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幕間 イヴァン

イヴァン視点です。

「ぐっ、がはっ!」

「強いっ……!」

「ぐぅ……貴様……何者だ……!」


 森の奥深くで、地面に無様に転がる三人の男たちを見下ろす。口ほどにもない男たちの実力に、俺は今回も空振りであることを悟る。だが、念のため情報は聞きだしておくことにした。


 這いつくばる一人の男の顔を足で上げ、視線を合わせさせる。


「貴様らは解放者(リベレイター)だな? ならば〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟の情報を吐け。奴らは今どこにいる?」

「し、知らねぇよ。あの方々の情報なんざ滅多に入ってこねぇんだからよ」

「それに、ここシーガラスじゃ奴隷解放軍を制圧するために多くの解放者(リベレイター)が動いてんだ。そこにわざわざ〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟様まで来るわけがねぇ……」

「ほう? つまりこの町にいる解放者(リベレイター)をこのまま根絶やしにすれば〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟も出て来ざるを得ないというわけか」

「なっ!? まさかここ最近解放者(リベレイター)たちが次々行方不明になってるのはテメェの仕業か!」

「ふんっ、だったら何だ」

「テメェ……!」


 緩慢な動きで立ち上がって懲りずに再び向かってくる男を適当な風魔法で一蹴する。


「ぐぅっ……!」

「情報を持っていないのならば貴様らに用はない。死ね」

「待ってくれっ。俺たちも協力するから命だけは……!」

「〝決別の日〟を決行した貴様らは存在しているだけで反吐が出る」

「そんなっ……ぐぁぁぁああ!」


 俺は竜巻を発生させて男たちの命を絶ち、亡骸が木っ端微塵になるまで切り刻んだ。周囲を血飛沫が舞う。


 解放者(リベレイター)たちをいくら始末しても、俺の中で渦巻く憎悪はなくならない。奴を……ネグルを殺すまでは。


 俺は血だまりだけが残った場を一顧(いっこ)だにせず、町に向かって歩き出す。残る解放者(リベレイター)はシーガラス市長が雇っている三人だけだ。


 町に戻ってからは解放者(リベレイター)たちが好みそうな薄汚い路地裏や空き地を歩く。町に着いた頃は歩いていただけで遭遇したが、今ではもう解放者(リベレイター)の姿はない。もしかしたら解放者(リベレイター)であることを隠して生活している者がいるかもしれないが、そんな臆病者に用はない。俺が本当に用があるのは〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟とその情報を持つ者だけだ。


 考えただけで噴き出る憎悪を抑え込みながら歩いていると、少し離れた場所から戦闘音が聞こえてきた。


解放者(リベレイター)か……?)


 音のする方角へ歩いていくと、空き地に辿り着いた。物陰から様子を観察すると、面をした男と今にも殺されそうな少年と少女、それからその二人を守る魔獣らしき生き物がいた。


 情報が正しければ、奇怪な面をしているのは解放者(リベレイター)だ。だがそいつ以上に気になるのは少年たちの方だった。解放者(リベレイター)たちの中には魔獣を操る者がいる。あの少年たちは解放者(リベレイター)か? だが、解放者(リベレイター)にしては若過ぎる。それに、あの生き物は魔獣にしては禍々(まがまが)しさがなく様相が違い過ぎる。


 ……ふむ、奴らは解放者(リベレイター)ではない。何故ならば、今まで幾人もの解放者(リベレイター)たちを見てきた俺の勘がそう告げているからだ!


 では、何故解放者(リベレイター)に狙われている? 濃厚な線は奴らが奴隷解放軍に属している、という理由だろう。まぁそれはどうでもいいことだ。だが、一般人が目の前で解放者(リベレイター)に殺されるのを見るのは寝覚めが悪い。仕方あるまい、この俺が助けてやろう。俺は魔力を圧縮し、水平に竜巻を発生させた。


 ビュォォォォォオオ!!


