祭りの夜
すみません、少し長くなりました。
魔獣の軍勢を殲滅した日の夜。アクアトラスはいつにも増して活気づいていた。
町道には祭り用の提灯が道に沿ってずらりと並べられ、水路に浮く小舟にも電飾が取り付けられ、町全体がライトアップされている。
屋台はいつも決まった通りにしかないのだが、今夜に限ってはいくつもの通りで展開されていた。そのためどこもかしこも客を呼び込む声で賑わっている。即ち祭りである。
祭りの規模はこの町で開催されるものの中でも特に大きなものであり、ほとんどの町民が参加している。その賑わいも人々の気分を高めるが、特に高揚を誘発するのはこの祭りの意味。今宵開催されている祭りはアクアトラスにおいて新たな祭りだ。その名も〝龍王祭〟。二度にわたって町を救った英雄を称える祭りである。
魔獣の殲滅から帰ってきたユリクスたちを出迎えた後の町民たちの動きは迅速なものだった。今夜は祭りだという考えが合致し、ライトアップや屋台、商品の準備などの役割分担が町全体に共有され、後は流れるように準備に取り掛かっていた。
夕方頃から準備が始まったというのに、もう今夜が祭りである。その連携のスムーズさは魔獣殲滅時のユリクスたちの遥か上をいく。
祭りが始まってからというもの、町民たちは祭りの主役の登場を今か今かと待ち侘びていた。
さて、その主役は今どこで何をしているのかというと……。
「ほらユリィ、いい加減外行くわよ」
「……行かない」
「町の連中がユリィのために一生懸命準備頑張ってたんだぜ? 行ってやらなきゃ気の毒ってもんじゃねぇか」
「…………行かない」
「兄貴ぃ、お祭り終わっちゃうっスよぉ」
「………………行かない」
「ふんっ、少し人に囲まれたくらいでなんだその体たらくは。情けないぞ」
「…………………………お前も囲まれてみろ」
借家でイヤイヤ期突入中であった。何を隠そう、ユリクスは冒険者や民衆たちに取り囲まれもみくちゃにされたショックで外に出たがらなくなったのである。基本一匹狼気質なユリクスには刺激が強過ぎた。
いつもの傲岸不遜な態度は影を潜め、今は小さくなって椅子に座っている。その肩に雲を背負い、しょもんと落ち込みきっている。
ライトたちはユリクスを取り囲み何度も説得を試みているのだが、梃子でも動かない。
「困ったわねぇ。まさかライトのコーヒーでも機嫌が直らないなんて」
「いや、ボクのコーヒーに期待を寄せすぎじゃないっスか?」
「おいおい自信持てライト! お前ぇさんのコーヒーにはそれだけの価値がある!」
「ふんっ、認めてやるのは癪だが、貴様の給仕の腕は褒めてやる」
「それはどうも……っていうかイヴの兄ちゃんはどうしてここにいるんスか?」
確かに、と周りの目がユリクスからイヴァンに移る。視線を向けられたイヴァンは腕を組んだ状態で胸を張った。
「気にするな」
「あ、そうっスか」
「おい! 少しは気にしろっ!」
「……ナンデココニ?」
「教えてやる義理はない」
「えぇ、めんどくさ……」
気にしろと言いつつ答える気はないという面倒くさいイヴァンへの関心は早々に消えた。
さて、石像のように動かなくなってしまったユリクスをどうやって動かすべきか……。
ライトたちが首を捻る中、とうとう救世主が動いた!
メラを抱えてユリクスに歩み寄るのは、今までずっと静観していたティアだ。俯き気味のユリクスの視界に入るように屈む。それから眉をハの字にして言った。
「兄さん、私、兄さんと一緒にお祭り見に行きたいな」
「ガウー」
「……」
必殺、ティアとメラによる上目遣いとおねだり。ユリクスにとってこの二人――一人は獣――は弱点! 効果は抜群だ!
