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少女と獣

 厳重に閉ざされた扉の先にいたのは、不安そうな一人の少女とこちらを警戒した様子の一匹の異様な獣。


 少女はユリクスより少し年下の十七歳ほど。赤みがかった長い金髪と、琥珀と真紅の瞳を持つオッドアイ。待遇は良くなかったようで、薄汚れた白いワンピースのような布を纏っている。


 そして、その少女を守るように寄り添っているのが複合種の魔獣に近い姿をした獣。しかし、魔獣のような禍々(まがまが)しさはなく、雰囲気は動物に近い。


 よく観察してみると、頭は狐、尻尾も狐だが三本生えている。体の前半分は虎で、下半分は鷲獅子。背中には不死鳥と思われる赤みがかった翼が生え、脛のあたりには人魚のような鱗があった。口からはみ出ている鋭い牙は恐らく龍のもの。威嚇して逆立っている尻尾の先にはよく見ると針のようなものが――恐らく蠍のものだろう。


 全ての種を混ぜた複合種の魔獣が発見された事例はない。この場所にいることからこの研究所で人工的に作られた可能性は高いだろう。しかし、魔獣を合成したのであれば魔獣特有の狂暴さがないのは何故なのか。何故人である少女を襲わず、守るように寄り添っているのか。


 目の前の獣の謎の多さに(いぶか)り、しばらく黙り込んでいると、それを怒っていると勘違いしたのか少女の不安の色が濃くなった。


「…………ます……」

「……なんだ」


 掠れた小さな声で紡がれた言葉を聞き取れず、ユリクスは反射的に聞き返す。すると、少女は一瞬怯えたようであるが、今度は掠れながらも聞き取れる言葉が少女から発せられた。


「……おねがいします。なんでもします。ちゃんということききます。……だから、ころさないでください……この子も……おねがいします……」


 可憐な声で紡がれる懇願の言葉。怯えのせいかたどたどしくはあるが、内容自体はすらすらと出てくることから言い慣れているであろう言葉。恐らくこの場所で生きていくために身に着けた手段が懇願なのだろう。


 ここの研究員たちと同じような存在だと認識されたことで不快げに眉をひそめたユリクスだったが、「……はぁ」と一つ溜め息をつくと元の無表情に戻り、少女たちを真っ直ぐに見据えた。


「……俺はここの施設の人間じゃない。お前たちのことを殺すつもりはないし、どうにかしてやるつもりもない。もうお前たちは自由だ。……後は好きにしろ」


 その言葉に目を見開く少女。獣の方も賢いのか、言葉を理解したように徐々に警戒を解いた。


 扉の先にあったものはなんてことない少女と獣。拍子抜けしたユリクスはもうこの場所に用はないと踵を返したが、その時。


 ガシャァァァン!! ドゴォォォン!!


 轟然(ごうぜん)たる破壊音が施設中に響き渡った。


 何事かと、少女と獣を放って音のした方向へ足早に向かうユリクス。


「……なんでついてくる」


 後ろから獣に乗って少女がついてきていた。


「好きにしろって言われたから」

「……ついてきていいとは言っていない」

「ついてきちゃいけないとも言われてない」

「……」


 ユリクスに対してすっかり警戒も怯えも解き、強気で押し問答してくる少女。これが少女の本来の性格なのであろう。


 詳しい状況がわからない今、少女たちを部屋に帰す時間も惜しいと「……守ってやれないぞ」とだけ言って放っておくことにした。少女の方も「邪魔にならないようにする」と答えてユリクスの少し後ろをついていく。


 ガァァァアアア!!!