 魔法が解放者(リベレイター)に命中する。切り刻まれ壁に衝突するが、死にはしなかった。情報通り、他の解放者(リベレイター)たちよりは骨があるようだ。


「不意打ちは性に合わんが、まぁ仕方ないか」


 下種な解放者(リベレイター)相手なら不意打ちでもいいだろう。


「あなたは……?」


 少女が問い掛けてくるが、俺は解放者(リベレイター)から目を逸らさなかった。まったく、まだ敵が生きているというのにこちらに意識を向けるな馬鹿め。


 互いに睨み合っていたが、解放者(リベレイター)は素早く逃げていった。ふんっ、この俺に恐れをなしたか。


「助けてくれたこと、感謝するっス」

「ありがとう」


 少年少女から礼を言われる。多少の礼儀はあるようだな。


「ふんっ、貴様らが随分とお粗末な戦い方をしていたから見ていられなかっただけだ。だが、助けてやったことに変わりはない。存分に感謝しろ」

「うわ、めっちゃ上から目線……。さっきの魔法の威力といい、もしかして鷲獅子の一族だったり……?」


(……何故わかった)


「おおう、めっちゃアホな人だ」


 動揺して聞き逃したが、少年が何やら反応を返してきた。口に出ていたか。正体がばれてしまうとは、不覚だ。


「だね。でもそれなら隠す必要もないかな。早くメラを治してあげないと」


 そう言うと、少女は傷だらけの魔獣もどきを抱え上げて涙を流した。すると、その涙によって魔獣もどきの傷が癒えていく。確か、不死鳥の一族にそんな能力があると聞いたことがある。


「ほう、不死鳥の一族か。奴隷……というわけではなさそうだな」

「そうっス。ティアの姉御は奴隷じゃなくてボクらの仲間っス。そしてボクはライト・タイガーナ。炎虎の一族の生き残りっス」


 二人共神人族だと……? まさか奴隷でない生き残りに出会うとは。ボクら、ということは他にも仲間がいるのか? というより、会ったばかりの俺に正体を明かすとは、不用心にも程がある。馬鹿め。


「ふんっ、見ず知らずの他人に自らの秘密を明かすとは馬鹿な奴だ」

「まぁ……お兄さんが鷲獅子の一族って知っちゃったしこれくらいは……」


 ……そういえば先にばれたのは俺か。


「む……。他言はするなよ」

「もちろんしないっス。命の恩人だし。お兄さん、名前は?」

「貴様に教えてやる義理はない」


 何故他人に教えてやらねばならん。俺はその場を去ろうとする。だが、どうしても知りたそうな少年少女の視線を感じた。仕方あるまい。俺は振り返った。


「……どうしても知りたいというのなら教えてやらなくもない」

「いや別にどうしてもとは言ってないっス」


 そうは言いつつやはり知りたそうだ。素直じゃない奴らだ。


「いいだろう教えてやる。俺はイヴァン・グリファス、鷲獅子の一族だ」

「結局自分から名乗ってるし……」


 俺のこの至高の名を(とく)と覚えておくんだな。


「特別だぞ。有り難く思え」

「話通じないなこの人。でも感謝するっス。ありがとうっス、イヴの(あん)ちゃん!」


 この俺を(あん)ちゃんだとっ!?


「貴様! 誰が(あん)ちゃんだ!」

「あ、そこは聞こえてるんスね」

「ライト、助けてくれたのにあんまりからかっちゃ悪いよ。……アホだけど」


 アホ……だと……!? 待て、冷静になれ。奴らはこの俺の高潔さに畏怖し、冷静さを欠いているだけだ。ここは大人の対応をするとしよう。


「全く、助けてやったというのに礼儀を知らん奴らだ。……奴は解放者(リベレイター)だ。気をつけろよ」


 ふんっ、これで奴らの中で俺の評価が上がったな。当然だ。なんせ俺だからな。


 背中に羨望の眼差しを受けながら、俺はその場を去った。


 それから数日、三人の解放者(リベレイター)を探り続けたが、どうやら奴隷解放軍と全面的に抗争しているらしく、なかなか介入しづらい。そして〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟が出てくる様子もない。


(この町も空振りか……)


 俺はシーガラスを後にした。




 ◇◇◇




 俺は解放者(リベレイター)から有力な情報を入手し、アクアトラスへとやってきていた。


 ここに、ネグルがいる……!


