幕間 ライト
ライト視点です。
大道を走る馬車の窓から体を乗り出すと、強い風が顔に当たる。けれどそんな強風も今のボクにはとても気持ちがいい。今日は天気も良いから日差しもぽかぽか。感じ取れる自然の全てがこれからのボクを応援してくれているようにも感じられる。幸先良いっス!
「おいおい兄ちゃん、そんなに乗り出すと落ちるぞー」
「大丈夫っス! 心配ありがと!」
この馬車は冒険者共同馬車だ。中には十人以上の冒険者が乗っている。強面な人が多いけれど、みんな弱そうな――不本意!――ボクに優しくしてくれる良い人たちだ。
「随分機嫌いいなぁ。なんか良いことでもあったのかい?」
「ワクワクしてるんスよ! なんてったって、これから行くイグレットには目的があって行くんスから!」
そう、ボクには目的がある。これからの自分の行く末に大きく関わる大事な目的が。
「へぇ、イグレットには何しに行くんだ?」
「ズバリ、一匹狼さんに関する調査っス!」
きっぱり言い切ると、それまで朗らかだった馬車の空気が固まった。そして冒険者のみんなが心底心配そうにボクを見てくる。何か変なこと言ったっスかね?
「……あー、兄ちゃん」
一人の冒険者のおじさんが恐る恐るといった様子で口を開いた。
「悪いことは言わねぇ。そいつに関わるのはやめとけ」
「え?」
「あぁ、そいつに関わっても碌なことにならねぇ」
「アイツは異名の通りの獣だ。何か気に障ることをすれば容赦なく喰い殺される」
「興味本位で近づいていい奴じゃないんだ」
みんなが顔を見合わせながら、次々とボクに忠告してきた。確かに凄く強いことは噂では聞いていたけれど、そんなに悪い人なんスかね?
「……忠告、感謝するっス」
ボクは笑って返事をした。でもボクは目的を変えない。みんなには申し訳ないけれど、こればっかりはどうしても引けないんスよね。
ボクの返事で話題は変わり、和気藹々とした雰囲気で馬車は無事イグレットに到着した。関所を通り、みんなと別れを交わす。
「ここがイグレット……情報通り大きそうな町っス」
この広い町でたった一人の人間の情報を集める。なかなか骨が折れそうだ。
……と、思っていたのは最初だけ。ギルドに行けば簡単すぎる程にその人の情報は手に入った。
「一匹狼だと? アイツは人間の皮を被った獣だ。いや、化け物だ」
(それ馬車でも聞いたっスね……)
「アイツはいつも一人だ。誰かと行動を共にしてるところなんて一度も見たことがない。高難易度の依頼を受注してるにも関わらずな」
(やっぱり相当の手練れなんスね)
「たまに余所者が興味本位で絡みに行ってるところを運悪く見かけるが、そいつらの末路なんて酷いもんだぜ……」
「俺もたまたまアイツの殺気を近くで浴びちまって、俺に向けられたものじゃないのに失禁しちまったよ……」
(う~ん、怖い人なんスかねぇ)
「一匹狼!? やめてくれ! アイツのことなんて考えたくもねぇ!」
(……)
と、こんな感じの情報が多い。あとは運よくとある宿から出てくるのを見たことがあるという情報が得られ、恐らく宿泊場所も知ることができた。ただ、ここまで恐ろしいという情報ばかり集まると接触するのに少々抵抗が生まれる。
いや待てライト、情報だけに踊らされるな。人柄は実際に接触してみないとわかるわけないじゃないか! 気を取り直してギルドか宿で待ち伏せ……いや、やっぱりもうちょっと日を置こう。決して怖いわけじゃないっス。
それから数日経って、未だに接触はできていない。別に怖いわけじゃないっス! 実物を見てないから誰が一匹狼さんかわからないだけっス!
ギルドで今日も聞き込みをする。その途中、話を聞いていた冒険者の男性の表情が強張った。
「どうしたんスか?」
「しっ、奴だ。目ぇつけられたくなかったら静かにしてろ」
振り返ると、ギルドの入り口からたった今入ってきたらしい一人の青年がいた。
黒ずくめの姿と、噂に似合わない眉目秀麗な顔。何より気になったのが、誰も近づいてくれるなというような近寄りがたい空気。なんだかその空気は悪人の纏うものではないように思えた。どちらかといえば、自分自身を守るための……。
気づけば青年は依頼の受注を終え、外に出ていってしまった。追いかけないと! そう思って急いでギルドを飛び出したものの、既にその人の姿はなかった。
「……アンタは、本当はどんな人なんスか……」
ボクの中のあの人への興味は膨らんでいく一方だった。
◇◇◇
今日の町はなんだか騒がしい。特に冒険者たちが。どうしたのかと聞いてみれば、なんと、あの一匹狼さんが女の子を連れているという! どういうこと!? とボクも大混乱。
結局あれから一匹狼さんとは接触できずにいた。なんだか怖かったのだ。それはあの人の殺気とか空気じゃない。あの人が、本当は悪人だったらどうしよう。そう思ったら事実を知るのが怖くなったのだ。あの人には、悪人でいてほしくないと思ってしまったから。
たった一目見ただけで、あの人は傷を負った人なんだと感じた。外傷じゃない。心の傷。多分、ボクもそうだから気づいたんだと思う。
最初はボクの目的を達成するために、良い人だったら弟子入りしようと思ってた。でも、今はそんなこと関係なく、あの人には道を踏み外してほしくないと思ったんだ。
でもそんなあの人が女の子を連れているという。これはやっぱりあの人は良い人なのでは! と久しぶりにウキウキした。
今日こそ接触してみよう! そう思って町を歩いていると、怒号が聞こえてきた。
「てめぇ、俺の商品を盗みやがったな!」
「まって、ぼくなにもぬすんでないよ!」
装飾店の店主が小さな男の子の腕を掴み上げて今にも殴り掛かりそうな勢いで怒鳴っていた。咄嗟に体が動いた。
「ストーップっス!」
とりあえず男の子の腕から店主の手を引き剥がす。
「なんだてめぇは!」
うーん、何て言おう。咄嗟に動いちゃったから何も考えてなかったっス。
「……通りすがりの幼気な少年です?」
「ふざけてんのか!」
まぁそうなるっスよね~! だれか~!
