婚約者
ライトの料理を堪能したユリクスたちの機嫌は完全に元に戻り、あの厄介な男のことなど頭からはすっかり消えていた。各々寛ぎながら馬車に揺られて、夕方前にアウデス王国の入国の務めを果たす町であるスパイダリアの関所付近に到着した。
いつも通り少し離れた場所で馬車を降り、メラを小さくしてから歩いて関所に向かう。
関所前には長蛇の列。これもいつものことであり、その列を抜かすことなくちゃんと一番後ろに並ぶこともいつものことだ。
何故〝ギルド総長の懐刀〟なのに列の後ろに並ぶのか。それはもちろん、ユリクスが目立ちたくないからである。列を抜かして先に入国すれば、それはすなわち自分は〝ギルド総長の懐刀〟ですと言っているようなものだ。正体が露見して騒がれるのは面倒。と、いうわけで今回もしっかり列に並ぶのだ。これで役人にはばれても周りの人間にはばれないはず! ……と、思っていたのだが。
暫く並び、自分たちの後ろにも長い列ができ、前はもう少しでいなくなるというところで、ユリクスは一人の役人の男と目が合った。すると、役人の目が大きく見開かれ、こちらに小走りで近づいてくる。なんだかとても嫌な予感がした。
「あ、あの! 魔力証を見せていただけますか!!」
興奮を隠しきれていない声音でそう言われ、ユリクスは非常に魔力証を出したくなかった。だがリアナに肘でつつかれ、仕方なく提示する。
「若い男性で黒髪の眉目秀麗な〝ギルド総長の懐刀〟様! あなたがあの龍王様ですね! お会いできて光栄です!」
役人が大声で言ったため、この場にいるほぼ全ての人間にユリクスの身分が露見した。他の役人も列に並ぶ人々も「龍王ってあの!?」「最強って言われてる龍王様!?」「龍種の魔獣を無傷で倒したっていう!?」「俺は魔獣の軍勢を一人で滅ぼしたって聞いたぞ!」と騒ぎに騒いでいる。ユリクスは遠い目になった。誰だ情報を流したのは。ゲオルグか。
「あの、握手してもらってもいいですか!」
「ずるい! 私もお願いします!」
「俺も!」
次々と人が押し寄せ、ユリクスの姿が埋もれていく。ティアたちは早々に退散して難を逃れた。
「今度からは列に並んでも意味ないっスね」
「そうだね」
「ふんっ、魔獣の軍勢の件を一人の手柄にしおって」
「まぁ実際ほとんどの魔獣はユリィが倒しちまったから間違ってねぇけどな」
「これいつになったら入国できるのかしら」
結局関所にいた全ての人間の相手を余儀なくされ、入国できたのはすっかり空が茜色に染まった頃だった。
スパイダリアに入ると、そこは一言で言うなれば茶色い町だった。地面は土で、建物はほとんど全てが木造。風が吹けば回転草がそこら中で転がっている。だが廃れているというわけではないので、こういった趣の町なのだろう。茶色い町と言ったが、今は夕方なので綺麗な赤茶色が一面に広がっている。
ユリクスたちは一刻も早く借家を借りるためにギルドへ向かった。何故ならば、精神が限界を迎えている者が一名いるからだ。
「兄さん、お疲れ様」
「……あぁ」
「兄貴はよく頑張ったっス」
「……あぁ」
「借家の手続きは代わりにやってやるからもうちょい頑張れな?」
「……あぁ」
「ギルドに入ったら支部長が出てきそうだから、ユリィはギルドの外で待ってなさいな」
「……あぁ」
「完全に精神が壊れているな」
「……あぁ」
ユリクスは壊れた機械のようになっていた。人に囲まれるのもリップサービスもユリクスにはまだ無理な話なのである。
なかなかの大きさのギルドに到着してティアたちが手続きに行っている間、ユリクスは一人外の空気を目一杯肺に取り込んで精神の立て直しを図っていた。
通りすがった女たちがユリクスの方を見て何やらひそひそと話している。顔が赤いのはきっと夕日のせいだろう。
初めて見る回転草を目で追ってみたり、自分を見てひそひそする女たちに首を傾げながら時間を過ごしていると。
「何故なんだレージェ! どうして頷いてくれない!?」
「何度も言っている通り、その話はお断りさせていただきます」
「私の何がいけないというんだ!」
「もう放っておいてください」
男が女に言い寄ってばっさり断られている。レージェと呼ばれた女は緩く波打っている淡青色の髪を持った美人のため、恐らく交際を申し込まれているだろうことが窺い知れる。男は相当しつこいようで、言い寄られているレージェは心底参っているようだった。
