ライオーネにて、大物邂逅
ルシファルタ王国の辺境。ベルファリナ王国との国境にある町、ライオーネ。イグレットに比べれば小さな町だが、春の花々が花壇に咲き乱れる町道の景観は見事なものだ。出店している店はそこそこ多いが、日差しを遮るような高い建物はなく、陽光を遍く浴びている。まるで町全体が春の日差しを吸収しているかのよう。町を行き交う人々は多くて賑やかだが、猥雑さはなく軽妙洒脱な雰囲気だ。今の季節を十分に利かせた、まさに春の町である。
「ライオーネにとうちゃーく!」
二日間馬車に乗り続け、凝り固まった体をほぐすようにライトが全身で伸びる。つい先程、一行はライオーネに到着したばかりだ。ティアとライト、小さくなったメラは初めて訪れた町に興味津々といった様子で瞳を輝かせている。ダリオとメイシィ一家の方は、無事戻ってこられたことにほっと息をついている。ユリクスは相変わらずの無表情だ。
事件のあった洞窟からライオーネに着くまでの間に、神人族特有の頑丈さと回復力でライトは折れた骨以外はすっかり完治していた。折れた骨もティアの涙を服用してほとんど治っている。ダリオの方もティアの涙を使用したことで完治に近い状態だ。ライトもダリオも、ティアに頭が上がらなくなったのは言うまでもない。
「兄さん、早くこの町を見て回りたい」
「ボクも早く観光したいっス!」
「お、じゃあ俺に案内をさせてくれ。礼もしたいしな」
ティアとライトがユリクスのコートの裾をくいくいと引っ張って急かす。ダリオもお礼がしたいようで案内する気満々だ。二日間共に過ごしたこともあり、ダリオとはすっかり打ち解け、敬語は消えている。
気が早い三人にユリクスは溜め息をついた。
「……まずは宿が先だろう」
「宿でしたら是非うちの宿を使ってください。お代は結構ですから」
「……いいのか?」
「はい、もちろんです!」
今回の件のお礼にというメイシィ夫君の言葉に、ユリクスは甘えることにした。ちなみにダリオには借家があるので宿泊するのはユリクスたちだけだ。
メイシィ一家の宿がある場所まで町を見回しながら歩く。穏やかで温かみのある町だ。しかし、人々の表情にはどこか不安げな色が見える。恐らく、人が次々と行方不明になっていた事件が解決したことを知らないからだろう。数日もすれば人々の表情も町の景観に負けないような穏やかなものになるのだろうと、ユリクスはぼんやりと思った。
町を見回しながら歩いているうちに宿に辿り着く。
「ここがうちの宿です。一番良い部屋をご用意致しますので、どうぞゆっくりしていってください」
メイシィ一家が感謝のこもった、且つ従業員らしい顔つきになって中へと促す。
メイシィ一家の宿は決して大きいとは言えないものだった。しかし清潔感があり好感の持てる宿だ。ユリクスたちは一目でこの宿を気に入った。
改めてメイシィ一家からお礼を言われたユリクスたちは、チェックインと風呂を済ませる。それから観光より先にダリオと共にギルドへ報告に行くことにした。
ギルドへ向かう途中、ふとユリクスは思い至る。
「……報酬はどうする。今回の件はお前も貢献している。受け取る権利はあると思うが」
「いや、俺たちは自主的に調査しただけだ。報酬はいらないさ」
ユリクスからの問いに、ダリオはゆっくりと首を横に振った。どこか悲しげな表情には、共に調査へ向かった仲間たちへの哀愁があったのかもしれない。ユリクスは反論することなく、その意を酌み取った。
ギルドは宿から歩いて十分しない程の距離にあった。イグレットのギルドは厳つい外観をしていたが、この町のギルドは景観を壊すことがないように配慮されていた。建物の色味が少し明るく、入り口付近には花壇が設置されているのだ。規模は小さめなので酒場は付設されていないだろう。
中に入れば冒険者らしい厳つい男たちがちらほらいるが、皆一様に穏やかそうだ。イグレットで喧噪を振りまく者たちも見習ってほしいものだとユリクスは頭の隅でちらりと思う。
