魔性の女
ギルドを出てしばらく歩いたユリクスは気づいてしまった。はて、どうやってティアたちを探すんだ? と。連絡手段などない。この広い町の中をあてもなく探し回るのか? ……面倒だ。
ユリクスはティアたちと合流することを早々に諦め、先に依頼達成のための情報収集をすることにした。
情報が集まる場所といえばギルドの酒場だ。シーガラスのギルドは大きい。情報もあるに違いないと意気軒昂に踵を返して再びギルドへと向かった。
ユリクスが去ってほっとしたのも束の間、再びユリクスが現れたギルドの空気はピシリと固まる。恐怖の権化が真っ直ぐにバーカウンターにいるマスターに近づいていく。周りの冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように避け、マスターは顔面蒼白になる。ユリクスはそんな様子を歯牙にも掛けず、どかりとカウンター席に腰かけた。
「……な、なにになさいますか……?」
今にも倒れそうな顔色をしているマスターだが、それでも逃げずに注文を聞くのは流石プロである。
「……なんでもいい、お勧めのものを」
「か、かしこまりました」
お勧めを注文したユリクスの前に、一杯の赤ワインが用意された。冒険者たちがどんちゃん騒ぎをする場には似つかわしくない。
芳醇な香りが辺りを漂い、光を反射して輝くディープルビーは見事なものだ。〝赤〟が嫌いなユリクスだが、このワインは一目で管理の良いものだとわかり、思わずそそられる。香りを楽しんでから嫋やかに一口。濃厚なコクが口いっぱいに広がるが決してくどくはなく、渋みの中に確かなフルーティさもある。ワインだけを楽しむ際にはこれ以上ないくらい素晴らしい出来の一杯だった。
「……美味いな。マスターの腕が良いんだろう」
率直だが、だからこそ嘘偽りがないとわかる感想に、蒼白だったマスターの表情が赤らむ。自分が精一杯育てたワインを褒められたことに対する喜びが恐怖に勝ったのだろう。マスターは元の柔らかな表情を取り戻して「ありがとうございます」と頭を下げた。
「それで、何か情報をお求めですか? 戻られたということは何か聞きたいことがあるのかと愚考致しますが……」
「……そうだ」
ユリクスはワインを一旦テーブルに置いてマスターを正視した。ユリクスへの恐怖がすっかり消えたマスターはその瞳を真摯に受け止める。
「……奴隷に関する情報が欲しい。もっと言えば仕入先の情報だ」
「なるほど、奴隷ですか」
マスターは困ったように眉を下げた。その表情にユリクスは空振りであったことを悟る。
「奴隷に関する情報は規制が厳しく、ここでも滅多に情報が入ってくることはありません。それどころか、下手に口にすれば市長により罰せられる可能性まであります。お力になれず申し訳ございません」
「……そうか」
「……しかし」
マスターはユリクスにそっと顔を寄せると、遠くまで散っている冒険者たちに聞こえないように囁いた。
「この町には〝アドベンチャーズカフェ〟という店があります。表向きは冒険者向けの穴場の飲食店なのですが、情報屋の利用も多く、上手くいけば奴隷の情報であれ入手できる可能性があります」
「……感謝する」
奴隷の情報が入手できるような情報を提供するだけでもリスクがあるだろうに、それでも提供してくれたマスターにユリクスは素直に感謝を示す。マスターは一つ頷くと、ユリクスにアドベンチャーズカフェの場所を描いた地図を渡す。ユリクスはワインの最後の一口を飲み干し、お代を置いてギルドを出ていった。
なお、少し抜けたところのあるユリクスに、ギルドでティアたちが来るのを待つという考えは一切なかった。
