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黒雷龍VS水雷龍

「すごい……」

「大きいっスねぇ……」


 アクアトラス支部長であるカラルに連れられてやってきたのは格納庫。砂浜を歩いていた時には気がつかなかったが、それもそのはず。景観を壊さないように町や砂浜の中心部からは見えにくい場所にひっそりと敷設(ふせつ)されていた。


 他の冒険者たちから少し遅れて格納庫に入ると、そこには全長約二百メートルはあるかという戦艦があった。


 初めて見る戦艦に、ユリクスを除く一行は口をぽかんと開けて見上げている。


 ユリクスはというと、歩み寄ってくる気配に視線を横に投げた。


「広大な海が広がる国だからね、万が一海から魔獣が攻めてきた時のために造っていたんだよ。まぁ使うのは他の町を含めても今日が初めてだけど」


 にこにこと緊張感のない笑みを浮かべているカラルが、戦艦を見上げながらユリクスたちに説明する。


「今日が初めてって……大丈夫なのかしら」

「職員に操縦の訓練はさせてあるからね。大丈夫だよ、たぶん」

「たぶんっスか……」


 どうやら操舵手はギルド職員らしい。カラルは支部長として戦力に加わるそうだ。


 カラルに促され、ユリクスたちも戦艦に乗り込むために移動する。その途中、カラルは何気ない風を装ってユリクスの横に並んだ。


「それにしても不可解だと思わないかい?」

「……魔獣か」

「そう。攻撃されたのはあの一発だけ。どうして攻撃を止めたんだろうね?」

「……」

「まるで、注意を自分に向けるためだけに攻撃したみたいじゃないか」

「……解放者(リベレイター)の指示」

「かもね」


 ユリクスとカラルは解放者(リベレイター)、そして鈍色の神核の存在を疑った。例え龍種の魔獣が強力とはいっても、知能は他の魔獣と同じように高くはない。攻撃を一度で止める理由が解放者(リベレイター)からの指示以外に想像できなかった。とはいえ、何故そのような指示を出したのかも不分明だが。


「まぁでも、あの魔獣を放っておけないのも確かだから、今は討伐することだけ考えよう」

「……あぁ」


 戦艦に乗り込んだのを折に二人は会話を終える。


 他の冒険者たちは既に戦艦に乗り込んでいた。戦艦というだけあって甲板はかなり広い。多くの冒険者たちが集まっても十分過ぎる程のゆとりがある。


 カラルが船首に立って浮足立っていた冒険者たちの視線を集めた。


「僕はあの魔獣が先程撃ってきた水電放射(レーザー)を迎撃する。だが相当の威力だ、僕一人では力負けするだろう。そこで、冒険者諸君には僕の魔法に自分の魔法を複合させ、僕の魔法の威力を高める役割を担ってもらう」


 いつも通りのにこにことした笑みを浮かべて指示を出した後、カラルは視線をユリクスたちへ向ける。


「それ以外の攻撃の迎撃と本体への攻撃は君たちに任せるね」

「えぇ、まじスか」

「人任せにも程があるわ」

「がっはっはっ! 面白れぇな支部長!」

「……」


 ユリクスたちは揃って呆れた顔をする。だがカラルは悪気もなくあっけらかんとした口調で続けた。


「だってそれ以外には手が回らないからさ。君たちは一人一人が強いし、何とかなるでしょう。あはは」


 ユリクスたちは揃って頭を抱えた。こんな男が支部長でいいのかアクアトラス。と思わなくもないが、事実、手が回らないというのも確かだろう。冒険者で神器を顕現(けんげん)できる者も、魔法を十分な攻撃魔法として使用することができる者も限られている。嘘偽りなくこれが最善なのだろう。