(ようやくだ……ようやく……!)


 俺はアクアトラスの山を登る。一歩進む毎に奴に近づいていると思うと憎悪が渦巻き、血潮が滾る。全身が熱くなる。だが同時に心の奥底は殺意で染まり、冷え切っていく。


 激情で体中が支配される中、どこかでもやもやとした今の自分とは不釣り合いな何かがうまれる。何だこの感情は。わからない。その感情に意識を向けると枷のように絡みついて足がもつれそうになる。邪魔だ。俺はその感情を振り払って進み続ける。


(どこだ……どこだ……どこだ……!)


 俺は頂上に向かってひたすら進み続ける。


 七合目に着きしばらく歩いたところで、重々しい殺気を感知した。一瞬息が詰まるが、無理に息を吸い込んで殺気の放たれている方角を向く。そこには、殺したくて仕方ない男の姿があった。


「随分と僕らのことを嗅ぎまわっているよう……だね」

「当然だ。俺は貴様を殺すまで追い続けるぞ」


 俺は奴の……ネグルの陰鬱で重々しい殺気に真っ向から己の殺気をぶつけた。俺の頭の中には奴をどう殺してやるかという考えしかない。


 俺の殺気に全く気圧された様子はなく、ネグルは鬱陶しそうに口を開いた。


「まだ僕が君の幼馴染を殺したことを怒って……るの?」

「当然だろう!」


 何故それがいつか許されるとでも思っているんだ……!


 俺は怒りで震えるままに激声を飛ばした。


「何故……何故サキを殺したんだ!」


 サキがお前に何をしたというんだ……!


 俺がこんなにも感情を昂らせているというのに、ネグルは底冷えする程冷めた目で答えた。


「何故って……そんなの、君が嫌いだからに決まってる……でしょ」

「……な……に……?」


 俺は一瞬言葉が出てこなかった。俺が嫌いだから……? それはサキが殺される理由になるのか……?


「……俺が嫌いだからサキを殺しただと……?」

「だからそう言ってる……でしょ」

「……なら何故俺を殺しにこない……その理由で何故サキが殺されなきゃならない……!?」


 俺の問いで、初めてネグルは口角を上げて不気味に笑った。


「だって、その方が君、絶望する……でしょ?」

「っ!?」


 信じられなかった。信じたくなかった。それでは、サキが死んだのは……俺のせいではないか。


「大切な幼馴染が自分のせいで命を狙われて、自分が弱かったせいで死んだなんて……ねぇ?」

「……」


 視界の端が黒ずみ、立っている感覚が希薄になっていく。なんだ、この感覚は。


「わかる……? 今感じているそれが、絶望……だよ?」

「これが……絶望だと……」

「そう……だよ」


 ネグルが嬉しそうに口角を上げる。


「嬉しいなぁ……。人の気も知らないで、ずっと周りに自分の力と才能を誇示してきた君が、自分の無力さに絶望するな……んて」

「……俺を、妬んでいたのか?」

「妬む……? 違……うよ。ただ、目障りだった……だけ。いつも人を見下してきた……君が」

「見下すだと? 俺は誰も見下してなど……」

「無自覚……? 尚更タチが悪……いね。君は誰かを見下していないと生きていけない……そういう悪質な人間なん……だよ」

「……」


 わからない。俺は……そういう人間なのか……? だから大切なものを失ったのか……? いや、そんなはずは……ない……!


