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幕間 ティア

ティア視点です。

「とうとう見つけたぞ……!」

「これが不死鳥の――か」

「あぁ、これで新たな研究ができるようになる」

「不死鳥の――を手に入れられるなんて、なんて幸運なんだ」


 ――うるさい。


 たくさんの雑音で頭がガンガンする。


 ここはどこだろう。真っ白い壁。床。天井。人の服も白い。私も白い服のようなものを着ている。


 目の前の人たちが私の事に関して何かを話している。何の話をしているのかはよくわからない。ただただうるさい。


 でも、なんだか人の声を聞いたのはとても久しぶりな気がする。というより、私は今までどこで何をしていたんだっけ。思い出せない。ただ、ずっと一人だったような気がする。人の声を聞いたのが久しぶりなんだから、きっと間違ってない。


 私は誰? 私はティア・フェニシス。不死鳥の一族。それだけはわかる。〝決別の日〟が起こって、それで……それで? どうやって生き残ったんだっけ。わからない。私の記憶は欠陥だらけ。


 でも、きっとそれでいいんだと思う。だって、思い出したいと思わないから。


 目の前にいる人たちの話が終わった。そのうちの一人の誘導に大人しくついていく。逃げ出す素振りをみせないからか、何か枷をはめられるわけでもなくて案外楽。


 さっきとは違う、同じような白い部屋に入れられて、重そうな扉を閉められて一人になった。何もない部屋。別に苦とは思わない。だって、何かしたいことがあるわけじゃないから。例え、このまま食事すら与えられなくて餓死したとしても別に構わない。なんだか実験の道具みたいに言われていたようだから、もしかしたら痛いことをされるかもしれない。不思議とそれも別に構わないと思えた。


 一体ここで何をされるのだろうか。それすらも、別にどうでもよかった。




 ◇◇◇




 ここでの扱いは酷いものだった。何かを調べられるのも、痛いことをされるのも別に構わないけど、誰も私を人として見てくれない。


 みんな私を〝あれ〟、〝これ〟と呼び、雑に扱う。私にはティア・フェニシスっていう名前があるのに。私も……人間なのに。


 何をされても構わないと思っているあたり、矛盾しているのかもしれない。でも、ただ人としては見てほしかった。どうしてだろう。ずっと一人だったからかな。わからないけれど、でも。


 実験で死んで、甦る私を見て、目の前の女の人は気味悪がった。どうして? 殺したのはあなたでしょう? どうして気味悪がるの? その目は私を化け物として見る目だ。


 気味悪がらないで。私も、人間なんだよ。


 痛くしてもいいから、殺してもいいから。私を道具として、化け物として見ないで。




 ◇◇◇




 私は実験の道具。それは変わらない。でも、命が尽きないように食事は与えられるし、抵抗しないから実験で部屋の外に出るついでに、少しだけ白い廊下を歩かせてもらえることがある。もちろん、一人でではないけれど、ちょっとした散歩ができるのは嬉しい。


 歩いているとふと、獣たちが捕まっている様子がガラス越しに見えた。虎、鷲獅子、蠍、狐、鳥、人魚、そして龍。みんな小さな子どもだ。助けてほしいと泣いている。


 ガラス越しで聞こえるはずはないし、そもそも獣の言葉なんてわかるわけがないのに、どうしてかそれがわかった。


 魔獣じゃないことも一目でわかった。みんな禍々(まがまが)しくないし、それどころかどこか美しく見える。


 あの子たちのことが気になって、付き添っている女の人に少しだけここに居たいことを伝えた。女の人はとても驚いていたけれど、その場に留まってくれた。優しい人でよかった。


 獣の子たちは奇妙な狭い箱に次々押し込められて、姿が見えなくなってしまった。同時に、眩い光が放たれて私は思わず目を瞑った。


 光が収まってから恐る恐る目を開いたら、箱の中から一匹の獣が出てきた。あの子たちだと、何故かわかった。あの子たちも実験に使われたんだ。その事実に、なんだか胸が締め付けられた。自分が実験されることは構わないのに、あの子たちの……あの子のことは、なんだかとても苦しかった。


