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奴隷の真実

 ティアに魔道袋を預けて三人と一匹を見送った後、ユリクスはとても暇だった。特にやりたいこともなし。美味しいコーヒーと御茶菓子を用意してくれる人もなし。


 ティアたちに出会う前は何をしていたんだっけ……と、思い返してみても上手く思い出せない。三年も一人で過ごしていたのに、その内容が淡泊過ぎて何の印象も残っていない。恐らく依頼しかこなしていなかったのだろうが、今が御座なりに依頼をこなしている場合ではないことくらい空気の読めないユリクスでも流石にわかる。


 暇を持て余して、気まぐれに外へ出てみる。しかし町に並んでいるのは酒場や娼館、連れ込み宿ばかりで立ち入りたくない。時折普通の飲食店や装飾店なども見かけるが、どこも人員不足で廃れていて興味を惹かれない。そもそもユリクスに好奇心や興味といったものが皆無なのだが。


 ぶらぶらと歩いて、そろそろこの猥雑(わいざつ)な景色にも辟易(へきえき)してきたなと思った頃、町の外れに森があることに気がついた。少し傾斜があり、低い山のようになっている。


 あそこを登ったところで昼寝をするのに最適な場所があるかもしれない。そう思い立ち、ユリクスは森へ向かった。


 そう、ただ穏やかに昼寝をしようと思っただけなのである。それなのに、まさかあんな事になろうとは……。


 傾斜は緩やかで、体力のあるユリクスは獣道を楽々と歩くことができた。


 自然に生きる動物をじっと眺めてみたり、時々遭遇する魔獣を斬り伏せながら、日差しが照りつける見晴らしの良い場所を探して軽快に歩く。


 スタスタ、スタスタと歩いたところで、遂に(ひら)けた場所に出た。


 上空から見ればそこだけぽっかりと穴が空いているように見えるだろう。それくらい広い場所だ。


 思った通り暖かな日差しが一帯に降り注がれていて、昼寝をするには最適だとユリクスは確信した。


 だが、そこにはどうしても目に留まってしまう物があった。いくら無視したくとも目が行ってしまう。


 それは、古びた建物だった。家と呼ぶには古臭過ぎて、どちらかといえば壊れ掛けの倉庫といった方が適している。しかしただの倉庫と呼ぶにはどうにも大き過ぎる。


 いや、そんな見て呉れはこの際どうでもいい。何故こんなにも気になって仕方ないか。それは、明らかに家ではないのに、中から多くの人の気配がしているからである。


 折角良さそうな場所を見つけたのに、とユリクスはげんなりした。いや、諦めるのはまだ早い。中にいるのがどういう(たぐい)の人間なのか判断してから昼寝決行の可否を決めようじゃないか。


 害のなさそうな人間なら放っておこうと決めて、ユリクスは建物に近づいた。


 建物をぐるっと一周してみても、中を確認できる窓のようなものはない。それにしても、この建物の大きさにしては入っている人数が多過ぎやしないかと疑問に思いつつ、ユリクスは中の確認の為扉をこじ開けることにした。ここにライトかリアナがいたら即座にツッコミが入りそうである。


 錆びた両開きの扉に取り付けられている取っ手には南京錠がついている。ちょっとやそっとでは開けられない。


 なので、ユリクスは思いきり蹴り飛ばした。ドガァンッ! と音を立てて倉庫の内側に扉が吹っ飛んでいく。ここにライトかリアナがいたらまたもツッコミが入りそうだが、残念ながらここにはいない。


 扉を吹っ飛ばした瞬間、中から複数の悲鳴が聞こえた。土埃の舞った中に入ってみると、そこにあったのはいくつもの大きな檻。その中には、たくさんの人間。大体一つの檻の中に十人といったところか。


「……ここは……」


 ユリクスは怪訝(けげん)に眉をひそめた。倉庫の中にぎっしりと檻と人間が詰まっているのである。不可解でしかない。


 檻の中にいる人々は闖入(ちんにゅう)者に怯えきり、身を寄せ合って様子を窺っている。そんな人々に配慮することなく、ユリクスは近くの檻に近づいていった。その中に入れられている人々は一層震え上がるがお構いなしだ。