 ユリクスは元から悠々としているからいいとして、ライトたちは腹を据えた。


 メラを抱えたティアがユリクスたちを見上げる。


「頑張ってね、みんな」

「……お前はメラと安全な場所に居ろ」

「うん、わかってる。安全な場所で怪我人の手当てをしてるね」


 ティアには戦艦に乗らなくてもいいと言ってあったのだが、本人がそれを嫌がったので一緒に乗り込んだ。応急手当道具の入った魔道袋は既に渡してある。


「それじゃあ、出発するよ」

「「「おー!」」」


 カラルの号令で戦艦が海に向かって動き出す。


 動く船に乗るのは初めてだったので、魔獣の元に辿り着く前に乗り心地を楽しむ時間はあるだろうかと暢気なことを考えていたユリクスたち。しかしそんな時間はなかった。


 魔獣とはまだ距離があったのだが、想像以上に戦艦のスピードが速く、ぐんぐん魔獣の影が大きくなる。そして。




 クォォォォォオオン!!




 近づいてわかる、その威容。


 大蛇のような体は海面から出ている部分だけでも二十メートルはあるか。いや、少し離れた位置に尻尾も出ている。それも含めれば約二十五メートル。海面から出ていない部分を含めればもっと。


 体の表面についている人魚の鱗は薄青色に輝き美しくもあるが、牙を剥き出し威嚇してくる獰猛さを隠さない頭部がその美しさを台無しにしている。


 辺りに響く重低音の唸り声と血走った龍眼は大きなプレッシャーを放ち、冒険者たちを総毛立たせる。息が詰まり、体中から汗が止まらない。こんな魔獣は知らない。広まる絶望感。小さな後退りの音がそこかしこで聞こえてくる。


「しっかりしろっ!!」


 普段穏やかなカラルの初めて聞く一喝で冒険者たちの意識が魔獣から離れる。無意識に止めてしまっていた呼吸が再開され、咳込む者たちがいる。


 先頭に立ち、魔獣と向き合いながらカラルは続けた。


「僕は言ったぞ。君たちの役目は僕の魔法の補助だけだ。それ以外のことはしなくていい。それでも十分に勝てると。気張れ、もう戦いは始まっている」


 圧を孕んだカラルの言葉を聞き、冒険者たちが震える体を懸命に抑え込んで魔獣に向き合う。後退りする者はいなくなった。カラルを中心にして集まり、迎撃の準備に入る。


 なるほど、とユリクスはカラルが支部長となった所以(ゆえん)を理解した。これだけ強大な敵を前にして怯まない度胸。周りの者を鼓舞し、統率するカリスマ性。そして、冒険者たちが怯むことを予期してのユリクスたちに任せるという先見の明。


 ただのゆるい支部長ではないようだ、と認識を改めた。


「来るぞ!」


 魔獣が顎門(あぎと)を大きく開き、口内で紫電を纏った水弾を発生させる。それは渦を巻き、レーザーのように真っ直ぐに戦艦に向かって放射された。


「はぁっ!」


 カラルが魔獣と同じように水をレーザーのように放射する。かなり高威力ではあるが、魔獣の方が威力は上だった。


 衝突した魔法は一瞬の膠着の後、カラルが押され始める。


「俺たちも魔法を展開するんだ!!」

「支部長に続けっ!」


 冒険者たちがカラルの魔法に纏わせるように次々と魔法を展開する。一人一人の威力はかなり弱く、十分な攻撃魔法にはならない。しかしカラルの魔法に複合されていき、一つの複合魔法として威力が高まっていく。


 押されていた状態が膠着状態になり、やがて爆散した。


「やった!」

「魔獣の魔法を相殺できたぞ!」


 冒険者たちから喜色の声が上がる。だが、戦いはまだ始まったばかりだ。


 クォォォォォオオン!