 すぐ近くから禍々(まがまが)しい咆哮が響いてきた。


 声の方へと向かって走り、廊下の角を曲がる。そこにいたのは、研究に使われていたのか、あるいは外から迷い込んできたのか。炎虎種、妖狐種、人魚種の魔獣が暴れていた。


 人魚種の魔獣は水中だけでなく空中も泳げる特性を持っているので、森の中でも普通に遭遇する。またその姿は、人魚という名に似つかわしくない醜悪な姿をしている。


 三体は相当激しく暴れたらしい。本来は廊下の両脇に部屋があった構造だったのだろうが、壁やガラスは破壊されて一つの広い空間へと変わっている。


「……下がっていろ」

「うん」


 ユリクスは前に出た。少女たちも素直に数歩後ろに下がる。


 ユリクスに気づいた三体の魔獣が咆哮を上げながら襲い掛かってきた。


 炎虎種の魔獣が口から炎弾を放出したので、真横に飛ぶことでそれを回避する。すると、それを待っていたかのように、人魚種の魔獣がユリクスが飛んだ先の方向から水魔法を繰り出した。薙ぐように放出された水は、研ぎ澄まされた刃物のようによく切れる危険なものだ。ユリクスはそれを顕現(けんげん)した黒刀で斬り裂く。そのまま人魚種の魔獣に斬りかかろうとした。


 しかし、今度は変容の魔法を使う妖狐種の魔獣が尾を鉄化させて振り下ろしてくる。ユリクスは横に飛ぶことで回避した。


 妖狐種の魔獣は尾を自由自在に伸縮できる個体が多いので、なかなか厄介だ。


 ドガァァン!!


 鉄化した尾が振り下ろされた場所が大きく陥没する。もしも黒刀で受けていればユリクスであれ無事では済まなかっただろう。


 三体から一旦距離を取ったユリクスは、立ち止まらずに素早く妖狐種の魔獣のすぐ目の前まで接近する。


 妖狐種の魔獣は鉄化した尾でユリクスを薙ぎ払おうとするが、その前に真後ろに飛んで回避。すると、炎虎種の魔獣が真横から放出した炎弾が妖狐種の魔獣だけを焼いた。自身の体に纏わりつく炎を払おうと尾を振り回す妖狐種の魔獣。意識が炎に向いている隙に再び接近し、暴れる尾を危なげなく回避。鉄化されていない首を黒刀で斬り落とした。


 魔獣には高い知能がないため、高度な連携はとれない。ユリクスはそこをついたのである。


 一体目を倒したユリクスは残りの二体に向き直る。


 妖狐種の魔獣が倒されたことでより興奮状態に陥ったのか、二体の魔獣が吠える。


 人魚種の魔獣が口から弾丸のような速さの水を放出する。それを高い瞬発力で回避したユリクス。ユリクスが立っていた後ろの壁には穴が開いた。


 人魚種の魔獣が立て続けに水を放出してくる。このままでは接近できないと判断したユリクスは雷槍を展開。正面からの水と横から飛んでくる炎弾を避けながら人魚種の魔獣に向かって雷槍を発射した。


 いくつかの雷槍は水で相殺されたが、すべての雷槍からは逃れられず二発が命中する。致命傷ではなかったものの、体が麻痺してしまった人魚種の魔獣に素早く接近。袈裟(けさ)斬りにする。即死しなかった人魚種の魔獣が最後のあがきというように、水かきのついた手でユリクスの腕を掴んできた。


 すぐ横からドンドンと音がする。炎虎種の魔獣が近づいてきているのだ。人魚種の魔獣の手を斬り落としてトドメを刺したが、炎虎種の魔獣がかなり近づいてきてしまった。物理的な攻撃であれば、黒刀で受け流せば大した一撃にはならないだろう。一発くらい食らうかと思っていると。


「危ないっ!!」

「ッ……!」


 少女がユリクスのすぐ目の前に飛び出してきた。


 炎虎種の魔獣が鋭い爪を振り下ろし、少女を切り裂く。少女に守られたユリクスも左腕を浅く切り裂かれたが、それに構わず少女を抱えて後ろに飛び距離を取る。


 大きな傷を負った少女を床に優しく寝かせると、急いで駆け寄ってきた獣に少女を任せて再び魔獣に向き直る。


 先程まで周囲への被害を考えて力を抑えていたが、周囲を気にせず早急に倒してしまうことを決めたユリクス。黒刀に紫電を纏わせ、鋭く薙ぐ。すると、刃の如き紫電が放出され炎虎種の魔獣を両断した。


