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新たな国へ

二章お待たせ致しました。

「もう出発するのか?」


 ライオーネの関所付近。暖かな春風がこの場にいる者たちの前髪を優しく撫でつけていく。関所から少し離れた大道まで繋がっている花々の道は、まるで出発しようとしている者たちの門出を総出で祝っているかのようだ。


 馬車に乗ったユリクスとティア、ライトはダリオとメイシィ一家に見送られようとしている。ダリオとメイシィ一家の表情は寂しげだ。


「もう少しゆっくりしていってくださってもよかったんですよ?」

「まるまる五日間もゆっくりさせてもらっちゃったっスけどね」


 メイシィ夫君の言葉にライトは後ろ頭をかいて小さく笑う。


 ライトの言う通り、ユリクスたちはまるまる五日間ライオーネに滞在した。宿で精一杯おもてなしをしてくれるメイシィ一家の厚意や、ゲオルグの働きか予想以上に早く不安の色がなくなった町がとても居心地良かったのだ。それ故随分のんびりできたのである。おかげで治りかけだったライトの骨もすっかり完治した。


 急ぐ旅ではないので五日で町を出る必要はなかったのだが、このままでは居心地の良さに定住してしまうかもしれないとライトが旅の再出立を決めた。メイシィ一家の厚意に甘え続け、無料で宿泊し続けることに対しても思うところがあったため、ユリクスとティアも異論はなかった。


「寂しくなるなぁ。それに、ライオーネに〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟様がいてくれると心強かったんだが」

「……茶化すな」


 肩を竦めて言ったダリオのからかいにユリクス以外が笑う。


「それじゃあ、元気でな」

「またライオーネに来た際にはうちの宿を使ってくださいね」

「それと、心ばかりですがこれをどうぞ」


 再び寂しげな表情になったダリオとメイシィ一家に別れの言葉をもらう。メイシィ夫人には包みを渡され、ティアが受け取った。


「ライオーネの名物、ライカ饅頭が入っています。よかったら旅中に食べてください」

「ありがとう、メイシィさん」


 ライカ饅頭はライオーネに咲く食用のライカという花が練り込まれたお饅頭だ。ユリクスたち一行が気に入り、よく食べていたところを見ていたのだろう。中身を聞いてティアとライト、メラは心底嬉しそうだ。ユリクスもしっかり聞き耳を立てている。


 再び別れを交わしてメラがゆっくりと馬車を動かした。


「みんなまたね」

「また来るっスー!」


 ダリオとメイシィ一家は馬車が見えなくなるまで手を振ってくれていた。馬車に揺られながら、ティアとライトも手を振っていた。ユリクスはその様子を穏やかな気持ちで見つめていた。


「見えなくなっちゃったね」

「そうっスね。兄貴も手振らなくてよかったんスか?」

「……別にいい」

「そうだよライト。兄さん心の中でちゃんと手振ってたから大丈夫」

「……振ってない」

「あ、そうだったんスね。気づかなくてごめんっス兄貴!」

「……振ってない」


 ユリクスの否定の言葉を柳に風と受け流し、ティアとライトはユリクスもしっかりお別れをしていたということで納得したようだ。ユリクスは解せぬ気持ちをそのままにティアから包みを奪い、中身のライカ饅頭を一つ口に入れた。


「ちょっ、兄貴食べるの早い! まだ先長いんスからね!」

「兄さん、私にも」

「……気をつけて食べろ」

「ティアの姉御も!? ならボクも食べるっス! ちょうだい!」

「……お前は御者の仕事をしっかりこなせ」

「ティアの姉御との扱いの差がひどい……」


 もふもふとリスのようにライカ饅頭を食べる二人の姿を横目に、ライトは渋々意味のない手綱を握る。


 こうして一行の旅は再開された。次の目的地は新天地、ベルファリナ王国。かつて不死鳥の一族が治めた国である。




 ◇◇◇




「ふぅ、これで魔獣は殲滅(せんめつ)できたっスかね」

「そうみたいだね。二人共お疲れさま」


 ライオーネで魔獣討伐の依頼を受けた一行は、道中で遭遇した魔獣を片っ端から討伐していた。ライオーネを出発して既に四日。一切逃げることなく、寧ろ気配を感知すればライトが進んで戦いに行くため、討伐数は七十を超える。他の冒険者たちが聞けば腰を抜かす数だ。ちなみにこんな討伐数になっているのは、ユリクスも渋々付き合っているためである。