 魔獣が一鳴きすると、戦艦の横の海面から一つ、二つ、三つと渦を巻いた水が噴き上がり、それは水龍を(かたど)ったものに変わる。徐々に増えていったその数、およそ二十。


「なんだよこれ……」

「うそだろ……海水まで操れるのかよ……」


 冒険者たちが絶望に染まった言葉を零す。だが、辺りを漂う絶望感はすぐに払拭された。


 甲板の中央にいたユリクスが自身を中心に水龍と同じ数の雷槍を展開。そして発射。動く的に当てる難しさなど物ともせずに次々と雷槍で水龍を爆散させていく。


「でたー! 兄貴の《雷槍(サンダーランス)》! よっ! 痺れるほどの神業!」

「まぁ確かに他の人にはできないわよねぇ。それにしてもライト、その安直なネーミングセンスどうにかならないの?」

「おいおい、ユリィの奴すげぇじゃねぇか。もしかしてめちゃくちゃ強ぇのか?」

「そういえばあんたは検問でもたついてたから魔力証を見てなかったわね。ユリィは〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟よ」

「マジかっ!」


 ユリクスの(しん)()った魔法技術と、大魔法――本人はそう思っていない――を使っても息一つ乱さない様子に冒険者たちが愕然とする中、ユリクスパーティーの面々は暢気なものである。


 グギャォォォン!


 水龍を瞬殺されたことに怒ったような鳴き声を発し、魔獣が尻尾を戦艦に叩きつけようと振りかぶる。


「お、ボクの出番っスね」


 ライトが素早く二丁の銃を顕現(けんげん)する。


 ドバンッ! ドバンッ!


 《銃炎弾(フレイムバレット)》を放つ。高速で迫りくる尻尾に正確に当てる。痛みと衝撃で弾かれ、海に戻っていく尻尾。ユリクスの魔法ほど神業ではないにしろ、こちらの狙撃技術も十分精錬されている。


 ユリクスとライトの華麗な迎撃を間近で見て、冒険者たちの間で希望が生まれる。だが、魔獣の予想外の行動で冒険者たちのやる気は削がれることとなった。


 グルルルル……


「え、どういうことっスか」

「こりゃまじぃぞ!」


 魔獣が低く唸り声を上げたかと思えば、なんと戦艦に背を向け海の中へ逃げようとするではないか。魔獣が早々に逃げるという手を使うことにも驚愕だが、そんなことよりもこれだけ強大な魔獣を野放しにするわけにはいかない。


「そうはさせないわ!」


 リアナが神器の大鎖鎌を顕現し、魔獣に鎖を巻き付ける。身体強化を目一杯施し踏ん張るが、魔獣の力は強く、リアナの体が徐々に海へ引き寄せられていく。


「くっ……!」

「手伝うぜ!」


 リューズも身体強化を施し、鎖を引っ張る。元々力のあるリューズが身体強化を施して加わったことで体が引き寄せられることはなくなったが、魔獣をこちらへ引き寄せることまではできていない。拮抗状態が続く。


「……ライト、お前が攻撃しろ」

「了解っス! ……って、あれ、兄貴は?」

「……」

「ユリクス君には出来れば控えてもらいたいんだよね」

「どういうことっスか?」


 先程大魔法を使った反動で乱れた息を整えたカラルが会話に入ってくる。その言葉にライトは疑問符を浮かべた。カラルは真剣な面持ちで言った。


「雷魔法をあの魔獣に使えば、魔獣を通して海に甚大な被害が出てしまう。海産物や水質に悪影響が出てアクアトラスにとっては大打撃だからね」

「そんなこと言ってる場合なんスか!?」

「いざとなれば戦ってもらうけど、どうだいユリクス君。君は他に手がないと思うかい?」

「……」


 ユリクスが黙り込んでいると。


 クォン!


 動けないことに痺れを切らしたのか、魔獣が振り返り再び水電放射(レーザー)を放とうとする。


「させるかよっ! どっせいりゃ!」


 リューズが顕現させた神器の大鎚の柄を長くし、身体強化と巨体化魔法を施した怪力で魔獣の顎門を下から打つ。強制的に口を閉じさせられた魔獣は口内で魔法を爆散させ、「キュォォォン……」と弱々しく鳴いた。相当効いたらしい。