ユリクスはうぐっと詰まったような声を漏らした。その間もじっと見つめてくるティアとメラ。どんどん瞳が潤んできている。目を逸らしたくても、逸らそうとすれば余計に瞳が潤むのを感じ取ってしまって……。
暫しの沈黙。固唾を呑む周囲。目を逸らせずに正視すればうるうるとした瞳で見つめてくる二人――一人は獣――。
――ユリクスは、敗北した。
「……………………………………行くぞ」
「兄さん!」
「ガウッ!」
ユリクスは頭を抱えながら立ち上がって玄関に向かう。その後ろをメラを抱えたティアもひょこひょことついていく。先程のうるうるしていた姿は影も形もない。
「さすがティアの姉御」
「やるわね」
「がっはっはっ! ユリィはほんとティアに甘々だな!」
「まったく、情けない」
ユリクスに対する呆れとティアへの称賛を露わにしながら、四人も後に続いた。
ユリクスが重い手を動かして扉を開けると。
「龍王様だ!!」
「みんな! 龍王様がいらっしゃったぞ!!」
「キャー! 龍王様こっち向いてー!」
ユリクスは扉を閉め……られなかった。ユリクスの行動を読んだティアに扉を押さえられたことによって妨害されたのだ。他の面々にも背中を押され、渋々外に出る。
借家の前はずっとユリクスの登場を待っていたらしい町民たちで溢れかえっていた。
「ユリィ、突っ立ってないで早く先進んでちょうだい」
リアナの無情な言葉がユリクスの胸に突き刺さる。
(……進むのか……? ここを……?)
ユリクスは先程胃の中に入れたコーヒーがせり上がってくるのを感じた。まさか己の行く先にぶち当たった巨大な困難の壁がただの町民とは……。鍛え上げた力のなんと無力なことか……!
「ほら兄貴、頑張って進むっスよ」
「兄さん、ファイト」
己の無力さに打ちひしがれている間にも、仲間たちの背を押してくる力が無情に強まる。ここまでか……。ユリクスは崖から身を投げる思いで借家から一歩踏み出した。
だが、ここで命綱が登場した。町民たちを挟んだ向こう側から声が聞こえてくる。
「ユリクスたちが祭りを楽しめなくなっちまうからその辺にしてやってくれー」
「……ゲオルグ」
そう、我らがギルド総長のお出ましである。その横には支部長カラルもいる。
ギルド総長と支部長が同時に登場したことにより、町民たちの意識はユリクスから少しばかり逸らされた。代わりに「ゲオルグ様だ!」「支部長!」という声も上がり喧しくはあるが。
人々を掻き分けて二人がユリクスたちの元へ辿り着く。二つの大事件の立役者たちが揃ったことで大歓声が上がるが、先程よりユリクスの心情は楽だった。その理由がゲオルグ登場なのは癪に障るが、仕方ない。
ゲオルグが集まった町民たちを見渡す。
「予想通りすげぇことになってるな」
「来て正解でしたね、総長」
「……助かった、感謝する」
ユリクスの珍しい感謝の言葉にきょとんとする二人。そしてゲオルグは豪快に、カラルは可笑しそうに笑い出した。
「よっぽど精神的に来てたんだな。いやー、珍しいもんが見れた」
「ふふ、ちゃんと覚えておかないと」
「……」
言わなきゃよかったと仏頂面になるユリクス。それを見てまた笑う二人。
「さて、ここで話してんのもあれだし、そろそろ祭りに行こうじゃねぇか」
ゲオルグを先頭に人の間を抜けていく。先程のゲオルグの言葉もあってか、もみくちゃにされることはなくてユリクスはほっと息をついた。こんなに緊張したことは今までにない。人々の羨望の眼差しが多少痛いが、今ではそのくらいで動じないのは一種の成長か。
借家から屋台が並ぶ通りへ向かう間も人々から声を掛けられ続けたが、全てゲオルグとリューズが対応してくれたので、ユリクスたちは無事に祭りの中心地に辿り着いた。
「ゲオルグ様! うちの魚はいかがですか!」
「龍王様! 是非うちの果物を持っていってください!」