一行はギルドカウンターへと向かった。
「……依頼を終わらせた。報酬の査定を頼む」
そう言って、ユリクスは魔道袋から複合種の魔獣をはじめ、大量の魔獣の部位をどさどさとカウンターに出していく。山のように積みあがったそれにギルド職員の女性は愕然とし、周りにいる冒険者たちは騒めいた。ユリクスには周りの騒めきの理由がわからない。
「……いや、そんな山のように一気に出したら普通そうなるだろ」
「……まぁ、兄貴っスから。やると思ったっス」
ユリクスの後ろでダリオとライトが呆れた笑みを交わし合っている。まぁやってしまったものは仕方ないと二人はギルド職員に詫びるような仕草をした。ハッとなった女性職員は周りの職員に応援を頼み、数人がかりで査定の準備に入る。何やら一人の男性職員がギルドの奥にある部屋へ駆け込んで行ったが、一行は特に気にしなかった。
職員たちから査定に時間がかかることを詫びられ、それに構わないと告げる。待っている間は暇なので、時間つぶしに依頼書が貼られた掲示板を見に移動した。すると、横から突然声をかけられた。
「よぉ、あの曰く付きの依頼を完遂したのはお前たちかい?」
「……」
「ッ! ゲオルグさん!?」
鍛え上げられた肉体が如何にも猛者であることを表している四十代程の男が立っていた。くすんだ金髪と頬の傷が特徴的だ。
突如かけられた声にユリクスは一瞥しただけで応対しなかったが、驚愕の声を上げたのはダリオだった。目を見開き、魚のように口をぱくぱくさせている。そしてこの男の登場に周りは先程以上にざわついた。男のすぐ後ろに奥の部屋へ駆け込んでいった男性職員がいるので、呼びに行っていたのだろう。
「おぉ、ダリオか。久しぶりだな。一先ず奥の部屋へ行こうぜ。ここじゃ人目が多過ぎる」
「はっ、はいっ!」
奥の部屋へ向かっていく男にダリオが急いでついていく。ユリクスは心底面倒そうな予感がしたので行きたくなかったのだが、ティアとライトに両側から挟まれ、行かざるを得なくなった。
奥の部屋にはユリクスたちとダリオ、そしてゲオルグという男が入り、後からもう一人男が入ってきた。その男はライオーネのギルド支部長、シシア・モアと名乗った。銀髪で眼鏡をかけ神経質そうな出で立ちだ。しかし体は引き締まっており、こちらも猛者感がある。
三人座ってもゆとりのあるソファーにメラを抱えたティア、ユリクス、ライトの順で座り、向かい側の一人掛けソファー二脚にゲオルグとシシアが座る。ダリオは今回の依頼にはたまたま関与しただけだと言い張り、頑なに座らなかった。
「……それで、支部長が直々に何の用だ。この男は誰だ」
「ユリクス!? ゲオルグさんとシシアさんに何て口を!」
「まぁまぁダリオ、俺は威勢のいい奴は嫌いじゃねぇ。それに俺のことを知らないくらいで怒らねぇって。というよりお前の方がもうちょい砕けろ。畏まったのは苦手なんだよ」
「そういうわけには……」
「そうですよ総長。普通の人間はギルド総長を前にしたら畏まってしまうものです」
「……総長?」
ユリクスが片眉を上げる。その横でティアは無表情、ライトは口をあんぐりさせている。三人の顔を見て、ゲオルグはしてやったり顔をして腕を組む。
「俺はゲオルグ・グレヴァー。ギルド支部長をまとめるギルド総長をしているもんだ。よろしくな」
「総長は、とある町で約一万の魔獣の軍勢が押し寄せた大事件で名を馳せた英雄です。そこにいるダリオを含めた冒険者たちをまとめ上げ解決し、〝風槍の守護者〟という異名を持ちました。……まぁ実物を知らなくてもおかしくはありませんか」
シシアが説明口調でゲオルグについて教えてくれるが、ユリクスにとってはどうでもいいことだ。
「……で、そのギルド総長が俺たちを奥に連れてきて何の用だ?」
「俺が総長と知ってなおその態度、気に入ったぜ一匹狼?」