「……お前たちは何をしている? ここは何だ?」

「え……」


 ユリクスからの問いに、人々は困惑を見せた。


「……早く答えろ」

「……あなたは、奴らの仲間ではないのですか……?」

「……奴ら?」


 ユリクスの反応に、人々は顔を見合わせながら徐々に落ち着きを取り戻していく。そして、一人の女がユリクスの問いに答えた。


「私たちは捕まったのです。そしてここで不死鳥種の神核を無理に埋め込まれ、奴隷にされます。……もう何人も犠牲になりました……」

「……なるほどな」


 所謂(いわゆる)ここは奴隷を人工的に作り出していた奴隷工場というわけだ。指名依頼をこなすためには詳しく話を聞く必要がありそうだと判断し、ユリクスは再び口を開こうとした。しかし森の中にいた気配から明確な殺意を感知。ユリクスは素早く倉庫から出た。


 外に出た直後、正面から一条の紫電。ユリクスは瞬時に黒刀を顕現(けんげん)させ、薙ぐことで相殺した。


「どこの誰かは知らねぇが、見られちまったからには生かして帰すわけにはいかねぇな」


 森の中から悠々と現れた人間は一人。長身でがたいのいい男だ。首筋に入れ墨がある。その後ろから(はべ)るように追従していたのはなんと魔獣だった。炎虎種の魔獣は男を襲うことなくユリクスを威嚇している。


「……解放者(リベレイター)か」

「へぇ、アンタは俺が魔獣を使役していても驚かねぇのか」


 ユリクスの反応に男は面白そうに笑う。そして顕現させていた小型のナイフを手で弄ぶと、紫電を纏わせてユリクスに投擲(とうてき)した。


 音速を超える速度で飛んできたそれをユリクスは難なく黒刀で叩き落とす。すると、地面に突き刺さったナイフは紫電となって消えていった。男が顕現を解いたのだろう。


「アンタもしかして噂の〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟か? ここにいるってことはギルド支部長の差し金だったりしてな」

「……いや、昼寝する場所を探していただけだ」

「はぁ?」


 ユリクスの正直な答えに男は耳を疑う。


「……じゃああれか? この場所は偶々見つかっただけってことかよ」

「……そうだ」

「……こんなことってあんのかよ……」

「……全くもって同感だ」


 首を緩く横に振った男は溜め息を一つついた。それからユリクスに向き合う。


「まぁ、いいや。見つかったことに変わりはねぇからな。アンタにはここで死んでもらう」


 再び手元にナイフを顕現させ、紫電を纏わせる。男の一歩後ろにいた魔獣が前に出てくる。


「……そうか。害なす者は斬り伏せる。それだけだ」


 ユリクスもまた、黒刀を緩く握って下におろす独特の構えをとる。


 昼寝場所を探していただけなのにとんだことになったものだとユリクスは内心ぼやく。昨夜感じた胸騒ぎの正体はこれだったのかと。だが、指名依頼達成に大きく近づいたことも事実。そこまで悪い気はしない。


 グルァァァアアア!


 魔獣がユリクスに炎弾を放つ。横に飛んで回避しようとしたユリクスだったが、思い止まった。逆袈裟の剣圧で相殺する。


 ユリクスの後ろには倉庫がある。ソフィアは言った。証拠を掴めと。この倉庫と捕まっている人々は証拠だ。失うわけにはいかない。


「お優しい〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟様はソイツらを守らなきゃいけないわけだ。こりゃ好都合だぜ。精々あがけよ」


 倉庫の中で捕まっている人々の命などどうでもいい、ユリクスの動きを制限できて好都合だと、男は紫電を纏わせたナイフを投擲し続ける。その横で魔獣も炎弾を連射する。強者である〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟を掌上に(めぐ)らすことができ、男は完全に愉悦に浸っている。


 迫りくるナイフと炎弾を斬り落とし続けているユリクスは防戦一方で非常にまずい状況……ではなく、作業的に防御しながら悩んでいた。


 ――この男、殺していいのか? と。


 証拠として倉庫と捕まっている人々は守る。ではこの男は? 重要参考人? もしかして殺してはいけないのでは? と、ユリクスにしては珍しく考えているのである。なんてったって指名依頼は早く終わらせてしまいたい。殺してしまったから犯人の証拠がない、今度は犯人の決定的な証拠を掴めなんて依頼されたらたまったものではない。


