012話 ジェムジェーオン北部方面戦7
帝国歴628年2月24日、イル=バレー渓谷、ジェムジェーオン側出口。
『勝唱の双玉』の初陣は、いままさに雌雄を決する最終局面へと突入しようとしていた。
この戦場に、紫光のASリゲルカスタムが降臨している。
渓谷を照らす紫の輝きは、敵味方を問わず兵士たちの視界に焼き付き、『勝唱の双玉』が揃って戦場へ姿を現したという事実として、電流のように全軍に伝播していった。
ショウマ・ジェムジェーオンは、モニカ・オーウェル大尉とラリー・アリアス中尉の護衛を受けつつ、混迷する戦場のただなかに、確かな存在感を示し始めていた。
アリアスのASが、ショウマの横に滑り込む。
「ショウマ様、戦場をご覧ください。味方部隊がこちらの動きに呼応し、合流しようとしています」
「思ったより、カズマたちの反応が、素早いな」
「はい」
アリアスは周囲を一瞥し、慎重に言葉を続けた。
ショウマは首を傾げる。
「まだ、こちらとの通信は繋がっていないはずだが?」
「イル=バレー要塞駐留軍が自主的に動いています。カズマ様だけでなく、歴戦のアンナ=マリー・マクミラン大佐やジョニー・マクレイアー少佐が付いています」
「ならば、合流が早くなりそうだ。ここが頑張りどころだ」
「承知しました」
アリアスが味方のAS部隊へ檄を飛ばす。
「アレックス隊、味方部隊との合流は近い。もっと暴れないと、ラングリッジ隊長に笑われぞ」
戦闘の中心は、徐々にハイネス駐留軍の中央陣へと移りつつあった。
両軍の戦力が一点に収束し、戦場がうねり始める。
その時、船『トレメンタ』から出撃したカズマ・ジェムジェーオンの声が、戦場全体に響き渡った。
「こちらは、『勝唱の双玉』カズマ・ジェムジェーオンだ。そして、援軍は『勝唱の双玉』伯爵世子ショウマ・ジェムジェーオン。オレたち『勝唱の双玉』は、ジェムジェーオンを取り戻す。志あるジェムジェーオンの市民は、オレたちに力を貸してくれ」
カズマの声は、戦場の空気を一変させた。
〈俺たちには『勝唱の双玉』がついてる!〉
〈全軍、『勝唱の双玉』の名のもとに続け!〉
「カズマの奴……」
ショウマは呟いた。
普段のカズマは、自分が『勝唱の双玉』伝説にちなんだ大層な名で呼ばれることを、心底から嫌っている。
――だが、……そうだな。好き嫌いではないな。
勝利のためには、使えるものは何でも利用しなければならない。
ショウマもまた、戦場全体に向けて声を放った。
「私は『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンだ。私の進む道こそ、ジェムジェーオンの正義。歯向かう者は逆賊とみなす」
その間にも、アリアスたちの部隊が、敵AS部隊を薙ぎ払っていく。
「俺たちが『怒涛』アレックス隊だ!」
敵軍中央陣が崩れ始めた。
〈俺たちの敵は、ショウマ様とカズマ様が率いているらしいぞ〉
〈何だと! 俺たちは『勝唱の双玉』を、敵にしているということか〉
〈ロイヤルパープルのASを戦場で確認したという報告もあったぞ〉
敵軍が混迷し、動きが鈍る。
そしてついに、ショウマとカズマの部隊が、戦場のなかで合流を果たした。
「カズマ、よくやってくれた」
「兄貴こそ」
『勝唱の双玉』は、ここでひとつとなった。
〈我々は『勝唱の双玉』に従う!〉
敵もまた同じジェムジェーオンの市民だった。
ジェムジェーオンの象徴たる紫光のASリゲルカスタムを前にして、敵軍の一部が投降し、味方に翻え始めていた。
――兵士たちの心を動かすことができた。
ショウマは内心で胸をなでおろした。
戦いの前から、『勝唱の双玉』の名で、投降兵を集められると予測していた。
しかし、確信は持っていなかった。
