表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/118

山での調査

 早朝から出発したユリクスたちは、アクアトラスを出て馬車に乗り込み森へと向かう。ゲオルグの指示で山道の位置に直線距離で行かれる場所で馬車を降り、森へと入っていく。


 やはり森は静かなものだった。魔獣に遭遇することはなく、小鳥の鳴き声が時折聞こえてくるだけ。木々が運んでくるのは早朝特有の澄んだ空気だけで、昨夜ゲオルグが言っていたような禍々(まがまが)しさは全く感じない。


 アクアトラスの森は長い形で広大である。山へ向かうにはそこまで森は深くない形だ。とはいえ森の中を歩いていれば必ず魔獣に遭遇するだろう。だが気配すら感じない。


 澄み過ぎている空気と魔獣に出くわさないことに強いきな臭さを感じているのは、通常時の森の状態を知っているゲオルグと、それを事前に聞いていたユリクスの二人だけだ。


 なお、リューズが通常時の森の状態を知らない理由は二つ。一つは町の人の手伝いばかりで冒険者としての活動をほとんどしていなかったこと。もう一つは、山から運ばれてくる魔獣の禍々しい気配を森にいる段階で明確に察知できる人間は、ユリクスやゲオルグくらいの規格外だけだからである。


「早朝の森は気持ちいいっスね」

「そうね。魔獣も出なくて平和だし、いい散歩になるわ」

「この空気のおかげでやっと目が覚めてきたぜ!」

「そうだね」


 事情を知らない面々がお散歩気分で森を歩く。


 強くなる前の丁度いい暖かさの朝日に、そよそよと木々が運んでくる少し冷たい空気。その気持ちよさに自分たちが何をしに来たのか忘れそうになるライトたちである。


 ユリクスとゲオルグを除く面々がボケッと歩いているうちに森を抜けた。山麓(さんろく)に到着する。目の前には厳めしい大山。見上げれば首が痛くなるほど高い。


 アクアトラスの山の標高はおよそ二千五百メートルだ。


「なんか、結構禿げてるっスね」


 初めて見る大山を口を開けて見上げていたライトが言った。ライトの言う通り、山の表面は所々木々がなく、地表が露出している場所が多い。


「狂暴な魔獣が多い山だからな。魔獣が暴れたり、冒険者たちが魔獣と戦ったりして木々がなくなっていったのさ」


 確かに、強力な魔獣なら木々をなぎ倒すことなど造作もないだろう。冒険者としても木々がない方が広々と戦える。ゲオルグの説明にユリクスは得心がいった。


「さてお前たち、調査に取り掛かるぞ」


 ゲオルグが厳粛な声音でそう切り出すと、山の高さに呆けていたライトたちも揃って気を引き締める。その表情を一人一人見遣ってからゲオルグは口火を切った。


「今俺たちがいる場所は唯一の合流地点だ。ここから山に入ればすぐに道は三つに分岐する。分岐してからは合流はほぼできないと思ってくれ」

「そうなんスか?」

「あぁ。できないこともないが、山道を逸れることになるからな。道に迷う可能性が高くなる。禿げてるように見えて、山中の森もなかなか深いしな」

「なるほどっス」

「だから、ここを集合場所とする。各々分かれて調査をし、昼前にここに戻ってくる。それでいいな?」


 一斉に頷く。


「それで、メンバーの組み合わせは、右の道を俺とライト、左の道をリアナとリューズ、真ん中をユリクスとティア、メラで行ってくれ。異論はあるか?」

「……それでいい」


 逸早く返事をしたのはユリクスである。ティアが目を見張ってユリクスを仰ぎ見た。その様子を見てユリクスは首を傾げてティアを見遣るが、すぐに照れたように顔を逸らされてしまった。


 ユリクスにはこの組み分けと道の分担の理由がわかっていた。ゲオルグは昨夜ユリクスに問うた。探知範囲はどこまでか、と。ユリクスは山全体だと答えた。即ち、ユリクスを中央の道に配置することで、他の誰かが敵と遭遇した時に素早く感知し、駆けつけやすくするため。ティアと組ませたのは戦闘能力のないティアを自らの手で守れるようにという心的配慮だろう。


