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また後で

 ユリクスたちも、敵の冒険者たちも、皆王都の中心部から離れた場所にいたはずだった。なにしろ王都に足を踏み入れてすらなかったのだから。しかし気づけば王城のすぐ近くにいる。全ての人間が動揺を隠せずに狼狽えている中、ユリクスたちの元にゲオルグとガルダが身体強化を施して駆け寄ってきた。


「お前ら無事か!?」

「……問題ない」

「ならよかったが……一体どうなってんだい……」


 辺りを見回せば不可解なことに自分たちはまだ平原にいた。しかし王城のすぐ側にいる。そして町は()()()()()に見えた。


「町と平原の一部が入れ替わったみたい……」

「……そうだろうな」

「どういうことっスか……?」


 ティアの言葉を肯定したユリクスに視線が集まる。ユリクスは自身の内で確信している原因を口にした。


「……奴の変容魔法は地形に及ぶ」


 ユリクスの言葉を聞いた者たちは愕然と目を見開いた。特に驚きを見せたのはリューズだ。


「変容魔法っつぅのは身体に影響するもののはずだぜ……?」

「……そうだな。だが、俺は実際に見せられたからな」


 一度戦ったユリクスが言うのだから信じるしかない。未だ受け入れない者はおらず、皆意識を切り替えた。ゲオルグが集まっている敵の冒険者たちを見遣る。


「向こうも狼狽えてるが悠長にしてられねぇ。他の奴らも早く切り替えさせなきゃならねぇな」

「そうだね。……待て、何かおかしい」


 ガルダの言葉の意味はすぐにわかった。敵である冒険者たちの元で、突如現れた無数の小さな光が煌めいたのだ。その光の異質さをユリクスは感知した。


「……魔力……?」

「魔力? どういうことだい」

「……あの光は魔力だ」

「魔力だぁ? なんで魔力が突然――」

「っ! ……神核だ」

「「「ッ!?」」」


 無数に現れた神核。神核を生み出せる者など一人しかおらず、その者によって生み出される神核など一つしかない。


「鈍色の神核か……っ!」


 ゲオルグが苦々しい表情で歯噛みする。


「でもなんで神核が出てくるんスか!? だって魔獣はもう操ってるはずじゃ……!?」


 ライトの疑問は皆が抱くものであったが、その答えはすぐに起こった異変によって示された。


『『『……』』』


 離れた場所で狼狽えていた敵の冒険者たちが一斉に静かになった。ただ立ち尽くしている。そして、示し合わせたかのように全員がこちらを向いた。身体強化を目に集中させた視力で彼らを見ると、更なる異常が確認できた。向けられた顔にはまるで仮面のような不気味な無表情が張り付いているのだ。加えて、こちらを見る全ての瞳には何も感じ取れない〝無〟があった。


 ユリクスたちの脳裏に一つの可能性が浮かんだ。それは――。


『『『コロス』』』


 抑揚のない言葉。言葉の形をした音と言ってもいいかもしれない。完璧に重なったそれを聞いて、脳裏に浮かんだ可能性が的中したことをユリクスたちは悟った。


「……支配されたな」


 アウシディスによって信仰心の死が利用され、支配された。つまり、自分たちがこれから戦う相手は冒険者ではなく、アウシディスの操り人形。


 戦争の準備は整われた。これより戦端が開かれる。


 それを正しく理解したゲオルグはすぐに懐から魔道具らしき球体を取り出し、口元に持っていった。


「……なんだ?」

「拡声器さ」


 ガルダが答えたと同時に威厳ある声が辺りに響き渡った。


『戦いの時が来た!』


 騒然としていた場が静まった。辺りを見回せば段々と皆の表情が精悍なものに変わっていく。過酷な戦場に自らの意思で踏み込んだだけあって、とうに覚悟はできていたようだ。


 場の空気が変わると、こちら側の準備が整ったのを見計らったかのように波のようにプレッシャーが流れ込んできた。強制されたかのように全員の意識がそちらへ強引に向けられる。強大な存在感は王城からだった。


「……わざわざ教えてくれたようだな」

「らしいな」


 ユリクスとガルダの言葉の意味を当然理解しているゲオルグが再び口を開いた。


『俺たちのすべきことはユリクスたちを王城へと送り出し、その戦いの邪魔をさせないことだ。敵は支配された冒険者たち。奴らは自らの意思を失った。だがお前らは違う。お前らの意思はなんだ? お前らの望みはなんだ? 今こそそれを示す時だ! 証明しろ! 譲れない意志があることを! 世界を変える覚悟を決めたお前らの強さをッ!!』