「おいリューズ! 大活躍だったみてぇじゃねぇか! これ持っていきな!」
そこかしこの屋台から声が掛けられる。その声のほとんどをゲオルグとリューズが対応し、なんとお金を一切かけずにアクアトラスの名産品を楽しめている。
「流石ギルド総長、コミュ力高いわぁ」
「ユリィとは大違いだな!」
「……うるさい」
ゲオルグとリューズが商品をもらえばもらうほど、ユリクスはコミュ力のなさを弄られている。
「まったく、対話も碌にできないなど、情けないにもほどがあるぞ」
「そういうイヴの兄ちゃんこそ、さっきから屋台の人に戸惑われてるじゃないっスか」
「む」
「イヴはすぐ高圧的な態度とるからいけない」
「むむ」
なお、イヴァンも弄られている。
ユリクスとイヴァンが肩身の狭い思いをしていると、後ろから法被を着た六歳程の男の子がユリクスに近づいてきた。食べやすくカットされた果物を串に刺した物を手に持っている。確か同じものを売っていた屋台にも男の子がいたな、と思っていると。
「りゅーおーさま! これぼくんちのくだものです! よかったらたべてください!」
やはり先程通りかかった屋台の男の子のようだ。どうしたものかと戸惑っていると、後ろから複数人がにやにやしている気配を感じ取った。ユリクスは内心でイラっとしたが、男の子の手前外には出さない。
「ほら、兄さん」
「ガーウ」
「……」
ティアとメラが催促してくる。自分が対応するしかないらしい。ユリクスは腹を括った。
男の子の前にしゃがんで目線を合わせ、果物串を受け取る。
「……ありが、とう」
「うん!」
ユリクスがぎこちなくお礼を言って受け取ると、男の子は嬉しそうに手を振って走り去っていった。
立ち上がって前を向くと、やはりにやにやしている奴らがいた。今度はわかりやすく苛立ちを表に出してやる。
「そう怒んなってユリクス。ちゃんと対応できたじゃねぇか。偉いぞ。ふっくくっ」
「よく頑張ったねユリクス君。ふふっ」
「兄さん、偉い」
「……俺は子どもじゃない」
子ども扱い、もとい馬鹿にされたユリクスはやけくそ気味に果物を頬張った。美味い。何気にユリクスが初めて自分で受け取った戦利品である。
事件解決のお礼にと貰う食べ物を楽しみ、時々ユリクスとイヴァンのコミュ障を弄りながら祭りを歩き回る。
人から何度も声を掛けられたり、視線に晒されたりしているうちに多少の疲労を感じるようになった頃、丁度良く椅子とテーブルの用意された店が並んでいる場所を発見した。どうやら居酒屋の集い場のようだ。テーブルは外に設置されていて、店同士の境目が曖昧になっているオープンな感じだ。気持ちよく酔っ払った人々で賑わっていてまさにお祭り騒ぎ。
「しばらくここで休憩といこうや」
疲れた体が酒を呼んでいる。ゲオルグが率先して店主に声を掛けに行った。店で飲んでいた人々がギルド総長の登場に大歓声を上げる。
「やれやれ、行こうか」
呆れたように首を振りながらカラルもゲオルグに続く。支部長の登場に人々は更に盛り上がった。
ここで本当に休憩になるのか? と思わなくもないが、ゲオルグたちなしで祭りを歩く勇気もなく、ユリクスたちは二人の後を追った。
店に入れば酔っ払いたちに取り囲まれるかと思いきや、彼らは自分たちで勝手に盛り上がっているだけで絡んでは来なかった。これ幸いとユリクスたちはテーブルを囲む。
店の奥から初老の男が穏やかな足取りでやってくる。
「これはこれは、皆様お揃いでおいで下さるとはなんと有り難いことでしょう」
「俺たちは酒を飲みに来ただけさ。そう畏まらないでくれ店主」
「皆様がそれをお望みならば。では、ゆっくりしていってくださいね」
人好きする笑みを残して店主は奥に戻っていった。料理担当だったところをわざわざ出てきたのだろう。人の良さそうな店主には好感が持てる。
