ドラグリア
恐らくですが、本日より投稿時刻が17時から17時15分頃に固定されると思われます。何卒よろしくお願い致します。
決戦の舞台の片側では、既にライトと魔獣による死闘が始まっている。これから自身にも死闘が待ち構えているというのに、しかしユリクスはゆったりとしたいつもの歩調を崩さない。その表情にも一切の緊張はなく、こちらもいつも通りの無表情。まるで散歩でもするような、ユリクス独自の自然体。コツコツとカウントダウンのような靴音だけを響かせて、アドラの前へと進む。
「随分と余裕そうだなぁ、一匹狼」
にやにやと卑しい笑みを浮かべたアドラから言葉を投げられて、ユリクスはその歩を止めた。
「俺の魔獣、結構強いんだぜ? 早く駆けつけてやらなくていいのかよ?」
駆けつけさせてやるつもりなどないくせに、いけしゃあしゃあとアドラは言ってのける。あからさまに煽るような言葉にもユリクスは表情を一切動かさず、一言。
「……必要ない」
これにはアドラも予想外だったようで面食らったように目を見張る。そして肩を上下に揺らしてククッと笑い、首を傾げておかしそうに問う。
「随分あのガキを信頼してんだなぁ? ずっと一人で冒険者やってたテメェがどういう風の吹き回しだ?」
「……信頼……しているのか」
「はぁ?」
今度はユリクスが首を傾げた。そしてユリクスの言葉にアドラは素っ頓狂な声を上げる。
ユリクス自身、自分の気持ちをよくわかっていなかった。ライトは任せろと言った。そしてそれを頼もしいと思い、自分は魔獣の相手を任せた。無意識だったから、わからなかった。そうか、これが〝信頼〟か。ユリクスはアドラに言われてようやく自身の感情を明確に理解した。欠けてしまっていた感情のピースが一つ、確かにはまる感覚。
「……そうだ。信頼、している。だから俺が駆けつける必要はない」
噛みしめるように言葉にする。そして右手に抜き身の黒刀を顕現すると全身の力をゆっくりと抜く。姿勢は真っ直ぐに、刀は力まず軽く握って横に下ろす。とても戦闘前とは思えない体勢。しかしこれが、ユリクスの構え。
「チッ、わかんねぇ奴だぜ。まぁ、テメェの相手は俺だ。駆けつけさせてなんてやらねぇよ」
「……構わない。俺はただ、俺たちを害する者を斬り伏せる。それだけだ」
「やれるもんならやってみろよ。なぁ?」
アドラが懐から剣の柄を取り出す。そして淡い光が柄を覆ったと思うと、無骨な鉄の刃が顕現した。自らの魔力で顕現させる分、普通の剣よりも強度の高い魔道具だ。おそらくその剣で多くの冒険者や一般人を斬り殺してきたのだろう。大量の血を染み込ませたそれは錯覚とはわかっていても禍々しさを感じさせる。
周囲に漂うピリピリとした緊張感。どちらが動いてもおかしくない空気の中で、戦端を開いたのはアドラだった。
「まずは小手調べといこうじゃねぇか!」
アドラが剣を突くように鋭く前に出すと、剣を中心にこちらへ水平に向かってくる竜巻が発生した。
ユリクスは冷静に、しかし素早く左に移動することでそれを避ける。竜巻が通り過ぎた後には地面に無数の切り刻まれた跡ができていた。
「おらっ、どんどんいくぜぇ!」
続いて、剣に風を纏わせ鋭く連続で薙ぐ。ライト命名の《風刃》だ。次々と迫りくる風の刃をユリクスは一つずつ黒刀で斬りつけていく。袈裟斬り、切り返し、斬りつけ、薙ぎ、逆薙ぎ。流れるように鮮やかに捌いていく。一本の刀が風をも凌ぐシールドになる。
全てを凌ぎきって、ユリクスの呼吸は乱れぬままだ。
アドラはぴゅうと口笛を吹くと、今度は無手の左手から炎弾を発射。ユリクスはそれを斬り上げの剣圧で相殺した。ユリクスのコートが激しくはためく。
「おいおい一匹狼、テメェの剣捌きが凄いのはわかったが、守ってばっかじゃ俺には勝てないぜ?」
「……お前こそ、多くの神核を所有しておいてその程度か」
「なんだと?」
アドラの挑発に、ユリクスは至極真面目に答える。本人に煽っているつもりは一切ない。思うがままに言っただけ。しかしそれはアドラを挑発するには十分すぎた。
「調子に乗りやがって……いいだろう。小手調べはここまでにしてやる」
「……始めから本気で来い。無駄な戦闘は面倒だ」
「テメェ……後悔してもおせぇんだよ!」
アドラが再び無数の《風刃》を放つ。そしてそのまま身体強化により加速し、ユリクスに迫る。ユリクスは《風刃》を捌きながらも、アドラの剣が色を変えたのを見逃さなかった。
ガキンッ!