 強力な攻撃による衝撃で建物が轟音を響かせ半壊する。しかし少女たちがいる場所は無事なので構わず駆け寄った。


「おい! しっかりしろ!」

「ガウゥゥ!」


 ユリクスが少女の上体を右腕で抱え上げ、獣と共に声を掛けるが、少女は既に息をしていなかった。


 会ったばかりの他人だったとはいえ、一人の少女を自分のせいで死なせてしまったことに歯噛みするユリクス。


 しかしその時、少女の体が淡く光り始めた。すると、たちまち少女の傷が癒え始め、同時に体が縮んでいく。変化が収まると少女がゆっくりとその瞼を持ち上げた。


 一連の様子を瞠目(どうもく)しながら見ていたユリクスはあることに思い至った。


「……ん。もう大丈夫だよ」

「……お前、不死鳥の一族か」


 不死鳥の一族。七つ存在していた一族の一つで、異質とされていた一族。神から授かったとされる魔法の特性は〝不死〟。その効果は、寿命または病死以外の理由で死んだ場合、三から五年若返った状態で生き返る、というものである。


 〝決別の日〟に六つの一族は鏖殺(おうさつ)された。しかし、不死鳥の一族はその魔法の特性ゆえにほとんどが捕縛され、奴隷へと身分を堕されたのである。


 老いなどによって労働能力が落ちれば殺して若返らせればいい。買い替えの必要ない低コストな奴隷として売り出されたが、たとえ甦るとしても〝死〟に慣れる人間はそういない。数度の死で大体の者は発狂し、神核を(えぐ)り取られて処分されるのが実情であった。


「腕、貸して」


 何かを思案するように黙り込んでいたユリクスに、十三歳ほどの体になった少女が唐突に言う。腕、とは魔獣に切り裂かれた左腕のことを言っているらしい。


 一瞬(いぶか)しんだユリクスに構わず左腕をそっととる少女。そして顔を近づけると突然……静かに涙を流した。


「……っ!」


 流れ落ちた一粒の涙がユリクスの傷に触れると、先程甦った少女のように傷がたちまち癒え始めた。再び瞠目(どうもく)し、狐につままれたような表情になるユリクス。


「あまり知られてないかもしれないけど、不死鳥の一族の涙には傷を癒やす力があるの」

「……そうか」


 暫くの間呆気(あっけ)にとられていたユリクスだったが、少女の言葉に元の無表情に戻る。死なせてしまった負い目と傷を癒やしてもらった礼に、町に連れて行くくらいはしてやるかと思い直す。


「……傷を治してくれたことには感謝する。町にも連れて行ってやるが、後は勝手に生きろ」

「いやっ! 待って!!」


 少女の手から左腕を離させると立ち上がり、研究所の外へ向かおうとするユリクス。しかし少女が悲痛な声とともにコートの裾を掴むことでそれを引き止めた。そして、一度止まっていた涙を再び流しながら必死に懇願する。


「お願い、私たちも一緒に連れて行って! なんでもする! 何度だってこの体を盾にしてもいい! だからお願い……私たちと一緒にいて!」

「……なぜ……」


 ユリクスにはわからなかった。何故この少女が自分のそばにいたがるのか。優しくしたつもりはない。それどころか戦闘に巻き込み死なせもした。甦るとはいえ、死には痛みと恐怖が伴うはずだ。にもかかわらず盾にまでしてもいいと言う。


 裾を力いっぱい握る小さな手を振り払うこともできずに、ただ困惑した。


 少女が震える唇を動かす。


「……お兄さんは私が不死鳥の一族だって知っても気味悪がらなかった。道具扱いもしなかった。……私の友達の、この子のことも怖がらなかった……」

「……道具扱いされたくないなら、何故盾にしていいと言うんだ。矛盾している」

「わかってる。だけど……あの扉からお兄さんが入ってきたとき、最初は不安だったけど、でもすぐに安心に変わったの。なんでかわからないけど、これからは人として生きられるんじゃないかって思った……」