ゲオルグが前のめりになってユリクスを見つめる。それにユリクスは迷惑そうな態度を隠さずに、何故自分を知っているのかと視線で問う。
「俺は強いと噂の冒険者は把握するようにしている。立場上の理由もあるが、単純に強い奴に興味があるからな。お前のことも多少は知っている」
「……」
ユリクスは足と腕を組んだ姿勢を崩さずに不機嫌な態度のまま視線で先を促す。早く要件を言って解放しろというありありとした態度にダリオが内心で冷や汗をかいているが、そんな視線を向けられているゲオルグはどこ吹く風だ。それどころか楽しそうでもある。
「お前たちを奥に呼んだ理由はいくつかある。まずは俺がこの町にいる理由について。それは今回お前たちが解決した一件が関係している。依頼を受注した時にお前たちもきな臭さを感じただろう? 俺もそうだ。そこで、俺直々に調査に向かう予定だった」
「ゲオルグさん自ら!?」
「あぁそうだ。だが出発する前にお前たちが先に解決した。そこで、今回の件について直接話が聞きたい。話してくれるな?」
ゲオルグがギルド総長としての真剣な顔つきで問うてくる。いや、問われているわけではない。この話に拒否権はないだろうと察したユリクスは、今回の件は解放者が関わっていたことを簡潔に話した。話を聞いてゲオルグは険しい顔で頷く。
「なるほどな。行方不明になる一般人の傾向から予想はしていたが、やはり解放者が関わっていたか。それに〝あの方〟とやらに〝ディーオ・アポストロ〟、鈍色の神核か……気になることが多いな」
「そうですね。解放者の動向には気をつけておく必要がありそうです」
「……お前は強いんだろう。偉業を成したのなら神核もSランクを所有しているはずだ。お前も解放者ではないのか?」
「兄貴……」
ユリクスが冷ややかな眼差しでゲオルグを睨む。その眼差しを受けて、ゲオルグは不快を表すことなく、まるで全てを甘んじて受け止めるような柔らかい笑みを浮かべた。その笑みに神人族である三人は面食らった表情をする。
「確かに俺はSランクの神核を所有している。これは俺が生きている限り背負い続ける罪さ。俺は神人族を救えなかった」
「……どういうことだ」
「〝決別の日〟が起こる前から、俺は人間族の中でも魔力操作に長けているという自負があった。神人族には流石に敵わなくとも、身体強化で魔獣を叩きのめすくらいのことはできた。……そして〝決別の日〟当日、俺は神人族が殺されていく状況がおかしいと感じた。実際異様な光景だったしな。だから共に過ごしていた鷲獅子の一族たちを助けることに決めた。だが……何もできなかった」
ゲオルグが自身の膝の上で両手を強く組んだ。
「ちっぽけな俺一人の力では何もできなかったんだ。大勢の解放者たちから彼らを救うことができなかった。俺にできたことといえば、数人の解放者たちからいくつかの神核を取り戻すことだけ。自分の無力さに打ちひしがれたさ」
ゲオルグは目を伏せ、組んでいた両手を開いて掌中を見つめた。
「手元にある、誰かの物だったはずの神核を見て、俺は悩んだ。せめてこの神核を埋めて供養にするべきかとも思った。だが、それじゃあ何にもならねぇ。だから俺は決めたのさ。〝決別の日〟の真相を掴むためにこの神核を使おうってな。誰かの死の上に立って、俺は戦う。この神核を使い続けることは俺の贖罪さ」
ゲオルグはエメラルドの神核が埋め込まれた首飾りを握り、静かに、しかし決意に満ちた様子で語った。
――まただ……。
ユリクスの中で、感情がせめぎ合う。人間族のすべてが、神人族を虐げているものだと思っていた。しかし、そうではないのかもしれないという考えが過る。何せ、ダリオやメイシィ一家、それにゲオルグが神人族を信じているのだから。だが、どこからか溢れ出す人間族への憎悪が信じたい気持ちを押し流そうとする。強過ぎる暗い感情に息が詰まる。
