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幕間 穏やかな町での穏やかな休息

 ライオーネに来てから三日が経った。


 三日経ってもライオーネという町は穏やかなままで、ユリクスの心までどこか穏やかにさせられる。


 宿の部屋の窓から覗く景色は、花々が咲き乱れる裏庭。そこに春の日差しが照りつけて実に鮮やかで美しい。陽気もぽかぽかで思わず気持ちがだれる。


 そんなわけで、ユリクスは部屋のベッドでゆるりと横になって寛いでいた。


 ふかふかなシーツの感触に誘われてうつらうつらとしていると……。


「……何をしている」

「膝枕、してあげようと思って」


 (おもむろ)にティアがユリクスの枕元に近づいてきたかと思うと、ユリクスの頭を優しく持ち上げて、自らの膝の上に乗せる。


 眠りへの(いざな)いを阻害されたことへの不満より、自分の置かれている状況に対する困惑の方が強くてユリクスは渋面(じゅうめん)になる。未発達とはいえ、ティアの太腿の柔らかな感触もなんともいえない。それは決して変な意味ではなく、単純に何故自分がこんなことをされているのかがわからなくてそわそわするのだ。変な意味ではない。


「兄さん、いつも頑張ってくれてるから、その労い」

「……そうか」


 一応、この状況の説明がされたのでなんとなく落ち着いた。ただ、膝枕自体初めての経験でやはりそわそわするのだが。


 ユリクスがこの状況を受け入れたことを察すると、ティアは労わるようにユリクスの頭を撫で始めた。なんだか子ども扱いされているような気もするが、気持ちがいいのも確かなのでそれを甘受する。


 うっかり落ちそうになる瞼を開いてティアを見上げると、とても優しい眼差しでこちらを見ていた。この町の穏やかさに感化されたかのようなあたたかな瞳。左右で違う、琥珀と真紅の瞳は宝石のように綺麗なものだとは思う。だが、やはりどうしても〝赤〟を見ると思い出してしまう。あの地獄のような光景を。そして、〝あの子〟の存在を。


「ごめんね、嫌だよね」


 ティアが申し訳なさそうに眉を下げる。ティアは驚くほど鋭い。表情には出ていないはずだが、どうやら悲愴な思いを抱いてしまったことを察せられてしまったようだ。


「……お前が謝ることはない」

「ありがとう」


 ティアが微笑む。その表情に安心し、再び頭を撫でられる感覚を堪能しようとしたユリクスだったが、ティアは「でも」と続けた。


「兄さんが嫌なら、取るよ?」

「……何をだ」

「目」

「……やめろ」


 一瞬ユリクスの肝が冷えた。ティアが冗談で言っているわけではないと理解したからだ。戦闘でもこんな恐ろしさを感じることはないのに。


 普段からティアの自分に対する感情が重すぎると感じる。迷惑かと言われればそうではないが、自分に向けられるには不釣り合いだと思ってしまうのだ。自分はそこまで価値のある人間ではないと。


 ユリクスが顰め面をしているのを見て、ティアはクスクスと笑った。


「前に言ったでしょ? 私は兄さんのためなら何でもするって。あの言葉は嘘じゃないよ。私にできることは少ないと思うけど、できることなら何でもするから」


 そう言って、ティアはユリクスの髪を小さな手で梳いた。その感覚にユリクスは目を細める。


「……俺でよかったのか」

「え?」

「……俺はそんな風に思われるような人間じゃない」


 ティアは目を見張ると、微笑んで首を緩く横に振った。


「それを決めるのは兄さんじゃない。私が兄さんがいいと思ったからそうするの。ライトも、きっとそうだよ」

「……」


 ティアの言葉と仕草、一つ一つに慈愛が込められているのがわかる。ユリクスは複雑だった。そんな感情が自分に向けられていいのかという思いが一つ。そしてもう一つは、そんなティアの姿がどうしても〝あの子〟と重なってしまうのだ。今だけじゃない。ちょっとした仕草が、いつも〝あの子〟を想起させる。


 ティアと行動を共にすると決めた時、ティアという存在と共にあることは贖罪(しょくざい)になるのだと思った。きっとそれは間違いではなかった。ティアと〝あの子〟を重ねるたびに酷い罪悪感に襲われる。それを背負い続けることが贖罪になる。


 ティアは、自分がそんな罪滅ぼしの理由で共にいると知ったらどう思うのだろうか。きっと幻滅するだろう。


 ユリクスはティアから目を逸らした。


「兄さん?」

「……やはり俺は、大層な人間じゃない」


 ティアの表情が困ったような、そしてどこか悲しげな色に染まる。言った言葉に嘘はない。しかしそんな表情をさせてしまったことにもまた、歯痒い思いをする。やはり自分は、人と上手く付き合っていかれない。わかっていたことだが、誰かと共に過ごすようになって実感する。


