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神話

 真っ直ぐに見つめてくる優麗な龍を前に、ユリクスは自身を苛むものを忘れていた。しかしそれも一時のことであった。すぐに戻ってきた重苦。体中が痛い。力が入らない。頭が働かない。意識を繋ぎ止めるだけで精一杯だ。そんな中、目の前の生き物の様子だけはわかった。


『え!? あ!? そうですよね!? ど、どうしよう!? 誰かっ、誰かー!』


 ……見た目に似合わず騒がしいな。清らかな声を聞いているはずなのにユリクスは頭痛がした。


 龍が慌てたようにぐるぐるとユリクスの周りを回っている。鬱陶しい。しかし動けないため止めさせることもできない。しかも出血が止まらないためこのままでは死ぬ。ぐるぐる回っている暇があるならなんとかしろと言いたいが声は出せない。そもそもこいつは何もできないだろうな、と当てにすらしていない。ユリクスは途方に暮れた。そんな時だった。


「兄さん!!」


 自身を呼ぶ声。多くの足音。あぁ、来てくれたのか。危険があるとわかっていて。


「すごい怪我っス! ティアの姉御!」

「うん!」


 未だ視界は定まらないので見えないが、ティアが急いで回復魔法を行使し始めたらしい。少しずつだが痛みが引いていく。そのため気が抜けて余計に意識が混濁してくるが意地で繋ぎ止める。


「こんなに強い毒が……! すぐに解毒するわ!」

「傷の洗浄は私が!」


 徐々に体が楽になっていく。しかし大きすぎる疲労が消えることはない。故に声を出す気力は戻らない。立つこともままならない。ユリクスは自身の状態の変化にただ身を任せるだけだった。


「座ってるのもキツそうだな。俺が支えてやっから楽にしろユリィ」


 痛みが、苦痛が引いていく。けれど何より、ユリクスは仲間の存在に大きな安堵を覚えていることに気づいていた。まったく、本当に随分変わったものだな、とユリクスは他人事のように思う。仲間たちのことを心から信頼している。だからこのまま無防備にも意識を手放してしまおうか。そんなことを考えていると。


「おい貴様、一体何があった。貴様は何だ」


 聞こえてきたイヴァンの鋭い問い。明らかに怒りを孕んでいる。それが自身に向けられたものではないことに気づき、ユリクスはこの場にはあの生き物がいることを思い出した。


『邪神アウシディスの仕業です』

「邪神?」


 訝しむ声。恐らく他の者たちも警戒しているだろう。ここは自分が伝えるしかあるまい。ユリクスは力を振り絞って口を開いた。


「……ま、て」

「兄さん! 無理しちゃ……!」

「……そいつが……たすけ、た……敵じゃ……ない……」


 もうこれ以上は疲れる。伝えることは伝えたので後のことはどうにでもなれ。ユリクスは閉口する。


「……兄貴を助けてくれたこと、感謝するっス」


 どうやらライトは自分の言葉を信じてくれたようだ。これならきっと大丈夫だろう。……もういいか。気力の限界を迎えたユリクスは意識を手放した。




 ◇◇◇




 意識が浮上する。最初に目に飛び込んできたのは見覚えのある天井。どこだったか。考えて思い出した。ここはベングルのギルドの地下だ。どうやら以前は使わなかった広めの部屋にいるらしい。場所はわかったが、ユリクスは起き上がることもせずにぼーっとしたまま天井を見つめ続けた。体はまだ怠い。じっとしていると、ひょっこりと現れた存在により視界が変わった。


『起きましたか!』

「……お前は……」


 自分を助けた龍だ。空中で嬉しそうに体をくねくねさせている。それをじっと見ていると部屋の扉が開かれた。


「あー! 兄貴起きてる! みんなー! 兄貴が起きたっスー!!」


 ライトの騒がしい声が聞こえてきた。これは余計に騒がしくなりそうだ。そう思った矢先にバタバタと大きな音が聞こえてきた。そして部屋に一斉に人がなだれ込んでくる。自身が横たわっているベッドに突撃してきて囲み込まれた。


「兄さん大丈夫!?」

「起きるの遅いわよ! 心配したんだからね!」

「体の方は大丈夫そうですか?」

「起き上がるか? 補助するぜ?」


 仲間たちの顔には心配が色濃く出ている。何も言わないイヴァンもわかりにくいが気にしてくれているらしい。これ以上はできるだけ心配させたくはない。ユリクスは怠い体に鞭打って自力で上体を起こした。