そっと、隣にいるティアが組んだ腕に優しく触れてくる。向かい合ったティアの瞳に、焦らなくていいと言われているような気がした。それに逆らわず、ユリクスは一旦考えを頭の隅に置くことにした。向き合うのは、もう少し先に。
ゲオルグがパンッと自身の太ももを叩いた。
「だが、今回は良い話が聞けたな。お前たち三人が解放者ではなく、〝決別の日〟賛同派でもないことがわかったわけだ。それだけで大きな収穫だな」
ゲオルグが至極満足そうに頷いている。その横でシシアもわかりにくいが口角が上がっている。
「……何故それが収穫になる」
「俺がこういう考えだからな。支部長は同じように〝決別の日〟の真相を掴みたいと思っている奴らで固めているし、同志は多い方がいい」
「……なんか、ボクちょっと安心したっス」
「私も」
ユリクスの両隣りでティアとライトが胸を撫で下ろしている。冒険者をまとめる者たちが神人族を信じてくれていることに安心したのだろう。先程の葛藤もあり、ユリクスは正直まだ半信半疑だったが。
「……別に同志になるつもりはない」
「まぁそう言うな。〝決別の日〟に賛同してなきゃそれでいい。強い奴が賛同派じゃなけりゃ儲けもんよ」
ゲオルグが腕を組んで頷いた。
ユリクスは組んでいた足と腕を解く。
「……これで話は終わったな。俺はもう帰る」
「待てよ一匹狼。呼んだ理由はいくつかあるって言ったろ?」
話の余韻に浸ることもなく、ユリクスは席を立とうとした。しかしそれをいち早く察したゲオルグが腕を伸ばしたことで制される。意に介さず去ろうかとも思ったが、両隣にいるティアとライトが目で制してくるので、結局座り直すことになった。再び足と腕を組む。
「さて、お前たち三人が〝決別の日〟賛同派じゃないことはわかったわけだが、改めて聞かせてくれ。お前たちは〝決別の日〟についてどう思っている?」
再び総長としての顔つきになったゲオルグに問われる。その炯眼は、まるでこの問いによってユリクスたちの真意を確実に見抜こうとしているかのようだった。それだけ、ゲオルグにとってこの問いは意味のあるものなのだろう。
「……私は、〝決別の日〟に何かの思惑があったのなら、それを知りたい。知ってどうするかはまだわからないけど……」
ティアが膝の上のメラを撫でながら、俯きがちに零す。それからユリクスの方へと視線を転じた。まるで許可を待つように。ユリクスはその視線を受け止めたが、じっと見つめ返すだけで反応は示さなかった。
「……ボクは、神人族を殺した人たちの考えが知りたい。十年前から、どうしてって気持ちが消えないんス」
膝の上で両拳を握りしめながらライトが吐露する。十年前からずっと悲しみとやるせなさを背負って生きてきたのだろう。言葉には確固たる意志が宿っていた。
場の視線がユリクスに集まる。ユリクスはその視線を受けて、堂々と答えた。
「……〝決別の日〟の真相など、正直今更だ。〝あの方〟だの〝ディーオ・アポストロ〟だのも心底どうでもいい。……だが、敵になるというのなら斬り伏せる。それだけだ」
ティアとライトには悪いが、ユリクスは進んで真相を掴もうなどとは思っていなかった。だが、こちらが望んでいなくとも、向こうからやってくるのならば話は別だ。
ティアとライトはユリクスの意志を正確に読み取った。二人は頷き合うとユリクスに向き直る。
「知りたい気持ちはあるけど、どうしても自分で調査したいわけじゃない。私の一番の望みは兄さんの側にいること。どこまでもついていくよ、兄さん」
「そうっスね。兄貴とティアの姉御と一緒にいるのが今のボクの望みっス。邪魔する奴がいるならぶっ飛ばす! それだけっス!」
ユリクスに伝えると、二人は先程とは違いゲオルグに真っ直ぐな視線を向けて、これが自分たちの意志だと示す。三人の意志を受け取ったゲオルグは炯眼を緩めて不敵な笑みを返した。
「お前たち、ますます気に入ったぜ。特に一匹狼、解放者がどれだけ厄介かわかっていて向かってくる奴はぶちのめすってか。最高じゃねぇか。名を聞いておきたい。名は何という?」