猥雑とした通りを歩き、地図に描いてある通りの路地裏へ。そこには狭い下り階段があった。下りきると古びた小さな扉が。その横には〝アドベンチャーズカフェ〟と書いてあった。マスターに教えてもらった名だ、ここで間違いないだろう。
猥雑な町の中にひっそりと存在するカフェ。なるほど、冒険者や情報屋が集まるような、一般人には縁遠い場所だとユリクスは思った。
チリンと小さな鈴の音を立てて扉を開け、中に入る。薄暗い店内に木製のテーブルが点々と設置され、奥にはカウンター。カウンターの中にはマスターらしき初老の男がいて、その奥にはワインボトルがずらりと並んでいる。客は厳つい男が多いがギルドに比べれば余程静かで、内観も雰囲気もカフェというよりはバーに近い。
ユリクスは誰も座っていないカウンター席へ向かう。単身の若い男という珍客に周りから注目が集まるが、その視線を尻目にカウンター席に腰かけた。
「注文は?」
「……なんでもいい。お勧めのものをくれ」
マスターの木で鼻を括ったような問いかけにユリクスもすげなく返す。しかしその返事を聞いたマスターがにやりと笑ったのが視界に入った。同時に、背後から近づいてくる一つの気配。
「あら、お兄さんだめよ。お勧めなんて言ったら何が出されるかわかったものじゃないわ」
すっと、妙齢の艶やかな女がユリクスの隣に滑るように座る。ユリクスよりも少し年上だろうか。紫紺の髪と瞳を持ち、髪はバレッタで束ね上げられていて、綺麗な項が晒されている。服も胸やお尻のライン、腰の括れがくっきりと表れるもので、その女のスタイルの良さが引き立っている。
周りの男たちから感嘆の声が上がっているが、ユリクスには怪しさしか感じられなかった。
「……何の用だ」
「あら、忠告してあげたのにその態度? 顔が良くてもそれじゃあモテないわよ?」
「……忠告は受け取っておく。マスター、注文は取り消す」
「ふふ、素直な子は好きよ」
仏頂面になるユリクスの横で、女が代わりに度数の低い酒を二つ注文する。マスターから酒を受け取ると、女から乾杯を求められたので渋々それに応える。
「……それで、俺に何の用だ」
「別に。お兄さんが危なかったから助けてあげたかっただけよ。あたしはリアナ。お兄さんは?」
「……ユリクス」
「そう、ユリクスっていうの。良い名前ね。……それでユリクス、あなたここに情報を求めに来たんじゃなくて?」
「……何故わかる」
「わかるわよ。あなたは他の腑抜けた男たちとは空気が違う。まるでここに戦いに来たようよ」
「……それで、お前は情報屋か?」
「情報屋ではないけれど、できることはするわ。持っている情報の提供でも、なんでも。あなたの力になりたいのよ」
リアナがユリクスの太腿に手を滑らせ、そのまま体を寄せてくる。もう一つの手がユリクスの手に絡み、撫でられる。美しい手だ。体に纏った蠱惑的な香りも甘くてクラクラする。
「ねぇユリクス、あたしを信じて話してみて? あなたは何を望んでいるの?」
リアナが妖艶に笑い、そのまま端麗な顔が目前に迫ってくる。お互いの唇が触れるまでもう少し……ユリクスは、〝威圧〟した。
「ッ!」
眼前で受けた圧倒的な威圧感にリアナが距離を取るが、今度はユリクスがリアナの腰に腕を回して逃がさない。ユリクスはリアナにだけ向けた殺気とも言える威圧を保ったまま再び問い掛ける。
「……もう一度聞いてやる。俺に近づいて何が目的だ?」
「……そう、最初から気づいていたのね」
未だ威圧されているというのに、リアナは怯えを精一杯抑え込んでユリクスに鋭い眼差しを向けた。しかしぐっと腰に回された腕に逃げられないと観念したのか、両手を上げて降参のポーズを取る。
「……参ったわ。目的も話すし、あたしの事も話すからその威圧をやめてちょうだい。心臓に悪すぎるわ」