「へぇ、あの大鎚は柄の長さが自由自在なんだね」

「……」

「ユリクス君?」


 カラルの呼び止めを聞き流し、ユリクスがリューズに歩み寄っていく。


「……リューズ、お前の力で魔獣を陸まで飛ばせるか?」

「陸までか?」


 船から陸は見える位置にあるが、それでもかなり距離がある。その間を飛ばせと言われても酷な話であるが、リューズは不敵に笑った。


「……やってやろうじゃねぇか。任せなユリィ」

「……頼んだぞ」


 リューズは頷いてから瞑目し、魔力を極限まで高めていく。膨大な魔力の圧に周りの冒険者たちはたたらを踏んだ。


「……ライト、リアナの援護を」

「了解っス!」


 ライトがリアナと共に鎖を引き、魔獣がその場から動けないようにする。


 怯んでいた魔獣が体勢を立て直し、再び水電放射(レーザー)を放つ準備を始める。


「冒険者諸君、もう一度いくよ!」


 水電放射(レーザー)が放たれたのと同時にカラルが水魔法を放出。冒険者たちが魔法の補助を加えて爆散させる。各々が修羅場をくぐり抜けてきた冒険者なだけあって、二度目の手際の良さは一度目とは比較にならない。


 そして、リューズの準備が整った。強化されていた腕が更に太くなり、その腕で大鎚を大きく振りかぶる。


「いっくぜぇ! どっせいりゃあっ!!」


 グギャンッ!


 柄を伸ばした大鎚を魔獣の胴体に横から叩き込み、膨大な魔力で施した身体強化と巨体化魔法を使って弾き飛ばす。リアナがベストタイミングで神器の顕現を解き、魔獣はくの字型に折れ曲がって吹っ飛んでいった。


 己の勢いでふらついたリューズをユリクスが支え、言った。


「……俺も飛ばせ」


 その言葉にリューズは目を見張った。それはユリクスにとって危険な行為だからだ。だが、リューズはその瞳に信頼を乗せて頷いた。


「おう、わかった」

「……頼む」


 少し弱まっていた身体強化を再び強化し、大鎚を振りかぶる。


「足折るなよ!!」

「……そんなヘマはしない」


 猛スピードで振られた大鎚の面に軽やかに着地したユリクスは、強力な身体強化と膝のバネを使って体への負担なしに魔獣と同じ方向へ吹っ飛ぶ。


 激痛により陸でのたうち回っている魔獣に急接近する。吹っ飛んできた勢いをそのままに魔獣に横蹴りを見舞った。


 グギャォォォォン!


 魔獣が吐血し、悲鳴に泣きが混じる。だが魔獣もただではやられない。ユリクスに向かって水電放射(レーザー)を放とうと口内で魔法を発生させる。


 それにすぐさま反応したユリクスは魔獣の下顎を宙返り蹴りで打ち上げた。魔獣が弾かれるように上を向いて口内で魔法が爆散し、またも痛打が入る。ユリクスはリューズが神器と身体強化、巨体化魔法の三つを使用して行ったことを身体強化のみでやってのけた。


 しかしそれに(おご)るユリクスではなく、今度は側頭部に蹴りを見舞う。魔獣が横に吹っ飛んでいく。


 全身を打ち付けた痛みに耐え、ふらふらと体を揺らして起き上がった魔獣はゆっくりと飛翔し、海に向かう。恐らく海の方が戦いやすいと本能で察したのだろう。だがそれを許すユリクスではない。


「……させるか」


 海と砂浜の間に網目状の紫電を広範囲に展開。それは壁となり、魔獣の進行を妨げる。まさか行く手を遮られるとは思っていなかったのか、魔獣が紫電の壁に衝突する。電流で全身を痺れさせた魔獣は「キュォォォォン!」と悲鳴を上げ、地面に落下した。


 体が痺れて動けない魔獣にユリクスが接近する。抜き身の黒刀を顕現し、右腕を軽く上げて引き、地面と平行に構える。ユリクスの目が獣の如くギラつき、魔力放出が急速に高まる。ギラついた瞳とは不釣り合いな落ち着いた声が響く。