 俺は己の弱気になった心を叱咤するように風を吹き荒ませた。


 ふと、横から人の気配。


「イヴァン?」

「……イヴァン? あれが……」

「……貴様は、あの時の……」


 現れたのはシーガラスで会った不死鳥の一族の少女だ。横には俺と同い年くらいの黒ずくめの男がいる。見目は強そうには見えないが、纏う雰囲気でわかる。強者だ。


 しかし今はそんな男に構っている暇はない。俺は視線をネグルに戻した。だが反対にネグルは俺から目を逸らし、男たちの方を見遣った。


「イヴァン、この人たちと知り合い……なの?」


 意外そうに問い掛けてくる声。その声に答える前に、黒ずくめの男が先に言葉を放った。


「……〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟か」

「へぇ、一目見ただけでわかってくれるん……だね。嬉し……いな」


 正体を看破したその言葉に、ネグルは歓喜で震えていた。


「僕は〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟が一人、ネグル・グリファス……だよ。よろしくね〝ギルド総長の懐刀(ガーディ……アン)〟」

「……鷲獅子の一族なのか」

「そう……だよ」


 〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟だと……? それには多少驚きだが、そんなことよりも、相対している俺に意識を向けずに話し続けるとはどういうことだ!


 俺はネグルの意識をこちらに向けるために突風を吹かせた。


「いい加減こちらを向けネグル。貴様の相手は俺だろう……!」


 俺は更に殺気を立ち昇らせ、ネグルを()め付ける。今すぐにでも攻撃してしまいたい。


 ネグルはそこでやっと視線を俺に戻した。


「そうやってすぐ自分に注意を向けようと……する。いつでも自分中心なのは君の悪い所……だよ」

「黙れ。貴様を殺すのは俺だ……!」


 俺は怒りのままに周囲に白銀の十のチャクラムを顕現(けんげん)させた。風を纏わせ、ネグルに一斉に切りかからせる。


「死ね!」


 迫るチャクラムに焦ることなく、ネグルは鬱陶しそうに溜め息をついた。


「……本当に、君のその身勝手なところが心底嫌い……だよ」


 ネグルが腕を伸ばすと、大盾が顕現する。黒ずんだ銀色で装飾された重厚な盾。その大盾を軽々と振るい、チャクラムが全て弾き返される。


(このままでは終わらんぞ……!)


 弾き返されたチャクラムは弧を描き、再びネグルに迫る。


 ネグルが迫りくるチャクラムを危なげもなく再び弾き返したと思うと、俺に急接近する。身体強化と風魔法により、突風の如き速さだ。


「くそっ!」


(ありえない……ありえない……! 俺は弱くなんてない……!)


 ビュォォォォォォ!!


 竜巻を水平に発生させて迎撃に入る。だがネグルは大盾でそれを防ぎ、速度を落とすことなく俺に迫り続ける。


 大盾を振るい、竜巻を掻き消したネグルにとうとう懐に入られた。大盾が横に振りかぶられる。


(避けられない……!)


「しまっ!? がはっ!」


 大盾が腹に食い込み、体が悲鳴を上げる。勢いを殺せなかったために吹っ飛ぶ。地面に叩きつけられ、這いつくばって吐血する。


(内臓がやられたか……!)


 ネグルが(さげす)みを帯びた瞳で俺を見下ろしてくる。やめろ、それは弱者を見る目だ。


「君の攻撃は僕には届かな……いよ。僕は一族の中でも選ばれた存在なんだ……から」

「っ……!」


 今すぐにでも立ち上がり再び攻撃に移りたいが、体が言うことを聞かない。


 ネグルを憎悪のままに()め付けていると、横から〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟の男がネグルに迫り、黒刀を使ってネグルを後方へ弾き飛ばした。