 ゲオルグがリアナとリューズに視線を向ける。


「左右の道は途中でまた分岐するから、そこで二手に分かれてくれ」

「わかったわ」

「了解だぜ!」

「んじゃま、出発だ」


 ゲオルグの軽い号令で一行は山道に入る。数分歩いたところですぐに三叉路(さんさろ)に辿り着いた。


「それじゃあまた後でっスー!」

「またね」

「お互い気をつけて行きましょうね」

「だな!」


 ライトたちが互いに手を振り合い、左右の道に分かれていく。四人の姿は見えなくなった。


「……俺たちも行くぞ」

「うん」

「ガウ!」


 ティアをメラの上に乗せて、ユリクスも真ん中の道を歩く。


 山道は凸凹していて本来なら歩きにくいものだが、ユリクスとメラは歯牙にもかけずサクサク歩いていく。その速さは平坦な道を歩くのと何ら変わらない。普通の冒険者なら息を乱すところを全く疲れた様子もなく五合目ほどまで到達する。


 ユリクスの気配探知では魔獣の気配は一切なく、他の誰かが戦闘になった気配も感じない。ユリクスが(いぶか)しんでいると、不意にティアがじっとこちらを見ていることに気がついた。


「……」

「……どうした」

「……兄さん、昨日は適当にやろうって考えてたような気がしたんだけど、すごく真剣だなって思って」


 鋭い。確かに昨日の昼は適当にやろうとしていた。そのことがばれていたことに、ユリクスの元々ない表情筋が更に引き攣りそうになる。


「何か気になることがあるの?」


 不安そうに聞いてくるティアの頭に手を置く。


「……特にはない。気にするな」

「そっか」


 安心したようにティアが微笑む。それを見て頭から手を退けたが、名残惜しそうに手を視線で追われた。


「……」

「……」


 視線に負けて、再び頭に手を置いて撫でてやる。気持ちよさそうにティアは手に頭を擦り付けた。ふふっとティアが笑みを零す。


「兄さんが頭を撫でてくれる手がどんどん優しくなってきてて嬉しい」

「……」


 そうだろうか……と、ユリクスは首を捻る。自覚はない。だが、昨夜ゲオルグに言われた言葉が脳裏を過る。自分は仲間を大切に思うようになっている、と。


 ティアは最初に行動を共にするようになった仲間だ。もしかしたら、何か感じていることがあるのかもしれない。


「……ティア」

「なに?」

「……俺は、変わったと思うか」


 ユリクスからの質問にティアはきょとんとする。それからすぐに表情をほころばせた。


「兄さんは変わったよ」

「……そう、なのか」

「うん。優しいのは元からだけど、それがどんどん表に出るようになった」

「……俺は優しくなんてない」

「そんなことないよ。だって、ライトの特訓には面倒くさがらずに何度も付き合ってあげてるし、リアナに聞いたけど、この間リアナのことを慰めようとしたんでしょう? リューズのこともすぐに受け入れてくれた。それから……さっきのこと、嬉しかった」

「……さっき?」


 ティアが可憐に笑う。今度はユリクスがきょとんとした。


「組み合わせの話の時だよ。戦力にならない足手纏いの私と一緒になったのに、自分からこの組み合わせでいいって言ってくれた。それがとっても嬉しかったの。きっと、少し前の兄さんなら今言ったことどれも面倒くさいと思ってやらなかったでしょう?」

「……」


 言われてみれば、そうかもしれない。ライトの特訓は自分の利には一切ならないし、人が落ち込もうが少し前ならどうでもよかったはずだ。共に行動する人間、しかもリューズのような喧しい奴ならばどんなに覚悟を示されようが拒否していたはずだ。ティアのことだって、初めて会った時は守ろうなんて考えていなかった。


 自分は、確実に変わっている。あんなに独りを好んでいた自分が、誰かと共に過ごすことができるようになっている。誰かを案じるようになっている。それは、良い変化なのだろうか。


「……ティアは、俺が変わって嬉しいのか」

「うん。兄さんの変化はとても嬉しいものだよ」

「……そうか」


 ティアがそう言うのならば、良い変化なのかもしれない。ならば、このまま変わっていってもいいのだろうか。


 だが唐突に思い出し突きつけられる地獄の光景。十年前に失った、大切な人たち。


 あの人たちを守れなかった自分が誰かと共にあっていいのか? 〝あの子〟すら守れなかった自分が?


