金沢の日常⑥ 助手席の酔っ払い(その2)
第6章 -深夜のドライブ-
「何言ってるんだよ。お前、飲みすぎなんだって」
シバが呆れたようにため息をつくが、彼女は、「ほんとだもん!髪の長い、真っ白な人がこっちを見て……ひっ、いやぁぁ……!」と、両手で顔を覆ってその場でうずくまってしまった。
そして次の瞬間、ガクッと力が抜けたように完全に腰を砕き、「もう無理……足が動かない、怖い、帰れない……」と大粒の涙をぽろぽろとこぼし始めてしまったのだ。
「おいおい、マジかよ……」
流石にこれにはシバも頭を抱えた。自力で歩くどころか、立ち上がることすらできないほど泥酔し、恐怖でパニックを起こしている。
「どうするよ、これ」
シバが困り果てた顔で俺を振り返る。
尚子が「どうしよう、すごく怯えてる……」と青ざめ、静香も「私、お化けとか本当に無理です……」と小さく震えながら俺の服の裾をぎゅっと掴んできた。
(仕方ない、俺がおぶっていくか? いや、距離がありすぎだ、どうしたものか……)
そう頭を抱えたとき、俺はふと名案を思いつき、静香に視線を向けた。
「なあ、静香。お前、車の免許って持ってる?」
「えっ……? 私ですか? はい、高校卒業してすぐに取りましたけど……」
「本当か! じゃあ、運転できるか?」
「一応……どうしてですか?」
静香が戸惑いながらも答えると、俺は駐車場のほうを指差しながらシバに向かって声を張った。
「おいシバ、俺のリーザ・チャチャを学内に停めてある。この酔っ払いを歩かせるのは無理だから、車で送り届けるぞ」
「おお、それなら助かる」とシバが小さな声で相槌を打つ。
「えっ、私が運転するんですか……?」と静香は目を丸くしたが、尚子が「静香なら大丈夫だよ!」と背中を押す。
「シバ、ちょっとここで待っててくれ、リーザ・チャチャを回してくるから。さあ、静香こっちへ!」
こうして、酔っ払い女子を歩かせるのを諦め、静香が運転手を務める形で、俺たちは大学の敷地をどうにか抜け出して市街地へと向かうことになった。
「ほら、乗れよ。幽霊なんていねぇから」
「うぅ……こわいよぉ……」と言いながら、彼女はしがみつくようにしながら、何とか車内に乗り込んだ。ずっしりと伝わる体温と、アルコールの甘ったるい匂いが鼻をつく。
最大4人乗りのリーザ・チャチャだから、シバを置いていくことになる。
「冗談だろ……」
夜空を仰いで抗議する彼に対して、俺は窓からひょいと首を出して、トドメとばかりにこう言った。
「じゃ、シバ、お疲れ」
「じゃあな、……じゃなくて、今度白川郷な!」
とシバはニヤリと笑った。
こうして、俺と酔っ払い女子と、尚子と静香を乗せ、シバを学内に残したまま、奇妙な深夜のドライブが始まった。
シバに見送られ、宮守坂を今度はリーザ・チャチャで下る。石川橋の下をくぐり抜けて、周囲は見慣れた市街地へと変わった。
幸いというか何というか、俺の住むアパートと彼女たちの寮はほんの目と鼻の先、同じ町内の一角にあったのだ。酔っ払い女子を後部座席に乗せ、一旦、俺のアパートの駐車場に車を停めさせた。
後部座席に座っていた尚子が、ハッとしたように声を上げる。
「あのっ、先輩……! その、彼女は寮には連れていけないです……」
「は? あそこはお前らの寮だろ?」
俺が振り返って尋ねる。運転席の静香を見ると、少し気まずそうに目を伏せながら首を横に振った。
「ダメです、彼女は、寮生じゃないんです。うちの寮は夜の門限が厳しいうえに、部外者は立ち入り禁止。外からの宿泊者は管理人のおばちゃんに絶対バレますし……」
「……は?」
俺が絶句している一方で、後部座席の酔っ払い女子がうにゃうにゃと寝言を呟く。
「私、実家から通ってるんです……」
ガツンと頭を殴られたような衝撃が走る。
――なんと、彼女は寮生ではなく、ここからさらに遠い実家から通う自宅生だったのだ。さらに、寮に泊めてもらうことすらできないという事実が、他2人の口から容赦なく突きつけられた。
「おいおい、聞いてねぇぞ……。じゃあどうすんだよ?」
かといって、俺のアパートに連れ帰るのもハードルが高すぎる。急な階段を登った先の2階にある俺の部屋まで、この泥酔した大人の女性を抱きかかえて連れ込むなんて体力的にも精神的にも絶対に無理だった。
