〝決別の日〟
かつて、人類は三つの種族に分類されていた。
神により神核を体に埋め込まれる形で魔法という恩恵を得たとされる――〝神人族〟。
神人族の中でも国を治めた――〝神王族〟。
数は多いが特別な力を持たず、神人族の庇護のもと生活していた――〝人間族〟。
さらに、神人族は七つの一族で構成されていた。
龍の魂を持つ神から〝雷〟の魔法を授かった龍の一族。
不死鳥の魂を持つ神から〝不死〟の魔法を授かった不死鳥の一族。
炎虎の魂を持つ神から〝炎〟の魔法を授かった炎虎の一族。
鷲獅子の魂を持つ神から〝風〟の魔法を授かった鷲獅子の一族。
蠍の魂を持つ神から〝毒〟の魔法を授かった蠍の一族。
妖狐の魂を持つ神から〝変容〟の魔法を授かった妖狐の一族。
人魚の魂を持つ神から〝水〟の魔法を授かった人魚の一族。
七つの一族がそれぞれ作り上げた七つの国では、神王族が国を治め、神人族が魔獣から人々を守り、人間族が農耕や酪農、商いを行い経済を回すことで成り立っていた。
しかし、その均衡は突如崩れた。
ある日、すべての国において同時に人間族が反旗を翻し、神人族の殺戮を始めたのだ。
予兆もなく行われた突然の殺戮に、神人族たちはなすすべもなくその身を血の海に沈めていった。
そして、丁度心臓の位置にあたる胸の部分に埋め込まれていた神核を一人残らず抉り取られていった。
人間族が神人族の庇護を離れることとなったこの反乱は、後に〝決別の日〟と呼ばれるようになった。
現在から十年前の出来事である。
◇◇◇
「それにしても、獣族の奴らを根絶やしにしたってのに魔獣の数は減らねぇな」
「そうだな。まぁ、魔獣がいるから俺ら冒険者は食っていかれるんだけどな」
獣族とは現在における神人族の蔑称である。
神人族が鏖殺された原因は魔獣であった。『一族と魔獣の種は同じである。つまり、神人族が魔獣を使役して国を襲わせ、神人族自らが始末することによって信頼を勝ち取り、人間族を支配している。その支配から逃れ、神人族と決別するために殺戮が決行された』というのが〝決別の日〟に参加した者たちが語る真実である。
以来、魔獣を使役していた獣の一族――〝獣族〟と呼ばれるようになった。
冒険者たちの話す通り、十年経った現在においても魔獣の数は一向に減らず、寧ろ増えているとさえ噂されている。
魔獣は何故減らないのか。どうやって生まれるのか。そもそも魔獣とは何なのか。
魔獣は未だ解明されていない謎の生命体であった。
「……おい、そろそろ予定の場所だ。馬車を止めてくれ」
魔獣の話で持ち切りだった冒険者たちの声をユリクスが遮った。
馬車に乗る冒険者たちは、馬車を護衛する依頼を受けている者を除いて、依頼を遂行する場所付近で馬車を降りることになっている。そのため、ユリクスの放った言葉に珍しいことは何もない。しかし、ユリクスの冷え切った声に話をしていた冒険者たちは一斉にその口を閉じた。
馬車内の空気が最初の剣呑なものに戻る。そんな様子を意に介さず、ユリクスは黙って馬車を降りた。
ユリクスがいなくなったことで一息ついたような冒険者たちの雰囲気を感じ取りながら、馬車が走り去っていくのをユリクスは一顧だにせず見送るのだった。
◇◇◇
馬車を降りた地点から森の中を一キロメートルほど歩いた地点にユリクスの目的の場所はあった。
上から森を見ればぽっかりと穴が空いたように見えるであろう広い土地。そこに綺麗とは言い難い少し錆びれた物寂しい白い建物があった。
入口であろう透明な両開きの扉の前には、警備員と思われる男が二人。スーツ姿ではあるが、その凶相は明らかに堅気の者たちではない。誰も通さぬといったその様子に、しかしユリクスは悠々と正面から近づいていく。
近づいてくるユリクスに早くも気づいた男たちは、胸ポケットから刃物の柄と思われる物を取り出した。すると、柄が淡い光を帯び、先からククリナイフの刃が出現した。魔力を消費することで使用できる魔道具である。
神核を持たない人間でも、自身の魔力を使い身体を強化することと、魔道具を使用することは可能なのである。