 女の人に促されて、その場を離れざるを得なくなった。私は、悲しそうなあの子の表情を横目に、あの何もない部屋に帰った。


 何時間経っても、ずっとあの子のことが頭から離れない。あの子は無事だろうか。痛いことをされてはいないだろうか。そればかり考えてた。


 そんな時、ゴゴゴと重厚な音を立てて部屋の扉が開かれた。すると、今までずっと考えていたあの子が部屋に押し込まれてきた。扉は閉められて、私とこの子の二人きり。


 よかった。無事だった。


 とても怯えている。私を見て、体を小さく震わせている。怖い思いをしたのね。


「大丈夫だよ。私はあなたの味方だよ」


 目線を同じ高さに合わせて、そっと手を差し伸べる。どうか、この子に思いが届きますように。


 しばらくの間じっと私の手を見つめていたこの子は、少しずつ私の手に近づいてきてくれた。恐る恐る顔を近づけて、すり寄ってくる。私は顔をできるだけ優しく撫でてあげた。


「私もね、ここで実験をされているの。あなたと一緒だよ」


 撫でながらそう言うと、この子はじっと私の顔を見て、「クゥ」と鳴いた。赤みがかった翼を小さくはためかせる。この子はきっと賢い。私の言葉と気持ちが伝わったんだ。


「私はティア。ティア・フェニシス。あなたの名前は……」


 この子はあの子たちの合成獣。キメラ。残念だけど、実験体として扱われた事実は消えない。この子がこの子である限り、一生背負って生きていくしかない。なら……。


「……あなたはここで生み出されてしまった合成獣(キメラ)。だから、あなたの名前は〝メラ〟よ」


 私の思いが伝わったのか、メラは「ガウッ」と力強く鳴いた。


 よかった。この子はまだ生を諦めていない。どうかこの子が生きて、いつか自由を手に入れられるように、私がこの子を守ろう。そのために、私も生きよう。


 初めて、心から死にたくないと思えた。いくら実験に使われてもいい。いくら痛いことをされてもいい。殺されてもいい。でも、命だけは失いたくない。


 ゴゴゴ、と扉が開かれる音がした。実験の時間だ。嫌だ、死にたくない。この子を守りたい。


 入ってきた研究員の人が道具を見る目を向けてくる。


「……お願いします。なんでもします。ちゃんと言うことを聞きます。だから、私とこの子を殺さないでください。お願いします」


 私は研究員の人に対して初めて、自分の意思をはっきり乗せて言葉を紡いだ。




 ◇◇◇




 外で何かがぶつかり合う音がする。激しい轟音。今までに聞いたことがないような音。


 一体何が起こっているんだろう。


 メラが私に寄り添い、扉の外を警戒してくれる。


 メラはいつも私を気遣ってくれる。私も守られてばかりではいられない。いざとなったら、この体を盾にしてでもこの子を守ろう。


 でも、不思議と嫌な感じはしなかった。なんだか、今日でこの状況が大きく変わるような、そんな予感がする。


 私はメラと寄り添いながら、ひたすら扉が開かれる瞬間を待った。


 しばらくして、轟音が止んだ。コツコツと響くカウントダウンのような靴音。ガチャンッと、恐らく扉に幾重にも重ねられた鎖が断ち切られる音。ゴゴゴ、と扉が開かれる。


(……きれい)


 目の前に現れたその人は、青とも紺ともいえるとても綺麗な瞳をしていた。


 一目見た瞬間、確信した。


(……きっとこの人だ)


 私たちのこの状況を変えてくれる、救世主。


 すぐ横で威嚇をするメラを見て、咄嗟にいつも口にしている懇願を発していた。全く意思が乗っていない。けれどその人には不快だったみたい。失礼なことをしちゃったな。それでも目の前のこの人は律義に返事をしてくれた。


 〝自由〟。この人から発せられたその言葉は魔法の言葉だった。一気に解き放たれた感覚がした。メラも同じように感じたみたいだった。


 大きな音がして、その人は行ってしまった。


 いけない、追いかけないと!


 咄嗟にメラに乗って、その人を追いかけていた。


 悪態をつきながらも同行を許してくれるこの人はきっと優しい。気づけば追いかける口実を作るために必死に押し問答していた。


 目の前で魔獣たちとその人の戦闘が繰り広げられる。その人は強かった。私がこのまま大人しくしていても何も問題なく事が片付く。そう頭ではわかっていたのに、この人が怪我を負ってしまうと思ったら勝手に体が動いていた。


 私は死んで、意識を取り戻した時には戦闘は終わっていた。


 その人の腕は切り裂かれていた。私の体一つじゃ完全に守り切れなかった。でもせめて、その傷を癒そう。


 涙を使って、この人の傷を癒す。この人は私が不死鳥の一族だって知って、その能力を目の当たりにして、驚きはしても気味悪がる様子はなかった。それどころか感謝するとまで言ってくれた。それは人に対する接し方。とても嬉しかった。


 初めて、私を人として見てくれた人。私の中で、この人は全てになった。


 だから、お願い。勝手に生きろなんて言わないで……!


 必死に、思うままに叫んでいた。どんなに実験が痛くても泣かなかったのに、置いていかれるかもしれないと思うと涙が止まらなかった。


 必死過ぎて自分でも何を言っているのかわからなかったから、きっと上手く言葉にできていなかったと思う。とても(つたな)い言葉だったと思う。それでもこの人はその言葉を受け取って、同行を許してくれた。そっと涙を拭ってくれた。やっぱりこの人は優しい。


 その人の名前はユリクスといった。名前で呼ぶのもいいけれど、でも少しだけ欲が出た。この人とできるだけ近い所に居たかった。例えば……家族のような。


 気づけば〝兄さん〟と口に出していた。自分でも少し驚いたけれど、でも多分、この人と家族だったらきっとこの人は優しいお兄さんなはずだから。違和感はなかった。


 とても嫌そうな顔をされたけど、これだけは譲れない。


 〝兄さん〟。私の全て。兄さんのためならなんでもしたい。


 私を救ってくれた人。私を〝人間〟にしてくれた人。


 メラとはまた違う、唯一無二。


 ――兄さん。どうかこれからも、ずっとそばに。






お読みいただきありがとうございます。

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