 しかし自分を害そうとしている時点で男の命などどうでもよくなっているユリクスには生優しい対応をするつもりもなくて……。


 炎弾を斬り落としていることで立ち昇っている煙を煩わしく思いながらもう~んと悩んだ末、決めた。


 結論――半殺しにしよう。


 ナイフと炎弾を斬り落としながら黒刀に魔力を注ぎ込み、刀身に紫電を躍らせる。そして鋭く薙ぐ。膨大な魔力が圧縮された《雷刃(ライトニングブレード)》がナイフと炎弾を蹴散らし、空気までもを両断する。


 男と魔獣は回避を余儀なくされ、ナイフと炎弾の嵐が止む。避けた男と魔獣の後ろで次々と木々が斬り倒されていく。


 男が《雷刃(ライトニングブレード)》に気を取られてユリクスから一瞬目を離した隙に、倉庫の前からユリクスの姿は消えていた。


「ッ! どこだッ!」


 右へ左へと視線を走らせるが見つからない。はっと気がついた時には膨大な魔力の気配は()()から。


 先程の攻撃で男たちの体勢を崩した後、ユリクスは身体強化を自身に施し、強靭な脚力で上空へと飛んでいた。黒刀を持っていない左手を頭上へ掲げ、四方八方へと紫電を展開する。


 空を覆い隠す紫電は徐々に広がっていき、付近一帯はユリクスの支配地(フィールド)へと変わる。あとはもう、支配者(ユリクス)無法者(男と魔獣)へと天誅(てんちゅう)を下すのみ。


 広がった紫電の空から雷槍の矛先が次々と顔を出す。


「おい、まさか」


 男の思わず漏れたような呟きは、降り注ぎ始めた雷槍の雨が巻き起こす風に攫われて消えた。


「がぁぁぁあああっ!!」


 ガルゥゥァァァアアア!!


 ドゴォォォォォ!! と轟音を響かせて情け容赦なく降り注ぐ雷槍に体中を貫かれ、魔獣は断末魔の叫びを残して絶命する。その横で男は四肢を重点的に貫かれ、喉が張り裂けんばかりに絶叫し意識を暗い闇の底へと落としていった。


 クレーターだらけになった地面にすたっと軽やかに着地したユリクスは、完全に絶命した魔獣と予定通り半殺し状態になった男を見下ろして満足げに息を吐いた。恐らくこれで指名依頼達成になるだろうと期待して。


 森の中から複数人が駆けてくる気配がする。ティアたちだ。何故かソフィアの気配もする。まぁ、好都合だ。




 ◇◇◇




「なるほどね」


 意識を失っている男の応急手当を終え、ユリクスの話を聞いたソフィアたちは揃って倉庫を見遣った。まずは捕まっている人々の救助が優先だ。


 救助する気のないユリクスを縄で縛り上げた男の見張り番として置いていき、駆けつけたメンバーで檻を壊し、人々を解放する。捕まっていた人数はざっと数えても百近くはいる。衰弱気味だが、危険な状態の者はいない。


「さてと、話を聞きたいところだけれど、本来ならこの男から話を聞きたいものね」


 ソフィアの言葉に、皆の視線は横向きに倒れ未だ意識を失っている男に向かった。応急手当を施してはいるものの、四肢は焼け(ただ)れ、息も絶え絶えの状態だ。


 そんな男に(おもむろ)にユリクスが近づいていく。そして、男の腹を思いきり蹴り飛ばした。


「ちょっとユリィ!?」

「……話が聞きたいんだろう。なら起こせばいい」


 鬼だ。この場にいる誰もが思った。しかし、ユリクスの行動で男は意識を取り戻した。


「……ッ!」

「起きたようね。この場所で何が行われていたのか、全て話してもらうわよ」

「……ギルド支部長か。悪いが話す気はねぇよ。殺したきゃ殺しな」


 ここまで追い詰められた状況でも話すつもりはないらしい。さて、どうしたものかとソフィアが考えていると、またもユリクスが動いた。男の正面に立つ。


「な、なんだよ、殺すのか」


 流石に自分を半殺しにしたユリクスに対しては恐怖心があるらしく、その声は震えている。ユリクスは見せつけるように黒刀を目の前で顕現すると、男の左腕を()()()()()()


