011話 ジェムジェーオン北部方面戦6
帝国歴628年2月24日、正体不明の船、そのAS格納ドック。
紫光のASリゲルカスタムのコクピットで、『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンは、大きく息を吐いた。
覚悟を定めるための、深い呼吸だった。
「ショウマだ。出る」
「順備万端です。周辺の敵は掃討しました。小官らが絶対にショウマ様をお守りします。出撃を」
ラリー・アリアス中尉の声が耳に届く。
アリアスのAS部隊は、すでに戦場に展開していた。
「アリアス中尉、頼むぞ」
ショウマの声は少しだけ上擦っていた。
「まかせてください。それに、我々には『死神』もついています」
「そうだったな」
ハッチが開く。
外気が風となって流れ込み、コクピットの空気を震わせた。
ショウマの紫光のASリゲルカスタムが、向かってくる風を切り裂きながら、飛び出す。
地上に降り立つとすぐさま、アリアス中尉を含む4機のASが、護衛陣形を組んで、ショウマのASリゲルカスタムを囲んだ。
――この張り詰めた空気が、戦場か。
ショウマは初めてASに騎乗し、実戦の地を踏んだ。
加減速のたびに襲い掛かる強烈なGが内臓を揺さぶり、嘔吐が喉元まで込み上げてくる。
それでも、何とか機体を制御し、挙動を安定させた。
「さすがです。初めての実戦操縦とは思えません」
アリアスの声。
――世辞はいらない。
ショウマは少しだけ苛立ちを覚えた。
その感情が冷静さを取戻す契機となった。
「大げさに褒めなくていい。私のAS操縦のレベルが月並みなのは自覚している。だからこそ、アリアス中尉には、護衛をしっかり頼みたい」
「いえ……、はい。承知しました」
アリアスの声が少し沈んだ。
ショウマの脳裏に、ふと弟カズマの姿が浮かんだ。
――カズマならば、もっと上手くASを操ることができただろう。
士官学校時代より、AS操縦などの術技系の科目に関して、どうやっても双子の弟カズマ・ジェムジェーオンに勝ることができなかった。
そのせいもあって、ショウマは、AS操縦に苦手意識があった。
――それでも。
ショウマは戦場に立たねばならない。
この紫光のASリゲルカスタムこそが、戦況を逆転するこちらの切り札なのだから。
隊長のアレックス・ラングリッジ大尉が不在でも、アリアス中尉の指揮のもと『怒涛』のアレックス隊は、圧倒的な戦果をあげていく。
敵部隊は、まるで道を譲るように次々となぎ倒されていった。
急襲を予期していなかった敵陣の混乱の様子は、通信越しにも伝わってくる。
〈敵軍です、……奇襲を受けています!〉
〈なんなんだ! こいつらの動きは〉
その間にも、アリアスたちが敵軍を切り刻んでいく。
〈こいつら。半端でなく強いぞ!〉
しかし、時間の経過とともに、数に勝っている敵軍は、迎撃体制を整え始めた。
〈敵AS部隊は精鋭だ。一対一では歯が立たない。散開して敵を複数で取り囲んで対処する〉
敵部隊長の指示で、敵ASがばらけ、包囲網を形成しようとする。
「敵も、さすが、同じジェムジェーオンの部隊か。この混戦のなかで、部隊の指揮を回復させるとは。……それでも、負けるわけにはいかない」
アリアスの号令で、『怒涛』のアレックス隊が次の動きに移る。
敵に対抗するため、こちらも複数機で固まり、敵陣へ突入する。
敵のASが次々と倒れていく。
その最中で、一瞬の隙が生じた。
気付けば、複数の敵ASが、ショウマ騎乗の紫光のASの行く手を塞いでいた。
〈もらった!〉
「させるか」
アリアスたちが急速反転し、ショウマを囲む敵機へ斬り込む。
だが、全機を掃討するには至らなかった。
打ち漏らした3機のASが散開し、包囲を狭めながらショウマに迫ってくる。
――やるしかない。