「……」
黙り込むユリクスに、今まで静かに傍観していたダリオが近づいてくる。そして意を決したように言った。
「……ユリクス。ゲオルグさんもシシアさんも信頼のおける人だ。本当のことを言っても問題ないし、寧ろ力になってくれるはずだ。俺が保証する」
「……」
じっとユリクスを見据えてダリオが後押ししてくる。ユリクスにとって、自分の正体が露呈することは大した問題じゃなかった。歯向かう者は斬り伏せてしまえばいいのだから。しかしティアとライトが生きづらくなってしまうのは避けたかった。
ティアとライトを交互に見る。二人はユリクスに任せると視線で返してきた。二人はダリオやゲオルグ、シシアを信頼しているのだろう。まさか自分が信頼されているからとは露ほどにも思わず、ユリクスはゲオルグたちに正体を明かすことに決めた。
「……ユリクス・ドラグリアだ」
「なに……? ……龍の一族の生き残りか。となるとそっちの二人は?」
「……ティア・フェニシスとライト・タイガーナだ」
「……なるほどな。わかった。もちろん口外はしねぇと誓う。そうだろシシア?」
「えぇ。驚きましたが、私も口外しないことをお約束しましょう」
ゲオルグとシシアが真剣な顔つきで誓う。恐らくこの様子なら大丈夫だろうとユリクスは思った。
ユリクスが頷くのを待ってから、ゲオルグが「さて」とまるでここからが本題だというような前置きをして、いたずらっ子のようににやりと笑った。嫌な予感がする。横でシシアが「総長……まさか……」と言っているのでその予感は当たりそうだ。
「ユリクス、ちょっと面貸せ。シシア、地下を借りるぞ」
「はぁ、やはりそうきましたか。いいですよ。少しお待ちください」
シシアは溜め息をつきながら立ち上がると、部屋の隅に置いてあった本棚に近寄った。ぎっしりと立てかけられている本の中から三冊を奥に押し込むと、本棚がゴゴゴと横にスライドし、地下へと続く階段が出現した。
ゲオルグが階段の前へ移動すると、ユリクスに対してついてこいというように親指をクイッと乱暴な仕草で動かしてくる。ユリクスは心底面倒だったが、拒否権がないことはわかっていたので黙ってゲオルグの後を追い、階段を降りていく。後ろから他の面々もついてくる。
階段を降りた先には広い空間があった。土床に鉄壁。物は何もない、ただの空間。それを見て、ユリクスはゲオルグが自分をここへ連れてきた理由を悟った。
ゲオルグが空間の右の方へと進んでいくので、ユリクスは左へ進む。
互いに向き合う形になって、ゲオルグは口を開いた。
「さて、俺はこれからお前に一発ぶつける。何をしてもいい。生き残れ」
「……」
やはりか、とユリクスは内心でぼやく。ゲオルグはユリクスの実力を測りたいのだ。
ゲオルグの右手に風が収束し、伸びていく。やがてそれは一本の大槍へと形状を変えた。円錐形をしたもので、身体強化無しでは持ち上げることも困難そうなほど大きなものだ。
鷲獅子種の神核に槍の神器を持った強者。これが〝風槍の守護者〟の所以である。
「覚悟はいいな、ユリクス?」
ゲオルグが腰を下げ、片手で持った大槍を地面と平行にして引き、構える。膨大な魔力が槍へ収束していくのがわかる。槍が圧を背負い、ユリクスにプレッシャーを与えてくる。十分な距離があるにもかかわらず、まるで目前で構えられているかのように錯覚するほどの圧だ。〝ギルド総長〟、〝伝説級冒険者〟、〝風槍の守護者〟。数々の肩書が嘘ではないことを肌で感じる。
横で見ているだけのティアやライト、ダリオが手に汗握って見守っている。しかし向かい合っている当の本人であるユリクスは、黒刀を顕現させ、大きなプレッシャーを前に泰然自若と構えたままだ。
ゲオルグの槍に集まっていた魔力の集結が止まる。ギリギリまで圧縮された魔力が解放される瞬間を今か今かと待ち望んで震えている。その魔力量と圧縮を見て、そこでやっとユリクスは魔力の放出を始めた。