――そして、この賭けに勝った。
この現象を起こすため、ハイネスの秘密格納庫に潜入した。
何としても紫光のASを手にする必要があった。
ショウマは机上の思惑が現実になることに興奮していた。
自分の名のもとに、投降兵が更なる兵士を募っていき、加速度的に増加していく様子に、血が滾った。
投降兵の数の多さに、カズマも驚いていた。
「すごい数だな、兄貴」
「ジェムジェーオンの兵士たちは、待っていたんだ」
「何を?」
「正しい方向に導いてくれる何かをだ」
「それがオレたち『勝唱の双玉』ってわけか」
「人は、自らの行為に理由を求める。多くの者は善良な心根で、自分は正義の側に立っていたいと考えている。その指針となれるのが『勝唱の双玉』だ」
「まるで『人寄せ』だな」
「そう卑下するな。誰にでも出来ることではない。私たちは自分たちにしかできない役割を果たす。そして、責任を負わねばならない」
カズマが唇を噛みしめた。
「わかった。兄貴はこのままオレたち全員を導いてくれ。オレはオレなりのやり方、行動をもって責任を全うする」
「それでいい」
ショウマとカズマは、ともに前を見据えた。
目指す目標は、戦場の中心から少し外れた小高い丘だった。
あの丘からであれば、戦場全体を見渡せる。
そして、『象徴』を兵士たちが確認できる
敵軍から散発的な反撃はあったが、問題とならなかった。
モニカの狙撃とアリアス率いるアレックス隊、加えてカズマの精鋭部隊が、ショウマの護衛に加わっていた。
やがて、ショウマは目標の丘を占拠した。
――ここからが、仕上げだ。
紫光のASリゲルカスタム、ジェムジェーオンの象徴が、丘の頂上に君臨した。
その姿を捉えた敵軍のASが、紫光のASリゲルカスタムに向けてレーザーガンを構えた。
すぐさま、モニカのスナイパーライフルが火を噴く。
正確に、敵軍のASを射抜いた。
ショウマの紫光のASリゲルカスタムは、さらに一歩前へと踏み出した。
「私は、ジェムジェーオン第一伯爵位継承者ショウマ・ジェムジェーオンである。これまで、私が身を隠していたことにより、同じジェムジェーオン市民同士で争う事態を招いてしまった。心よりお詫びたい」
ショウマの声が通信に乗り、戦場全体に響き渡る。
敵であるハイネス駐留軍の兵士の多くも、この声に反応した。
敵味方問わず、ASと火力兵器が、次々に自発的に武器を捨て動力を停止させる。
それでも、全員ではない。
一部の敵ASが、武器を構えショウマを狙おうとした。
再び、モニカが狙い定める。
だが、モニカが撃つより早く、敵兵たち自身が抵抗する同僚を押さえつけた。
戦場の兵士たちの様子を確認してから、ショウマは言葉を続けた。
「聞いてほしい。ハイネスは既に私の手に落ちている」
ここで、アレックス・ラングリッジ大尉がハイネス市庁舎で市長とともに並ぶ映像が戦場に流れた。
市長は「自らの意思でショウマ・ジェムジェーオンに従う」と宣言した。
全軍が静まり返る。
ショウマは、戦場の全員に問う。
「本来、ひとつのジェムジェーオンであるはずの私たちが、どうして、敵と味方に分かれてしまったのか」
戦場に小さなさざ波がおきた。
波は、うねりを伴って、徐々に大きくなっていく。
「誤解しないでほしい。私は、降伏を求めているのではない。そもそも、ここにいるすべての者の間に、敵と味方は存在しない。国を憂う者たちが、それぞれの方法を選んだだけだ。だからこそ、もつれた糸を解きほぐすために、原点に立ち返る必要がある。私たちは、何のために戦っているかということを」
ショウマは、一拍おいた。
戦場の全員が、ショウマの次の言葉を待った。