「……どれくらい寝ていた?」

「二日も寝てたんスよ……」

「……二日……?」


 そんなに経っているのか。ユリクスは動揺する。それは心配させるわけだ。


「出血も酷かったし、何より受けていた猛毒のせいでしょうね。ごめんなさい、解毒に時間がかかってしまったの」

「……いや、助かった」


 そう言えばリアナは力無く笑った。自身の力不足を痛感したのかもしれない。ユリクスにしてみればあの人外の毒を解毒できたことは誇っていいと思うのだが。


「ユリクス」


 イヴァンから声が掛かる。一度口籠ってから言葉が続けられた。


「やはり、強いか」

「……そうだな」


 強いかと言われたら、想像以上だった、と答える他ない。何も攻撃が届かなかったのだから。


「……流石に神は一筋縄ではいかない」

「神? そういえばこの龍が『邪神』と言っていたな」

「……何も聞いていないのか?」

「ユリィさんが起きてから聞いた方がいいんじゃないかって思ったんです」


 ユリクス自身、この龍には聞きたいことがある。故にその選択は有り難い。ユリクスは龍に視線を転じた。


「待てユリィ。もう少し休んでからの方がいいんじゃねぇか?」

「……問題ない」

「兄さん……無理しちゃだめだよ……」

「……少し怠いだけだ。話を聞くくらいなら何も問題はない」

「そっか……。じゃあリルクさんを呼んでくるね」

「……あいつは要るのか?」

「ギルド支部長への情報提供は必要っスよ」


 心底要らないと思う。何より会うのが面倒くさい。そんなユリクスの心情を知らないティアはパタパタと走って部屋を出ていった。……いや、ティアなら確実に気づいている。ユリクスは渋面になった。


 不意にゆるりと龍が体に巻き付いてきた。


「……何をしている」

『えへへ、だってやっとお会いできたんです。嬉しいに決まっているじゃないですか!』

「不思議な子よねぇ。ユリィに会いたかったっていうのも不思議だけど、魔獣じゃないどころか話せるだなんて」

「メラさんと雰囲気は似ていますよね」

「クゥ……」


 小さな姿のメラが切なそうに鳴く。すると、龍もまた同じように切なそうな眼差しでメラを見つめた。


『憐れな同胞よ。そのような姿になれど、お前の眷属としての誇りは未だ失われてはおらぬのだな』

「ガウッ!」


 龍の言葉にメラは力強く頷いた。


 眷属。アウシディスも口にしていたその単語は気になるところだ。よくはわからないが、恐らく龍の言葉から推測するにメラが生みだされる際に犠牲になったらしい獣たちも眷属だったと考えられるだろう。