「それじゃあ、いくぜぇっ!」
ゲオルグが鋭く槍を前に突き出す。すると、ビュォォオオ!! と轟音を立てて水平に放たれた竜巻が地面を抉りながらユリクスに猛然と迫る。洞窟でアドラが同じような技を使っていたが、その威力は比べ物にならない。横に避けたとしても風圧で引き戻され直撃するだろう。しかし、始めからユリクスに避けるという考えはなかった。
ユリクスは放出していた膨大な魔力を一瞬で黒刀に圧縮する。黒刀の表面でバチバチと激しく紫電が躍り狂う。その威容はまるで雷龍が宿ったが如く。プレッシャーはゲオルグの竜巻に勝るとも劣らない。
紫電で黒刀の姿が隠れてしまう頃にはすぐそこまで竜巻が迫ってきている。
今度はユリクスが片手で握った黒刀を引き絞り、鋭く突き出す。すると紫電の光線が放出され、竜巻と衝突。辺りを暴風が荒れ狂い、土埃が舞う。観覧していた者たちがあまりの衝撃に腕で顔を覆い、その場に懸命に踏みとどまることを余儀なくされる。
轟音を轟かせ、膠着すること数秒。ついに光線と竜巻は同時に爆散した。衝突していた地点は見るも無残に荒れ果ててしまったが、大魔法を放った二人は無傷であり、息も乱していない。
辺りを沈黙が支配する。
「……驚きましたね」
沈黙を破ったのはシシアだった。眼鏡を指でくいっと押上げ平静を装ってはいるが、蟀谷に汗を流している。言葉通り心底驚いているのだろう。
「まさか総長に匹敵する者がいるとは……」
「ちげぇぞシシア」
ゲオルグがまるで子どものように瞳を輝かせ、ユリクスを見ながらシシアの言葉を否定する。
「どういうことです?」
「……こいつ、俺の魔力量と圧縮度を見てから同等に調節して相殺しやがったんだ」
「なっ!?」
「つまりこいつの本気はこんなもんじゃねぇってことだ。それに、相手の魔力を正確に把握し、自分の魔力を操作する能力も一級品。とんだバケモンだよ」
ギルド総長から称賛を受けてもユリクスは無表情のまま佇んでいる。その様子を見てますますゲオルグは瞳を爛々と輝かせた。
「すごいっス兄貴ー!」
「兄さん、お疲れ様」
「ガウッ!」
ティア、ライト、メラがユリクスに駆け寄る。ユリクスは黒刀を霧散させると、二人と一匹に頷くことで返事をした。
ゲオルグとシシアがユリクスたちに歩み寄ってくる。
「見事だった、ユリクス。噂以上だ」
ゲオルグは瞳を爛々と輝かせたまま、まるで笑いをこらえきれないというように口元をにやにやさせている。その横でシシアはやれやれといった様子だ。ユリクスはなんだか嫌な予感がした。
「ユリクス・ドラグリア。ギルド総長からの特命だ。お前、〝ギルド総長の懐刀〟になれ」
「……は?」
「「が、〝ギルド総長の懐刀〟!?」」
ライトとダリオが同時に驚愕の声を上げる。ユリクスには意味がわからない。しかし心底面倒そうなものだというのはわかった。
「えぇ!? 兄貴〝ギルド総長の懐刀〟も知らないんスか!?」
「……お前だってゲオルグを知らなかっただろう」
「呼び捨て……ってそうじゃなくて! ボクは実物を知らなかっただけで、総長がどういう人かも、〝ギルド総長の懐刀〟も知ってるっスよっ!」
「……で、ガーディアンとはなんだ」
「〝ギルド総長の懐刀〟っていうのは、ギルド総長に実力が認められた人に与えられる冒険者の地位のことっス。普段表に出ない総長や支部長の代わりに、普通の冒険者には務まらないような危険な依頼をこなす義務があるんスけど、実力が形で認められるってことっスから、全ての冒険者の憧れと言ってもいい立場っスね」
「それに、〝ギルド総長の懐刀〟ってだけでちやほやされて色んな待遇が受けられるかもしれねぇぞ?」
「……」
ライトとゲオルグから説明を聞いて渋面になるユリクス。その顔には、別に憧れないしちやほやされなくていい、義務が面倒くさい、と書いてある。
「残念だったな。ギルド総長直々の命令に拒否権はない!」