しかしギャラリーが集まってくるだけで誰も助けてくれない。ボクがなんとかするしかないか……。
「まぁ落ち着いてほしいっス。この子に何か商品を盗まれたんスか?」
「そうだ! だからそのガキを早く渡せ!」
「ちがうよ! ぼくたまたまとおりかかっただけでなにもぬすんでないんだ!」
この男の子が嘘を言ってるようには見えない。多分店主の勘違いかなんかだろう。でもできるだけ穏便に済ませたい。
「ならボクが代わりに支払うから、今回は見逃してあげてもらえないスか?」
男の子が盗んだことを認めるみたいで癪だけど、今にも泣きそうなこの子を早く解放してあげたい。そう思ったんスけど……。
「うるせぇ! いいからそのガキをこっちに渡しやがれ!」
えぇ~、話聞いてるこの人? もう一回言った方がよろし?
「ぼく、お店のものなにもぬすんでないよ!」
「この子もこう言ってるし、盗まれた物の代金はボクが支払うから見逃してあげてほしいっス」
「そういう問題じゃねぇんだよ!」
じゃあどういう問題なのよっ! この人の親の顔が見てみたいわっ!
店主の顔色がどんどん赤く……黒くなっていく。もう一体どうしたら……。
「ねぇおじさん、この子が何を盗んだっていうの?」
赤みがかった金髪の少女がボクの前に立った。か弱そうで、でも店主と向き合う凛々しい姿は頼もしい。
少女が店主の言葉を冷静に指摘していく。その様子にボクの頭も冷えた。いくら穏便に済ませたいからって男の子が盗んだことを肯定することになるのは間違っていた。
予想通り、男の子は何も持っていない。店主の完全なでっち上げだ。
ボクと少女が追い込んでいくと、とうとう店主が少女に拳を振り上げた。
(危ない……!)
少女を守ろうと動きかけたところで、横から素早く腕が割り込んできた。その腕が華麗に店主を一回転させて転ばせる。
(……一匹狼さん?)
紛うことなくあの人だった。一匹狼さんは掴みかかろうとしてきた店主を軽くあしらい、難なく撃退してしまった。その手腕に思わず見惚れた。
一匹狼さんと少女は周りからのお礼への対応もそこそこに去ってしまった。
でも、これで確信した。
(やっぱりあの人は良い人だった……!)
対応はぶっきらぼうだったけれど、あの人は少女を守ったし、何より悪を許さなそうなあの芯の強い少女が一緒なのだ。間違いない。
(早く追いかけなきゃ!)
なんとかギャラリーの人たちのお礼攻撃から逃れて走り出す。けれど二人の姿は見当たらない。でももう迷わない。絶対に話をする。
確固たる意志を持ってボクは二人の姿を探した。人から目撃情報をもらいながら、やっとのこと公園のベンチに腰掛ける二人を見つけた。
「やっっっとみつけたーー!!!」
肩を撥ねさせる二人の前に回り込む。そしてありったけの覚悟を乗せて言った。
「そこのお兄さん!! ボクを弟子にしてほしいっス!!」
表情筋は死んでるけど、それでも伝わってくるめちゃくちゃ嫌そうな感情が乗った表情が返ってきて断られる。それでも絶対に引かない。
でも、逃走を許してしまった。やばい、絶対に逃がしてたまるものか!
ここ数日で得た道の情報を最大限に使って追いかける。やっと見つけた人なんだ。絶対に捕まえる。
ボクが目的を達するために必要な人だから。……でも何より、もっとあの人のことを知りたいと思ったから。
屋根、地下、物、人。なんでも使って追いかける。息が切れて苦しい。頭がガンガンする。心臓の鼓動がうるさい。こんなに必死に走ったのはいつぶりだろう。でも嫌な感じはしない。ボクの希望になりえる人が目の前にいる。手の届く場所にいる。絶対に諦めない。
あの人は人一人と獣を抱えて走っているのに余裕そうだ。やっぱりすごい人だ。思わず笑えてくる。
気づけばそろそろあの人の泊まっている宿の夕飯が終わる時間だ。これなら宿に帰るはず。
その目論見は当たって、宿にあの人たちがいた。
隣に無理矢理座ってボクも夕飯を注文する。どうやら観念してくれたようでそのままいさせてくれる。力で物を言わないあたり、やっぱり根は優しい人だ。
美味しい夕飯を食べながら、どうやってボクの弟子入りの話にこの人を頷かせるかを考える。でももう捕まえた。この人の弟分に必ずなる。絶対に逃がさない、ボクの希望。
観念するっスよ――〝兄貴〟。
お読みいただきありがとうございます。
明日の幕間と用語集を最後に章が変わります。