「「「「「オオオォォォォォォォォォォォ!!!!!」」」」」


 咆哮が大地を震わせた。闘志を燃やす戦士たちが一斉に駆け出す。


 魔道具を仕舞ったゲオルグがユリクスたちを見据える。〝ギルド総長〟、〝伝説級冒険者〟、〝風槍の守護者〟。その表情は彼の持つ数々の異名に恥じないものであった。


「道は俺たちが切り開く。行くぞ!」


 駆け出したゲオルグに続いてユリクスたちも駆け出した。目指すは王城。その門前では既に最前線にいる者たちによって戦闘が始まっている。戦いが繰り広げているその場所は混戦に見えて、しかし王城に入るための道が作られようとしていた。そこにユリクスたちが辿り着く。ゲオルグやガルダ、モテナ、アイサ、ダリオがユリクスたちの前に出て戦闘に加わった。実力者たちの介入により一気に門前の形勢が変わる。小さな道が切り開かれた。


「行け!!」


 ゲオルグの声と共に多くの視線がユリクスたちに集まる。大きな信頼を宿したそれに背を押され、ユリクスたちは駆ける速度を落とすことなく王城へと足を踏み入れた。


 侵入して最初に踏み入れるのはもちろんエントランスだ。あるもの全てに装飾が施された王城らしい豪華絢爛な広間。警戒しながら辺りを見回していると、突如空間が歪んだ。何が起こったのか考える間もなくすぐにそれは収まる。収まると、自分たちがいたはずの場所が変わっていた。


 ユリクスたちは広い純白の空間にいた。上下も左右も、どこもかしこもただただ純白な通路が真っ直ぐ、一本に伸びている。それは果てがあるのかもわからないほどに続いていた。


 突然のことに呆然とした一同だが、落ち着きを取り戻すのは早かった。


「ここ、城の中じゃない気がする」

「大きな城でもこんな無駄に広い空間があるわけないわよね」

「ないでしょうね。それに、何か違和感がありませんか?」

「今までに感じたことがねぇ感覚だな」

「なんかふわふわしてるようなぼやぼやしたような……よくわからないっス」

「移動させられた……というよりは何かに引きずり込まれたと言われたほうが納得できるな」

「……奴が作ったものを理解しようとするのは無駄だ。進むぞ」


 異常が起こったにもかかわらずバッサリと切り捨てたユリクスの言葉に仲間たちは頷いた。相手は神だ。何が起ころうと不思議ではない。それに、どんな状況に陥ったとしても自分たちのすべきことは変わらないのだ。どうせ奴らは逃げも隠れもしない。ならば進むだけ。


 長い通路を歩きだしたユリクスたち。警戒は怠らないが、奇襲を受けることはないだろうと確信できた。


「……不快だな」

「早く来いっていうのがよく伝わってくるっスね」


 歩いているうちに強くなっていくのは誘われているような感覚だ。ユリクスたちは自分たちの手中にあるのだと嘗められていることが理解できる。不快だ。引き寄せられるような感覚を与えられずとも足を止める気は一切ないというのに。たとえそれが相手の意を体するものだとしてもそれがどうした。自分たちは戦いに来たのだ。向こうが誘ってくるのならそれに乗ってやろうじゃないか。


 足取りに迷いはない。いつでも戦える心構えで進んでいく。すると、変わらない景色に変化が訪れた。果てがないように見えた通路であったにもかかわらず、少し離れた場所に突然扉が現れたのだ。黒く巨大な扉。人では開けられないだろうほどに重そうだ。しかしこれは開く。そう確信できる。何故なら、この向こうに敵がいることを感覚としてわざわざ教えてくるからだ。


 扉の目の前に立つ。確信した通り、扉が重々しい音を響かせてひとりでに開いていく。そして、開ききった。


「よぉ、待ちくたびれたぜぇ」


 踏み入れたのは美しく広大な園。草地には花が咲き、透き通った綺麗な水が流れる川がある。そんな清澄な空間にその男はいた。美しい園を一瞬で汚せるほどの悪意に満ちた男。その男がいるだけでこの場が戦場なのだと認識させられる。