《風刃》を捌き終えた直後、ユリクスの黒刀とアドラの魔道剣が激しい金属音をたてて交差する。硬直時間は一秒にも満たない。すぐさまアドラによる高速の剣戟が繰り出され、ユリクスはそれを正確に迎え撃つ。ユリクスには寸分の狂いも許されなかった。その理由は色を淡い紫に変えたアドラの剣にある。
「気づいたみたいだな。この剣には毒魔法を付与した。一度でも掠ればテメェは終わりだ」
「……そうみたいだな」
「けっ、癇に障るぜテメェのその余裕面はよ」
アドラの言うように、ユリクスは無表情のまま。アドラの付与した毒がどの程度危険なレベルなのかもわからないまま、しかしユリクスは態度を一切変えない。いや、実際のところ、ユリクスの心境は変化しつつあった。
アドラがユリクスから距離を取り、剣に纏わせた毒を解除してから炎弾を放つ。ユリクスは意に介さずそれを斬り伏せる。そしてふと、目を伏せた。
アドラはユリクスのその様子に得意気になったように、今度は《風刃》を放つ。ユリクスはそれを坦々と捌く。
ユリクスの表情の変化に、アドラはユリクスが自分の力に恐れ慄いたと思ったのだろう。確かに、ユリクスの心情に変化はあった。ユリクスはアドラの魔法を受けて吃驚し――拍子抜けしていた。
「……やはり、その程度か」
「あぁ?」
迫ってきていた最後の風の刃をまるで虫を払うように軽く斬り伏せて、ユリクスは呟く。ユリクスの言葉を聞き取ったアドラは苛立ちを込めてどういうことかと聞き返す。
「……ダリオを斬り裂いた風魔法を見て、魔力操作に練達し、複数の神核を使いこなす手練れだと思っていた。……だが、違った」
「なんだと? 何が違うってんだ。見ての通り、俺は冒険者共から奪った神核をこれでもかと使いこなしてる。それはテメェがよくわかってんじゃねぇのかよ」
アドラは苛立ちを少しも抑えようとせず、感情のままにユリクスに詰問する。しかしユリクスはアドラの苛立ちを柳に風と受け流し、冷然とした態度で応対する。
「……先程からお前は、十分な距離を取り、ある程度の時間をかけなければ使用する神核を切り替えられていない。本当の手練れは瞬時に神核を切り替えることができる」
「俺だって切り替えられてんだろうがよ!」
「……俺は『瞬時に』と言った。ゼロ距離で違う魔法が飛んでくるから厄介だ」
ユリクスは自身の経験を思い出し、小さく苦々しい表情をした。
「……それに、複数の魔法に頼るばかりで一つ一つの神核を極められていない。魔法が単調なのがいい証拠だ。……それでは手練れとはいえない」
「……言わせておけば好き勝手言いやがって……」
ユリクスにとってはただ事実を言ったのみ。だが、それを聞いたアドラは顔を怒りで赤黒く染め上げ、視線だけでユリクスを射殺さんとしている。
「いいだろう、俺の本当の実力を見せてやる。俺を怒らせたことをあの世で後悔するんだな一匹狼……!」
「……俺はただ思ったことを言っただけなんだが、何か怒らせるようなことを言ってしまったか?」
「どこまでも馬鹿にしやがって……!」
ユリクスは心底自分が何を言ったのかわかっていなかった。無自覚の天然煽り、恐るべし。
「ぉぉぉおおお!」
アドラが怒りに任せて《風刃》を連射。そして風の刃に炎弾を紛れさせてくる。
「……神核の切り替えが不十分だ。それではいずれ暴走するぞ」
「うるせぇんだよテメェはよ!」
弾幕の如く押し寄せる風と炎を前に、ユリクスは紫電を広範囲に広げてスパークさせる。一斉に相殺してみせた。その衝撃で辺りを烈風が荒れ狂う。
