幕間 リューズ
リューズ視点です。
「リューズじゃねぇか、今日も元気か?」
「おう! めっちゃ元気だぜ!」
「おいリューズ! 手伝いを頼むよ!」
「任せな!」
「こっちも頼むよ!」
「おう! すぐ行くから待ってな!」
「いつもありがとな! お礼にこれ持って行ってくれ」
「おっ、サンキュ!」
今日もたくさんの人から声が掛けられる。挨拶から手伝いの頼み、そのお礼と内容は様々。みんな等しく親切で親しみやすい人たちだ。
南国のレヴィータ王国の観光名所、アクアトラス。俺がこの町に来てもう八年になる。心身共にボロボロで、余所者だった俺を、この町の人たちは快く受け入れてくれた。進んで人助けはしているものの、この恩は返しても返し足りねぇ。だが、そんな俺にこの町の人たちは気にすんなって言って笑ってくれる。本当に、良い町だ。この町のあたたかさが、俺の傷を少しずつ癒してくれる。
「おいリューズ」
新鮮な果物が入った木箱を運んでいる途中、声を掛けられた。声を掛けてきたのはよく手伝いのお礼にと特産品をくれる気前のいいおっちゃんだ。
「おう、どうしたんだ? また何か手伝うことあるか?」
「いやいや、そう何度も頼めねぇって! まぁ今までに頼み過ぎて説得力ねぇか!」
「気にすんなって! 俺が好きでやってんだからよ! それにこの間くれた魚、すげぇ美味かったぜ!」
「そりゃよかった!」
どうやら俺を見かけてわざわざ声を掛けに来てくれたらしい。おっちゃんも仕事で忙しいはずなのに、有り難いこった。
「ところでよぉリューズ、お前ももうすぐ四十だろ? 嫁はつくらないのか?」
おっちゃんは世間話の感覚でその話題を振ってきたんだろうが、俺ぁ何とも言えない気持ちになっちまった。どうやらそれが表情に出ちまったらしい。
おっちゃんは申し訳なさそうに後ろ頭を掻いた。
「あー、わりぃ、聞いちゃいけない話だったか」
「いや、気にすんな。嫁はいたんだが、十五年前に病でな」
「そうか……子どもをつくる前に亡くなったのか……」
「子どもはいたんだが、十年前にな……」
「……悪い」
心底落ち込んじまった。こりゃ俺も悪いことをしたなぁ。
俺ぁ心掛けて明るい笑顔を作る。
「本当、気にすんなって! 確かに当時は相当効いたが、今じゃ聞かれたくらい何ともねぇよ!」
「……そうか。もしなんかあればいつでも話は聞くからな。我慢すんじゃねぇぞ?」
「おう! サンキュな!」
おっちゃんは自分の仕事場に戻っていった。本当、良いおっちゃんだぜ。
「おいリューズ! わりぃがその木箱持ってきてくれるかー!」
「おっ、悪いな! すぐ行くぜ!」
俺ぁ今日も俺の手伝いを求める声に次々と応えていった。
◇◇◇
「悪いリューズ! これから学び舎で子どもたちの勉強を見てやってくれないか!?」
今日は珍しく手伝いの予定が入っていなかった日だ。さて、どうしたものかと町をぶらぶらしていると、何やら慌てた様子の町人に遭遇した。確か学び舎の先生だったような……と思っている間に捕まってこのセリフだ。手伝うのはやぶさかじゃねぇんだが……。
「俺ぁ教員免許持ってねぇぞ?」
「大丈夫だ! 勉強に使うプリントは渡してあるし、わからない問題だけ見てやってくれればいい。頼むよリューズ……」
まぁ、そういうことなら。
「……わかった。お前ぇさんにもなんか事情があるんだろうし、引き受けたぜ!」
「ありがとう!」
そういうわけで、俺ぁ学び舎に向かった。
「ってなわけで、今日一日だけお前ぇさんたちの勉強を見ることになったリューズだ! よろしくな!」
「「「よろしくおねがいします!」」」
ここは小さな学び舎で、子どもたちの人数は二十人程だ。みんな勉強熱心で真面目な子たちだ。机に向かって懸命に問題を解いている。
俺ぁ子どもたち一人一人の顔を見遣った。全員六歳から七歳程。十年前の息子と同じくらいの歳だ。だから嫌でも思い出す。
俺の息子はこの子たちと同じように、明るくて真面目な子だった。誰からも好かれる子だった。
……なのに、どうして殺されなきゃならなかった……。
女房が死んで、残されたこの子だけは大切にして決して手放さないと決めたのに。必ず守り抜くと誓ったのに。なのに俺ぁ……。
ごめんなぁ、リュゼ。こんな父ちゃんで。
自責の念が次から次へと溢れ出して止まらない。
そして同時に溢れるのは怨恨と疑氷。どうしてリュゼを殺したんだ。お前ぇも可愛がってくれてたんじゃねぇのか。なぁ……ロイド・フォクシー……!