「ゼス……」


 レージェが掠れた小さな呟きを溢す。その声は震えていた。それは怒り故か、恐怖故か。そんなちゃちな名が付けられないほどにあらゆる感情が声音に乗っている。


 ゼスが残虐さを隠さぬ笑みを浮かべた。


「残念なことに残していいのは一人だけって言われててなぁ。誰が俺の相手をしてくれんだぁ?」


 命の重さを理解していない幼子のようにゼスは楽しげに言う。誰もが不快に感じる中で、一歩足を踏み出したのはもちろん彼女だ。


「私がお相手致しましょう」


 名乗り出たレージェを見たゼスは軽く目を見張る。それから声を上げて笑った。


「マジかよ! 綺麗な女が相手してくれんのかぁ! こりゃいいぜぇ!」

「喜んでいただけてなによりですね」

「おうおう! 嬉しいったらねぇなぁ! ほら、他の奴らは早く行っちまいなぁ!」


 レージェがユリクスたちへと振り返った。


「皆さんはどうぞ先へ」


 ユリクスたちはレージェに頷き、再び前へと進みだした。ゼスの横を通り過ぎるが本当にこちらには手を出す気がないらしい。誰一人として振り返らず、先程のものと同じ形をした向かい合わせの扉から園を出た。


 再び純白の通路。迷いなく前へと進んでいく。誰一人として言葉を発することはないが、共通して一層好戦的な思いを抱いていた。ゼスは一人だけを残すように言われたと言っていた。即ち奴らは一対一の戦いを望んでいる可能性が高いということだ。それはこちらとしても好都合。自分が戦いたい相手と集中して戦えるということなのだから。


 一歩一歩しっかりとした足取りで歩いていると、再び扉が現れた。ひとりでに開かれていく。そして開ききった。


「来たのですね」


 そこは仄暗い空間であった。仄暗いとはいえ、炎を灯す暖炉のおかげで視界には困らない。暖炉だけではなく、ここには多くの家具があった。イス、テーブル、タンス、その他諸々。家屋の一室のような場所だ。ただ明らかにおかしいのは、その全てが()()であるということだ。一室のような場所とは言ったが、それは見て呉れだけで空間自体は広大。そして見上げるほど大きな家具の存在。まるで自分たちが小人になったかのよう。


「まさかまたここで向かい合うとはな。なぁ、ロイド」


 正面にそびえ立つ暖炉の前に立っているロイド。そんなロイドに向かってリューズは一歩を踏み出した。ロイドの口元が緩く弧を描く。


「お前と話をするには最適でしょう?」

「話……か……」


 ここはかつて二人が言葉を交わした、ロイドの家の居間と同じつくりだった。〝決別の日〟の前日、リューズの心が揺らいだ場所。二人の意思が決別した場所。あの日、リューズは再び対話をする機会を望んでいた。ならば確かに話をするには最適なのだろう。しかし今回は話だけでは済まないが。


 リューズがユリクスたちへと振り返った。


「行きな」


 柱のように堅固な声音。その一言が今のリューズのすべてを物語っている。そんな気がしたユリクスたちは前へと歩き出す。ロイドの横を通り過ぎて、振り返ることなく扉から外へ出た。


 再び純白の通路。迷いなく前へと進んでいく。先程、ロイドは自分が望んだ場所を用意したような言い方をした。それはつまり、奴らは自分たちが思い描いた場所をアウシディスに創ってもらっているということなのだろう。空間を創るなど、奴には容易いことだろうから。どんな空間が自分たちの戦場になるのか、それは扉の先に行かなければわからない。けれど、たとえどんな場所であろうとも、自分たちのすべきことは変わらないのだ。だから迷わない。揺るがない。


 一歩一歩しっかりとした足取りで歩いていると、再び扉が現れた。ひとりでに開かれていく。そして開ききった。


「本当に、しつこい……奴」


 扉の先には鉄壁に囲われている以外何の特徴もない広々とした空間があった。いや、辺りを見回してみればここがどのような場所なのかがわかった。鉄壁の高所を一周、無数の客席がある。自分たちの目線に何もないのは、ここが戦うためだけのフィールドだから。イヴァンには馴染みのある場所、円形闘技場である。今すぐにでも試合が始まるのではないかと思わせるように、ネグルが正面に離れて立っていた。とはいえ、これから始まるのは大会の試合ではなくルールも何もない殺し合いなのだが。