「おい、そこのお前。ここは誰も通すわけにはいかない」
「どうせギルドから依頼を受けた冒険者だろうが、たった一人で来るとはな。抵抗しなければ痛くないようにあの世へ送ってやる」
男二人は揃って下卑た笑みを浮かべると、そのままユリクスに斬りかかる。それを最低限の動きで軽やかに躱したユリクスは落ち着いた様子で男たちに向き直る。
「テメェ……!」
「調子に乗りやがって!」
体全体に淡い光――身体強化を施し、先程よりも鋭い動きで再び斬りかかってきた男たち。その腕を、今度は躱した拍子に手刀で叩き落とす。痛みで武器を落とし、よろける男たち。
「ッ……!」
「ぐぅ……!」
男たちが呻いている間に、落としたナイフの一本をユリクスが鷹揚な動作で拾う。それを見て顔色を変える男二人。
「なめてんじゃねーぞガキがぁ!」
武器をなくした男たちは半狂乱になり、ユリクスに殴り掛かろうと駆けてくる。対してゆったりとした歩調で男たちに歩み寄ったユリクスは、先程までの鷹揚な動作が嘘のように鋭い動きでナイフを振るい、男たちの首に深い傷を負わせた。
首から大量の血が迸り、男たちはそのまま崩れ落ちた。
ナイフをその場に捨てたユリクスは門番のいなくなった扉をくぐり、中に入る。すると、けたたましいサイレンが施設内に鳴り響いた。おそらく認証も何もせずに入ると警報が鳴る仕組みになっていたのだろう。
大勢の人間が激しく動き回っている気配をユリクスは感じ取ったが、構わず進み続ける。
ユリクスが何故隠れずにこんなにも堂々と施設内を闊歩しているのかというと、それは、ユリクスの今回受けた依頼が施設内の研究員の殲滅だからである。
ここは違法に作られた研究所。その研究内容は少し前までは謎に包まれていた。しかしギルドが送り込んだスパイによる調査で、人体実験などの非人道的なものであることが明らかになった。
始めはすぐに研究をやめるようにとの警告だけであったが、全く研究をやめようとせず、さらにはギルドに対して敵対行動をとるようになったため、研究所の壊滅というAランク依頼となったのである。
施設内の設備や実験に使われたのであろう〝人間だったもの〟には目もくれずに歩き続けるユリクス。その前に、銃を携帯した大勢の研究員たちが立ち並んだ。本来ならば絶望的な状況であるが、それでもユリクスは表情一つ動かさない。
徐に右手を広げるユリクス。すると、掌中に紫電が発生し鋭く伸びていく。素早い変化はすぐに止まり、紫電は一刀の黒い抜身の刀へと変わった。
神核は所有者に魔法の力を与えるだけではない。その者に強い意志が芽生えると、それに応え、その者に合った武器へと形状を変える。それは〝神器〟と呼ばれ、一度顕現してしまえばその後は自由に顕現可能になる。
指揮官と思われる研究員の男の「撃て!!」という言葉を合図に一斉に銃弾が発射される。それを人並み外れた瞬発力で研究員たちの懐に入り込んで避けたユリクスはそのまま黒刀を薙ぐ。
すると、まさに紫電一閃。強力な剣圧に研究員たちの首や胴が次々と切り離され、先程まで白かった壁や床が赤に染まる。多くの人間がいたそこにはユリクスだけが立っていた。
頬についた返り血を無表情のまま乱雑に袖で拭うユリクス。その表情に人を殺した罪悪感の色はない。
再び歩き出し、コツコツという足音がまるで地獄へのカウントダウンのように施設内に響く。
手当たり次第に見つけた扉を開き、中に研究員がいれば問答無用で斬り殺す。重要そうな設備を見つければ、気まぐれに破壊しておく。
持っている銃で抵抗する者もいれば、懸命に命乞いをしてくる者もいる。しかし皆に平等に死を運ぶ。
中には自らも残酷な実験をしているというのに、ユリクスに対して「お前は悪魔だ!」と叫ぶ者もいる。しかしユリクスの表情は一切変わらず斬り殺す。その姿はまさに死神の如く。
扉を開いて殺して。向かってくれば殺して。逃げようとすれば殺して。
殺して。殺して。殺して。
そして、突然の侵入者に騒然としていた施設内にはついに静寂が訪れた。