どうしたものかと頭を抱えていると、ふと、後部座席の背もたれ《リアシートバック》が目に入った。
「……これしかなさそうだな」
俺は尚子と静香を車から降ろし、酔っ払い女子を後部座席に乗せたまま、背もたれを外した。ラゲッジスペースの奥までフラットな一枚板になり、酔っ払い彼女なら大の字で寝転がる事も可能だ(誇張あり)。ガチャリとリアハッチを開けて、まだ車内に残していたシュラフを広げて、その上にぐったりしている彼女をどうにかこうにか寝転がし、もう1枚のシュラフを折りたたんで、頭の下に引いてあげた。
「ふあぁ……冷たくてきもちいい……」
彼女は、すっかり安心したのか、そのままコテンと頭を倒して眠りについた。
窓を少しだけ開けて夜風を通す。狭い車内に、アルコールと甘い香水の匂いがふわりと充満していた。
その様子を、駐車場の脇で心配そうに見守っていた彼女たち2人に振り返り、俺はやれやれと深く息を吐き出した。
「まあ、とりあえず今日はこの車で寝かせるしかないな」
俺がそう呟くと、尚子と静香は顔を見合わせた。
尚子と静香は「仕方がないですね……」と小さく呟くが、次の瞬間、静香はハッとして自分の腕時計を覗き込み、青ざめた。
「あ……! やばい、もうすぐ寮の門限になってしまいます……!」
静香のその様子を見た尚子は、すぐに彼女の事情を察し、安心させるように力強くうなずいた。
「静香、急いで! ここは私が残るから、とりあえず後は任せて!」
「うん、ごめんね……! 先輩、あとのことよろしくお願いします!」
静香は深く頭を下げると、一目散に寮の玄関へと駆け込んでいった。
あっという間に走り去っていった彼女の背中を見送り、駐車場に残されたのは、俺と、尚子、そして助手席でぐうぐうと眠る酔っ払い女子の3人だけになった。
「……お前は大丈夫なのか?」
俺が尋ねると、彼女はきっぱりとした足取りで車のドアの脇に立ち、フッと胸を張ってみせた。
「私は、彼女が心配なので帰りません。このまま朝まで、先輩が変な気を起こさないように、ここでしっかり見張らせてもらいます!」
――見張る?
耳を疑うような言葉に、俺は思わず動きを止めた。
「いや、見張るって……お前、夜中のこんな時間に、男の俺と二人きりで、自分が一番危ないって思わないのかよ……?」
呆れを通り越してツッコミを入れると、彼女はきょとんとした顔で首を傾げた。
「え? だって、泥酔した女の子を男の人と二人きりにさせておくほうが危ないじゃないですか」
全く悪びれず、むしろ正義感を燃やしているその独特すぎる思考回路に、俺は遠い目をしながら天を仰いだ。理屈がどうとか危機感がどうとかいう次元の斜め上をいくそのマイペースさに、抗う気力さえも削がれていく。
「……はあ。分かったよ。じゃあ、外で見張られるとこっちも苦痛だから、せめて俺の部屋のほうで待ってろ。そこならお茶くらい出せるし、少しはましだろ」
俺がそう提案すると、彼女は「本当ですか? じゃあ、お言葉に甘えて……」と、これまたあっさりと言ってのけた。
こうして、酔っ払い女子をリーザ・チャチャに無事に(?)寝かせたあと、俺は尚子を連れて、自分のアパートの階段を登ることになった。
「彼女を守るためここに残ります。明日の朝は、先輩が責任を持って彼女の実家に送ってください。私もついていきますから」
そう言い出す看護短大生の尚子。その勝手な物言いと不用心さに内心で呆れ返りつつも、酔っ払いに騒がれて近所迷惑になるのを避けるため、まあ、気の済むようにさせることにする。
静まり返った夜の部屋の中で、謎の「見張り生活」がこうして幕を開けたのだった。
幸いというか何というか、俺の住むアパートと彼女たちの寮はほんの目と鼻の先、同じ町内の一角にあったのだ。酔っ払い女子を後部座席に乗せ、一旦、俺のアパートの駐車場に車を停めさせた。
後部座席に座っていた尚子が、ハッとしたように声を上げる。
「あのっ、先輩……! その、彼女は寮には連れていけないです……」
「は? あそこはお前らの寮だろ?」
俺が振り返って尋ねる。運転席の静香を見ると、少し気まずそうに目を伏せながら首を横に振った。
「ダメです、彼女は、寮生じゃないんです。うちの寮は夜の門限が厳しいうえに、部外者は立ち入り禁止。外からの宿泊者は管理人のおばちゃんに絶対バレますし……」
「……は?」