 裾を掴んでいた両手を離し、その両手を自らの胸元で握りしめて少女は続ける。


「そして今も、お兄さんは私を一人の人間として扱ってくれてる。これ以上に嬉しいことなんてないよ……。だからあなたのためなら、私、なんだってするよ」


 決然とした瞳を向けてくる少女。その姿を見て、ユリクスの頭の隅がチリリと痛み出し、脳裏に一人の女の子の姿がよぎった。


 これは、この少女は、己に課せられた罰だろうか。それとも、この少女を助けることで贖罪(しょくざい)にしろとでもいうのか。扉は開けてはならないパンドラの箱だった。けれど開けてしまったからにはもう後戻りはできないのだろう。


 ユリクスは内心で己の行いを悔いた。そして決した。


「……俺はお前の髪と赤い目を好きにはなれない」


 突然の好きになれない宣言。その言葉に今度は少女が呆気にとられる番だった。しかし、その表情は次のユリクスの言葉で歓喜に変わる。


「……それでもよければ、好きにしろ」


 そっぽを向きながらぶっきらぼうに言ったユリクス。しかし返事がないので視線を戻すと、そこには屈託のない笑みを浮かべながら泣いている少女がいた。その横で獣も嬉しそうにグルルと喉を鳴らす。


 自分がどんな思いで許可したのかも知らずに泣く少女に、ユリクスは内心で詫びた。手始めの罪滅ぼしとして少女の涙を優しく拭ってやる。それにもまたくすぐったそうに、鈴を転がすような声で少女が笑う。その無邪気さにユリクスの胸は痛んだ。そして、自分に痛む胸がまだあったことにユリクスは驚く。


 涙が止まった頃、「そういえば」と少女がユリクスに向き直る。


「私はティア。ティア・フェニシス。この子はメラ。お兄さんの名前は?」

「……ユリクスだ。好きに呼べ」


 数秒後、深く考えずにそう言ってしまったことをユリクスは激しく後悔することになる。


「……兄さん」

「……なんて?」

「兄さん」

「……………………なんで?」


 全くもって意味がわからないといった様子のユリクス。思わず口調がぶれた。その様子に少女――ティアはしれっと「欲しかったから」と言ってのける。


「……他」

「好きに呼べって言った」

「……それ以外ならなんでもいい」

「男に二言は?」

「……」


 膝から崩れ落ちたくなるのを必死に耐えるが、それに追い討ちをかけるようにティアが兄さん兄さんと呼び続ける。その横でメラも「ガウガウ!」と楽しそうに鳴き、翼をパタパタとはためかせた。


「……はぁぁぁ」と深い溜め息をつきつつも、切り裂かれた布を纏っていたティアに自分のコートを羽織らせてやる。今後は安易な発言は慎もうと心に決め、ユリクスはティアとメラを連れて半壊した研究所を後にするのだった。




 ◇◇◇




 イグレットの町までは一日歩けば着く距離だ。ユリクスたちは共有馬車が通りかかるのを待つことなく、歩いて帰ることにした。


 廃墟となった研究所を出て歩き、一晩野営をして、早朝から再び歩いて昼頃、二人と一匹はイグレットの町の関所付近に到着した。


 野営の際にユリクスが落ち込む一幕があったが、それ以外は問題なくここまで辿り着くことができた。落ち込むと言っても大したことではない。夕飯時に狩りをした際、野営慣れしているはずのユリクスよりもメラの方が圧倒的に上手かっただけだ。それにしょもんとしてしまったユリクスをティアとメラが一生懸命慰めた、というだけの一幕である。まぁ、ユリクスは感情の揺れが乏しい男なので、小さな変化に気づいたティアとメラが称賛されるべき出来事ではあった。


