010話 ジェムジェーオン北部方面戦5
帝国歴628年2月23日、イル=バレー渓谷出口。
イル=バレー要塞駐留軍旗艦船『トルメンタ』の艦橋。
北部方面軍を破った勢いのまま、トマソン少将率いるハイネス駐留軍を短期決戦で打ち破る。
そのために、カズマ・ジェムジェーオンはアンナ=マリー・マクミラン大佐とともに、イル=バレー要塞駐留軍の指揮を執っていた。
だが、トマソンはこちらの意図を完全に見抜いていた。
方円陣を敷き、重厚な守備陣形で、イル=バレー要塞駐留軍の速攻を吸収し、殺し、無力化した。
短期決着は、もはや望めなかった。
アンナ=マリーは強襲を断念し、陣形の再編成を指示した。
両軍は横陣を敷き、真正面からぶつかり合う消耗戦へと移行した。
カズマ・ジェムジェーオンは苛立ちを隠せなかった。
何度も出撃を主張していた。
そのたびに、アンナ=マリーをはじめとする側近たちに説得され、懇願され、最後は半ば強制的に止められた。
結果、カズマは右手の拳を強く握り込みながら、旗艦船『トルメンタ』の艦橋で、ただ戦況を見守るしかなかった。
帝国歴628年2月24日。
戦闘は、2日目に突入した。
イル=バレー要塞駐留軍の消耗は、もはや隠しようがなかった。
特に左翼部隊の状況は深刻で、攻撃を仕掛けていたはずが、いつの間にか敵軍に押し返されている。
じっと座って見守る。
それは、考えるより先に身体が動くカズマにとって、耐え難い苦痛だった。
「我慢できない。オレは出るぞ!」
「絶対に駄目!」
アンナ=マリーが鋭く一喝した。
カズマは苛立ちを隠さず、振り返った。
「なんでだ?」
「判るでしょう!」
アンナ=マリーの声にも、もはや余裕がなかった。
戦況は悪化の一途を辿り、時間は味方してくれない。
カズマは言い返す。
「このままでは、オレたちは持たない。防御網が突破される」
「左翼には、アンドレイ・フェアフィールド少佐のAS部隊を救援に向かわせている」
カズマは机のうえを、人差し指と中指で何度も叩いた。
「耐えて。カズマひとりがASで出撃したところで、この戦況をひっくり返すことはできない」
「それでも!」
「判って。……いま、『カズマ』という核を失ったら、私たち全軍が崩壊してしまう」
その言葉は、カズマの胸に重く落ちた。
――頭では理解はしている。
だからこそ、ここでじっと辛抱している。
だが、理解と感情は別だった。
左翼が抜かれれば、全軍崩壊は避けられない。
その現実に、焦燥感に駆られそうになっていた。
カズマは多元モニターに映し出される戦場を、凝視する。
あちらこちらで、味方が苦戦している。
自分が出撃できない現実が、胸を締めつける。
――ふがいない。
自分自身への苛立ちと、どうしようもない無力感が、カズマの胸をじりじりと焼いていた。
同時刻。
ハイネス駐留軍旗艦船『エスパシオ』。
艦橋の索敵オペレータのひとりが、モニターに走った微かな光点に目を留めた。
所属不明の2隻の船が、味方後衛の死角に近づいている。
「当艦後方、距離10000。所属不明のバトルシップが2隻、こちらに向けて接近中」
報告を受けた先任オペレータが、メインコンソールを確認する。
「……本当だな」
メインコンソールにも、同じ位置に2つの光点が明滅していた。
味方を示す識別信号は発出されていない。
「所属は判別できないのか? ……通信はどうだ?」
「先ほどから何度か呼びかけていますが、応答がありません。……もしや、敵軍の奇襲ということは……」
「馬鹿を言うな。もし敵襲だとしても、たかだか、バトルシップ2隻で何ができる。そんな無謀な真似をするはずがない」
「……ですよね」
「通信を続けろ。戦場のジャミングが影響しているのかもしれない。おそらく、距離が縮まってくれば、回線も繋がるだろう」
索敵オペレータはコンソールから目を離さなかった。
光点は、確実に、味方部隊の後方へと迫っていた。
同時刻。
正体不明の船のAS格納ドック
ショウマ・ジェムジェーオンは、口内がひどく乾いているのを自覚していた。
戦場が近づいていた。
その事実が、身体の奥底を静かに震わせる。
北部要衝ハイネスより半日、夜を徹して船を走らせてきた。
ショウマはすでに出撃準備を済ませ、紫光のASリゲルカスタムのコクピットに身を収めている。
目を瞑ると、弟カズマ・ジェムジェーオンの顔が浮かんできた。
――カズマはこの先の戦場で戦っているのか。
きっと、自ら先頭に立ち、将兵を鼓舞しているに違いない。
その姿を思い浮かべただけで、ショウマの胸に宿る重圧と恐怖は、静かに形を変えた。
――私も、自らの役割を果たそう。
