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アクアリス英傑記  作者: 芳田たかみ


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009話 ジェムジェーオン北部方面戦4

 帝国歴628年2月23日、ハイネス駐留軍旗艦(バトルシップ)『エスパシオ』。

 ハイネス駐留軍司令トマソン少将は、2個師団を率いて、イル=バレー渓谷出口方面に向けて進軍していた。


 その途上、北部方面軍の敗残兵を引き連れてハイネス方面に逃れてきたキャメロン中佐の部隊を回収した。

 早速、トマソンは戦闘の顛末を確認するため、キャメロンを『エスパシオ』の司令室に呼びよせた。


 キャメロン中佐がイル=バレー渓谷出口で起こった戦いの経過を報告した。

 その内容は、俄かには受け入れるには、信じがたいものだった。


「その話は本当なのか。信じられん」

「偽りはありません。小官が生き証人です」

「貴官の報告が事実なら、北部方面軍2個師団は全滅。司令官のデービス少将は戦死したということか」

「はい。残念ながら、デービス少将閣下は、敵軍に単身特攻し、壮絶な最期を遂げられました」


 トマソンの脳裏に、デービスの顔が浮かぶ。

 不器用だが、有能な指揮官だった。


「デービス少将が率いる北部方面軍の2個師団が、すでに壊滅とは……」

「間違いありません。ただ、さすがに、イル=バレー要塞の軍勢も無理な攻勢を仕掛けたはずです。相応の被害を負っているでしょう」

「それにしても、あのレッドマン少将が、いちかばちかの一気呵成の攻勢を仕掛けてくるとは、……これまでの戦いぶりからすると、意外な戦術に思える」

「いえ。敵軍を統率していたのは、イル=バレー要塞司令のレッドマン少将ではなく『勝唱の双玉』です」


 トマソンは耳を疑った。


「何だと……。それは確かか」

「小官はカズマ・ジェムジェーオン様の姿を確認しました」

「カズマ様が……」

「モニター越しですが、間違いありません」


 トマソンは、トレードマークの顎鬚をゆっくりと擦った。

 十秒ほどの沈黙ののち、ようやく口を開く。


「……ご苦労だった」

「い、いえ。トマソン閣下には、デービス少将の無念を晴らしていただきたく……」


 トマソンは、それには返事をせずにキャメロンを下がらせた。


「貴官も部隊も疲弊しているだろう。我が部隊の救護隊を頼ってくれ」

「閣下のお心遣い、感謝いたします。それでは、失礼いたします」


 キャメロンが退室すると、すぐさま、トマソンは副官のヘンダーソン中佐に問うた。


「どう思う?」

「キャメロン中佐が虚偽を語る理由はありません」

「確かにな。……しかし、レッドマン少将ではなく、『勝唱の双玉』が軍を率いてるとは、信じられん。まだ彼らは、初陣すら済ましていなかったはずだ」

「実質的に軍を動かしているのは、レッドマン少将かマクミラン大佐でしょう。ですが、もしイル=バレー要塞に『勝唱の双玉』がいたのであれば、旗頭として担ぎあげるのは自然な話です」

「……そうだな。『勝唱の双玉』が先頭に立つかどうかは、敵軍にとって正当性の意味で、士気に大きくかかわるはず」


 再び、トマソンは顎鬚を擦った。

 ヘンダーソンがトマソンの気持ちを察した。


「暫定政府のマクシス・フェアフィールド元帥は、ユウマ・ジェムジェーオン様を国主に推戴すると宣言しております」

「そうだ。だが、考えねばならない。ショウマ様とユウマ様、どちらが正当な次期ジェムジェーオン国主といえるのだろうか」

「継承順位からでいえば、長男のショウマ様ですが、いずれも亡きアスマ・ジェムジェーオン伯爵の口から、正式な後継指名を受けておりません。つまり、錦の御旗は双方に有るといえます」

「フェアフィールド元帥は、アスマ伯爵がユウマ様を後継指名したと言っているがな」


 トマソンはジェムジェーオンの貴族の出身だった。

 フェアフィールド元帥旗下では、ジェムジェーオン軍のなかで珍しく、身分よりも能力が重んじられてきた。

 そのなかで、レッドマンやデービスは平民出身ながら才覚を認められ、異例の出世を遂げていた。


 だが、トマソンは事情が異なっていた。

 能力と血統、どちらの面においても高い評価を受けて、この地位を築いていた。

 ゆえに、フェアフィールド元帥を盲目的に崇めているわけではなかった。

 むしろ、貴族としての矜持と軍人としての冷静さを併せ持つトマソンは、自分たちが置かれている情勢を、誰よりも客観的に見据えていた


「つまり、軍事的に勝利した陣営が、ジェムジェーオンの次期国主を決定する主導権を持つということか」


 ヘンダーソンが頷く。


「はい。歴史の正当性は、常に勝者が創るものです」

「首都ジーゲスリードにはマクシス・フェアフィールド元帥直轄の首都方面軍が無傷のまま残っている。対して、『勝唱の双玉』の兵力は、イル=バレー要塞駐留軍の2個師団のみ。それも、デービス少将が率いた北部方面軍との戦闘で損耗している」