アドラの神核が暴走する前に一気に接近し、黒刀で斬り伏せてしまおうと考えたその時、横から膨大な熱量を感じた。視線を横に転じると、そこでは高い天井まで立ち昇る炎の渦が暴風とせめぎ合っていた。ライトだと、瞬時に悟った。
〝赤〟は嫌いだ。炎も嫌いだ。昔見た地獄の業火を思い出すから。
しかし……。
ライトが炎虎種の神核を所有し、炎を操る姿を目前に見て、驚愕――否、驚嘆した。昔見たものと同じ炎のはずなのに、不思議と嫌悪は抱かなかった。その炎の燦然とした輝きは彼の芯の強さを表し、灼熱のはずがどこか優しさを孕んだ熱は彼の朗らかな人となりを表しているように思われた。
昔見た炎と同じ? いいや、全くの別物だ。炎は時に全てを燃やし尽くす業火となるが、時に暗闇にいる人々を明るく照らす灯火となる。その事実を鼻先に突きつけられたようだった。
一瞬だけ、ライトの申し訳なさそうな瞳とかち合う。そんな表情をさせてしまったのは自分だ。ライトに隠し事をさせたのは自分だ。ようやく理解した。自分の不甲斐なさに辟易する。そして、頼もしい仲間を持ったものだと思う。もう少し、この感慨に耽っていたい。しかしそんなことを許してもらえるわけもなく。
「よそ見してんじゃねぇよ!」
思考を乱す雑音がする。今度は水の刃という代わり映えのしない単調な魔法が向かってきた。難なく斬り伏せる。
早く終わらせてしまおうと、体に紫電を纏わせて雷鳴の如き速さで接近する。袈裟斬りにしようとしたところで、両腕を鉄化され、ガードされた。そのまま竜巻を起こされ、離れざるを得なくなる。
(……魔力操作の精度が上がっている? いや、これは)
変容魔法から風魔法の切り替えの速さに相手の土壇場での成長を疑ったが、そうではないことはすぐに察せられた。
(……もう神核が暴走を始めている)
神核の暴走。使用者の理性を焼き切り、魔法を暴走させる兵器と化す現象。相対する者からしては面倒極まりない。
「おおおおおおおお!」
風、炎、水、雷。嵐のように迫りくる魔法の数々。ユリクスは回避に専念する。
「まだまだ……まだまだぁぁ! 俺はあの方に選ばれたんだ……一匹狼なんかに後れを取ってなんざいられねぇんだよぉぉぉ!」
アドラの目は血走り、その表情は狂気に満ちていた。
「……落ち着け。このままだと神核の力に飲まれるぞ」
「いずれ、俺はあの方のお傍にお仕えするんだ……〝神の六使徒〟に七人目として迎え入れてもらうんだ……」
「……ディーオ・アポストロ?」
アドラにはもうユリクスの声は届いていない。ただ狂気に満ちた笑みを浮かべて、うわ言のように〝あの方〟への信仰に浮かされる。その間にもアドラの――否、神核の魔力は高まり続ける。
「くひっ、くひひひ」
もはやアドラに言葉はなく、ただ狂ったように笑い続ける。その笑いに応えるように、アドラから雷が迸った。ユリクスは不規則に迫りくる雷を瞬時に見極めて回避する。
ふと、ライトが戦っている方向から轟音が響く。ティアたちがその場から動こうとする気配を感じ取る。
「……ティア、ライトは問題ない。お前たちは動くな」
「ッ! 兄さん……」
咄嗟に振り返り、制止の声をかける。そう、問題ない。ライトなら必ず信頼に応える。ならば自分の成すべきことは、この狂った男の攻撃が間違ってもライトやティアたちの方向へ流れないように誘導すること。
ユリクスはライトのいる方向とは反対側に駆ける。アドラから放出される魔法の嵐がユリクスを追う。
丁度ライトがいる方向に向かい合う位置に立って、風、炎、水を黒刀で迎撃し、雷を回避する。視界の端で、ライトが魔獣を圧倒する光景が映る。かなり怪我を負っているようだが、やはりライトはやり遂げた。ならばこちらも早く終わらせなければ。