 コンコン。


 ノックの音が響いた。遠慮なしに扉が開かれる。


「ただいまっスー。って、なんでボクがいない間に仲良さげにしてるんスか! 羨ましい!」


 進んでメイシィ一家の仕事、主に料理を手伝っているライトが戻ってきた。昼食の時間帯が終わったので、後は休んでいてほしいなどと言われたのだろう。


「おかえりなさい」

「ただいまっス! えいっ!」


 ライトが勢いよくユリクスの隣にダイブする。もちろんライトのベッドは別にある。


「……狭い」

「いいじゃないっスか、ボクも入れてほしいっス!」


 入れてほしい、というよりもう入っている。ユリクスは狭いと思いつつもティアの膝枕から退くことはなかった。太腿とシーツの感触が心地良いのがいけない。本当に決して変な意味ではなく。


「ねぇライト」

「んー?」


 猫のようにシーツに体を擦りつけて感触を楽しんでいるライトに、ティアが声を掛ける。


「ライトは兄さんと出会って良かったと思う?」

「当然じゃないっスか」

「ほらね、兄さん」


 ライトの間髪を容れない返答にティアは顔をほころばせた。


「何の話っスか?」

「兄さんが自分のことを過小評価し過ぎてるって話」

「あー」


 何が「あー」なんだ、とユリクスは横を向いてライトを軽く睨みつけた。しかしライトは、先程のティアと同じように優しい眼差しをした。ユリクスは目を見張る。


「兄貴は自分の生きる意味とか、生きている価値とか、難しく考えすぎなんスよ。確かに、一人で生きていた頃の兄貴なら考えちゃっても仕方ないかもしれない。だって、人は独りでは生きられないから。……でも、今は兄貴を必要としてるティアの姉御がいる。ボクがいる。……必要としてくれる人が一人でもいれば、それがもう生きる意味としては十分なんスよ」


「ボクはそう思って生きてるっス」と言ってライトはニカッと屈託なく笑った。


「それもそうだけど、兄さんったら、自分が私たちと一緒にいていいのかって思ってるみたいなんだよ」

「それこそ、必要としてる時点で一緒にいてくれないと困るって話っスよ」


 ねー、と二人で顔を見合わせる。


 ここまで真っ直ぐに自分を必要としていると伝えられるとは。ユリクスは目を眇めた。こんなにも強く誰かを信頼できる二人を眩しく感じたのだ。


「……どうしてそこまで俺を信頼できる」

「兄貴だって人のこと言えないじゃないっスか。あの洞窟で、ボクのことを信頼してくれた。明らかに自分よりも弱くて、神核のことすら隠していたボクを」

「……」


 あの時の感覚が、〝信頼〟の感覚。自分の心に刻みつけるように思い返す。


「本当に嬉しかった。憧れてる兄貴に信頼してもらえたこと。炎虎種の神核を持っているって知っても嫌わないでくれたこと」

「……あの時のお前は、頼もしいと思ったからな」

「それは嬉しいっスね」

「……それに、お前の炎は……綺麗だと思った」


 ライトが息を呑む。ユリクスは続けた。


「……炎は昔を思い出す。だが、炎の種類は一つじゃない。時に人の役に立つことを思い出した。……お湯を沸かす時とか」

「ぶふぉっ」

「兄さん、なんでそこでお湯なの」


 ライトとティア、ついでにベッドの脇で話を聞いていたメラも震えだす。頭がぶるぶる揺れて落ち着かない。


「コンロの火と同等にされたのは腑に落ちないっスけど、まぁ嫌わないでくれたなら良しとするっス」

「……」

「信頼の話だけど、あの時兄さん言ってたよね。『ライトは問題ない』って。大丈夫。兄さんもちゃんと人を信じる心を持ってるよ」

「え、何それ、聞きたかったっス」


 ライトがティアにそれちょっと詳しくと詰め寄っている。


 ユリクスは体を起こして二人を見遣った。目の前でじゃれ合っている二人は本当に眩しい。自分の事を兄と慕い、全幅の信頼を寄せてくれるが、自分には出来過ぎた二人だと思う。


 色々な感情を教えて導いてくれる二人に、自分が返せることはなんだろうか。自分には戦う力しかない。ならば、この二人の身は自分が守ろう。ユリクスの内で感情のピースが一つはまり、それを胸に宿した。今までの自分では決して持ち得なかった、取り戻せなかった、〝大切な人を守る決意〟を。


 ――二人がいつまでも笑っていられるように。


 そうユリクスは願うのだった。






お読みいただきありがとうございます。


これにて第一章終了です。

執筆の為、章間毎に数日の間を頂きたいと思います。

執筆の進捗状況により日数は変動しますが、大体一週間を目途にしたいと考えております。

このことに関しましては、活動報告でもお知らせ致します。


次回の投稿は1月9日(土)を予定しております。

よろしくお願い致します。

投稿した際には活動報告にてお知らせ致します。

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