 現在も森の中で七体ほどの魔獣を討伐したユリクスたちは歩いて大道へと戻る。


「……ライト、ベルファリナまではあとどれくらいだ?」

「この調子で向かえば今日の昼過ぎには到着すると思うっス!」

「……そうか」

「そういえば、ベルファリナに着いたらティアの姉御は顔を隠しておいた方がいいっスよね」

「どうして?」

「だって……」


 ライトの顔が気遣わしげなものになる。その表情にティアは首を傾げた。


「……ベルファリナ王国は奴隷の国とも言われるくらい、奴隷にされた不死鳥の一族が多いっス。こんなこと言いたくはないっスけど、ティアの姉御のことを知っている人がいたら……」

「……自由になっているティアを(ねた)んで、正体をばらす人間も出てくる可能性がある、か」


 ユリクスとライトが深刻に言葉を交わす。しかし。


「それなら大丈夫だと思うよ」


 当の本人であるティアは特に気にしていないように微笑んだ。


「どういうことっスか?」

「私、一族の中でもずっと一人だったから、私のことを知ってる人はいないと思うよ。だから大丈夫」

「そ、それは……ある意味大丈夫じゃないんじゃ……」


 にこにことなんでもないように言うティアにライトが戸惑う。


「ずっと長い間一人だったことは覚えてるけど、一族がまだ滅んでいない間のこと、あんまり覚えてないの。だから悲しくないよ」

「……」

「……その……ティアの姉御ってどれくらい生きてるんスか……?」

「それもよく覚えてないの」

「覚えてないくらい生きてるってことっスかね……」

「……気味悪い……かな……」

「……そんなことはない。ティアが何年生きていようが、ティアはティアだろう」

「兄さん……」


 表情を曇らせたティアだったが、ユリクスの言葉に笑みが戻る。


「あー、ちょっと気になって聞いちゃっただけなんス。ごめん」

「ううん、大丈夫だよ」


 ライトが申し訳なさそうに頬を指でかく。ティアは本当に気にしていないというようにライトに微笑んだ。


 大道に戻って馬車を準備すると、再びベルファリナ王国へと向かって進む。


 三キロメートルほど進んだところで、先程までそよそよと心地よく吹いていた風が、ざわざわとした強いものに変わった。


「……」

「ん? どうしたんスか兄貴?」


 ユリクスが御者台へ出てきた。その表情はどことなく険しい。ティアとライトがユリクスの様子を見て周囲を警戒する。ユリクスに遅れて、メラとライトも異変に気がついた。


「グルルルル」

「メラ?」

「しっ、大人数が向かってくるっス」


 ライトがティアを守るように腕を伸ばしたところで、森が騒めいた。


「そこの馬車止まれ!」

「大人しくしろ!」


 突如森から二十人程の男たちが飛び出してきた。全員が庶民らしい服装をしているが、その手には似つかわしくない片手剣を持っている。


「……一体何のつもりだ。お前たちは何者だ」

「お前たちの方こそ何者だ! 何故魔獣を使役している!」


 ユリクスの誰何(すいか)に、リーダーらしき男から反対に誰何が返ってくる。メラをかなり警戒しているようで今にも斬りかかってきそうだ。


「おじさんたち待って。この子は魔獣じゃないよ」

「どういうことだ!」

「それは……」


 ティアが返答に詰まる。メラが魔獣ではないことを上手く説明できない。何分、自分たちですらメラがどういう存在かを理解できていないのだから。


「……ベルファリナの警備隊にしては服装がらしくないな。盗賊か?」