その光景をぼんやり見ていると、ふと、レージェと目が合った。レージェがフレアスカートを靡かせてユリクスに駆け寄ってくる。面倒事が舞い込んできて再び精神攻撃を受けたユリクスは虚脱した。
レージェがユリクスの片腕にがっしりと両腕を組んでくる。そして男に言った。
「私、婚約はこの方とします」
「……は?」
「お前は……」
男が視線でユリクスを射殺さんと睨め付けてくる。この男には見覚えがあった。確か……。
「……モテない……人……?」
「モテナ・イデスバーンだ!!」
そう、あのモテないですバーンだ。
「どういうことなんだレージェ!」
「一目でこの人だと思ったんです。あなただって私にそう言っていたではありませんか」
「ぐっ、だからといって何故そんな顔が少し良いだけの庶民と!」
「顔だけでなく、この方には惹かれるものがあります。あなたが私に言っていた言い分が通るのならば、それだけで理由は十分でしょう」
「だが……!」
レージェがモテナから視線を外し、ユリクスを見遣る。
「そういうわけで、少し話をいいですか? 二人だけで話をしたいのですが」
髪と同じ淡青色の瞳が助けてほしいと如実に訴えていた。
ユリクスがなんと言って断ろうかと考えていると、ギルドの扉が開いた。出てきたのはティアたちと顎髭を生やした四十代程の一人の男だった。
「兄貴ごめんっス! やっぱ支部長が話をしたいって!」
「よぉ、お前が龍王か! 会えるのを楽しみにしてたぜ!」
「……龍王……だと……?」
なんとも最悪のタイミングである。ユリクスの正体が龍王だと知り、モテナの目が更に吊り上がる。そして腕を組んでいるレージェは目をぱちくりさせてユリクスを見上げていた。何となく腕を組む力が強まったような気がする。
「なに? 修羅場?」
「みてぇだな!」
ユリクスたちの状況を見てリアナはにやつき、リューズは呵々と笑っている。いや、早く助けろ。ユリクスは二人を睥睨した。
「……龍王、お前は私が得るはずだった最強の地位を強奪し持て囃され、更にはレージェまで奪おうというのか……」
「……どちらも否定する」
「ふざけるなっ! ここまできて言い逃れできると思うなよ!」
どうやら返答はイエスでもノーでもだめだったらしい。なんと面倒な。
「もういい! 龍王! 私と勝負しろ! そして、勝った方が最強の地位とレージェを手に入れる! 異論はないな!」
「……異論しかない……」
精一杯のユリクスの反論もモテナには届かなかった。モテナが神器の両刃剣を顕現する。何事かと町人たちが続々と集まり、人垣が作られた。
「おう? なんか面白そうなことになったな」
「支部長さん止めてくれないんスか……」
「ふはっ! こんな面白そうなこと止めるわけねぇだろ!」
「えぇ……」
「まぁだが……」と言って支部長がユリクスとモテナに近づく。
「町中だからな、魔法の使用は禁止する。あと殺しもな」
「了解しました」
「……」
どうしてもやらなきゃだめなのか……とユリクスが遠い目をしていると、腕を組んでいたレージェが「あの……」と声を掛けてきた。ユリクスは視線を合わせる。
「頑張ってくださいね、あなた?」
はにかんで言われた言葉をユリクスは一瞬理解できなかった。そしてモテナはというと。
「……〝あなた〟、だと……? いつの間にレージェとそこまでの関係を……!」
いえ、はじめましてです。と言ってももう聞こえないだろう。完全に目が血走っている。
これ本当にやらなきゃだめか? とユリクスが往生際悪く思っていると、ティアが近づいてくる。
「兄さん、頑張ってね。お姉さんのために」
「……」
どうやら状況を察しているらしい。人助けの背中を押されてしまった。ユリクスは長嘆息をもらした。組んでいるレージェの腕を優しく解く。
「……行ってくる」
「……はい。いってらっしゃい」
ユリクスの言葉に目を見張った後、レージェは嬉しそうに頬を染めてユリクスを決闘の場に送り出した。
「なにあれ新婚?」
「みてぇだな!」
「まったく……何をやっているんだ奴は……」
リアナ、リューズ、イヴァンが何やら言っているが、ユリクスは無視してモテナに向かい合う。そして黒刀を顕現し、軽く握って下に下ろす独自の構えを取った。
円形にできた人垣の中心で得物を構えて向かい合う二人。固唾を呑む民衆たち。誰も言葉一つ発さない、風だけが吹く空間で、先に動いたのはモテナだった。
「はぁっ!」