ユリクスの左手に紫電が発生し、伸びていく。それは一本の鞘へと変わった。ユリクスが愛用している黒刀の鞘だ。キンッと小気味よい音を立てて抜き身の黒刀を鞘へと納める。
魔法の嵐の中、鯉口を切り、右手を黒刀の柄にかけ、右足を前へ、腰を低く構える。ユリクスの周りを膨大な魔力が漂い、気温が低下する。ユリクスから発せられる凄まじい魔力の圧に、降り注ぐ魔法が捌けていく。
瞑目し、神経を限界まで集中させる。目を瞑っていてもこの場にいる者たちの位置が把握できる。魔力が自身の内に圧縮され、解放を待ち望んで震える。集中が最大限高まったその時、ユリクスの静かな、しかしよく通る透き通った声が辺りに響いた。
「……黒刃紫輝流抜刀術――」
ユリクスの全身を紫電が覆う。
「……〝雷龍閃迅〟」
紫電の残滓をその場に残して一瞬で姿がかき消えた。
「っ……がはっ……!」
相対していたアドラも、離れた位置で見守っていたティアたちにも、視認できなかった。気づいた時にはユリクスの姿はアドラの背後。そしてアドラは右腰から左肩にかけて斬りつけられていた。自分の身に何が起こったのか理解できぬまま、アドラは膝をついた。
ユリクスは振り返り、アドラに向き直る。ユリクスに傷はなかったが、アドラから放出されていた雷が掠めたのか、左胸の位置のシャツが焼き切れていた。そこから覗いていたのは、神秘を感じさせるラピスラズリ。
「がふっ……そうか……ユリクスって名前しか知らなかったが、ゴホッ……テメェ、ドラグリア……ユリクス・ドラグリアか……!」
神核が完全に暴走する前に止めたことで、アドラの瞳が正気に戻る。傷口を抑え、吐血しながらユリクスに向き直り、胸元の神核を睨みつける。
「胸元の神核……それに〝ドラグリア〟って……龍の一族……?」
ダリオが愕然とした様子で呟く。気を失っているライトを除いて、その場にいる者全員の視線がユリクスの胸元に集まる。
〝ドラグリア〟。それは十年前に滅んだ龍の一族の名。その力の強大さ、怒りにより際限なく力が高まると言われている脅威さ故に他の一族よりも徹底的に殲滅された一族。その生き残りがいたとは、誰もが信じられない事態だった。
「ふ、はは、傑作だぜ……やけに強い神核を持ってると思ったらそういうことかよ」
重傷を負った状態でも、アドラはにやにやとユリクスを嘲笑う。
「なぁ、どんなもんなんだよ……同族がみんな殺されておきながら、一人だけのうのうと生き残ってるってのはよぉ……ふ、ははっ」
ユリクスの黒刀を握る手に力が籠る。アドラを見下ろす瞳から光が消えていく。胸の奥底から冷たい、暗い感情が込み上げてくる。どうせ放っておいてもアドラは死ぬだろう。しかしそれまで生かしておく必要もないだろう? 感情のままに、アドラを何度も何度も刺し貫く光景が脳裏を過る。一歩踏みだそうと、足を動かしかけたその時、ティアの可憐な、しかし力強い声が耳に届いた。
「のうのうと生き残ってるなんて、そんなことない!」
ティアが涙ながらに叫ぶ。
「兄さんは優しいの。だから大切な人をたくさん失って、たくさん辛い思いをしたはずなの。でも、それでも今も生きてる! 大切な人たちの思い出を、意志を背負って生き続けてるの!」
ティアがアドラの言葉を真っ向から否定する。ユリクスが今ここに生きていることには意味があるのだと訴える。
(……ティア……)