「私は父を失い、国を追われたが、皆と同じ目線で悩み苦しむ機会を得た。私は約束する。身を賭して、ジェムジェーオンをより良き国にすると。そのために、皆の力を私に貸してほしい。ジェムジェーオンを再び結束させるために、私は戦う」
その瞬間、戦場のざわめきは津波のような巨大な力となり、全体を飲み込んだ。
いまや『勝唱の双玉』に逆らう者こそが反逆者となった。
同時刻。
ハイネス駐留軍の旗艦バトルシップ『エスパシオ』の艦橋。
司令官トマソン少将と副官ヘンダーソン中佐は、通信越しに響くショウマ・ジェムジェーオンの言葉を、黙したまま聞いていた。
ショウマの演説が終わると同時に、トマソンが静かに口を開く。
「どう思う?」
『諸将の双玉』の出現によって、戦局は一変した。
だが、兵力差だけを見れば、まだ戦闘継続は可能だった。
それでも、ヘンダーソンには、トマソンが迷っているのがはっきりと分かった。
「我々が帰還するはずのハイネスは、すでに『勝唱の双玉』の手に落ちています」
「そうらしいな」
「では、首都ジーゲスリードに退きますか」
「それは駄目だ。大本営が許さない」
大本営、暫定政府軍の実権を握るのはマクシス・フェアフィールド元帥とドナルド・ザカリアス大将だった。
巷間、トマソン少将は、マクシス・フェアフィールド元帥旗下の子飼いの司令官として、レッドマン少将やデービス少将と並び称されていた。
だが、副官のヘンダーソンは、貴族出身のトマソンが抱いている複雑な心境を知っていた。
「世間の人々は閣下をフェアフィールド元帥の腹心と考えています……」
「私は誰がこの国を導いていくべきかを考えている。現大本営よりも、多くの国民が『勝唱の双玉』を支持するのであれば、それに従うことに躊躇はしない」
「降伏すれば、閣下は裏切者として名を残すことになります」
「私の名が傷つくことで、多くの将兵が救われるのであれば、……それも、仕方ない」
「閣下……」
ヘンダーソンはこの決断に涙を堪えながら、深く頭を下げた。
その姿を見て、トマソンが静かに目を閉じた。
トマソンが率いてきたハイネス駐留軍の将兵たちが、独断で、続々と『勝唱の双玉』に投降し始めていた。
この流れを止めることはできない。
この様子を確認する周りの兵士たちの士気低下は、明らかだった。
決断の時だった。
トマソン少将が搭乗するハイネス駐留軍旗艦船『エスパシオ』より、白旗が揚がったのは、その15分後のことだった。
イル=バレー渓谷、ジェムジェーオン側出口。
夜はすでに更け、日付は次の日へと移っていた。
昼間あれほどの激闘が繰り広げられた渓谷は、嘘のように静まり返っている。
アンナ=マリー・マクミラン大佐は、ようやく腰を下ろした。
ここ数日の連戦で、まともに眠れた記憶がない。
とにかく、戦闘は終了した。
前線で戦い抜いた兵士たちは、いまごろ充実感に包まれ、深い眠りについているだろう。
だが、アンナ=マリーをはじめとする高級士官たちには、戦後処理が待っていた。
自軍の損害状況の確認、新規に加入した投降兵の把握、部隊の再編成、今後の作戦の立案と会合。
新たな敵の援軍が到来する前に、次の行動へ移らねばならない。
アンナ=マリーは椅子の背を倒し、腰深く横たわった。
さすがに、身体が疲労していることを実感した。
それは充足感を伴った心地がいい感覚だった。
――勝利、……したのだよね。
まだ、実感がない。
イル=バレー要塞で、ショウマから今回の作戦内容を聞かされた時、正直、無謀な作戦だと思った。
それでも、この作戦に賭けるしかなかった。
要塞にこれ以上潜伏し続けていても、状況は悪化していく一方なのは明白だった。
奇跡の積み重ね。そう呼ぶには、あまりに出来すぎている。
まるで大きな力に導かれたかのように、戦いは勝利へと収束した。
間違いなく、『勝唱の双玉』のふたりの力がもたらした結果だった。