「キャメロン中佐の話からも、その状態は明らかでしょう」


 その時、指令室のドアがノックされた。


「なんだ」

「取り込み中に失礼します。緊急の報告があります」

「入れ」


 部屋に入った下士官がヘンダーソンの姿を確認した。

 トマソンは下士官に発言を促した。


「副官のヘンダーソン中佐だ。問題ない、話せ」

「はい」


 下士官がトマソンとヘンダーソンに敬礼し、報告した。


「イル=バレー要塞がバルベルティーニ伯爵国の軍勢によって陥落したとのことです」


 トマソンは傍らのヘンダーソンと目を合わせた。


「……わかった、下がってよい。ご苦労だった」


 下士官が退室すると、トマソンは独り言のように呟いた。


「これで、決まったな」

「はい」

「再び、マクシス・フェアフィールド元帥に風が吹いたな」


 ヘンダーソンが肯定するように頷いた。


「小官もそのように判断します」

「ならば予定通り、このまま進軍しよう。イル=バレー要塞駐留軍を、渓谷の出口にて叩く」




 二十時間後。

 ハイネス駐留軍司令トマソン少将が率いるハイネス駐留軍は、予定通りイル=バレー渓谷出口へ到達した。

 そこにはすでに、『勝唱の双玉』カズマ・ジェムジェーオンが率いるイル=バレー要塞駐留軍が布陣を終えて待ち構えていた。


 すぐに、両軍は激突した。

 イル=バレー渓谷の戦いの第二幕が開けた。


 戦闘開始から半日。

 ハイネス駐留軍旗艦(バトルシップ)『エスパシオ』の司令席で、トマソン少将は深く腰を下ろし、トレードマークの顎鬚をゆっくりと撫でていた。


「慌てる必要はない。敵の攻撃に合わせ、正攻法で押し返せばいい」


 トマソンは、サイドテーブルに置かれたコーヒーの香りを楽しみながら、カップを口に持っていった。

 その余裕は、戦況を完全に掌握している者のそれだった。


 イル=バレー要塞駐留軍は、事前の分析通り、短期決戦を狙ってきた。

 緒戦から激しい集中攻撃を仕掛け、乱戦へと持ち込もうとしてくる。


 この攻勢に対して、トマソンは兵力を分散させずに密集隊形で応対した。

 敵の攻勢を受け流し、こちらから無理に仕掛けることを避け、防御に徹した。


 事前に回収したキャメロン中佐から、デービス少将率いる北部方面軍との戦闘記録を受け取っていたことが、大きく役立っていた。


 ――デービスと同じ轍を踏まない。


 短期決戦を避け、持久戦に持ち込む。

 これがトマソンの基本戦術だった。

 戦闘が長時間になればなるほど、イル=バレー要塞駐留軍は不利になる。


 トマソンの思惑通り、時間の経過とともに、徐々に敵部隊の攻勢が鈍り始めてきた。


 ――戦況は、こちらに傾きつつある。


 トマソンは手ごたえを感じながらも、冷静に敵戦力を分析していた。


 イル=バレー要塞駐留軍は、部隊士気が高く、個々の戦闘能力も高い。

 無傷の自分たちに対して、兵力で劣りながらも互角に渡り合っているのが、その証だった。

 だが、初戦で北部方面軍と激突し消耗していたことが、ここに来て影響を及ぼし始めている。


 ――結局、戦いの勝負を決するのは兵の数や兵站だ。


 戦闘の流れは変わりつつあった。

 敵のイル=バレー要塞駐留軍は、限界点が近い。


 トマソンは頬を緩めた。

 この好機を手にするのが自分であることに、感謝した。


 もし、初戦で自分たちが無傷のイル=バレー要塞駐留軍と激突していたなら、敗北していたかもしれない。

 だが、幸運にもトマソンには、デービス少将との戦闘記録を入手し、敵の戦術を分析する時間があった。

 デービスに対して申し訳なさを覚えつつも、自らの幸運を噛みしめた。


「味方右翼部隊が、敵左陣を押し込んでいます」


 副官のヘンダーソン中佐の報告に、トマソンはモニターへ視線を移した。

 イル=バレー要塞駐留軍の左陣が、ハイネス駐留軍右翼に押され、じりじりと後退している。

 敵左陣を崩せば、一気に勝負が決まる。


「右翼のシェアリング中佐に伝えよ。小細工は不要だ。貴官の部隊で、敵軍を正面から押し出せ」

「承知しました」


 右翼シェアリング中佐の部隊が、さらに一歩、敵左陣を後退させた。


 ――決まったな。


 この段階に至れば、心配は無用だ。

 攻勢を強めれば勝負は決する。


 その時、副官のヘンダーソンが耳打ちしてきた。


「そろそろ頃合いかと」

「奇遇だな。わたしもそう考えていた」


 トマソンは司令席を立ちあがった。


「予備部隊のロバーツ中佐に連絡。旗下のAS部隊をもって、薄くなった敵左陣を崩せ、と」


 その指示を境に、戦場の空気が劇的に変わった。

 戦闘開始以来、防御に徹していたハイネス駐留軍が、ついに攻勢へ転じた。


 予備兵力として無傷のまま残してあったロバーツ中佐旗下の8隻のバトルシップが、イル=バレー要塞駐留軍の左陣に向けて前進した。

 バトルシップが艦砲を一斉射撃し、轟音を渓谷に響かせる。

 続いて、格納甲板の発射口からAS(アーマードスーツ)が次々に出撃し、敵陣へ突入する。


 ハイネス駐留軍は、イル=バレー要塞駐留軍を完全に押し込んだ。

 戦闘は、決着の瞬間を迎えようとしていた。


「面白い」


「続きが気になる」


と思いしたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いします。


つまらなかったら☆1つ、面白かったら☆5つ、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。


ブックマークもいただけると本当にうれしいです。


よろしくおねがいします。


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