リュゼを殺したロイドを、俺ぁ許さない。絶対に。
知らぬ間に拳を目一杯握りしめていたらしい。爪が食い込んで血が出る寸前らしく、ひりひりと痛んだ。
「先生、大丈夫?」
「っ!」
いつの間にか一人の生徒が近づいてきていた。気づかないとは、不覚だな。
俺ぁ頭の中で渦巻いていた思考を振り払って、生徒である女の子に向き合った。
「何かわからない問題でもあったか?」
「う、うん。ここなんだけど……」
どうやら余程心配させちまったらしい。話を変えても女の子は俺の様子が気になって仕方ないようだ。だが、俺ぁ気づかないふりをした。
「この問題ならこうすりゃ解けるぜ」
「あ、そっか! ありがとう!」
「いいってことよ!」
問題の解き方を教えてやれば女の子は俺の変調も忘れ、すぐに机に戻っていった。切り替えの早いところは子どもの良い所だな!
その後も何人かの生徒が質問に来たが、何も問題はなく勉強の時間は終わった。子どもたちが帰っていく。
「リューズ先生さようならー!」
「おう! 気をつけて帰れよ!」
先生と呼ばれるのはなんだかむず痒い。だが悪い気はしなくて思わず鼻の下を指で摩った。
生徒たちが帰った後、一人の生徒だけが席から立たずに俯いていた。最初に質問に来た女の子だ。腹でも痛くなったか?
俺はその子に歩み寄り、目線を合わせるために屈んだ。
「どうした?」
「……リューズ先生……。あの……」
女の子は言いづらそうに言葉を濁しては俯くを繰り返していたが、しばらくして決心したように俺に向かい合った。
「あのね、私のおうちにはお父さんがいないの。だからリューズ先生、私のお父さんになって……?」
俺ぁ固まった。身動き一つ取れなかったし、言葉も発せなかった。女の子の発言が衝撃的だったから、というわけじゃない。俺ぁ、考えちまった。再び俺が誰かの父親になることを。守るべき大切な人をつくるということを。
――怖い。
また、失うかもしれない。また、あの絶望感を味わうかもしれない。また、己を赦せなくなる理由が増えるかもしれない。また、己の無力さを嘆くかもしれない。
怖い。怖い。怖い。
また、大切な人をつくるのが怖い。
俺ぁ冷や汗が止まらなくなった。心臓が早鐘を打って痛い。全身から血の気が引いていく。脳裏でリュゼの笑顔が赤く塗りつぶされていく。
その後、女の子になんて返事をしたのか覚えていない。だが間違いなく断った。せめて優しい返事をできていたらいいな、なんてどこか他人事みたいに考えながら、俺ぁ帰路についた。
◇◇◇
不思議な連中に出会った。ちぐはぐなようで、なのにどこか深いところで繋がった連中。
家族や友人とは少し違う。そうか、これが仲間ってやつか。それがしっくりくる連中だ。
見ていると、なんだかあたたかい気持ちになる。そして同時に、胸の奥深くにしまった箱から溢れるように出てくるのは、羨望。だめだ、こんな気持ちは。俺にはもう大切な人はつくれない。きっとまた失ってしまうから。
なのに、コイツらを見ていると不思議な気持ちにさせられる。コイツらの命を、笑顔を、守ってやりたくなる。見守っていたくなる。その輪に俺も入れてほしくなる。
一体何故だ。どうしてこんなにもコイツらの関係が羨ましい?
わからない。決めたじゃねぇか。もう俺ぁ独りで生きていくんだって。なのに、頭の隅で警鐘が鳴る。何かがこのままじゃいけないんだと俺を焚き付ける。
やめてくれ。俺ぁ怖いんだ。でも、どこかでコイツらとなら、なんて希望がちらつく。
葛藤しながら、一時的に輪に入れてもらって気づいたことが一つ。コイツらはどこまでも対等なんだ。なんとなくユリィがずば抜けて強いのはわかる。だが、一方的に守り守られる関係じゃない。互いに信頼しあって、助け合う。そんな関係なんだと気づいた。俺ぁそんな関係を作ったことはない。いつも俺が守る側だった。だが、コイツらのように互いに守り合う関係なら……。
……いいや、だめだ。俺が守れずに足を引っ張るだけなら結局のところ何も変わらない。
俺ぁただ、遠くでコイツらを見守る。そして、いずれアクアトラスを出立するコイツらを笑顔で見送ってやるんだ。そしてまた、俺ぁ独りの生活に戻る。それで何も問題はないはずだ。
頭の隅で鳴り続ける警鐘と羨望に蓋をして、俺ぁ残り僅かなコイツらとの時間を過ごすことに決めた。
◇◇◇
突如真横を水電放射が通り過ぎていく。咄嗟に体が動いてライトを助けていた。よかった、守れた。胸中に湧く安堵。だが、それ以上に溢れ出たのが恐怖だった。
(もし、助けるのが間に合っていなかったら……)
最近できた友人たちの内の一人を一歩間違えたら失っていたかもしれない。俺ぁ呆然と震えた。
「リューズの旦那……?」
「っ!」
ライトに声を掛けられてやっと正気に戻った。大丈夫だ、少なくとも今は守れたんだ、怯えることはない。
俺ぁ心配そうに腕の中で見上げてくるライトを安心させようと、腕から解放しながら返事をした。
「……いや、なんでもねぇ」
「そう……っスか」
声が震えて上手く返せなかった。ライトはまだ心配そうに見上げてきたが、追及はしてこなかった。それが有り難い。
どうやらユリィたちはギルドに向かうようだった。会話を聞いて、愕然とする。
(……まさか、戦うつもりなのか……?)