「すごい力……だね。さすが」


 ネグルが心底嬉しそうな声音になる。奴にとって這いつくばる俺など眼中にないことはすぐにわかった。それが余計に俺の憎悪を掻き立てる。


「手を出すな〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟! そいつの相手はこの俺だ……!」


 憎悪で視界が赤く染まっていき、体が上げる悲鳴を無視して腕に力を入れる。


 再びネグルの冷めた目がこちらに向く。


「鬱陶し……いよ。君はずっとそこで寝て……なよ。僕はこの人と楽しみたい……んだ」

「……随分気に入られたものだな」

「それはそう……だよ。君は僕を一目で〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟だと見抜……いた。それってつまり、僕の強さを認めてくれたってこと……でしょ? とっても嬉し……いよ」


 ネグルの恍惚(こうこつ)とした瞳が前髪の隙間から覗いた。奴の意識には〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟しかいない。それが腹立たしくて仕方ない。


「ふざけるな……! 貴様は必ずこの俺が殺す……!」


 吐血しながら体に鞭打って立ち上がる。


「面倒くさ……いな。そんなに僕を恨まなくても、幼馴染を守れなかったのは君が弱かったから……でしょ?」

「黙れっ!!」


 ネグルに向かって風の刃を怒りの数だけ発生させる。だがネグルもまた、それ以上の数の風の刃を発生させ相殺し、残りが俺に迫ってくる。


 舌打ちしながら迎撃に入ろうとしたところで、庇うように〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟が俺の前に立ち、黒刀で全て迎撃した。


 やめろ、こいつの相手は俺なんだ……! こいつは俺が殺すんだ……!


「邪魔をするなと言ったはずだぞ〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟!」

「助けてもらったんだからお礼くらい言い……なよ」


 ネグルがそう言ってやれやれと首を振るが、そんなの知ったことではない。お前の相手は俺だ……! 再び攻撃しようとして、しかしネグルはふと何かに気づいたように遠くを見遣った。


「時間みた……いだ。アクアトラスを守りたかったら頑張ってね〝ギルド総長の懐刀(ガーディ……アン)〟」


 そう言い残して、突風と共にネグルはその姿を消した。


「くそっ、また逃がしたか……!」


 怒りのやり場がなく、俺は地面を蹴る。そこに〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟と少女、獣が歩み寄ってきた。


 少女が心配そうにこちらを見てくる。やめろ、そんな目で見るな。


「イヴァン、なんか今日変だったよ……。前に会った時の方が魔法、強かった」

「なんだと!」


 婉曲(えんきょく)的に弱かったと言われて、怒りのままに掴みかかろうとする。だが、それは〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟に軽く突き飛ばされることで遮られた。


「……ティアに当たるな。今日勝てなかったのはお前の落ち度だ。頭を冷やせ」

「っ! くそっ!」


 否定はできない。それが心底情けなく、自分が嫌になる。


 呼吸を整えることでクールダウンしてから、先程の少女の言葉の意味を問いただす。


「で、俺の魔法が前の方が強かったとはどういうことだ」

「そのままの意味だよ」

「そんなわけあるか。俺はいつも通りだ」

「……自覚がないだけで本来の力が出せなかったんだろう。随分頭に血が上っていたようだしな」

「チッ」


 わかっていることとはいえ、他人に言われると腹立たしい。俺は地を蹴った。


 そういえば、こいつらは何故ここにいるんだ。


「どうして〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟なんぞがここにいる」

「……ゲオルグに……ギルド総長に言われてこの山の異変を調査中だ」


(チッ、誰かの言いなりで大した意志も無い奴は大嫌いだ!)


