いつの間にか隣にいた
夜の帳が下り、ユリクスは一人広やかな平地に来ていた。ここに来ることは誰にも言っていない。ユリクスは部屋で寝ているものだと皆思っているだろう。別に外に出ることを知られたくなかったわけではないのだが、なんとなく一人になりたかった。その理由はユリクス自身もよくわかっていない。感傷的になっている、というわけではないと思うのだが。
ユリクスは空を仰いだ。すっかり黒く染まった空に星が散らばっている。暗い空であるはずが、小さくとも懸命に輝く星々のおかげか物寂しさは感じない。それどころか惹き込まれるようにずっと見ていられる。とても綺麗だ。そう、綺麗なのだ。ユリクスは天に広がる星空を綺麗だと思っているのだ。独りでいた頃は全てが色褪せて見えていたのに、今目に映る世界には色と光がある。それは仲間たちとの旅があってこその変化。今まで何度もその変化に驚いてきた。呆れてきた。受け入れてきた。きっとこれからも慣れることなく驚き、呆れ、受け入れていくのだろう。これからも仲間たちと共にあり続けるのなら。
けれど今は明確な障害がある。仲間たちを殺すと言った相手がいる。腹立たしい。しかしその腹立たしい存在は強い。今のままでは確実に殺せるとは言えない。もっと強くならなくては。そして強くなるためにすべきことはわかっている。だから――。
「……教えろ。どうしたら宝玉の力を解放できる?」
ユリクスは星空から視線を外して横を見遣った。そこには、外に出ていくユリクスに気づいて勝手に追いかけてきていた者――多くを知る龍がいる。星空の下、美しく映える形貌をしているがその内面は頼りない。今も戸惑ったような雰囲気を醸し出している。
『力を解放、ですか?』
「……俺はまだ中途半端にしか解放できていない。だから完全に解放したい」
〝神の宝玉〟、正確には神を最も理解しているのはこの龍だ。だから今はこの龍が手掛かりになるはずなのだが……。
龍は『うーん』と唸った。やはり当てにできないらしい。
『解放……解放……? ご主人様がご自身のお力を解放……?』
「……」
さて、どうするか。ユリクスは自分で方法を見つけるために思考を変えようとした。すると龍が『あ』と声を上げたので意識を龍に戻す。
『そういえば今のご主人様は元人間でしたね!』
「……今も人間なんだが……」
失敬な龍だ。いくら自分の内に神の力があるとはいえ人間とすら認識していないとは。その価値観を変えてほしいものだ。
げんなりしていると龍が首を傾げた。
『でもおかしいですね』
「……何がだ」
『力を扱えるように神々は人類に力の本質を伝えているはずなんですが……』
「……本質?」
『はい。神々の力にはそれぞれ本質がありますから』
それぞれの力の本質。ユリクスは考える。力を得るためには本質を知っている必要がある。自分たちが力を得たのは……。
――神人族が七つの一族に分かれているのには意味がある。
ガルダの言葉が頭を過ぎった。ガルダのその言葉とそれぞれに与えられた助言。ガルダは力の本質を知っていたのだろう。しかしそれを教えなかったということは……。
「……自分で気づけということか」
ガルダは無駄なことはしない。その行動は自分たちが強くなるために選択したものなのだろう。ならばこれ以上の会話は必要あるまい。
「……もういい。お前はギルドに戻っていろ」
『お教えしなくていいんですか?』
「……今の話で十分だ」
『わかりました。では私はこれで』
「……ドラ、俺がここにいることは言わなくていい」
『了解です』
龍は素直にギルドへと戻っていった。ユリクスはそれを見送ってから目を閉じる。自身の内にある宝玉に意識を向けてみるが、当然今すぐに力を解放することはできそうにない。けれどこのままではいけない。必ずその本質に気づかなければ。でなければ、殺せない。大切なものを守れない。それは嫌だ。絶対に嫌だ。絶対に宝玉の、神の力を使いこなしてみせる。ユリクスは神と向き合った際にした自分との誓約を再び心に刻む。
(……あぁ、そうか)
自分がここに一人で来たかった理由。それは己と向き合うため。自身の闘志を燃やすためだったのだ。ガルダの言った通り、己と向き合うためには一人でいるのがよかったというわけだ。だからこそ――邪魔だ。
「修行中か?」
ユリクスは目を開いて横に鋭い視線を向ける。そこには殺すべき相手、アウシディスがいた。
「おや、私に気づいていたか。なかなかやるではないか」
「……心にもないことを口にするな。反吐が出る」
「そう殺気立つでない。折角手助けに来てやったというのに」
その言葉にユリクスは訝しむ。まぁどうせ碌なことではないだろうが。
「……結構だ」
「まったく、折角気が変わって殺すのを一旦やめてやったというのに」
「……何故気が変わった?」