アドラにのうのうと生き残っていると言われて、ユリクスには言い返せなかった。その通りだと思っていたから。でも、それをティアが否定してくれた。自分にも生きている意味があるのだと訴えてくれた。冷たい雪が溶けていくように、暗い感情がすうっと消えていく。救われた気がした。ティアが道を踏み外そうとした自分を引き戻してくれた。
ゆっくりと息を吐きだして、先程とは違う、落ち着いた瞳でアドラを見据える。
「……アドラ。俺にも、何故俺が生き残ったのかわからない。そしてそれに意味があるのかもわからない。……だが、意味があると訴えてくれる存在がいるのなら、俺も、意味があると信じてみたい」
紛うことなき、ユリクスの本心だった。今まではただ何も考えずに生きてきた。自分という存在に意味なんてないと思っていた。でも、そうではないのかもしれない。ティアのおかげで、そう思えた。
「……そうっスよ。少なくとも、ボクやティアの姉御が兄貴を必要としていることは確かなんスから、兄貴にはちゃんと生きていてもらわないと困っちゃうっス」
いつから起きていたのか、ライトがいててと言いながら体を起こしてユリクスに笑いかける。
誰かに必要とされている。それは、今自分が生きていることのこれ以上ない意味ではないだろうか。胸の奥が、暖かくなる感覚。長いこと感じていなかった不思議な感覚だ。胸に手を当てて、この感情の名前を考えてみる。残念ながら、まだわかりそうにない。でも、今はまだそれでいいとも思う。
「……けっ、いつまでもそうやって仲良しごっこでもやってろよ。神人族の生き残りとあっちゃ、どうせあの方からは逃れられない。……必ず、粛清されるだろうよ……」
アドラの瞳から生気が抜けていく。死が近い。
「……待て、〝あの方〟とは誰だ。先程の〝ディーオ・アポストロ〟とは何だ」
ユリクスにとっては正直どうでもいいことではある。だが、自分に害がある可能性があるのなら知っておく必要があるかもしれない。それ故に問い掛けるが、アドラは下卑た笑みを浮かべるのみ。その身を崩し、命が事切れる瞬間まで何も語ることはなかった。
「……兄さん、お疲れさま」
「……あぁ」
ティアがユリクスの元まで歩み寄って労う。ティアに穏やかな笑みを向けられて、それから先程の言葉を思い出して、ユリクスの中で暖かい何かが込み上げた。そして、気づけばティアを緩く抱きしめていた。
「に、兄さん……? どうしたの?」
「……」
ユリクスにもどうして抱きしめているのかわからなかった。この暖かい感情の名前も。でも、何故かこうしたかった。
「あー! ずるい! ボクも入れてほしいっス!」
体が痛い! と言いながらライトも無理矢理ユリクスの腕の中に入ってくる。ユリクスはやれやれと思いながらライトも入れてやり、三人で抱きしめ合う。ティアとライトが心底嬉しそうな表情をするのでユリクスは抱擁を解くタイミングを逃した。
「ほんと仲良いなぁアンタら」
ダリオが呆れた様子で歩み寄ってくる。それを機にユリクスは抱擁を解いた。
「あの方だとか、ディーオ・アポストロ? とか、わからないことだらけだな」
「……あぁ」
アドラの亡骸を眺めながら険しい顔をする一同。そこでユリクスは一つの異変に気がついた。
「……神核が壊れている」
「あ、ほんとだ。兄貴が壊したわけじゃないっスよね?」
「……そのはずだ」
アドラの左耳についていた鈍色の神核が粉々に砕け散っていた。神核はその強度のため、滅多なことでは破壊されない。まして自己崩壊する神核など聞いたこともなかった。
「……兄貴」
砕け散った神核からユリクスへと視線を転じていたライトは、意を決したようにユリクスへと向き合っていた。ユリクスにはなんとなく、ライトが何を言いたいのかわかっていた。