海にいるのは巨大な敵。きっと一筋縄ではいかない。もしかしたら、誰かが死んじまうかもしれねぇっていうのに、コイツらは当たり前のように戦場に向かおうとしている。
どうしてだ? 怖くねぇのか? 誰かを失ったことがないのか? 楽観的に考えているのか? いや、ユリィたちは軽率な奴らじゃない。それは数日共に過ごしただけでわかっている。なら、一体どうして……何がお前ぇさんたちを突き動かすんだ。
ユリィたちが俺に背を向けて走り出そうとする。
「待ってくれ!」
俺ぁユリィたちを呼び止めた。どうしても聞きたかった。どうして進んで戦えるのか。失う恐怖はないのか。
震える声で、問い掛けた。
「……お前ぇさんたちは、怖くねぇのか? 大切な人を失うかもしれねぇってのに……」
拳を握りしめて俯く俺に視線が集まっているのを感じる。答えたのは、ユリィだった。
「……失いたくないから戦う。一度失ったのなら、同じ過ちを繰り返さないよう強くなる。……震えているだけでは、また失うだけだ」
そう言ってユリィたちは走り去る。
ユリィのその言葉は俺に深く刺さった。
今の俺ぁ逃げている。大切な人をつくることから。戦うことから。だが、それで何が守れる? 大切な人をつくることから逃げているが、この町の人たちを放っておけるか? 断じて否だ。十分に大切なものになっている。どんなに大切なものをつくりたくないと思っても、共に過ごした分だけどうしたって大切になっちまうんだ。そのことに、やっと気づいた。今の俺にとって、この町は宝だ。だが、今の逃げている俺じゃこの町を守れるわけがない。
そうだ、守りたいなら戦うしかないんだ。逃げているだけではいざという時に何も守れない。それこそ、怯えて、情けなく震えているだけじゃ失うだけだ。
嫌だ。それは嫌だ。俺ぁ大切なものをつくりたくないんじゃない。失いたくないんだ。なら、やるべきことは……!
トンッ、と誰かに背中を押されたような気がした。振り返っても誰もいない。きっと気のせいだ。だがどうしてだろう。背中を押してくれたのは息子の小さな手だったような気がしてならない。
リュゼとの思い出が頭の中を駆け巡る。同時に、リュゼにいつも言い聞かせてきた教えも。
情けねぇ。心底自分が情けねぇ。欲しいもんは諦めずに手に入れろ。手に入れたら決して手放すな。その教えを他でもねぇ俺が破ってどうする!? こんなんで胸張ってアイツの父親を名乗れるわけがねぇ!
俺ぁ何が欲しい? ――大切な人たちだ。独りで生きていたくねぇ。独りでいるのは俺らしくねぇ。それに、気づかなかっただけで、俺の中でユリィたちは十分特別になっている。失いたくない大切な人たちだ。
失いたくないならどうする? ――守るんだ。こんな遠くで震えてたって守れねぇ。もっと近くで、己の力を存分に振るって戦う。同じ戦場に立つんだ。
海にいる巨大な敵は怖いか? ――いいや、全くもって怖くねぇ。大切な人を失うこと以上に怖いことなんてねぇ!
俺ぁ走り出した。ユリィたちの元へ。十年前に独りでいることを決めてから初めて、ようやく共に生きたいと思えた人たちの元へ。
これは自分の問題だ。勝手に今度こそ守り抜きたいなんて決意、アイツらには関係のないことだ。もしかしたら拒絶されるかもしれない。だが、それこそ関係ない。俺がもうアイツらのことを大切だと思ってしまったのだから、勝手に守らせてもらう。
もう二度と、失わない。見ててくれリュゼ。父ちゃんはもう間違えたりしねぇ。俺はお前に誇れる父親であるために、〝俺〟を貫く。
そして死ぬ時に、己の生き様を誇れるように、俺はこれからを生きていく。
もう頭の隅で警鐘は鳴っていない。だから今は走れ。大切な人たち、〝仲間〟の元へ。
お読みいただきありがとうございます。
次回の幕間と用語集で章が変わります。
次回の更新は15日です。