「んじゃ、とりあえずティアとライト以外は酒だな」
「ほどほどにしてくださいね総長」
「わぁーってるって」
本当にわかっているのかは疑わしい。
店員に果実酒六つと果実ジュース二つを注文して、運ばれてきた枝豆をつまむ。ちなみに枝豆もアクアトラスで育てられたもので実に美味だ。
枝豆を次々口に放り込みながらゲオルグがユリクスたちに問いかけた。
「アクアトラスはどうよ? 良い町だろ?」
「うん。とっても素敵な町だと思う。ね、メラ」
「ガウッ!」
「そう言ってもらえると嬉しいなぁ」
カラルが微笑む。その笑みにいつもの腹黒さはなく、心底喜んでいることがわかる。
「そうだよなぁ。魚も果物もうめぇし、町は綺麗だし、何より果実酒が最高だ」
「……お前は酒のことばかりだな」
「そういうお前だってこの間の夜滅茶苦茶飲んでたじゃねぇか」
「え! 兄貴とゲオルグさん一緒に飲んでたことあるんスか!?」
「ユリィが総長と……意外ね」
「いいなそれ! 俺も混ざりたかったぜ!」
ライトたちがその夜の話を聞きたそうにする中、ゲオルグが少し身を乗り出して声を潜めて言った。
「それから、アクアトラスは神人族を謗る者が少ない」
「……なに?」
ユリクスは目を眇め、他の面々は目を見張った。
「まぁ気づかねぇのも無理ねぇか」
「リューズさんは長くアクアトラスにいるから何か気づくことがあったんじゃないかい?」
「確かに、ここに住んでて神人族の悪口を聞いたことねぇな」
ユリクスたちに今気づいたのか、と呆れた視線を向けられるリューズ。本人は気づいていない。
「だからお前たちがアクアトラスに来てくれたのは幸いだと思ってな。今回起こった二つの事件の時もいてくれて助かったが、何より後ろ盾にするのにアクアトラスは最適だからな」
「きっと君たちの正体が公になっても、この町の人たちは受け入れてくれるさ」
「……別に、後ろ盾がなくとも害なす者は全て斬り伏せるだけだ」
「ティアたちと行動を共にするようになって、もうその考えだけじゃやっていけないことはお前だって薄々気づいてんだろ」
「……」
全ての人間が敵に回ったのならば、その全てを斬り伏せればいい。町に住めなくなったのならば、町に入らずに暮らせばいい。自分にはそれができる。だから何も問題はない。
……そう思っていた。
だが、ティアたちは? 全ての人間から敵意を向けられて生き続けるのか? 快適な家に住まずに野宿を続ける生活でいいのか? それは、不自由で寂しい生き方なんじゃないのか?
ユリクスは隣に座るティアの顔を見遣った。
……そんな寂しい生活は、できればしてほしくない。
視線を向けられていることに気づいたティアがユリクスの手を優しく握ってきた。
「私は、兄さんが、みんながいてくれるならそれでいいよ。例え全てが敵に回っても、みんなさえいてくれたらそれでいい」
ライトが頭の後ろで手を組む。
「ボクも兄貴たちと一緒にいられれば……それから強くなれればそれ以外は別にいいかなー、なんて」
リアナが顔の横に垂れている髪を弄る。
「あたしは別に正体がばれても、いざとなったら奴隷解放軍のみんながいるし問題ないわ。そもそも神人族ってことを隠してること自体もう懲り懲りだから、神人族だからって理由で敵対されるなら戦うだけよ」
リューズが呵々と笑う。
「俺ぁもう自分らしくねぇ生き方はしたくねぇからな。わざわざばらすこともねぇが、息子に顔向けできねぇ生き方するくれぇならバーンとばらして戦ってやるぜ!」
イヴァンが腕を組んだ体勢で鼻を鳴らす。
「そもそも俺はこの十年間ずっと一人で生きてきたんだ。今更全ての人間が敵に回ろうが痛くも痒くもない」
ユリクスはゲオルグを無表情で見遣って言った。
「……だ、そうだ」
「お前ら揃って過激すぎんだろ……」
ゲオルグががっくしと肩を落とし、カラルが引きつった笑みになる。