 部屋にティアとリルクが入ってきた。


「目覚めてなによりじゃ。体に支障はないか?」

「……あぁ」

「そうか。オマエが傷だらけで運ばれてきたときは心底驚いたぞ」

「……俺とてまたお前に会わなければならなくなるとは思わなかった」

「……元気そうでなによりじゃ……」

「リルクさん、元気だして?」


 相変わらずのユリクスの塩対応にリルクは目に見えて落ち込んだ。ティアは一声かけたものの、すぐに龍へと意識を向ける。


「あなたの名前は?」

『名前ですか?』

「うん。話す時に名前を知らないと話しにくいなって」

『私に名前などありません。私はただの眷属ですから』

「名前がない……じゃあ『ドラちゃん』で」

「それは龍の一族の〝ドラグリア〟から取ったんスか?」

「そう」


 そういうわけで、龍――ドラちゃんに話を聞くことになった。


「……おい龍」

「ドラちゃん」

「…………ドラ、先程から言っているその眷属とは一体何だ」

『眷属は七柱の神に仕える者たちのことです。雷神には私を含め、龍の眷属が仕えております』

「……雷神?」

『はい! ご主人様のことです!』

「……違うぞ」

『え? だってご主人様はご主人様ですよね?』

「……俺は主人じゃない」

『んん? ご主人様はご主人様じゃないですか』

「何言われても兄貴を主人だと思い込んでるみたいっスね」

「そうね。なんでかしら?」

『んんん? ご主人様はご主人様です。私たちが仕えるべきご主人様です』

「まぁ、ここは神の力を有している者を単純に主人と考えているということでよいのではないか? 人の考え方とは違うのじゃろう」


 人と獣が同じ価値観、考え方を持っているとは限らない。そういうことで納得した。


「……お前とメラは明らかに魔獣とは違うが、眷属と魔獣は全く違う存在なのか?」

『……いいえ』


 ドラちゃんは表情の中に大きな悲しみを見せる。震える声で言葉を続けた。


『……魔獣は、元は眷属でした。しかし、邪神アウシディスによって存在を歪ませられたのです』

「アウシディスに……? じゃあ、メラが魔獣じゃないのはアウシディスに歪ませられたわけじゃないからなの?」

『はい。その者も存在を歪ませられてはおりますが、アウシディスの力が及んでいないため言葉を話せなくなっただけのようです』

「そっか……」


 ティアはメラを抱き上げてぎゅっと抱きしめた。


 ユリクスは顎に手を当てる。


「……雷の神には龍の眷属が仕えている……。他の神も一族と同じ獣の眷属を従えているのなら、リルクの研究による仮説、複合種は元は存在していないという線は濃厚か……?」

「ドラちゃんや、七柱の神にはそれぞれ龍、不死鳥、炎虎、鷲獅子、蠍、妖狐、人魚の眷属が仕えていた、ということでいいのかの?」

『その通りです。皆さんは複合種の魔獣について知りたいのですね?』

「……そうだ」

『複合種の魔獣はアウシディスによって作られたものです。アウシディスは魔獣を好き勝手にできますから、複数の魔獣を掛け合わせて玩具のように改造したのでしょう。本当に忌々しい』


 ドラちゃんの声音が強い怒りに染められる。同胞を弄ばれては良い思いをしなくて当然だろう。


「なんでアウシディスの力だけ神人族にいないんスかね? やっぱり邪神だから? そもそも魔法って言い伝えの通りその神たちから授かったんスか? いろいろよくわからないっス」

『順を追って説明します』

「……そうしろ」

『喜んで!!』

「命令されて喜んでるわよこの子……」

「被虐嗜好があるんですかね?」


 若干周りから引かれながらもドラちゃんは説明を始めた。それは神話の時代に遡る。




 ◇◇◇




 かつて、世界には八柱の神が実在していた。神々は人類を見守り、人類は時折救いを与えてくれる神々を信仰することで共存していた。神々は進んで人類に手を差し伸べることはしない。見下し弄ぶこともしない。ほんの少しの繋がりだけが保たれている関係を維持することを望んでいた。一柱の神を除いて。


 ただ一柱、人類を嫌忌する神がいた。名をアウシディス。〝死〟を司る神であった。アウシディスは何度も七柱の神に反発した。無力で欲深いだけの人類は邪悪。平和な世界の維持には人類など不要なのだと。


 一見世界のためのようなことを言っているが、七柱の神は気づいていた。アウシディスはただ〝死〟を欲しているだけなのだと。〝死〟を貪りたいだけなのだと。だがそれを咎めることはしない。アウシディスは我らの同胞なのだから。けれど人類が滅ぼされることはあってはならない。故にある日、七柱の神はアウシディスに言った。


 ――平和であれど、不変は世界の停滞である。しかし人類ならば世界に変化をもたらすことができる。人類は無力ではない。


 その言葉は引き金であった。


 アウシディスは人類を蹂躙し始めた。唐突に。無論、人類を滅ぼすために行われる殺戮を七柱の神が許すことはない。自らと、自らの眷属たちによってアウシディスを止めるために動いた。七柱と一柱の戦い。それはすぐに終結するかと思われた。しかし――。


 予想外の事態が起こった。アウシディスは眷属を持たなかったが、その理由を七柱の神は戦いとなって(ようや)く悟った。それは、眷属の作り方が狂的であったから。


 死んでいった人間たちは続々と蘇った。……いや、命は失われていた。けれどその体はアウシディスのために動いていた。それは眷属たちも同様。殺された人間と眷属たちはアウシディスに魔力を流し込まれ、存在が歪み、アウシディスの下僕(アンデッド)と化した。また、下僕(アンデッド)と化した者たちは自らが殺した存在にアウシディスの魔力を流し込むことができた。故に、死んだ者が増えれば増えるほど、下僕(アンデッド)となる者は急速に増加していった。