瞬時に身体強化を施して接近してくる。支部長の言う魔法に身体強化は含まれないと解釈して使用してきたのだろう。そして恐らく、そのことにユリクスが動揺すると踏んで。だがその程度ではユリクスは揺らがない。
真っ直ぐ迫りくる剣に黒刀を当てて最低限の力で往なす。標的を外された剣はユリクスの後ろへと流れ、モテナもユリクスの横を通過する。
「チッ!」
身体強化も使わずに容易に往なされたことにモテナが舌打ちする。そして再び突進。またもや真っ直ぐに剣が突き出されるかと思いきや、モテナの姿が一瞬消える。地を蹴り高く跳躍したのだ。相手の不意を衝く行動だが、ユリクスにとって気配探知は朝飯前。跳躍したことにはすぐに気づいた。
身体強化に加えて重力も加わった降下。剣を真っ直ぐに下ろす唐竹割り。
ユリクスは身体強化を施して真っ向から黒刀で受け止めた。相当パワーの乗った一撃だったが、ユリクスの体は一切小揺るぎしない。その事にモテナは「なんだと……!」と驚愕を露わにする。
「おーおー、モテナはパワーに優れた冒険者なんだが、その一撃をこうもあっさり受け止めるとは……総長に最強と言わせたのも納得だな」
「龍王さん……すごいです……」
支部長とレージェが感嘆の声を上げ、その言葉を聞いてモテナは再び舌打ちする。
モテナは続いてユリクスに鋭く斬りかかった。袈裟斬り、斬り上げ、薙ぎ、突きと次々襲い来る剣をユリクスは受け流し、往なしと捌いていく。モテナは〝ギルド総長の懐刀〟というだけあって剣技に隙はなかった。だが……それだけだ。
(……ガルダの方が余程重いし速いな……)
ユリクスは久しぶりに己に剣技を教えた師匠を思い出していた。そして、師匠が如何に強かったかを。とはいえ今では負ける気はしないが。
「龍王! 何を考えている!」
どうやらユリクスが集中していないことに気がついたらしい。ふむ、確かに師匠と比べるのは失礼か、と少しずれたことを考える。ユリクスは一つ短く息を吐くと、この決闘を終わらせるために動いた。
モテナの渾身の斬りつけを黒刀で真っ向から弾き返す。
「なっ!?」
これでモテナの得意とするパワーですらユリクスが勝ったことが証明される。そして、連撃。ユリクスがモテナの剣に向かって黒刀を振り続ける。モテナが自身で反撃しようと試みるがそれは叶わず、ユリクスの黒刀の動きに合わせてモテナの剣が躍る。
「すげぇ! 全然見えねぇよ!」
「あぁ、速すぎる!」
一般人から見れば視認できない速さで互角の剣戟が繰り広げられているように見えるだろう。だが、戦闘慣れ、あるいは見慣れているティアたちや支部長、そして実際にその身に受けているモテナには、現在行われていることが如何に一方的で屈辱的かがよくわかっていた。
「兄貴もえげつないことするっスね~」
「でもこうでもしないときっとあの人は兄さんに突っ掛かり続けるよ」
「龍王……聞いてはいたが想像以上だな」
ティアたちや支部長が静かに見つめる中、遂に決着の時が訪れた。
「このっ!」
モテナが無理矢理にでも反撃しようとして大きな隙ができる。ユリクスはモテナの剣を掬い上げるように弾き、剣はモテナの手を離れて大きく上空へと弾き飛ばされた。
重力に逆らわずに落ちてきた剣が地面に刺さり、モテナの乱れた息が沈黙の場に響く。剣を失い、息を乱し、汗を流すモテナと、息一つ乱さずに悠然と立つユリクス。勝者は歴然だった。
沈黙が破られ、大歓声が辺りに響き渡る。
「すげぇ! あのモテナ様に勝っちまったよ!」
「何者なんだあいつ!」
「バカ! あの最強の〝ギルド総長の懐刀〟って言われてる龍王様だよ!」
「俺生で龍王様の戦い見ちまった! 鳥肌が止まらねぇ!」
「龍王様こっち向いてー!」
歓声を意に介さず、ユリクスは黒刀の顕現を解いてティアたちの元へと戻ろうとする。
「待て、龍王」
自らを一顧だにもしないユリクスをモテナが呼び止める。ユリクスはモテナを一瞥する。モテナの瞳には強い悔しさはあるが、先程まであった怒りはない。
「次戦う時には、必ず私が勝つ」
「……そうか」
それだけ言葉を交わして、ユリクスはティアたちの元へ戻った。
「兄さん、お疲れ様」
「……あぁ」
ティアたちから労いの言葉をもらう。そんな中、支部長がモテナに歩み寄った。
「モテナ、お前は龍王の力を疑っていたようだが、奴の強さは本物だぞ。総長は嘘はつかねぇ」
「そんなこと、相対した私がよくわかっています」
「ま、これで俺たちもまだまだだってことがわかったわけだ! 精進しようぜ!」