「なっ!? 我々を盗賊などと一緒にするな! 我々は奴隷解放軍だ!」

「……奴隷解放軍だと?」


 ユリクスの誘導が上手くいき、なんとか話題を逸らすことに成功した。しかし、奴隷解放軍という聞き慣れない団体に眉をひそめる。


「つまり、ボクたちを奴隷商人か何かと勘違いして出てきたってことっスかね」


 ライトが自然な動作で馬車を降りてメラを隠すように立ち、子犬サイズにさせてティアに抱かせる。子犬サイズの方がまだ警戒されないはずだと踏んでだ。その目論見は上手くいき、話はそのまま馬車の荷台へと移った。


「そのキャラバンには何を乗せている!」

「何も乗せてないっス。ただ広々使いたくてキャラバンの馬車を買っただけっスからね。ほら」


 ユリクスとメラを抱いたティアも馬車を降り、中がよく見えるようにする。男たちは慎重に馬車を検分し、完全には警戒を解かぬまま馬車から離れる。


 だがまだ男たちは去ろうとしない。


 ユリクスは面倒になった。


「……俺たちはただの冒険者だ。奴隷には関わっていない。用が済んだのなら早く失せろ」

「「「っ……!」」」


 ユリクスが男たちを睥睨(へいげい)し威圧を放つ。一気に空気が重くなったと錯覚するほどの圧倒的な威圧感を前に、男たちはたじろいだ。男たちは息を呑み、震える手で構えていた剣を下ろす。


「……いきなり襲い掛かったことは謝罪する。申し訳なかった。……これからツバメルへ行くのか?」

「そうっス」


 ツバメルはユリクスたちの次の目的地、ベルファリナ王国の最初の町である。


「そうか。……一つ質問に答えてくれ。お前たちは奴隷制度についてどう思っている?」

「どうって……あまり良いものだとは思ってないっス」


 リーダーらしき男からの突然の質問にライトは戸惑ったが、正直に答えた。その横でティアも頷く。ユリクスはライトの言葉に反応しなかったが否定もしなかった。


「……わかった。改めて言うが、我々はベルファリナ王国全土で活動している奴隷解放軍だ。協力しろとは言わないが、くれぐれも邪魔はしてくれるなよ」


 そう言い残して男たちは森へ引き返していった。男たちを見送った三人と一匹は溜め息をつく。


「……なんだったんスかね」

「奴隷解放軍でしょ?」

「……奴隷解放軍だな」

「それはわかってるっスよっ」


 ティアは軽口をたたきながら、ユリクスは至極真面目に返答して荷台に戻り、ライトはツッコミを入れながら御者台へ。再びメラに馬車を引いてもらう。


 次の国でもなんだか一悶着ありそうだ。




 ◇◇◇




 関所が見えてくる前に馬車をしまい、メラを子犬サイズにしてから関所に向かって歩く。しばらく歩いて関所前に出来上がった長蛇の列が視界に入ってきた。その列は異常にざわついていた。


「早く国へ入れてくれ!」

「もういきなり襲われるのは懲り懲りだ!」

「役人は何をしているんだ! 早くしてくれ!」


 列に並んでいる者たちは一様に早く国へ入れてくれと訴えている。叫んでいる言葉から、ユリクスたちと同じように奴隷解放軍を名乗る集団に襲われたのかもしれない。


 列に並ぶ馬車をよく見てみると、他の馬車とは様子が異なるものが点々とあった。不自然にぼろぼろになり、その横で怪我を負った冒険者らしき男たちがいる馬車がちらほらいるのだ。ぼろぼろの馬車から鎖のようなものが見えているので奴隷商人だと考えられる。運んでいた奴隷たちは奴隷解放軍に奪われたとみて間違いないだろう。