 暗い思考に飲み込まれそうになる。


「兄さん」

「っ……なんだ」


 ティアが悲しそうにこちらを見ていた。


「独りであろうとしないで。きっと、誰も望んでないよ。……私たちは誰も望んでない」

「……」


 また、気づかれてしまった。自分の心情を察せられたことと、そんな顔をさせてしまったことがばつが悪くて、ユリクスは顔を俯かせた。


「とにかく今は魔獣の調査をしよう?」

「……そうだな」


 気を遣って話題を変えてくれたティアに内心で感謝しつつ、周囲を警戒する。すると。


「……これは」

「どうしたの?」

「……もう少し登ったところで戦闘が始まった。知らない気配だ」

「この山に、私たちの他に誰かいるの?」

「……そうみたいだ。メラ、急ぐぞ」

「ガウッ」


 ユリクスとメラは歩調を早めた。


 六合目を突破し、七合目付近にきてユリクスとメラは山道を駆ける。


 木々のなくなった広い空間に出たその時。


 ビュォォォォォオオオ!!


 辺りを突風が吹き荒れる。その勢いに顔を腕で覆ったまま視線を前へ向けると、そこでは二人の青年が殺気を纏わせて対峙していた。


「イヴァン?」

「……イヴァン? あれが……」

「……貴様は、あの時の……」


 対峙している青年の一人は、シーガラスでティアとライト、メラを守ったイヴァンだった。刃物のような殺気を纏っており、それを具現化したような鋭く輝く銀髪が揺れている。一瞬ティアに目を遣ったイヴァンだが、すぐに向かい合っているもう一人の青年の方へと視線を戻した。


 反対に、視線を向けられた青年がユリクスたちに視線を向ける。


「イヴァン、この人たちと知り合い……なの?」


 イヴァンと対峙している青年の方は、勝気なイヴァンとは対照的にオドオドした様子だ。長い前髪で目元が隠されていて表情は窺いにくい。姿勢も猫背気味で自信がなさそうだ。


 だが、纏っている殺気は本当に自信のない者には放てないものだった。重々しくて、どんよりした暗雲のような殺気。あるいは、深い洞窟の闇のような不気味な殺気。見ているだけで息が苦しくなってくる。


 ユリクスは悟った。系統は違うが、同じように異常な殺気を纏っていた者がいた。この青年は奴と同じだ、と。


「……〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟か」

「え?」


 ティアが瞠目する。


 ユリクスの言葉に、青年は嬉しそうに口元を歪ませた。


「へぇ、一目見ただけでわかってくれるん……だね。嬉し……いな」


 やはりか。ユリクスはティアとメラの前に守るように立つ。


「僕は〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟が一人、ネグル・グリファス……だよ。よろしくね〝ギルド総長の懐刀(ガーディ……アン)〟」

「……鷲獅子の一族なのか」

「そう……だよ」


 殺気を纏いながらも嬉しそうにユリクスと会話をしているネグル。だが、その会話を突風が遮った。


「いい加減こちらを向けネグル。貴様の相手は俺だろう……!」


 イヴァンが更に殺気を立ち昇らせ、ネグルを()め付ける。今にも攻撃を開始しそうだ。


 ネグルはそこでやっと視線をイヴァンに戻した。


「そうやってすぐ自分に意識を向けようと……する。いつでも自分中心なのは君の悪い所……だよ」

「黙れ。貴様を殺すのは俺だ……!」


 イヴァンの周囲に白銀のチャクラムが複数顕現(けんげん)される。風魔法により宙を舞うその数は十。


「死ね!」


 その言葉を引き金に、チャクラムたちがネグルに迫る。チャクラムが目前に迫り、ネグルは。


「……本当に、君のその身勝手なところが心底嫌い……だよ」


 腕を伸ばすと、大盾が顕現する。黒ずんだ銀色で装飾された重厚な盾だ。その大盾を軽々と振るい、チャクラムを全て弾き返す。


 弾き返されたチャクラムは弧を描き、再びネグルに迫る。


 ネグルは迫りくるチャクラムを危なげもなく再び弾き返し、イヴァンに迫る。身体強化と風魔法により、その速さは疾風のようだ。


「くそっ!」


 ビュォォォォォォ!!