リアナの様子をしばらく観察してから、ユリクスは威圧を解いた。リアナがほっと息をつく。ユリクスはリアナの腰から腕を離し、酒に口をつける。次いで、リアナもやけになったように一気に酒を呷った。
「……あたしは奴隷解放軍の一員よ」
「……」
「〝ギルド総長の懐刀〟がこの町に来たって聞いて、どう行動するつもりなのか探ろうとしたのよ。あわよくば協力してもらおうかとも思ってたけどね」
「……なるほどな」
「それで? あんたはどう動くつもり? あたしたちの邪魔をするの?」
「……いいや」
「……」
ユリクス的にはこれで会話は終わりのつもりだったのだが、どうやら今後どう動くのかを説明しない限りリアナも引く気はないらしい。じっと真意を探るように正視してくる。ユリクスは「……はぁ」と溜め息をついた。
「……奴隷の供給があまりにも多いことはお前も気づいているだろう。その理由を探っている」
「どうして?」
「……言わない」
ここでギルド支部長が関わっていると言ったら面倒なことになりそうだと判断し、そこは黙った。ここで嘘をつけないのがユリクスである。
「ちょっと、言わないってなによ」
「……面倒なことになりそうだから、言わない」
「あんたねぇ……だったらそこは嘘でも理由を言うところでしょうよ……」
リアナは心底呆れたように、しかしどこか安心したように息を吐いた。
「まぁでも、嘘を言わないあたり信用はできるってことかしらね。奴隷の数があまりにも多い理由を探っていることもあたしたちの行動と一致してる。敵になることはなさそうね」
「……お前たちが俺たちに敵意を見せなければな」
「もし見せたら?」
「……全員殺す」
「……おっかないわね。ちゃんとみんなに伝えておくわ。流石に〝ギルド総長の懐刀〟を敵に回したくはないから」
「……用が済んだのならさっさと去れ」
「嫌よ」
「……なに?」
リアナに訝しげな視線を向ける。すると、リアナは妖艶な瞳にどこか勝気さを滲ませてこちらを見ていた。
「決めたわ。あたしたち、一緒に行動しましょう」
「……なんだと」
「目的は同じなんだし、問題はないでしょう? それどころかあたしの持っている情報をあんたに渡してやるんだからあんたにとって悪くない話のはずよ。もちろん、奴隷の解放を手伝えとは言わないわ。どう?」
「……奴隷解放軍と共に行動すること自体が問題だ。俺は市長にも奴隷解放軍にも加担するつもりはない」
「ならあたしは奴隷解放軍のメンバーとは一時的に行動を別にするわ。一時脱退という形をとってもいい」
「……何故そこまで俺と行動を共にしたがる」
「正直に言えば、〝ギルド総長の懐刀〟であるあんたの行動を見張っておきたいのが一つ。どちらにも加担しないと言っても、万が一あたしたちにとって不利になる行動を取られたらたまったものじゃないから」
「……他には?」
「あんたが行動を起こすことでこの町の現状は大きく変わる。そんな気がするのよ。まぁ、女の勘ね」
「……そんな理由でか」
「女の勘って結構当たるのよ。だから、あんたの行動をこの目で見届けたいの」
リアナは茶目っ気たっぷりにウィンクすると、「どう?」と再び問うてくる。早く依頼をこなしてしまいたいユリクスにとっては、リアナから情報を引き出せることは魅力的な話ではある。だが、共に行動することによって奴隷解放軍には敵意を向けられずに済むとはいえ、市長には目を付けられる可能性がある。それは面倒だ。
「あぁ、言っておくけど、市長からの依頼を断ってる時点で既に市長には敵意を持たれてると思うわよ? あの男はプライドが高いから、自分の思い通りに動かない相手には容赦しないわ。それが例え〝ギルド総長の懐刀〟であったとしてもね」