ショウマは覚悟を決め、レーザーブレードを構えた。
敵の1機目が、左側面に回り込んだ。
次の瞬間、敵ASの背中に積んだバッテリーパックが爆発した。
2機目は正面から。
敵ASがレーザーブレードを振り上げた瞬間、振り上げた右手が吹っ飛んだ。
3機目は、2機目の右手が吹き飛んだ直後、両脚部のホバーが爆発し、地面に崩れ落ちた。
ショウマは何もしていない。
敵機と接触すらしていなかった。
ただ、コクピットのなかから、この光景を見ていただけだった。
にもかかわらず、目の前で、敵ASが次々と爆発していく。
敵軍に、騒然とした空気が広がる。
〈なんだ、……何が起きているんだ〉
〈俺は見たぞ……〉
敵ASのパイロットの声は震えていた。
〈そ、狙撃だ、あのバトルシップから撃たれた!〉
〈馬鹿な! あの距離がどれくらい離れていると思っているんだ。正確に撃ち抜けるはずが……〉
その間にも、ショウマの周囲にいる敵ASが、次々と正確無比に撃ち抜かれ、行動不能に陥っていく。
狙撃は寸分の狂いもなく、まるでショウマを中心に円を描くように敵を沈めていった。
アリアスがパブリック通信を開いた。
「こちらラリー・アリアス中尉。さすがは、モニカ・オーウェル大尉。敵軍は『死神』の狙撃に翻弄されています。ショウマ・ジェムジェーオン様は無傷だ」
敵兵たちの間に戦慄が走った。
敵軍の兵士たちは、自分たちが誰と戦っているのかをはじめて知った。
〈聞いたか?〉
〈『死神』のモニカ……〉
〈それに『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオン様……〉
〈俺たちは、……誰と戦っているんだ〉
〈落ち着け〉
〈落ち着いていられるか!〉
〈『死神』のモニカ以外に、あの距離から正確に狙撃ができるか〉
〈あれは『怒濤』アレックス・ラングリッジの部隊だ。副隊長のアリアスの名前も聞こえてきたぞ〉
そのとき、アリアスの声が戦場全体に響き渡った。
「貴官達の目の前にロイヤルパープルのASがあるのが判らないのか。ジェムジェーオン伯爵世子、ショウマ・ジェムジェーオン卿であらせられる。それでも抵抗を続けるのであれば、反逆軍とみなす」
敵軍の兵士たちの間に、動揺が駆け抜けた。
軍勢の動きは、明らかに鈍った。
その隙に、ショウマは後方のバトルシップの位置まで下がった。
振り返ると、自軍のバトルシップの天井部に、スナイパーライフルを構える1機のASリゲルの姿があった。
ショウマの命を救ったのは、モニカ・オーウェル大尉。
――モニカに救われたか。まだまだ自分は弱いな。
その銃撃は百発百中。
狙いを定めた目標の急所を確実に仕留めた。
まさしく『死神』の異名にふさわしい。
ショウマは、この作戦前のイル=バレー要塞潜伏中に、アレックス・ラングリッジ大尉から、初めてモニカ・オーウェルを紹介された時のことを思い返していた。
モニカ・オーウェル大尉。
『疾風』ジョニー・マクレイアー少佐や『怒涛』アレックス・ラングリッジ大尉と並ぶ、ジェムジェーオンの超エース級ASパイロットのひとり。
その名は、ジェムジェーオンのみならず、アクアリス大陸の他国のASライダーにまで轟いていた。
だが、これほど、異名と実像がかけ離れているのを、ショウマ・ジェムジェーオンは他に知らない。
3ヶ月前、イル=バレー要塞潜伏中。
アレックスがショウマにひとりの女の子を紹介した。
あどけない顔に赤縁の眼鏡、長い髪をツインテールにまとめた普通の少女だった。
アレックスがその少女を前に押し出す。
「紹介します。モニカ・オーウェルです」
ショウマは自身の耳を疑った。
「アレックス、本当に……」
「彼女が、あのモニカ・オーウェル大尉です」
アレックスが断言する。
当のモニカはショウマを前にして、モジモジとしている。