「其方が宝玉の力を完全に解放してくれるというのであれば、私自らその手助けでもしてやろうと思ってな。何せ魔獣を使った計画は思うようにいかなかったのだ。失敗したままでは気分が悪かろう」
「……力を入れて魔獣を作ったと言っていたな。それはどういうことだ?」
そう問い掛けてみたが、ユリクスにはおよそ検討がついている。そしてそれは的中したらしい。
「魔獣に魔獣を喰わせたのだ。そうすれば強力な魔獣が出来上がるだろうからな。強力なものと戦えば宝玉が目覚めるかもしれぬだろう?」
ここ最近で異質な魔獣が出現するようになったのはやはり自分のせいらしい。不快だ。そんなユリクスの心情に気づいているのかはわからないが、アウシディスは悠々とユリクスを苛立たせる口調で話を続ける。
「アクアトラスでの一件で其方が宝玉を所有している可能性に思い至ってはいたが、宝玉が覚醒していないせいで其方の居場所がわからなくてな。故に適当に魔獣を放っておいたのだが……面白いことに運良くスパイダリアで遭遇してくれたおかげで位置を把握できたのだ」
「……」
「その後の目的地は予測できた。故にチベトーナにもう一匹放ってみたのだが、そんなことをせずとも少しは覚醒させてくれたようだな。おかげで私の努力は水の泡だ」
そうは言いつつあまり気にしていないように見える。というよりスパイダリアでの遭遇は偶然だったのか。自分の悪運をユリクスは呪った。とはいえ何れは覚醒させていたので結局の所結果は変わらなかったが。
「魔獣では上手くいかぬからな。だからこうして私自ら来たというわけだ。完全に覚醒させたいのであろう? ならば私に任せてみよ」
「……断る。自分で覚醒させる」
「自信があるのか。根拠もないだろうに、滑稽な奴よ」
見下して笑う表情は本当に癇に障る。だがここで斬りかかるのも愚行だろう。相手の出方によっては斬るが。さて、どうなるか。
アウシディスがくつくつと笑う。嫌な予感がした。
「そんな滑稽な其方のために舞台を用意してやったぞ」
「……舞台?」
「それを上手く使って覚醒させてみよ。できなければ我が領地でそのまま貰うがな。私はどちらでも構わん」
「……」
「それで、このままのんびりしていていいのか?」
「……それはどういう――ッ!」
突如、歪んだ大きな魔力を感知した。そちらの方角を弾かれたように見れば、壁の外に魔獣がいた。魔獣が、見えた。
ユリクスがいる場所から離れた位置。関所付近に現れた魔獣。国を守る壁は決して低くない。約五十メートルほどだろうか。正確な高さはわからないが、それでも町を隠すほどの高さはある。にもかかわらず壁を越えて視認できる魔獣。チベトーナで出現した魔獣に勝るとも劣らない巨体。しかもその魔獣は、この町で遭遇したあの異質な魔獣と同じく人間味のある姿をしていた。とはいえ翼が見えるので魔獣の特徴も強いようだが。
しかし何故突然現れた?
そう考えて、一つの可能性に思い至った。ユリクスはアウシディスへと視線を戻す。
「……神核に、詰めていたのか……」
「その通りだ。それで、行かなくていいのか? このままでは町どころか国が滅ぶぞ?」
動揺している暇はない。こいつの意を受けることになるのは非常に癪に障るがそうも言っていられない。ユリクスは全力で駆け出した。後ろからアウシディスの楽しそうな笑い声が聞こえてくるが無視して魔獣の元へと向かう。
恐怖と混乱で騒然となっている町の中を駆ける。逃げ惑う者、悲鳴を上げる者、その場に立ち尽くす者。あらゆる人々を避け、全力で走った。仲間たちは先に向かっているはずだ。迷いなく魔獣の元へと。ならば急がなければ。未だ怠さを訴えてくる体に鞭打って走り続けた。そうして漸く見えてきた関所。そこから町の外へと出た。
「あ! 兄貴!」
やはり仲間たちはここにいた。視界に収まりきらない魔獣の前で毅然と立って。
「ちょっとユリィ! どこ行ってたのよ! 部屋にいなくて心配したんだからね!」
「……すまない。アウシディスと会っていた」
「そう、アウシディスと会って……会って!?」
「何してるんスか!?」
「なんで友人に会ってきたみたいに言うんですか!?」
「何もされてねぇか!?」
「貴様、とうとう頭がイカれたか」
「……向こうから来たんだ。仕方ないだろう」
不可抗力だ。そこはしっかり主張しておく。……それにしても。
「無事でよかった、兄さん」
「ガウ!」
ユリクスは仲間たちを見て目を細めた。眩しいものを見るように。強大な力を持つであろう魔獣の前で人の心配ばかりする仲間たちは強い。強くなった。本当に。自分はずっと仲間たちを守る対象だと思っていた。一緒に戦っている時でさえ、いざという時は自分が守ってやらなければと思っていた。けれど、それはもう間違いだ。いつの間にか仲間たちは強くなっていた。それでも戦えばまだ自分の方が強いだろう。それは確信しているが、そういう問題ではないのだ。ユリクスは漸く気がついた。目の前にいる仲間たちと自分は、対等なのだと。そう気づいたらユリクスの体から力が抜けた。小さくほっと息を吐く。今まで無意識に対等だと思っていなかったことを内心で申し訳なく思いながら、自然とこんな言葉が口から出た。