「……言われるまでもないです」
悔しげに表情を歪めるモテナ。だが龍王の実力をその身をもって知ったことで、先程までのやっかみを孕んだ敵愾心は収まったようだ。
これでもう関わらずに済むはず……そう思った矢先にモテナがユリクスたちに近づいてきた。そしてビシッと指を指してくる。
「だがレージェのことは諦めんぞ! レージェを幸せにするのはこの私だ!」
最強の地位はともかく、恋敵としての敵愾心は未だ健在らしい。
勝手にしろ、とユリクスが返事をする前にレージェがユリクスの前に出る。そしてにこりと上品に笑って言った。
「先程の決闘には私もかかっていたんですよね? ならば私はもうこの方のものです。諦めてください」
「そんなっ!」
「ご自身で言った言葉を撤回するのですか?」
「うぐっ」
モテナの心に刺さる言葉を放った後、レージェはユリクスに向き直る。
「というわけで、私はもうあなたのものです。私はレージェといいます。あなたの名前を聞かせていただけますか?」
「……俺は認めてないぞ」
「名前はユリィよ」
「……リアナ……」
「では、よろしくお願いしますね、ユリィさん」
「……ユリクスだ」
レージェはふふっと上品に笑った後、自然な動作でユリクスに寄り添った。残酷にもモテナに見せつけるように。その様子を見てモテナは切歯扼腕している。
「それにしても意外だったな。あれだけ屈辱的なことをされれば文句の一つも言いそうだと思ったが」
イヴァンが腕を組んだ状態で誰に言うともなく呟く。それをモテナは耳聡く拾った。
「確かに気に食わんが、騎士として、強者の実力を認めるのは当然のことだ。道中、総長に媚びを売って地位を得たと言ったことは謝罪する」
「あらあら、案外ちゃんとしてるのね」
「やっと〝ギルド総長の懐刀〟になれた理由がわかった気がするっス」
「やっととは何だやっととは!!」
「やはりお前たちは気に食わん!」と言って歯噛みするモテナ。だがそんなモテナに反してモテナへの好感度が上がったティアたちである。もちろんユリクスは面倒な奴だとしか思っていない。
精神的に疲労を感じているユリクスはライトに問いかけた。
「……借家は借りられたのか?」
「借りたっスよ!」
「……ならすぐに行くぞ」
「あー、確かにここはモテナさんとかギャラリーとか、兄貴には疲れる場所っスね」
ライトの言葉に支部長は「ふはっ!」と笑った。
「今日は時間も時間だし、話は明日でいい。俺はスパイダリア支部長、アラン・ホタルギアだ。ちゃんと来いよ?」
支部長――アランのにやりと笑った顔には断ったら総長の相棒行きだ、と書かれているような気がしてユリクスは渋面になった。なんだかこの男はゲオルグと同じ匂いがする。つまり苦手だとユリクスは思った。
すっとユリクスの手が取られる。レージェが手を絡ませてきたのだ。
「では借家へ行きましょう」
「……お前も来るのか」
「もちろんです」
何がもちろんなのかユリクスには全然わからなかったが、もう反論する気力も残っていないユリクスは手を引かれるままに歩き出した。
背後から妬ましさを隠さぬ視線が飛んできているが、ユリクスたちは華麗にスルー。ようやくレージェを含めたユリクスたちだけになる。そうなってやっとレージェはユリクスから手を放した。
「巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」
ユリクスたちを順に見遣って、レージェは謝罪する。
「いいのよ。困っている女性は見過ごせないわ」
「……巻き込まれたのは俺だ」
「細かいことを気にするんじゃないわよユリィ」
「……細かくない」
ユリクスがリアナを軽く睥睨するが、リアナはどこ吹く風だ。代わりにレージェが心底申し訳なさそうに顔を俯かせた。
「ユリィさんには突然婚約なんて言ってしまって申し訳ないと思っています。それから、重ね重ね申し訳ないのですが、モテナさんが諦めるまでは婚約者のふりをしていただきたいのです」
「……なに?」
「モテナさんから毎日婚約を申し込まれるのはもううんざりなので」
「……だからって何故俺が」
「一目見た時にユリィさんがいいなって思ったのは本当なんですよ?」
「……そういう問題じゃない」
「がっはっはっ! ユリィはモテモテだな!」
快活に笑うリューズにつられるようにレージェもクスクスと笑う。
「いくらモテナさんを諦めさせたいからって、婚約者のふりをしていただく方は誰でもいいわけじゃないです。流石に相手くらいは選びます」