 ユリクスたちは目の前で繰り広げられている喧騒を眺めながら列の最後尾に並んだ。


 列が頻繁に乱れるため、役人たちが懸命に整列を呼び掛けている。少しでも入国をスムーズに行うためか、入国に先立って魔力証の提示を求めている役人が徐々に列の最後尾に近づいてきていた。その表情は必死で同情を誘う。


「魔力証のご提示をお願い致します」


 遂に最後尾まで来た汗だくの役人の男に、三人は魔力証を提示した。三人の――正確にはユリクスの魔力証を見た役人の表情が驚愕に染まる。


「ッ! 〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟様でしたか! でしたら列に並ぶ必要はございません! 先へお進みください!」


 なんと、〝ギルド総長の懐刀(ガーディアン)〟という理由で、列に並ぶ必要も検問を受ける必要もないという。ゲオルグが言っていた待遇とはこれのことだったのかと思うと同時に、この喧騒の中先に通してもらってもいいのだろうかと心苦しく思ってしまう。とはいえ思っているのはライトだけだが。


 ユリクスとティアは真横から刺さる恨めしい視線をそっちのけで進み、ライトはたじたじな様子で二人の後を追う。役人一人一人から一礼をもらいながら、三人と一匹は入国した。


 ベルファリナ王国最初の町であるツバメルは小さな町だ。それに加えて、多くの建物がみすぼらしく見えて(さび)れている印象が強い。ユリクスは町に言い様のない違和感を覚えて眉をひそめた。


「実は、奴隷解放軍を名乗る連中に奴隷商人たちが(ことごと)く襲われていて、町に奴隷が入ってこないんです。……元々いた奴隷もほとんどが奪われてしまって、そのせいで経済が上手く回らなくなりました。それから町は急速に(すた)れました。ここは小さい町ですから、奴隷の労働力に頼っていたところがありまして……」


 ユリクスの感じた違和感の答えを、案内してくれた役人が意図せず話してくれた。なるほど、入国の務めを果たす町であるはずなのに、あまりにも廃れすぎている。違和感の正体はそれかと、ユリクスは納得した。


 一先(ひとま)ず宿泊する宿を探すことにした一行は役人から一番良い宿の場所を聞き、そこへ向かった。


 辿り着いて宿に入る。中は内装が汚れ、宿泊客の対応に従業員がてんやわんやしていた。単純に人手が足りないことが窺える。


 なんとかチェックインを済ませたものの、問答無用で三人部屋に押し込まれた三人と一匹は、部屋でコーヒーを飲みながら一息ついていた。ちなみにいつも通りユリクスは無糖、ティアは微糖、ライトは超加糖である。


「なんか、奴隷がいないのは嬉しいことなんスけど、この状況を見ると素直に喜べないっスね」

「どこのお店も大変そうだったね」

「……奴隷に頼りすぎるからこうなる」

「まぁ、神人族のボクたちからすれば自業自得って感じなんスけどね」


 ライトは苦笑いを浮かべた。


「奴隷解放軍の人たちって神人族……ってわけじゃないよね?」

「……あぁ。皆アクセサリーとして神核を身に着けていた」

「さすが兄貴、よく見てるっスね。ってことは、〝決別の日〟賛同派じゃない人間族の集まりってことなんスかね。軍って言うからには結構人数いそう」

「そうだね。賛同派じゃない人が結構いるってわかって、ちょっと嬉しい」

「……」


 ティアとライトが複雑ながらも喜びを隠しきれない様子で話す中、ユリクスだけは険しい顔をしていた。その表情を見て、二人は寂しげに顔を見合わせる。


「……やっぱり兄さん、人間族を信用できない?」

「……龍の一族は他の一族よりも酷い惨状だったって聞いたっス。人間族が信用できなくても無理ないと思う……けど……」


 ティアとライトは、ダリオやメイシィ一家、ゲオルグたちと出会い、人間族という(くく)りではなく個として捉えようとしている。ユリクスにもそうなってほしいのだろう。しかし、ユリクスにはどうしても人間族への猜疑(さいぎ)心と嫌悪を振り払うことができない。信じようとするたびにどこからか暗い感情が溢れ出て、決して人間族を赦すなと(いまし)めてくる。まるで、自分の内にもう一人いるような……そんな感覚に襲われる。