 世界に〝死〟を振り撒くアウシディス。争いが長引けば長引くほど〝死〟は充満し、七柱の神を追い詰めた。守り抜くにはあまりにも人類は多過ぎたのだ。守るための手から溢れていく人間も、守るために命を落とした眷属たちも、皆敵になった。


 七柱の神は限界を悟る。このままでは世界は〝死〟に満たされ崩壊すると。そこで七柱の神は守るだけの存在であった人類に力を与えることにした。その身を自身で守れるようにと。七柱の神は自らの力を消費し、魔法を使うための核を人類の一部に与えた。これで多少は負担が減るだろう。そう思ったが、予想外の状況に陥った。人類は神々から与えられた力を使いこなすことができなかったのだ。自分たちが当たり前に使用する魔法を一切理解することができなかった。結果、七柱の神は力を消費しただけで状況を悪化させてしまった。


 絶望的な状況の中、それでも七柱の神は人類を守るために戦った。自分たちの存在をかけて戦うことにした。


 命を懸けて戦った七柱の神。その思いの末、それでも七柱の神はアウシディスを滅ぼすことはできなかった。しかし創造した宝玉に封印することには成功したのである。その後、七柱の神は神力でアンデッドと化した人間たちを浄化した。残念ながら力の強い眷属たちを浄化することはできず、一時的に封印することしかできなかったが。


 戦い。魔法の核の創造。宝玉の創造。神力。神々は力を使い過ぎた。これでは存在を保つことができない。そこで神々は人類に告げた。


 ――我らは眠る。我らを守れ。我らが授けた力を使って。


 その言葉の後、神々は人類が魔法を扱えるようにととある神託を下した。そして神々は宝玉の中で眠りにつく。命を懸けて守った人類が今後、自分たちを守ることを信じて――。




 ◇◇◇




『これが私の知る全てになります』


 部屋に沈黙が落ちる。全員が情報を整理しているのだ。それから顔を見合わせる。


「つまり、神核は言い伝えの通り神によって与えられたってことっスよね」

「それから、〝神の宝玉〟には神そのものが眠ってるってことね」

「魔獣はアウシディスが眷属を殺したことで生まれたんだよね。それで今も魔獣がいるってことは……」

『魔獣にかけた封印は一時的なものでしたから、その封印が解かれて放たれた戦争時の生き残りです。そして、現在でも生まれ続けています』

「どういうことですか?」

『アウシディスは自らの下僕に〝人間を死体(アンデッド)にせよ〟と人間の下僕(アンデッド)に、〝眷属を死体(アンデッド)にせよ〟と今で言うところの魔獣にそれぞれ命令を下していました。その命令は今も生きています。ですので、生き残っている眷属たちは今でも殺され続けているのです』

「そんな……。魔獣を眷属に戻してあげる方法ってないのかな……」

『一度死んだ以上それはありません。だから、再び殺して解放してやってください。それが一番の救いとなるでしょう』

「……裏切り、か」

「兄さん?」


 唐突に呟いたユリクスに視線が集まる。


「……俺の中の神はいつもこう思っている。〝裏切った人間を赦さない〟と。つまりそれは、命懸けで守った人間が自分たちに敵対したからだろう。違うか?」

『その通りでしょう。ご主人様たちを守るための力を授かった人間たちが殺されたのですから。ましてや、アウシディスのために』

「〝決別の日〟か。だがどうやってアウシディスは人間族に神人族を殺させることができた?」

「……それについてはアウシディスが言っていた」

「アウシディスが?」


 ユリクスは遭遇時にアウシディスが言っていた内容を伝えた。自らも神核を創造することで〝信仰心の死〟を支配したのだと。それを聞いた面々は難しい顔で唸った。


「それって結構まずいんじゃないっスかね……」

「そうね……。神人族に対する負の感情を支配できるってことは、〝決別の日〟の後その対象って確実に増えてるし……」

解放者(リベレイター)たちが流している真相に納得してる人たくさんいますからね……」

「ただ懸賞金を狙ってる冒険者たちも危ねぇってことだよな……俺たちゃ神人族だしよ……」

「困ったね」

「……困ったな」

「この話でも危機感がない貴様らの頭はどうなっているんだ?」

「まったくじゃな」


 ユリクスとティアに呆れた視線が飛んでくるが、当の二人はどこ吹く風だ。


 リルクが大きく溜め息をついた。


「これは想像以上に厳しい戦いになるかもしれんな。総長たちと情報は共有するにしても、具体的な対抗手段は何もないじゃろうし。集まった人数でどうにかするしかないのぉ……」