「……まだ体が怠い」
弱音。戦闘において面倒とはよく言ってきたが、はっきりとした弱音は初めて言った。初めて、言えた。
ユリクスの言葉を聞いた仲間たちは目を見張る。そして、笑った。
「なら、ボクらが一層頑張らないといけないっスね!」
「無理するんじゃないわよ?」
「いざとなったら防御はお任せくださいね」
「ふんっ、貴様は好きにちまちま攻撃していればいい」
「がっはっはっ! 大丈夫だろ! 俺たちゃ八人いるんだからよ!」
「ガウッ! ガーウッ!」
「兄さん」
ティアがコートの裾を引っ張ってきた。
「見てるだけは嫌?」
「……あぁ」
「そうだよね。じゃあ、みんなで頑張ろうね」
みんなで。正しく対等な言葉だ。その言葉が対等を意味する言葉だとやっと気がついた。だからこれからは〝守る〟んじゃない。〝支え合う〟のだ。
ユリクスは黒刀を顕現する。それに合わせて仲間たちも神器を顕現した。全員で横に並んで魔獣と向かい合う。二足歩行。背中に生えた大きな翼。全てを切り裂くであろう大きく長い爪。裂けた口。人間味があるとはいえ所々不自然に曲がった体。
『……ク……ウ……スベ……テ……』
腹に響くような歪んだ声。とても不快だ。
不意に隣でライトが溜め息を吐いた。
「全て食うって、この町の人たちみんな食べようとするなんてどんだけ食いしん坊なんスかね」
「……お前がそれを言うのか?」
「え」
「ライト、普段自分が一食で何人前食べてるのか省みて」
「……えーっと……三人前……くらい……?」
「それは少なくて、ですよね」
「がっはっはっ! ライトも間違いなく食いしん坊だな!」
「あんたも人のこと言えないわよ」
「どれだけ狩りをしても数日で消えるのは何故か考えたこともなかったのか?」
「つ、作ってるのはボクだから許してほしいっス!!」
既に町を襲うために魔獣が一歩ずつ足を踏み出しているのだがこの会話。いつも緊張感のない連中である。とはいえあまり町に近づけさせるのはまずい。距離がある今のうちに動きを止めなければ。
「はい、みんな切り替えて。もう神子の力使うからね」
無理矢理軌道修正したティアが胸の前で両手を組む。そして祈った。すると六人の神核が熱を持ち、力を底上げする。
『おぉ! 不死鳥の眷属がいなくても力を発揮できる人間がいるとは!』
清らかだが喧しい声が聞こえてきた。一応存在には気づいていたが、大人しくしていたので放置していたドラちゃんだ。心底驚いたように言われた言葉に七人は首を傾げる。
「……ドラ、それはどういうことだ? 神子の力を知っているのか? 詳しく教えろ」
『喜んで!! 願神は〝願い〟を司る神だったのです』
「……〝願い〟?」
『はい。その力は人間に最も適していました。常に神々を信仰し、祈りを捧げていたからだと思われます。そして人間の中には他の人間よりも強い祈りを捧げる者がおりまして、様子を見るに人間の代表のような存在だったのではないかと』
恐らくそれは神官やそれこそ神子のような存在だったのだろう。
ドラちゃんは続ける。
『神々の魔法を使いこなせる人間はいませんでした。しかしそのような存在の人間に限っては願神から授かった力を僅かに使うことができる者がおりました。そこで、願神の眷属である不死鳥たちが力を貸すことで神々の支援を行うことができたのです』
「もしかして、前に力を使う時にメラが光ってたのは……」
『その者は不死鳥の眷属が混ざっておりますので、力を貸したのでは?』
「やっぱりそうなんだ。ありがとう、メラ」
「ガ……ガウ!」
『む? 自覚はなかったのか? 存在が歪ませられた故か……』
「ガウ……」
『気にすることはない同胞よ。結果としてお前は責務を果たしたのだ。誇るとよい』
「ガウッ!」
ふむふむ、これでメラの秘密がまた一つ明らかになったわけだ。そんなわけでユリクスは。
「……まぁ、どうでもいいか」
「あんた、自分で聞いといてそれはないでしょう」
「……わかったならもう興味はない」
「兄貴はそうっスよねぇ」
「おい、貴様らはいつになったら動くつもりだ?」
そういえば魔獣の歩みを止めなければと思っていたのだった。漸く思い出した一同は神器を構える。
「……さっさと終わらせるぞ」
ユリクスの号令に仲間たちは頷く。そして七人と一匹は横に並んで魔獣へとギラついた視線を向けたのだった。
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