「……なりふり構っていられないんじゃないのか」
「そうですけど、ユリィさんを見つけてしまったので」
「どうしてそこまでユリィを気に入っちゃったのかしら?」
「人が好さそうですし、私のことを好きにならないでいてくれそうだったので」
「ユリィのことを一目で人が好さそうと思うなんて変わってるわね……」
うんうんと頷く一同。ユリクスは渋面になる。
「お姉さんは自分を好きになってほしくないの?」
ティアの問いに、レージェは再び俯いた。
「……はい。私は誰かに好きになっていただけるような人間ではないので」
「こんなに美人さんなのにっスか?」
レージェは淡青色の髪と瞳が良く似合う嫋やかで清楚な美女だ。歩いただけで多くの人間が目で追ってしまうような。だが、自分を卑下するその姿が彼女の華を覆い隠してしまう。
「私の顔は母譲りです。母は容姿も人柄も綺麗な人でした。でも、母とは違って、私の取り得は母からもらった顔だけです」
「……そう……スか……」
固く暗い意志により断言された言葉をユリクスたちは誰一人軽々しく否定することはできなかった。
暫く沈黙したまま借家へ向かって歩く。ティアやライトはその空気にいたたまれない様子で何か言いたそうにしていたが、結局のところ一言も言葉を発することはなかった。
しかし重くなっていた空気は借家に着いたことで払拭された。人数が六人と一匹になったことで借りた借家は豪邸に近いものとなり、全員の気分が浮上する。レージェを入れ、七人になっても窮屈さなど全く感じないどころかそれでも広すぎるくらいだろう。
豪邸とは言っても、スパイダリアは木造建築の町だ。装飾の施されたログハウスのような建物で、その趣ある外観に更に気分は上がり先程の鬱屈とした空気は吹き飛んだ。いつものようにティアとライト、メラが我先にと借家へ入っていく。
「すごいです。こんなに大きい家には初めて住みます」
レージェが控えめに瞳を輝かせて借家を見上げている。先程の翳りのあった表情が消えたことにリアナとリューズは安堵の笑みを零し、レージェを促して中に入っていく。その後ろをユリクスとイヴァンは黙ってついていった。
一通り借家を見回って目を楽しませた後は、決まってライトのコーヒーでブレイクタイムだ。
「美味しいです! ライトさんはコーヒーを淹れるのがお上手なんですね!」
「ありがとうっス! でもさん付けはやめてもっと気楽に呼んでほしいっス」
「では、ライト君と」
「はいっス!」
大きなテーブルを囲ってコーヒーとライト作のシフォンケーキを楽しむ。
「そういえば私たちの自己紹介がまだだったわね」
和やかな雰囲気の中でリアナが切り出す。
「そうですね。すみません、勝手に呼んでしまって……会話の中で聞いていたものですから……」
「そんなの気にしないっスよ! レージェさんは真面目過ぎるっス! 改めて、ボクはライトっス!」
「私はティア。この子はメラ」
「ガウッ!」
「俺ぁリューズだ!」
「リアナよ。で、こっちの偉そうなのがイヴで、無愛想なのがユリィ」
「イヴァンだと何度言わせる!」
「……ユリクスだ」
「ふふ、私はレージェです。私のことはレージェと呼んでいただければ」
「うん、よろしくねレージェ」
「はい」
「それで一つ聞きたいことがあるんだけど」
「はい、なんでしょう?」
ティアがにこにこしたままレージェに問いかける。だがその声音はどこか仄暗い。
「兄さんとは仮の婚約者なんだよね? 仮だよね仮。うっかり本当になったりしないよね?」
ティアのユリクス防衛本能が働きリアナ、リューズ、イヴァンの表情が引きつる。ライトはティアと一緒ににこにこしているが目が笑っていない。
その様子に目をぱちくりさせた後、レージェはクスクスと笑って否定した。
「ふふ、本当の婚約者になることはないので安心してください。ねぇ、ユリィさん?」
「……ならない」
「そう、よかった」
「これで兄貴の健康保全権利はボクのものっス」
「だからあんたたちはユリィの何なのよ」
リアナの呆れたツッコミにレージェは再びクスクスと笑った。
「あくまで仮の婚約者として、これからよろしくお願いしますね」
〝仮〟の部分を強調して言ったレージェ。こうして一時的にユリクスの婚約者ができたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5日です。