「……ごめん。ずっと神核を隠していて。……炎を使う神核を持っているって知られて、嫌われるのが怖かったんス。本当に、ごめん」
真っ直ぐにユリクスの目を見て、ライトは謝罪する。その様子に、ユリクスはゆっくりと首を振った。
「……別に、お前が炎の魔法を使うからといって今更嫌いにはならない。……いや、そうじゃないな……俺の方こそ、悪かった」
ユリクスが謝るとは思っていなかったのだろう。ライトは目を見張って驚いている。そして嫌いにならないと言われたことが余程嬉しかったのか、頬を少し染めてうつむき気味にはにかんだ笑みを浮かべた。
「あ、えっと、それから……」
表情がころころ変わるライトは、今度は少し不安そうな様子でシャツの襟をぐっと下げた。左の胸にあったのは、鮮やかで燃えるようなルビー。
「兄貴が神人族だって知っちゃったっスからね。ボクも告白するっス。ボクはライト・タイガーナ。炎虎の一族の生き残りっス」
「「「!?」」」
「ライト……」
ダリオとメイシィ一家が息を呑み、ティアが不安そうに呼び掛ける。ユリクスはライトの神核をじっと見つめると、そっと襟を直させた。
「……別にお前まで言う必要はなかったんだぞ」
ユリクスなりの気遣いに、しかしライトは首を横に振る。
「兄貴が神人族ってこと、知っちゃったんスもん。ボクも教えたら対等になれるかなって」
「あー、言ってすっきりした!」と言うライトにユリクスは思わず頭を撫でた。突然撫でられたライトはびっくり仰天しているが、まんざらでもなさそうに撫でられている。
「っていうか、兄貴はボクが神人族だって知って驚かないんスか?」
「……いや、驚いた」
「えっ、わっかんな!? 表情出なさすぎ!!」
表情には出ていないが、ユリクスも心底驚いているつもりだ。ただ、ライトのあの火力を見れば、神人族と言われても納得できたのである。
「じゃあ、私も」
ライトの服の裾をくいくいと引っ張って、今度はティアが襟を下げて左胸を見せてくる。そこにあったのは透き通ったクリスタル。
「えぇ!? ティアの姉御も神人族だったんスか!? 不死鳥の一族!? まじスか!?」
「まじかよ……アンタら神人族パーティーだったのか。こりゃたまげた」
ライトが飛び上がるほど驚いている。ダリオも後ろ頭をかいて苦笑した。
「……ダリオ。メイシィ」
「あぁわかってるよ。アンタらが神人族だってことは誰にも言わない。墓場まで持っていくよ」
「私たちも決して口外しません。お約束します」
察したダリオとメイシィ夫君が口外しないことを約束する。その瞳に嘘がないことを確認して、ユリクスは一つ頷いた。
「さて、あの方だの鈍色の神核だのディーオ・アポストロだのと気になることは多いが、まずはここから出よう」
柏手を打ってダリオが提案する。それに異を唱える者はいなかった。全員が出口の方向を向いたその時。
キシャァァァァァ
現在いる広い空間へと繋がる道から魔獣たちの咆哮が幾重にも重なって聞こえてくる。大軍のお出ましらしい。
「ちょっ、まずいっスよ! どうするんスか兄貴!」
「……」
ユリクスが全員に壁に寄るように合図する。メラには守護に徹底してもらうとして、現状まともに戦えるのはユリクスしかいない。全員を一か所に固めてユリクスが一人で応戦するつもりだった。全員で通路とアドラの亡骸の間に位置する壁に移動する。
魔獣たちがすぐそこまで迫ってきた頃、ユリクスが一歩前に踏み出す。魔獣たちがユリクスたちのいる空間に入ってきたところで、不可解なことが起こった。