自分たちが後ろ盾を作ろうと必死になっているというのに、当の本人たちがこの調子では気を落とすのも無理ないだろう。だが、ゲオルグは再び真剣な面持ちになる。
「お前らがそう考えていようと、俺はお前ら神人族が生きやすくなる世界にすることを諦めないからな」
「……あぁ、そうしてくれ」
「ユリクス?」
予想外のユリクスからの答えにゲオルグが目を見張る。その視線を受け取ってから、ユリクスはティアの頭に手を置いた。
「……俺は、ティアには寂しい生き方をしてほしくない」
「兄さん……」
ユリクスにしては珍しい真っ直ぐ向けられた優しさに、ティアは頬を染めて微笑んだ。
その様子を見たゲオルグも安心したように笑む。
「あ、あの~」
不意に声を掛けられ視線を転じると、主張するように控えめに手を上げているライトと何か言いたげな視線をよこしてくるリアナ、リューズ、イヴァンがいた。
「兄貴、ボクらは?」
「そうよ、なんでティアだけなわけ?」
「……お前たちは自己責任だ」
「そんなぁ!」
「がっはっはっ! まぁそうだよな!」
「ふんっ、言われるまでもない」
嘆いたり呆れたり笑ったりと戯れている間に、たくさんのグラスをトレンチに乗せた店員の男が近づいてきた。主要な話は終わったとはいえ、万が一にも神人族という単語が相手の耳に入らないよう全員で大人しくなる。
「ご注文のお品をお持ちしました」
「ありがとうっス!」
一人一人の前にグラスが丁寧に置かれていく。全員の前にグラスが置かれ、ライトたちが目の前のそれに手を伸ばしかけたところで。
「……待て」
「兄さん?」
ユリクスからの突然の制止にゲオルグ以外が訝しむ。
「そうだな、ユリクスの言う通り待った方がいいな。この飲み物を用意したのはお前か?」
「はい……そうですが……」
「なら俺が奢ってやるからお前が飲んでいいぞ」
「ッ!?」
店員の男が不自然に息を詰め、視線を彷徨わせる。
「ゲオルグさん、どういうこと?」
「もしかして……」
何かに気づいた様子のリアナがグラスの中身を少量手に取る。すると手が淡い紫の光を放つ。リアナが魔力を込めたのだ。そして瞠目する。
「これ、毒が入っているわね」
「毒っスか!?」
「っ、くそっ!」
「おっと、そうはさせねぇよ」
言い逃れできないと思った男が逃亡を試みる。だが、それはゲオルグに取り押さえられたことで阻止された。
ゲオルグにより体を床に押さえつけられた男の存在に気がつき、周りが騒然となる。
男がもがきながらユリクスとゲオルグを睨め付けた。
「どうして気づいた!」
「どうしてって言われてもなぁ、ユリクス?」
「……殺気が隠しきれていない」
「そういうこった。カラルに感づかせなかったのは上出来だが、俺とユリクスを欺くには甘かったな」
指摘され、男が歯噛みする。
その様子を見ながら、カラルは頭を抱えて「僕もまだまだだなぁ」と暢気に首を振る。
「それで、どうして酒に毒を盛った?」
ゲオルグの問いに、グラスを見つめて愕然としていたライトたちも揃って男を見遣る。
男は閉口したが、ゲオルグが押さえつける力を強めると呻きながら口を開いた。
「お前たちは〝神の六使徒〟である御方の行為を無下にした。それは決して許されることではない……!」
「なるほどな、お前は解放者か」
男は無言。それは肯定を意味していた。ゲオルグは尋問を続ける。
「お前はその御方とやらが何をしようとしていたのか理解しているのか? 危うくこの町は滅ぶところだった。お前も死んでいたかもしれないんだぞ?」
「例えそうだとしても、〝神の六使徒〟様がお考えになったことだ。それだけで貴い意味がある!」
「こりゃ重傷だな」
多くの人々が犠牲になろうと、そして自分がどうなろうと構わないと思う程の信仰心。その異常性は言うまでもない。
カラルがゲオルグに歩み寄る。
