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変革の兆し

 被害に遭った建物の修繕を奴隷解放軍が率先して行っている。その中にシーガラスの民衆たちの姿もちらほらと見られた。更によく見れば、修繕作業に参加している者たちの中で奴隷をこき使っている者の姿はない。この修繕作業がもしソフィアの演説の前に行われたのならば、きっとこの光景は奴隷の存在が目立つものになっていただろう。そう思えば、変革の第一歩は成功したと言えるのではないか。


 そうしみじみと実感しながら、ユリクスたちは修繕作業の光景を眺めていた。


「……そういえば、お前たちは何故自分たちが神人族だと奴隷解放軍に明かしているんだ」

「えーっと、成り行きで……」

「ごめんなさい兄さん。この町ではリスクが高かったのに」

「そう責めるものじゃないわユリィ。二人が正体を明かしたのは、拠点を襲撃されて大怪我を負っていた奴隷解放軍のみんなを助けるためだったんだから」

「……というより、なんでお前までいるんだ。修繕作業に参加しなくていいのか」

「え? 参加していいの? 参加したら出立がどれだけ先になるかわからないけど?」

「……」


 にやにやと揚げ足を取ってくるのは正式に仲間になったリアナだ。リアナはアイサたち奴隷解放軍から、作業が終わるのを待たずに旅の準備が整ったら出立して構わないと言われている。その言葉に甘えてこうしてユリクスたちと行動を共にしているのである。


 ユリクスは未だリアナが仲間になったことに後ろ向きだ。主に面倒そうという理由で。


「ちょっとユリィ、そんな仏頂面しないでよね。いいじゃない、旅の同行者に子どもだけじゃなくて大人のお姉さんが増えるのよ? 嬉しいでしょう?」

「……別に嬉しくない」

「またまた照れちゃって。可愛いわねぇ」

「……照れてないし可愛くもない」


 行動を共にしてからずっとこんなやり取りをしている。それをにこにこと楽しそうにティア、ライト、メラは眺めていた。


 ユリクスを弄ってとりあえずは満足したのか、リアナが「さて」と切り出す。


「この光景をもうちょっと見ていたいところだけど、そろそろ準備しないといけないわね」

「あ、なら先にギルドに行きたいっス。ボクらまだライオーネで受注した依頼の報告してないから」

「そういえばそうだったね」

「……そんなものあったか?」

「あったっスよ兄貴。ボケるのはちょっと早いっス」


 かくして一行はギルドへと向かった。


 道中、町の様子を見ていると、奴隷の解放に関して未だ混乱は収まっていなかった。それもそうだろう。ベルファリナ王国は奴隷で経済が成り立っていた国だ。いきなり奴隷を全て解放しなければならないと言われても戸惑いと躊躇いは消えない。例え奴隷が人間族だったと公開されてもだ。


 特に、娼館などは奴隷そのものが商品として扱われていることも多かった。奴隷がいなくなれば店は成り立たない。娼館を経営していたらしい男が奴隷に当たり散らしている光景も残念ながら見られた。


「やっぱりいきなり変わるのは難しいんスね……」


 ライトが哀切な表情で呟く。


「そりゃそうよ。十年も奴隷ありきの生活を送ってきたんだもの、いきなり手放せと言われても困惑するだけだわ」

「リアナはこうなることを予想してた?」

「ある程度はね。だから、そこまで残念には思わないわ。ただ……」


 リアナが物憂(ものう)げに俯く。


「一番怖いのは、人間族とわかっていてもそれでも奴隷を扱うような社会になることよ」

「そんなことあるんスか……?」

「可能性は十分にあるわ。知らなかったとはいえ、人間族を奴隷として使役してきた事実があるんだもの。なら、奴隷にするのに人種は関係ない、っていう考えに発展してもおかしくはない」

「そんな……」

「だからそうならないように、奴隷解放軍とギルドが動いてくれることを祈るしかないわね」


 リアナの言葉にティアとライトはやるせなさを感じた。


 自分たちは奴隷が解放されるように動いたつもりだった。けれど、実際は何も変わっていないのではないか。それどころか悪化させてしまう可能性を生み出してしまったのではないか。もっと他にやり方があったのではないか。そう考えたら胸が締め付けられる思いだった。


 このまま町を出てもいいのだろうか……。そう煩悶(はんもん)としてしまう。


 表情を曇らせて俯く二人を見て、ユリクスが口を開いた。


「……俺たちの行動が、奴隷を当然のように使役していた社会を変えるきっかけになったのは事実だ。その結果が吉と出るか、凶と出るか、それは誰にもわからない。だがそれが、変革の兆しというものだろう」

「兄さん……」

「兄貴……」


 ユリクスの言葉がティアとライトの内で背中を押すものとなった。


 そうだ、自分たちは奴隷を当然のように虐げてきた社会を壊したのだ。この国の人々が変わるように、最初の一歩を後押しした。ならば自分たち余所者の役目はもう終わった。後はこの国に住む人々がこの国をどんな国にしていくのかを決めて、変えてゆく。変革とはそういうものなのだろう。


 なら、役目を果たした余所者は胸を張って国を出ようじゃないか!