 関所の門が見えてくる少し前に、ユリクスが(おもむろ)に歩みを止めた。


「……そういえば、ティアはともかくメラは町に入れないんじゃないのか?」


 常識的に考えて、ティアとほとんど大きさの変わらない複合種の魔獣のような姿をしたメラが町に入れるわけがない。関所にいる人間に見つかったらその時点でパニック不可避である。そもそもここに来るまで誰もそのことに思い至らないのがおかしいのである。


 早くも詰んだな、と遠い目をするユリクス。しかしそこでティアが閃いた。


「大丈夫。メラが小さくなれば問題ない」


 ユリクスが、はて、この子頭大丈夫か? といった目を向けるが、ティアは説明も無しに胸を張って閃いたことを誇らしげにしている。


 そんな二人の様子にメラが「ハフッ」と溜め息のような息を吐くと、ユリクスに対して「自分を見ろ」というように前足でちょいちょいとつつく。


 ユリクスがメラへ視線を向けると同時に、メラの体が淡い光に包まれた。光に包まれた体は次第に小さくなっていく。そしてついに子犬ほどの大きさになると変化は止まり、光も消えた。ユリクスは唖然とする。


「……魔法か?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「……何も」


 ジトッと責めるような視線をティアに向けると、ティアは表情を変えずに「てへ」とだけ言って誤魔化した。全く誤魔化せていないが。


「メラは七種の魔法が全部使える凄い子なんだよ!」


 ユリクスの視線をものともせず、いけしゃあしゃあとまたも誇らしげに胸を張るティア。しかしユリクスはメラを褒めるではなく(いぶか)しんだ。


「……魔法が使える、ということはやはりメラは魔獣なのか……?」


 研究所でも不思議に思っていたことだが、魔獣であるならば何故狂暴性がないのか。合成した際に狂暴性が吹き飛んだとでもいうのか。


 考え込むユリクスだが、すぐにティアから「違うよ」と否定が入った。


「私、メラが生み出される時の様子、少しだけ見たよ。でも、実験に使われていたのは魔力は持っているけど魔獣じゃない虎や鷲獅子の子たちだったよ」

「……魔力はあるのに魔獣じゃないものなんて存在するのか……?」

「わからないけど、確かにそうだった」


 魔力を有する魔獣ではない生命体。ますます謎は深まるばかりであった。


 疑問は残るが、答えの出ないことを考えていても仕方ない。子犬サイズになったメラをティアが抱きしめていればとりあえずはなんとかなるだろうと気持ちを切り替えて、二人と一匹は町へと向かった。




 ◇◇◇




 結論から言えば、町には入れた。ティアが魔力証を持っていなかったことも、服のボロボロ具合から魔獣に襲われて紛失したということで話を通したため問題なかった。しかし、関所を守る役人にも、周りにいた人間にも、そして町に入ってからも、周りからの好奇の目がとても痛かった。


 それも当然だろう。ボロボロで薄汚れた布切れの上から明らかにサイズの合っていない黒いコートを羽織った可憐な少女と、その腕の中に狐なのか犬なのか何なのかわからない珍しい動物がいる。しかもそれを連れているのが、単独行動で有名なユリクスなのである。


 道を行きかう人々、特に冒険者たちの視線が二人と一匹から離れない。


 早くもティアたちを連れてきた自身の選択を激しく後悔し始めたユリクス。しかしそこに、ある意味救世主なのか拡声器なのかわからない存在が登場した。


「あれー? ユリクスさんじゃないですか! ってどうしたんですかその子! ま、まさか、誘拐!?」


 ミリアの誘拐発言が町中に響き渡り、余計に騒めく周囲。


 ユリクスは頭が痛くて仕方がなかった。


「違うよお姉さん。兄さんは私を助けてくれたんだよ」

「兄さん!? 妹さんだった!?」


「……それも違う」と天を仰ぎながら否定するユリクスだったが、ミリアの耳には一切届いていない。


「とにかくうちの宿へ! お風呂とあと服をなんとかしなきゃ!」


 ミリアがティアの背中を押して宿へ連れて行く。ユリクスもあらゆる噂が急速に広まっている気配を全身で感じながら、頭痛の酷くなる頭を押さえて二人についていくのであった。