 深刻な表情をするリルクを見てユリクスはなんとも思わないが、無情な輩はまだいた。


「そこはギルドで考えろ。……それで、何故アウシディスの封印が解かれている?」


 バッサリとリルクの苦悩をぶった切ったイヴァンの問いは誰もが気になっていたことだ。イヴァン同様ギルドに丸投げすることにした無情な一同はその答えを待つ。


 人ではないドラちゃんも一連の出来事に対して何も思っていなかったらしく、何事もなかったかのように話しだした。


『器となれる人間が現れてしまったからです』

「……器?」

『はい。それしか考えられません。あの時、アウシディスは肉体を持っていました。つまり、アウシディスの力に完璧に適合してしまった人間がいたのでしょう。そして、宝玉に封印されていたアウシディスは近くにいたその人間と同調し、喰らうことで現界した。……とはいえ、その人間がどうやって宝玉の元に辿り着いたのかはわからないのですが……』

「そりゃあ宝玉のところに行くのは難しいってことか?」

『はい。神々の力で罠が仕掛けられていますから。力が弱っていたためそこまで強力な罠ではありませんが、それでもただの人間が潜り抜けるのは難しいはずでして……。何せ強力な七つの魔法あってこそ潜り抜けられるように仕掛けられたものですから』

「……ガウ……」

「メラ?」


 メラが控えめに鳴く。耳を下げてちらちらとユリクスを何度も見ている。首を傾げる一同であったが、暫くしてティアが「あ」と声を上げた。


「もしかして……」

「……何かわかったのか?」

「スズメラに行く前に入った遺跡、あれが封印されてた場所だったり?」

「「「……」」」


 数々のトラップを思い出す一同。言われてみれば、あれは確かに強力な七つの魔法がなければ潜り抜けられない作りをしていた……はず……?


「……全部兄貴が対応したっスよね」

「……いるじゃない。一人で潜り抜けられる人間」

「……ありゃあすごかったよな」

「……じゃあユリィさんがもう一人いたってことですか」

「……同行者がいたことを信じるしかないな」

「……俺より強い奴など普通にいるだろう」

「そんなぽんぽんいないから安心して兄さん」

「……それに俺は毒の水路を突破していない」

「詳しくは知らんが、どうせできるんじゃろ?」

「……………………まぁ、できる」

「「「……」」」


 もっとしっかり守っておけよ神。この場にいる者たち共通の思いである。そんな中で興奮している者が一匹。


『流石ご主人様です!! 恐らく適合者の時は抗ったアウシディスが罠を弱体化させたのでしょうが、そうでない状態の罠を潜り抜けるなんて!!』

「……俺たちが行った時も弱体化されていたんだろう」

『それはありえません!! 神々の罠はそんな軟弱なものではありませんから!!』

「……軟弱じゃないなら弱体化させられたりしないだろう」

『流石にアウシディスが必死に抗ったら弱体化してしまうと思います!!』

「……お前本当に神を敬っているのか?」


 ユリクスは胡乱な目で鼻息を荒くしている自称眷属を見る。すると自称眷属は勢いよくメラへと顔を向けた。メラがびくりと体を硬直させる。


『同胞よ! お前は行ったのだろう!? 嘘偽りのない見解を聞かせよ!』

「ガ、ガウ、ガウガーウ」

『ほう! それは本当か!?』

「ガウッ!」

『そうか!』


 今度はユリクスへと勢いよく顔を向けてきた自称眷属。首がもげそうな勢いだ。ついはたき落としてやりたくなる。こちらへ向けられる目が輝いているので一層。


『やはりそうではないですか!!』

「……何がだ」

『同胞が言っております! 罠には弱体化された痕跡はあれど、当時は弱体化されていなかったと!!』

「……適当に通訳していないか?」

『そんなことはありません!!』

「……おい、メラ」

「ガ、ガウ……」


 メラが一切目を合わせようとしない。これはどういう意味の反応だろうか。かくなる上は……。


「……ドラ」

『はい!!』

「……今のメラの言葉を嘘偽りなく通訳しろ」

『喜んで!! 「上位眷属の命令には逆らえない」と申しております!!』

「……」


 これにはユリクスも黙り込む。周囲がそれぞれ口を押さえるなり腹を抱えるなりして震えているのがかなり腹立たしい。ユリクスが懸命に斬り伏せたい思考を抑え込んでいると、大きな深呼吸が聞こえてきた。最初に気を落ち着かせたのはリアナらしい。それに追随して多くの深呼吸が聞こえてきた。なんだこいつら。