「総長、その男は僕が捕縛してギルドに連れていきます」
「おう、任せたぞ」
カラルは頷くと、手を開いて水を発生させる。水は細く長く伸びていき、一本のロープとして男を縛り上げた。なかなか器用だ。
「では僕はお先に失礼します」
カラルが水のロープを使って男を浮かせ、そのまま店を出ていった。
犯行に及んだ男はいなくなったが、どうやらこの騒動は周りの客たちの不安を煽ってしまったらしい。どんちゃん騒ぎしていた客たちの酔いは醒め、御通夜状態になっている。
その異変に気づいたのか、先程の人の良さそうな店主が店の奥から急いで出てきた。
「これは……一体何があったのですか?」
「あー、実はな」
ゲオルグが事の経緯を説明する。すると、店主は顔面蒼白になって深々と頭を下げた。
「誠に申し訳ございません。まさか、そのようなことになるとは……」
「店主、あの店員はここで働いて長いのか?」
「いえ、祭りの間だけ手伝わせてほしいと……」
「なるほどな。つまり俺たちの行動が読まれたってことだな」
「……正確にはお前の酒好きが読まれたんだろう」
「ははっ、否定できねぇ!」
周りの沈んだ空気を吹き飛ばすようにゲオルグが明朗に笑う。その深刻さの欠片もない様子に周りの客たちにも少しだけ笑みが戻った。
「本当に、どう償えばいいか……」
「気にするな。店主が悪いわけじゃねぇし、男ももう捕まえた。それでも気にするっていうなら、今度こそ美味い酒とジュースを頼むよ」
「もちろんでございます。お代は結構ですから」
「おっ、そりゃ有り難いな」
店主は再び店の奥に戻っていった。それを見送った後、ゲオルグは今度他の客たちの方に向き合う。
「お前ら! お前らの分は俺が奢ってやる! じゃんじゃん飲め!」
ゲオルグの言葉に一瞬戸惑った様子を見せた客たちだったが、すぐに「「「おー!」」」と歓声を上げると注文を始め、酒宴が再開された。
客たちのお祭り騒ぎが戻ってくると、ゲオルグもやっと席に戻ってきた。と、同時に店主が果実酒と果実ジュースを人数分持ってくる。
「さ、俺たちも飲もうぜ」
「毒を盛られたばかりでよく飲もうと思えるわねぇ」
「そうっスよねぇ」
「んっ、果実ジュース美味しいよ?」
「がっはっはっ! 果実酒も最高だ!」
「ふんっ、悪くないな」
「……美味いな」
「って四人共もう飲んでるしっ」
一悶着あったものの、その後は思う存分酒とジュースを楽しんだユリクスたち。借家へと戻ったのは大分夜も更けてきた頃だった。
ゲオルグを含めたユリクスたち一行はもらってきた果実酒と果実ジュースをテーブルいっぱいに広げて二次会に突入している。
「ぷはっ! アクアトラスのジュース本当に美味いっスね!」
「ライオーネもそうだったけど、アクアトラスも離れ難くなっちゃうね」
「そうっスよね。このジュースがしばらく飲めなくなるなんて……」
「……また来たらいい」
「おっ、さてはユリクス、お前もやっぱり果実酒気に入ったな?」
「……………………別に」
「嘘下手ねぇ」
「がっはっはっ! ここに住んでた俺にとっちゃ嬉しいこったな!」
「まったく、暢気な奴らだ」
「だからあんたはどうして一緒にいるのよイヴ」
「俺をイヴと呼ぶなっ」
二次会ということもあり、全員のテンションはまあまあ高い。肴やライトが用意したドライフルーツのクッキーも美味しくて酒も進む。夜中だというのに宴会の終わりは見えない。
ふと、ジュースを飲んでいるはずなのに酔ったように赤い顔をしているライトがしみじみと呟いた。
「ほんと、この町は平和っスねぇ」
ライトの言葉に全員がこの町での思い出を振り返る。暑いくらいの陽気。水が運んでくる涼やかな風。美味しい果物、魚。綺麗なアクセサリー。美しい景観。それが一瞬で破壊された光景。龍種の混ざった複合種と四万の魔獣との戦闘。戦闘。戦闘に次ぐ戦闘。盛られた毒……。