 ◇◇◇




「じゃーん! どうですかユリクスさん! 可愛いでしょう!」

「どう? ……似合うかな?」


 宿に辿り着くと、てきぱきとした動きでミリアが二人と一匹に昼食を提供し、そのままティアの服を買ってくるとだけ言い残して風のように去っていった。


 のんびりと昼食を食べ終えた頃、ミリアは丁度良く戻ってくるなりティアとメラを風呂へ連行していった。


 一人置いてけぼりにされたユリクスは部屋に戻り寛いでいたのだが、二人と一匹がノックもなく突然入室し、冒頭のセリフである。


「……まぁ、いいんじゃないか」

「あらやだ! より一層可愛くなった妹さんに対してなんて冷たい! そこは男らしくビシッと可愛いって言ってあげなきゃダメじゃないですか!」

「大丈夫。兄さん照れ屋なだけ」


 照れ屋かどうかはともかくとして、いいと思ったのはユリクスなりの本音である。


 風呂上がりのティアは、短い丈の白いワンピースを着て腰のあたりを紐で締めている。下はショート丈の茶色のパンツを穿()き、靴はパンツと同色のショートブーツである。


 ティアの顔が元々整っていることも相まってよく似合っている。


「それじゃあ、私は仕事がありますので失礼しますね!」

「……待てミリア。服の金を払っていない」

「ユリクスさんは三年もうちの宿を御贔屓(ごひいき)にしてくれてますからね! これくらい大丈夫ですよ!」


「では!」と言い残してこれまた風のように去っていくミリア。本人がそう言うならまぁいいかとユリクスはお言葉に甘えることにした。


 ベッドに腰かけていたユリクスの隣にピタリとくっついて座るティア。その膝の上に飛び乗り寛ぐメラ。


「……そういえば、二人用の部屋に移らせてもらわないといけないな」


 ポツリと零したユリクスに、待ってましたと言わんばかりの表情を向けてくるティア。嫌な予感がする。


「お風呂の時に言われたから、一人部屋のままで大丈夫ですって言っておいた」

「……なんでだ……」


 ユリクスは頭を抱えた。その横で新しい服やベッドの感触に嬉しそうにしているティアを見て、怒る気も失せる。


「……はぁ」と短く溜め息をついてユリクスは立ち上がった。ティアが不安そうにユリクスのシャツの裾を掴む。


「兄さん? どこか行くの?」

「……ギルドに依頼完了の報告だ」

「一緒に行く」


 言うと思った、と内心で再び溜め息をつくが、きっとこの少女は意地でもついてくるだろうと思い、好きにさせることにした。


 洗濯されたコートを羽織り部屋を出ていこうとすると、後ろからメラを抱えたティアがひょこひょこと楽しそうについてくる。


 ギルドに着けばまた周りがうるさいんだろうなと少々(わずら)わしくも思うが、まぁいいかと順応し始めるユリクスであった。




 ◇◇◇




「依頼が完遂されたことは確認済みです。ご報告ありがとうございました。報酬はどうなさいますか?」

「……二万コルン受け取ろう。残りは預かっておいてくれ」

「かしこまりました」


 〝コルン〟はお金の単位である。


 石貨一枚一コルン、鉄貨一枚十コルン、銅貨一枚百コルン、銀貨一枚千コルン、金貨一枚一万コルン、白銀貨一枚十万コルン、白金貨一枚百万コルンである。


 白金貨は冒険者ではない一般人が一生働いてやっと一枚手に入れられる大金である。冒険者であってもCランクやBランクの依頼ばかりこなしている者であれば、生涯で二、三枚が限界の金額だ。