 イヴァンが竜巻を水平に発生させて迎撃に入る。だがネグルは大盾でそれを防ぎ、速度を落とすことなくイヴァンに迫り続ける。


 大盾を振るい、竜巻を掻き消したネグルがとうとうイヴァンの懐に入った。大盾を横に振りかぶる。


「しまっ!? がはっ!」


 大盾がイヴァンの腹に横向きで迫り、クリーンヒットする。勢いを殺せなかったイヴァンが吹っ飛ぶ。内臓がやられたのか、イヴァンが這いつくばって吐血する。


 ネグルが(さげす)みを帯びた瞳でイヴァンを見下ろす。


「君の攻撃は僕には届かな……いよ。僕は一族の中でも選ばれた存在なんだ……から」

「っ……!」


 イヴァンは這いつくばったままネグルを()め付けるが、未だに立ち上がれないようだった。


「兄さんお願い、助けてあげて」


 ティアがユリクスのシャツを掴んで懇願する。イヴァンにはティアたちを一度助けてもらった恩がある。ユリクスにも異論はなかった。


 黒刀を顕現(けんげん)してネグルに迫り、大盾に斬りかかる。ガキンッと音を立ててぶつかり合ったあと、ユリクスは身体強化と膂力(りょりょく)でネグルを後方へと弾き飛ばした。


「すごい力……だね。さすが」


 ネグルはユリクスと対峙すると途端に嬉しそうな声音が混じる。それは即ち、イヴァンは眼中にないということ。そのことはイヴァンにも十分に伝わった。


「手を出すな〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟! そいつの相手はこの俺だ……!」


 イヴァンが両手に力を振り絞り立ち上がろうとする。


「鬱陶し……いよ。君はずっとそこで寝て……なよ。僕はこの人と楽しみたい……んだ」

「……随分気に入られたものだな」

「それはそう……だよ。君は僕を一目で〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟だと見抜……いた。それってつまり、僕の強さを認めてくれたってこと……でしょ? とっても嬉し……いよ」


 ネグルの恍惚(こうこつ)とした瞳が前髪の隙間から覗く。二人目の〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟も随分面倒そうな奴だと、ユリクスは顔を顰めた。


「ふざけるな……! 貴様は必ずこの俺が殺す……!」


 血を吐きながら立ち上がるイヴァン。普通の人間なら動くこともままならないだろうが、神人族の頑丈さと意地で体を動かす。


「面倒くさ……いな。そんなに僕を恨まなくても、幼馴染を守れなかったのは君が弱かったから……でしょ?」

「黙れっ!!」


 ネグルに向かって《風刃(ウィンドカッター)》を無数に発生させる。だが、ネグルもまた、それ以上の数の《風刃(ウィンドカッター)》を発生させ相殺し、残りがイヴァンに迫る。


 ユリクスは庇うようにイヴァンの前に立ち、黒刀で全て迎撃した。


「邪魔をするなと言ったはずだぞ〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟!」

「助けてもらったんだからお礼くらい言い……なよ」


 ネグルがやれやれと首を振る。すると、ふと何かに気づいたように遠くを見遣った。


「時間みた……いだ。アクアトラスを守りたかったら頑張ってね〝ギルド総長の懐刀(ガーディ……アン)〟」


 そう言い残して、突風と共にネグルはその姿を消した。


「くそっ、また逃がしたか……!」


 イヴァンが地団駄を踏む。ユリクスと、メラから降りたティアが歩み寄った。


「イヴァン、なんか今日変だったよ……。前に会った時の方が魔法、強かった」

「なんだと!」


 その言葉に、頭に血が上っているイヴァンがティアに掴みかかろうとする。それをユリクスがイヴァンを軽く突き飛ばすことで遮った。


「……ティアに当たるな。今日勝てなかったのはお前の落ち度だ。頭を冷やせ」

「っ! くそっ!」


 唇を噛んでからゆっくりと呼吸をし、上がった息を整えるイヴァン。少しだけ落ち着きを取り戻すと、ティアに視線を投げた。


「で、俺の魔法が前の方が強かったとはどういうことだ」

「そのままの意味だよ」

「そんなわけあるか。俺はいつも通りだ」

「……自覚がないだけで本来の力が出せなかったんだろう。随分頭に血が上っていたようだしな」

「チッ」


 イヴァンは舌打ちをして地を蹴った。どうやら完全に落ち着くにはもう少し時間が必要らしい。


 イヴァンの剣呑なままの視線がユリクスに向く。


「どうして〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟なんぞがここにいる」

「……ゲオルグに……ギルド総長に言われてこの山の異変を調査中だ」

「はんっ、やはり〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟はギルドの犬だな。全てギルドの言いなりか」