「いやどこが平和なのよ」
「……まったくだ」
「戦った記憶しかないな」
「プラスでイヴはボコられたもんね」
「ボコられてなどいないっ」
「いや、本来はすげぇ平和な町なんだぞ? 今回偶々色々重なっただけで……」
「……重なり過ぎだ」
重なった不運を呪って遠い目をする一同。そんな中でも変わらず酒とジュースは美味いと一斉に呷る。
「あ、そういえば、どうしてユリィたちは魔獣を操ってるのが〝神の六使徒〟だって気づいたの? あの時は時間が無くて聞けなかったけど」
「……遭遇した」
「それについて詳しく聞かせろ」
ゲオルグに促され、ユリクスは山での調査中に起こった一件について説明する。イヴァンの身の上話はイヴァンが自分でした。ちなみにイヴァンがボコられたことも洗いざらい話したため風魔法が飛んできたが難なく相殺しておいた。
「鷲獅子の一族の〝神の六使徒〟か……しかもまた厄介そうな人格ときたか」
「それにイヴも鷲獅子の一族ねぇ……しかも〝神の六使徒〟と因縁がある。親近感持っちゃうわね」
「親近感だと? どういうことだ」
「あたしも〝神の六使徒〟の一人とは因縁があるのよ。あんたが幼馴染を殺されたように、あたしも同じ一族の女に恋人を殺されている」
リアナの告白を聞いて、イヴァンは少しだけ顔を歪めた。恐らく苦しみを察したのだろう。
二人の会話を聞いていたリューズは顎に手を当てて何かを考える素振りを見せると、すぐに顔を上げて口を開いた。
「なぁ、リアナとイヴは同じ一族の人間に大切な人を殺されたんだよな。んで、そいつは〝神の六使徒〟だと」
「それがどうしたのよ」
「実は、俺もなんだ。俺の息子を殺したのは、同じ妖狐の一族の……俺の友人だった男だ」
「なんですって……」
「とはいえ、そいつが〝神の六使徒〟かはわからんが」
大切な人を同族の知り合いに殺された三人。賑やかだった場に重い沈黙が落ちる。
しばらくしてゲオルグが神妙な面持ちで沈黙を破った。
「だが、これで一つはっきりしたのは、〝決別の日〟には人間族だけじゃなく神人族まで大いに関わっているってことだな。どうして同族を滅ぼしたのか、理由は想像できないが……」
「……誰か、唆した人がいるんスかね……いや、きっとそうに決まってる……」
「ライト……?」
テーブルの上で拳を握りしめて呟くライトに、ティアが心配そうに声を掛ける。
「……ライト、前に言ってたね。炎虎の一族を率先して滅ぼしたのは神人族だったって。知り合いだったの?」
「……それは……」
ティアからの問いかけにライトは俯いて閉口した。とてもじゃないが聞ける様子ではないと、誰もそれ以上追及することはしなかった。
空気を変えるように、ゲオルグがグラスに入った酒を一気に呷って全員の注目を集めてから言った。
「とりあえず、俺はこれからも情報収集のために旅を続ける。お前たちも何かわかったら報告してくれ」
「……あぁ」
「それで、イヴァンはこれからどうするんだ?」
「……」
ゲオルグからの問いにイヴァンは考え込むように少しだけ顔を俯かせた。その様子を見ていたリアナが妖艶に微笑む。何かを企んでいる顔だと、ユリクスは嫌な予感がした。
「〝神の六使徒〟を探してるなら一緒に来なさいな。あたしたちも探してるし、何よりユリィはギルド総長や支部長だけでなく、〝神の六使徒〟にまで気に入られちゃう男なんだから。嫌でも会えるわよ」
「なんだと」
「……別に探してないし気に入られてもいない」
「あんまり説得力ないっスよ兄貴」
「今まであった二人には確実に気に入られてるしね」
「そうか……ならば俺も同行してやろう」
上から目線を崩さないイヴァンに、周りは苦笑いを浮かべる。
どうやら旅の仲間が増えてしまったらしい。ユリクスの嫌な予感は当たった。
「おいおい、お前ら神人族で集まり過ぎだろ。どんな運命だよ」