 意識するたびに込み上げてくる不快な暗い感情に蓋をするように、目蓋を閉じた。


「……俺のことはいい。それよりも、奴隷解放軍なんて面倒なものに関わってくれるなよ」

「わ、わかってるっスよ……ちょっと気になるなぁ~なんてこれっぽっちも……思ってないっス……」

「ライトわかりやす過ぎ。兄さん、私気になる」

「ティアの姉御は率直過ぎるっス!」

「……お前たち……」


 面倒事に首を突っ込みたがる二人の性分に、ユリクスは頭を抱えた。


「で、でも、進んで協力しようとか、逆に止めようとかそんなことは一切思ってないっスから!」

「うん。どんなことしてるのかなぁくらいにしか私も思ってないよ。だから安心して、兄さん」

「……」


 まぁそれくらいなら、とユリクスは溜飲を下げた。それが伝わったのか、ライトは胸を撫で下ろし、ティアはにこりとする。


「奴隷解放軍ってベルファリナ王国全土で活動してるって言ってたよね? 他の町はどうなってるんだろう」

「ベルファリナ王国といえば、大都市シーガラスがある国っス。もしかしたら、そこが一番の抗争地帯かも」

「……そこには行かないといけないのか」

「ベルファリナに来たなら行かないと旅してる意味がないっスからね!」

「……」

「兄貴今面倒くさいって思ったっスね? も〜、ほんとに面倒くさがりなんだから」

「戦うことになっちゃうかな……?」

「……敵意を見せてくるのなら、誰であろうと斬り伏せるだけだ」

「戦闘は面倒じゃないんスね……」

「……俺は揉め事に巻き込まれるのが面倒なだけだ」


 ユリクスのシンプル過ぎる考え方に、ライトは呆れたように息を吐いた。しかしそういうところが兄貴(ユリクス)の好感が持てるところでもあると、思わずふふっと声を漏らす。


「……何を笑っている」

「いや別に、なんでもないっスよ。それよりこの町にギルドがあるか聞きに行かないっスか? これだけ小さい町だとギルドがあるか怪しいっスからね」

「賛成。ついでに観光したい」

「観光って……ティアの姉御の出身国なのに……」

「言ったでしょ? あんまり覚えてないって」

「あー、そういうことなら」


 ティアとライトがユリクスに許可を求めるより先に、ユリクスは空になったティーカップを置いて立ち上がる。冷たそうにみえて、実のところ自分たちに甘いところがあるのもまた兄貴(ユリクス)の良い所だなぁとライトは嬉しく思う。ティアも同じことを思っていたようで、部屋を出ていこうとするユリクスの後にメラを抱えて嬉しそうについていく。置いていかれないように素早く三人分のティーカップを片付けて、ライトも二人の後を追った。


 まずはギルドの有無の確認だ。部屋を出て廊下をしばらく歩いていると、丁度話が聞けそうな掃除中の従業員の男を見つけた。


「お兄さん、ちょっと聞きたいんスけど、この町にギルドはあるんスかね?」

「ギルド……?」


 ギルドという単語を出した瞬間、従業員の男は不快な感情をあらわにした。その様子に一行は首を捻る。


 男は吐き捨てるように言った。


「そんなものはないよ。ギルドに用があるならシーガラスに行くといい」

「ありがとう。ねぇ、どうして嫌そうな顔をしたの?」


 ティアが真正直に尋ねる。すると従業員の男は不快げな表情に悔しげな、あるいは悲しげな感情が混ざった複雑な表情をして顔を俯かせた。


「シーガラスに大きいギルドがあるけど、奴隷解放軍が好き勝手に奴隷を略奪してるっていうのに支部長は全く動こうとしないんだ。冒険者たちに制圧の依頼を出すこともなく、完全に放任してる。冒険者たちは依頼としてじゃないと動かない人がほとんどだから、金のない一般市民じゃ奴隷を守り切れない。ベルファリナは衰退(すいたい)していく一方で……これじゃあギルドなんて信用ならないよ」