背負っている責任の重さを押し返すだけの、確かな原動力に変化していく。
〈敵軍の姿を視認、距離5000〉
オペレータの通信が耳に届く。
――そろそろ、本物の戦場だ。
ショウマは意識を目の前の現実に集中した。
AS部隊を率いるラリー・アリアス中尉へ通信を繋いだ。
「もうすぐ出撃となる。準備はどうだ」
「全員、準備万端です」
ラリー・アリアス中尉。
アレックス・ラングリッジ大尉が率いるAS中隊の副長だった。
ジェムジェーオンの次期エースパイロットのひとりと呼び声が高い。
本来の隊長であるアレックス・ラングリッジ大尉は、制圧したばかりの都市ハイネスの治安維持のため現地に残っており、部隊指揮はアリアスに委ねられていた。
「ラングリッジ大尉が不在でも、『怒涛』のアレックス隊の力は示してみせます」
「頼りにしている」
ショウマは小さく頷いた。
艦橋のメインモニターには、はっきりと戦場の映像が映り始めてきた。
〈戦場までの距離は2700です〉
オペレータの報告。
ショウマは目を見開いた。
「出撃するぞ」
「承知」
アリアスを先頭にAS部隊がバトルシップから飛び出していった。
ショウマは確かな決意を宿して、紫光のASリゲルカスタムを、射出口へと進めた。
イル=バレー要塞駐留軍旗艦船『トルメンタ』。
アンドレイ・フェアフィールド少佐のAS部隊が、左翼陣の救援に孤軍奮闘していたが、戦局全体を覆すには至らなかった。
時間の経過とともに、戦況はじわじわと悪化していた。
艦橋の多元モニターには、刻一刻と変化する戦場が映し出されていた。
アンナ=マリー・マクミラン大佐は、不利な状況を覆えそうと、各部隊に矢継ぎ早に指示を送っている。
その横で、カズマ・ジェムジェーオンが多元モニターを食入るように凝視していた。
イル=バレー要塞駐留軍の左翼陣は、さらに押し込まれ、崩壊の一歩手前の状態に陥っていた。
アンナ=マリーは、横目でカズマの様子を窺った。
――「出撃する」と言い出してもおかしくないのに。
この状況で大人しくしているなんて、カズマらしくない。
そう思った矢先、ここ5分ほど、一言も発さず画面を見つめ続けている
その時、カズマが小さく呟いた。
「……なんか、敵軍の動きがおかしくないか」
「えっ?」
カズマがモニターの1点を指し、鋭い声で指摘する。
「ほら、あそこだ。気付かないか? おかしな動きをしている」
多元モニターの中央上方に映る小さな画面。
アンナ=マリーは首を捻った。
左翼陣の戦況に注目していたので、そこまで把握していなかった。
この艦橋で、カズマだけがこの異変を嗅ぎ取ったのだ。
オペレータへの指示が飛ぶ。
「敵陣中央の画面。違う、その上。……そう、それ。拡大して映して」
確かに、付近の敵陣形が不自然に乱れている。
「その辺りを、もう少し拡大してくれないか」
画がさらに拡大した。
「あっ……」
アンナ=マリーは思わず声を漏らした。
カズマがアンナ=マリーの顔を覗き込む。
「おかしいだろ」
アンナ=マリーは内心で驚愕した。
――カズマは戦場の流れを見る天性の感覚を持っている
中央の敵本陣は、イル=バレー渓谷から北部要衝ハイネスに続く街道に布陣している。
――このタイミングで敵陣が混乱に陥る理由。
アンナ=マリーとカズマの視線が合わさった。
カズマの瞳は期待に輝いていた。
アンナ=マリーの胸にも同じ希望が湧き上がる。
だが、気持ちが先走らぬよう、慎重に言葉を選んだ。
「確かに、動きは妙だとは思います。しかし、見極めないといけません」
「アンナ=マリー・マクミラン大佐」
「はい」
思い掛けない堅い口調に、アンナ=マリーは反射的に返答していた。
カズマが続ける。
「残っている予備兵力は本隊のAS部隊のみだ。貴重な戦力と理解している。だが、このまま兵力を温存しても左翼陣が崩壊し、出撃を余儀なくされる。そして、その時は勝敗の帰趨は決している。出撃するのは、望みが残る今この時以外ないと考える。どう思う?」
アンナ=マリーは息をのんだ。
カズマの口から、ここまで戦局を見据えた意見があるとは予想していなかった。
いや、この考えも違うのかもしれない。
カズマは戦場で成長した。
天性の直感に経験が加わり、勝負の刻を嗅ぎ取ったのだ。
――ここが最後の好機。
アンナ=マリーの考えも、カズマと同じだった。
このまま座して倒れるのを待つより、勝利を掴みにいかねばならない。
「カズマ様、出撃しましょう」
「よし」
次の瞬間、カズマ・ジェムジェーオンが艦橋からAS格納庫に向けて走り出していた。
「面白い」
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