ショウマは訊ねる。
「年齢は?」
「まだ、21歳です」
「そんなに若いのか……。私よりも若いとは。それと、なぜ、私の質問にアレックスが答えている?」
「ショウマ様、許してください。こいつ、極度のあがり症なんです。緊張すると、パニックになって変なこと言い出すんですよ」
ショウマは困惑した。
『死神』のイメージと、目の前の少女の落差があまりに激しい。
「本当に、君が、あの『死神』と呼ばれるモニカ・オーウェル大尉なのか?」
モニカが顔を真っ赤にしながら、蚊の鳴くような声で答える。
「あの……、えっと、私が、その……『死神ちゃん』です」
「死神、……ちゃん?」
「は、はい」
「モニカ、初対面のショウマ様に『死神ちゃん』はないだろ。俺でも『死神ちゃん』は、ちょっとひくぞ」
ショウマは理解が追い付かず、ふたりのやりとりを見守るしかなかった。
「だって、ワタシ、『死神』なんて悲壮感たっぷりのニックネームを付けられるの、本当に嫌なんだもん」
「と、言われてもな」
「ワタシが決めていいならば、こんなニックネームにしない」
「それで『死神ちゃん』にしたのか」
「せめて、ね。カワイイでしょ。『死神』に『ちゃん』を付けるだけで、こんなに印象が変わるなんて大発見」
「そういう問題か」
「ん? なんか、不満顔ですね、アレックス兄さん」
モニカが頬を膨らませ、抗議の態度を示した。
アレックスが両手を広げた。
「もう、俺からは何も言わないよ」
アレックスの呆れ顔に、ショウマの混迷の度合いが益々深まった。
「まてまて、アレックス兄さんとは何だ」
「え? ショウマ様はご存じなかったのでしたっけ」
「何をだ」
「モニカは、親父が7年前に連れてきて、ラングリッジの家で生活しているんです。以前の記憶が全くなく、本当の家族の記憶や、何処で生活していたかを一切思い出せないんです。憶えているのは、自分の名前とASの操縦、それだけなんです」
そういえば、ギャレス・ラングリッジ元帥が養子を迎えたという話を聞いた憶えがある。
「君は記憶がないのか」
「そ、そうなんです。ショウマ様、ご免なさい」
「記憶がないなんて、大変だろう」
「いえ、そんなことは無いと、……思われます。ワタシは、そんな風に、ショウマ様に気に掛けていただけるというだけで、いわば、過分なご加護をいただいているわけで」
「親父はモニカを溺愛してます。戦場に出したくないと言ってますが……腕は確かです。普段はネジが二、三本抜けてますが、ASに乗ると人が変わる。親父もそれを認めてるんです」
ショウマは、改めて、モニカ・オーウェル大尉の姿を観察した。
説明を聞いてもなお、違和感を拭えなかった。
「ほら、モニカ。まだちゃんと、ショウマ様に挨拶してないだろ」
アレックスが促し、モニカがペコンと頭を下げた。
「改めまして、ショウマ様。その、お噂はかねがね、窺っておりました。……不束者ですが、よろしくお願いします」
ショウマも思わず、頭を下げる。
「こちらこそ」
「なんだ、それ」
アレックスが腹を抱えて、大笑いした。
そして、いま。
ショウマはそのモニカに背中を託していた。
「ワタシがいる限り、誰一人近づけません」
モニカが言い放った。
向かってくる敵を、モニカが無慈悲に、正確に撃ち抜いていく。
――未だに、同じ人物とは信じられない。
普段のモニカと、戦場のモニカはまるで別人だった。
「モニカ、あと少しだ。それまで援護を頼む」
「お任せください。ワタシの領域に踏み込ませるつもりはありません」
戦場のモニカの声は、凛として揺るぎなかった。
ショウマは、自分の果たすべき役割を改めて胸に刻んだ。
「面白い」
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