはメラが守ってくれるから大丈夫だよ」
「ガウッ!」
「……その小さな獣が……?」
モテナや取り巻きたちがメラを見て訝しむ。ティアがメラを降ろして目配せすると、メラは一つ頷いて体に光を纏わせた。体が徐々に大きくなり、ティアよりも大きくなる。
「なっ!? 魔獣!?」
「お下がりくださいモテナ様!」
「貴様ら解放者か!」
取り巻きたちが素早くモテナの前に庇うように飛び出し、敵意を向けてくる。今にも武器を手にして襲い掛かってきそうだ。ユリクスが威圧で牽制しようとしたが、その前にモテナが取り巻きたちの前に出てきた。
「待つんだお前たち。……それは本当に魔獣か?」
「この子は魔獣じゃないの。信じられないかもしれないけど、本当なの」
「……」
ティアがメラの側部を撫でながらモテナに訴える。モテナはじっとメラを見据えた後、頷いた。
「信じてやろう」
「モテナ様!?」
「魔獣を連れている男を総長が認めるわけがないからな。それに、纏う雰囲気でただの魔獣ではないことくらいわかる」
「ありがとう、モテナさん」
モテナが信じたことでティアがほっと息をつく。
動物ではない見た目と魔法が使えるという事実だけで判断することのなかったその慧眼に、ユリクスたちの中で再びモテナの評価が上がる。
だが、モテナが長い前髪をかき上げて言った。
「ふっ、気にする事はない少女よ。私は懐の深い男だからな!」
やはり残念である。自分で言わなきゃいいのに……とユリクスとイヴァンを除く面々は苦笑した。
ふと、レージェがメラに歩み寄った。
「驚きました。普通の動物ではないとは思っていましたが……」
「そういえばレージェにも言ってなかったね。驚かせてごめんね」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも、触っていいですか?」
「もちろん。ね、メラ?」
「ガウッ!」
大きくなりふかふか度の増したメラをティアとレージェが両側からモフる。実に幸せそうだ。
「くっ、レージェに触れてもらえるなど……! やはりお前たちは気に食わん!」
切歯するモテナを無視してレージェはメラをモフり続ける。その様子を見たモテナの射殺さんとする眼光がユリクスに刺さるが、ユリクスにしてみれば何故自分に敵意が向くのかがわからない。まったく、面倒な。やはり早く依頼を終わらせて借家に帰りライトのコーヒーを楽しむに限るな、とユリクスは口を開いた。
「……早く中に入って依頼を終わらせるぞ」
「言われるまでもない」
モテナが怒りの籠った足取りで坑道に向かって歩を進める。それを取り巻きが呼び止めた。
「モテナ様、本当にこの者たちを信じるのですか!? 魔法が使えるのに魔獣ではない生物などいるはずがありません!」
取り巻きの三人は、メラやメラを連れているユリクスたちを警戒して不穏な敵意を向けてくる。その三人をモテナは睥睨して言った。
「私が信じているのは総長や支部長たちだ。それに、魔獣には謎も多い。固定観念に囚われるのは愚か者のすることだ」
「ですが……!」
「そもそも、お前たちは主君であるこの私を信じられないというのか?」
「……いえ、そのようなことは」
「まぁだが、不安になるのもわからなくはない。万が一お前たちに牙が向けられようものなら私が守ってやる。今は信じろ」
「「「……かしこまりました」」」
一応は納得したようだが、完全にはユリクスたちに気を許せていないことは気配でわかった。故に、ユリクスはモテナに警告する。
「……お前の方こそ、手綱はしっかりと握っておくんだな」
「言われずとも」
「不穏っスねぇ」
「何事もないといいけど」
二人の険悪な様子にライトとリアナは嘆息をもらした。
「そういえば、そこの三人の名前を聞いてねぇな。一緒に依頼をこなすんだ、仲良くしようぜ! 俺ぁリューズってんだ!」
リューズが呵々と笑って不穏な空気を吹き飛ばす。モテナは顰めていた眉を元に戻して答えた。
「お前たちの名前は支部長から聞いている。この三人は、エーレ、ビード、シーダだ」
主君がモテないときたら、その取り巻きたちはA、B、Cときた。なんとも残念極まる連中である。呵々と笑っていたリューズも思わず眉を下げる。
「なんだ?」
「いや、なんでもねぇよ! よろしくな!」
「あぁ。一応同じ依頼をこなすんだからな、その間は協力してやる」
そう言って、モテナは取り巻きたちを引き連れて先に坑道へと足を踏み入れた。
その後ろ姿を見送ってからリアナが頭を抱える。
「つくづく矜持が高いというか上から目線というか……まるで可愛げのないイヴね」
「おい」
「イヴの方が優しさを感じられるあたり可愛いもんだよなぁ」
「おいっ」
「すみません皆さん。モテナさんも普段はもう少し大人しいのですが……。はぁ、イヴさんの程度というものを見習ってほしいものです」
「おいっ!」
「どうしたんスかイヴの兄ちゃん?」
「誰が兄ちゃんだっ! ってそうではない!」
「じゃあどういうこと?」
「俺と奴を一緒にするなっ!」
「……似たようなものだろう」
「ユリクス貴様っ!」
「はいはい、雑談はそのくらいにして早く入るわよ。置いていかれちゃうわ」
「始めた奴が何を言うか!」
わいわいがやがやと坑道へと足を踏み入れるユリクスたち。緊張感はまるでない。
初めて出会った他の〝ギルド総長の懐刀〟と共に行う指名依頼。今のところ全くかみ合っていないが、さてどうなることやら。
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