ユリクスの表情を読み取って、ゲオルグが追い打ちをかける。ゲオルグの顔には、承諾するまでここから出さん! と書いてある。正確に読み取ってしまったユリクスはげんなりした表情を返すしかなかった。だがここで一つ、ユリクスの中で疑問が湧いた。
「……何故俺を〝ギルド総長の懐刀〟にしたがる? ……〝ギルド総長の懐刀〟の一人が神人族だと知られればお前の信用は落ちるんじゃないのか」
「なんだそんなことか。神人族を信じている俺が、神人族だからっていう理由で強い奴の実力を認めねぇことの方がポリシーに反するし、支部長たちに顔向けできねぇよ。それに、いずれ必ず、〝決別の日〟の真相を暴いて神人族が肯定される世にするつもりだ。そういう世の中になった時、お前たちのような生き残りは重要な存在になる」
「……」
「ま、生き残りだからって実力が足りてない奴も性格に問題がある奴も〝ギルド総長の懐刀〟にする気はねぇ。その点お前さんは合格ってことだよ。有り難く受け取っておけ」
「……有り難くはないが、了承するしか選択肢はないんだろう」
「そういうこった」
全くもって有り難くはないが、認めなければ解放してもらえそうもない。この状況が面倒になってきたユリクスは、両隣からのキラキラした視線が刺さるのを感じながら渋々了承するのだった。
「さて、俺はこれから〝あの方〟とやらや〝ディーオ・アポストロ〟について調査を始める。お前たちももし何かわかったことがあれば支部長に報告してくれ。〝ギルド総長の懐刀〟からの報告とあれば優先的に俺に届くようになる」
ゲオルグに了解したことを伝えつつ、内心は面倒くさいから別にしなくてもいいか、と思っているユリクスである。
「総長、魔力証を渡し忘れていますよ」
「おっと、そうだったな」
シシアに指摘され、ゲオルグが自身の魔道袋から金色の魔力証を取り出す。
「これが〝ギルド総長の懐刀〟の魔力証だ。忘れないうちに魔力を流して登録しておけよ」
金色の魔力証を手に持ったユリクスの真横から、ティア、メラ、ライト、ダリオがわぁっと瞳を爛々と輝かせて覗き込んでくる。
「それじゃあ、俺はもう行くからな。指名依頼は絶対断るんじゃねぇぞ?」
ユリクスがげんなりすることがわかっていて、そんな捨て台詞をいたずらっ子のような顔で残してゲオルグは階段を上っていった。「では、私もこれで」とシシアもゲオルグの後に続いていった。残された四人と一匹はというと。
「すごいじゃねぇかユリクス! あの〝ギルド総長の懐刀〟だぞ!」
「流石兄貴っス! 〝ギルド総長の懐刀〟って数えられるほどしかいないんスよね! そんな中に兄貴も入るなんて、テンション上がるっス~!」
「流石兄さん!」
「ガウガウ!」
「……」
任命された本人以外のテンションがアゲアゲである。逆に本人はサゲサゲだ。温度差が酷すぎる。
「……面倒くさい」
「何言ってるんスか兄貴! 指名依頼なんてそうそう来ないはずっスから大丈夫っスよ! ちやほやされるだけっス!」
それを世に言うフラグというものだと、この場にいる誰も気づかない。
三人と一匹は晴れ晴れとした顔で、一人は背中にどんよりした暗い雲を背負って階段を上っていった。査定の終わった報酬を受け取ってから、そのままライオーネ観光へと出向いた一行。やれ金色の魔力証をどこかで提示してみよう、やれどこまで待遇されるか試してみようといった遊びを窘めることに、ユリクスは残った生気を吸い取られていくのであった。
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用語集
・魔力証(改訂版):この世界での身分証。所有者の魔力を登録してあり、魔力を照合することが私達の世界でいう暗証番号の入力。普段は非表示だが、名前・出身国・神核所有の有無・神核の種族が表示可能。通常は銀色、〝ギルド総長の懐刀〟は金色。