「……黒刃紫輝流刀術」


 ヤバいと思ったのか魔獣が急いで飛翔しようとする。だが、もう遅い。


「……〝雷龍連舞〟」


 ユリクスが身体強化と雷魔法を纏って超加速し、黒刀を前へ突き出す。強烈な突き技が魔獣の体に穴を開け、続けざまに縦、横、斜めに斬りつける。不規則に黒刀が躍り、魔獣の体に無数の赤い線と穴が刻まれていく。


 連撃を終え、ユリクスは一旦距離を置く。魔獣はまだ生きているらしく身悶えている。流石龍種の魔獣。タフだ。


 魔獣は激しくのたうち回った後、体勢をなんとか立て直してユリクスを近づけないようにと水電放射(レーザー)を放出した。ユリクスも紫電を放出する。カラルと冒険者たち数十人がかりで相殺していた攻撃をたった一人で容易に消し飛ばす。


 魔獣が怯えたように後退りながら闇雲に紫電と水電放射(レーザー)を放つが、ユリクスが《雷槍(サンダーランス)》で掻き消し貫通させ、威力を衰えさせることなく魔獣に直撃させる。


 クォォォォォォオンッ!


 冷然と近づいてくるユリクスの姿を見た魔獣の鳴き声が命乞いにさえ聞こえてくるが、容赦はしない。


 ユリクスは天に左腕を伸ばし、魔獣の頭上で紫電の空を発生させた。徐々に広がっていった紫電の空は魔獣をすっぽりと覆うほど広がり、その空から槍の矛先が無数に顔をのぞかせる。


 そして、終焉の時を迎えた。


 紫電に覆われた上空から無数の雷槍が降り注ぐ、神の御業の如き大魔法。《雷槍の(サンダーストーム)群雨(スラスト)》。


 豪雨のように雷槍が降り注ぎ、次々と魔獣の体を貫いていく。


 辺りの砂が激しく舞い散り、血の雨が降り、魔獣の姿を隠す。


 轟音がしばらく続いた後、ようやく雷槍の雨が止み、遅れて血の雨が止む。舞っていた砂が落ち着きを取り戻し、辺りを静寂が包み込む。


 美しい砂浜には似つかわしくない、魔獣の凄惨な亡骸と血の海が姿を現したのだった。


 息一つ乱さずに自らが作り出した惨状を見据えていると、戦艦が浅瀬に到着しティアたちが真っ先に降りてくる。


「兄さん、お疲れ様」

「ガウガウ!」

「兄貴やっぱすげぇっス! 圧倒的だったっス!」

「ほんとすげぇよ。俺なんかあれだけの身体強化と魔法を使っただけで魔力切れでへろへろだってのに」

「あんたはよくやったわよ。ユリィが規格外なだけ」


 ティアたちがいつものように労ってくれる。それに頷いて返事をするユリクス。すると、リューズが(おもむろ)にユリクスたちに向き合った。リューズの表情は穏やかだが少し不安げで、その表情にユリクスたちは首を傾げる。