「これで後は人魚の一族だけだな!」
まさかそう都合よく全ての一族が揃うわけがないだろう、とフラグのようなことを考えていることには気づかずに、これ以上仲間が増えないことをユリクスは祈るのであった。
新たな仲間を加えて、間もなく夜は明ける。アクアトラスでの平穏な日々をあと少し堪能して、次に向かうはかつて蠍の一族が治めた国。アウデス王国である。
◇◇◇
サダン王国。かつて龍の一族が治めた国。龍の神王族が暮らしていた王宮は実に荘厳華麗。また、王宮の所々にある龍を模した彫刻はまるで踏み入る者を監視しているかのようだ。小市民では立ち入るのに尻込みしてしまう。
そんな王宮の最奥に広い部屋があった。白を基調とし、師団が入っても十分なゆとりがありそうな程広いその空間は、油断をすれば呑み込まれてしまいそうだと錯覚する。
中央奥にある雛壇に誘うように真っ直ぐ二列で並んでいる柱には、壮麗な装飾が施されていて厳粛さを感じさせる。
全体的に身が引き締まるような空間だが、特に目を引くのは雛壇の最上段。そこに鎮座しているのは豪華絢爛な玉座。煌びやかで厳かなその玉座は座る者を選定しているかのよう。
だが、そんな玉座に一切気圧されることなく、寧ろ気高いその玉座を完全に従えて優雅に座っている青年がいた。王笏を持つその青年は、美を極限まで追求したような容姿を持ち、年齢は定かではない。悠然と足を組むその姿は妖美さを感じさせ、且つ、放つ威圧感は目の前にいる者の呼吸の自由すら縛り付ける。
青年が俯瞰する先、雛壇の下には五人の人間が地に片膝をつき頭を下げ、拝跪している。
その内の一人が真ん中、四人より一歩前に出た場所で拝跪したまま口を開いた。
「アクアトラスの壊滅、阻止されま……した。申し訳ありま……せん」
オドオドした独特な話し方をするのは複合種の魔獣と四万の魔獣を操っていたネグルだ。玉座の青年が放つ圧倒的威圧感を前に言葉を紡げたのは彼が強者たる故か、それとも別の要因か。
謝罪を口にするネグルの頭上から透き通った、しかし高圧的な名状し難い重厚透明な声音が降ってきた。
「よい。未だ神人族を妄信する者の多いアクアトラスを潰すことはさして重要ではない。追い追いでよかろう。此度はそれ以上に面白い収穫があったからな」
青年が美妙な笑みを浮かべる。老若男女問わず、誰もが一目見ただけで無条件で平伏し、崇拝してしまうであろう神秘を感じさせる美しさだ。
足を組みかえ、青年は頬杖をついて続ける。
「其方たちの話では、奴らの内四人は神人族だそうだが……他の者、特に四万の魔獣をものともしなかった龍の神核を持つ者はどうだかな」
「そのことですが、どうか発言をお許し下さい」
拝跪している者の一人、眼鏡をかけた鼠色の長髪の男が許しを請う。
「よかろう。申してみよ」
「感謝致します。龍の神核を持つその男が龍の一族の可能性があるのならば、シオンに問いただすのがよろしいかと」
「ふむ。それも良いが、あの娘にはまだ逃げられてはかなわんからな。強要するようなことはせんよ」
「……お言葉ですが、あの娘を少々甘やかしすぎでは?」
「ほう? 其方は私に口答えするつもりか?」
青年の纏う圧が更に重みを増す。その場にいる五人の呼吸が浅くなる。
「……いえ、滅相もございません。申し訳ありませんでした」
「よい。シオンを含め、其方たちは私の可愛い部下だ。少しの無礼で殺したりはせんよ」
「ご厚情、痛み入ります」
圧が弱まり、縛られていた呼吸が解放される。だがこれ以上青年の前で言葉を発する者はいなかった。
「並の神人族以上に龍の神核を使いこなす者。ふふ、ようやっと、探し物が見つかりそうではないか」
青年の楽しそうな声音が、広い空間に溶けていった。
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