 ティアとライトは俯かせていた顔を上げて、真っ直ぐ前を見据えて歩き出す。その足取りにもう迷いはない。


「ユリィ、あんた人の気持ちがわからなそうで、しっかりあの子たちのこと考えてるじゃない」

「……なんのことだ」

「素直じゃないわねぇ」


 すっかり元気になった二人を後ろから見守りながら、年長者の二人は穏やかな思いで後に続くのだった。




 ◇◇◇




 所変わって。ここはシーガラスのギルド。崩壊した建物の修繕や奴隷の解放を求める運動のため、ギルド職員や依頼を受けた冒険者たちが慌ただしく動いている。そんな中にユリクスたちはやってきた。


「みんな忙しそうだね」

「そうっスね。でも流石にギルドカウンターは機能してるみたいで良かったっス」

「あら、あなたたち」

「あ、アナさん」


 人々が慌ただしく交錯する中、ユリクスたちに気づいて声を掛けてきたのは支部長補佐のアナだ。彼女も立場上忙しいはずだが、気品あるその姿は一切乱れていない。


「支部長なら奥で総長と連絡を取っているところですが……」

「……いや、俺たちは依頼の報告に来ただけだ」

「そうでしたか」

「……そういえば、支部長さんたちってゲオルグさんとどうやって連絡取ってるんスか?」


 ライトは総長と支部長だけが知ると言われている連絡手段に興味津々のようだ。その様子にアナはふふっと上品に笑うと。


「企業秘密よ」

「まぁそうっスよね~」


 予想できた回答にライトは肩を落とした。しかしアナはユリクスたちに顔を近づけると、周りに聞こえない声で囁いた。


「ただ、総長が作り出した魔道具を使っているらしいことは特別にお教えします。皆さんは今回の件の功労者ですから」


「では」とまた上品に笑うと、アナは姿勢の良い足取りで去っていった。


「アナさん、優しい」

「良いこと教えてもらっちゃったっスね」

「あら、何を教えてもらったの?」

「ひょえっ!? ソフィアさん!?」

「びっくりした……」


 ティアとライトがいたずらっ子のように笑い合っていると、後ろから現れたソフィアに盛大に肩を跳ねさせた。驚いたティアは咄嗟に腕を締めてしまい、メラはぐえっとなった。哀れな。


「ソフィアさん、いきなり現れてびっくりさせないでほしいっス……」

「え?」

「……お前たちが気づかなかっただけだ」

「そうよぉ、支部長は普通に歩いてきてたわよ」

「それで、何を教えてもらったの?」

「……支部長たちとゲオルグの連絡手段だ」

「兄貴それバラしちゃダメっスよー!」

「あぁ、それのこと。アナも詳しいことは知らないから、アナが知ってる範囲のことなら別にいいわよ」


 ソフィアにとっては大したことではなかったらしく、若干肩透かしを食らったようだ。


「それで、ギルドには何の用で?」

「依頼の達成報告だよ」

「あ、もしかして魔獣討伐依頼? 達成具合が気になるから一緒にカウンターへ行きましょう」

「……仕事はいいのか」

「いいのいいの」

「軽いわねぇ」


 ソフィアを連れ立って、一行はギルドカウンターへ向かう。


 カウンターを担当しているギルド職員がソフィアの同伴に驚いたようだが、ユリクスが金色の魔力証を提示したことで納得したようだ。


「それでは、魔獣の部位の提出をどうぞ」

「……あぁ」


 ユリクスは魔道袋から遠慮なくどさどさと魔獣の部位を取り出してカウンターに乗せていく。山になった部位の数はざっと数えても百五十。慌ただしかった周りの者たちも愕然とこちらを見ている。