ユリクスは内心で舌打ちした。そういえば去り際に妙なことを言っていたなあの市長……と思っても後の祭りである。
苦々しい表情をするユリクスにリアナは更に追い打ちをかける。
「どうせ市長に目をつけられちゃったのなら、奴隷解放軍だけでも敵対しないほうが面倒じゃないんじゃないかしら? それとも、一番面倒そうな鼎立関係にでもなる?」
理想は市長と奴隷解放軍がドンパチやっている間にひっそりと指名依頼をこなしてしまいたかったのだが、リアナの言う通りそれはもう叶わないのだろう。であればリアナと行動を共にし、奴隷解放軍とは敵対せずに且つ極力関わらないというのが最善ではないか。
こんな面倒な立ち位置に立たせてくれたソフィアを恨めしく思いつつ、ユリクスは腹を据えた。
「……わかった。奴隷解放軍との接触を極力避けるのなら行動を共にしてもいい。それと情報も提供しろ」
「えぇ、わかったわ。それじゃあ、これからよろしくお願いするわね、ユリィ?」
「……気安く呼ぶな」
「いいじゃない。一時的とはいえ仲間になったんだから仲良くしましょ」
優麗な笑みを浮かべながら見つめてくるリアナに、ユリクスは長嘆息をもらした。
仲間になった暁にとリアナの誘いでもう一杯グラスを交わしてから店を出た二人。階段を上がって路地裏へと出たところで二つの影が駆けてきた。
「あっ、兄貴ー!」
小走りで駆け寄ってきたのはメラを抱えたティアとライトである。
「あら、あんたたちがユリィの仲間ね。これからよろしくお願いするわ」
「うぇっ!? どちら様っスか!?」
「お姉さん、だれ?」
「あたしは一時的に仲間として行動することになったリアナよ」
「は、はぁ、まぁ兄貴がそう決めたんならボクはいいっスけど……。あ、ボクはライトっス」
「私もいいよ。私はティア、この子はメラ。よろしくね、リアナ」
「……お前たち、その怪我はどうした」
三人が挨拶を交わしている間に、ユリクスはライトとメラの怪我に気がつき指摘する。
「あ、そうっス。兄貴に伝えておかないといけないことがあって……っ!」
ライトが自らの怪我を見て、襲撃されたことをユリクスに伝えようとする。しかし、突如自分たちを挟み撃ちにする形で路地の両側から多くの気配が迫ってきた。現れたのは剣を構えた庶民然とした男たち。奴隷解放軍だ。
「リアナの姐さん、無事ですか!?」
一人の男がリアナを気遣う声を上げる。リアナがユリクスたちに捕まったと勘違いしているのかもしれない。
リアナはユリクスたちの前に立ち、胸を張って告げた。
「あんたたち、剣を下げなさい。あたしはこれから〝ギルド総長の懐刀〟の彼と協力して奴隷に関する調査をすることにしたわ。彼はあたしたちが敵意を見せない限り敵対することはない。だから彼らには絶対に剣を向けないこと。それを全体に伝えなさい。いいわね?」
リアナの言葉に男たちが狼狽える。
「返事っ!」
「「「は、はいっ!」」」
「そういうわけだから早く散りなさいな。あたしのことは心配いらないから」
「……わかりました。ご武運を祈ります、姐さん!」
奴隷解放軍の男たちは統率の取れた動きでこの場から去っていった。一連の様子を見るに、リアナは奴隷解放軍で上の立場の人間らしい。ライトは感心した様子で「ほえ~、すごいっス。姐さんっス」と間抜け面で呟いている。
「……それでライト、伝えておきたいこととはなんだ」
「あっ、そうだったっス!」
「ちょっと待ちなさいな」
ライトの話をリアナが遮る。それにライトは首を傾げ、ユリクスは怪訝な顔をする。そんな二人の様子を見て、リアナはやれやれと首を振った。