 リアナが目元を指で拭いながら口を開いた。


「喜んでおきなさいよ。宝玉の力を解放する前の出来事なんだから」

「そういえばそうっスね。今また行ったら遺跡崩壊するんじゃないっスか?」

「神も面目丸潰れだな」

「ユリィさんも神の称号を得ていいと思います。破壊の」

「……破壊するつもりはない」

「できないとは言わないんだな!」

「墓穴掘ったね」

「……」


 別に破壊などやろうと思えばできるだろう。そう、こいつらならばできるはずだ。ユリクスは仲間を信頼している。きっとできる。いや、やれ。


「……今から破壊しに行くぞ」

「どうしてそうなったんじゃ?」


 リルクの発言は他の者たちの思いを代弁した。だがここで勘違いをした者が。


『それではだめなのです』

「……何がだ?」

『封印の地を破壊してもアウシディスは殺せないのです』


 今そんな話をしていただろうか? そうは思うものの戦う以上必要な情報なので目で言葉の続きを促した。


『確実に殺すためには宝玉を破壊しなければなりません』

「……宝玉?」

『はい。封印されたことで神々には宝玉という核ができました。ですので存在の核であるアウシディスの宝玉を破壊しなければ』

「……宝玉は物理的に体内にあるわけじゃないだろう。どうしたら壊せる?」

『人間の肉体の内にある以上、肉体の状態に大きな影響を受けます。なので肉体を破壊すればいいです。そうすればアウシディスの内の核も壊れます』

「……」


 ユリクスはアウシディスと遭遇した際のことを思い返す。殺してしまえば宝玉が壊れるとわかっていて奴は攻撃してきたのか。ユリクスを間違って殺さずにぎりぎりまで甚振ることができる自信、というよりは確信があったのだろう。つまり確実に嘗められていた。その不愉快さにユリクスは苦い顔をする。


 その表情を見て勘違いしたらしいドラちゃんがわたわたと慌てだした。


『神々は本来なら殺したら死ぬような脆弱な存在ではないのですよ! でも宝玉という核が生まれてしまったがために脆い存在となってしまっただけで……』


 別に神の偉大さなどどうでもいい。だが情報自体は貴重且つ吉報だ。殺すだけでいいとは単純。面倒じゃなくていい。とはいえ……。


「脆いとは言うが、実際簡単なことではないだろう」

「……そうだな」


 面倒ではないとはいえ、最も問題なのは敵の強さ。ユリクスでさえも何もさせてもらえなかったあの常軌を逸した力。殺すと口で言うのは簡単だが、実際にできるかと言われれば簡単ではない。だが。


「……簡単でなくても、俺は奴を殺すと決めている。ならば殺す。それだけだ」


 ユリクスはぶれない。たとえ一度無様に負けていようと諦めることはしない。自分は自分の成すべきことを成す。それだけだ。


『流石ご主人様です! アウシディスなんぞちゃちゃっと殺してしまってください!』

「簡単に言うわねぇ」

『え? だって脆いですから』

「脆くたって神なんスけど……」

『大丈夫です! 神であるご主人様なら!』

「……俺は神じゃないんだが……」


 ドラちゃんからの信頼がうざい。ご主人様だなんだと言われるのも喧しいのでユリクスは部屋を出ることにした。緩慢に立ち上がる。


「どこ行くんスか?」

「……部屋に戻って寝る」

「うん。まだ安静にしてた方がいいよ。今夕方だけど、夕飯食べる?」

「……いや、いい」

「そっか。おやすみ兄さん」


 皆おやすみと言うだけでユリクスを止める者はいなかった。部屋を出て一人廊下をゆったりと歩く。正直まだ体が怠い。ユリクスは前に使っていた部屋の扉を開けて中に入る。ベッドに腰掛けて体を楽にし、寝ることなく夜を待った。






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