「「「……」」」


 ギルド支部長が神人族を肯定する者の集まりであることを知っているユリクスたちには、シーガラスの支部長が放任している理由がよくわかる。しかし、ベルファリナで暮らす人々にとって奴隷は生活に必要不可欠なもの。そのため、対策をとらないギルドへの不信感が募ってしまうのだろう。


 ベルファリナの経済問題と神人族の問題で板挟みになっているであろうシーガラス支部長に少々同情する。


 従業員に礼を言ってから町へ出た一行だったが、とてもじゃないが観光の楽しい気分にはなれなかった。どこの店も人手不足でてんやわんや。建物の手入れや修繕には手が回らずぼろぼろの状態のまま放置されている。中でも酷かったのが……。


「そっちにはまだ三匹もいるじゃねぇか! 一匹くらい譲ってくれてもいいだろう!」

「無理よ! うちも今の数で精一杯なの! 譲ってやれるほど余裕なんてないわ!」


 奴隷の奪い合いである。


 奴隷にされた神人族を人とも思っていないことも酷い話だが、その光景は実に醜悪(しゅうあく)だった。そして争いの横にいる奴隷の神人族は皆一様に瞳に生気が宿っておらず、人形のようだった。奴隷というのは三人が想像している以上に過酷な環境にいるようだ。


 一通り町を回った一行だったが、楽しみは見出せず、早めに宿へと帰った。ティアとライトの表情は暗い。


「……シーガラスの実情はこの比じゃないんだろう。それでも行くのか?」


 気落ちしてしまった二人を、腕と足を組んで座ったまま見遣るユリクス。その言葉にはわかりにくいが気遣いが宿っている。二人はそれに気づいてか、はっとしてユリクスを見た。


「……行くっス。見たくないからって目を背けることは、もうしたくないんス」

「……それはお前の過去と関係があるのか? ベルファリナの一件は関係ないだろう。別に目を背けたからといって人から責められるものじゃない」

「それでもっス。それに、奴隷解放軍は神人族を信じてくれている人の集まりかもしれない。なら神人族として、彼らがどんな人たちなのか、この目で見極めたい」

「私も同じ。それに、奴隷解放軍の人たちが今の国の状況をどう思ってるのかも知りたいしね」

「……つまりお前たちは奴隷解放軍と関わる気なんだな?」

「うっ、まぁ……そうなるっス」

「……」


 ユリクスの心底めんどくせぇという視線にライトが目を泳がせる。それでも意見を変えることはなかった。ティアはユリクスを上目遣いに見て許可が出るのを待っている。メラはいつもティアの味方なのでこちらも許可待ちの目をしている。


 三者三様の態度を正視して、ユリクスは長嘆息をした。


「……一先(ひとま)ず明日、シーガラスへ向かうぞ」

「兄さん!」

「兄貴!」

「ガウッ!」

「……関わるとは言っていないからな。あくまで様子を傍観するだけだ」


 念を押したユリクスの言葉が聞こえているのかいないのか、ティアとライトは手を組み合わせてきゃいきゃい喜んでいる。この様子だと進んで関わりに行きかねないなとユリクスは渋面になった。


 シーガラス行きを決めたのは早計だったか? と若干後悔し始めたユリクスだったが、決めてしまったものは仕方ない。できるだけ面倒なことにはならないように祈りながら、未だきゃいきゃいしている二人を眺める。


 まぁ、問題ないだろう。敵意を向けてくる者は、全て斬り伏せてしまえばいいのだから。






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