「ぎゃぁぁぁあああ!!」


 焼け爛れていない無事な位置から斬り落としたため、痛みは相当なものだ。男がのたうち回る。


「……早く話せ」

「ひっ……!」


 男は痛みと恐怖で涙を流しながらも首を振る。次にユリクスは左足を斬り落とした。


「ぁぁぁぁああああっ!」


 この光景を見て、捕まっていた人々は顔面蒼白に、ソフィアやアイサ、リアナはあまりの惨さに表情を少し歪めている。しかし、口を割らせるにはこれが効果的なのも事実。止めることはしない。


「なかなか強情っスねぇ。じゃあボクはここ」


 パンッ!


「ぁぁぁあああ! もうころしてくれっ!」


 なんでもない顔をして男に近づいたライトは脇腹に一発銃弾を撃ち込んだ。男の顔面は涙と唾液でぐちゃぐちゃになっている。しかし気にした様子もなくユリクスは更に右足に黒刀の刃を添えた。男の喉からか細い悲鳴が漏れる。


「ひぐっ……わかった……話すから……もうやめてください……もう……」


 いっそのこと殺してほしいと思うほどの激痛の連続に男の心が折れた。見守っている人々の中には耐え切れずに嗚咽を漏らしている者もいる。


「……ティア君。君の力で彼の傷を少し癒やしてやってはくれないか」


 男の有様に同情したのか、アイサがティアに涙の使用を願う。その言葉を聞いてティアは。


「どうして? この人の傷を癒やしてあげる必要がどこにあるの?」


 ユリクスとライトと同じようになんでもない顔をして、心底理由がわからないといった様子で疑問を返した。


「あぁ止血っスね。ならボクがやるからいいっスよ」

「がぁぁぁぁぁあああっ!」


 そう言ってライトは切り口を炎で焼き、無理矢理止血した。


 ――悪魔だ……。


 人々やアイサたちには解放者(リベレイター)よりもこの三人のほうが余程恐ろしいと感じられた。解放者(リベレイター)と違って悪意が全くないことがその恐ろしさを助長している。


「……ここで何をしていた」


 懸命に息を整えている男に鞭を打つようにユリクスが問い掛ける。男はびくりと体を揺らすと、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……奴隷を、作っていたんだ。人間族に神核を埋め込んで……」


 男が言うには、適当な人間を捕まえて胸元の肉を(えぐ)り、そこに砕いた不死鳥種の神核を埋め込んだ。傷に不死鳥の一族の涙を使用することで傷が塞がり、神人族のように見せかけることができたという。なお、神核の強度はかなりのものだが、神器であるナイフの先端に魔力を圧縮することで砕くことができたらしい。神器の強度は神核以上だ。砕くことができるのは想像に難くない。


「ふむ、奴隷にされた人々が蘇らずに亡くなったのは不完全な神核が埋め込まれていたためか」

「不死鳥種の不死の魔法が十分に発動しなかったのね」


 アイサとリアナが悲痛な面持ちで真相を理解する。


「誰の命令でそんなことをしていたの?」

「……市長だ」


 男の答えにソフィアたちは顔を見合わせた。


「これで奴隷の数が絶えなかった理由が判明したわね。証拠も証人も十分。ユリクス、これで指名依頼達成とするわ。ご苦労だったわね」

「……あぁ」


 指名依頼が正式に終了したとソフィアから言い渡され、ユリクスはやれやれ面倒だったと息をつく。ティアとライト、メラもお疲れ様とユリクスを労った。


「ちょっとユリィ、あんたが探ってた理由って指名依頼だったの? だったらそうと言えばよかったのに、何が面倒そうだから言わない、よ。全然面倒じゃないじゃない」

「……中立のギルドが出てきたとなればあれこれ聞かれるかもしれないだろう。面倒だ」

「えぇ……」


 ユリクスの面倒くさがりぶりにリアナは溜め息をついた。


「さて、人間族を誘拐して人工的に奴隷を作っていたことが判明した以上、ギルドとしても黙ってはいられません。これより、ギルドは奴隷解放軍と共に市長を弾劾(だんがい)します。異論はありませんね?」