 俺は苛立ちのままに言葉を返した。


「はんっ、やはり〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟はギルドの犬だな。全てギルドの言いなりか」


 パシンッと乾いた音がしたと思うと、続いて頬にひりひりとした痛みと熱。視線を下げると、可憐な顔をした少女が柳眉(りゅうび)を逆立ててこちらを見ていた。


「兄さんのこと悪く言わないで。たくさんの人たちのために兄さんは頑張ってるの。イライラしてるからって酷いこと言わないで」


 きつい口調で言い放たれる。屈辱的なはずが、すっと頭が冷えていった。ずっと体を縛っていたような不快な感情も消えていく。妙にすっきりした。


「ぽかんとしてないで謝って」

「は?」

「早く」

「あ、あぁ、悪かった」

「それでいい」


 思わず謝ってしまったが不快な苛立ちはもうなくて、まぁいいかと思えた。


 怒っていた少女が悲しげに眉をハの字にする。


「幼馴染を……殺されたの?」


 その問いに、再び力の抜ける感覚。これは良くない感覚だ。


 俺は己を奮い立たせるように拳を握りしめた。


「あぁ。〝決別の日〟に俺は奴から幼馴染を守れなかった。……いつも己の強さを誇示しておいて、肝心な時に何もできん。本当に、俺は愚かだ」

「イヴァン……」


 ネグルの言う通り、俺は愚かな人間なのかもしれない。そう思うと体から力が抜けていった。


 思考がぼんやりしてくると、不意にずっと静観していた〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟が口を開いた。


「……俺も、大切な人を失った。お前もそうなら、それを忘れることはできないだろう。だが、それに囚われて独りでいることにこだわり続ければ、やがて自分の存在価値がわからなくなる。……俺はそうだった」


 自分の存在価値。確かに俺にはわからなかった。それどころか、自分が碌な人間ではないかもしれないとまで思えてきてしまった。そうか、それは俺が独りだからか。今は思考が冷え切っているからか、妙に納得できてしまった。


「……ふんっ、考えておいてやる」


 〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟のことはまだ何となく気に食わないので、とりあえず鼻を鳴らしておいた。


「よかった、イヴ」

「おい貴様、誰がイヴだ」


 馴れ馴れしく呼ぶな。だが、心底安心したように微笑まれてしまったら強くも出られない。まったくこの娘は。




 ゴゴゴゴゴゴゴ……




 突如、大地が細かく振動する。


「地震か?」

「……ねぇ、さっきのネグルって人、時間だって言ってなかった? アクアトラスを守りたいなら頑張ってって……」


 少女の言葉を聞いた〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟が頂上の方へと鋭い視線を投げてじっとしている。一体何をしている?


「……これは……そうか、固まって息を潜めていたから気づかなかったのか」

「どうしたの兄さん」

「……急いで合流地点に行くぞ」

「待て、何があった」

「……この地響きは魔獣の大軍が移動しているせいだ。山を下りている。このままではかなりの数の魔獣がアクアトラスになだれ込むぞ」

「なんだと!?」


(魔獣にも驚きだが、この距離から感知するとは……これが〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟か)


 悔しいが、実力差を痛感する。


「そんな……」

「……急いで山を下りるぞ。幸い、移動速度はそこまで早くない」


 〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟たちが猛スピードで山を駆け降りる。このままでも十分早く目的地に着くだろうが……まぁ、少しの手助けくらいしてやろう。俺は風魔法を自分と〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟、獣に付与する。


「できるだけ早い方がいいだろう。俺の魔法を貸してやる」

「ありがとうイヴ!」

「だから俺をイヴと呼ぶなっ」


 何度も言わせるんじゃない!


 先程とは違う意味で苛立つが、不思議と不快な感覚はなかった。


 そして、俺は〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟たちと共に魔獣の軍勢の迎撃にあたった。




 ◇◇◇




 祭りの夜。俺は〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟――ユリクスたちと行動を共にすることにした。理由は二つだ。一つは、ずっと独りだった俺が誰かと共にいることで何か変わることがあるのかを知りたかったから。もう一つは、ライトがシーガラスで言っていたが、こいつらが本当に神人族なのかを知りたかったからだ。