目を閉じると、瞼の裏にショウマとカズマの顔が浮かぶ。
今回の戦いの後、アンナ=マリーは『勝唱の双玉』の再会に立ち会った。
顔を合わせた瞬間、ショウマとカズマはがっちりと握手を交わした。
そのまま数秒間、何も言わず、見つめ合った。
言葉は必要なかった。
カズマがアンナ=マリーに顔を向ける。
「戦場では、何度もマリ姐やジョニーに助けられたよ」
「私は何もしていないわ」
アンナ=マリーがそう返すと、ショウマが微笑した。
「私もカズマと同じだ。アレックスやアリアス、そしてモニカが居なかったら、いま、ここに立っていない」
同席していたジョニー・マクレイアー少佐、モニカ・オーウェル大尉、ラリー・アリアス中尉が何も言わず小さくお辞儀する。
カズマが、すかさず口を挟む。
「まったく、みんな、堅いなぁ。この場所には、堅物のギャレスや強面のレッドマンはいないんだ。『兄貴のワガママに振り回されて大変だった』くらいの本音を言って、問題ないんだ」
即座に、アリアスが答えた。
「いえ、ショウマ様はカズマ様とは違って、我儘など言うことはありません」
ジョニーが加勢する。
「むしろ、カズマ様をお世話し続けたマクミラン大佐を労うべきと思いますが」
「そうね。私が何度も止めたのに『出撃する』ってきかなかったのは誰かしら」
「結局、オレかよ」
「そうよ、まさか戦場でも、カズマのお守りをしなければならなくなるなんて、思ってもいなかったわ」
この場にいた全員が笑った。
ショウマがさらに追い打ちを掛ける。
「アンナ=マリー、苦労を掛けたな」
「はい。カズマのお守りという困難な任務でしたが、なんとか全うできました」
「それはないよ、兄貴もマリ姐も」
カズマの憎めない仕草に、ショウマが軽口で返す。
モニカが何も言わず控えめに笑っている、ジョニーが小さく嘆息する。いつもの光景だった。
アンナ=マリーは、これまでと変わらないショウマとカズマにほっと安堵した。
だが同時に、今回の戦いで、これまで知らなかった兄弟の別の顔を知った。
ショウマ・ジェムジェーオンの戦略眼と統率力。
大胆な作戦立案、物質的不利を覆す言葉の力。
敵味方を問わず、ジェムジェーオンの民の心を震わせるカリスマ。
アンナ=マリー自身も、その魅力に心を奪われた。
カズマ・ジェムジェーオンの戦術眼と操縦技量。
ともに戦って初めて知った、圧倒的な才能。
戦場で舞う彼のASに、アンナ=マリーは思わず見惚れてしまった。
聖獣獅子の創世伝説。
聖獣獅子とともに語られる秘宝『勝唱の双玉』は、智と勇の力をもって、幾度もの困難に立ち向かう聖獣獅子に勝利をもたらしたという。
アンナ=マリーは、ふたりの姿に伝説の『勝唱の双玉』を投影した。
あの場に居合わせた多くの人が、同じ思いを抱いたはずだ。
頼もしさを覚えると同時に、一抹の心淋しさが湧き上がってきた。
知らぬ間に成長していた子供の姿を見て、ふと胸がざわつく親のように。
――つくづく、わたしは。
アンナ=マリーは独りごちた。
――けれど、いまは。
自分自身に向けて、安堵の笑みを浮かべる。
そのまま、静かに眠りへと落ちていった。
帝国歴628年2月25日、『勝唱の双玉』の初陣は、華々しい勝利で幕を閉じた。
だが、これはまだ、これから続く物語の始まりに過ぎなかった。
「面白い」
「続きが気になる」
と思いしたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いします。
つまらなかったら☆1つ、面白かったら☆5つ、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
よろしくおねがいします。