「外じゃ誰に話を聞かれるかわからないでしょう? 先に拠点にする借家を探しましょ」
ユリクスにしてみれば気配で周りに人がいるかを察知できるので問題ないのだが。まぁ落ち着く場所がほしいのも確かなので否定はしなかった。代わりにティアが「あれ?」と声を上げる。
「宿じゃなくて借家なの?」
「四人で過ごすには借家の方が何かと都合がいいじゃない。その子……メラも目立つし。そもそも、すぐ近くに赤の他人がいる空間で寝泊まりするなんて嫌よ」
「……待て。お前も一緒に借家に住むのか?」
「当然じゃない。どっかの誰かさんが出した条件のせいで、奴隷解放軍の拠点で過ごせなくなっちゃったんだから。責任とって広い借家を借りてちょうだいな」
先程圧を浴びせてきたユリクス相手にも豪胆に言ってのけるリアナ。奴隷解放軍の姐さんという立場は伊達ではないらしい。
金銭的には何も問題はないので、ユリクスは諾とした。
「宿を探したボクたちの努力が……」
「私は借家で過ごすの初めてだからいいけどね。楽しみ」
肩を落としたライトをティアが慰めつつ、借家の情報を求めてギルドに向かった。
ユリクスを先頭にギルドへ入ると、今まで騒いでいたであろう冒険者たちが一斉にグラスを落とし、椅子からも転げ落ちた。全員の視線はユリクスに向いている。
「え、いきなりなんスかこの状況」
「さっきギルドに入った時もこんな感じだったね」
「兄貴の仕業だったんスね……」
「ちょっとユリィ、あんたここで何やったのよ」
「……何かしただろうか」
思いきり殺気振りまいたじゃねぇか!! と冒険者たちの心の声が合致したが口に出す者は誰もいない。誰だって命は惜しいのである。
戦々恐々としたギルド内を歩き、こちらもまたびくびくしているギルド職員から借家の案内、手続きを経て、なかなかに大きい借家に住むことになった一行。現在はその借家でライトが淹れてくれたコーヒーを飲みながらブレイクタイム中である。
「ちょっとライト、あんたコーヒー淹れるの上手すぎない? というよりなんであたしの好みの甘さドンピシャなのよ」
「ふふん、少し好みを聞けば大方表現できる自信があるっス」
「感心通り越して恐ろしいわね……」
口ではそう言いつつもリアナのコーヒーを飲むペースは早い。
ユリクスは無糖、ティアは微糖、リアナは加糖、ライトは超加糖と、それぞれ好みは全く異なるのだが、それでも全員の好みを外さないライトの給仕の腕は一級品だ。ユリクスとティアはすっかりライトのコーヒーしか口にできなくなっている。リアナも時間の問題だろう。
胃袋に追い打ちをかけるようにライトがテキパキと用意したマフィンがテーブルに置かれ、三人と一匹は無我夢中で手を伸ばし続けた。
情報の共有という大事な話になったのはマフィンを全て平らげてからだ。ブレイクタイムを堪能したユリクスたちは真剣な面持ちになる。
「情報だけど、実は調査が滞っていて奴隷解放軍も大した情報は持ってないのよ。持っているのは一つだけ」
「その一つって?」
「奴隷の供給が多いことには市長が関わっている、ということよ」
「市長っスか……」
「そう。あたしたちの行動で奴隷商人たちがこの国に来る頻度は極端に減ったわ。あたしたちに奴隷を保護されて、取り扱う奴隷の数が減ったから。……でも、市長直属の奴隷商人だけが何故か今まで通りに奴隷を売り続けているのよ」
「……なるほどな。つまり、市長直属の奴隷商人がどこで奴隷を仕入れているのかを調べればすぐに理由はわかるというわけか」
「もちろん尾行はもう試し済みよ。一度も成功したことはないけどね」
リアナが悲しげに表情を歪める。
「……どういうことだ」
「……解放者よ」
「……」