「貴様、どうしてこの場で戦うことを選んだ?」


 イヴァンが鋭く問う。その問いに、ネグルは口元を三日月型に歪めた。どんよりとした暗雲のような殺気が立ち込める。


「ここは君が自分の力を誇示して多くの人間を見下した……場所。そんな場所で無様に負けたら、君はどう思うんだろ……うね……?」

「別に何も思わんな。俺は人を見下すために大会に出ていたわけではないからな。そもそも、俺は貴様に負けるつもりなど毛頭ない」


 イヴァンがユリクスたちへと振り返った。


「早く行け」


 全てを射殺すような視線を向けられる。一見冷え切ったように見えるその眼差しは、しかし確かな熱を深奥で宿していた。冷然としているようで、本当は不器用に人を思いやれる心を持つ彼らしいもの。その眼差しを真っ直ぐに受け取ってから、ユリクスたちは前へと歩き出す。ネグルの横を通り過ぎて、振り返ることなく扉から外へ出た。


 再び純白の通路。迷いなく前へと進んでいく。それにしても、奴らは何故一対一で戦うことを選んだのか。戦力を分散させたかった? ……いや、アウシディスならば全員まとめて相手にしても勝つ自信があるだろう。ならば何故? と、考えたところで答えは出ないだろう。余計な思慮はいらない。好都合、それだけでいい。


 一歩一歩しっかりとした足取りで歩いていると、再び扉が現れた。ひとりでに開かれていく。そして開ききった。


「あ! やっと来た!」


 踏み入れて最初に思ったことは、場違い、だった。辺りを囲むはパステルピンク。そんな部屋にはたくさんのぬいぐるみが飾られている。他にもおまけ程度に端に設置された家具やクッション、カーペットなどもあるが、それら全てが動物柄やハートマークであったり。一言で言えばメルヘンチックな空間だ。


 不意に深い溜め息が一つ。


「相変わらず悪趣味ねぇ、イリス」


 心底呆れていることを隠さずリアナは吐き捨てるように言った。それを聞いたイリスは頬をぷくりと膨らませる。


「ひどい! こんなに可愛いお部屋なのに!」

「そう? あたしにはセンスの欠片もないように見えるけど」


 リアナは馬鹿にしたように鼻で笑った。イリスは未だ頬を膨らませて可愛らしい少女として振る舞っているようだが、リアナを睨みつけるその瞳には淀んだ殺意が宿っている。まるで見た目で獲物を誘き寄せて仕留める獣のようだ。リアナの話を聞く限り、その例えはあながち間違っていないだろう。悪趣味ということには心から賛同できる。


 リアナがユリクスたちへと振り返った。


「行きなさいな」


 リアナの瞳は驚くほど凪いでいた。イリスのこととなると憎しみを顕にしていた今までが嘘のように。恐らくチベトーナでの出来事が関係しているのだろうが、一体何が彼女をここまで変えたのか。今でもイリスを憎いとは思っているはずだ。けれども、その感情をユリクスたちには一切見せない。ユリクスたちに向けているのは、慈愛に満ちた眼差しであった。それはあたたかく、向けられた者に安らぎを与えてくれる。心を優しく撫でられるような感覚を覚えてからユリクスたちは前へと歩き出す。イリスの横を通り過ぎて、振り返ることなく扉から外へ出た。


 再び純白の通路。迷いなく前へと進んでいく。一人、また一人と減っていく。それぞれがそれぞれの戦場でたった一人で戦いを始めている。けれどそこに孤独はない。十年前からずっと独りで苦しみと戦ってきた自分たちは出逢い、共に旅をし、仲間になった。仲間という縁がある限り、自分たちが真に孤独になることはもうないのだ。なるとすれば、それは〝死〟によってもたらされる。だがそんなものを易易と受け入れてやる者など一人もいない。どいつもこいつも諦めの悪い無軌道な連中なのだ。だから振り返る必要はない。


 一歩一歩しっかりとした足取りで歩いていると、再び扉が現れた。ひとりでに開かれていく。そして開ききった。


「お、来た来た」


 一瞬、元の王城へと戻ってきたのかと錯覚した。そんなわけはないと勘違いはすぐに切り捨てたが。錯覚させられたこの場所は恐らく謁見の間だ。端に雛壇があり、その最上段に絢爛(けんらん)な玉座がある。ここはサダン王国の王城ではないだろう。それは正面に立つ二人の人物を見れば明らかだ。