「兄さんまたやったね」

「まぁ、兄貴っスから」

「え、あんたたちこの所業をずっと放置してたわけ? これじゃ目立つに決まってるでしょうに」

「ふっ、ふふふ、山、ふふ、初めて見た、ふふふ」


 ソフィアが全身を震わせてこらえきれていない笑いを漏らしている。ユリクスのせいで段々ソフィアがキャラ崩壊を起こしているようにティアとライトは感じた。


 ギルド職員が周りに応援を求めて査定に入った。時間をくださいと言われるのにも快諾し、ユリクスたちはカウンターを離れた。


「あー、笑った笑った。ユリクス、あなた本当に面白いわね。どう? 総長じゃなくて私の相棒にならない?」

「……ならない」

「ユリィを気に入っちゃうなんて、総長と支部長は変わり者なのねぇ」

「総長、良い人だったよ」

「そうっスね! かっこいい人だったっス!」

「そう、会ってみたいわね」


 リアナが未だ会ったことのないギルド総長に思いを馳せる。どんなイケメンかしらと。実際はただの戦闘民族とは知らずに。


「さて、そろそろ仕事に戻らないと」

「……ソフィア」


 踵を返そうとしたソフィアをユリクスが引き留める。


「あらユリクス、相棒の件考えてくれたのかしら?」

「……違う」

「ふふ、わかっているわ。奴らの神核の件ね」


 その言葉に、ユリクス以外の面々も表情を引き締めた。ソフィアは周りに聞き耳を立てている人間がいないことを確認すると、口を開いた。


解放者(リベレイター)の三人は全員、鈍色の神核を所持していたわ。ただ、捕縛した時にはもう既に神核は砕けていた」

「今回もっスか……」

「えぇ。使役していた魔獣を倒したことが原因で砕けたのか、それとも違う要因があるのかはわからないわ」

「……恐らく魔獣は関係ない。以前鈍色の神核を所持していた男はかなり多くの魔獣を使役していた。その魔獣たちの全ては討伐していないが、神核は砕けていた」

「そうなると、所有者が倒されたことが原因なのかしら……」

「……わからない」


 話を交わしているユリクスのコートの裾がくいくいと引っ張られた。ティアだ。


「そういえば、今回は魔獣たちに襲われなかったね、あの人たち」

「……あぁ」

「多分っスけど、使役していた魔獣だけに襲われるんじゃないっスかね。今回は魔獣も倒しちゃったから襲われなかったんじゃ?」

「その可能性はあるわね。一先(ひとま)ず、回収した神核を調べてみるつもりよ」

「よろしくね、ソフィアさん」

「えぇ、任されたわ」


「それじゃあ、そろそろ行くわね」と、ソフィアは名残惜しそうに言った。


「またベルファリナに来た時はシーガラスに寄ってちょうだい。歓迎するわ。それじゃあ、ご武運を」

「ソフィアさん、またね」

「色々とありがとうっス!」

「奴隷解放軍を代表して、お礼申し上げるわ」

「……世話になった」


 ユリクスたちに手を振って、ソフィアは奥の部屋へ消えていった。


「さて、あたしたちは査定を待っている間に旅の準備に行きましょう」

「そうだね」


 まずは食料の調達だと、ユリクスたちは町道へと向かった。


 いつも通り干し肉などを探そうとして、しかしそれは待ったを掛けられた。


「買うべきは干し肉じゃないわよ」

「じゃあ何を買うんスか?」

「そんなの、調理器具に決まってるじゃない」

「「「……調理器具?」」」

「ガウ?」


 旅に不向きな物の名称に、ユリクスたちは揃って首を傾げる。その反応に、リアナもまた理解できないといった様子で首を横に振った。


「あんたたち、よくライトの料理を口にして干し肉で我慢できたわね」

「え、ボクっスか?」

「そうよ。あんたが料理スキルカンストしてるってわかっててなんで干し肉なんて食べないといけないのよ」

「干し肉美味しいよ?」

「ライトの料理より?」

「えっと……それはない」

「でしょう?」


 リアナはビシッとライトを指さす。


「そういうわけでライト! あんた、旅の途中でも料理しなさい!」

「え、えぇ~、だって調理器具あったってコンロとかは……」

「あんた炎魔法使うじゃない」

「あ、確かに」

「水は?」

「水は普通に大量購入すればいいじゃないの」

「うぇ~、兄貴ぃ~どうしよ~」


 リアナの強い主張にライトはユリクスに泣きつく。ユリクスはというといつも通りの無表情で……。


「……お前の料理は美味いな」

「ボク料理するっス」


 ユリクスの一言でライトの永久料理担当が決まった。


「え、ライト、あんたの判断基準はユリィなの?」

「ライトも兄さんのこと大好きだし、世話焼きだから。兄さんに対しては特に」

「ほんと、あんたたちの関係性がよくわからないわ」


 リアナは心底呆れる。しかしライトの美味しい料理が食べられるとあってまんざらでもないようだ。


 それから一行は高級調理器具を次々と、もちろんユリクスの金で購入していった。その後、飲料水の他に料理用、風呂用と膨大な水を購入した。それでもユリクスの金はまだまだ尽きない。