ユリクスが通った後には死屍累々の光景。数分前まで白かった世界が赤に染まっている。
ユリクスは自らが歩いてきた道を振り返ると、赤に染まった世界に初めて顔を顰めた。目を閉じて、まるで何かを振り払うように首を左右に振ると、今度は正面を見据えて再び歩を進めた。
静かにはなったが、まだ確かに人の気配があったからだ。
施設の最奥まで来ると少し開けた空間に出た。空間の奥には幾重にも鎖を巻かれ、数か所に南京錠をかけられ、厳重に閉じられている重そうな両開きの扉。その手前に一人の若い男が立っていた。今まで斬り殺してきた研究員たちのような白衣は着ていない。
男は突然の侵入者にも取り乱した様子はなく、寧ろ待ってましたと言わんばかりにユリクスの方を見据えている。
「おいおい、どんな侵入者が来たのかと思えば、一匹狼かよ。こりゃ俺もついてないぜ」
おちゃらけたような態度で大げさにのけぞる男。
「……冒険者か」
「あぁ。ここの研究員にこの扉の警護を裏ルートで依頼された、な」
やれやれというように首を緩く振る冒険者の男。帯剣しているが、引き抜く様子はない。
「もう依頼してきた研究員もいないっぽいし、俺のことは見逃してくれないかねぇ?」
「……早く去れ」
「おー、さんきゅ」
ユリクスの依頼はあくまで研究員たちの殲滅。部外者である冒険者の命まで取るつもりは一切なかった。面倒だから。
軽い礼を言いながら、手をひらひらと振ってユリクスの横を通り過ぎていく男。一瞥もくれず見送るユリクスだが、その目はどこか険しい。
男の歩いていくカツカツという靴音だけが響く中、突如、空気が張り詰めた。
ガキンッ!!
黒刀と風を纏った剣が激しい音を立てて打ち合わされた。冒険者の男がすれ違いざまに剣を引き抜き、ユリクスに斬りかかったのだ。男は悪意に染まった笑みを浮かべていた。
「ありゃ、不意打ちでいけると思ったんだけどなぁ?」
「……殺気が隠しきれていない」
「上手く隠したつもりだったんだけど、さすが一匹狼」
互いに刀と剣を押し合い、距離を取る。
「……神核持ちか」
風を纏った剣を見て呟くユリクス。その言葉に「ご名答」と笑う男。
「……何故戦う? お前はここの研究員じゃない。見逃せというなら俺は黙って見逃す気でいた」
「うん、知ってる。でも俺ずぅっとお前のこと気に入らなかったんだよね。お前の年齢じゃ〝決別の日〟には参加できなかったはずだろ? なのになんでSランク相当の神核なんて持ってるわけ?」
「……」
問われて険しい顔で黙り込むユリクスとは対照的に、顔に笑みをはりつけ続けている男。その笑みには明確な嫉妬の感情が込められている。にやりと笑い「だからさぁ」と男は剣を構えなおす。
「その神核よこせよっ!」
身体強化と風魔法によって、常人離れしたスピードで男が迫る。対してユリクスも身体強化を自らに施し、迫りくる剣を黒刀で受け止めた。斬りつけ。往なし。受け止め。押し合い。そして再び斬りつけ。互いに激しく打ち合い、広い空間に丁々発止が響く。
「うわ、さすが神器。かったいなぁ!」
風を纏わせ強化した剣でも折れぬ刀に、息を乱しながら男が笑う。しかし、互角の剣戟が繰り広げられた後とは思えないほど悠然としているユリクスに男は訝しんだ。
「なんでそんな余裕なわけ?」
「……別に。ただ、そちらが魔法を使うなら俺もそうするまでだ」
互角の剣戟を繰り広げたと思っているのは男だけ。何故なら、ユリクスはまだ魔法を使っていなかったのだから。
黒刀を持っていない左手を前にゆったりと突き出すユリクス。すると、ユリクスの周りに紫電でできた鋭い槍――雷槍が数多く出現する。その光景に表情を引きつらせ、冷や汗を流す男。
「おいおいうそだろ……なんだよその魔法……」
神核所有者たちにとって、魔法とは武器や身体の強化など補助的な役割であることがほとんどである。高いランクの神核を所有し、それを使いこなす手練れの冒険者であっても、蠍種の魔獣を一撃で仕留めてみせたユリクスのように、弱い魔獣に対して有効な魔法を一発撃てるだけで称賛を受ける。