「……これは」
「え?」
「なんで……」
魔獣たちがユリクスには目もくれず、アドラの亡骸へと一直線に向かっていったのである。アドラの亡骸を取り囲み、我先にと食らいついていく。
「まるで魔獣を操った代償を見ているみたいだな」
「因果応報ってやつっスね……」
ダリオとライトが顔を歪ませて光景を見ている。メイシィ一家に至っては今にも吐き出しそうだ。
「……今のうちに洞窟から出るぞ」
ユリクスの号令で全員で通路に向かう。
洞窟から出口へと向かう間数体の魔獣に遭遇したが、問題なくユリクスが斬り伏せていった。そうして一行はようやく、日の光の下へ。
「やっと出られたっスー!」
「なんか久しぶりな感じがするなぁ」
洞窟から出たライトは太陽に向かって思いきり腕を伸ばして叫ぶ。体中痛むはずだが、外に出られた感動には勝てないようだ。ダリオも清々しさと仲間を失った哀愁の混ざった表情をしてしみじみ呟いている。メイシィ一家も生きて出られた感動に涙している。
「まだ数時間した経ってないはずなのに、何日も洞窟の中にいたみたいだね」
「ガウゥ」
ティアは自らをずっと背中に乗せて守ってくれていたメラを労わるように撫でている。
「もうクタクタっスから、早くライオーネの町に行こうっス!」
「……そうだな」
「……あの」
ライトとユリクスの会話をメイシィ夫人が恐る恐る遮る。胸の前で手を組んで言い出すか悩んでいる様子だ。そして意を決したようにユリクスたちに向き直ると言った。
「道中で亡くなっていた人たちのこと、なんとかできないでしょうか。きっと心配している人がいるはずですから」
洞窟に連れてこられた際に、それから洞窟から脱出する際に、二度無残にも食い散らかされた人々の山を見た。ダリオたちがあと少し遅ければ自分たちも同じ目に遭っていたと考えると、彼らの境遇が無念で仕方ないのだろう。メイシィ夫君やメイシィ嬢も同じ思いのようだ。ダリオが後ろ頭をかいて答える。
「まぁ、確かにあのままにしておくのは忍びないよな。でも俺たちじゃ身元を正確に把握できないからギルドに任せようと思うんだが……。メイシィさんたちはそれでいいですか?」
「はい、それで問題ありません。ありがとうございます」
これでメイシィ一家の後顧の憂いはなくなったようだ。あとはライオーネの町へと向かうのみ。一行は大道へと移動した。
「そういえばユリクスさんたちは馬車で来たんですか?」
「……あぁ」
「じゃあもしかして馬車って……」
「……この中だ」
魔道袋から馬車を取り出す。ダリオとメイシィ一家から感嘆の声が上がる。
「馬車が通るのを待つ必要がないのは羨ましいな……ん? じゃあ馬は?」
「この子」
「ガウ!」
「えっ」
ダリオの問いかけにティアが撫でていたメラを指さす。ダリオとメイシィ一家は引き気味だ。それはそれは目立つだろうな、と。
メラに馬車を取り付けてユリクス、ティア、ライトが乗り込む。
「……早く乗らないと置いていくぞ」
ユリクスの言葉にダリオとメイシィ一家は腹をくくって馬車に乗り込んだ。人数が増えても難なく馬車を引き始めたメラは優秀だ。
日が傾き始めているが、それでもまだ春の日差しがぽかぽかと暖かい大道を馬車が進む。
こうして、長かったようで短い一件は幕を閉じたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
戦闘って書くのが難しいですね。
龍の一族の一族名は「ドラグリア」、炎虎の一族の一族名は「タイガーナ」です。