「あぁ、我々としてもギルドがこちらについてくれるのは願ったり叶ったりだ。解放者(リベレイター)もまだ残っているし、念のためこの場所は奴隷解放軍のメンバーの何人かに守らせようと思うのだが」

「えぇ、なら冒険者たちにも警固の依頼を出しましょう。私たちは町で事実の公表を」

「あぁ。皆さんも証人として手を貸していただけますね?」


 アイサの問いに、捕まっていた人々は揃って頷いた。


 その様子を見ていたライトがそういえば、とユリクスとティアに話しかける。


「残りの解放者(リベレイター)たちはどうするんスか?」

「依頼主の市長を人質にすれば出てくるんじゃない?」

「……なるほど」

「……その市長はどうやって人質にするんスか」

「市長邸の扉を破壊してそのまま侵入して引きずり出せばいいよ」

「……なるほど」

「いやそれ器物損壊に不法侵入! 犯罪っスよ!」

「大丈夫、揉み消すよ。……ソフィアさんが」

「……なるほど」

「黒い!! 二人の空気が黒いっス!!」

「ちょっとあんたたち! 隅っこでなんつう物騒な話してんのよっ!」


 聞き耳を立てていたリアナの一喝で話は強制終了させられた。


 アイサとリアナは奴隷解放軍の拠点へと急ぎ、倉庫を守らせるメンバーの選出を。ソフィアはギルドで冒険者たちに倉庫の警固依頼の提示を急いだ。その間、ユリクスたちは捕まっていた人々と倉庫を守るためにお留守番だ。


 捕まっていた人々は先程のユリクスたちの所業によりびくびくしているが、三人と一匹はどこ吹く風で閑談(かんだん)をしている。


「奴隷が自分たちと同じ人間族だったって知ったら、町の人たちはどう思うのかな」

「わからないっスけど、それで奴隷についての考えを改めてくれたらいいっスよねぇ」

「……人間はちょっとやそっとじゃ変わりはしない」

「……そうかもしれないけど、これが小さなきっかけになって、未来が大きく変わっていくかもしれないってボクは思うんスよ」

「……小さなきっかけが時間をかけて大きくなっていく。良い考えだね」

「グルゥ」

「……」


 三人と一匹は寄り添って、それぞれが未来について思いを馳せる。


 奴隷の真実が明らかになり、この町の在り方は大きく変わっていくだろう。それが良い方へと変わるのか、それとも悪い方へと変わるのかはまだわからない。それでもきっと、この町に訪れる変化が、神人族が肯定される世の中へと変わっていく懸け橋になると信じて、ティアとライト、メラはこの町の変革の瞬間を見届けるのだ。


 ユリクスにはまだわからなかった。神人族と人間族が再び手を取り合う世界など、もう二度と来ないのだと思えてならない。そんな世界は十年前に壊れてしまったのだと。だが、そんな世界が再び訪れる日が来ると信じて、今もなお駆け回る奴隷解放軍やソフィアたちを見ていると、どこか眩しく思えてしまう。


 それが、小さな〝希望〟なのだということはユリクスにはまだわからない。そんな微かに感じる希望を、ユリクスの中で呑み込もうとしてしまう存在のことも。


 ユリクスの中で何かが囁く。人間族を信じるなと。神人族と人間族が再び共存する世界などもう来ないのだと。


「兄さん?」

「兄貴?」


 突然胸を押さえたユリクスに、ティアとライトが心配そうに声をかける。


 二人は眩しい。裏切られた神人族であるにも関わらず、今もなお人間族を信じようとしている。ユリクスは目を眇めた。


「……いや、なんでもない」


 ユリクスの胸中の葛藤を余所に、町は変革の時を迎えようとしていた。






お読みいただきありがとうございます。

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