 ユリクスが今回受けたAランク依頼は人殺しの依頼内容であったため、報酬は金貨三枚のかなり高い報酬となっていた。


 報酬を受け取ったユリクスはいち早くこの場を去ろうとティアをつれて出口へ真っ直ぐに向かった。何故なら、先程から「おい、一匹狼(スール・ノワール)がほんとにガキ連れてるぞ」「誘拐したってマジかよ」「俺は妹だって聞いたぞ」「一匹狼(スール・ノワール)ってロリコンだったのか」等々、(やかま)しい話声が途絶えないからである。ちなみに、最後のだけは全力で否定しようとしたが面倒事を引き起こしたくもなかったので必死に耐えた。


 しかし、空気を読まずに爆弾を落とすのがこの少女。


「ねぇ、一匹狼(スール・ノワール)って兄さんのこと?」

「「「!?」」」

「……」


 顔を片手で覆うユリクス。


 ユリクスにティアが問い掛けたことで、冒険者たちの中で少女がユリクスの妹であることが確定してしまった。いやまぁロリコンよりはマシだが。


 妹だってよ!! 妹だってよ!! という騒めきが収まらない様子に、ユリクスはもう面倒くさいとしか思わなくなってきた。順応は大事なのである。


 一匹狼(スール・ノワール)に対する恐怖よりも、その妹の存在に興味津々といった様子でじりじりと距離を詰めてくる冒険者たち。そんな彼らを睥睨(へいげい)することで牽制すると、ユリクスはティアの背を押してギルドから脱出した。


「ロリコンにならなくてよかったね」

「……お前、わざとか」


 にこにこしているティアに反して、苦々しい表情になるユリクス。


 これ以上妹として広まらないようにしなければと思うユリクスであったが、そんなのお構いなしにコートの裾をティアが引く。


「ねぇ兄さん、町を見て回りたい」

「……その〝兄さん〟をやめたら考えてやる」

「どうしてそんなに(かたく)なに嫌がるの?」

「……」


 ユリクスの脳裏にとある女の子の姿が掠める。そして、同時に思い出されるのは、あの忌々しい〝赤〟い色。


「……さん。兄さんってば」

「っ!」


 暫くの間ぼうっとしていたらしく、ティアとメラが心配そうな瞳を向けている。自分に向けられる片側の赤い瞳にいたたまれなくなったユリクスは、「……別に」とだけ答えて歩き出した。


 歩き出してからも心配そうにしていたティアだが、店の多い中心部までやってくると、左右で色の異なる瞳をキラキラと輝かせて町を見ていた。その様子が危なっかしくもあり、ついティアの片手を取って繋いでしまった。別に(ほだ)されているわけではないのだ。そのはずだ。


 ティアが興味を示した店に立ち寄りながら歩いていると、ふと、とある店を囲むように人が鈴生(すずな)りになっていることに気がついた。好奇心を刺激されたティアがユリクスの手を引っ張り、近づいていく。


 人垣の向こうから聞こえてきたのは。


「ならボクが代わりに支払うから、今回は見逃してあげてもらえないスか?」

「うるせぇ! いいからそのガキをこっちに渡しやがれ!」


 どうやら厄介事のようである。







お読みいただきありがとうございます。


ティアの服はチュニックとショートパンツをイメージして頂ければ良いかと。


用語集

・決別の日(改訂版):十年前に起こった神人族が蹂躙された事件。神人族の心臓の位置にあたる胸の部分に神核は埋め込まれており、殺されて抉り取られた。しかし、不死鳥の一族に限り、奴隷として捕縛された。


・不死鳥の一族:寿命または病死以外の理由で死んだ場合、三から五年若返った状態で甦る。涙には回復効果あり。一族の名は「フェニシス」。


・お金:単位は〝コルン〟。一枚当たり、石貨一コルン、鉄貨十コルン、銅貨百コルン、銀貨千コルン、金貨一万コルン、白銀貨十万コルン、白金貨百万コルン


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