 神人族なのはどうやら本当らしいと酒場で知った。というより、俺がいるというのに何を気楽に神人族について話している。こいつらは危機感が無さすぎないか? いや、危機感がないのは俺の方か。危うく毒を口にするところだった。俺が独りであったのならばここで死んでいたな。これが仲間がいる利点か。


 ……いや、そんなものが利点というわけではないことは、こいつらと共にいて流石に気づく。こいつらは神人族でありながら、こんなにも堂々としている。憎しみに囚われることなく、悲観することなく、〝己〟であり続けている。それはきっとユリクスの言っていた通り、独りではないからなのだろう。


 対して、俺はどうだ。今になっても、ネグルに言われた言葉が俺の中に刺さって抜けない。俺の場合、〝俺〟であり続けることは、〝悪〟なのだろうか。


 こいつらと共にいれば、その答えが見つかるだろうか。


 今でも何故か、体が脱力してしまって上手く力が出せない。この理由もわかるだろうか。


「〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟を探してるなら一緒に来なさいな」


 リアナに誘われる。


 〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟に近づけるらしいことは仲間になる理由として十分だ。……だが、それだけじゃない。もしも俺の中に刺さったネグルの言葉の答えが見つかるのならば、共にいるのもいいかもしれない。俺は了承した。




 ◇◇◇




 アクアトラスを出た馬車の中、ライトが御者台、ユリクスとティアは寄り添って寛ぎ、リアナは身だしなみを整え、リューズは煙草を吹かしている。


 レヴィータ王国を出て少し涼しくなった空気を吸い込みながら、俺は力の入らない体のまま何とはなしに問いを零した。


「……俺は〝悪〟か?」

「「「……」」」


 突然のことに、無言で視線が集まる。何を言っているんだと若干後悔し始めたが、律義にも答えは返ってきた。


「イヴの(あん)ちゃんはすごい上から目線っスけど、悪ってことはないっスよ」

「そうねぇ。慣れればなんというか、いっそのこと微笑ましくなってくるわね」

「がっはっはっ! 若ぇうちは粋がってるくらいがいいと思うぜ!」

「……面倒なのは確かだが、悪なら斬り伏せてる」

「兄さんの言ってることを通訳すると、偉そうではあるけど、イヴは私たちのことを大切に思ってくれてる。現に私やライトのことも助けてくれた。それに、きっとこれからも力になってくれる。だからイヴは悪なんかじゃない。私たちの大切な仲間だよ」

「……全然通訳になってないぞ」

「でも離れすぎてもないでしょ?」

「……」

「……偉そうでいいのか」


 ユリクスたちが揃って顔を見合わせる。そして、ティアが微笑んだ。


「だってそれがイヴでしょう?」


 それが、〝俺〟だと、今そう認められたのだろうか。それでいいのだと、受け入れられたのだろうか。


 ――だってそれがイヴァンでしょ!


 遠いサキの声が脳裏を過った。そうだ、前にサキにも同じことを言われたことがあるじゃないか。思い出した。俺はとうの昔に既に認められていた。そして今も、〝俺〟を受け入れてくれる者たちがいる。


 そうか、俺は俺のままでいいのか。


 俺が悪なわけじゃない。誰にでも受け入れられることの方が不可能なのだ。俺とネグルは相容れなかった。それだけの話だ。


 いつまでくよくよしている。俺らしくもない!


 俺はイヴァン・グリファス。高潔な鷲獅子の一族の男だ!


 景色がクリアになり、体に力が入る。どうして今力が戻ったのか。その確たる理由はわからない。だが、独りであり続けたのなら、決して起こり得なかった出来事なのは確かだ。


 まだ仲間の存在には慣れないが、それでももう少しこいつらと共にあろう。そうすればきっと、俺はもっと強くなれる。そんな気がした。


 それに、こいつらにとっても、俺は必要なはずなのだから。






お読みいただきありがとうございます。


これにて三章終了です。

次回更新予定日は23日でしたが、諸事情により27日に変更させて頂きます。

申し訳ありません。

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