まして今ユリクスが発動したような、魔法を自由自在な攻撃手段として扱えるような〝規格外〟は、ギルド総長のような極々一部の伝説級冒険者、あるいは訓練を積んだ神人族くらいのものである。
男が震える唇を動かす。
「……わ、悪かった、もう戦わない。だからもうやめにしよう? な?」
嫉妬に狂い、ユリクスの実力を見誤った男は、剣を床に突き立て必死に懇願する。しかしユリクスが数多の雷槍を消すことはなかった。そして、無表情のまま。
「……もう遅い。お前は俺を殺そうとした。……だから俺も、お前を殺す」
「ひっ」と情けない声を漏らす男に向かって、一斉に雷槍が発射された。男は必死に剣で切り落とそうとするが、雷槍の弾幕になすすべもなく次々と貫かれていく。後に残ったのはいくつかの焼け焦げた肉片だけであった。
戦闘――ほとんど一方的な蹂躙であったが――を終えたユリクスは疲れた様子もなく肉片から視線を外して、異質な扉を見据えた。
幾重もの鎖と錠で閉ざされた扉。道中の設備には何の興味も示さなかったユリクスだったが、この扉には吸い寄せられるかのように近づいていく。ユリクス自身にも、何故自分がこの扉の先を気にしているのかはわかっていなかった。ただ、どうしても開けなければならないような気がしたのだ。
この扉の先にあるのは希望か、はたまた絶望か。ユリクスにとってどちらになるかわからない。ならば開けずに不変のままがいいのかもしれない。しかし、ユリクスは開けることに決めた。もしも自分に害なすものならば、すべて斬り伏せてしまえばいいのだから。
ユリクスが黒刀を一振りすると、あっけなく鎖は断ち切られた。そのまま左手で重い扉の片側を押し開く。ゴゴゴと重厚な音を立てて少しずつ扉が開いていく。そして片側は完全に開かれた。
するとそこにいたのは……一人の少女と一匹の異様な獣だった。
お読みいただきありがとうございます。
何故魔法の力を持っている神人族がなすすべもなく人間族に蹂躙されたのだろうかと不思議に思った方もいるかもしれません。確かに魔法の力を持ってはいますが、神人族の価値観は私達と変わりありません。あくまで戦ってきたのは魔獣であり、人間を殺すこと自体に忌避感を抱いていますし、突然目の前に凶器を持った人が現れれば恐怖します。また、大切な人が人質にでもとられてしまえば抵抗も碌に出来ません。
そういうことで納得していただければと……。
用語集
・七つの一族:雷魔法を使う龍の一族・不死の魔法を使う不死鳥の一族・風の魔法を使う鷲獅子の一族・炎の魔法を使う炎虎の一族・毒の魔法を使う蠍の一族・変容の魔法を使う妖狐の一族・水の魔法を使う人魚の一族がいた。
・決別の日:十年前に起こった神人族が蹂躙された事件。神人族の心臓の位置にあたる胸の部分に神核は埋め込まれており、殺されて抉り取られた。
・神核(改訂版):七柱の神から七つの一族が授けられた魔法を使えるようになる宝石。かつては七つの一族がそれぞれ同じ種類のものを所有していた。(例としては、龍の一族では全員が雷魔法を使用できる神核を持っている、鷲獅子の一族では全員が風魔法を使用できる神核を持っている、みたいな感じ)十年前の〝決別の日〟を境に一族ではない人が所有するようになった。質と大きさによって依頼と同じランク付けがされており、ランクが高いほど所有者の魔力を増幅させる。ちなみに、神核はその神人族が生まれた時から親からの遺伝によって胸に埋め込まれている。
・神器:神核を所有する者に何らかの強い意志が芽生えると顕現する武器。所有者に適した形状になる。一度顕現してしまえばその後は自由に出し入れ可能になる。神器の強度はその人の意志の強さに比例するが、鋼鉄であることに変わりはない。
・獣族:神人族の蔑称
・魔力:魔法を使用する際に消費するエネルギー。全ての人間に魔力はあり、神核を持っていない場合でも、身体強化や魔道具は使用することができる。身体強化も魔法と同じで〝密度〟と〝イメージ〟によって強弱が決まる。