俺が絶句している一方で、後部座席の酔っ払い女子がうにゃうにゃと寝言を呟く。
「私、実家から通ってるんです……」
ガツンと頭を殴られたような衝撃が走る。
――なんと、彼女は寮生ではなく、ここからさらに遠い実家から通う自宅生だったのだ。さらに、寮に泊めてもらうことすらできないという事実が、他2人の口から容赦なく突きつけられた。
「おいおい、聞いてねぇぞ……。じゃあどうすんだよ?」
かといって、俺のアパートに連れ帰るのもハードルが高すぎる。急な階段を登った先の2階にある俺の部屋まで、この泥酔した大人の女性を抱きかかえて連れ込むなんて体力的にも精神的にも絶対に無理だった。
どうしたものかと頭を抱えていると、ふと、後部座席の背もたれ《リアシートバック》が目に入った。
「……これしかなさそうだな」
俺は尚子と静香を車から降ろし、酔っ払い女子を後部座席に乗せたまま、背もたれを外した。ラゲッジスペースの奥までフラットな一枚板になり、酔っ払い彼女なら大の字で寝転がる事も可能だ(誇張あり)。
ガチャリとリアハッチを開けて、まだ車内に残していたシュラフを広げて、その上にぐったりしている彼女をどうにかこうにか寝転がし、もう1枚のシュラフを折りたたんで、頭の下に引いてあげた。
「ふあぁ……冷たくてきもちいい……」
彼女は、すっかり安心したのか、そのままコテンと頭を倒して眠りについた。
窓を少しだけ開けて夜風を通す。狭い車内に、アルコールと甘い香水の匂いがふわりと充満していた。
その様子を、駐車場の脇で心配そうに見守っていた彼女たち2人に振り返り、俺はやれやれと深く息を吐き出した。
「まあ、とりあえず今日はこの車で寝かせるしかないな」
俺がそう呟くと、尚子と静香は顔を見合わせた。
尚子と静香は「仕方がないですね……」と小さく呟くが、次の瞬間、静香はハッとして自分の腕時計を覗き込み、青ざめた。
「あ……! やばい、もうすぐ寮の門限になってしまいます……!」
静香のその様子を見た尚子は、すぐに彼女の事情を察し、安心させるように力強くうなずいた。
「静香、急いで! ここは私が残るから、とりあえず後は任せて!」
「うん、ごめんね……! 先輩、あとのことよろしくお願いします!」
静香は深く頭を下げると、一目散に寮の玄関へと駆け込んでいった。
あっという間に走り去っていった彼女の背中を見送り、駐車場に残されたのは、俺と、尚子、そして助手席でぐうぐうと眠る酔っ払い女子の3人だけになった。
「……お前は大丈夫なのか?」
俺が尋ねると、彼女はきっぱりとした足取りで車のドアの脇に立ち、フッと胸を張ってみせた。
「私は、彼女が心配なので帰りません。このまま朝まで、先輩が変な気を起こさないように、ここでしっかり見張らせてもらいます!」
――見張る?
耳を疑うような言葉に、俺は思わず動きを止めた。
「いや、見張るって……お前、夜中のこんな時間に、男の俺と二人きりで、自分が一番危ないって思わないのかよ……?」
呆れを通り越してツッコミを入れると、彼女はきょとんとした顔で首を傾げた。
「え? だって、泥酔した女の子を男の人と二人きりにさせておくほうが危ないじゃないですか」
全く悪びれず、むしろ正義感を燃やしているその独特すぎる思考回路に、俺は遠い目をしながら天を仰いだ。理屈がどうとか危機感がどうとかいう次元の斜め上をいくそのマイペースさに、抗う気力さえも削がれていく。
「……はあ。分かったよ。じゃあ、外で見張られるとこっちも苦痛だから、せめて俺の部屋のほうで待ってろ。そこならお茶くらい出せるし、少しはましだろ」
俺がそう提案すると、彼女は「本当ですか? じゃあ、お言葉に甘えて……」と、これまたあっさりと言ってのけた。
こうして、酔っ払い女子をリーザ・チャチャに無事に(?)寝かせたあと、俺は尚子を連れて、自分のアパートの階段を登ることになった。
「彼女を守るためここに残ります。明日の朝は、先輩が責任を持って彼女の実家に送ってください。私もついていきますから」
そう言い出す看護短大生の尚子。その勝手な物言いと不用心さに内心で呆れ返りつつも、酔っ払いに騒がれて近所迷惑になるのを避けるため、まあ、気の済むようにさせることにする。
静まり返った夜の部屋の中で、謎の「見張り生活」がこうして幕を開けたのだった。
(続く)