「市長は用心棒として何人かの解放者を雇っているの。そいつらがなかなか強くてね……尾行しようとして殺された仲間もいるわ」
「解放者……。兄貴、ボクからもいいっスか? さっき伝えようとしたことなんスけど」
ユリクスはリアナからライトへと視線を転じ、続きを促した。ライトは手当てを受けた腕を差し出す。
「実は宿を探してる最中に、解放者の襲撃に遭ったんス」
「……なに?」
「一人だったんスけど、奇妙な仮面を付けてて不気味な奴だったっス」
「龍の神核持ちだったよ。ライトとメラが頑張ってくれたの」
「ガウッ」
「結局、イヴァンっていう人に助けられたんスけどね。リアナの姐さん、その人奴隷解放軍だったりするっスか?」
「いえ、奴隷解放軍にその名前の人はいないわ」
「そうっスか……もう一度お礼言いたかったんスけど……」
「それにしても、解放者の襲撃に遭ってよく生きていられたわね」
「ライト、強いんだよ」
「ティアの姉御に言われると照れるっスね~」
ライトが照れ隠しに後ろ頭を掻く。その様子を見ながらリアナは頬杖をついてクスリと笑みをこぼす。
「そう。解放者と渡り合えるなんて、神人族みたいね?」
「えっ?」
ライトは肩を撥ねさせてリアナを見る。リアナの浮かべる妖艶な笑みは、まるでライトを試しているようだった。思わず息を呑む。
「……神人族でなくても強い人間はいる。お前だってわかっているだろう」
ライトを庇うようにユリクスが割って入る。しかしリアナの追及じみた話は止まらず、矛先はそのままユリクスへと向かった。
「それってギルド総長や支部長……そして〝ギルド総長の懐刀〟のことかしら? 彼らがみんな人間族だって証拠はあるの? ねぇ、ユリクス?」
言外に、お前は神人族ではないのかと問われていることが窺い知れる。何故問い詰めてくるのかは不分明だが、ユリクスにとって駆け引きは厄介且つ面倒だ。
腕と足を組んで、面倒な思いを隠さず吐き捨てるように言った。
「……俺の知ったことではないな。強い奴が人間族だろうが神人族だろうがどうでもいいことだ」
「今のご時世、神人族かどうかは大きな問題だわ。はっきりさせておきたいのよ。あなたたちがどちらなのか」
「……」
「簡単じゃない? 胸元を見せてくれるだけでいいんだから」
リアナが官能を感じさせる動きでユリクスの胸元に手を伸ばしてくる。色欲をくすぐるその仕草に、しかしユリクスは揺らがない。
伸びてきたリアナの手を掴み取り、ぐっと強く引き寄せる。
「……詮索されるのは不愉快だ。俺にとって人種など大した問題ではない。……例え、お前が神人族であってもだ」
ユリクスが明らかな敵意を込めた視線でリアナを射竦める。だが一拍置いて次第に瞳が凪いでいき、言い聞かせるような口調で最後の一言を放った。
ユリクスの最後の一言にリアナはハッとした表情になり、掴まれていた手を引き抜いた。
リアナの表情から妖艶な仮面が剥がれ落ち、ユリクスの真意を探るように見据えてくる。その瞳が何を意味しているのかはまだ判然としないが、リアナもまた、何かを抱える人間であることは明白だった。
「……ごめんなさい。人種には少し過敏になってしまっていたの。もう詮索はしないわ」
片腕で自らの体を抱くようにして謝罪するリアナ。一変してしおらしくなった様子にユリクスも矛を収めた。
「リアナ、兄さんももう気にしてないし、私たちも何も気にしてないよ。だから今はこれからの話をしよう?」
「……えぇ、そうね」
ティアの気遣いにリアナが微笑む。それは初めて見る慈愛の籠った笑みだった。
何かと誘惑紛いなことをしてくるリアナだが、その心根は如何なるものなのか。付き合いの浅い今はまだ推し量ることはできなかった。
お読みいただきありがとうございます。