「ジークハルト……」

「よぉ、弱虫」

「……こんな場所で戦おうなんて、ほんと性格悪いっスね」

「おや、それは両陛下が亡くなられた場所だからでしょうか?」

「亡くなった? 殺しといてよく言う」


 三人の会話からして、ここはライトの両親がジークハルトとアルマに殺害され、兄弟が完全に決別した場所なのだろう。ライトから話を聞いていたユリクスたちも同様に、不快な選択をしたものだと二人を軽蔑する。この場所は両親が殺害されたと同時に、ライト本人が深く傷つけられた場所。そんな場所へと踏み込み、宿敵である二人と向かい合ったライト。以前ジークハルトと再会した時以上に心を乱されるはずの場所だろうが、しかし何も問題はなかった。


 ライトがユリクスたちへと振り返った。


「行って」


 向けられた瞳に揺らぎはなかった。そこに恐怖はなく、不安はなく、過去を映す翳りもない。ただ、強い覚悟だけが宿っている。それは相手を殺す覚悟ではないだろう。彼の覚悟はきっと、兄と真に向かい合う覚悟だ。ずっと前から言っていた自身の成し遂げたいことをここで成し遂げるために、彼は揺らがない覚悟を燃やしているのだ。やはり彼は強い。彼はその強さをここで発揮するだろう。そう確信して、ユリクスたちは前へと歩き出す。ジークハルトとアルマの横を通り過ぎて、振り返ることなく扉から外へ出た。


 再び純白の通路。迷いなく前へと進んでいく。次は間違いなくティアだろう。そして相手は間違いなくシオンだ。ここで(ようや)くユリクスは口を開いた。


「……ティア」

「……」

「……任せたぞ」

「うん」


 ティアは戦場に自身のみでなく、ユリクスの思いも連れていく。だから今、ユリクスは改めて思いを託し、ティアはそれを受け取ったのだ。そこからはもう会話はない。必要なかった。


 一歩一歩しっかりとした足取りで歩いていると、再び扉が現れた。ひとりでに開かれていく。そして開ききった。


「……」


 何も言わぬまま、シオンはユリクスたちを迎え入れた。崩壊し尽くした村の中で。


 ユリクスは自身の胸が強く締め付けられる感覚を覚えた。ここはよく知っている。自分たちの故郷だ。その故郷が変わり果てた、あの日の姿そのままだ。シオンが何故この場所を選んだのかわからない。しかし考えつく理由は全て悲しいものだ。どんな理由にせよ、とても深い傷を負ったが故の選択なのだろう。今すぐにでも謝りたい。けれど今放つ言葉は全て無駄だ。だからユリクスは口を噤んだ。


 シオンが何も感情の乗っていない表情のまま口を開いた。


「あなただけを通すように言われているわ。早く行って」


 冷たく、ユリクスを突き放す。ユリクスはそれを甘んじて受け入れた。歩き出し、シオンの横を通り過ぎると同時に。


「……また後で話そう」


 たった一言、どうしても伝えたかった望み。叶えてくれるかは彼女が決めること。それでも、ユリクスは願わずにはいられなかった。謝る機会がほしいと。けれど彼女の、妹の選択をユリクスは受け入れると決めた。だから振り返らない。自分の望みは伝えた。ならば後は全てを委ねるだけ。大切な妹と、妹のように大切なあの子に。


 迷いなく歩みを進めて、扉から外へ出た。


 再び純白の通路。たった一人、コツコツと靴音を響かせて歩いていく。先程まであった自分のものではない息遣い、靴音。今では他者の気配はない。間違いなく今の自分は一人だ。ティアとメラに出逢う前と同じように。懐かしい、とは思わなかった。あの頃の感覚とは全く違うから。一体何が違うのだろう、と考えて、どうせ仲間たちのせいだろうとすぐに結論が出た。ユリクスは少しだけ顔を上げた。


「……仲間、か」


 ぽつりと呟いてみる。今までの旅路が思い起こされた。


「……騒がしい」


 げんなりした。きっとこれからの戦いはかなり疲れるだろう。それなのに、その後にあの連中を相手にするのかと思うと自然と深い溜め息が漏れた。面倒くさい。


 いつもの自然体を崩さぬまま歩いていると、再び扉が現れた。ひとりでに開かれていく。そして開ききった。ユリクスは扉の先へと一歩を踏み出す。また後で巻き込まれることになるであろう馬鹿丸出しの騒ぎを思い浮かべながら。






お読みいただきありがとうございます。


これから先は外での戦闘(一話分)を含め、一話ずつそれぞれの人物たちの戦いが始まります。

主人公であるユリクスはしばらく出てこなくなりますが、どうか成長した仲間たちの姿も見届けてくださると幸いです。よろしくお願い致します。

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