「……」


 無理矢理〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟にさせられたユリクスにとってそう言われるのは聞き捨てならないことだ。だが、反論する前にティアが動いた。バシンッという音が辺りに響く。


「兄さんのこと悪く言わないで。たくさんの人たちのために兄さんは頑張ってるの。イライラしてるからって酷いこと言わないで」


 目一杯背伸びをして平手打ちしたティアがきつい口調で言い放つ。


 突然頬を打たれたイヴァンは頬を抑えながら呆然としている。


「ぽかんとしてないで謝って」

「は?」

「早く」

「あ、あぁ、悪かった」

「それでいい」


 ふんすっと鼻を鳴らしたティアの溜飲は下がったようだ。


「幼馴染を……殺されたの?」


 イヴァンが落ち着いたのを見計らってティアが遠慮がちに問い掛ける。イヴァンは顔を俯かせると、拳を強く握りしめた。


「あぁ。〝決別の日〟に俺は奴から幼馴染を守れなかった。……いつも己の強さを誇示しておいて、肝心な時に何もできん。本当に、俺は愚かだ」

「イヴァン……」


 イヴァンが自虐的な言葉を吐露しながら、軽蔑するような笑みを浮かべる。


 恋人を失ったリアナや息子を失ったリューズのように、イヴァンもまた傷を抱えた人間なのだ。ユリクスも、失った。だが気の利いた言葉など出てこない。だからユリクスは素直に話すことにした。


「……俺も、大切な人を失った。お前もそうなら、それを忘れることはできないだろう。だが、それに囚われて独りでいることにこだわり続ければ、やがて自分の存在価値がわからなくなる。……俺はそうだった」


 そう、ユリクスはわからなくなった。自分の生きている意味が。生き残った意味が。きっと、イヴァンも同じなのだろう。しかしユリクスはティアたちと出会ってから、それを考えることができるようになった。示してもらえるようになった。世界が色を取り戻してきた。そして、その変化を喜んでくれる人がいる。


 イヴァンのことを自分が救えるとは思えないし、救いたいとも思わない。しかし率直な思いだけは伝えたいと思った。そしてどうやらその言葉はイヴァンに考えさせるに足るものだったらしい。しばらく俯いたイヴァンはふんっと鼻を鳴らすと、「考えておいてやる」と胸を逸らせて言った。どうやらいつもの自分を取り戻したようだ。


「よかった、イヴ」

「おい貴様、誰がイヴだ」


 ふふっとティアが笑い、張り詰めていた空気が緩む。だが。




 ゴゴゴゴゴゴゴ……




 大地が細かく振動する。


「地震か?」

「……ねぇ、さっきのネグルって人、時間だって言ってなかった? アクアトラスを守りたいなら頑張ってって……」


 ティアの言葉を聞き、ユリクスは止めてしまっていた気配探知を山全体に張り巡らせる。


「……これは……そうか、固まって息を潜めていたから気づかなかったのか」

「どうしたの兄さん?」


 ユリクスの珍しい切迫した声音にティアが不安そうに問い掛ける。ユリクスはティアをメラに乗せると言った。


「……急いで合流地点に行くぞ」

「待て、何があった」

「……この地響きは魔獣の大軍が移動しているせいだ。山を下りている。このままではかなりの数の魔獣がアクアトラスになだれ込むぞ」

「なんだと!?」

「そんな……」

「……急いで山を下りるぞ。幸い、移動速度はそこまで早くない」


 ユリクスたちは急いで山を駆け下りる。その時、体に風魔法が纏い速度が増した。


「できるだけ早い方がいいだろう。俺の魔法を貸してやる」

「ありがとうイヴ!」

「だから俺をイヴと呼ぶなっ」


 イヴァンの魔法を借り、疾風の如き速さで山を下りる。もう合流の時間にはなっている。ユリクスはライトたちが既に合流している気配を感じ取った。この地響きにも気づいているはずだ。早く状況を伝えなくては。


 ユリクスたちは身体強化と魔法を使い、合流地点へと急ぐのであった。






お読みいただきありがとうございます。


次回の更新は7日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