「ユリィ、あんたどれだけお金持ってるのよ」

「兄貴は三年間、一切の嗜好品を買わずにランクの高い依頼だけをこなす生活を送っていたから、白金貨が数え切れないほどあるんスよ」

「……やっぱりユリィはロボットか何かなの? ねぇ??」

「リアナもいずれ慣れるよ」


 そんな雑談を交わしながら歩いていた時だった。


「アンタまだ奴隷を使っているの!? 早く解放してあげなさいよ!」

「うるせぇ! 奴隷がいなきゃ店が成り立たねぇんだ! 解放なんてできるわけねぇだろ!」

「それがどれだけ非情なことか、アンタだってわかってんだろう!」


 店主同士で揉め事のようである。お互いかなり頭に血が上っているようで、今にも殴り合いの喧嘩になりそうだ。


「兄さん……」

「……はぁ」


 ティアが縋るようにユリクスを見つめる。その瞳を受けて、ユリクスは溜め息をつきながら店主たちに近づこうとした。しかし、すぐにその足を止めた。


「待ってください。どうか僕の話を聞いてくれませんか?」


 他の店の店主らしき男が仲介に入った。


「奴隷の価値観が変わりつつある中で、奴隷を使い続けるのは店の名にも傷がつきかねません。だから、奴隷を使うのではなく、人を雇う形に変えませんか?」

「人を雇う金なんてあるわけねぇだろ!」

「なら同じ業種の店で合併するのはどうですか? この町は店ばかり多くて従業員が少ないからこうして奴隷に頼らざるを得なくなる。だから店を減らしてしまうんです。他の店の皆さんにもかけあってみてそうやってより良い形を模索していきましょうよ。あなたも、奴隷を使うことを非難するだけでなくて、どうすれば奴隷を解放できるのかを一緒に考えていきましょう」


 仲介に入った男のおかげで揉め事は一旦収まったようだ。


 ティアたちはほっと胸を撫で下ろす。


「なんか、この町は大丈夫な気がしてきたっス」

「そうだね」

「えぇ。全員ではないけれど、それでも確かに、奴隷への価値観は変わりつつある。きっと良い方向へ変わってくれるわ」

「……」


 ユリクスははじめにこの町へ来た時のことを思い返していた。猥雑(わいざつ)で、品の一切ない町並み。この町はもう変わることなどないのだと完全に見放していた。


 けれど、実際はどうだ。奴隷解放軍という一人一人の力が決して強くない人々が、諦めずに小さなきっかけを作りだしたことで、確かにこの町は変化しつつある。


 そして、今でも神人族が認められる世界を目指して動く者たちがいる。


 自分は、十年前の事件で全て壊れてしまったと、壊れてしまったものは戻ってこないのだと完全に諦めていた。確かに壊れてしまったものはもう戻ってこない。しかし、新たに違う形へと変化させることはできるのではないか? その可能性をこの町に教えられた気がする。


 ――人間族を赦すな。


 また、闇に淀んだ声が聞こえる。頭が痛い。けれど、その声に耳を貸したくはない。


「兄さん?」


 ティアが手を握ってくる。小さくとも温かい手だ。ティアはすぐに自分の機微を察する。冷たい胸中へ向けられた意識を引き戻してくれる。


「……なんでもない」


 ユリクスはティアの手を握り返した。ティアの驚いた様子が伝わってくる。


 まだ、この世界がどう変わっていくのか、本当に変わるのかはわからないが、見届けてみたいとは思えるようになった。……気がする。ただ、面倒なことにだけはなってくれるなと思ってしまうのはご愛敬だ。


「ほらあんたたち、ぼーっとしてないでこれから非常食用の干し肉とか買わなきゃいけないんだからね。早く行くわよ」

「結局買うんじゃないっスかっ!」

「当然よ。旅の途中、いちいち料理してる時間があるとは限らないんだから」

「確かにそうっスけどっ!」


 ライトとリアナがガミガミと言い争っている。


「兄さん、行こう?」

「……あぁ」


 繋いだ手を引かれて、ユリクスは喧しい仲間たちの輪の中に入っていくのであった。


 彼らがこれから向かうのはレヴィータ王国。かつて人魚の一族が治めた暖かな海の国である。






お読みいただきありがとうございます。


明日の幕間二つと用語集を最後に章が変わります。

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