「なぁ、俺ぁお前ぇさんたちの……アクアトラスの役に立ったか?」


 普段のリューズからはかけ離れた、凪いだ水面のような静かな問いかけ。その問いを受けて、ユリクスを除く面々は優しく微笑んだ。


「当然でしょ。あんたがいなかったら魔獣に逃げられてたわ」

「すごい心強かったっス!」

「リューズがいたから勝てたんだよ」

「ガウッ!」


 そして、ユリクスは腕を組み、愛想なく言った。


「……お前がいなければ俺はアクアトラスに甚大な被害を出して戦っていた。……アクアトラスを守ったのはお前だ」


 ユリクスたちの言葉を聞いてリューズは目を見張った後、顔をくしゃりと歪めて晴々と笑った。


「……そうかい。そりゃよかった!」


 リューズの言葉に再びティアたちが微笑むと、船からカラルや他の冒険者たちも降りてきた。そちらに視線を転じる。


「いやぁ、総長たちから話は聞いていたけど……まさかここまでとは思ってなかったなぁ……」


 カラルが遠い目をして感想を零している。やり過ぎただろうか、とユリクスは首を傾げた。そして他の冒険者たちはというと……。


「……すごすぎる……」

「龍種の魔獣をこんな簡単に……」

「龍種の神核をここまで使いこなして龍を倒した……龍の中の王だ……」

「……龍王……」

「そうだ……龍王だ……」


 龍王ユリクス万歳!! と冒険者たちから喝采が上がる。どうやらユリクスの新たな二つ名ができてしまったらしい。ユリクスは虚脱した。


「龍王か……相応しい二つ名じゃないか。これは総長に報告だね」

「……やめろ」


 カラルは多少疲れた顔はしているが、にこにこと茶化してくるので大丈夫そうだ。


 カラルが冒険者たちに向き合う。


「さて、みんなにはギルドから相応の報酬を出すよ。楽しみにしておいてくれ。みんなお疲れさま~」

「「「おー!」」」


 犠牲者なしで魔獣を倒したことと、ギルドからの報酬ということで冒険者たちのテンションは有頂天だ。ライトたちも「報酬いくらっスかね! 楽しみっス!」と喜んでいる。


 だが、ユリクスには未だひっかかることがあった。何故、魔獣は途中逃げようとしたのか。相当痛めつけられた後であれば、生存本能が働き逃げることもあるかもしれない。だが、あの時はまだ魔獣には余裕があった。……やはり解放者(リベレイター)が関わっているのだろうか。


「考えても答えは出ないよユリクス君」


 隣に並んできたカラルがにこりと笑いながら言う。考えを読まれたことにユリクスは渋面になった。やはりこの支部長はただの優男ではない。


一先(ひとま)ず、今回の件は総長に報告する。君も総長と会ったら話してみるといい」

「……別にいい」

「あはは、ほんと君って関心がないんだなぁ」


 気になりはしたが進んで解放者(リベレイター)たちに関わりたいとは思わないし、ゲオルグに会うのも気が乗らない。だが、指名依頼を断れば相棒いきという拷問が待っているので拒否もできない。ん? そもそも今回のように調査に同行するのは相棒いきと同じようなものではないのか? と気づいてしまえばユリクスは顔を顰めるしかない。


 面倒だなぁ。




 ――だが、それ以上に面倒なことがある。




 ユリクスは背後を振り仰いだ。視線だけで射殺せるのではないかと思えるほどの圧を瞳に宿して。しかしその視線の先には青い町並みがあるだけで誰もいない。


「どうしたんだい?」


 カラルが不思議そうにユリクスに問いかけた。


「……いや、なんでもない」


 その言葉に嘘はない。もうなんでもなくなったから。


 こちらに向けられた()()()()()()()は、もう消え去ったのだから。


 しかしユリクスは警戒を完全に解くことはしなかった。




 ◇◇◇




 アクアトラスの建物の上から森の中へ移動している影がいた。猫背気味で背はそこまで高くない。


「流石……だな」


 影がか細い声を紡ぐ。


「気配は消したつもりだったんだ……けど」


 声音はオドオドしていて自信がなさそうだ。


「龍種の魔獣もあんまり時間稼ぎにならなかっ……たし」


 落ち込んでいるようで、その実声音はそこまで変わっていない。どうやら普段からこの調子のようだ。


「でも、まぁいい……かな。準備はちゃんと進んで……るし」


 影が顔を上げ、木々の間から差し込む光が顔に当たる。若い青年のようだ。


「あとはあいつが……イヴァンが邪魔さえしなけ……れば」


 イヴァン。ライトたちを助けた鷲獅子の一族の青年。


「大丈夫、きっと上手く……いく。あの方も喜んでくださる……はず」


 ふふ、と控えめな笑みを零しながら青年は森を歩き、その先の山へと向かったのだった。






お読みいただきありがとうございます。


本来、陸が見えるような距離は航行してはいけないそうです。


次回の更新は3日です。

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